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[小説]降り積もり、埋め尽くす異形
[小説]イルウォークの『黒の傭兵団』

2005-12-02

[]降り積もり、埋め尽くす異形 [7] 待ち合わせ

「はぁい、トモ! 美女とのデートだってのに、相変わらず不景気な顔ね。覆面被って強盗に行く間際のリストラ男みたいよ」

「見たことあるのかよ」

放置すると、突っ込まれたりいじられるのは明白なので、とりあえず軽くツッコミ入れてやる。

「ないけど、そういう感じ。なぁに? カワイイ子とのデートでも、やる気ないわけ? それとも単に寝不足?」

「寝不足だよ。興奮しすぎてな」

本音とは裏腹に、適当なことを言う。

「やっだー、興奮しすぎって、何を想像したのかしら。お姉さんに教えなさいよ」

「冗談に決まってるだろ。誰がお姉さんだ。同い年だろ」

「だって私は4月10日生まれで、トモは10月5日でしょ? 半年近く年上じゃない」

「そんなこと言ってると、今後からババア呼ばわりしてやるぞ」

「そんなことしてみなさいよ。学校中にトモのあることないこと言いふらしてやるから。実はアレが右曲がりとか」

「何の話だよ!」

思わずカッと赤面する。

「もちろん、トモがいやみっぽく笑った時に唇が歪む方向よ」

いたずらっぽく笑う祥子に、ますます血の気がのぼる。

「まぎらわしい言い方すんな!」

「ふふふ、今日はトモのサービスが良いから、つい悪ノリしちゃった」

……つまり、いずれにせよ、いじられ、もてあそばれる運命なのかよ、俺は。がっくり来る。

「ま、気を落とさないで。右曲がりだろうと左曲がりだろうと、生きてくのに関係ないわよ」

「よ、余計なお世話だ!」

俺が怒鳴ると、祥子はころころと笑った。

「やぁね、唇の話なのに、どうして顔を赤らめてるのよ。トモのエッチぃ&heats;」

俺は更に落ち込み、その場に座りこんだ。が、当初の憂鬱の方は吹き飛んでいた。……つまり、あれか? 腕の擦り傷が痛かったら、足を切りつければ、腕の痛みは忘れるとか?いや、もうどうだっていいけど。

恨みがましく祥子を見上げ、軽く睨んだ。

「やめてよね、うんこ座りでメンチ切るのは。笑っちゃうわよ。トモには似合わないし」

「似合う、似合わないは関係ないだろ。それより相手は本当に美人なんだろうな?」

正直、気分的には相手が祥子以外の女だったら、容姿なんかどうだって構わなかった。本当にバカみたいだと思いつつ。

「そうよ、美人よ。安心しなさい。私に任せておけば万全よ! 大船に乗った気で信頼しなさいよ」

と高笑いする。いや、お前だから、信頼できないんだよ。

ほほほ、と笑っていた祥子が笑うのをやめ、改めて口を開く。

「ところでトモ。徳ちゃん遅くない? 徳ちゃんの私服、どんなのかしら。ヨレヨレのトレーナーだったらぶっ殺す!ってな感じだけど、メチャメチャおしゃれに大人にディープにキメられても困らない? 私たち、そんな高級なお店行ける格好じゃないし。トモだって所持金そんなにないでしょ? でも、徳ちゃん、スッゴいカッコ良かったらどうしよう! トモじゃないけど興奮しすぎて鼻血出して倒れちゃうかも! いやーん!」

と言いながら、左手で口元を隠しながら、右手でバシバシ俺を叩き、首を大きくプルプルと振る。痛い。

「一つ聞いて良いか?」

「なによ、トモ」

「いや、一つじゃなくて、二つだな。……もしかしてお前、割り勘じゃなくて、俺や徳田に払わせる気なのか?」

「は? 何言ってるの、トモ。普通デートと言ったら、男が払うもんでしょう? 女に払えなんて言ったら、その場で帰られても仕方ないくらいの常識でしょ?」

「そりゃ、付き合ってる場合だろ? 付き合う前の段階で、どうして男が払わなくちゃならないんだよ」

「……トモ、実は一度も女の子と付き合ったことないでしょ?」

「な、なんでだよ。お前と何か食いに行く時は、いつも割り勘だろ?」

「それは友達で気心知れた同士だから良いの。親しくない内こそ、男が払わなきゃダメなのよ」

「そ、そういうものか?」

「そういうものよ。常識よ。親しくならない内に金払えなんて言ってみなさい。絶対トモ、ケチな上に薄情だとか思われて、ついでに女の子とのデート代にも事欠く貧乏人だと思われるわよ」

そんな言葉が返ってきて、激しく動揺する。

「ま、待てよ。俺がお前に何か奢ったのって、昼飯のパンとかジュースくらいしかないぞ?」

「だから、友達だったらセーフなんだってば」

そんな常識知らねぇよ。どうせ俺は祥子に出会うまで、教師と女子マネ以外の女と会話したことないっての。仕方ないだろ、そんな暇も余裕もなかったんだ。ちくしょう、俺の青春カムバック。

「もしもーし? 長田智之くーん?」

「は? いや、何だ?」

「何だはこっちの台詞。で、もう一つの質問は?」

「あ……」

どうしよう、と一瞬思った。冗談にまぎれてなら言えそうだったが、改めて尋ねられると、口にしにくい。

「あ、いや、その……」

「何よ、はっきりしなさいよ。優柔不断でモテるのは、二次元世界と空想だけよ? 優柔不断が優しさと受け取ってもらえる甘い時代はとっくに過ぎて、現代社会は弱肉強肉よ。ボヤボヤしてると、老若男女関係なしに、頭の先からボリボリ食われるハメになるわよ?」

「肝に銘じるよ、祥子」

俺は嘆息した。

「で?」

「あ、いやたいしたことじゃないんだ」

「じゃあ、言いなさいよ」

う、と詰まる。

「……つまり、その、本気で……徳田のこと、好きなのか?」

冗談や遊びじゃなかったのか、とまでは聞けなかった。祥子の眉間に深い皺が寄ったからだ。

「……今更何言ってるの?」

顔も怖いが、口調はもっと怖い。祥子は化粧なしでも正統派美人で、笑みが消えると、それだけでひどく冷ややかに見える。そう、初めて祥子に出会い、その顔を見た時、その完璧な美貌に思わず魅入られてしまったのだ。たぶん、その強烈な中身にはさほど惚れてはいないのだけど。

「……いや、確認したかったんだ」

ぽつり、と思ってもいない言葉を呟き、慌てて繋げる。

「つまり、今後、応援するにも、静観するにも。……だってほら、お互いフリーでも、教師と生徒じゃ色々ヤバいこともあるだろ? だから、お前がどれくらい本気か、確認したかったんだ」

「言ったでしょ? トモ」

くすくす、と祥子は笑う。

「裏切られたら、殺して食べちゃうのよ。頭からバリバリと。骨も残さず」

「……じょ、冗談だろ?」

声が、震える。

「もちろん冗談よ」

祥子はくすくす笑う。全身に冷たい汗がびっしょり吹き出し、震える。

「なぁに? トモ。寒いの? カーディガン貸してあげようか?」

ぶるっと震える。

「い、いや、いい」

足元の地面が、崩れそうだ。心臓の音が、うるさい。

祥子はにっこりと微笑む。

「そんなに怖がらなくて良いのよ?」

ふふふ、と祥子は笑う。

「どんなにトモが可愛くても、私はトモを食べたりしないから」

「…………」

「なぁんてね。嘘よ」

祥子がそれまでのうすら寒い空気を吹き飛ばすように、明るくけらけらと笑いころげた。

一瞬、俺は固まった。

「え?」

「トモって本当、からかいがいがあるわね!」

「えっ、ぇええっ!?」

「あー、写真撮っておけば良かった。蒼白でひきつってて傑作だったのに」

「なっ、おま……祥子!」

「私の本気を疑った罰ですよーだ。これに懲りたら本気で親友を応援しなさい」

「誰が親友だ」

いつもの距離、いつもの会話。……でも、急速に何かが変化していた。不信、不安、予感。

音もなく、静かに何かが降り積もりつつある。それはひたひたと満ちる潮の流れよりは緩やかに、ゆっくりと、密やかに。

……本当に。

本当に、信じても良いのか?

それで、本当に構わないのか、と。

……尋ねてくる声に耳を閉ざし、俺は笑う。笑えもしないくせに。笑っているふりをする。

どうせ、俺には関係のないことだ。俺には全く関係ない。関係したくても、俺はただの傍観者だ。馬の骨にすら、なれない。

……何だか無性に、むなしかった。

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