巨大な防潮堤は疑問ー「潮の音、空の青、海の詩」を読んで

久しぶりに熊谷達也を読んだ。

「潮の音、空の青、海の詩」と言う小説である。熊谷は、私の好きな小説家の一人である。彼の小説は、幅広い。いずれも面白い。その彼が3・11を経験して、「これまでのようには、小説は書けない」とどこかで言っていたが、近頃彼の書くものは、何らかの形で3・11の影響を色濃く表わしている。と言うより、震災そのものを描いていると言ってよい。もう中味は忘れてしまったが、「リアスの子」「微睡みの海」を覚えている。いずれも、「まあ面白かった」と言う印象がある。(そのほかにも読んだと思う。)

この小説も、震災を経験した人間と社会を描いている。3部に分かれているが、各部で随分と内容が違う。

第一部は、仙台市内中心部で大震災にあった主人公川島聡太の経験を描いたものである。揺れの様子から始まり、地震とその後の震災の仙台中心部の様子が活写されている。市内の様子ばかりではない。主人公の心の動きの描写も見事である。その後は、自分の出身地仙河海市(気仙沼がモデル)の両親の死亡届を出すまでの主人公の見たものと、心の動きを描いている。被災者の心が実に見事に描かれている。

私もこの小説で、当時の経験を生々しく思いだした。私も家が半壊になったのであるが、避難所のことや家族が亡くなった被災者のことはわからない。この小説で、少しは分かった気がする。迫真の描写力である。熊谷の実体験が効いているのだろう。この小説の白眉と思う。

第二部は、大震災から50年後の9歳の小学生呼人(よぶと)から見た仙河海市である。50年後の社会を、作家の想像力で描く。人口減の社会・自動運転の自家用車。小学生一人ひとりにパソコンの先生がついている。このパソコンは、子どもの管理者でもある。嫌な世の中だ。しかし、ありそうなことだ。熊谷は教師の経験もあり、子ども達の描写もうまい。生き生きと描く。市域は、仕事・商業等、機能によって6つに分かれている。高齢者は高齢者の地域があり、個々の家族は、介護から解放されている。仙河海市は、高福祉社会を達成しており、ここに住みたいと言う希望者も多い。しかし、理想都市の建設には、大きな秘密がある。それは、川島聡太爺さんの登場で明らかになる。詳しくは言わない。
この第二部は、熊谷の「防災のため、巨大な防潮堤を作るのは間違い」と言う考えが、明確に打ち出されている。読んでなるほどと思った。しかし、現実には巨大防潮堤はつくられつつあり、、この第二部は、そんな現在の動きへの警告である。そのほかの社会問題も意識して書いている、問題作と言ってよい。彼には、特攻隊を扱ったものや憲法9条を扱った小説もある。

第三部は、現代に戻って、川島聡太と同級生たちの絆と仙河海市の復活の様子である。特に、肉親や恋人を失った二人の女性(のぞみ)と笑子(えみこ)の再生は、心和むものがある。第三部は、第二部とのつながりを暗示して終わる。も一つ、この第三部には仕掛けがある。と言うのは、笑子は、「微睡の海」という別な小説の主人公なのである。つまりこの第三部は、「微睡の海」の笑子の再生の物語でもある。

熊谷の文章は、軽い方であり読みやすく、描写もうまい。ストーリーの作り方も(ちと強引なところはあるけど)まあうまいと思う。私は、好きである。