インタビュー不発 イタリア旅行余録

地元のスタンデイングに参加してきました。

いつもの数名の、寂しいものでした。でもいつもと違うことがありました。写真の左側の人、NHKのデイレクターなんです。私たちへのインタビューかと思ったのですが、それはありませんでした。「俺たちもNHKに登場か」と期待したのに残念(笑)。
彼は、原発事故関連の番組を作っている人でして、いつも一緒にスタンディングしている「生業訴訟」原告団がお目当てのようでした。ところが原告団長は、今日は来なくて、インタビューは、不発でした。(その後喫茶店で会えたそうです)

さて、イタリア旅行の感想の続きです。印象に残ったことを書いていきます。(未練がましいなあ)
トイレイタリア最初のミラノについてのバスの中、ガイドさんに初めに脅かされたことが、トイレの件。
彼女曰く「日本とは違う。出られなくなって大声をあげてた日本人がいた。いろいろ試みると良い。便座がない場合がある。その時は、中腰で頑張れ」
おいおい、大丈夫かい。遠くイタリアまで来て、芸術的にフンばるのかい。男子の場合、中腰の機会は、そうない。女子はどうか。妻に聞いたら便座がなかったのがか所とのことだ。案外平気だったとのこと。いざとなれば、女性は強い?

これは、ホテルのトイレです。さすがに便座はついていました。右はビデ。ただし、温かい便座は、一つもありませんでした。温便座、これを無駄な電力と考えるか、快適をとるか。しかし、温便座・温風乾燥、この細かい芸は、日本の売りではありますね。

挙手
ガイドさんの話です。「イタリアに留学してびっくりしたのは、日本のように挙手してはまずい。挙手は、人差し指一本」。挙手は「ハイル、ヒットラー」なんで、まずいのだそうです。
イタリアのファシスタ党ってナチスの先輩格でしょ。・・・だからこそか。「やべー、俺たちナチスとは違うぞ」。第二次大戦の時終盤では、イタリアは、ムッソリーニを処刑し、ナチスドイツに宣戦したものな。敗者転じて勝者か。うまいなあ。

スリバチカン市国に行く途中の地下道。現地ガイドに引率されて歩いていると、前の方でどよめき。何事、変事か。外国人のカップルがわれらの行列に割り込み、バックのチャックを開け始めたとのこと。気づいた後ろの人が騒いで、そのスリのカップルは、スーと抜けていったのでした。スリ、ほんとにいるんだ。

現地の日本人ガイドさん。ここは、フィレンツエ・ウフィッツイ美術館。

テロ欧州旅行どこに行くかと考えたとき、テロがない所ということも頭に浮かびます。多い所として、フランス・ドイツ・イギリス・スペインが思い出されますが、イタリアはあまり聞きません。ネットで見ると、イタリアには、この3年一つもありません(最多は、フランスの14件)どうしてテロが少ないのか?偶然でしょうか、理由があるのでしょうか。・・うーん。警備が優秀?宗教に寛容?・・カトリック総本山バチカンに対し、さすがのイスラム過激派も恐れる(笑)、イタリア人は緩い(笑)、どうもろくなこと思いつかないな。

ジプシーフィレンツエの広場を歩いていた時、ジプシーの女を見ました。目立つ服(水玉模様の長いスカート、サンダル履)です。物乞いなんだそうです。すぐに警察がやってきました。排除する感じです。スリと違うのですから、どうしてそう目くじらを立てるのかな、と思いました。観光客の評判対策でしょうか。

イタリアイタリアというと、かのローマ帝国です。最盛期には、地中海全域からエジプト・フランス・イギリスまで支配しました。都市国家ローマが、どのようにしてこんな大帝国に発展できたかには興味がありますね。ローマ帝国は、地理的広さ・歴史的長さでトップレベルなのは間違いないですね。トップは、中華帝国かなあ。唐・明・清(支配層は満州民族でしたが)そのイタリアが、中世に都市国家・地域に分裂し、再統一にずいぶん長い期間がかかったことも感慨深いですね。20世紀の米帝国・21世紀の中華帝国?も、やはりその力を失うときがあるのでしょうか。

お土産
最後の海外旅行ということで妻は、だいぶ奮発したようです。妻と娘二人には、それぞれ同種の皮手袋・時計を買ったようです。娘の夫たちには同じ皮の小銭入れです。私は、義父と揃いのヴェネチアングラスのぐい飲みです。それぞれ高いものではありませんが、安いものでもありません。それぞれ7千円から1万円前後。


有名なアマルフィ海岸です。バスから見ました。こんな崖っぷちに住んで何で食べているのでしょうか。この海岸でソフィアローレンのお家をバスから見ました。写真はうまく撮れませんでした。

この旅行で一番気に入った風景です。ピエンツアへ行くバスの中から撮りました。小高い丘の上に立つ、農民の家だと思いました。(昔は、小領主かな)周りは、畑作地です。家まで登る道の両脇は、糸杉の並木道です。なぜか、心が惹かれる風景でした。