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2009-11-03

[]BLACK LAGOON 9巻とロックの「正しさ」の在り処の話


BLACK LAGOON 9 (サンデーGXコミックス)

BLACK LAGOON 9 (サンデーGXコミックス)


 今日はこちらの記事に触発されて一席。当然ネタバレ含みますので未読の方はご注意ください。


 →「BLACK LAGOON」 「面白さ」を求めたロックは「夕闇」にいられたのかという話 (ポンコツ山田.comさん)

 →「BLACK LAGOON」 悪役面のロックは「正しい」人間ではなかったのかという話(ポンコツ山田.comさん)


 9巻で明確な悪役ヅラを見せたロックを切り口に、この漫画における「正しさ」について書かれた一連の記事です。山田さんの鋭くわかりやすい考察にはいつもながら頷く事しきり。BLACK LAGOONファンには特に読み応えのある記事ですので、強力に一読をお勧めします。


 さて、そんなわけで以下は上記記事を読んだ前提で進めます。



<正しさをどこに求めるか>


 確かに「正しさ」というものは多分に主観的なものです。別の視点から見ればたちまち崩れてしまう不安定なものです。

 しかしそもそもガルシア側とロックの「正しさ」は、方向性の違いというよりも、何処に軸足を置くかという点で決定的に違っていた気がします。具体的に言うなら、ガルシアとキャクストンのロジックでは「行動理念・過程」に、一方ロックは「結果」に重きを置いていたように思います。


 キャクストンの正しさは「戦場でも常に正しくある事」、ガルシアの正しさは「死の舞踏に加わらない事」で、ちょっと乱暴な言い方をすればその「正しさ」を貫きさえすれば、彼らは結果は割と天運任せなんですよね。それは、キャクストンがガルシアに銃を委ねて自分の命を賭けてしまうシーン、腹を決めたガルシアファビオラがプールの中で「神のご加護を」と祈るシーンに現れていると思います。

 逆に言うなら、彼らにとって「正しくない」行動で得た結果なんて何の意味も無いわけです。張兄貴の言う通り、まさに「善人で勇敢な」人達です*1

 そういう意味において、ファビオラの怒りには「空砲弾というインチキによって、本当は賭けなければいけなかった命を、賭けずして拾ってしまった」、つまり、彼らにとって「正しくない」過程を経て結果を得てしまった事への怒りも含まれています。


 さて、その一方でロックの正しさは「全員が生き残る事、賭けを楽しむ事」で、先程と逆に言えば、ロックはその「正しい」結果さえ得られれば、過程や方法はどうあろうと構わない(ように見える)んですよ。現にロックはあの酷い状況から口先三寸でダッチを丸め込み、ガルシアファビオラ・キャクストン+グレイフォックスをその感情も含めた上で駒として考え、「対象を生き残らせる」という結果をひねり出して見せたのですから。

 もちろん、ロックには享楽主義の性向が多分にあります。9巻ラストのシーンでロック自身は釈然としていないようですが、「人の命をチップに乗せて愉しんだ」のは間違いありません。そもそも第1話からして、いきなり巻き込まれた鉄火場でヘリを迎撃する=人を殺す策を立て、挙句「“して”やったぜ」とフ××ク・サインを出すなんてのは、どう贔屓目に見てもマトモな神経じゃありません*2


 ただ、その一方で「ロベルタガルシアを生きて帰したい」というのも彼の本心な訳ですよ。遡って言うなら、3巻で双子の境遇に憤ったロックも、2巻で死体から遺品を盗るレヴィを諌めたロックも、9巻で悪人ヅラをしていたロックと同一なのです。

 しかし、その両者は相反するものではなく、両立しうるものです。次項ではその辺を少し。



<ロックの中にある善悪>


 仮に、人の命をチップに乗せて愉しむ享楽主義のロックを「悪のロック」としましょう。同様に、他人――特に女子供*3を救いたい人道主義のロックを「善のロック」としましょう。

 しかし、漫画のベタな表現としてあるように、ロックの脳内で「悪のロック」と「善のロック」が意見を戦わせる事はありません。ロックは、その両方を違和感無く併せ持った存在だからです。


 日本編で雪緒が言う「夕闇に留まっている」という表現の通り、ロックは善でも悪でもないどっちつかずの存在です。そして、実は割と最初からロックの立ち位置というのはそんなに変わっていません。


レヴィ「なあ……ロック。一つだけだ、それを聞いたら面倒はねえ。 お前、どっちの側にいたいんだ?」

ロック「俺は――俺の立ってる所にいる。それ以外のどこでもない」


(2巻・Uボート編ラストより抜粋)

 このように、2巻の時点から既にロックはどちらかに所属する事を拒否しています。光=善=平和な日常世界でもなく、闇=悪=血と硝煙の世界でもなく、その間に立って、「俺の居場所は俺の立っている所だ」と言います。なんというか、とても独善的というか自己中心的な考え方です。

 そしてロックのそういう部分が、彼の中で善と悪を共存させている要素なのだろうと思います。


 それは、一言で言ってしまえば「自分さえ気持ち良ければそれで良い」という要素。


 そう、つまる所ロックというのは自己満足のカタマリみたいな存在で、その性質故に「人助け=善行」も「他人の命を賭けたギャンブル=悪行」も等しく「愉しむ」事が出来るのです。

 誰かの為になる事=満足。自分の知略を巡らせる事=満足。

 外側から見ればそれは善と悪に見えるかもしれませんが、ロックにとっては、それは「満足」の作り方が違うというだけの事。


 その辺を端的に表したシーンをちょっと抜き出してみます。


 タケナカ「……あんちゃん、俺はな。人民総決起、世界同時革命、そういうもんに全部を懸けて、日本を出てきたのさ。意志と目的がありゃ、負けとは言えねえよ。あんちゃんには――そういったとこがあるのか?」


 ロック「………………俺にだって、ありますよ」


 タケナカ「どうかな、覚悟と目的は同義だ」


(3巻・ジハード編より抜粋)


 雪緒「だって貴方は、私を助けたい訳ではありませんもの。貴方は、捨てたはずの日常を失いたくない、ただそれだけ。私を見殺しにしてしまえば、貴方は――日本に残した追憶の、最後の欠片まで、失ってしまうから」


(5巻・日本編より抜粋)


 ファビオラ「あんたは自分の愉しみのために――若様に命を張らせたんだ。最高にスリルのあるギャンブルをしたかっただけなんだ。(中略)でも、もうわかった。あんたはこの街一番の――くそ野郎だ。」


 ロック「それでも――君たちは勝った。それが、すべてじゃないのか?」


 ガルシア「―確かに、誰もが無傷では済まなかったけれど――僕らは目的を果たした。――ですが、それがすべてだと言い切る貴方は――貴方はもう――この街の人間だ。」


(9巻・ロベルタ復讐編より抜粋)


 と、こんな具合に所々でロックの自己中心的な要素は見抜かれてしまっています。そして、ロックはその度にショックを受けます。自分は善人ではないのかと。誰かを助けるためにやってるはずなのに、と。


 でも実の所、ロックはそれに対しての答えを所々で自分で言ってるんですよね。


 バラライカ「さあ踊れ。そうまでして助ける義理がどこにある?」


 ロック「――貴女は一つ勘違いをしている。義理じゃない、正義でもない。理由なんてたった一つだ。そいつは――俺の趣味だ。」


(5巻・日本編より抜粋)



 レヴィ「――ロック、あんたの取り分は、いったいどこだ?」


 ロック「――ガルシア君からの報酬。張さんからもらえる小遣い、それに――――自己満足」


(7巻・ロベルタ復讐編より抜粋)


 ロックの煮え切らない所・自覚が足りない所は、自分の中の善悪が「たかが趣味/自己満足」に基づくものでしかない事をわかっていない所*4。ざっくばらんな言い方をしてしまえば、振っ切っていない所。


 他人の為になる行動を「利他行動」と言いますが、利己的な理由に基づく利他行動と、純粋に利他的な理由に基づく利他行動というのはパッと見では区別がつきにくい上に、前者である事がその「他人」にばれると非難される可能性が非常に高いという厄介な代物。

 してみると、ロックに足りないのは「振り切れていない事」と、「その利己性が他者へばれないようにする配慮が足りない事」なんじゃないでしょうか。それが揃った時、ロックはバラライカの言う「いい悪党*5」になれるのかもしれません。


 自らの望む最良の結末=「正しい」結果を得る為なら、善に見えるロジックを駆使し、悪の持つ暴力を駆使し、人々が自らの描いた絵図通りに動くのを見て愉悦に浸る、夕闇に立つ真の悪党に。



  • 余談

 光から闇へ入っていった張兄貴はその経歴から見てもロックの先達と言える存在と思っているのですが、そういう意味で張兄貴は「振り切った後のロックの姿」とも言えるのでは、と思います。

 そういう視点で9巻を読むと、張さんの「下らねえことを下らねえまま楽しめる、そういう性分なだけさ」という台詞や、エピローグの桟橋の場面でのロックへのフォローが一層味わい深くなります。



  • 余談2

 えーっと、勘違いされている人もいるといけませんので一応。

 今回の記事は特にロックを「悪」として非難・嫌悪するものではありません。むしろピカレスク物としてイイ感じにスジが通ってきた「BLACK LAGOON」という作品に対しての、9巻時点でのまとめみたいなものです。


 

 

*1:まあ、山田さんの記事でも言及されている通り、彼らの「正しさ」に沿ってさえいれば人殺しもしますけどね

*2:もちろん現実世界の人間に当てはめて捉えるなら、の話。フィクションなのでこれはこれで良いのです

*3:双子や雪緒やロベルタガルシア

*4:ロックにもある程度の自覚はあるので、正確に言うなら「自らの腹の中に落としこんでいない所」

*5:5巻123頁

yamada10-07yamada10-07 2009/11/05 00:06 嬉しいお言葉、ありがとうございます。

>ガルシアとキャクストンのロジックでは「行動理念・過程」に、一方ロックは「結果」に重きを置いていた

「過程」と「結果」の違いというのも面白い切り口ですね。
一方で「正しさ」は過程によって担保され、一方で結果によって証明される。ガルシアたちにとっては、「正しくない」過程によってもたらされた結果は、求めていたものであっても肯定できるものではなく、ロックにとっては、望んだ形でない結果をもたらす過程にはなんの意味もない、と。
この差は、最終的なガルシアたちの怒りを説明するのにとても適切であると思います。

作中で、「善悪」もまた「正しさ」と同様、絶対的な客観性を有しない概念として取り扱われていると思うのですが、その「夕闇」に立つロックの行動理念が「自己満足」であるというのは、善悪を超越している感じでいいですね。

そして、張兄貴がロックの未来の可能性の一つというのは、なんとも素敵な未来絵図だと思います。

ARRARR 2009/11/05 02:19 山田さんこんばんはー。お褒め頂きありがとうございます。山田さんの記事が無ければ、私もここまで踏み込んで考える事は出来ませんでした。

で、それにつけても張さんですよ。記事中には書きませんでしたけど、もー個人的に大好きなんですよ張兄貴。特にロベルタ編ではロックの良き理解者・良き先輩として凄くイイ味出してます。

「……そんなんじゃねえよ、――あいつは(7巻88頁)」とか、

「―だがな、先刻も俺は言ったはずだ、偽善は己を欺く毒だと。俺はお前より遥かに深く正義ってもんを知っている。お前のそれが本当に善意かどうかをよく考えてみるこった(8巻101頁)」とか。

極めつけは9巻ラストの桟橋の場面。張兄貴ってば、あそこでわざと先にぼやく事で、見栄っ張りのロックが喋りやすいようにしてるんですよね。かっこいいわ…。誠にナイスアニキであります。

masamasa 2009/11/05 05:02 はじめまして。興味深い考察で、とても楽しく読ませていただきました。
ロックの未来予想図ですが、もしロックが悪に染まりきらずこのまま夕闇に立ち続けることができるのなら、京極堂のような彼岸と此岸の調停者のようになるんじゃないかと勝手に想像しています。
あのポジションも京極堂にいわせると、仕事とわきまえて己の主義主張を持ち込まないようにしないと非常にしんどいものだそうで、趣味と自己満足だけの今のロックではちょっと勤まりそうにありませんけど。

ARRARR 2009/11/06 03:23 masaさんはじめまして。
光と闇の調停者ですか、いいですね。そういう意味ではやっぱり現状のロアナプラの中では張兄貴が一番それに近いように思います。香港マフィアの支部長ではあるものの、バラライカほど戦争マニアでもなく、アブレーゴやロニーほどステロタイプなマフィアでもなく、連絡会の中で中心役となり、この悪徳の都(言い換えるなら自分の遊び場)を出来る限り存続させる為に動いているように見えます。
確かに、目の前の愉しみしか見えていない今のロックでは、まだまだ色々と足りなそうですね。

azelazel 2009/11/07 23:21 ロックが愉しんでいるのは、不条理への挑戦であり、何故挑戦
するのかといえば、助けたい人がそこにいるから。その意味で
ロックの行動は善意に基づいているといえる。もちろん事象を
その手で掌握してやるという野心も多分に含まれているけど。

ロックは、限りある資源を有用に使って目的を果たそうとした
にすぎない。問題は、その資源の中に当人(ガルシア等)たち
の思惑を折り込み、ある意味ないがしろにしたこと。それは
間違いなく傲慢なことで、当人たちからすれば、不快極まり
ないことだ。そういう意味で、最後のロックの発言はいただけ
ない。

ま、それでも命を救ったことは事実だし、僕的にはガルシア達
のような夢想家よりは断然ロックのあり方(今は中途半端だけ
ど)の方が好き。文句いうならお望み通りくたばっときゃよか
ったんだと思うね。

ARRARR 2009/11/08 01:49 azelさんこんばんは。

>問題は、その資源の中に当人(ガルシア等)たちの思惑を折り込み、ある意味ないがしろにしたこと。

そうですよねえ。アレだけ計画の中に彼らの思惑を織り込みながら、彼らの行動原理(言い換えるなら正しさへの想いの強さ)を読み違えていたのが、ロックの抜けている所。

確かに「結果が上々だったからこそ」ファビオラ達の怒りを買ったという側面もありますけど、空砲とはいえ撃たれてクソ野郎呼ばわりされるのはあんまりです。ファビオラとガルシアは若いから仕方ないとしても、あの場ではキャクストンかロベルタ、あるいはダッチあたりからフォローが欲しかった所ですね。

skkskk 2009/11/08 14:38 張さんが「駄目だこりゃ」と匙を投げるような局面を見事にひっくり返し、晴れて「結末の証」を渡されたロックは、レヴィが呼んだとおり一発解決の「銀の弾丸」。
でも、結果に納得しないファビオラ達からしてみれば、ロックは紛い物で虫も殺せぬ「空砲弾」。
その辺りの対比も面白いと思います。

ARRARR 2009/11/08 15:48 skkさんこんにちはー。
おお、なるほど。そこには気付きませんでした。読み込まれてますねえ。
しかしあの場面でレヴィにあそこまで言われながら何もしないロックはヘタレなのかニブチンなのか。

HALOHALO 2009/11/08 22:59 はじめまして。

私としてはガルシアたちの言うことは「正しさに吐き気がする」という感想を得ました。
主義主張のために命を懸け、消し、守る。その点では両者とも同じ。ただ、私は命が信念やら何やらよりは大事だと思いたい。
そう思うと、空砲だろうがどうでもいいはずなのに。
少なくとも、私は「正しく」死にたくはない。
と、イライラするだけでごじます。

ARRARR 2009/11/09 00:17 はじめましてHALOさん。確かに。「命あってのものだね」って言葉もありますしね。
自分が死んだ後の可能性を軽視する、という意味では特にキャクストンなんかの「正しさ」の中にも自己満足という側面があるような気がします。
多分キャクストンやガルシアが怖れているのは、鉄火場において結果の為に過程を軽視する人間になってしまう事。それは逆に意地の悪い言い方をすれば、「正しい過程」を、悪い結果に至った時の「自分を納得させる為の言い訳」としてキープしてるとも言えると思います。本人たちは自覚してなくてもね。

でもその一方でそういう「善良で勇敢な」人達が多くの人を救ったりするのも事実なんだよなー。

日光日光 2009/11/10 15:55 正直、自分は9巻のロックは悪役になったと思っていました。
しかし、最後のファビオラが空砲を撃った事になぜか不快感を感じ、納得がいかなかった。その答えが出ていてスッキリしました。ありがとうございます。

ARRARR 2009/11/11 00:57 日光さんこんばんは。拙文がお役に立てましたようで何よりです。
視点を変えれば善悪なんて簡単にひっくり返りますものね。詰まる所、演出その他諸々を意識的に取っ払った上で「どちらのスジを支持するか/どちらに共感できるか」というのはやはり読者に委ねられています。そういう意味で、ロックを悪人ヅラに描いたこの章は「悪と見えるものが本当に悪か。善と見えるものは本当に善か」というテーマを含んでいた気がします。

石神石神 2009/12/12 17:56 はじめまして。確かに主人公側視点に立てば皆さんがガルシア君やファビオラを非難する気持ちはわかりますが、私はガルシア君視点から述べさせていただきます。
自分たちを結果として救ってくれたロックに対して少なくとも感謝の気持ちは持つべきだろう、というのは私も同感です。しかし、ガルシア君が愛するロベルタを救うために命をかけた。そしてその愛の一途さ、そこに込められた「重さ」をもっと評価してあげるべきではないでしょうか?
ガルシア君はロベルタがその手を血で染める姿を嫌というほど見せ付けられた上に、彼女と共にいる事はカルテルにも、コロンビア革命軍にも狙われることになるのです。その上、ロベルタがこれまでに殺した人々の遺族たちにも罵られることにもなる(ラストで2人が迎えているのはおそらくロベルタが殺した日本人技術者の家族でしょう。彼らに謝罪することで少しでも罪を償おうというのでしょう)。それほどの危険や苦しみを愛する女性のために共に背負っていこうというガルシア君の姿に私は感動を禁じ得ません。彼の年齢でここまで人を愛せる人が、愛する人のためにここまでできる人がどれだけいるでしょうか・・・そんな彼を単に「未熟」「子供だ」「青臭い」「夢想家」などという言葉で切り捨てるのはどんなものでしょうか?むしろ彼があの年齢にして短い間にあれほどの成長を遂げて、自らの命をかけて愛する女性を救った・・・その事を私は称えたいと思います。

ARRARR 2009/12/14 00:59 石神さんはじめまして。ガルシア視点では確かにそうですね。大変興味深い考察、有難うございました。その視点に立ってみると、やはりキスシーン後にロベルタが悲しそうな目をするのは、「子供を子供のままでいさせてやれなかった自分への後悔」も含んでいるんでしょうか?ちょっと引っ掛かってる場面です。

石神石神 2009/12/14 20:15 ARRさん、お返事ありがとうございます!
おっしゃっている部分についてですが、私もそうだと思います。ロベルタがガルシア君を抱きしめて言った「若様は、もう大人になってしまわれたのですね・・・」の言葉とその後の表情・・・それは「誰よりも大切な若様に重荷を背負わせてしまった」事への後悔の思いがあったと思います。
今回の事でもはや2人がお互いに決して離れられない関係になったことが、余計にその思いを強くさせているんだと思いますね・・・

ARRARR 2009/12/16 01:12 石神さんこんばんはー。返答ありがとうございます。
あの場面はやはりそうですよね。そう考えると確かに張兄貴の言う通り完全なハッピーエンドとは程遠いわけで、物哀しくもあります。
もしかしたらロベルタのあの眼差しの中には、成長したガルシアの「正しさを貫く真っ直ぐさ・強さ」に、かつての主ディエゴ・ラブレスと同質のそれを感じた事による悲しみも含まれているのかもしれません。何故なら、ディエゴは「真っ直ぐさを貫き続けた」故に合衆国に目を付けられ、爆殺されてしまったのですから。

石神石神 2009/12/16 21:44 ARRさん、こんばんは。
そうですね・・・確かに完全なハッピーエンドにはほど遠い・・・ロベルタの心におっしゃるような気持ちも確かに含まれているでしょう。すでに彼女は復讐に出かける前にガルシア君の言葉を聞いて「やはり若様はあの方のご子息なのですね・・・」と感想をもらしていて、その時よりもさらに大きく成長したガルシア君を見て、一層その思いを強くしたかと思います。
でも私は今回の事を通じてお互いへの気持ちを強く自覚して、決して離れられない関係になった2人が共に愛し合って、支えあうことによって張さんが言う「茨の道」を乗り越えていって欲しいと強く願っています。
後、私としてはキャクストンがいずれ軍を退役したら、ガルシア君たちのもとにやってくるかも・・・なんて思っています。キャクストンはすっかりガルシア君に惚れ込んだという印象を受けましたし、彼なりの「贖罪」という形でそういう事もあり得るかも・・・
そうなったら、カルテルやコロンビア革命軍に狙われる危険にさらされているガルシア君たちには、とても心強い存在になりますが。

azelazel 2009/12/16 22:53 こんにちは。まだみてましたazelです。

ARRさんへ 本当に遅ればせながらお返事ありがとうございます。

石神さんへ 僕も「夢想家」と書いたのでちょっとひとこと。

ご感想拝見させていただきました。確かに、理想と愛に殉じた(死んでないですが)ガルシアはすごい。舞台の上でもキーパーソンであり、彼の思想・存在・行動は欠かせないもので、それによって彼はロベルタを救う上で一定の成果をだしました。

でも、それでも僕は彼を「夢想家」と断じますし、今のままの彼ではたいしたことねーと切り捨てます。(たいしたことねー、というのはあくまで他の登場人物と比較して、ということですけどね。現実にいえば、登場人物全員スーパーマンなんで)

なぜなら、彼だけではロベルタを掬い上げることはできなかったからです。それには、現実に立脚し、冷たい思考を走らせたロックの存在が不可欠だったと僕は考えるからです。

愛しているというのなら、その愛をもって思考を走らせ、ロックの意図をも折り込んで行動し、なんとしてでも、自身を偽ってでも、結果を示すべきだったと僕は考えます。その上で、ロックに感謝の言葉を述べ去っていっていたとしたら、僕は彼を手放しで賞賛するでしょう。完璧キャラ爆誕ですね。

でも、彼はそれができませんでした。忌避する「死の舞踏」の中での現実に、自身が寄りかかっていることを許容できず、ロックを非難しました。このあたりはARRさんのご指摘にある通りかと思います。

今後彼がこのままの姿勢を貫くというのなら、僕自身の見解としては、早晩限界が訪れるでしょう。現実は甘くないですし、ましてやブラックラグーンの世界はもっと甘くないです。まあ、その時は潔く死ぬんだろうなあ。それでこそヒーローなんだし。

石神石神 2009/12/17 21:10 azelさん、はじめまして。ご意見ありがとうございます。
ご指摘のことについては、ロックの存在があってこそガルシア君はロベルタを救出できたというのは私も全く同感ですし、最初にお伝えしているようにその事についてガルシア君はロックに感謝するべきであったと思います。
しかし、その事を差し引いても私はガルシア君は素晴らしいと思います。彼は日本でいえば、まだ小学校高学年か中学校に入学したばかりの少年なのです。その年齢であそこまで人を愛せる人が、愛する人のためにあそこまでできる人がどれだけいるとお考えですか?彼は愛するロベルタのために命をかけ、さらに彼女のために彼女の罪を背負って共に苦しむ・・・その姿が「たいしたことない」とは私には到底思えません。また彼の生き方と、レヴィや張さん、バラライカなどの生き方の間に安易に優劣などつけるのはどうでしょうか?全く違った環境で育ち、全く違った価値観の中で生きてきたのですから。

ARRARR 2009/12/19 22:59 石神さん、azelさん、アツい議論ありがとうございます。まったく異なる視点同士での意見は大変興味深いです。

自レスからの引用で恐縮ですが、まさに

>視点を変えれば善悪なんて簡単にひっくり返りますものね。詰まる所、演出その他諸々を意識的に取っ払った上で「どちらのスジを支持するか/どちらに共感できるか」というのはやはり読者に委ねられています。

という状況ですね。
ロックとガルシアはそれぞれがそれぞれの正しさを持っていて、客観的絶対的にどちらが正しい、というわけではなないと思います。正しさも善悪も、極論すれば好き嫌いと同じくらい主観的なもの。
ここ最近のブラックラグーンの展開を読むにつけ思うのですが、光と闇の双方を見、その「どちらの」「どこに」価値を見出すのかを求められているのは、ロックのみならず、他ならない我々読者自身なのかも知れません。

また、余談ですが、「一時の状況を乗り切る為」にはロックのような人の応用性・全てを利用する思考(=柔らかさ)が必要で、「新しい時代を創っていく為」にはガルシア(ディエゴ)のような真っ直ぐさ・行動軸の確かさ(=硬さ)が必要なんじゃないかなー、なんてぼんやり考えてます。

双月双月 2010/03/01 12:31 はじめまして。最近『BLACK LAGOON』の存在を知って、やっと昨日9巻まで読み進めたものです。おもしろいですね『BLACK LAGOON』!!

私は、ロックのあの悪人面やガルシアの心の声が今回に限って描かれているのかすごく気になっていたんですがARRさんやyamadaさんの意見を見て、もやもやが解決しました。ガルシア視点で読ませたいという広江さんの意図があったんですね。
広江さん普段キャラの心の声とか描かない人なんだと思っていたので、すごく不思議で不自然に感じていたんです。
ガルシア側からみれば、ロックの「夕闇」という立ち位置はもう闇にしか見えないんですね。

あと、張さんがロックの一つの未来という話。ARRさんの見解を聞いてから、9巻の最後を見ると兄貴の背中にジーンときます。いいですねこのシーン。

深く読み込まれていて感心しました。すごく参考になりました、ありがとうございます。

ARRARR 2010/03/03 01:12 双月さんこんばんはー。コメント&お褒めの言葉ありがとうございます。

>兄貴の背中にジーンときます。いいですねこのシーン。

ですよね!もー本当カッコ良いんですよ張兄貴。痺れるわあ。
それにしても張さんといいバラライカ姐さんといい、親分方にあれだけ可愛がられてるロックって結構幸せ者ですよね。

双月双月 2010/03/08 00:28 ARRさん、お返事ありがとうございます。

>親分方にあれだけ可愛がられているロックって結構幸せ者ですね。

そうですね。きっとバラライカの姐御や張さんには、『夕闇』に立ち続けるその根性(図太さ?)をきっと評価されているんでしょうね。レヴィもずっとそんな立ち位置にいるロックを心配しているようだし・・・。

彼らはロックの立ち位置を面白がっているのか、どこかで羨望しているのか(日本編でレヴィは姐御に「こいつと同じ生き方を望むべきではない」と言われていることから)確実にはわかりませんが、どこかでそのままの立ち位置であってほしいと望んでもらっていると感じます。
張の兄貴の「だが善悪の彼岸を見極めたいなら、とっくり時間をかけるのも悪くないぜ、ロック」と言う巻末のセリフも「夕闇にしばらく立って、善悪(光と闇の先)をみるのもいいだろう」と言っている気がします。

ARRARR 2010/03/10 01:44 双月さんこんばんは。
そうですね。張さんの「だが善悪の彼岸を見極めたいなら、とっくり時間をかけるのも悪くないぜ、ロック」というのは、悪を嫌悪して安易に偽善に走らないように、またその逆に善に納得がいかないからといって安易に悪の暴力に恃まないように、という意味を含んでいる気がします。
善の理にも悪の力にも流されすぎる事無く、むしろそれらをコントロールできる視点を鍛えろ、といった所でしょうか。
こういうシーンからも、張さんがロックを(ある意味、直属の部下である彪以上に)買ってるのがよくわかります。
いやー、やっぱカッコいいっすよ兄貴。

holyholy 2010/06/11 11:54 初めまして。
最近9巻を読了し、やはり腑に落ちない点がいくつかあったので、
ネットを徘徊してこちらにたどり着きました。
ARRさんの考察でだいぶ心の整理というか納得がいきました。ありがとうございます。
それと他の方々のコメントを読んでいて少し気になった点があるので、今さらながら自分の意見をかきこませて頂きたいと思います。
それはガルシア側の主張と行動に関してです。
僕もazelさんがおっしゃるようにガルシアは夢想家と思える点があります。
ガルシアのロベルタへの愛と覚悟には感動しましたが、ロベルタを取り戻す最後の賭けの為に、少佐の部下達がむざむざ死んでいくのは、ガルシアらがそれを背負う覚悟を決めたからといって済む事なのでしょうか?部下の側に立つと、ガルシアや少佐の「自分達が舞踏会から降りる為の夢想(過程)」に付き合わされた感がありいたたまれません。
ファビオラも世の中が「煮え切らない灰色」と理解したならば、ロックという個人も「ギャンブルがしたいだけの糞」ではなく「煮え切らない灰色」である可能性にも気づいて‥でもそうしたらあのエピローグにつながらないのですね。。
あれ?感じたまま書いたら何の意見だかわからなくなりしたね(汗)お目汚しすいません;
また他の漫画の感想、考察を拝見しにちょくちょく寄らせていただきたいと思います。失礼しました。

ARRARR 2010/06/14 22:44 holyさんこんばんは。はじめまして。返事遅れてすみません。

そうですね。「いたたまれない」というholyさんの意見、よくわかります。特に最後に撃ち殺されたレイなんてもう目も当てられない報われなさ加減ですよ。
で、ちょっと考えたんですが、私の記事中の*1でも言及させて頂きました通り、結局ガルシア側も『彼らの「正しさ」に沿ってさえいれば人殺しもします』という人々なんですよね。P.222でガルシア君が述べている「僕もまた、ロベルタの命に価値をつけるしかない。これが僕の戦いだ。貴方と僕と、こんな世界との戦いなんだよ、少佐」という台詞に、そのへんは良く現れていると思います。
ガルシア君が自らの父を殺したキャクストンに直接復讐をしないのは、自らが「死の舞踏」に加わらないようにする為なんですが、その代わりに、暴力の世界そのものに対して復讐をしているようにも見えるんですよ。キャクストンのように高潔で正しい軍人であるが故に道を誤った人は憎みこそすれ協力し、自らの暴力に自覚的でないと思われる連中(少佐の部下)の命は軽視する。そういう意味では、ロックと同じくガルシア君もまた、対象の命とそれ以外の命を、悪びれる事もなく簡単に天秤にかけています
。「それしか方法が無かった」と言えばそれまでですが、何ともまあやりきれない話です。
おそらくはガルシアもキャクストンも真面目に彼らの死を背負って生きていくタイプの人間なのでしょうが、現時点では自己満足の域を抜け切れない雰囲気が残る所が、言われて見れば確かにちょいと鼻につきますね。
面白い意見ありがとうございました。最近更新途切れ気味ですが、是非またお越しください。

holyholy 2010/06/27 21:47 お返事ありがとうございます。半年以上前の記事へのレスにまでお返事いただき恐縮です。
遅れたなどとんでもありません。早速のお返事に対してこちらのお礼が遅れてしまいました。すみません(汗

>現時点では自己満足の域を抜け切れない雰囲気が残る所が、言われて見れば確かにちょいと鼻につきますね。

そうなんです。自己満足を含むという意味ではロックをどうこう言える立場ではないと思えますし、
その「僕もまた、ロベルタの命に価値をつけるしかない。これが僕の戦いだ。貴方と僕と、こんな世界との戦いなんだよ、少佐」
と言った格好の良いセリフのシーンにもイラっときてしまいました。。

ああ、お礼だけのつもりが・・・それではまた!

ARRARR 2010/06/29 02:15 holyさんこんばんはー。再訪ありがとうございます。

年相応を遥かに超えるガルシア君の覚悟と意志は凄いけど、それを巧言っぽく語らないでいられない部分が年相応というか何と言うか。
いよいよ「正しさ」を闘わせる局面になって「僕達は誰も悪くない。だから戦いは終わらない」なんて言葉で逃げ道を作るあたりも賢しげです。

や、もちろん良い子なんですけどね。理想を貫くならもっと堂々と独善的であっても良い気がするんですよ。それともレヴィが言うように「理屈が揃わないと人殺しも出来ない」程度には、自分の行動に後ろめたさを感じてるのかもしれませんが。

ロンサムロンサム 2010/07/11 15:52 ARRさんはじめまして。興味深く拝見させて頂いてます。

9巻を最初に読み終えた時の率直な感想は、ロックの描写がどうにも不可解だったというか、
ガルシア達の心情的な部分も全て汲み取った上で、あんな大胆な手口を提示して主要キャラ生存に結び付けたのかと思って読んでたら、
ラストで急にオタオタ動揺して葛藤し始めるのを見て「この兄ちゃん実は単なる天然ボケなのか?」という戸惑いでオイオイ状態でしたw

ファビオラが最後でロックに対して毒を吐きまくる展開も唐突な感じで、ファビオラは全体的にはレヴィとの確執の方が強調されてたので
ロックに向けてあそこまでするなら、潜水艦以外でももう少し動機付けとなるような描写が途中で欲しいかなとも当初思いましたが、
この記事や他のブログ等での色んな人の感想や意見に目を通していって、その辺もある程度納得や整理も付いてきたかなー?という状態です。

その辺を踏まえて、(現時点での)個人的なロックへの印象を記させてもらいます。


>ロックの煮え切らない所・自覚が足りない所は、自分の中の善悪が「たかが趣味/自己満足」に基づくものでしかない事をわかっていない所。
ざっくばらんな言い方をしてしまえば、振っ切っていない所。
>ロックに足りないのは「振り切れていない事」と、「その利己性が他者へばれないようにする配慮が足りない事」なんじゃないでしょうか。

この辺は概ね共感します。
今回は特に、最後の最後でロックのそういう未熟な部分が露骨に出てしまって、情けないオチを自ら招いてしまったなと感じます。

ただ私的には、今回の話だけをもって、ロック自身が自己満足のみに溺れて他人のメンタル面を軽視してしまう人間になったとも思えません。
(もちろん、ARRさんもそう断定されてるわけではないと思っています。)
むしろ見方によっては、今回の彼は双子編や日本編の時よりも、状況の犠牲者というか貧乏クジを引かされてしまった側面の方が
大きいように個人的には思えます。

双子編の時は、双子の闇に染まりきった境遇や思考に直に触れて、ロックは大いに打ちのめされてました。
日本編の時も、坂東がバラライカに殺されたり、雪緒が陵辱された現場に立ち会ってロックは大いに苦悩してました。
(バラライカにはあわや殺されかけもしました)

それと比べると、今回のロックは、事態の悲惨な局面への直接的な関与はかなり稀薄だったと思います。

もちろん、ダッチからクビを宣告されかねないリスク等も背負って
ある程度のシリアスな状況には置かれてましたが、肝心の殺し合いの現場や、当事者や関係者が本音や覚悟を晒す現場には
今回は完全に蚊帳の外といってもいい状態でした。

もしロックが、ファビオラがゲリラに容赦なく止めを刺したレヴィに噛み付く現場や
若様がキャクストンと相対する現場、さらに言えばロベルタやファビオラに自分の覚悟を打ち明けるような現場にまで立ち会ってたら
ロックも最後の局面であそこまで無神経な表情や言動は見せなかったと思います。

ロック自身は他人の思いに根本から無頓着な人間でなく、むしろUボート/シガーキス編のレヴィや日本編の雪緒のように
自分に本音をぶちまけてきた人間に対しては、自分も本気の感情でそれを受け止めてやる懐の深さも持ち合わせていると思うのですが
(だからレヴィはロックにあそこまで惹かれるようになり、雪緒も死の間際で「苦労をおかけしました」とロックを労わる言葉を口にしたと思います)、
今回は事態の決定的な当事者・目撃者にはなれず、なまじ自分で離れたところからコントロールの利く都合の良いポジションに収まってしまった事が
災いしてしまった要素も意外に大きいとも言えなくはないでしょうか?

もちろん、直接的な関与はなくても、以前に自分が立ち会ってきた事件での経験をしっかり踏まえて相手を思いやる事が出来ていれば、
読者ももっと、ロックやレヴィと視点を爽快に共有していけると思うのですが、
そこで肝心の主人公が、表面的・自己中心的な価値観から離れられてるようで離れられずに無様な結末へと向かってしまう辺りが、
良い悪いは別にして、この漫画のシニカルな特色でもあり、現在進行形の話である証かとも思います。

ただやっぱり、一読者としては、ロックやレヴィがゲストキャラにやり込められたり打ちのめされたりする話ばかりじゃなくて、
純粋にカッコよいと思えたり、キャラとして成長したなーと共感できるような描写も欲しいので、
ロックに対して同情的な見方をしてしまっている部分も有るかと思いますw

その意味で
(雑誌のネタバレになってしまってすみませんが)
現在GXに連載中のロベルタ編の次の話でも、人民解放軍の女スパイ(通称デコメガネちゃんw)が、
尽くしてきた祖国から見放されて狙われる破目になり、かってのロックと同じ境遇に陥ってるのを
今度こそロックが心身ともに上手く助けてやってほしいと、無駄かと思いつつもw期待して読み続けていきたいと思います。

以上、長文失礼しました。

ARRARR 2010/07/13 01:48 ロンサムさんこんばんは。コメントありがとうございます。かなり深く読み込まれていますね。凄い!

>それと比べると、今回のロックは、事態の悲惨な局面への直接的な関与はかなり稀薄だったと思います。

そうですね。ロンサムさんの言う通り、それ故にガルシア側の覚悟あるいは思い入れと言ったものの重みを読み違えてしまった感があります。
もしかすると日本編を始め色々な所で鉄火場での苦悩を味わいすぎた為に、ロックは無意識的に最前線に立たないように立ち回ったのかもしれません。あるいは事態を収拾するために、大局的に物事を見据える事の出来る立ち位置に自身を置いてみたのかも。(ロックは結構アツくなりやすい性質ですし、その自覚はあると思うので)

そういう意味では、色んな失敗とか苦悩とか後悔とかを糧にして張兄貴ばりにカッコ良く成長したロックが、確かに見てみたいですねえ。

mistmist 2010/08/09 19:17 ガルシア達は「行動理念・過程」、ロックは「結果」に重きを置いていたという考察はとても感心しました。
ただ私はあのラストの「結果が全て」でガルシアが言いたかったのは、それだけではなくて…うまくは言えませんが、それは「人や心」なんじゃないかなと。
あの結果に至るまでに様々な人間がいろんな思いや感情を抱いて…痛みや苦悩、憎悪、正義、やさしさ、エゴ、愛…その上で掴んだ結果でした。
ロックはそれすらも駒としていたようにも思いますが、彼はそれの尊さみたいなものは忘れてしまっていたから「もうこの町の人間だ」とガルシアは指摘せずにいられなかったのではと思っています。
だからあのラストの言動自体は「しょうがない」と納得しちゃってます。全編通しての彼らの言動の是非はまだ私には判断つきません。
あとファビオラはともかくガルシアは一応感謝してるんじゃないですかね?ロックがいなければこうも上手くいかなった事くらいわからない彼ではないでしょうし…

ARRARR 2010/08/14 00:58 mistさんこんばんは&コメントありがとうございます。
ちょっとわかりにくかったかも知れませんが、私が記事中で述べているガルシア側の「行動理念・過程」には「彼らが正しいと信じる、」という修飾語がつきます。そういう意味で、「生き残る」という結果を求めるあまり、彼らの心情+信条の重みを測り間違えたロックに怒りを覚えたのではないか?と言うのが私の記事の骨子でした。わかり辛くてすみません…。

iruruiruru 2010/12/26 23:48 ARRさんの記事を拝見し、そしてここにこられた多くの方の意見を見て9巻で感じてしまった不条理な思いをはっきりとした物へと変えることができました。そのことにとても感謝しています。本当にありがとうございました。

何人かの意見とかぶってしまうと思いますが、私的な意見を言わせていただきます。
この巻を最後まで読みきり率直に思ったのは、ガルシアがazeさんのおっしゃったように夢想家だということです。
彼は父の死を乗り越え、そしてロベルタがどれほど変わっても受け入れるという決心や彼女への愛情はとても大人だと思います。
しかし、彼はロベルタを取り戻すことができたときに自分の求めていた理想的な最後を見つめロックの行ったことを切り捨ててしまっています。
確かにロックの行ったことは手放しでほめられることではなかったのかもしれません。しかしロックは現実と最後に行き着くまでの過程にどうしても必要なものを見つめ、そして切り捨て、最終的にARRさんの言われるようにガルシアたちの中にある譲れないものを理解し切れていなかったにしろロックはガルシアたちの望みであったロベルタの救出をやってのけました。
その彼のやったことを自分が理想的な最後に行き着くまでの過程を経なかったことに対しそれは悪だ、といわんばかりに言い切ってしまう点で彼がまだ現実を知らない幼い子供だと思いました。

まあでも、ロックが彼らに対し「最後に君たちを助けることができて本当によかったよ」と笑顔で言ったのにはちょっと腹が立ってしまい、もう少しいい言葉は無かったのかと歯軋りしてしまいました。

なんか途中から言っていることが噛み合ってないような気がします。すいません・・・

ARRARR 2010/12/28 01:26 iruruさんこんばんは&コメントありがとうございますー。

>まあでも、ロックが彼らに対し「最後に君たちを助けることができて本当によかったよ」と笑顔で言ったのにはちょっと腹が立ってしまい、もう少しいい言葉は無かったのかと歯軋りしてしまいました。

そうですね。あそこで善人ぶってしまうのがロックの迂闊な所のような気がします。ガルシア達の信念を見誤っていたとしても、「命を拾えれば何でもアリだぜ」と考える人ばかりではない、という事くらいロックも頭ではわかっていたでしょうに。策が巧くいった、対象が死ななくて済んだ、という「結果」に喜ぶ余り、素の自分(というか善性をアピールしたい性分)をポロリと出してしまうあたりが、ロックの悪党としてこなれていない(=子供っぽい)所だと思います。
もちろん、ロンサムさんのコメントの通り、鉄火場を見ていない気楽さも、多分に影響していると思います。

そういう意味では、ガルシア坊ちゃんは当然の事ながら、ロックもファビオラもレヴィも、子供の部分がチラホラと顔を覗かせてるんですよね。そういう意味で大人(だと思われる)ダッチとかキャクストンのフォローが欲しかった場面です。
まーでも、その後の張兄貴のフォローを際立たせる意味では、この構成でやむを得ないのかも知れません。

NonameNoname 2011/02/25 10:46 最後の場面で、日本人技術者の遺族に(恐らく正直な告白と)謝罪をしようとしているガルシア君たちに対して

「正直な告白という言葉ほど、いかがわしいものはない。正直というのは告白する人間の欺瞞であり虚飾である。本音をいえば、それは正しく自分が、楽になることなのである。自分だけが楽になって、辛いことはすべて相手にあずけてしまうことなのである。そのために相手がどれだけ苦しみ、どれだけ辛い思いをしようと、そんなことは知ったことではない。自分は正直に告白しただけである……。この場合の正直という言葉は、絶対に美徳ではない。相手の心を傷つけて平然としていられる浅薄さであり、破廉恥さであり、残酷さである。」 By 隆慶一郎

まあこういうことですよね。

ARRARR 2011/02/28 01:47 コメントありがとうございます〜。レス遅れてすみません。

隆慶一郎ってそんな事言ってたんですか。知りませんでした。

確かにガルシア君にはそういう部分があるかも知れませんねえ。憎まれ恨まれ事の次第によっては殺されるのを覚悟で真実を話して謝罪をする、というのは茨の道を歩む覚悟でありながら、同時に「もし自分を害したら貴方も罪を背負うんだけど、それでもいいの?」という問いかけの意味にもなりえます。キャクストンがガルシア君に銃と命を預けた時のように。

まあガルシア君やキャクストンがそこまで考えていたかは別にして、「正直」や「正義」にはそういう部分を切り離せない場合がある、という意味で、この隆慶一郎の言葉は実に的を射た言葉だと思います。教えていただき、ありがとうございました。

してみると、張兄貴の「俺はお前より遥かに深く正義ってもんを知っている。お前のそれが本当に善意かどうかをよく考えてみるこった」とか「俺には道徳やら正義ってものは、肌に合わん。その手の言葉と尻から出るヤツは、びっくりするほど似てやがる」なんて言葉は、かつて法の番人だったが故に、「正義」のそういう面を嫌と言うほど見てきたからなのでしょうね。

杜若ぢんすけ杜若ぢんすけ 2011/06/19 16:29 初めましてこんにちは、最近になってBLACK LAGOONに嵌ったのでずいぶん出遅れた話になってしまいますけども。
ファビオラがロックに空砲の一撃を加えるのはあれはロックを夕闇に留めておくために必要な一撃だったのだろうと思います。
あそこであんな顔で出てきて感謝だけされてしまったら
彼は本物の闇に落ちていく所だったのだろうと思われます。

ARRARR 2011/06/21 00:05 杜若ぢんすけさんこんばんはー。コメントありがとうございます。
なるほど、そういう見方もありますね。もちろんファビオラがその効果を狙ったわけではないでしょうが、ストーリー上の楔としてあのシーンは必要だったのかもしれません。
そういう意味では「ヘルシング」でアーカードがセラスに言った「お前はせいぜい薄暗がりをおっかなびっくりついてこい」という台詞と通じるものがありますね。

ANUBISANUBIS 2012/06/09 00:46  はじめまして。ANUBISと申します。

 9巻を読んだ時に「あれ?前評判程ロック悪くないよ清々しい笑顔なのに...」という感想を抱いていたのですがこちらと山田さんのブログを読ませて頂き、疑問が氷解しました。本当に有難う御座います。

少しここで勝手ながら意見を述べさせて頂きますと、ロックは「他力本願」でその他力に対して感謝しないところが煮え切らない一因なのではないかな、と。日本編でも姉御に言われてますが。
ロベルタ編では人を踊らせて結果を勝ち取ったわけですが、其れはロックだけで成し得たことではありません。踊った人も其れを勝ち取ったことになります。(ガルシアくんもロベルタもグレイ・フォックスのみんな...etcもです)
そしてなによりプロデューサーは舞台には出て来ません。ロックの失敗はみなさんの仰る通りファビオラたちが居る所という「舞台」に出てきたことなのではないでしょうか。それも「役者」ではなく「プロデューサー」として、です。
 彼には最後の「役者」としての役割があったのだと思います。最後に確実に踊るのは彼だったんです。演技でもいい、土下座して謝るなりすべきだったのでしょう。それが最上の上がりだった。でも彼はその役をすっぽかして、役者より格上である「プロデューサー」として出てきてしまったから「役者」の側からすると不公平で「俺たちは踊ったのにお前だけ何やってんだよ」という不満が出てきても仕方ありません。そこでロックは手はず通りに行っていた最上の上がりを逃したのかもしれません。(事実そこ以外に彼の落ち度はないですし)自分の自己満足故に。
其の役者の側のやりきれぬ気持ちを代弁したのがファビオラであり、ファビオラの撃った空砲はロックに踊らされた人ほぼ全員の代弁であったのではないかな、と思います...

ARRARR 2012/08/05 00:43 ANUBISさんこんばんはー&コメントありがとうございます&コメントレス遅れてすみません…。
なるほど、プロデューサーに対する怒りですか。そりゃあ「ヤアヤア君達、良く踊ってくれたね」なんて具合に顔出して来たらムカつきますわなー。非常に的確な分析だと思います。

グスタフグスタフ 2012/10/16 01:19 こんばんは、はじめまして!

アニメのブラックラグーンを見てハマってしまい漫画も読みました。
ロベルタ編でのロックの行動や最後のファビオラの空砲など分からない事が多くてネットを調べてここに辿り着きました。凄いですね!全ての疑問が解決できてしまいました!ありがとうございます^_^
物事を多面的に見る事は大切ですが…正義についてもそうなのですね。後で自分を納得させるための正義…という意見は的を得ている。そもそも、正義なんて存在しないのではないかと感じました。正義=ルール…社会を上手くまとめる為の倫理観に過ぎず、ガルシアもキャストンも命に価値を付けた時点で正義ではなくなったと思います。ロックたちも同じく…。
勿論、ガルシアがロックを責めているとは思っていませんが…結果、ロベルタも自分も助かったのだからきちんと礼はすべきだったと思います。まぁ、ガルシア側から見れば怒りは仕方のないことかもですが~_~;
桟橋で張さんがガルシアたちを救えたていないと言いましたが、レイモンドや死んだ隊員の事を考えると大切で大好きな人を守れた、その一つだけでロックは彼らを救ったしガルシアは救われたのだと思います。(笑顔はまずかったけど…汗)

ちなみに、レヴィの『起きた事しか起きねえのさ、人生は』という所は好きです。冷めているようで夢、希望持っているとも感じました。逆にファビオラの意見はもっともですが…認めて納得してしまっていて何処か諦めがあるとも感じられましたので頑張れレヴィと応援してます^_^

ロック、レヴィ供に頑張れ*\(^o^)/*

ARRARR 2012/11/29 23:32 グスタフさんこんばんは&コメントありがとうございます。返事遅れてすみません。お役に立てたようで何よりです。
しかしこの記事が丸3年前で、いまだに10巻が出ていないというのが凄い。どーなってるの?

kikokiko 2012/12/28 20:17 初めまして。9巻の内容について皆様の議論を興味深く拝読させていただきました。その中で少しだけ、ガルシアの立場から(全体的に意見がロック寄りで、私はさらに彼の自己満足が正義とか善悪とかに依拠してなくて、自分を持っていると思えて人間臭くて好きなのですが)思ったことがあるのですが……
ある意味ガルシアからしてみれば、彼は「ロックと同じ位置に立ってはならない人物」でもあったのかもしれません。彼は美徳を持って死んだ父親の後継者であり、部下を正当な方法で助けに来たヒーローでなくてはならない立場もあったのではないでしょうか。そういう人間が真っ向からロックのような「汚い」手段を使った人間を肯定してしまえば、それでは彼がやったことは一体なんだったのかという話にもなりえるのではないでしょうか。確かにガルシアが意識的にロックの在り方を否定しているところもありますが、一方で無意識下で彼がロックの立場を肯定できないという立ち位置もあるのではないかと思います。

なんだか中途半端なコメントになってしまいましたが、皆様のおかげでより深く読めたと思います。ありがとうございました。3年ぶりにまた連載が開始されるとのことですので、楽しみにしています。

ARRARR 2013/02/11 01:20 kikoさんこんばんは。&コメントありがとうございます。あとレス遅れてすみません…。
なるほど、ガルシア君の生い立ち・立場からすると、ロックを肯定する事は敬愛する父親を否定する事になる、という事ですね。更に言うなら、父親を尊敬していたロベルタを助けるには、父親と同じ方法でなければ助けられない(命を助ける事が出来ても、本当の意味での救いにならない)、という事を感じて行動していたのかも知れません。

しかしやっと連載再開ですな。長かったなあ…。10巻に期待です。

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