2008-12-30
議論における誠実さの判断は当事者間だけで行われるものではない
lets_skepticさんのブログSkepticism is beautifulのエントリ求められているのは当たり前の誠実さではないだろうか - Skepticism is beautifulのコメント欄でtittonさんという方にレスして応答がありましたが、続きは長くなりそうなのでこちらに書きます。
以下求められているのは当たり前の誠実さではないだろうか - Skepticism is beautifulのtittonさんコメント
■http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081224/p1#c1230614987
■http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081224/p1#c1230615856
に対する応答です。
(引用)
>だからあくまで誠実な対応を続けるなら、俺が「なるほどその通りだった、関係がなかった」と納得するまで続けるべきじゃないの?でもそんなの無理だよね、俺だって無理だ。
この場合はlets_skepticさんの応答2008-12-24エントリコメントへの返信 - Skepticism is beautifulで一応の終了となります。
それを当事者であるtittonさんや閲覧者が誠実な対応と取るかどうかは、今後lets_skepticさんがどういう対応を受けるかで分かります。
(引用)
>つまり誠実な対応をすべきだ、というこのエントリの主張への反証の実例となっているという意味で、俺の一連のコメントは「関係がある」ということ。
そういう意味では確かにtittonさんのコメントは関係があったのでしょうが、それは『関係ない内容のコメントに対するlets_skepticさんなりの誠実な対応の実例』における『関係のない内容の提供』という一面のみです。
tittonさんのコメントの【内容】は当該エントリの【内容】には関係ない事に変わりは有りません。
それをtittonさんが納得するかどうかや、二人のやり取りに対して第三者がどういう判断を下すかはまた別の話です。
誠実さとは当事者間のみの判断対象では無い事は覚えておかれた方が宜しいかと。
ちなみにですね、lets_skepticさんがコメント欄で行っているのは『tittonさんのコメントは元エントリと関係有りません』という説明ばかりで『議論なんかしてない』んですよ。
tittonさんはもう一度確認されてみては如何でしょうか?
>何度か述べているけれど程度の問題とするならば、客観性のある判断基準が示されなければならない。ここまではOKでこの先はダメだというなら、その理由も示されなければならない。それを示す責任はその判断を行使する側にあるはず。
程度の問題ならば客観性のある判断基準が示されなければならないとする論理的帰結は有りませんよね。あるというなら是非説明して頂きたい所です。
実際問題として、人物評なんてのは現実として個々の判断結果が集まった末に漠然とした多数合意で決まる場合が多く、少なくとも誰かが示した判定基準に沿うような性質の物ではないと思いますけども。
tittonさんは誰かが誠実であるか否かの判断基準を第三者に用意してもらってるのでしょうか。
それは個々人に帰結するからこそ、元エントリでは『誠実さの基準』なんかには触れてないのではないでしょうか?
大事なので二度言っておきますと、元エントリでは『誠実さの基準』なんかには触れられてないんです。
(引用)
>ついでに書くけど、なんか「藁人形論法」をはじめとしてやたら用語を羅列するのが好きな人がいるけれど、用語は知っているだけでは意味がない。適切に使えなければ、ね。適切に使うというのは「これは○○だ」と説明も論証もなしに断言することではなく、きちんとその根拠を示して使うこと。
【『こういう心理』とやらが示唆されている所を具体的に、かつ極端な相対化をせずに指摘できないと】と根拠を示しておりますが。
tittonさんが読めてないだけだと判断します。
(引用)
>どうもそれが出来てない人が多いのは、多分生兵法の人が多いからなんじゃないの?よくしらないけどさ(笑
『「多い」の根拠を示さないと』(←根拠なので強調)、自説に有利な実態の無い対象を想定してそれを批判するという『藁人形論法』ですよ。
(引用)
>なんか唐突に「これは○○だ!」という発言が飛び交う光景って、どこかの宗教団体かうさんくさいセミナーみたいで、どっちが疑似科学なのか分からんよ。「疑似科学批判」教とか言われるのも無理ないんじゃない(苦笑
上で述べたようにちゃんと根拠を示しているので唐突ではないです。
したがって「どこかの宗教団体〜」以下の言説は全く持って的外れですね。
tittonさんは簡潔なのがお好みのようですので纏めますと、
- tittonさんは元エントリと関係の無いコメントを付けているのは明白です(理由は上述)。
- lets_skepticさんはtittonさんのコメントは元エントリに関係が無いという説明に終始しており、議論はしていません。
- 誠実さの判断対象にはtittonさんも含まれます。
以上ですかね。
- 112 http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-53d0.html
- 86 http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081224/p1
- 48 http://ameblo.jp/fireflysquid/entry-10195484215.html
- 37 http://ameblo.jp/fireflysquid/
- 21 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090121023411
- 17 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/A_lie_sun/20081230/1230631008
- 16 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081224/p1
- 15 http://plaza.rakuten.co.jp/scighera/diary/200901020000/
- 13 http://d.hatena.ne.jp/
- 10 http://b.hatena.ne.jp/t/ニセ科学批判批判?threshold=1

レスに応答、ということで当事者のtittonさんより先にコメントするのも何だな、と思ったんですが……すみません、お先に失礼しますw。
質問、と言うより確認なんですが。田部勝也さんの所でtittonさんに応答されている「あらいさん」はA_lie_sunと同一人物でしょうか。実に丁寧に応答されておいでで感心しましたもので。恐らく同じ方だと思っているのですが。
このエントリーも非常に簡潔にまとめられていると思います。
私も、田部さんの所での大変丁寧なコメントを読んで、感心いたしました。
とても興味深いのが、tittonさんがあれほどまでに「ニセ科学」や水伝について知らないにも拘らず、それらを絡めて論を展開している、という事ですね。味わい深いです。はてブコメントで、水伝は疑似科学では無くカルトである、というのを書いてあるのを見て、ガクッときましたが。
経験的には、まともな反応は戻って来ないであろうと思っています。愚樵さんや論宅さん的でもあります。
>T-3donさん
右のプロフィール欄に書いてありますですね。
向こうではROMになると言いましたが。もはやあの方に理解していただくための能力も熱意も私にはありませんでしたので、あのような対応になってしまいました。その後の議論をA_lie_sunさんに押しつけてしまったようで、たいへん申し訳なく思っております。
それにしても、A_lie_sunさんのコメントが非常に的確かつ読み易いので、恐れ入ってしまいました。ああ、もう私の出る幕はないな、と。とても良い勉強をさせていただいたと思っております。ほんとうに有り難うございました。
tittonさんとのやりとりは、私が軽率に余計な口を出さず、あらいさんに任せておくのが良い感じですね。こういった論者に対する際のケーススタディとして優れた言説が残りますので、ウチとしては大変光栄な事です。負担・徒労感を感じない程度によろしくお願いできれば幸いです。私は私の言いたい事だけを、文脈や空気を無視して唯我独尊的に述べ続ける事にします(苦笑)。
以下、何の根拠もない印象論なのですけど、tittonさんにはまずウチでのコメント(↓)
http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html#comment-34574468
のような猛烈に強い思想・信念があって、そこからウチでのコメント(↓)
http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html#comment-34565823
http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html#comment-34565933
http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html#comment-34566036
のようないわゆる「ニセ科学批判」に対する激烈な想いが生じているように感じますね。とにかくどんな機会も逃さずこの想いをぶちまけたい。だから、元々のlets_skepticさんのコメントも、私のエントリ記事もぜんぶこの視点から述べた(少なくともこの視点に関わる)モノにしか見えない――という感じ。
もちろん、この視点・論点はいわゆる「ニセ科学批判者」にとっては周回遅れの、もう何度も何度も繰り返されてきていい加減見飽きたモノなわけですけど、誰かそのあたりをROMに対しても印象良く明快に指摘してくれると嬉しいなぁ……とか、ちょっと思っています。
自分にはこういう「メタぶった」お話は向かない感じなんですよね……ウチのとこでは、あらいさんに頑張っていただいていますけど、TAKESANさんとかも、こういう話のどこがどうダメかを切れ味鋭く単刀直入に指摘するのは得意そうですよね。ちょっと羨ましい……。
――ちなみに私のこのコメントは、どういう「主観」で判断しても「誠実」ではないよなぁ……(苦笑)。意見の表明って、本当にむずかしい……。
> 『tittonさんのコメントは元エントリと関係有りません』という説明ばかりで『議論なんかしてない』んですよ。
そう連呼しているのは承知しているが、俺はそれに納得していないとも述べているはずだが。つまり関係あるかないかが議論の一つのテーマなのだろうに。で、それも議論したくないというなら「関係ない」という主張もしなければいいじゃん。あなたは一つ次元を上げて思考することが不得意なようですな。
> 程度の問題ならば客観性のある判断基準が示されなければならないとする論理的帰結は有りませんよね。
もちろん「程度の問題」を自分が主観的に独断で判断しそれを断行する、というのは一つのあり方で別に否定しないよ。たとえば俺が「コイツとは議論するのは飽きたからやめる」といういうのは、俺の主観的な判断なのだから、その客観的な根拠を示す必要などない。
しかし「程度の問題」を客観的に判断すると主張するなら、その基準(客観的な基準)は示されなければならないだろう。そうでなければ判断する人間のよってまちまちな結果となり、客観的ではなくなる。そして俺はあなたの使った「程度判断」という言葉を客観性のあるものだと解釈したので、当然のごとく判断基準をもとめた。
あなたがあなたの使った「程度判断」というのが元々主観的なもの(人によって判断が変わるもの)のつもりで述べたのならば、俺の受け取り方が違っただけだから、別に判断基準を示す必要はない。
> 人物評なんてのは現実として個々の判断結果が集まった末に漠然とした多数合意で決まる場合が多く、少なくとも誰かが示した判定基準に沿うような性質の物ではないと思いますけども。
だからそういうものを重視すべきではない、というのが俺の最初の話なんだけどね。俺が「誠実さ」や「誠実さの客観性」を求めているのは、それが欲しいからではない。そんなものはないだろう、あるなら出してみろ、という意味で求めている。そういう文脈を読めてなくて、はたして的確なレスがつけられるのだろうか?
> 【『こういう心理』とやらが示唆されている所を具体的に、かつ極端な相対化をせずに指摘できないと】と根拠を示しておりますが。
いや、それはただの同語反復だろう(笑)。「【】が正しい」ならば「それは藁人形論法だ」というのは正しくても【】内の命題が真である証明(そこまで大げさなものでなくても十分な説明)がなければ、何も述べていないに等しい。「ならば」のつながりも怪しいけどね。
文章というのは全体で意味を形成するのだから、「〜と述べている箇所を明示せよ」といったところでそれが可能とは限らない。それが常に可能なら行間を読むといったような読解力は不要だろう。明示的に文字として書かれていることだけを読めばいいんだから、読解力は不要だ。そういうことを考えずにやみくもに「明示せよ」「例示せよ」「具体的な例を挙げよ」と求めることが適切だとは思わないね。そんなことをお互いやり合ったら、文章を書くコストがインフレを起こすだけだ。そういうものはそれに見合った価値がある場合のみ必要最小限だけ示すのが正しい。
で、俺のその部分の発言については、漠然とした感想であり、良くも悪くもその程度の価値しかないのだから、そういうものに厳格さを求めるのはナンセンスだと思うね。そういう価値の重み付けも考えずに、不明確な部分は明確にしろと馬鹿の一つ覚えのように反応することを俺は「擁護を羅列するだけが目的」なのだろうと述べている。
> 『「多い」の根拠を示さないと』(←根拠なので強調)、自説に有利な実態の無い対象を想定してそれを批判するという『藁人形論法』ですよ。
これも同様。ただの漠然とした意見についていちいち根拠だなんだというのは異常だと思うよ。あなたの頭の中には文章を書くコストというものがない。あるいは逆に相手に過大なコストを要求することで相手の負担を増やそうとしているのかもしれない。そうなると揚げ足取りと同じ目的だね。必要最小限のどうしても必要なものだけを相手に求めるのが「誠実さ」だと思うけどね。
で、こうやって数点抜き出してみても読解力が低い、そのため意味のない反論や指摘が多い、それを補うために相手への過度な要求をして議論を有利に進めようとしている、という傾向が見て取れる。
こう思われたくないなら、むやみやたらに必要もないのに「根拠」「根拠」と連呼するのは控えることですな。俺もあなたに根拠を求めている箇所はあるが、それは議論において重要な部分で話を次に進めるにはどうしても必要な最小限に絞っているつもりだよ。こんなこと普通に考えても分かると思うけどね。常識がないというか、そんな人が考える「誠実さ」ってどんなのだろうと思ってしまうね(苦笑
> 向こうではROMになると言いましたが。もはやあの方に理解していただくための能力も熱意も私にはありませんでしたので
「もはや」じゃなくて最初からそれを自覚していればお互い省エネになっただろうに残念だね。次から自分ができることを正しく把握するようになろう。
> 田部勝也 さんへ
> ちなみに私のこのコメントは、どういう「主観」で判断しても「誠実」ではないよなぁ
一人の時は謙虚だけど仲間に囲まれると急に尊大になるタイプだね。
ところで田部さんのとこのあらいさんのカキコへのレスを半分ほど書いたんだけどこっちに書いた方がいいのかな?それともそんなゴミはここには書くな?それとももう俺なんかと議論する価値がないことが分かったからどこにも書くな?かな。3番目だと俺がレスを田部さんところに投稿してそれで幕引きですな。
いらっしゃいませ&はじめまして。
はい。私はあらいさんと同一人物でございます。
>TAKESANさん
いらっしゃいませ。
下のコメントで示しますが、tittonさんのコメント事体は詭弁の塊でなんら有益な物は有りませんね。
>ウッっちょんさん
いらっしゃいませ。
まあ、tittonさんとの対話自体から得られる者は皆無でしょうから賢明な判断だと思います。
>田部勝也さん
いらっしゃいませ。
上のお三方からも感心されたとの言葉を頂きましたが、余計な横槍を入れたかもという危惧は拭えてなかったので、ご本人からのコメントが貰えてほっとしております。
tittonさんが先入観やら誤った理解やらの塊のような方だという事が、tittonさんご本人以外の多数には共通理解となるだけの物は既に出ていると判断してます。
仰るとおり、田部さんは田部さんの言いたい事を表明する、で構わないんじゃないかと。
■>なんか要領を得ない文章だな。何を争点にしたいのかよく分からない。それとも単に思いつくことをストレス発散よろしく書き殴っただけなのかな。まあそれでも争点になりそうなところをかいつまんでレスをつけると■
・レッテル張りをする
■>そう連呼しているのは承知しているが、俺はそれに納得していないとも述べているはずだが。■
・tittonさんのコメントの『内容』は関係無いのは明白である。(繰返し)
・tittonさんが納得しないのはtittonさん個人の問題。
■>つまり関係あるかないかが議論の一つのテーマなのだろうに。■
・議論のテーマは『有益な議論には誠実さ必要だと思う』で、関係あるかないかなど全くテーマになっていない。
■>で、それも議論したくないというなら「関係ない」という主張もしなければいいじゃん。■
・エントリの主題と関係無い議論になるので「関係無い」と指摘(主張ではない)されたのをtittonさんが理解できてないだけである。
■あなたは一つ次元を上げて思考することが不得意なようですな。■
・不必要にメタな視点を用いる事は議論に混乱を招くだけである。
■>もちろん「程度の問題」を自分が主観的に独断で判断しそれを断行する、というのは一つのあり方で別に否定しないよ。たとえば俺が「コイツとは議論するのは飽きたからやめる」といういうのは、俺の主観的な判断なのだから、その客観的な根拠を示す必要などない。■
・何故飽きたのかぐらいは示さないと、不誠実な論者だと判断される可能性があるので注意が必要。
■>しかし「程度の問題」を客観的に判断すると主張するなら、その基準(客観的な基準)は示されなければならないだろう。■
・誰も、程度の問題を『客観的に判断する』という主張はしていない。
・それでもtittonさんが「誰かがは程度の問題を『客観的に判断する』と主張している」と主張するなら根拠となる部分を示す必要がある。
■>そうでなければ判断する人間のよってまちまちな結果となり、客観的ではなくなる。そして俺はあなたの使った「程度判断」という言葉を客観性のあるものだと解釈したので、当然のごとく判断基準をもとめた。あなたがあなたの使った「程度判断」というのが元々主観的なもの(人によって判断が変わるもの)のつもりで述べたのならば、俺の受け取り方が違っただけだから、別に判断基準を示す必要はない。■
・つまり『程度の問題ならば客観性のある判断基準が示されなければならない』という論理的帰結は無いという了解は得られた。
■>だからそういうものを重視すべきではない、というのが俺の最初の話なんだけどね。俺が「誠実さ」や「誠実さの客観性」を求めているのは、それが欲しいからではない。そんなものはないだろう、あるなら出してみろ、という意味で求めている。そういう文脈を読めてなくて、はたして的確なレスがつけられるのだろうか?■
・そもそものエントリ内容が『議論においては誠実さが必要なのではないか?』であって、『科学的な判断に誠実さが必要なのではないか』ではない。
■>いや、それはただの同語反復だろう(笑)。■
・『こういう心理』とやらが示唆されているをtittonさんは具体的に示されていないという実態を理由として挙げているので、『藁人形論法の説明をしただけ』という意味での同語反復には当たらない。
■>「【】が正しい」ならば「それは藁人形論法だ」というのは正しくても【】内の命題が真である証明(そこまで大げさなものでなくても十分な説明)がなければ、何も述べていないに等しい。「ならば」のつながりも怪しいけどね。■
・私の藁人形論法(ストローマン)の解釈は元の定義より拡大されていることは認める。
・仮に私の藁人形論法の使用法が完全に間違った物であったとしても、tittonさんが『言及対象の実態を示していないという事実』には変わりはない。
■>文章というのは全体で意味を形成するのだから、「〜と述べている箇所を明示せよ」といったところでそれが可能とは限らない。それが常に可能なら行間を読むといったような読解力は不要だろう。明示的に文字として書かれていることだけを読めばいいんだから、読解力は不要だ。そういうことを考えずにやみくもに「明示せよ」「例示せよ」「具体的な例を挙げよ」と求めることが適切だとは思わないね。そんなことをお互いやり合ったら、文章を書くコストがインフレを起こすだけだ。そういうものはそれに見合った価値がある場合のみ必要最小限だけ示すのが正しい。■
・5W(+1H)をなるべく明示するのは議論の基本である。
・5W(+1H)を示す事に行間を読む能力は必要ない。単に事実を示せば良いだけだからである。
・批判対象の実態を限定しないで批判しても無意味である。
・批判に価値を持たせるためにはtittonさんの批判対象である疑似科学批判者は誰かぐらいは必要。
・tittonさんは言説に価値を持たせる為に必要な要素を全くを示せていない。
・tittonさんが示せているというならば、tittonさんは議論の作法を知らないか議論に対して不誠実であると判断する。
■>で、俺のその部分の発言については、漠然とした感想であり、良くも悪くもその程度の価値しかないのだから、そういうものに厳格さを求めるのはナンセンスだと思うね。そういう価値の重み付けも考えずに、不明確な部分は明確にしろと馬鹿の一つ覚えのように反応することを俺は「擁護を羅列するだけが目的」なのだろうと述べている。■
・tittonさんは『批判に価値を与える為に必要な事』の指摘を無視する。
・tittonさんの批判には価値が無いと断定してよい。
■>これも同様。ただの漠然とした意見についていちいち根拠だなんだというのは異常だと思うよ。あなたの頭の中には文章を書くコストというものがない。あるいは逆に相手に過大なコストを要求することで相手の負担を増やそうとしているのかもしれない。そうなると揚げ足取りと同じ目的だね。必要最小限のどうしても必要なものだけを相手に求めるのが「誠実さ」だと思うけどね。■
・議論に資する所のないただの漠然とした意見を書く・読ませる・解釈させる・それについて議論が交わされるコストを考慮してはどうか?
・tittonさんの意見は総じて根拠が示されないので「ただの漠然とした意見」になっているという自覚が無い。
■>で、こうやって数点抜き出してみても読解力が低い、そのため意味のない反論や指摘が多い、それを補うために相手への過度な要求をして議論を有利に進めようとしている、という傾向が見て取れる。■
・tittonさんが有益な議論を進めるに必要な作法を理解していない。
■>こう思われたくないなら、むやみやたらに必要もないのに「根拠」「根拠」と連呼するのは控えることですな。■
・tittonさんはやはり相手の主張を読めていない。理由は以下。
・私がエントリ中で『根拠』を使ったのは4箇所である。こちらに移る前のコメントでは『根拠』は使用していない。
・4箇所中3箇所は「私はこういう根拠を述べている」という部分であり、tittonさんに根拠を要求したのは1箇所である。
■>俺もあなたに根拠を求めている箇所はあるが、それは議論において重要な部分で話を次に進めるにはどうしても必要な最小限に絞っているつもりだよ。こんなこと普通に考えても分かると思うけどね。常識がないというか、そんな人が考える「誠実さ」ってどんなのだろうと思ってしまうね(苦笑■
・私が『むやみやたらに必要も無いのに「根拠」「根拠」と連呼している』という前提が成立しないので、無意味な指摘である。
【まとめ】
・tittonさんは議論の作法を弁えていない。
・tittonさんの議論は詭弁に始まり詭弁に終わる。
こちらの議論とは主題が異なりますので混線させない方がよいでしょう。
tittonさんは大変面白い方ですね。
メタに考察出来ているかのような態度がまた味わい深い。
何度か、ニセ科学・未科学・非科学 の分類について考えるように言われているのも見ていないようですし。
そもそも、科学の手続き・方法などについてどの程度の認識・知識を持っているか、とても疑わしいものがあります。
たとえば、水伝がなぜニセ科学と言われるか、ゲーム脳がどうしてニセ科学か、血液型性格判断は、という所を知りもしないでしょうね。説明出来ない。だから、メタにしか語らないという風な事を仄めかしているのでしょう。
数百年前の天動説の話と現在の科学の話とを同列に扱っている(@田部さんのブログ)所など、これまた面白いです。
実験科学、あるいは広く実証科学の方法について、多少なりとも語れるのかなあ。あらいさんはどう思われます? 私は、まるで知らずにものを言っている、と見ているのですが。
という訳で、科学の具体的な所に話をふるのも、良いかも知れませんね。なにしろ、水伝は疑似科学では無い、と喝破? してみせてくれたので、さぞかし実証科学の方法にお詳しい事でしょう(あ、矛盾した事を書いてしまった)。
あなたのコメントの最後についているのもレッテル張りにしか見えないけどね。
> ・tittonさんのコメントの『内容』は関係無いのは明白である。(繰返し)
> ・tittonさんが納得しなかったり誠実な対応をされたと思わなかったりするのは、tittonさん個人の問題。
なんじゃこりゃ。「Aが正しいのは明白」「なのにAに納得しないのはその人の個人の問題」こんな乱暴な論述をする人が科学を語るなんて笑止千万ですな。あなた個人が「Aが正しいのは明白」と思い込むのは自由だけどね。それに客観性の片鱗でもあるのだろうか。ああ、客観性よりも誠実さとか誠意とか主観的なものが好きな人なんだね。ちょっと納得しちゃったよ。
> ・議論のテーマは『有益な議論には誠実さ必要だと思う』で、関係あるかないかなど全くテーマになっていない。
2つ以上のことが同時に考えられない人らしい(笑)。どちらもテーマだよ。俺の側はそれについて論じているし、lets_skepticさんがそれに応じているかといえば「関係ない」と反論してるんだから応じていることになる。つまり議論は成り立っている。
> ・何故飽きたのかぐらいは示さないと、不誠実な論者だと判断される可能性があるので注意が必要。
だから誠実さなど議論にマイナスになるだけで何のメリットもないってことなんだけどね。誠実に振る舞うには非常に高いコストが求められる。一方それによるメリットってそれに見合うものなの?lets_skepticさんのところにも書いたと思うが、意見の対立する相手はどうしたって欠点が目につくものだよ。それが人間というもの。したがって議論という対立が生じやすい場面では、そういう要素を重視することは百害あって一理なし。
もっとも、対立相手を「この人は誠実でない」という理由で否定する口実にはなるけどね。あなたも俺にそうしてるよね?(笑)。俺はそんな誤解されるのは嫌だから、「不誠実だ」という理由で議論をしなかったり打ち切ったりはしないよ。単に「もう飽きた」と言うか、何も言わない。
議論を打ち切る場合、「相手が不誠実だから」というのは相手側に責任を転嫁している。一方「飽きた」というのは自分側の都合だ。自分の都合で議論を打ち切ったのを「相手が不誠実だから」打ち切ったと偽るのは、不誠実だからね。
> ・つまり『程度の問題ならば客観性のある判断基準が示されなければならない』という論理的帰結は無いという了解は得られた。
で、主観的な判断ということでOKなの?ほんと主観が好きな人だね(笑
> ・そもそものエントリ内容が『議論においては誠実さが必要なのではないか?』であって、『科学的な判断に誠実さが必要なのではないか』ではない。
議論といってるんだから、その中には雅楽的な判断を行う議論も含まれるだろう。なんか小学生みたいな言いがかりだな。頭に血が上って思考が機能してないとか?(笑
> ・仮に私の藁人形論法の使用法が完全に間違った物であったとしても、tittonさんが『言及対象の実態を示していないという事実』には変わりはない。
事実に対して「それは藁人形論法である」というのは、「病んだ論法である」「好ましくない」という意味を込めているわけだよね。その後半が間違ってたら何の主張も残らないじゃん。別に当該箇所を明記してないというのは俺の文書を読めば誰でも分かることで、わざわざ指摘する意味はないと思うよ。「明記していないのは好ましくない」という主張なら意味はあるが、依然として「明記しないことが好ましくないことなのか」は別途示す必要がある。
> ・tittonさんが示せているというならば、tittonさんは議論の作法を知らないか議論に対して不誠実であると判断する。
そんなにも俺が提示してない情報が俺との議論を続けるのに必要不可欠ならば、それがなぜ、どう必要なのかを述べた上で相手に求めるべきだろう。何しろ俺の側は不要だと思っているのだから、単に「情報が欠落しているからくれ」といっただけでは、あなたが望むものを察して適切に提示できないかもしれないじゃん。こんなとも分からないなんて議論の作法を知らないのはあなたの方なんじゃないの?
> ・tittonさんは『批判に価値を与える為に必要な事』の指摘を無視する。
> ・tittonさんの批判には価値が無いと断定してよい。
あなたの↑の文章だって、どの箇所がそれに当たるのか示してないよね?人に要求するものは大きく、自分が相手に与えるものは少ない。ずいぶん自分勝手な人だ。
> ・tittonさんの意見は総じて根拠が示されないので「ただの漠然とした意見」になっているという自覚が無い。
ん?別に根拠を示してない部分は基本的に「ただの漠然とした意見」のつもりだよ。ちゃんと自覚をした上で述べている。あなたがそういう相手とは議論する価値を感じないというなら、俺はそれでかまわないと最初に言った通り。
> ・tittonさんが有益な議論を進めるに必要な作法を理解していない。
有益というのは議論の目的によって変わる。たとえば時間稼ぎのための議論だってあるだろう。議論の参加者全員が共有する「有益な議論」なんてものがあるのかな。たまたま一致することはあっても、毎回必ず一致することは期待すべきじゃないだろう。
> ・私がエントリ中で『根拠』を使ったのは4箇所である。こちらに移る前のコメントでは『根拠』は使用していない。
田部さんのところに書いたあなたの文章も俺の中ではカウントにはいってるんだけど。
あなたのような書き方で他人と議論が成り立つのかな。参考にしたいからあなたが他の誰かと議論しているログがあれば、その場所を教えてよ。あ、意見の違う人との議論をね。意見が同じ人同士の議論なんて馬鹿でもうまくいくんだから。
> 何度か、ニセ科学・未科学・非科学 の分類について考えるように言われているのも見ていないようですし。
考えていないと逆にこういう一風変わった主張はできない。
> たとえば、水伝がなぜニセ科学と言われるか、ゲーム脳がどうしてニセ科学か、血液型性格判断は、という所を知りもしないでしょうね。
語る必要のある場面がないから語ってないだけのこと。あなたとこれらについて"有意義な"議論ができるなら、語り合ってもいいよ?(笑
> 実験科学、あるいは広く実証科学の方法について、多少なりとも語れるのかなあ。あらいさんはどう思われます? 私は、まるで知らずにものを言っている、と見ているのですが。
あらいさんは病的なまでに根拠と当該箇所の明記を所望される人のようだから、あなたのこの発言にもtittonの文章の具体的にどの文章辛そう判断したのか、という突っ込みが入ることだろう(笑
>tittonさん
では、
・ゲーム脳
・水伝
・血液型性格判断
が何故「ニセ科学」と呼ばれるか、説明をお願いします。
それと、未科学・非科学・ニセ科学の分類についてもよろしく。
▼▼▼引用▼▼▼
あらいさんは病的なまでに根拠と当該箇所の明記を所望される人のようだから、あなたのこの発言にもtittonの文章の具体的にどの文章辛そう判断したのか、という突っ込みが入ることだろう(笑
▲▲引用終了▲▲
意味が不明です。
追記。俺が「水伝は疑似科学ではない」といってるのは、「水伝は科学である」という意味じゃないよ。「水伝はただの宗教(カルト)だ」といっているのであって。そういうところちゃんと読解できてるのかな。なんかできてない気がするのだが。そういう人がどこまでちゃんと議論を追えているのやら。斜め読みして分かったつもりになってるじゃないの?
ばからしい。なんでそんな一方的に試されるような話に乗らなければならないのやら。こんなことをやるようじゃあなた自身が低く見られるだけだよ?(見られるんじゃなくて実際に低いんだろうけど)
もしあなたが初対面の人からいきなり上記を説明してみろといわれたら、ホイホイ説明するの?普通は「何この人」と思うじゃないの?
▼▼▼引用▼▼▼
俺が「水伝は疑似科学ではない」といってるのは、「水伝は科学である」という意味じゃないよ。
▲▲引用終了▲▲
誰も、tittonさんが「水伝は科学だ」と言っているなどと看做していません。なぜそう思われたのか、全く意味不明です。
なぜ「疑似科学で無いと言えるか」、という話です。
▼▼▼引用▼▼▼
ばからしい。なんでそんな一方的に試されるような話に乗らなければならないのやら。
▲▲引用終了▲▲
自分が書いた事を思い出してみましょう。
ニセ科学論について語っていて、かつニセ科学に関する理解不足を疑わせる発言を連発しているので、具体論について質問されるのは当たり前です。
それで、説明出来るのですか?
▼▼▼引用▼▼▼
もしあなたが初対面の人からいきなり上記を説明してみろといわれたら、ホイホイ説明するの?普通は「何この人」と思うじゃないの?
▲▲引用終了▲▲
初対面だろうが何だろうが、議論の根幹に関わる質問をされれば答えます。当たり前です。
それで、水伝がなぜニセ科学と言われているか、説明出来ますか? それが説明出来ないと、「水伝が疑似科学では無い」という発言は成り立ちませんけれど。要するに、ニセ科学はどういう概念であるか、を知っていて、水伝がそれに当てはまらないというのを説明出来なくては、その発言は妥当とは看做されません。
どうぞ、お続けになってください。
ですが、tittonさんはTAKASENさんの質問に真っ当に答えない蓋然性は高いですね。
>tittonさん
レッテル張りとは、正しい根拠も示さず決め付ける事です。
私はtittonさんが
・現実の科学についての正しい理解はお持ちでない
・相手の主張を理解する気が無いか、理解できない
・相手の指摘を真摯に受け止める誠実さを持ち合わせていない
・相手の言っていない事をでっち上げてから無関係な自説を展開する
・レッテル張りをする
・極論化する
などなどをtittonさんの主張や議論の結果等から、論拠・根拠を挙げて示していますのでレッテル張りには当たりません。
そして私としては上記TAKESANさん宛てのコメントのような議題に対する作法の理解も誠実さも見られない態度を取られるtittonさんとこれ以上議論を続けても何ら得る所はないと判断しますので、tittonさんとの議論は此処で切り上げます。
これに関してtittonさんが私を不誠実だと判断されるでしょうし、その判断に異を唱える物では有りません。
また、これまでの議論からみて第三者が私を不誠実だと判断する事にも異を唱える物では有りません。
ただし、tittonさんが第三者に対して私が不誠実であると吹聴する(もしくはそれに類する行為を行う)のであれば、それについては反論させて頂きます。
ありがとうございます。
面白いのは、tittonさんが、
▼▼▼引用▼▼▼
語る必要のある場面がないから語ってないだけのこと。あなたとこれらについて"有意義な"議論ができるなら、語り合ってもいいよ?(笑
▲▲引用終了▲▲
こういった物言いをされる所ですね。
つまり、初めから、語らなくてもいいような書き方をしている。それは自身にとって「有意義で無い」と判断すれば、説明をしない事を正当化出来る訳ですから。引用符で括っているのもわざとらしく、しかもそのわざとらしさを気づかれて構わない風な書きぶりが、またわざとらしい。
その後の私へのレスが、色々物語っています。
いずれにしても、ニセ科学論の具体論についてはおそらく語れない(語らない、では無く)というのが解りやすいですね。
水伝は疑似科学(ニセ科学でもいいですが)では無い、という発言は、議論の根本に関わる話ですが、答えないんですねえ。私以外にも、ここに関心を持つ方はおられると思うんですけどね。
なんか、一人永劫回帰氏(ふま)+ ABO FAN氏とやり取りをしている気分です。
だったらあなたが列挙した部分が具体的に俺のどの発言を前提としたのもなのかその箇所を示して見せてよ。あなたはそれを俺に要求したのだから、当然自分が要求されたなら答えるはずだよね。
> 誠実さも見られない態度を取られる
そんなこと第一声からいってることなんだけどね。それでも俺と議論を始めたのはそれを承知の上だと思ってたんだけどね。ま、あなたの「誠実さ」というのが自分に都合のいい時に議論を初めて、都合が悪くなると相手にせいにして議論を打ち切る口実でしかないことが、明らかにされたという点で、今回のあなたのコメントだけは非常に議論にとって有意義ではあった。
> これに関してtittonさんが私を不誠実だと判断されるでしょうし、
いや「誠実さが大事」という最初の主張の時点で不誠実な人だろうとは予想してたから何の問題もないよ。信頼だとか誠実だとかそういうものはみだりに口にするものではなく、逆に安っぽく連呼する人は実はその反対であることが多い。
> ただし、tittonさんが第三者に対して私が不誠実であると吹聴する(もしくはそれに類する行為を行う)のであれば、それについては反論させて頂きます。
じゃあ機会があったらしてみよう。どういう反論をするか見てみたいからね。
>TAKESAN さんへ
なんかあなたの文章は読む気がしないので、悪いけどパス。俺に相手して欲しいならもう少し興味をそそるような内容(よく読んでないけど)にしてもらわないと。それよりいきなりばからしいテストで気が萎えたというのが大きいかな。
田部さんの所で「どこかで見たような主張ですが」と書いたように、tittonさんの主張の内容はあの多数のハンドルネームを持つお方と非常に良く似てるのですよね。
そして議論に対する姿勢はABO FAN氏に似ています。
両者の論・両者との対話それ自体から得られる物とtittonさんの論・対話から得られる物はほぼ同等であると見て良いのではないかと。
>なんか、一人永劫回帰氏(ふま)+ ABO FAN氏とやり取りをしている気分です。
他人の所へばかり押し掛けている点は、SSFS大先生にも通じると思います。
自分のブログ(http://d.hatena.ne.jp/titton/)でおやりになれば?
読まない、というのは最強の反応ですね。
でも多分、このコメントは読むのでしょうね。これにレスしたら、一応読んでくれた、という事になりますが。
知識の確認を「テスト」と呼ぶのが面白い。「偽科学テスト」を出したfinalventさんを非難したTAKESANが他人にテストを課すとは何事か、といった所でしょうか。
いずれにしても、ニセ科学論についてはおそらくほとんどご存知無い、というのを疑わせるには充分なコメント群でした。
>エディさん
大変興味深いですよね。
こんにちは。
科学の理解に無頓着で目立つ行動をされる方はどこか似ていますよね。
まあ科学を正しく理解して行動している人間も向こうからは同じ様に見られているのでしょうけども。
>TAKESANさん
『客観的な誠実さの判断基準』に拘った方がこうも『見られているという意識』が希薄で、『自身の誠実さの判断基準』のみを重要視しているように見えるというのは不思議な所ですね。
> 他人の所へばかり押し掛けている点は、SSFS大先生にも通じると思います。
> 自分のブログ(http://d.hatena.ne.jp/titton/)でおやりになれば?
元々別なところでやってたのをここのブログ主が相手してやるからここに来いと俺を呼びつけたんだけどねぇ。いやはややはり「誠実さ」を重視する人たちは、自分時のあったお仲間同士のみの誠実さを重視するようだね。
自分と意見の違い人間に対してこそ誠実さを重視しなければならないのだが。(意見の同じ人間同士なら対立することは少ないんだからわざわざ誠実さを意識知る必要などないはず)
> TAKESAN さん
じゃああなたはどれだけ疑似科学について見識が広く、思慮の深い意見をもってるのか、俺に示してくれない?それでないとあなたと議論する価値を感じないのでね。
> A_lie_sunさん
> 『客観的な誠実さの判断基準』に拘った方が
逆なんだけどねぇ。まったくこれまでの流れを理解せずに口をはさんでたわけだね。もっと日本語の理解力をつけた方がいい。俺の主張は「客観的な誠実さの判断などできない」というものなのだから、誠実さの客観性に価値を認めないのは当たり前。拘るというのが「重視する」方向に拘るのかと「否定する」ために拘るのか、それぐらい区別をつけようね。
年始から無粋なコメントになっちゃうかもですが、ご容赦を・・。
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ああ、やっぱり読んだんですね。という事は、これも読んでくれるのでしょう。
議論とかじゃ無くて、知っていますか? という話です。
「なぜ」水伝がニセ科学と呼ばれているか、ゲーム脳は、血液型性格判断は……知っていますか?
水伝は疑似科学では無い、という主張は、かなり重要な部分ですので、なんでそう言えるのか、と訊いている訳です。
で、なぜ水伝は疑似科学では無いのですか?
非常に多くの人間が、水伝はニセ(あるいは擬似)科学だ、と判断しています。それに異を唱えておられるので、尋ねているのです。
>TAKESAN 並びに A_lie_sun
同一人物、了解です。お答えありがとうございます。奇しくも敬称略系のお二方が並んでおられますね。
僭越ながらスター追加させて頂きました。最後の一つは上のコメント欄でのやりとりに対してのものです。感服しました。お疲れ様です。
尋ねるのは勝手だし、それはあなたにとっては意義のあることなのかも知れないが、俺にとってはあなたの質問に答えることに今のところ意義は感じられないから答えないよ、といってるんだけどね。
あとそんなにこの件でまだやりたいなら、それこそ自分のところでやったらいいんじゃないの?あなたとのやりとりに価値を感じれば俺もそこにコメントするだろう(今のところ全く価値を感じる見込みはないけどね)。
たとえばあなたが俺にとって「お、これは看過できない」という痛烈な突っ込みをすれば、俺もムキになって(笑)あなたに反論するかも知れない。しかしいまのところあなたはそれが出来るほど俺の文章を読んですらいないようだし(あるいは読んでいるなら的確な突っ込みをできるだけの能力がないのだろう)、そんな相手に一方的にあれこれ説明する義理はないですな。
あなたは、相手に反応させたいなら自分の能力をもう少しアピールすべき(ないものはアピールできないかも知れないがw)。
tittonさんは大変面白い方ですね。
指摘された側が痛烈に感じるかどうかを評価の基準にする所などが、とても楽しいです。
はい、tittonさんが看過出来ないと思われるか否かは、あまり関係が無いです。興味があったのは、tittonさんがニセ科学についてどれくらい知っているか、という所でしたし、どうやらほとんど知らないようだ、と判りました。
いずれにしても、tittonさんが、水伝は疑似科学では無い、などと的外れな事を言い切ったのは残っていますので、それは変わりません。そこに対する指摘をどうご本人がどう感じるか、とは別の話です。
相手に反応させたいなら、というのも、実に面白いですね(笑)
随分遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
tittonさんの反応にもよりますが、続けるのであればこのコメント欄はご自由に使って構いませんので。
>T-3donさん
ご丁寧に有難うございます。
そういえばTAKESANさんも「さん」で終わるんですね。
でも私のもそうですが仮名じゃない場合はさん付けにしてもあんまり違和感を感じませんね(笑
判りました?すごいね、何も情報を得られなかったのに、判ったんだから(笑)。すばらしい洞察力だ。水の結晶にでも判断させたのかな。あなたがどういう確信を得ようと自由だが、それを客観的にしめせないのでは、単なる独り言以上のものではないだろうね。もちろん独り言を言う自由はあるが(笑
疑似科学批判している人間の99%は、あなたのようにただの信仰としてやってる人だよね。当人の判断力や論証力が、あなたの俺に対する一連の言動をみても判るように、まったく論理的でも客観的でもないただの感情的な反応レベルなんだから。
メジャーな宗教(キリスト教とか)の信者が、少数派の異教徒をたたいているのと変わらない。なにしろあなた(と俺)のやりとりにはまだ一つも科学的な話が出てないよね。それなのにもう最終的な結論が出てしまうんだから、科学なんて必要ないじゃん(笑
あ、一段落目は最高でした(笑)
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>あらいさん
お言葉に甘えますです。でも、多分永劫回帰です。