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きょうとで私も考えた。―離陸篇― このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010、10、02、2

正義でないもの悪とかぎらず

22:57 | 正義でないもの悪とかぎらずを含むブックマーク 正義でないもの悪とかぎらずのブックマークコメント

渡辺洋三「法の精神」。二時間目の授業案を作っている。

序論部で渡辺さんは、法を知ることは法の精神を知ることである、という。「主張・その1」である。序論から本論にかけては、渡辺さんはこんな風に論を進めていく。

・法の精神=正義だ。(定義)

・正義とは個人的かつ普遍的なものだ。(属性)

・正義の主張(A)はまず、個人から発せられる。

→(A)が道理に合わず普遍的でもない場合、(A)は単なるエゴイズム。

→(A)が道理にかない普遍性を持つ場合、(A)は正義にかなった権利の主張だ。

「権利の主張は社会的不正義との戦いにほかならない」

そして、渡辺氏は正義にかなった「権利の主張」の例を挙げる。その一つが「悪い品物を高く買わされた場合」なのだが、読んで「ぷりうす・・・」と思ってしまった。ここのところ、連日一面報道ですものね。今日2月18日の読売新聞朝刊の見出しは「トヨタ全車に優先ブレーキ 社長 米公聴会出席せず」でした。トヨタ、国内外から非難を浴びて、まさに四面楚歌

解説するときの具体例にトヨタ問題を取り上げることにして、ネットで調べていました。(調べた順に、時系列を逆行してしめしています。)

トヨタ生産車の大量リコール問題

レクサス加速による無制御 死亡事故(09.8月)

GM破綻と一時国有化(09.6.1)

雇用「非農業部門」の大幅減

オバマ大統領の支持母体支持母体「全米自動車労働組合」(UAW

と、このような流れをおさえ、もういちど「権利の主張は社会的不正義との戦いにほかならない」の言を読んでみると、そこに

「権利の主張」=正義=米国

社会的不正義=トヨタ

米国 VS トヨタ(ひいては日本) 

という対立構図が明らかになっており、「わあ」と驚いた。

たしかに豊田章男社長の一連の会見をテレビで見ていると、「なんだかカラクリ人形がしゃべっているようだなぁ」との感がいなめない。原稿を棒読みして、彼の感情が伝わってこないように思う。すでに世論にあるように、技術のトヨタカイゼントヨタはいつかコスト削減・利益追求に転換してしまったようでもある。そのことは社会における不正義(社会的不正義)であろう。

さて、トヨタの例にはまってしまったのでテキスト「法の精神」に戻る。すると興味深いのは、渡辺氏が「社会的不正義」を「悪」と表記しなかったことである。社会的不正義=悪、と読み替えられるのかどうかという疑問があって、今回はプリウス問題を調べてしまったのだが、「正義」の権利を主張する米国の状況を上記のようにみてくると、米国の「権利の主張」は必ずしも正義とはいえないように思う。もちろん、渡辺さんはそれまでのところで「正義とは個人的かつ普遍的なものだ。」という予防線(?)を張っているので、米国の国益を守ろうとする今回のトヨタ攻撃は、米国民からすれば正義であるのだろうけれど。

法とは「最大多数の最大幸福」(byベンサム)であるのだなあと、改めて感じた。

そしてテキストは踊る(続く)。


参考サイト

レクサス事故◇

[の] のまのしわざ

http://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/007133.html

GM救済◇

小宮一慶の「スイスイわかる経済!“数字力”トレーニング」

なぜオバマ大統領GMを救ったのか(2009年6月12日

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090610/159275/?P=1