コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

母と三男坊と粉ミルク

むかしばなし

平成五年か六年くらいのことでした。
ひさしぶりに九州に帰ってぼんやりしていると、突然母が、
「マサノリのこと……」
と切りだしました。
マサノリとはわたしの弟、わが家の三男坊です。当時は大学生でした。
「ん? マサノリがどうしたの? また留年でもした?」
マサノリは、「オッチーマサノリ」と言われるくらいにいろいろなものに落ちる癖があり、

  1. 赤ん坊のころ、ハイハイしているうちにくみとり式のトイレに落ちた。くみとり直後だったので無事だった。
  2. さらに、公園で遊んでいるときに噴水池の端をハイハイしていて中に落ちた。私はそばにいたのに弟が消えたのに気づきませんでした。近所のおにいさんがそれを見ていて救助してくれ、一命をとりとめた。
  3. 長じて高校に落ち、中学浪人した。
  4. さらに大学に落ち、二浪した。
  5. 大学(某地方国立大学工学部)にはいると、図学等、「そりゃ落としちゃまずいだろう」というような工学部の必修単位を落としまくり、三年留年。

という、はなばなしい「落ち」の歴史をもっています。
しかし、性格は大変よく、その性格がさいわいして(だと思いますが)就職のときには地元のちゃんとした企業に合格し、現在は大学在学中につかまえたかわいいお嫁さんと子供三人、一家五人で暮らしています*1
母の話をつづけます。
「いや、こんどはなんとか卒業できそうなんやけどね、昔ね」
「うん、どうしたの?」
母はだんだん真剣な顔になってきました。
「マサノリがくさ*2、赤ん坊のときたい、ほら、うち、貧乏やったけんね」
「ああ、貧乏だった貧乏だった。笑うほど貧乏やったよね*3。オヤジが飲んだくれで、それで子供が三人もいて」
「マサノリにね、粉ミルクをやるときにね、すこし薄う作っとったと。母乳もマサノリのときは出んかったし」
「……?」
「あのこがね」
「うん」
……ちょっと頭が弱いのは、そのせいやろうかねえ?
「…………。わははははははは。かりにも国立大学の工学部に行っている男が、低能なわけないでしょ。マサノリはのんびりしているだけだよ。それともなに? 粉ミルク全量溶いていたら、東大医学部に行けてたの? 悪いけど、とうさんかあさんの子供たちだよ、それが、みんなまがりなりにも大学に行けたんだから、上出来だと思うなあ」
「まあ、そうやろうかねえ……」
笑いとばしてしまいましたが、母はちょっと安心したようでした。
母はこのことをずっと心に秘めていたんでしょうね。弟がのんびりと浪人や留年をしているときに何度も思いだしては心を痛め、自分を責めていたのかもしれません。

最近になって、

天気のいい日曜日、ベランダで洗濯物を干したりしていると、ふとこの会話と母の懺悔でもするような真剣な顔を思いだすことがあります。そして、トシですね、不覚にも涙ぐんでしまいます。
母親というのは、なんと愚かで、ありがたいものなんでしょう。

注意

母は存命です。脳梗塞の影響で右半身がちょいと不自由ですが、弟のうちにやっかいになって、三人の孫の相手をするのを楽しみにしています。

今日の画像

昨年、子供時代をすごした九州豊前市にいったときに、弟が落ちた噴水も撮影してきました。これはその中心に立っている小便小僧。当時も立っていたかは記憶にありません。考えたら、弟って強運の持ちぬしなんですね。わたしも運のいいほうだと思いますが。強運一家。

*1:ちなみにわたしは独身です。ぐっすん

*2:博多弁で「マサノリがね」というくらいの意味

*3:でも、どの家庭もそうなのでしょうが、あまり貧乏を意識したことはありませんでした。いろいろなことを子供優先でやってくれていたのでしょう。