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2009-11-27

「【アイドルマスター】3A07 〜Memories are here〜」感想-その3

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「【アイドルマスター】3A07 〜Memories are here〜」感想-その1 - 青い月の高原

「【アイドルマスター】3A07 〜Memories are here〜」感想-その2 - 青い月の高原

の続きです。

16:20〜動画終了までと全体のことについて。


今回は動画の位置づけや作者の意図について、想いの突っ走った勝手な解釈が多いです。

もし大きくズレていたり、どなたかの気分を害してしまったらすみません。

あくまで「俺がこう感じた」という感想なので御容赦ください。


この感想はネタバレ満載なので、動画未見の方はまず最初に動画を見てください。

初見コメ非表示、最大画面推奨です。


D



16:27 いよいよメインテーマである『隣に・・・』がPC画面の中で律子がボリュームを操作するという形で(ここも表現しなくてもいい処理なのに)流れ出す。

ここでさすがに桃邪気Pのことに気づく(実は初見では狭心症という共通点には気がつかなかった)。

というより『アイドルマスター 隣に・・・ 三浦あずさ (MA07販促)Ver.Final ‐ ニコニコ動画(原宿)』で大泣きしたニコマス者としては、『隣に・・・』を聴くとどうしてもアカペラ部を期待してしまうのはしかたがない。


動画のコメでも荒れていたけど、この動画が「部分として」桃邪気Pへのオマージュや追悼の意を含んでいるのは間違いない(と勝手に思っておく)。

3人のPがあの動画を知らないなんてありえないし、このテーマを扱うにあたって桃邪気Pの死について話し合わないことはありえない。

そしてこの動画にこれだけの愛を注ぐ人たちが、桃邪気Pの注いだ愛に涙しないはずがない。


もちろん荒れる元なので、作り手たちが経過や判断に言及するわけにはいかない。

かなり話し合って、おそらく売名よばわりの荒れ方やそうした荒れを引き起こすことへの批判も覚悟の上で、このテーマを選択したと思う。


だが、それは部分であって、この動画の本質ではない。


そもそも『隣に・・・』はあずさの持ち歌。

あずさは、「運命の人」という幸福を求めるが故の不幸と、その先の未来への決意が運命付けられているキャラクターと言える。

彼女の本当の魅力は「運命の人」を求めるある意味愚かな純朴さにあるのではなく、それを見つけようとする意志の強さ、見つけた相手を受け入れる強さ、そしてその先に不幸があったとしてもそれを乗り越えてゆく強さにある。

あずさを描こうとするならば、『隣に・・・』をテーマとするのは必然でしかない。


桃邪気Pはそんなあずさを識って、理解して、そしてあの動画を作った。

そしてたまたま、動画に詠われたとおりの最期を迎えてしまった。

桃邪気Pがあずさを理解していたがゆえに、ニコマス民達がその愛に涙したがゆえに、ニコマスのあずさは、少なくともあずさの『隣に……』は、あたかもその歌詞のごとく、桃邪気Pの死に囚われてしまう。


──我々ニコマス民は、あの日から『ことば』を捜すあずさだった。


七夕P、RAP、セバスチャンP達は、ニコマスの歴史、あずさの本質の一部分としてその愛を引き受け、桃邪気Pの『隣に・・・』に囚われことなく、無視することもなく、この動画で「あずさ」を謳い上げた。

だからこの動画は『アイドルマスター 隣に・・・ 三浦あずさ (MA07販促)Ver.Final ‐ ニコニコ動画(原宿)』へのオマージュではありえない。


3A07』は、

 Pを理解し、

 その愛を血肉とし、

 「ことば」を伝えるために、背を向けて、自分の足で未来へと踏み出すあずさなのだ。



『隣に・・・』は、『3A07』をきっかけに桃邪気Pの死の呪縛から解き放たれたのかもしれない。

(もしろん製作者達にはそれを意図して作成してもいないし、そんなことができるとも思っていないと思う。

 ただ、俺の中では、いままで『隣に・・・』が流れ出したときに、桃邪気Pの動画が思い出されてた。

 これからは必ず『3A07』も共に思い出されることは間違いない。)



16:40 律子のメールの中で、律子の書こうとした手紙の一文として、Pへの恋慕が明かされるが、思い直して消してしまうところにも律子らしさが出ている。

病院のシーンで、Pの死に律子が必要以上に気を張っていたのが、この想いのせいであったとも取れる。

Pにメールを送るというのは、本当に天国までも届くような不思議な感覚で、律子のデジタルと共存するロマンチシズムがうまく表現されていると思う。

映像の消え方にまだブラウン管かよ!と突っ込みつつも、映りこむ律子の表情と、窓際に座っているから後ろにはブラインド(開けてると光が映りこむし)というこだわりにため息をつく。


16:57 『隣に・・・』の歌詞が始まるかと思えば伴奏だけ。これはちょっとギクリ、とした。

それまでの長時間の音声なしが手伝って、自分の中にあずさの歌声を期待する思いがすごく高くなっていた。

まあこのときは「伴奏だけでも十分か」と思ってしまったけど、このじらしも演出でした。


17:30から自作3Dモデルならではで、カメラ方向を縦横無尽に切り替えて、詩を綴るあずさの姿を飽きなく表現してくれている。

何度も悲しみに侵されながらも、泣くのを堪え、ひたすらにPへの思いを綴るあずさ。

中原中也の詩も深い悲しみを実に直接的に心に投げ込んできた。

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細かな動きからもあずさの息苦しさ、胸の鼓動、込み上げる悲しみとそれを噛み砕く決意が伝わってくる。


18:28 Pの写真にあずさのラストコンサートの報告をしながら、一瞬目を閉じる律子は泣きそうなのをこらえている。が、飲み込んで笑顔で報告。

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18:43 亜美真美の手、目の動き、ノートPCを開くときの手つきや表情は出番の少なかったのを補って余りある亜美真美

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18:56 千早、雪歩、真がDVDを見るシーンでも、身体を半斜めに腕をおろして座る千早、テーブルの上でこぶしを握る雪歩、腕を組む真。

それぞれの飲み物もそれぞれの好みにあわせて徹底的に各キャラクターが表現されきっている。

(雪歩はお茶じゃないのか?と思ったけど、たぶん何かネタがあって俺が知らないだけだな)

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19:16 そしてこのタイミングで歌詞のフェードイン!「やさしくキスをして」。

これはたまりませんでした。


19:45 「うそつきね」のクチパクアップ。


20:20 舞台袖からあずさを見守る春香、やよい、伊織、美希。

泣きそうなやよいにまず目がいきますが、その横でひとつ頷く春香がすばらしいです。

そしてやよいを横目で見て微笑むのも春香さんらしい。


20:30 冒頭のコンサートと同じようにデジカメをかまえた小鳥さんが覗き込む画面に涙が落ちる。

このときの小鳥さんの表情が見てみたかった。


21:05 ここではじめてLOVEが明確にわかる形で3A07が表示される。

私はこのタイミングでやっとわかって安心しました。スートもすべてハートになっていますね。

これはあずささんが新しく買ったほうのトランプなのかな?

 届け、届け、――私の、『ことば』

ここはまあ、世界にではなくP個人への「愛してる」と解釈してよさそうです。

あずささんの乗り越えた笑顔が美しい。

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個々のシーンへの感想はこれでおしまいです。

最後に全体的なことを少し。



見終わってしばらくは、この動画の衝撃はなんだったのか考え込んでしまいました。


心の中には「なにかすごいものを見てしまった」という印象しかなく、とらえどころのない何かが胸を締め付けました。

えこPの『アイドルマスター ロケットガール 高槻やよい 「GO MY WAY!!」 ‐ ニコニコ動画(原宿)』、慈風Pの『アイドルマスター 星間飛行 / ランカ・リー=中島愛 ‐ ニコニコ動画(原宿)』のときも同じような衝撃を受けた気がするのですが、なんというか「単体の作品」「ひとりのPの技術」への感動ではなく、ニコマスという共同体の新しい時代の風景を見てしまった衝撃です。


坂道を登りきって目の前に開ける風景。どこまでも広がる世界。


そしてこの作品がひとりのPではなく3人のPの合作だということが何よりも凄い。

この動画の何がすごかったのか。

自作モデルがすごい? ──最初の衝撃は確かにそうでした。

自作モデルを映像に溶け込ませた構成力と映像技術? ──確かにこれなくしてはこんな自然な世界は作れなかったでしょう。

素晴らしいストーリーとプロット? ──トランプの謎も、三重写しの世界を破綻なく組み上げる手腕も素晴らしい。

しかしなによりも、動画の最初から最後まで貫かれているキャラクター表現、その根底にあるニコマスという幻想に対して3人が投入した愛の量と質、そして結束感がすごかった。

分担した仕事を個別にこなしていては、この動画の「ひとつの世界を生み出す力」はできないでしょう。

おそらく3人は役割分担をしつつも、互いの領域について本気で踏み込んで戦い、信頼し、支えあい、混ざり合いながら、互いのレベルを急速に引き上げていったはずです。この作品を作り始める前と後では、別人ではないかというぐらいにレベルが上がっているに違いありません。

3A07』はシネMADの「完璧な合作」というテーマを完全に、本当の意味で完璧に、達成した作品だと思います。



七夕P、RAP、セバスチャンP、ありがとうございます。

みなさんの『ことば』はきちんと俺に伝わっているでしょうか。



この作品から俺の受けた感動のほんのひとかけらだけでも、


                     届け、届け、――私の、『ことば』