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2008-04-10

『世界に一つだけの花』という愚劣なタイトルの歌について



『世界に一つだけの花』という愚劣なタイトルの歌が大嫌いだ。徒にコドモを惑わして金を巻き上げようとする根性には反吐が出る。


この世に生まれ出たという事実それだけで唯一無二の存在であることは疑いようもない。過去に遡っても未来を見渡しても、人類の歴史上、自分という人間はたった一人しかいない。どこかに同じ奴がいたなんてことはあり得ない。偉業を成し遂げようが何もせずに人生を無為に過ごそうが事故や病気によって生まれた途端に死のうが、そんなこととは何の関係もなく、「世界に一つだけ」である事に間違いはない。


それでいい筈なのに、それだけでは気が済まなくなってしまっているのは、「花」などと言う言葉で持ち上げる奴がいるからだ。世間の風潮にうまく乗っかった歌詞を人気アイドル・グループに歌わせて金儲けしているだけだってことに気付けよ。煽てられていい気分になってるようではどうしようもない。


それでも尚この歌が好きだというならそれはそれで構わないけど、それは競争忌避を表明した「私は負け犬です」宣言であることくらいは認識しとけよ。


この歌には、運動会の徒競走で順位を決めるのを止めたとかいう話に通じる愚劣さが滲み出ている。個性教育などという馬鹿馬鹿しい施策にも似た低俗なヒューマニズムが感じられる。こういう詰まらん嘘をつくから、騙された子供が「本当の自分探し」などを始めて人生のうちのある時間を無駄にしてしまうのだ。


呉智英の『犬儒派だもの』に羽鳥ヨシュアという自殺した漫画家の話が載っている。この事件について呉智英は担当編集者たちが彼を「殺したようなもの」だとして非難しているが、それは編集者たちが羽鳥ヨシュアに対して冷たかったからではなく、むしろその逆に彼を励ましたり面倒を見たりしたことが自殺に至る原因となったことを指摘している。ただの石ころをダイアモンドに仕立て上げようとして削りに削った結果、10カラットもあるただの石ころが出来上がってしまった、無闇に削ったりしなければ、漬物石くらいにはなったろうに、と表現されている。要するに個性や独創性を強調した結果、才能のない者が勘違いした挙句に「『平凡な世界』に戻れなくなって死んだのである」。


これと並んで『犬儒派だもの』には、「個性的な絵を描く吉外の青年」に対してどのような指導をすべきかについての「ある精神科医」の見解が紹介されている。それは古典を模写させることであった。この解答に呉智英は「感動を覚えた」と述べている。その青年に本当の独創的才能があるならば、古典の模写によって身につけた技術は更に才能の開花に寄与するであろうし、なかったとしても模写によって習得した技術は「彼の生活の基盤を作る。看板屋になるもよし、印刷工場に勤めるもよし、文化財復元の学芸員になるもよし、その他いくつもの職業選択が可能になる。それに、模写は社会性・歴史性を獲得させる。自分と他者との関係の取り方が分かるようになる。」


無責任に「花」と持ち上げるのに対して、こちらの方が遥かに現実的で納得できる話だろう。勉強が出来なくても運動が出来なくても絵が描けなくても音楽が出来なくても人との関係をうまく築けなくても何にも出来なくても、あなたは「花」なんです、なんて煽てられたら何か特別なことをしなくちゃいけないと強制させられているようなものだろう。何も出来ない人は単に何も出来ない人であって、そのまま社会に出ても何の問題もないというなら構わないが、生憎とそうはなっていないから困ってしまうのだ。


本来、何でもいいから最低限のことが出来るように訓練するのが教育の目的(「平凡への強制」)である筈なのに、「個性」などといって全く逆のことを行っている。「花」などと煽て上げて金儲けしている奴がいる。子供たちは応援されているんじゃない。虐待されていることに気付かなければならない。

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