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消毒しましょ! RSSフィード

2008-10-28

糞下らない虚栄心に駆られて低レベルな若者論を吹聴する大馬鹿者よ、仮にひょんなことから園遊会に招かれた木下優樹菜が、天皇皇后陛下に向かって「チョリーッス!!」と挨拶したとしたら、それをも擁護する度胸と覚悟を持ってこれを書いているのか!?



大人はこれをバカにする。「言葉をもてあそびおって」みたいな。でもそれは実に狭いとらえ方で、大きく考えれば、これが彼ら流の言葉のとらえ方。


出たwwww 100万年位前から繰り返されている甘ったれたコドモの愚痴wwww オトナは分かってくれない、「狭いとらえ方」しかしてくれない、えーんえーんというヤツだwwww で、こういうこと言いだすのは決まって「言葉をもてあそ」んだりしている当の本人ではなく、その上の世代の、ちょいとジョーシキに反したことを言えば格好良くなると思ってワカモノに媚びてみるバカモノであり、実はこれはコドモの泣き言ではなく、子供は純真で素敵/大人は駄目式のワンパターン俗悪若者論なのだwwww その中でも、こいつは極めてレベルが低いwww 「大人はこれをバカにする」と言いつつ、必然的にそうならざるを得ない理由を詳細に例証していることに自分で気づいていないようだから、以下に列挙してみようw


「渋谷語は常に変化しているから」「使われなくなる言葉が出る」なら、一般化する可能性はあまり高くなさそうで、重要性に乏しい、つまりオトナがこれをバカにしても大丈夫そうだと判断できるw しかも多用している連中の間でさえ「互換性はな」く、「ひとたびヨソのグループに行けば、自分たちの言葉は通用しない」程度のものならば尚更であるw 「知識化してもすぐ変わっちゃうし、通用する場所と通用しない場所の見極めがまた困難」なものを、態々オトナが習得するメリットなんかないw 「楽しんでやっているので、深いところはどうでもいい」「細かいところはどうでもいい」程度のものであるなら、やはり真剣に向き合うに足るものではないということは明らかw つまりオトナだってそれを「楽しんで」も良いし、バカにするにしても「深いところ」とか「細かいところ」なんか、どうだっていいということだw 精々、ウケ狙いで女の子相手にひけらかしてみるとか、失笑をメタ視点でオヤジギャク的(ウケないのが面白い)に楽しんでみる遊びに使えば良いwww


本当に「ある事象を表現する言葉を持っておきたい。レパートリーを増やしたい。外へ表現したい、伝えたいという気持ちはある」なら、本を読んだり勉強したりするべきところ、「難しい言葉はわからない。意味わかんない。バリエーションも少ない」(ボキャブラリーのことを言っているのか?)などと自堕落な言い訳に終始するのであれば、オトナはおろか同世代からもバカにされて当然だwww 従って「目の前の人間が話す言葉」「その人間たちと接するときのルールと理解」しようともしないのは「大人」ではなく「若い人」の方であり、そういう連中が生意気にも「大人」に対してはそれを要求するのかと思わざるを得ない。「相手の使う言葉を尋ね、理解しようとする姿勢も大事」などと、いっぱしのことを言って一方的に「大人」を非難しているが、まずはコドモの方が既に世の中に存在している言葉を習得し「理解しようとする姿勢」が大切であり(後から産まれたんだからよ!)、渋谷語を連発するような連中には、そのような学習態度が欠けているように見えるからオトナはバカにするのであって、別に新語を発明したこと自体を軽んじているわけではない(むしろ、その着想の斬新さには感嘆している)。ろくすっぽ読み書きできないような輩が勝手に作った言葉を尊重しろと主張しても、失笑を買うのがオチであることは言うまでもないだろう。


かように、こんな体たらくではオトナがバカにせざるを得ないと言うか、バカにするのが当然という事例をこれでもかこれでもかと執拗なまでに並べておきながら、それを非難しているのは明らかに不自然で、ここに至って当然に生じてくる疑問は、本当に「大人はこれをバカに」なんかしているのかあ? バカにしているのは実はお前だろ! と言うことだ。そもそも大のオトナが若者言葉なんぞにいちいち目くじら立てるわけがない。自分達だって散々やってきたことなんだから。「難しいから、とりあえず略しちゃえ」「これって、こういう意味で良くね?」みたいなことはオトナの世界でもごく一般的に行われている。例えば「Restructuring」って「難しいから」リストラ」って「略しちゃえ」、本当は事業の再構築って意味なんだけど、「これって」首切りって「意味で良くね?」といった具合だ。若者言葉に顔を顰めることもあるのは、相手がTPOや礼儀を弁えていなかったからに過ぎない。「世代が変われば言葉も変わる」「言葉は常に変化して」いるなんてことくらい、言われなくとも分かりきっているから、いちいち渋谷語なんぞを槍玉に上げるような暇な「大人」なんていない。


いるとすれば、このエントリを書いたバカのように、「大人」を仮想敵に祭り上げては若者をダシにヒョーロンカを気取って気炎を上げるはてなーくらいのものだ。まるで専門家にでもなったかのような調子で、「こういういろいろな背景があるわけです。大人はここを学ぶべき」などと偉そうなことを言うから、若者が置かれている状況だとか受けてきた教育の質であるとか人間関係の構築の仕方だとか生活環境等々に対する考察をもって「背景」と言っているのかと思いきや、「言葉を共有することで、グループとしての一体感とか、つながりを感じる面があるんだな」なんてことしか書いてねえ。アホか。若者に限らず言葉に限らず何かを共有すりゃ一体感が生まれるのは古今東西当たり前のことだ。


恐らく「渋谷語」を日常的に使用している連中は「大人」からどう見られているかなど大して気にしていないし、「バカにする」なとも思っていないだろう。そんなことを言い出すのは、渋谷語をネタに若者の味方面して一席ぶってはイイ気分になっている浅ましいバカだけだ。「いまだに大学生とはタメ口で陽気に話して飲める」なんてことを自慢しているが、こういう人間こそが最も彼らをバカにしているのだ。はてなと言う空間は、このテの、さもしい虚栄心に駆られて大した知見も経験もないくせに愚劣な独り善がりを恥ずかしげもなく相対性理論でも発見したかのように吹聴する救いようのないバカで満ち溢れている。


言葉よりも背景を知れ
Oct 21, 2008 15:00:00 GMT
今日の「とくダネ!」で渋谷語辞典の特集やってた。
渋谷ギャル発!!ギャルの略語&流行語「渋谷語事典2008」
渋谷語事典 2008
作者: 渋谷語制作委員会, 渋谷語制作委員会, 桃吐マキル, SGR〈シホ有限会社G-Revo〉
出版社/メーカー: トランスワールドジャパン
発売日: 2008/08/01
メディア: 単行本
へー、こんなもんがあるのね。いろいろなものがあるもんだ。
ま、実際自分も20歳前後の大学生とはよく話すので、こういう渋谷語があるのは知ってる。そういうのを使われることもあるし、???ってなることもある。
でも、それと「辞典読んで学ぶ」は違う気がしてる。
単語を覚えてもしょうがない
この辞典に収録されている単語を覚えてもしょうがないし、その意味を把握してもしょうがない。こう思っているのですよ。その理由は簡単でして。
渋谷語は常に変化しているから
この辞典は、編纂された当時の言葉であって、今を反映したものじゃない。言葉は常に変化しております。今、まさに経過している時のなかで、ちょっとした拍子に言葉が生まれ、広まり流行していく。その一方で使われなくなる言葉が出る。言葉の栄枯盛衰。進化と退化が同時に行われている。
渋谷語に互換性はない
それに、その渋谷語というのは実態がないのですよ。あちこちで若い子が使っている言葉の総称と考えればいいと思うけど、グループ間の渋谷語に互換性があるかというと、実はない。
あるグループで生まれた言葉は、そのグループでのみ通用する言葉。ひとたびヨソのグループに行けば、自分たちの言葉は通用しないし、逆に聞いたことがない言葉が出てくる。それも渋谷語の実態。
専門用語に近い存在
そういう意味で、専門用語に近い言葉。約束事を知らないとわからない。2ch用語とも近いね。「日本語でおk」とかだって、ネットを使わない人にとっては意味がわからない。「爆発しろ!」だって真に受けるでしょ。「死ねばいいのに」とかもね。
こういう性格があるので、渋谷語辞典を言葉の意味を知るために読むのはどうも。丸暗記して知識化する話じゃない。知識化してもすぐ変わっちゃうし、通用する場所と通用しない場所の見極めがまた困難。というわけなんで、これは言葉がつくられた背景を知るための本として使うのが吉かな?と。
言葉はつくられる
若い人ってのはとにかく言葉をつくります。新しい言葉をつくります。略す。縮める。くっつける。足す。語感だけ。リズム感だけ。手法はいろいろありますが、気分で、勢いで、何となくでつくります。
言葉をつくるのはおもしろい
しかも、それを楽しんでやっています。おもしろがってやっています。これまでにあった言葉をいじって新しいものをつくるよろこび。大げさに言えばそういうことですね。
意味合いよりも上辺の楽しさ
楽しんでやっているので、深いところはどうでもいいのです。細かいところはどうでもいいのです。本来の意味合いなんて関係なし。極端に言えば、言葉の響きさえ良ければおk。言葉をただの音としてとらえる面すらある。
語彙力がないからこその遊び
大人はこれをバカにする。「言葉をもてあそびおって」みたいな。でもそれは実に狭いとらえ方で、大きく考えれば、これが彼ら流の言葉のとらえ方。難しい言葉はわからない。意味わかんない。バリエーションも少ない。しかし、ある事象を表現する言葉を持っておきたい。レパートリーを増やしたい。外へ表現したい、伝えたいという気持ちはある。それが渋谷語につながってるのですよ。「難しいから、とりあえず略しちゃえ」「これって、こういう意味で良くね?」みたいな。彼ら流の理解の方法論。
言葉の共有による一体感
あと、言葉を共有することで、グループとしての一体感とか、つながりを感じる面があるんだな。1対1の友だち関係じゃなくて、グループとしての意識。ある言葉の意味がわかる仲間がいる。その仲間にしかわからない言葉がある。この連帯感って意外とある。
異文化コミュニケーション?
こういういろいろな背景があるわけです。大人はここを学ぶべき。杓子定規的に知識を得ても、世代が変われば言葉も変わる。そのときに自分が変わらなければ、どれだけ新しい知識を仕入れていても、常に時代遅れ。時代が変わり続ける以上は、変わり続けない人は常に遅れる。
ならば変化することを前提に、ここに挙げた教訓を念頭において、場面場面に合わせた方がいい。目の前の人間が話す言葉を理解する。その人間たちと接するときのルールと理解する。異文化コミュニケーションのコツと一緒だよね。海外に行ったら海外の言葉を話せ。「郷に入りては郷に従え」というだけのこと。
それに「それって、どんな意味なの?」って相手の使う言葉を尋ね、理解しようとする姿勢も大事でありまして。そういう繰り返しから相互理解は深まるんだよね。過程が有益なわけで、そこをショートカットして、辞典で得た知識をひけらかして「これって、こういう意味なんだろ」とやっても理解は深まらないのであります。コミュニケーションってそういうものなのです。手間をかけ、時間をかけるから、その手間と時間分だけ相互の理解が深まるのですよ。言葉への理解だけ進んでも仕方ないのです。
杓子定規的な言葉の把握じゃなく、その背景の把握こそが肝要であると思いますな。以上、いまだに大学生とはタメ口で陽気に話して飲めるタケルンバでした。

trshugutrshugu 2008/10/29 01:09 >こういう人間こそが最も彼らをバカにしているのだ。

たしかに。これは怖いな。

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