2008-12-26
■何事にも両面性がある
テレビは、1時間近くしゃべったうち長くても数分ぐらいしか番組では使われず、その取り上げ方次第で私が言いたかったことがちゃんと伝わらず、別の意図に捻じ曲げられるということもありえます。
その通りだ。オレがプロデューサーだったら、鎖国のお陰で米国発の経済恐慌に巻き込まれずに済んだ日本の携帯業界はパラダイス!! というまとめ方をするw
■自らのバカに「愕然と」しやがれバカ!!
例えば、【会社名と代表社名をそれぞれgoogleで検索して、1ページずつプリントアウトしてください】というとても単純な内容なのに、会社名と代表社名を一緒に検索したうえ、3・4ページも検索結果をプリントアウトしてきたり。
私としては、『何故そうなる?』と、愕然とする訳です。
オレも「愕然」としたわ!! 何故そんな曖昧な指示が出来る!?
「それぞれ」と言っているのに、「会社名と代表社名を一緒に検索した」のは確かにおかしい。「1ページずつ」と指示されている以上、「3・4ページも検索結果をプリントアウト」するのは困ったものだ。だが、「プリントアウト」するのは、検索結果の一覧なのか!? それとも表示された其々のリンク先の頁なのか!?
まともな部下であれば以下のように考える。いくらgoogleの検索精度が高いとはいえ、検索結果の一覧を「1ページ」だけ提出したところで、それに大した意味があるとは思われない。そもそも、そんなことは机に乗っかっているPCを使って自分で行った方が早い筈である。従って要求されている業務は後者ということになるが、その場合、「1ページずつプリントアウト」するにしても幾つまでやればいいんだ!? 検索結果が1,000,000あったら、その全てを「1ページずつ」1,000,000枚「プリントアウト」すりゃいいのか!? ああん!?
問題は「キーワードメモ」じゃねえじゃねえか。こんな不明瞭な指示では「本人の脳内で勝手に(というか独自に)文章化」する他ねえじゃねえか。手前の無能を部下に押し付けて文句言ってるだけじゃねーか。そんなものを態々エントリに上げて、なに悦に入ってやがんだ、このバカわ!? ウチの会社でこんな指示を出そうものなら、全員にバカにされた挙句サボタージュされて部の機能が停止するわ!!
どうせ、「これは例だから」などと下らない言い訳して逃げようとするに決まっているが、こんな曖昧な例題しか作れないこと自体、説明能力ひいては適切な支持を出す能力を欠いていることは明らかで、それを棚に上げて「高学歴」のくせに「メモも取れない」人が「たまに」いらっしゃるようですけど、困ったものですわオホホ〜と傲慢かましているのがこのバカ女だ。
更には、これに「ふむー 勉強になりました」と言って「はげしく同意」したりするバカまでいるんだから、呆れてものが言えんわ。まさしく、キチガイばかりが集うキチガイ帝国はてなの真骨頂だ。
やっぱり、聞く力、言っている事を正確に聞き取り、言っている通りの内容で正確に理解し、その上で、言っている事からブレないように対応するというのは、学校のお勉強が出来ることというのと、また、違う能力が要求されているのかなぁ・・・と思ったりしました。
偉そうなこと言う前に、自分の伝える能力をなんとかしやがれバカ!!
■内田樹の時代
ラジオの時代 - 内田樹の研究室
不況のあおりを食って広告業界の厳しい現状が伝えられるようになった途端に「『テレビの時代』はおそらく終わるだろう」などと言われても、私は簡単に首肯するわけにはいかない。
「メディアとして生き残るためには」、「メディアの王道へ帰還する」のが良いというのは大変に含蓄ある言葉ではあるが、ある意味当たり前であり、ビジネスとは別の話である。
「制作コストを今の100分の1くらいまで切り下げる」と、「テレビマンたちは代理店やスポンサーや視聴率を気にせずに、いくらでも『好きなこと』ができ」、それが「メディアの本道である」から「テレビは生き残れる」という論旨は分かったようで分からない。
メディアとしてのあり方と経営論がごっちゃになっているようにしか見えない。
「TVCMの単価も値崩れしているから、テレビをつけると消費者金融とパチンコの広告ばかりが目に付く」と言うが、この先モノが売れなくなると踏んだ大企業が出稿を控えた隙を付いてサラ金やらパチンコやらがその穴を埋めているだけであり、CM単価の値崩れはその過程における付随的な現象に過ぎず、「消費者金融とパチンコの広告ばかりが目に付く」ようになったことの主因ではあるまい。
確かに、これまで我々が受け取ってきた番組の質は、業界に流れ込んでいた巨額の金に見合ったものではなかったかも知れない。
スタジオ収録のバラエティに、それほど多くの費用が必要であるとは思えない。
しかし、例えばドラマのように、もっとたくさんの資金を必要としている番組もあるかもしれない。
あるいは、放送局と下請製作会社との二重構造にも問題があるのかもしれない。
そのようなとき、たまたま自分がラジオ出演した直後であるからといって、
ある日テレビは「業界ごと」クラッシュするだろう。
その日はそれほど遠いことのように私には思われない。
なんて不謹慎なことを軽々に述べるような人物を、私は信用することは出来ない。
また好況になれば全てが逆戻りするのは目に見えている。
少しは内田樹っぽくなったかのおwww もっと難しそうな、誰も普段は使わないような慣用句を入れられたら良かったのだがwww それにしても忙しくてblogなど書いている暇はないなんてことを自ら「悲しい知らせ」などと告知していた割には書きまくりのこの人、調子に乗りすぎてバブルが弾ける一歩手前だwwww
■id:pbhのエントリから
これは非常に穿った見方かも知れんのですが、昨今の「勉強ができない問題」の背景には旧来の「勉強出来る=頭いい」「勉強出来ない=頭悪い」ってパラダイムに対しての、「勉強出来るからって頭が良いとは限らない」「勉強出来ないからって馬鹿とは限らない」ってごく当たり前な例外事項がいつの間にやら「勉強出来る=頭悪い」「勉強出来ない=頭良い」って解釈しちゃってる馬鹿が多いってだけじゃね?って気がするわー。
いくらなんでも、これは酷すぎるwww 意図的に長々とした文章を書いておきながら構成を見失ってしまった結果、日本語が成立していない。助詞をきちんと使えないことが主因で、具体的には「例外事項が」で文が崩壊してしまった。加えて、「に対しての」という白痴的な言い回しがダメダメ感をより一層掻き立てている他、そもそも「対する」という言葉の選択自体が不適切である。
「AというパラダイムにおけるBという例外事項をCと解釈している馬鹿が多いってだけじゃね?」がこの文の構造だ。更に整理すると「パラダイムAの例外事項BをCと解釈している馬鹿が多い」となる。(本当はそんなのねえらしいが便宜上)主語と述語は「馬鹿が多い」であり、後は全て装飾文だ。飾り立てを複雑にして意図的に読みにくく構成するのであれば、まずは文の骨格がきちんと組み立てられている必要があることはいうまでもない。 日本語を頭からふらふらと書いてみただけで、全体の構成が意識されていないどころか、見直すことさえしていない。
それにしても、こんな小学生並みのお題に大の大人が寄って集ってまあ。
次にこれ。
はてなは「IT系」に人気としか言えない辺りが昨今の駄目っぷりを象徴してんじゃねーの?「技術者/エンジニアに支持されてる」とか言えねーのさ。なぜなら本物のエンジニアは503エラーを「メンテナンス中ですワンワン」なんて嘘表示してるのを放置できる筈がないと思うんだよね例えば。
はてなに限らず技術水準の高低については皆目分からないが、「IT系」というイメージがある種のカモフラージュであることは明らかで、しかしながらそれは上に記されているような技術者としての矜持や所作といった瑣末な問題ではない。はてなの実態はモラトリアムのためのアジールであり、要は大人になりたくない連中がその言い訳を求めて集う場所である。社内会議を立ったままでしてみたり、そんなものの内容を公開してみたり、IPOに興味のないポーズを取ってみたりと、徹底して普通であることを拒むはてな的あり方を端的に表現しているのが「ヘンな会社」というフレーズで、それは大人たちが作り上げてきた法律や取引慣行や経営論を拒絶し、永遠に学生サークルのノリを継続しようとする幼稚な抵抗の表れである。
そのような曖昧模糊とした願望の象徴がjkondoであり、傾向を同じくするユーザーが彼に惹かれて集まって出来たコミュニティが「キモい」のは当然である。連中がどういった人間であるかはホッテントリを見れば一目瞭然で、自分探しに勤しんでしまうような大馬鹿者ではあるものの、実際にインドへ行ったりマルチに嵌ったりラーメン屋を開いたりするほどの行動力は持ち合わせていない中途半端な奴が、自室に篭ってひたすらライフハック記事をクリップしては自分を安心させているのである。クリックするだけの簡単なお仕事で自己改革を果たしたような気になるばかりか、破廉恥にも偉そうな一言評論まで付け加えて自己満足に浸ることの出来る、まことにお目出度い連中の集まりである。
「大人」とはその社会の規範を受容した者のことであり、いい年こいて頑固にそれを拒むオコチャマ連中が、権力への盲目的反対を主眼とする左翼的な色彩を帯びるのは必然で、反発ばかりしているうちに何が正しく何が間違っているのか分からなくなり、そこに付け込む釣り師やビジョナリーを気取った真性のキチガイにいいように翻弄されている。その言説が常識に反した奇矯なものであればあるほど新鮮なものに映るのも既存の権威に反抗しているからで、下らないエントリを持て囃すほどに考える力は失われて行き、益々バカが進行することになる。
青春の真っ只中にある者が既存社会に疑問や反感を抱いたりするのはいつの世も同じであり、だからこそ連中は新しい価値観を築き上げたかのように見えるGoogleやAppleに憧れ、それらが日本には存在しないから代替物としてはてなが選ばれただけの話である。だからと言って必ずしもmixiやDeNAのような成功が望まれているわけではなく、自らの好む作品がいつまでもマイナーな存在に留まることを切望するマニアの如く、はてなも永遠に零細企業たれと強いる情緒的傾向が存在する。ある日突然jkondoがスーツを着て現れ、社内規程を整備して組織的経営を図り、外部資本を導入するなどの近代的な経営を取り入れようものなら、心の底から失望する者は後を絶たないであろう。
結局、jkondoの個性そのものがはてなであり、他には何もない。年齢的に彼の10歳前後の人間が「共感」を求めて蝟集しているが、文化圏の違うその後の世代を獲得するのは非常に困難で、何か大きなブレークスルーを果たさない限り、小さな一塊の集団がふらふらしながら縮小均衡していく可能性が高い。
