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消毒しましょ! RSSフィード

2008-12-28

「この手の話題だと」「嫉妬心を持つこと」と「嫉妬心を公開の場で書いたり、他人に伝えること」は「別だからね!」という人に伝えたい



このエントリ、どうも腑に落ちない。


■[一般]「嫉妬心を持つのは人間として当たり前」という人に伝えたい


増田の記事が嫉妬に駆られて書かれたものに過ぎないという批判に対し、「嫉妬心」など誰にでもあるのだから非難するな、というのがid:bashikon主張。だからと言ってそれを公の場に曝け出す行為はまた別物、ましてや「他人の共感を得よう」とする行為は下種だというのが村長の言い分だ。


ふむ。まぁその通りであるのだが、なんだか腑に落ちない。何故だ。


「鬱憤はらせてすっきり\(^o^)/」と書かれている以上、増田は別に「他人の共感を得よう」とはしていたわけではないと判断出来るので、そのように決め付けることこそ下種であると感じたのであろうか。学生時代に女王様やってた女が「自信なさげな女に成り下がっていた」のに比べ、結婚して子供まで作った私は勝ち組Yeah!などというエントリが「他人の共感を得よう」として書かれたものであるとは到底思えず、増田という書き捨て御免的な場所に投下されたことも相まって余計に違和感を生んだのかもしれない。


そう考えていくと、そもそも当該エントリが「嫉妬心を公開の場で書いた」ものであるかが怪しくなってくる。要は最初からボタンを掛け違えているのだ。増田が「A子」に嫉妬を覚えていたのは過去のことであり、「めでたく」「A子からマイミク切りされ」た今は勝利の美酒に酔いしれているのだから、「うわーゲスやなーと思ってしまう」のは全くの見当外れで、「そういう感情を抱くことと、その感情を他人に伝えて、何らかの反響を得ようとすること、これは別の話だ」という言説が、辛うじて一般論としての有効性を保っているに過ぎない。


ま、いずれにせよ、どーでもいいことではあるがw

パンチラいいよなあ、パンチラwww



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男って何でみんなパンチラ好きなの? カナ速
pbh これはボクもかねがね不思議に思ってる 2008/12/28


pbhがブクマによって指し示すエロの方向は常に神の啓示を受けたヨハネの如く正しく、他方ブコメはいつも頼りないwww


パンチラとは、しっことウンコの出る穴の間に挟まれた不潔この上ない第三の穴を、限界まで神々しくdivineなものであると勘違いさせるために編み出された天才的に詐欺的な演出である。女は何故こんなものに男が夢中になるのか常に疑問に思いつつ、利用できる限りにおいては一切の遠慮仮借なくそれを濫用している。

ぬあーにが「原暴力」だっつーの童貞だろお前コラwww



男性は、男女の関係において、必然的に原暴力を持ち得てしまう存在である。それは交際から性関係に至る男女関係が「男性主導のもとで」行われなければならないとする社会習慣、最終的な性交渉という「決断」が男性によって行われる(たとえそれが儀礼的なものであっても)ことが一般的であり、そこでは一種の「暴力」をを行使しなくてはならないこと、私はこれが女性恐怖の源泉であると考えている。



そもそも「原暴力」とやらを定義してもらわないと何がなんだか分からないんだが、「交際から性関係に至る男女関係が『男性主導のもとで』行われなければならないとする社会習慣」なんてものは、要するにろくな経験もないところへもって、その場を仕切らなければならない羽目に陥り、完璧たろうと自らにプレッシャーをかけまくって気が動転しているだけの話だろjk。男の暴力に「恐怖」し警戒しているのは女に決まってるだろーがオイ。


マンガや雑誌に書かれている通りに上手くリードできないと呆れ返られた挙句、男としての尊厳に関るような罵声(「つまらない人ね」とかwww)を浴びてしまいそうな恐怖を感じるのは無理もないが、実際にそのような類の非難を口に出す女は単に幼稚なだけであり、思慮深い女性は決してそのような迂闊な真似はしない(陰ではいろいろ言うがw)。自分だって小学生のときにはブスに向かってブスと言ってしまうような、限りなくもアホ丸出しの愚考を重ねて来ただろコラ。敢えて例えるならその程度のものに過ぎず、態度に出してしまうような女など同姓からも軽蔑されるガキであるからして、過度に恐れることはない。何も言ってくれずニコニコしている女の方がよっぽど怖ええぞマジで。いま思い出しても小便ちびりそうになるわ。


つまり、彼らが忌避しているのは、女性ではなく、自らの中に内在する、理解可能でありながらどこにあるのかわからない、男性の原暴力性なのである。これは、近年多くの若者が「中性」的(「フェミニン」というスタイルがモードとなる)であろうとすること、女性恐怖の最終形態としての「性転換願望」(「女性に生まれたかった」)が一定数存在することからも類推することができる。女性恐怖症の人間は、女性との対話が存在しない空間を生きる中で、対話のない自らの「原暴力性」のみを本能的に自覚してしまう。しかしそこには、対話相手となる「女性」が存在しないがために、いまや「原暴力」が儀礼的な存在にまで転落していることを感覚的に認知することが出来ない。「非モテ」と言われる人々のメンタリティーも、多くがこの「自らの男性性への拒絶」が含まれていると私は考えている。


ま、下らねえ理屈を捏ね繰り回して頓珍漢な理論を構築している暇があるなら、目の前にいる女が今日はどこに力点を置いて着飾っているのかを観測/分析/査定/推測する能力を磨くこったなwww オレ自身は、女が美容院へ行った後でも何がどう変わったのかさっぱり分からねえけどよwぎゃははwww

ひがちゃんは「自慢しているわけ」だと思うよwww



おやあ!? 酔っ払って書き散らしたエントリにひがちゃんがわざわざ反応するのか! 直にDisったときは無視するくせに(別に構わないけど)、他人のことには口を出すのか! しかもdankogaiを分析した上で「自慢しているわけじゃない」ことを証明するのではなく、単なる自分語りか! おかしなやっちゃなwwww


消毒たんもかいているように、人が自慢するのは、周囲に認めてもらえないから。
でも、弾さんもおいらも、それなりに(狭い)世間に認められていると思うので、別に自慢する必要なんかない。
じゃなぜ成功談を語るのかっていうと、次の世代の人にちょっとでもヒントを残したいから。少なくても俺はそう。成功談のなかには、苦労した原因とそれをどのように克服したかが含まれているはず。



要するに、「次の世代の人にちょっとでもヒントを残したい」がためにする「成功談」は自慢ではないという主張らしいが、本人はそのつもりでも、こういうことは周囲の「客観」の方が正しいのだ。人はそこにある自負心を鋭く見抜くものなのだ。そもそも己の「成功談」が人の役に立つなどと信じきっていること自体が自惚れている証拠であり、実際に有効であるか否かとは関係なく、欺瞞は簡単に察知されてしまうものだ。


自慢は人から疎まれる原因になることは良く知っている。だからこそ、自慢することはない。自分の特にならないからね。


これはさあwwwなんつーか苦笑するほかないんだけどwwww「私のする成功談は自慢である」と言っているのと同じなのよwwww 「自慢することはない」なんて言ってしまった瞬間に終わってるのよwww  dankogaiがする自慢の理由を語ったエントリを自らに重ね合わせている時点で白状したも同然なのよwww 直接の契機が「おいらも下記のように自慢しているとかかれたことがある」からだったにしても、結局おんなじなのよwww 何故なら、「成功談」そのものが自慢話に他ならないからだwww