2009-01-13
■方策があるならさっさと手前でやりゃあいいじゃねえかww 「経営者」にモノ申してる場合じゃねえだろタコwww
とりあえず、池田某が流行らせた「ノン・ワーキングリッチ」という用語についての欺瞞は、既に小倉弁護士が喝破しています。しわ寄せの矛先を労働者に向けようなどという前提であるならば、その経営は既に失策であり、破綻していると評価せざるを得ません。
とりあえずこんな文章を書いているようではバカだなwww まだ中味読んでねえけど、そうに決まったwww 「用語についての欺瞞」は「用語における欺瞞」か「用語にある欺瞞」と書くべきだし、「しわ寄せの矛先を労働者に向け」るってのは、いったい何なんだよwww バカ過ぎるだろこれwww 非難とか何かの「矛先」が誰かに向かい、その結果として「労働者」に「しわ寄せ」が行ったとか書くなら話は分かるが、これではNOV1975並みであるwwww 「既に」を続けて2回使用してしまうところも、語彙の少ない彼奴にそっくりだwww 「経営」が「破綻している」なら、「既に」倒産と言う形で結果が出ている筈で、それを今更ご大層に「評価せざるを得ません」などと評しても滑稽なだけだwww
...で、最後まで読んでみたけどよ、なんなんだよこれわwww 観念的な書生論と呼ぶにも値しない、中学生の作文だあwww 何を偉そうに「経営者の方々には、現場とよく協調し、真摯に取り組んでいただきたく存じます」なんて恥ずかしげもなく言ってんだよwww そんなに自信があるなら経団連行ってぶって来いよwww 「パッケージ」が簡単に売れるならばとうの昔にみんなやってるよwww 「オープンソース開発」なんかしたところで一銭にもなりゃしねえじゃねえかwww つーか、「パッケージ」と真っ向から衝突しちまうじゃねえかwww 「Web サービス」だって無料が基本の世界であり、今更アフィなんかやってられっかっつーのwwww こんなんで企業を救えるのなら、ぐだぐだ言ってる間にさっさと起業して自分でやりゃあいいじゃねえかwww 大手が弱っているなら、尚更今がそのチャンスじゃねえかwww 経営者にだうだ文句言ってる時点で単なる甘えだってことはバレバレなんだよ!!
それから、「純資産」がどーの「利益余剰金」(「利益剰余金」だバカw)がどーの言ってんだけどよお、意味分かって使ってんのかねwww それってCashじゃねーからなwww 今期に100の利益が出たならば、その分だけ利益剰余金、ひいては純資産が増加するが、それに対応する売上が1,000であったとしたら、期日には1,000のCashが入って来るんだよww あれ? なんか利益額よりも多いじゃん、って思うかも知れねえが、そりゃそうだよ、経費を差っ引いた残りが利益なんだからw で、大抵の場合、経費は既に先払いされていて、それは借入金等によって賄われていたりするw だから手元にある1,000でそれらを返さなきゃw ついでに税金も払わなきゃw 次の仕事の為の仕入をしなくちゃww つー訳で、元手と利益の蓄積は着実に純資産の部に記帳されるものの、だからといって同額のCashがあるわけじゃねーんだよwww
■Look Inside. Think Domestically.
一読して驚いたのは、宮崎駿もまた「国内市場のサイズ」と「国内需要」を創作のキーワードに挙げていたことである。
なんだよ、これw この間書いた持論の補強材料に宮崎駿を使うのかよw
日本のクリエイター(知識人も含めて)の中で、「自分の仕事が成り立ったのは日本の人口が一億を超えたからなんです。日本の国内でペイラインに達することができる可能性を持つようになったからです」ときっぱり言い切れる人が何人いるだろう。
(中略)
日本のクリエイターは世界的に見ても、きわめて恵まれた制作環境にいる。
日本人相手に日本語ベースの制作物を提供しているだけで、「飯が食える」からである。
ニヤニヤw
ならばWeb Servicesが未だにペイし難い状況にあるのは何故なんだろうねえww
もちろん、順番を逆にして、「世界的なレベルの仕事をしよう」と思っていきなり世界に飛び出してゆくクリエイターもいるだろう。
ぷ。いたねえ、代表取締役のくせに嫁さん連れてSilicon Valleyに飛んだかと思ったら、子供作っただけで逃げ帰ってきた奴がwwwww
「内向きはダメだ」と言っている諸君はいったい「誰に向かって」それを言っているのかについて五秒ほど考えてから言葉を継いだ方がよいであろう。
同じ会社の非常勤取締役がそんなことを言っているようだねえwww ぷ、ぷぷぷ。
■自堕落バカの甘ったれた言い訳を徹底的に叩くと共に、キチガイじみた文章が仕上がる原因を分析する。
なんかいつもこういう評価をするんだけどさ、どうして「狂おしいまでの幼児的自己中心性」なのかの説明みたいなのってしてないよねえ、いつも。
でわ、その「幼児的自己中心性」を説明しようwww つーか、本人が自ら大声で明言しとるwwww
「たまには応えてあげないといかんかなあ。」→思い上がりw
「わかる人もいるかもしれない。どうだっていいんだそんなことは。」→文責放棄w
「だからこう草が生えてもふーんとしか。」→人の言うことを聞かないw
「この仕事してたら『あるあるwww』くらいの話だと思うんだけど」→自己中心性w
「誰に甘えているのかなあ。」→無自覚無理解w
「伝わっている人いるし。そこまで配慮して書くのめんどくさいなあ。」→自堕落w
「悪文かって言われるといつも槍玉に上がっているものほどでもないように思えるな。」→驕りw
「だって本題じゃないし。」→言い訳w
まったくもって呆れ果てた男であるw 反省する気持ちなど露ほどもなく、ただひたすら己が自尊心を守ろうとして言い訳を繰り返しておるwww これでは一生バカが直らないであろうwww
仕事が潤沢にある時期は、でかい会社はそのブランド力を生かして仕事をえり好みするから発注単価が高い会社ばっかりに注力している一方で、その実力(というのは開発力だけじゃなくてブランド力もね)を生かした仕事をして欲しいけど、要求された単価は払えないからはなにも引っ掛けてもらえないような会社があるわけだ。そういう会社も仕事がない状況ではでかい会社が仕事を取りにくるわけだな。それだけの話。
自ら書いた文章の意図を解説した文章がまた酷い悪文であることにはまったく頭が痛くなってくるwwww しかし何回も読み直した結果、なんとなく分かったような気になってきたような気になってきたぞいw この相変わらずの悪文では、欠けていると思しき部分を頭の中で何箇所も補ってやらねば意味を汲み取ることすら困難で、またぞろ本人が言いたいこととは別のものを読み取っている可能性も大であるのだが、要するに、不況によって「発注単価」が下がれば「でかい会社」も仕事を選り好み出来なくなる、ということだな!? そうだよな!? そうとしか解釈できねーぞこれwww でわ、何故これがこんなにも読みにくくバカっぽくて理解しづらい文章なのか、こやつの作文力が中学生以下であるのは何故なのかを分析して行こうw
- ボキャブラリーが貧困
読めば直ぐに分かるとおり、語彙が極度に貧困なので同じ言葉が何度も使い回されている。ここでは「仕事」と「会社」が5回も登場する。「仕事が潤沢にある時期は仕事をえり好みするから仕事をして欲しいけど仕事がない状況では仕事を取りにくるわけだ」って、使いすぎだバカwww もっと多様に表現出来ねえのかよwww 一旦そこに置いた単語に自らが囚われてしまっているのか、他の表現をするのが面倒だから自堕落に使い回しているだけなのか知らないが、文章全体に溢れるバカっぽさ、言葉の端々に表れる幼稚さの原因がこれだwww
単にバカっぽいだけならまだ良いのだが、同じ言葉を多用すると主体や対象の区別が付き難くなり、誤読を誘発する危険性が増すことが理解できていない。ここでも発注側と受注側の双方を同じ「会社」という言葉で表しているため、読み手が其々の間の関係性を把握することを阻害しており、何を言っているのか分からない文章が出来上がっているw 「でかい会社」「発注単価が高い会社」「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」「そういう会社」www 会社会社会社会社ってうるせえよ!!
「でかい会社」→大手SIer
「発注単価が高い会社」→クライアント若しくは大手SIerの人材を使用する他のSIer
「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」→大手SIerを雇えないクライアント若しくは中小SIer
「そういう会社」→同上といった具合に対象を区別して別々の表現をすべきだ。別にこの通りでなくて良いが、せめて発注する側なのか受注する側なのかくらい一発で見分けが付くように書くのが常識である。こんな独り善がりの文章を書いておいて何の疑問も抱かないところが「幼児的自己中心性」だと言っているのだwwww
- 物事の因果関係に対する雑な理解
「でかい会社はそのブランド力を生かして仕事をえり好みするから発注単価が高い会社ばっかりに注力している」なんてことをヘーキで書いているが、選り好みすることと高単価で発注する会社に注力することは同じ行為であり、ここに「から」という原因を示す格助詞を持って来るのは著しく不適切である。「仕事をえり好みするから発注単価が高い会社ばっかりに注力している」のではなく、会社がでかくてブランド力があるからこそ選り好みすることが可能となるのであり、その結果として「発注単価が高い会社ばっかり」の仕事を受注することになるのだ。
なんでこんな簡単な事が分からないのか分からないwww なんとなく言っていることは分かるような気もするのに、よく読みゃまるで頓珍漢なことが書かれている文章が並んでいるのは、粗雑に出来た頭で中途半端に事象を把握しているからに他ならない。ここは、「ブランド力のあるでかい会社は相手をえり好みすることが出来るから、仕事が潤沢にある時期には発注単価の高い会社の仕事に注力することが可能」と書くべきである。
- 間違った文章構築
自分が何を言いたいのかを頭の中で明確にしないまま自堕落に話し言葉を書き連ねているだけだから、文章全体の構造を正しく構築出来ず、従って常に不明瞭な文章ばかりが量産されることになる。「一方で」という言葉によって対比されているのは「でかい会社」と「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」となっているが、冒頭に「仕事が潤沢にある時期は」という文を置いて開始した以上は好況時と不況時を比較するべきなのだ。つまり、好況時には単価の高い仕事ばかり請け負っていた「でかい会社」も、不況になれば贅沢を言っていられなくなる、ということを書くべきなのだ。再掲するので彼奴の書いた文章を読み直してみて欲しい。
仕事が潤沢にある時期には「でかい会社」と「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」が存在しているとハッキリ書かれていることが分かるであろう。このような書き方では、仕事が潤沢にはない時期にこのふたつの「会社」はどうなるのか、好況時と同じように存在できるのかといったことが必然的に問題となってしまうことが理解できていない。そうではなく、主体を「でかい会社」ひとつに絞り、仕事が潤沢にある時期には高い金出さねえと仕事してくんなかったが、不況下ではそれなりの値段でも我慢してやってくれる、という内容にすべきなのだ。実力もないくせに「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」を不用意に持ち出したりして余計な主体を増やすから、精密さを欠いた幼稚でおかしな文章が出来上がるのだ。
更には、「でかい会社」のする行為と「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」という主体が対比されていることも厳密に言えばおかしいんだが、なんつーかまあ、面倒くさいからそれはもういいやwww
- 不適切な表現
とてもnativeとは思えない頓珍漢な表現を多用して読者を混乱の渦に巻き込むのがこやつの必殺技であるwww あ、ひょっとして外国人なのかな?
「仕事をえり好みするから発注単価が高い会社ばっかりに注力している」
「注力」がおかしい。これではまるで「でかい会社」が一所懸命、仕事に勤しんでいるかのような印象を与えるが、実際には単に仕事を「えり好み」しているに過ぎない。ここは「高単価の仕事ばかりを受注している」と書くべきで、こんなのぜんぜん難しいこっちゃねーえだろーがオイwwww
「その実力(というのは開発力だけじゃなくてブランド力もね)を生かした仕事をして欲しいけど、」
いったい誰が誰に対して「実力を生かした仕事をして欲しい」と願っているのか俄かには分からない。てっきり「はなにも引っ掛けてもらえないような会社」に書き手がエールを送っているのかと勘違いしたほどだ。「実力」には「ブランド力」が含まれるらしいことから、対象となっているのが「でかい会社」であることが何とか判明するといった次第で、もしも括弧書きがなかったなら、「規模が小さいがために実力を発揮出来ず、発注単価を上げられない会社」という解釈も出来ないことはない。ここは「実力」などという余計な言葉を使わず、簡単明瞭に「大手の開発力やブランド力を欲しているが、要求単価を支払う余裕はない会社」と書くべきであろう。なんでこんな簡単な日本語が書けねーんだ、こいつわよおwwww
「洟も引っ掛けない」が正解である。「はなにも」などという言い方はしない。また、これは能動態として使用する慣用句であり、無闇に受動態にするのは滑稽である。言葉に無頓着だからこそ、慣用句を自分流に弄る馬鹿馬鹿しさを認識できないのであり、結果として何時まで経ってもまともな文章が書けないのである。
- 基本的な文法が身についていない
「そういう会社も仕事がない状況ではでかい会社が仕事を取りにくるわけだな。」
「そういう会社も仕事がない状況では」何か別のことを始めるのかと思いきや、突然「でかい会社」という別の主体が横から飛び出してきて「仕事を取りにくる」とか言われても何がなんだか分からないwww ここは「そういう会社も」ではなく、「そういう会社にも」あるいは「そういう会社にさえ」としなければ意味が伝わらない。格助詞や助詞が満足に使えないから文章が不明瞭になるのだw 文節の順序も入れ替えて、「仕事がない状況では、そういう会社にもでかい会社が仕事を取りにくる」とすれば誤読しにくくなる。
というわけで、如何に再掲する糞ったれた日本語を書き直してみる。
仕事が潤沢にある時期は、でかい会社はそのブランド力を生かして仕事をえり好みするから発注単価が高い会社ばっかりに注力している一方で、その実力(というのは開発力だけじゃなくてブランド力もね)を生かした仕事をして欲しいけど、要求された単価は払えないからはなにも引っ掛けてもらえないような会社があるわけだ。そういう会社も仕事がない状況ではでかい会社が仕事を取りにくるわけだな。それだけの話。
「景気の良い時には単価の高い仕事ばかりを選り好みしていた大手も不況になれば贅沢を言ってられなくなり、以前は歯牙にもかけなかったような仕事すら引き受けるようになる。」
簡潔且つ明快だろ。余計な情報がないから誤読もされ難い筈だ。難解な哲学的命題を取り扱っているわけじゃなし、こんなもの中学生だって書ける程度の文章であり、何の苦労もなく無意識にすらすらっと綴れる程度の内容だろーがwww
さて、事ここに至った上で尚、ひたすらオモロカシイのは、果たしてこの解釈が正しいか否かに自信を持てないことだw 何故なら、相手はNOV1975であるからで、文章に綴られた字句に従ってその通りに解釈すると、本人が言いたかったこととは全く別になるという奇妙奇天烈な作文力の持ち主であるからだww
上に引用した言説が、元記事においてはどのように表現されていたかを確認しようw
上流工程の人の単価が下がるんじゃないかな。というか、単価って一律適応されるわけじゃないじゃない。単価が低いからやってられねーよって言って避けていた会社に仕方なく押しかけてきたでかい会社や高スキルの人たちが今までいた会社を押しのけるというような事態もあったりするんじゃないかなあ。
分かるかよ、こんなんでwww 「上流工程の人の単価が下がる」ことが冒頭で予想されているが、その直後に「単価って一律適応されるわけじゃない」と来るから、読む方は果たして単価は下がるのかそうでないのか分からなくなるw 迷っていたところへもって、次に続く「単価が低いからやってられねーよって言って避けていた」という文言が、「上流工程の人」は単価の下落を一切容認しないのではないかという印象を生み出すので、今度は「避けていた会社」に態々「押しかけ」る行為の意味が分からなくなるw それが「仕方なく」と強調されているのだから尚更であるw
読点が打たれていないので、「仕方なく押しかけてきたでかい会社や、高スキルの人たちが今までいた会社を押しのける」なのか「仕方なく押しかけてきたでかい会社や高スキルの人たちが、今までいた会社を押しのける」のか判然としないw 前者であるなら誰がそれら2つの「会社」を「押しのける」のかが分からないw 後者であるなら誰がその「会社」に「今までいた」のかが分からないwww アホもいい加減にしやがれ、ったくよおwww
ここでも「会社」という言葉が不用意に多用されており、火に油を注ぐが如く混乱を拡大せしめているw 今だからこそ、「避けていた会社」がクライアント、「でかい会社」が大手SIer、「今までいた会社」はそれまで低い単価で仕事を引き受けていた中小のSIerか何かを指していることを理解できるが、初見で分かるかっつーのwww
ついでに、Compilerの例えについても意味が分からないようだから、再度説明してやろうw なにも大仰なことを言いたいわけではない。上に例示した通り、自分の意図するところを正しく表現できているのか、ということを言いたいだけである。
あるプログラミング言語において、変数Aに15という値を入れるときの正しい文法が「A=15」というものであったとする。このとき間違って「A<-15」と書いてしまい、この「<-」という記号が当該言語においては何の役目も果たさないものであった場合には、Compileした途端にエラーが出るであろう。文章においてこういったことは推敲する他ないが、NOV1975においては、そもそもそれが間違いであることにすら気が付かないという問題がまずあるw
次に、「A=15」の代りにうっかり「A=14」と書いてしまったとしよう。文法上の間違いはないからCompilerもエラーを発したりせず、プログラムは完成するであろう。しかし、出来上がったそのプログラムは当初意図したとおりの動作を行わないであろうことは容易に推測できる。どこかで何かが違った結果を算出することであろう。オレが言いたいのはここである。
「A=15」という主張をするのであれば正しく「A=15」と書くべきであり、もしもそれを「A=14」と書いたならば、それが主張しているところのものになるのである。当たり前だwww 自分で言ってて馬鹿馬鹿しくなってきたぞww 自堕落にも小学校レベルの国語の勉強を怠っていたがため愚かにも「A=14」と書いておきながら、図々しく「A=15」という意味であったと言い張る頑迷さが問題なのである。
常にその文章の中に答えが書いてあるわけではないんだけど、一文目で意味が取れなきゃならないとするとまあそのとおり。
オレは「一文目で意味が取れなきゃならない」などといったことを主張しているのではない。「一文目」であったことを指摘したのは、読み手にとっては本来の意図を汲み取るために必要な情報がない段階であることを強調したかったからである。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という「一文目」からその後の展開を読み取ることは不可能であるが、国境の長いトンネルを抜けると雪国であったことは明確に分かるではないか。それが出来ていないと言っているのである。
年末あたりにもちらほら中小の倒産の話が聞こえてきて、もはやそんな状況でもないような風に思えなくもない今日この頃です。
ほれ見ろ。はっきりと「中小企業は倒産している場合ではない」と書かれているではないか。「常にその文章の中に答えが書いてあるわけではないんだけど」などと性根の腐った言い訳をしているが、「年末あたりにもちらほら中小の倒産の話が聞こえてきて」と書いた以上は、明確に「文章の中に答えが書いてある」のであり、従って「そんな状況でもない」は必然的に「中小企業は倒産している場合ではない」という意味にしかならない。
これこそが「A=14」であり、「A=15」であるべきであった正解の文章とは、オレが訂正した「現実に中小企業が倒産している現実を顧みれば、給料を下げれば不況を乗り越えられるなどと言っているような状況ではない」であるべきなのである。
機械的な処理しか行わないCompilerと違い、理解できない箇所があれば人間は他の場所に書かれた内容や予備知識や推測を持ってそれを補おうとしてくれる。ともすれば先入観でもって書かれていることとは別の理解をしたりすることすらある。だからこそ余計に、出来るだけ誤読をさせないよう注意深く文章を綴るべきであるところ、「実際には読めてるじゃん」、「伝わっている人いるし。そこまで配慮して書くのめんどくさいなあ」などと読み手に甘えて開き直る態度が「幼児的自己中心性」でなくて、いったい何だというのであろうか。猛省を促したい。