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2009-06-28

おい、ゆとり、いっぺんお前の企画書をオレに見せてみろ。



市場競争によってコンテンツ価格が原価に収斂していくとするのであれば、コンテンツの原価とは複製コストだけではなくて制作コストも考えなくてはいけないだろう。コンテンツの場合は、いくら複製しようが制作コストは変化しないので、いささか逆説的ではあるがコンテンツの制作コストはコンテンツの市場規模によって決まる。つまりそこそこヒットするコンテンツがだいたい10万本売れるとして、1本あたりのマージンが1000円あるとすると、制作コストは1億円に近づき増えていく。


つまり、通常の価格決定の理屈とは逆だ。原価にあわせて価格が下がっていき利益が減るのではなく、価格にあわせて原価があがっていき利益が減るというプロセスをたどる。



何様のつもりか知らないが、偉そうに「おい、ゆとり、コンテンツの値段の決まり方をおしえてやる」なんてほざいているので読んでみたのだが、一体全体何を言っているんだか、さっぱり分からないエントリである。詳細に読み解いていくと、おかしなところばかりであることが分かる。


  1. 市場競争によってコンテンツ価格が原価に収斂していくとするのであれば、




    「価格が原価に収斂」する前に、粗利が販売及び一般管理費未満となった時点で営業利益が赤字に転ずる筈だ。「複製コスト」だの「制作コスト」だの言う前に「考えなくてはいけない」のは、如何に利益を確保するかであるのは明白で、いくら価格競争によって利幅が縮小するからと言ったって、原価と等しくなるまで価格を引き下げるバカなどいる筈もない。仮にそうなったとしても、その場合には次々と市場参加者が撤退を始めるので競争は緩和され、売上と原価の関係は適正な水準で均衡すると考えるのが普通であろう。




    まともな経営者であれば「価格」「原価に収斂」させたりなどしない。させたら、その経営者はバカである。例え「コンテンツ」「ゼロ」で提供し、代わりに広告収入で賄うことにしたとしても、広告売上が営業費用を上回らなければビジネスは成立しない。こんなことは基礎の基礎のそのまた基礎のクソである。





  2. 収斂していくとするのであれば、コンテンツの原価とは複製コストだけではなくて制作コストも考えなくてはいけないだろう。




    ということは逆に言うと、「コンテンツ価格が原価に収斂」しない時には「コンテンツの原価」の中の「複製コスト」のみ「考え」れば良く、「制作コスト」は無視していも良いということになる。そして、デジタル・コンテンツの場合「複製コスト」は無視できるほど小さいので「ゼロ」と考えることが出来る。すると、ここに書かれていることは、「コンテンツ価格が原価に収斂」しない時には、態々「ゼロ」である「複製コスト」の方を重要視して、確実に発生している筈の「制作コスト」を無視しても構わないと言っていることになる。そんな会社は倒産するに決まっている。




  3. コンテンツの制作コストはコンテンツの市場規模によって決まる




    ほう。バカ売れしたDS知育型ゲームと、CGに莫大な費用を掛けたものの詰まらないので全然売れなかったRPG「の制作コストは」、共に「市場規模によって決ま」っていたのであろうか。とてもそうとは思えない。そして「価格が原価に収斂していく」ことが前提とされているのだから、「市場規模」に拘らず、常に営業利益段階で赤字が発生することとなる。では任天堂はどうやってあれだけの利益を計上しているのであろうか。




  4. そこそこヒットするコンテンツがだいたい10万本売れるとして、1本あたりのマージンが1000円あるとすると、制作コストは1億円に近づき増えていく。




    マージンを乗せる」なんて言い方もあるから、ここで使われている「マージン」という言葉も利益を指しているのかと思ったが、「1本あたりのマージン」である「1000円」「10万本」を乗算すると「制作コストは1億円に近づき増えていく」と言っているので、必然的に「1本あたりの」「原価」ということになるのだが、ここで主張が完全に破綻している。何故なら、数量によって金額が変化している以上、それは「制作コスト」ではなく「複製コスト」である筈だからだ。更には、自ら言い放った「いくら複製しようが制作コストは変化しない」という言葉をも裏切っていることに全く気が付いていない。




    「近づき増えていく」という日本語も不可解極まりない。1億円に近づいて行き更にその後も増えていくのだろうか、それとも「1億円に近づくまで増えていく」と言いたかったのであろうか。最初からいきなり「10万本売れる」わけじゃないだろうから、徐々に「増えていく」のは当たり前であり、態々このようなことを書く必要はない。




  5. 価格にあわせて原価があがっていき利益が減る




    どこに「価格にあわせて原価があがってい」く過程が説明されていたというのだ。「原価」「あわせて」「価格」が下がっていく(=「収斂していく」)話と、数量に「あわせて」「制作コスト」「あがってい」くと述べていただけではないか。何が「いくら複製しようが制作コストは変化しない」だ。



要するに、「複製コスト」だの「制作コスト」だのいった曖昧な言葉を使って収益を語るから混乱するのだ。「複製コスト」とは、もうひとつ製品を「制作」するときの「コスト」であると言えば、その曖昧さがはっきりするであろう。そして恐らく原価と販管費の区別も付いていない。


アップル・パイを作るときの話をしよう。水や小麦粉、リンゴなどは作る数量分だけ必要になるから変動費だ。これに対して調理場や人件費など、基本的に数量に比例しないと考えることが出来るコストを固定費という。変動費はパイを焼く数量に比例して掛かってくるが、固定費は(原則として)幾ら焼こうが一定であるから、個々の製品単価に占める割合は大量に作れば作るほど下がっていく(変動費である材料費の仕入価格だって大量購入することで低下するが、これはまた別の話)。だから大量に販売した方が儲けが多くなっていくのが通常のモデルである。


デジタル・コンテンツの場合、変動費部分は事実上「ゼロ」であると言えるから、原価は殆ど固定費のみで構成されていると考えることが出来る。1億円掛けて作ったゲームの売上が1億円にしかならなかったのであれば粗利は「ゼロ」であるし、10億円売れれば9億円となる。別に「コンテンツの制作コストはコンテンツの市場規模によって決ま」ったりはしない。それは、どのような「コンテンツ」を作るかに拠るのであり、「市場規模」云々は、そこにどこまで経営資源を投入できるかといった二次的な問題に過ぎない。全くの新作に多大な資金を掛けるのはリスクが大きいが、FFシリーズのような固定ファンが付いている場合だと大まかな売上が読めるので、この程度まではカネを掛けても大丈夫だろうという判断がし易いという程度の話である(Video SharingなどのWebservicesの場合、ユーザーが増えるほどStorage並びに回線費用が増大していくので変動費と看做すことも出来ないわけではないが、通常これらは固定費と目される性格のコストである)。


この辺りについてはエントリ中にも「いくらの価格だったら、どれぐらいのひとが買ってくるのかを、コンテンツプラットホームホルダーは見定めて、価格を設定する」とあるのだが、こんなことは当たり前の話であり、態々エントリを上げるにしたってこの部分だけ書いておけばそれで十分だ。上記に引用した箇所は余計な混乱を引き起こすだけであり、全く不要である。dankogaiを筆頭に、IT屋は分かりもしないくせに経営を語りたがるが、そもそも用語を適切に使用することが出来ないばかりか日本語がダメダメだ。こんな訳の分からない文章しか書けない奴が企画をやっているようでは、どの程度の会社か概ね想像が付く。どうせ詰まらん横文字ばかりが飛び交っているのであろう。


はてブを見ると、例によって大量のバカが断定的な物言いにつられて中身を検証することもなく絶賛している模様で、こちらの言葉を借りるならば、やはりはてながバカオーシャンであることは間違いない。

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