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消毒しましょ! RSSフィード

2009-09-28

マップバカーであるwww



未熟なマップヘイターは、単なる要領の悪い人である。そして、それは私のことである。


クソワロタwww 明らかにこの女はマップヘイターではなくマップラバーであり、マップバカーであるwww 何故なら、マップの有る無しというマップの枠内でしか物事を考えることができないからだw


マップヘイターは、まず山を見て、実際に登ってみる。そして「この山には常緑樹が多いな」だの「山小屋があるぞ」だのという情報から、「きっとハイキングコースで人が多く訪れる」などと考えたりする。そして、公園を見つけて、子どもと遊んでいるうちに、子どもを迎えにきた親に「小学校はどこですか?」と聞いて、目的地の場所を知る。目的地に着くころには、マップヘイターはこの街についてかなり詳しくなっている。しかし、マップラバーは、マップヘイターが山に登っている頃には、すでに小学校に着いているだろう。


考えてみるがいいw これらはぜーんぶ、まだ地図ができてなかった状態において人がしなければならないことではないかwww あるいは、マップが不正確であったときにマップラバーが行わなければならないことでもあるw 地図を活用できるかできないかという二分法そのものがテーマとしてマップとなっているのであり、これに囚われてものを考えている時点でこのバカがマップラバーであることは疑いようもないw そして、このバカがここで言っていることは、たとえ効率の点においては劣るとも、それ以上に豊かな経験や情報を得ているのだという自己賛辞に他ならないw 「[性][演劇]女の体で笑うということ」のときもそうだったが、このバカはいったん自分を卑下して弱者の立場に追いやってから持ち上げるようなやり方が大好きなのであるwww だから「『未熟なマップヘイター』が『成功する人』になる方法を考えてみた」りするのであるw そこにあるのは自己憐憫に見せかけた自己顕示欲であるw 滑稽にも程があるwww だからこいつはマップバカーなのであるwww


マップヘイターは、実際に見たり触れたりする情報から、自分なりの全体像を描くことは得意である。だから、まったく見取り図なしに行動しているわけではない。自分なりの視点を持って、地図を作ることができるのだ。しかし、たいていの問題は効率よく、与えられた地図を使って目的地に行けばよい。これでは、「おつかいに行け」と言われて、「探検に出かける」子どもと同じである。


なwww 言ったとおりだろwww こいつは自分が「見たり触れたり」しただけの情報を「全体像」と言いきってしまえる神経の持ち主なのであるw 「自分なりの視点」「地図を作ることができる」と断言してしまえるのであるwww こいつが重きを置いているのは「自分なりの全体像」とか「自分なりの視点」とかいった「せかいにひとつだけの花」症候群に特有の自意識過剰に過ぎない。「『おつかいに行け』と言われて、『探検に出かける』子どもと同じ」は、冷静さを気取ったカモフラージュであり、本音ではない。それは「たいていの問題は効率よく、与えられた地図を使って目的地に行けばよい」という間違った言い回しに端的に表れている。「目的地に行」っただけでは「たいていの問題」は片付かない。地図を使えば「よい」のは、「問題」「効率よく」「目的地に行」くというものであった時のみである。


第一に、誠実に物事に取り組んでいることは相手に伝わるものである。努力の方向性が頓珍漢であるときに、バカにしてくる相手は、バカなのである。バカの言うことは気にしない。第二に、目をかけてくれる人がいたら、アドバイスには従う。「どうせ……」っていうの禁止。親切にしてくれる人は、マップヘイターを見下しているのではなく、期待しているので手助けしてくれている。侮蔑や人格否定と、取り違えないないように注意する。


いかに「誠実に物事に取り組んでい」ようが、「努力の方向性が頓珍漢である」ならば「バカに」されても致し方ないであろうw そこを指摘せずに「手助けしてくれ」る人間というのもどうかと思わざるを得ない。単に「親切にしてくれる人」、自分を肯定して「期待して」くれる人には無条件で喉を鳴らす気弱さの表れがここにはあるw 望夫に賛同していたブックバカーどもを想起させられるwww


マップヘイターは、「自分のために」と「他人のために」の区別はさして重要ではないだろう。なぜなら、損得計算が下手で、目の前のことに全力を尽くすのが大好きだからである。


こういう白々しい自己讃美をヘーキでできる神経がすごいと言わざるを得ないw ではマップラバーはどういうものなのであろうかw 地図を作るという行為は果たして「自分のため」なのでろうかw では何のためにそんなものを作らなければならないのだろうかw 地図とはいったい何なのであろうかwww

これのどこが「差別アウトソーシング」だってんだ?



上記の手塚プロダクションによる弁明は、この差別の無責任構造を、表現規制において再生産しつつ、責任の所在を曖昧にするものです。手塚プロダクションは、当該の『きりひと讃歌』を差別的なものだと自らの責任において判断することはしません。しかし同時に、それを「差別と感じる人」を想定してこの弁明文を書いているのです。結果として、どう転ぼうとも手塚プロダクションには責任はないことになります。



「「俺が差別する」を、「差別される」とさらっと言い換える」というのは、こういうことです。



へえ。じゃあ手塚プロは出版という頒布行為によって『きりひと讃歌』を肯定することで、そこに「登場」する「いろいろな国の人物」「一部について、いかにも野蛮で未開人という印象を与え」ようとしていたわけだw その「差別の責任主体を自分以外の何者かに託」すことによって「差別のアウトソーシング」とやらを実行したというわけだw


では、ここにおいて「差別の責任主体」を託されたのは誰だったんだ? 「この作品が発表された当時」「読者」か? 違うだろw 例えそれが差別だったとしても、その時点では「差別意識はなかった」んだからさw では、「その声には真剣に耳を傾けねばな」らないというところの「こうした描写を差別と感じる人」たちか? 違うだろwwww こいつらは差別を糾弾している連中だろwww いったい、手塚プロは誰に「差別の責任主体」を託したって言うんだよwww


手塚プロは別に差別の「アウトソーシング」なんかしてねえだろwww 誰に差別を託したんだwww 誰が手塚プロに代わって差別を行うんだwww 言ってみろwww


アホなのかwww アウトソースされたのは差別行為ではなく、差別であるか否かの判断だろーがwww 手塚プロは「作者にはもちろん、読者にも差別意識はなかったと思」うことを根拠に出版に踏み切っただけで、他方、この作品の表現を問題視する人もいるから、その点を忘れているわけではありませんよ、というExcuseを追加しただけじゃねえかw あんまり潔いとは言えねえけど、ごくジョーシキ的な対応だろ。確かに「手塚作品が差別的であるのかどうかの判断を放棄」したのを姑息と非難することは出来ようが、それはそうしなければ出版できなかったからに過ぎねえじゃんw 「このような問題提起に真剣に応答しようという態度」がなかったこともまた確かだが、「真剣に応答」し始めたりなんかしたら、決着付くまで手塚の作品を世に出せなくなっちゃうじゃんw 敢えて「問題作」を改めて世に問うた、との肯定的評価だってできるかも知れねえじゃんw


いずれにせよ、差別はちっとも アウトソースなんかされてねえじゃねえかよwww 嘘ついてんじゃねえよwww これは望夫がやれ「革命」だ「大変化」だと騒いでいたのと同じ詰まらない詐術だw 望夫と同じく本気で言ってるから始末におえねえw toledが手塚プロの曖昧で弱腰の対応を非難したいのであれば、思う存分するがいいやw でも差別は「アウトソーシング」なんかされてねえw 精々いえるのは、手塚プロが巧妙に責任回避を行ったということだけだwww こう言っちまうと面白くもなんともねえってか? 世の中、面白くもなんともねえんだよw 本当に面白くできるのは、もっと頭のいい奴だw そんときゃバカはてなーなんかついて来れねえだろーがなw


そもそも「Aを選ぶのは自由だよ。ただAを選んだら差別されるだけで」という増田記事の会話からして全然噛み合ってねえw


「Aを選ぶとさ、凄い冷たい視線で見られたり悪口言われたり無言のプレッシャーかけられたりして、実質的にもうA選べないよな。この国はAを選ぶ自由がないよ」


「いや、Aを選ぶのは自由だよ。別にAを選んだからって逮捕されるわけじゃないでしょ。ただAを選んだら、陰口叩かれたり、『そういう目』で見られたりするってだけ。選ぶ自由はあるよ」


これは単なる混ぜっ返し。まさに「『それを選んだら差別される』状況は自由とは言わない」のであり、こいつは「冷たい視線」「無言のプレッシャー」にもめげず戦えと励ましているわけではない。


「なんでAを選んだらそんな目にあわなきゃならないんだ」


これは「選ぶ自由」についての議論ではなく、差別の元凶は何かというそもそも論。そして、話題が転換されたにも拘らず、二者目は応じる気がない↓。


「だってAを選んだらそうなるってことは分かってるんだから、色んな目にあっても、それはAを選んだ人の自己責任だよ。自由は責任とワンセットだよ。Aを選びたい、でも責任は負いたくないなんて我侭だよ」


で、これのどこが「差別のアウトソーシング」だってんだ? 二番目の話者は嫌味っぽいが現実を淡々と説いているだけだ。一番目の話者に共感していないからといって二番目の話者を差別しているかどうか、すなわち「俺が差別する」状態にあるか否かは明確ではない。要は増田が自分に賛同してくれない奴にヒスを起こして「マジョリティ」の側に逃げ込んだと非難しているだけだw


二番目に取り上げられている増田も実に酷い。何が酷いって、まず文章が酷いw


「俺が差別する」を、「差別される」とさらっと言い換えること


最初、「俺が差別する」を、「俺が差別される」とさらっと言い換えたかと思って混乱したわwww 「みんなに差別される」と言い換えたんだろーがw ちゃんと書けwww で、その差別が如何に不当であるにせよ、「みんなが差別する」のは事実なんだろw そこから「俺」が除外されているか否かは、これまた明確ではないじゃねえかw 勝手に相手が「自分の行為や感情の存在から逃げる」と思い込んでいるだけじゃねえかw 「逃げる」としたら、差別が差別でなくなったときだよ。終戦を迎えたときみたいになw


要は多数派に属していれば安心感があるってだけの話じゃねえかw 考えてみいw 一人で差別なんかできるか? 例えば、仮にオレが有村がblogを書くことを差別したとする。有村がblogを書いたりするのは、卑猥で破廉恥で畜生にも劣る行為だと糾弾したとする。これ、差別になるか? blogを書くなんて誰もがしている行為を、ことさら有村に限って非難したところで何の効果もないだろ。そんなことオレが一人で喚いていたって仕方ないだろ。いや、有村の場合には賛同したりする奴が出てくるかもしれないが、お前らはちょっと黙ってろw 別に有村でなくとも構わないし、blogを書くことではなく息を吸うことでもいい。とにかく、一人で「俺が差別する」をやってても仕方ないってことだ。しかし、これが有村の大好きな幼女趣味であれば、たちまちのうちに「みんなが差別する」と言えるようになる。それはそれで事実じゃねえか。そのとき、オレは別に「その行為や存在の責任を『自分(私)』から『世間』に転嫁」したりはしないぜw 「みんな」と一緒に差別してやるwww ロリはいかんよ、ロリわw でも有村はいかんことくらい承知しており、どこかのエロゲバカどものような頓珍漢にことは言わないから擁護してやる、けけけwww