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2010-05-22

何故ひろゆきは勝間を手玉に取れたのか。



日本語がどうして議論に向かないのか


なに言ってんだこのバカわ!? バカのくせに自分の国の言葉をバカにしている。「日本語」「議論に向かない」のではない。バカには議論など出来ないというだけの話である。


上記記事でも指摘されている通り、日本語にはこういう特質があると思う。


それを踏まえると、暗黙の了解になった主語について会話を続けていると「僕のいわんとすることわかるよね」的な空気感が醸成されてしまい、会話の中に上下関係が生まれる・・・ということなのか。それとも、単純に関係性を包含した上で会話をするのだからフラットでいること自体難しいんですよ、結果的に上下関係を規定してしまうんですよ、ということなのかな。


バカにも程がある。「敬語・謙譲語・丁寧語など」表象しているものは人間関係であって議論の内容ではない。「主語を省略」されたくらいで「前提」「暗黙化」したと勘違いできるのは単にバカだからである。「省略」された理由は自分で書いている通り、当事者の間でその「前提」が既に「共有」されていたからに過ぎない。お互いが納得していればそれで良いし、議論の焦点としたいのであれば再度明示すれば済むだけの話であって、日本語で話しているから議論が出来ないなんてことあろう筈がない。


要するにこのバカは人間関係と議論を混同しているのだ。「僕のいわんとすることわかるよね」という圧力に屈するのも「会話の中に上下関係」に従うのも勝手だが、単にそれはこのバカがdebateに弱いだけの話であり、議論そのものとは関係がない。ましてや日本語など全く無関係である。そもそも日本語には「主語」などないとする学者だっているくらいで、「暗黙化」などと利いた風なフレーズで悦に入っているのは滑稽を通り越して醜悪である。


日本語で話すから「会話の中に上下関係が生まれる」のではない。それは「会話」以前にそこにあった人間関係に過ぎない。そうではなく、現実の「上下関係」とは無関係に、全員が同じ意見であることにしてしまうのが日本人の合意形成の仕方だというだけの話である。それは日本語の問題ではない。日本人の問題だ。


このような大馬鹿者が態々「僕なりにブレイクダウンしてみる」くらいだから、果たして元記事の方にはどんなバカげた戯言が並んでいるのかと期待して見に行ったら、案の定、滑稽なまでに底が抜けたバカ丸出しの愚劣な代物であった。


一つは、最近の若者の「起業」が少ないのではないか、という話題です。お二人の対談では、勝間さんは「若者の起業が少ないのは良くない」という立場、これに対してひろゆきさんの方は「起業するしないは本人の自由。カネのある高齢者が起業して若者を雇用するのでも一向に構わない」という意見だったようです。表面的には、勝間さんは個人の幸福度を上げるには、個人の経済的自立と精神的な独立が重要という価値観を前提として整然な理論を展開しておられたのに対して、ひろゆきさんは前提を疑ったり崩すことによる精神的な自由度を重んじていたようでした。確かにこれでは話は噛み合わないのも当然でしょう。


勝間が「前提」としていたのは「個人の経済的自立」だの「精神的な独立」だのといったことではない。この浮かれた電波芸者「前提」としていたものは、既に世の中に流布され何時の間にか誰もが当然視するようになっていた概念に他ならない。それがたまたまここでは「若者の起業」であっただけの話であり、「Google化」にせよインタゲ(リフレだったか?)にせよ、この糞女がやっているのは常に流行に乗っただけの偽提言である(所詮はメディアが金儲けのために担ぎ上げただけの偽物だからそんなことくらいしか出来ない)。だからこの破廉恥なクソババアは自分が完全に正しいという「前提」の下に強気に出られたのであり、同じ理由からその「前提」を了としないひろゆきにあれだけイラついたのだ。勝間の愚かで傲慢な姿勢がひろゆきには丸見えであったからこそ、彼女と対峙するに当たって彼が為すべきことは「前提を疑ったり崩す」だけで十分だったのだ。


若者が起業しなければならない? 何故? 誰が起業したって構わない筈ではないか。そのための制度は既に用意されているし、年を取ってから起業する者も現実にいる。そもそも本当に起業なんかする必要があるのかというところからスタートすべきであるのに、このような決め付けを行ったのはいったい誰か? それはバブル後の経済停滞、不況による就職難、Silicon Valleyに次々と生まれる新会社、新しい産業創出の必要性などといった、これまで繰り返しヒョーロンカや御用学者マスコミを通じて叫びまくってきたお題目を聞いて、すっかりそれが「前提」であるかのように錯覚してしまったお前らバカに他ならない。バカこそが偽物電波芸者の力の源泉である。


結局それは八紘一宇と同じだ。特攻隊のような軍事的効果に乏しい馬鹿げた戦術に若い命を散らさねばならなかった者に対して「お国のために立派に死んで来い」と言わざるを得なかった時代と同じく、原因は日本人そのものにあり、それを言葉のせいにしてみたりするのは愚劣な摩り替えである。そんなものに踊らされることなく、鮮やかに相手を自爆に誘導してみせたひろゆきが偉いのだ。


最終的に勝間さんはひろゆきさんのアプローチに対して「自分が絶対正しいという感じで上から言われている感じ」という感想を漏らしていたのです。この「上から言われている感じ」というのが、たぶん重要なのだと思います。これは、勝間さんがどうとか、ひろゆきさんがどうという話ではなく、日本語の特質だと思うからです。日本語というのは、人間関係の調和が前提となってできている言語です。まず関係性を規定して上下の敬語や遠近の丁寧表現を使ってコミュニケーションのフレームを作り、更に前提となる共有情報は主語でさえどんどん省略して会話全体を小さな謎掛けと謎解きで構成することで、ネバネバした親近感へ巻き込んで行くのです。


「上から言われている感じ」など全然「重要」ではない。「自分が絶対正しいという感じで上から」ものを言っていたのはむしろ勝間の方であり、それが通用しなくなったとき、このクソババアは卑劣にも自らの姿を相手に投影してそう言ったのである。これも一種の「語るに落ちる」に他ならない。この部分をヒントにこのバカは愚かな持論を展開しているが実にバカげたトンデモ論である。両者の対談内容に「日本語の特質」など全く関係ない。そんなものは言語の専門家に任せておけば良い。「日本語というのは、人間関係の調和が前提となってできている言語」かどうかなど、どうでもよい。そうではなく、日本人が「人間関係の調和」「前提」として社会を形成しているだけの話だ。それが神との契約を「前提」とする欧米人との大きな違いである。


「敬語や遠近の丁寧表現」によって「関係性を規定」することと合意形成とは別の話だ。会議のやり方を見れば分かるとおり、日本人に求められているのは恰も全員の考えが一致しているかのように振舞うことであり、その点において「上下関係」はない。逆にそんなものはあってはならないのだ。何故なら「みんなで決めた」のだから。その場の空気を支配することに成功しさえすれば、社会的「上下関係」とは別に、世論をある方向に導くことすら可能であり、しかも一旦形成されてしまえば責任の所在がどこにあるのか全く分からなくなってしまうというのが我々の社会の特徴である。この点からも「上下関係」などないことは自明であり、こんなものを持ち出すのは、自らを被害者の立場において責任を回避しようという姑息で卑怯な欲望がこのバカにあるからに過ぎない。それは戦争責任軍部に押し付けて何の反省もしなかったこの国の態度と同じであり、だからこそ相も変わらずこうして同じことを繰り返しているのだ。


そんなわけで、確かにネットの世界が匿名ばかりというのは陰湿な印象を与えるのですが、仮に実名が原則になったとしたら、もっと陰湿になる可能性もあるわけです。それは日本人や日本社会が劣っているとか未熟だという問題ではなく、日本語にある上下関係の規定性から来る問題なのだと思うのです。例えばツイッター(私は時差の問題もあってまだやっていませんが)が比較的実名に近い運用で上手く行っているのは、相互に「仲良く承認し合った」関係だけに閉じることができるので、コンフリクトが排除できているからだと思います。


「もっと陰湿になる可能性もある」のは「日本語にある上下関係の規定性から来る問題」ではない。日本人そのものの問題である。キチガイみたいにバカな奴である。自分の言辞の矛盾に全く気が付いていない様は愚劣という他ない。もしも 日本語が「上下関係」を生み出すのであれば、Twitter上にも忽ち「上下関係」を基にした序列が出来上がっている筈ではないか。どこにそんなものがあるんだ!? ああん!? 「仲良く承認し合っ」てみただけの「関係」において「コンフリクトが排除できている」とすればそれは単なる同調圧力に過ぎない。すなわち議論そのものの放棄である。意見を同一にしている限り、そこに「上下関係」は生じない。求められているのは皆が同じであるということだけだ。内容は関係がない。


お二人が、それぞれアプローチは違っても、日本社会の現状に関して真剣な考察を続けていることもありますが、何と言っても「多少のひっかかりのある」生々しい議論のやり取りがそのまま公開されたことの意義は大きいと思います。


いいや、何の「意義」もなかった。それを証明しているのがこのバカ自身による戯言であることは屁をこくより明らかだ。バカは何を見てもバカなことしか言えないという見本のようなバカである。

tamamusitamamusi 2010/05/23 00:09 酔眼で一瞥した限りでは、本論には極めて共感できる。議論には勿論粘り付く諸々の感情や社会性の圧力はあれども、あくまで論理の立場に立つのが公正。言語の根拠である国民性自体を問うのはひろゆきの論法。これに苛立ったら勝間状態必至ですぅ。トゥィッターはやってないから分からんけど、スノウホワイト&七人のコビトみたいな胡散臭さは感じますぅ。どもども。

sorairo3gosorairo3go 2010/05/23 02:39 ああ。スカッとさわやかシーブリーズ。

香山リカは、クソ真面目に竹槍で立ち向かって玉砕したけど
ひろゆきは「無責任で無関心な若者」という
肉の部分を切らせることで
勝間の粗鬆な骨を断った。
と思っていたのですが
このやり取りに対するネット上の意見を読んでると

「ひろゆきは所詮ニートの勝ち組」だの
「勝間がイラつくのは、ひろゆきの喋り方のせい」だの
挙げ句は、「勝間はホリエモンを見習え」だの

正気か!!!
みなさんいったい、何を見てらっしゃるのかしら。な様相。

↑コレ読んでも、まだわからん人もいるんでしょうねぇ。

peppers_whitepeppers_white 2010/05/26 23:13 そんなひろゆきはヨハネスブルグに取材に行き勝間は行かないということになってるのよね

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