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消毒しましょ! RSSフィード

2011-07-03

性行為は本質的に侮辱である。


今日も今日とて下劣で恥知らずなロリがどこかで穢えチンポをおっ立てながら言い訳にもならない戯言を喚いているに違いないが、残念ながらロリを正当化するのは100%不可能である(残念なのはオレじゃねーよ?)。何故ロリがいかんのか。Twitterで喚きたてているヒステリー女どもは恰も「悪いから悪い」と言わんばかりの態度であるがバカ丸出しと言わざるを得ない。これでは逆に「良いから良いのだ」と言い返されるだけである。事実、@dcopcoとかいうバカも「こどもへの性虐待、強姦動画じゃない児童ポルノなら存在してもいい」などと言ってこの戦法を採っていた。例外を設けただけで言っていることは「良いから良い」と何ら変わらない。こんなやり取りをしていても平行線を辿るだけ、哀しいかなバカ同士の会話と言うのはこういうものである。


ロリを禁じる理由として真っ先に上げられる答えは児童虐待だからというものであろう。それはそうだが、それだけでは不十分である。何故か。児童虐待とはつまり大人と子供の権力関係や知識・経験の差を利用した行為であるが、そのような関係は別に虐待ならずとも躾・教育・指導等々、大人−子供間において多々存在するからだ。幼児期に悪戯をされた女性が後になってその意味を知り激しい憤りと憎悪を感じるといった話はネットにおいてもよく散見されるが、もしもこれが挨拶などの善行であったならその女性は成長後にそれを思い起こしたとしても別に怒りは感じないだろう。それは児童虐待とは呼ばれないだろう。しかるべきときにすべき行動を未だ知らない子供に対して、それを知っている大人が何かをしたとしても、それが直ちに虐待に繋がるわけではない。両者を隔てるものは何かと言えば、それは関係性ではなく行為の意味にあることは疑いようもない。


結論から言うと、何故ロリがいかんのかと言えばそれは、SEXが本質的に侮蔑の意味合いを強く有しているからである。合意の上であるか否かに係わらず、性行為そのものが多分に侮辱的なのだ。このことを示す例は枚挙に暇がない。強姦は勿論、その最たるものである。強姦の目的が必ずしも性欲の解消にあるわけではないことなど昔からよく言われている。戦地においては老婆までレイプされている。まさか軍服を着た途端に性癖がババ専に変化してしまうわけはないから、その目的が敵に対する侮辱にあることは明白である。他にもSEXが侮辱の意味を持っていることは、例えば下記のような事例からも分かる。


「Lie to me」で、「人はムカつく奴の事について喋ってるとき無意識に中指をたててる」的なのがあったんだけど、日本だとそもそも別に中指たてる=ファッキン!が(一応知られてはいるけど)浸透してないからそれ成立しないよな。どうなるんだろう。Fri Jun 10 18:37:35 via ついっぷる/twipple




「Fuck」という言葉、その仕草が侮辱の意味を持っていなければ上記の行動は無意味である。また、ここにあるような事例は性行為において女が恥辱に塗れた表情を浮かべることを男が欲していることをよく表している。喜んで性行為に応じるときでさえ女が一応恥ずかしげな素振りを示すのは、このような意味合いを内面化しているか、あるいは男の欲望に対してサービス精神を発揮しているに過ぎない。他方、男が女をイかそうと努めるのはサービス精神ではなく単に征服欲を満たしたいだけであり、即ちそれは侮辱である。かように男は女を陵辱したいのであり、別にそんな気などなかったとしても性行為自体がそのような意味合いを多分に有しているのだから、例え仲睦まじくSEXしていたとしても、やっている行為にはどうしようもなくそのような側面が表れてくるのである。痴女モノのような事例も性行為に含まれる侮蔑を論ずるに当たって何の障害にもならない。人には苛めたい欲求もあれば時には苛められたい欲求も存在するというだけの話である。痴女だってファンタジーの一例に過ぎず、仮に女が涎を垂らして男を襲うなどして、その様が余りにもノリノリであれば男は萎えるし、その際における女の態度もまた侮辱である。


ことほどかようにSEXというものは本源的に侮辱行為という側面を有しているのであるが、どうしてこのようなことになったかと言えば、それは男の性欲が女の肉体、つまり物質によって喚起されるよう仕向けられているからである。女の肉体に限らず、靴下フェチなどのFeticismやホモの同姓に対する欲求においても物質であることには変わりない。仮に男が女の人格によって性欲を喚起されるのであったならば、このような事態にはならなかったろう。ポルノに限らずとも我々の周りにはありとあらゆる形で胸や腰や足など女の肉体がさりげなく強調されており、これによって男は女の肉体に向かって欲情を催すよう訓練される。上記の靴下フェチは性教育の失敗に他ならない。そしてロリもその一形態である。一般のエロ本に感化されるが如く、ロリものによって幼女の肢体に性欲を喚起されられてしまう輩も出てくる。だからそんなものの存在は出来るだけ排除しておいたほうが良いのである。幼女自体の存在まで排除することは不可能であるから、完全にロリ性癖を根絶することは不可能であるが、少なければそれに越したことはない。


(こう言うと直ぐに、表現物は女の目にも入るのだから、その理屈では女は全員レズになってしまうなどと屁理屈を捏ねるバカが出てくるに決まってるから先に言っておくが、我々はそれが誰に対して発せられたメッセージであるかを間違えたりはしない。隠されたメッセージほど正しく相手に届くものだ。)


話が逸れたが、要はそういうことである。性行為が侮蔑の意味合いを持っているからこそ、幼児期に悪戯された女性はその意味を知って自尊心を傷つけられるのであり、行為にそのような意味が付されていなかったならばそうはならない。従って、SEXなど本来はそれを踏まえた上で大人同士が行うものであるべきであり(別に成人でなければ絶対にダメとまでいう気はないが)、その欲望を子供に向けるなどと言う行為は決して看過できるものではないのである。つーわけでロリがこの世に存在できる理由はなにひとつない。それが可能であるとしたらそれは性行為から侮辱の意味合いを取り除くことが出来たときのみである。それは全人類的に性の意味を根本から変えねばならないことを意味する。そんな方法は今のところない。よってロリは全員死ね。


 

AntiSepticAntiSeptic 2011/07/03 14:32 http://b.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110703#bookmark-49395726
id:ohnosakiko 性 消毒さんも「女を陵辱したいのであり、別にそんな気などなかったとしても性行為自体がそのような意味合いを多分に有している」正直だ/男がそう「訓練」されてきた理由は?それを書いてよ”参照:岸田秀”でいいから 2011/07/03

岸田が書いているではありませんか。マンコだけ濡れてもチンポ勃てなきゃ人類は滅んじまうからですよ。女は性欲が何だか分かりません。だからBLには男しか登場しないの。

http://b.hatena.ne.jp/simplemind/20110703#bookmark-49395726
id:simplemind 男の性欲が「女の肉体によって」喚起される→女が侮辱と感じる(体が目的なのね!)→倒錯が起きる→男の性欲が「女を侮辱することによって」喚起される→SEXが侮蔑の意味合いを持つようになる ってこと? 2011/07/03

こいつは相変わらずバカwww

Haaaa_NHaaaa_N 2011/07/03 17:47 妙な略し方すると混乱するからやめろ!
世界中のロリータちゃん死ねとか言ってると思うじゃねーか!

AntiSepticAntiSeptic 2011/07/03 18:20 ロリ以外そんなことは思わないwww

AntiSepticAntiSeptic 2011/07/04 06:31 http://b.hatena.ne.jp/hikigaeru-45/20110703#bookmark-49395726
id:hikigaeru-45 物質は侮辱の対象にならない。心をもった存在だから侮辱の対象になりえる。男が女の心を無視し肉体にのみ欲情するのなら、そこに侮辱の意図はないことになる。つまり、性行為は本質的に侮辱を意図しない侮辱である。 2011/07/03

つhttp://d.hatena.ne.jp/simplemind/20110703/p1#c1309680841

AntiSepticAntiSeptic 2011/07/04 21:45 http://b.hatena.ne.jp/peppers_white/20110704#bookmark-49395726
id:peppers_white # |ω・)…… レイプならともかく生殖行為自体にそれはねえよ 2011/07/04

「生殖行為」の意味を論じているのに「生殖行為自体」を云々するバカwww

ohateohate 2016/07/25 22:27 侮辱も性行為も、どちらも快楽を求めてする行為の一種であるが、どちらかがどちらかを必要とするわけではない。

侮辱の方法は様々で性的侮辱はその手段の一つに過ぎず、性的快楽獲得方法も様々で侮辱はその手段の一つにすぎない。

大人の男に幼女では暴力的な行為にまったく抵抗できないどころか不満さえ口にできないだろうし恐怖そのものだろう、ただでさえ他人の大人の男には幼女や少女は怖がることが多いのだから…とふつうの大人は思うので、幼女を対象にした性的表現には恐怖を感じる。

いろいろな表現規制に関する議論はその単純で当然の警戒心が前提になるべきであって、実際理性ある人々はそれを前提としているから、強力効果論の是非などが問われている。

ただ、性道徳・性秩序の維持という、たとえば道端でなぜ裸になると犯罪になるのか?といった慣習に基づくあまり根拠を問うても仕方ないルールの問題として許され難いのであれば、そういう意味で人々の通念を勘案して規制する、読みたい側描きたい側は人々に訴えうる作品を示すしかない、という話。それなら刑法175条で良いのではないかと思うのだが…。

ともかく、このように単純なことであって、性行為一般についてこのような誤った議論を展開するのは話をこじらせるだけではないか。あまり理屈で「意味」を語られても、理屈は理屈で覆されうるのだから観念論で正否を断じられては不安が増すばかりだ。それよりも事実に即して単純に現実の問題として論じたい。

また大人なら侮辱は許されるというのは通らない。大人で侮辱行為のやり取りを趣味とする者はいるだろうが、そういう趣味を持つ者の権利を重視してそういう行為に一切興味もなく、そういう目で異性の他人を見る者がいるのは耐え難い、そういう人間を生み出しかねずまたそういう者の欲求に応える表現は許されない、という論は立てられる。現実的でないので等閑視されるだろうが。

ohateohate 2016/07/25 22:45 「援助交際」が一種の不良行為として問題にされ、この問題とはまったく扱われ方が異なるのは、中高生にもなればある程度自分で判断もできるし親にも積極的に逆らうようになる、うるさく言われたくなくなる、冒険もしたい、自分だってあの頃はそうだった…そう思う大人が多いからだ。

児童買春に関する扱いは、一方は抵抗できないであろうかよわいものの保護から、もう一方は不良行為で後々大きな悔いを残す過ちをせずに済むように騙されたりしないようにという老婆心から来ている。

だから実際は18歳未満を児童としているが、こと性的な事柄についての扱いは、小学生以下と中学生以上とでは違う意味合いだ。もちろんこの切り替わる部分は曖昧で、両方の成分があるだろうが。

いずれにせよほとんどの大人は、自分の子だろうと他人の子だろうと、よき青春を謳歌し、熱く充実した日々を送れよと祈っている。

すべてはそこから発するものでしかなく、大人同士が寄り添う喜びまで十把一絡げにたたっ切って性行為一般を悪趣味一色とみなすのはそれこそ侮辱的だ。個人的な性嫌悪の感覚を理論的に正当化するダシとしてこのような論を張ったようにすら見える。

ohateohate 2016/07/25 23:04 追記:
侮辱の根拠として濡れ場の表情画像を引用しているが、ああした表情は様々に解釈される。

まず眉をひそめゆがんだような表情は、苦痛や恥辱に耐える表情とは限らない。
おいしい菓子とかうまいものを食べた時から性的快楽まで、快感の波が激しい時は人間は苦痛に耐えるような表情になる。

また頬に赤みが差した表情ばかりだが、これは恥じらいによる紅潮とは限らない。
当たり前だがこうなるのは熱が出ている時、興奮している時など様々だ。
もちろん異性の興奮した表情を見ると人間は性的に興奮する。

恥辱によって赤くなった顔にさせたいという欲求があるとして、それはサディスティックな感性だけでなく、興奮して紅潮しているのと似た表情を眺めたいという欲求とすり替わっている可能性がある。
こうした倒錯というか混同に基づく行為の可能性は、相手の顔が苦痛にゆがむと興奮する、というタイプにも言える。
実は興奮の表情を欲しているのだが、形さえ手にはいれば原因が別でも構わないという身勝手なあり方だ。
例に挙げられている表情は、作り物の画像、イラストなのだから、本気で恋愛している表情という設定の可能性もあろう。

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