2010-10-21
辞世の句 戦国ver.
赤松義村(あかまつ よしむら) ? 〜1521
立ちよりて影もうつさじ流れては 浮世を出る谷川の水
※これは厳密には辞世の句ではないが、播磨室津に幽閉されていた彼は、死の直前にこの歌を吟じたことから、辞世の句代わりとみなした。
明智光秀(あけち みつひで) 1528〜1582
順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元
七顛八倒 四十年中 無他無自 四大本空
足利義輝(あしかが よしてる) 1536〜1563
尼子勝久(あまご かつひさ) 1553〜1578
都渡劃断す千差の道 南北東西本郷に達す
天野隆良(あまの たかよし) ? 〜1551
不来不去 無死無生 今日雲晴れて 峰頭月明らかなり
安国寺恵瓊(あんこくじ えけい) ? 〜1600
清風払明月 明月払清風
伊香賀隆正(いかが たかまさ) ? 〜1555
思いきや千年をかけし山松の 朽ちぬるときを君に見んとは
石川五右衛門(いしかわ ごえもん) ? 〜1594
石川や浜の真砂子はつくるとも 世に盗人の種はつくまじ
石田三成(いしだ みつなり) 1560〜1600
筑摩江や芦間に灯すかがり火と ともに消えゆく我が身なりけり
伊丹道甫(いたみ どうほ) 1562〜1625
あたの世にしばしが程に旅衣 きて帰るこそ元の道なれ
今川氏真(いまがわ うじざね) 1538〜1614
なかなかに世をも人をも恨むまじ 時にあはぬを身の科にして
悔しともうら山し共思はねど 我世にかはる世の姿かな
上杉謙信(うえすぎ けんしん) 1530〜1578
極楽も地獄もともに有明の 月ぞこころにかかる月かな
極楽も地獄も先はありあけの 月の心にかかるくもなし
四十九年一夢の栄 一期栄花一盃の酒
四十九年夢中酔 一生栄耀一盃酒
宇喜多秀家(うきた ひでいえ) 1572〜1655
み菩薩の種を植えけんこの寺へ みどりの松の一あらぬ限りは
大内晴持(おおうち はるもち) 1524〜1543
大内を出にし雲の身なれども 出雲の浦の藻屑とぞなる
大内義隆(おおうち よしたか) 1507〜1551
さかならぬきみのうき名を留めをき 世にうらめしき春のうら波
討人も討るゝ人も諸共に 如露亦如電応作如是観
大内義長(おおうち よしなが) ? 〜1557
誘ふとてなにか恨みん時きては 嵐のほかに花もこそ散れ
大嶋澄月(おおしま すみつき) ? 〜1565
澄む月の暫し雲には隠るとも 己が光は照らさゞらめや
大嶋照屋(おおしま てるいえ) ? 〜1565
仮初めの雲隠れとは思へ共 惜しむ習ひそ在明の月
太田隆通(おおた たかみち) ? 〜1551
大谷吉継(おおたに よしつぐ) ? 〜1600
契りあれば六つの衢に待てしばし 遅れ先だつことはありとも
岡部隆豊(おかべ たかとよ) ? 〜1551
白露の消えゆく秋の名残とや しばしは残る末の松風
岡谷隆秀(おかや たかひで) ? 〜1551
織田信孝(おだ のぶたか) 1558〜1583
むかしより主をうつみの野間なれば むくいを待てや羽柴筑前
小幡義実(おばた よしざね) ? 〜1551
宝剣を呑却して名弓を放下す 只斯の景のみ有り一陣の清風
垣並房清(かきなみ ふさきよ) ? 〜1555
勝敗の迹を論ずること莫かれ 人我暫時の情一物不生の地 山寒うして海水清し
蒲生氏郷(がもう うじさと) 1556〜1595
限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春の山かぜ
蒲生大膳(がもう だいぜん) ? 〜1600
まてしばし我ぞ渉りて三瀬川 浅み深みも君に知らせん
吉川経家(きっかわ つねいえ) 1547〜1581
武夫の取り伝へたる梓弓 かへるやもとの栖なるらん
木付統直(きつき むねなお) ? 〜1593
熊谷直之(くまがい なおゆき) ? 〜1595
あはれとも問ふひとならでとふべきか 嵯峨野ふみわけておくの古寺
黒川隆像(くろかわ たかかた) ? 〜1551
夢亦是夢 空猶是空 不来不去 端的の中に在り
黒田孝高(くろだ よしたか) 1546〜1604
おもひおく言の葉なくてつひに行く 道はまよはじなるにまかせて
斎藤道三(さいとう どうさん) 1494〜1556
捨ててだにこの世のほかはなき物を いづくかつひのすみかなりけむ
斎藤義龍(さいとう よしたつ) 1527〜1561
三十餘歳 守護人天 刹那一句 佛祖不傳
相良義陽(さがら よしひ) 1544〜1581
※これは義陽の辞世ではないが、彼の死を悼んだ犬童頼安が墓前に献じた句である。
思いきやともに消ゆべき露の身の 世にあり顔に見えむものとは
佐久間盛政(さくま もりまさ) 1554〜1583
世の中をめぐりもはてぬ小車は 火宅のかどをいづるなりけり
佐々成政(さっさ なりまさ) 1539〜1588
この頃の厄妄想を入れ置きし 鉄鉢袋今破るなり
柴田勝家(しばた かついえ) 1522〜1583
夏の夜の夢路はかなきあとの名を 雲井にあげよ山ほととぎす
島津歳久(しまづ としひさ) 1537〜1592
晴蓑めが玉のありかを人とは々 いざ白雲の末も知られず
島津義弘(しまづ よしひろ) 1535〜1619
春秋の花も紅葉もとどまらず 人も空しき関路なりけり
清水宗治(しみず むねはる) 1537〜1582
少弐政資(しょうに まさすけ) 1441〜1497
花ぞ散る思へば風の科ならず 時至りぬる春の夕暮
善しやただみだせる人のとがにあらじ 時至れると思ひけるかな
陶 晴賢(すえ はるかた) 1521〜1555
なにを惜しみなにを恨まんもとよりも このありさまの定まれる身に
諏訪頼重(すわ よりしげ) 1516〜1542
おのづから枯れ果てにけり草の葉の 主あらばこそ又も結ばめ
高橋鑑種(たかはし あきたね) 1530?〜1579
末の露もとの雫や世の中の おくれさきたつならひなるらん
高橋紹運(たかはし じょううん)1548〜1586
流れての末の世遠く埋もれぬ 名をや岩屋の苔の下水
かばねをば岩屋の苔に埋みてぞ 雲ゐの空に名をとゞむべき
武田勝頼(たけだ かつより) 1546〜1582
朧なる月もほのかに雲かすみ 晴れてゆくへの西の山の端
武田信玄(たけだ しんげん) 1521〜1573
大ていは地に任せて肌骨好し 紅粉を塗らず自ら風流
武田信勝(たけだ のぶかつ) 1567〜1582
あだに見よ誰も嵐の桜花 咲き散る程は春の夜の夢
※「あたに見よたれもあらしのさくら花 さきちるほとははるのよのゆめ」(柏尾山大善寺蔵『理慶尼記』)
立花道雪(たちばな どうせつ) 1513〜1585
異方に心ひくなよ豊国の 鉄の弓末に世はなりぬとも
曇りなき心の月を先立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く
筒井順慶(つつい じゅんけい) 1549〜1584
根は枯れし筒井の水の清ければ 心の杉の葉はうかぶとも
筒井定慶(つつい じょうけい) ? 〜1615
世の人のくちはに懸る露の身の 消えては何の咎もあらじな
豊臣秀次(とよとみ ひでつぐ) 1568〜1595
月花を心のままに見つくしぬ なにか浮き世に思ひ残さむ
豊臣秀吉(とよとみ ひでよし) 1536〜1598
つゆとをちつゆときへにしわかみかな なにわの事もゆめの又ゆめ
露とちり雫と消える世の中に 何とのこれる心なるらん
鳥居景近(とりい かげちか) ? 〜1573
先立ちし小萩が本の秋風や 残る小枝の露誘うらん
鳥居勝商(とりい かつあき) 1540〜1575
我が君の命にかわる玉の緒を 何に厭ひけん武士の道
長野業盛(ながの なりもり) 1546〜1563
春風に梅も桜も散りはてて 名のみ残れる箕輪の山里
中村文荷斎(なかむら ぶんかさい) ? 〜1583
契あれや涼しき道に伴いて 後の世までも仕へ仕へむ
新納忠元(にいろ ただもと) 1526〜1610
さぞな春つれなき老とおもうらん ことしも花のあとに残れば
二条良豊(にじょう よしとよ) 1536〜1551
秋風や真葛原に吹き荒れて 恨みぞ残る雲の上まで
祢宜右信(ねぎ みぎのぶ) ? 〜1551
風荒み跡なき露の草の原 散り残る花もいくほどの世ぞ
野上房忠(のがみ ふさただ) ? 〜1557
生死を断じ去って 寂寞として声なし 法海風潔く 真如月明らかなり
波多野秀尚(はたの ひでなお) ? 〜1579
おほけなき空の恵みも尽きしかど いかで忘れん仇し人をば
波多野秀治(はたの ひではる) ? 〜1579
よはりける心の闇に迷はねば いで物見せん後の世にこそ
平塚為広(ひらつか ためひろ) ? 〜1600
名のためにすつる命は惜しからじ つひにとまらぬうき世と思へば
別所友之(べっしょ ともゆき) 1560〜1580
命をもおしまざりけり梓弓 すゑの世までも名の残れとて
別所長治(べっしょ ながはる) 1558〜1580
今はただ恨みもあらじ諸人の いのちに代はるわが身と思へば
別所治忠(べっしょ はるただ) ? 〜1580
君なくば憂き身の命何かせむ 残りて甲斐の有る世なりとも
北条氏照(ほうじょう うじてる) ? 〜1590
天地の清き中より生れ来て もとのすみかにかえるべらなり
北条氏政(ほうじょう うじまさ) 1538〜1590
吹くとふく風な恨みそ花の春 もみぢの残る秋あればこそ
雨雲のおほへる月も胸の霧も はらひにけりな秋のゆふかぜ
我身いま消とやいかにおもふべき 空より来りくうに帰れば
細川高国(ほそかわ たかくに) 1484〜1531
※これは高国の残した辞世の句のうち、伊勢国司北畠晴具に贈った句である。
絵にうつし石を作りし海山を のちの世までも目かれずや見ん
※これは高国の残した辞世の句のうち、徳大寺実淳・三条西実隆に贈った句である。
なしといひありと又いふことの葉や 法のまことの心なるらん
前野長康(まえの ながやす) ? 〜1595
限りある身にぞあづさの弓張りて とどけまいらす前の山々
松井康之(まつい やすゆき) 1550〜1612
やすく行道こそ道よ是やこの これそまことのみちに入けり
三浦義同(みうら よしあつ) ? 〜1516
討つ者も討たるる者も土器よ くだけて後はもとの塊(つちくれ)
三浦義意(みうら よしおき) ? 〜1516
君が代は千代に八千代もよしやただ うつつのうちの夢のたはぶれ
右田隆次(みぎた たかつぐ) ? 〜1551
末の露本の雫に知るやいかに つひに遅れぬ世の習ひとは
三原紹心(みはら じょうしん) ? 〜1586
うつ太刀のかねのひゞきは久かたの 天津空にも聞えあぐべき
三村元親(みむら もとちか) ? 〜1575
人といふ名をかる程や末の露 消えてぞ帰る本の雫に
宮原景種(みやはら かげたね) ? 〜1587
逃るまじ処を兼て思い切れ 時に至りて涼しかるべし
※これは島津日新斎の歌であるが、彼はこの歌を吟じた後敵中に斬り込み討死したことから、辞世の句代わりとみなした。
三好長治(みよし ながはる) 1553〜1577
三好野の梢の雪と散る花を 長治とやは人のいふらむ
三好義賢(みよし よしかた) 1527〜1562
草枯らす霜又今朝の日に消えて 報のほどは終にのがれず
宗像氏貞(むなかた うじさだ) 1545〜1586
人として名をかるばかり四十二年 消えてぞ帰るもとの如くに
毛利元就(もうり もとなり) 1497〜1571
※これは元就の死に臨んで残した句ではないが、死の三月ほど前に吉田郡山城で詠んだ句である。
友を得て猶ぞうれしき桜花 昨日にかはるけふの色香は
※これは元就の句ではないが、彼の死を悼んだ道澄法親王の追悼の句である。
をしむ夜の月は入ても鷲の山 雲よりたかき名やはかくるる
薬師寺元一(やくしじ もとかず) ? 〜1504
めいとには能わか衆のありけれは おもひ立ぬる旅衣かな
山崎隆方(やまざき たかかた) ? 〜1555
ありと聞きなしと思うも迷いなり 迷いなければ悟りさえなき
冷泉隆豊(れいぜい たかとよ) 1513〜1551
みよやたつ雲も煙も中空に さそひし風のすえも残らず
※お市の方(おいちのかた) ? 〜1583
さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の 別れをさそふ郭公(ほととぎす)かな
※小野木重勝室(おのぎしげかつしつ) ? 〜1600
鳥啼きて今ぞおもむく死出の山 関ありとてもわれな咎めそ
※桂林院(武田勝頼室)(けいりんいん) 1564〜1582
黒髪の乱れたる世にはてしなき おもひに消ゆる露の玉の緒
※駒姫(こまひめ) 1577〜1595
うつヽとも夢とも知ぬ世の中に すまでぞかへる白川の水
罪をきる弥陀の剣もかかる身の なにか五つのさわりあるべき
※千 利休(せんの りきゅう) 1522〜1591
ひっさぐる我が得具足の一つ太刀 今此時ぞ天に抛つ
※鶴姫(つるひめ) 1526〜1543
わが恋は三島の浦のうつせ貝 むなしくなりて名をぞわづらふ
※徹岫宗九(てっしゅう そうきゅう) 1480〜1556
殺仏殺祖 遊戯神通 末期一句 猛虎舞空
※細川ガラシャ(ほそかわ がらしゃ) 1563〜1600
ちりぬべき時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ
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