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2007-09-29

[]兵士が日記など書くはずがないと主張する人々

9月26日のエントリにhigetaさんからトラックバックを頂戴しています。ひょっとすると「南京の真実 情報交換掲示板」でのやりとりをご覧になったのかもしれません。「さるおかた」氏はついに“従軍中の兵士が日記を付けていたはずがない”とまで言い出しました(スレッド134)。否定派の最新刊、東中野修道の『再現 南京戦』(草思社)にだって兵士の陣中日記は引用されている(もちろん、否定論の根拠として)のに、なぜこんな無茶なことを言い出したのか? そのネタ元はこちらです。

http://www.history.gr.jp/~nanking/moriou.html#07

森王琢氏は第16師団歩兵第20聯隊の中隊長(後に大隊長代理)として南京攻略戦に従軍した人物です。ゆうさんが最近発表された記事「「馬群」の捕虜殺害」では森王琢氏の否定論が俎上に載せられています。歩兵部隊の中隊長といえば率いる部下は200名弱、日常的に兵士と接触する立場であり、少なからぬ兵士たちが日記をつけていたことを知らないはずがありません。都合の悪い証言を無視するための方便であることは明白でしょう。もとより戦地での日記ですから多くの場合記述も簡単で、だとすれば必要な筆記具などたかがしれているわけです。「その中へ一体何冊のノートを入れていったのか?」などという問い自体ナンセンスでしょう。

zyugemzyugem 2007/09/29 20:25 兵士の日記という点で思い出したのですが,確か新兵の教育段階で日記を書かせ,それを上官が点検すると言うことをしていたはずです。また,中国で従軍した僕の祖父も陣中日誌を継続的に付けていました。日記の習慣を続けている兵士が少なからず居たということは,なんら不自然な点ではないんですがねぇ・・・

higetahigeta 2007/09/29 21:00 そうなんです。その掲示板をふまえて、書きました。
兵士が日記を書けるはずがないという見解がある一方で、
多くの日記が実在し刊行され、多くの研究で引用されている現実があるわけですね。
常識をもってすれば、判断できるはずですが、唖然です。

何の根拠もなく疑えば、あらゆるものが疑えてしまう。
矢鱈に疑って負荷をかける。修正主義的心性の典型ですね。

kurabonekurabone 2007/09/29 21:06 「従軍中の兵士が日記を付けていたはずがない」って……この前、山本武利の『日本兵捕虜は何をしゃべったか』を読んでたんですが、前線で日記を付ける日本兵が非常に多いこと(しかも機密情報を含んでいた)に、米軍は驚いたらしいですね。戦時情報局がそれについてのレポートまで作成したほどの日本軍独特の習慣だというのに……

pipipipi 2007/09/29 21:06 これってもともと、朝日vs都城連隊の中の宇和田日記の話でしたかね。
「戦場の兵隊が、インクで日記を書くわけがない」って。

それがいつの間にやら「戦場の兵隊が、日記を書くわけがない」って
話に化けたんでしょうか?

森王琢さんのページを見ましたが、よしりんの劣化コピーのような印象を受けました。
逆のはずなんだけど(笑)

ApemanApeman 2007/09/29 21:47 zyugemさん

>確か新兵の教育段階で日記を書かせ,それを上官が点検すると言うことをしていたはずです。

これは士官学校でのはなしではなかったでしょうか。ちょっと調べてみます。

higetaさん
やはりそうでしたか。ありがとうございます。ちなみに、朝香進一氏の『初年兵日記』は私ももってます。そういえば今年も、第101師団の兵士の日記が新たに出版されてますね。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070624/p2

kuraboneさん
『日本兵捕虜は何をしゃべったか』はいい本ですね。私もこの本のことを思いだしました。

pipiさん
これですね。
http://203.141.130.66/~nanking/books_bungeishunju875.html

>連隊会「それはおかしいではないか。戦争をしている兵隊が毎日毎日、日記がつけられると思いますか!それに鉛筆書きならいざしらず、インクとは恐れいった。当時は、ペン書きするにはインク瓶からスポイトでインクを補充せねばならない時代だが、戦場へインク瓶を携行するなど考えられない。ましてや一兵士が戦場へカメラを持参するなどとんでもない話だ。将校ですらカメラを携行したものは1人もいない。

現に村瀬守保さんはカメラをもっていって写真を撮ったわけですが…。

higetahigeta 2007/09/29 22:24 もともと士官学校で行われていた日記教育が
新兵教育に応用されたのではないか、というのが
一ノ瀬俊也氏の説です。
(一ノ瀬俊也『近代日本の徴兵制と社会』吉川弘文館、2004、12頁)

◆軍隊教育実験会『新兵教育ノ実験』兵事雑誌社、1911
「新兵ハ昼間教練ニ多忙ナレドモ夜間ハ各班長ノ復習ヲ終レバ何等為スコトナシ故ニ各新兵ハ価格廉ナル手簿ヲ購ハシメ日々修得セル学術科ノ大要及所感等ヲ筆記セシメ後日ノ参考ニ資セシムルヲ要ス」
(一ノ瀬前掲書、11頁)

machida77machida77 2007/09/29 22:33 否定派の言う「ほとんど鉛筆書き」はまだしも「万年筆など時戦場には携行されているはずも無かった」というのは極論ですね(否定派はこの二つを同時に書いていますが、下手な印象操作です)。例えば軍事郵便でも万年筆で書いたものが多く残っていますし。下は満州の例ですが、この例に限らず当時の軍事郵便には万年筆を使ったものが多くあります。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/feature/0511/index6.shtml
さらにおかしいのは、この明らかに無理のある説がWebのあちこちで紹介されているということです。否定派は否定論のためになる主張であれば無批判に受け入傾向がありますが、この件もその例の一つと言えるでしょう。

ApemanApeman 2007/09/29 23:01 higetaさん
ご教示ありがとうございました。1911年というのが興味深いですね。吉田裕が「日露戦争後のこの時期は、独自の軍事思想や組織原理が軍の内部で確立した時期」(『日本の軍隊』)と評した時期ですね。

machida77さん
>否定派は否定論のためになる主張であれば無批判に受け入傾向

もう一つ、この種の説を主張する側(受けいれる側ではなく)に着目すると、とにかく目先の否定のためには全体の整合性など気にかけない、というのがあるように思います。

medapanmedapan 2007/09/30 02:39 >万年筆
ググって見たところ,1939年時点でスポイトを要しない吸入機構を備えた万年筆は既に商品化,普及していたようです.
http://k-pen.net/howto/rekishi/rekishi3.html

もっとも「戦場にインク瓶など携行できない」と言った時点でアウトでしょうが・・・.

>整合性〜
その矛盾に満ちた状況から映画を作らないといけないのだから,製作スタッフの苦労は相当な物でしょうね.

>apemanさん
日記の件でコメントしましたが,higetaさんが入れ違いで適切な資料を提示されていたので削除しました.失礼しました.

名無しさん名無しさん 2007/09/30 04:11 筆記具など、メモの道具を用意していない軍隊だなんて一体どんなボンクラ軍隊かと。
百人斬りの時には「日本刀は三人しか斬れないへっぽこ刀」と自虐かましてましたが今度”も”日本軍そのものを自虐的に扱いたいみたいですね。
(弾薬が足りない、石油が無い、輸送手段が無い日本軍はこんなにへっぽこです)

ApemanApeman 2007/09/30 09:31 >もっとも「戦場にインク瓶など携行できない」と言った時点でアウトでしょうが・・・.

仮に紛失し足りなくなったりしても「現地調達」という手があるわけですしね。

>百人斬りの時には「日本刀は三人しか斬れないへっぽこ刀」と自虐かましてましたが今度”も”日本軍そのものを自虐的に扱いたいみたいですね。

そういう例は実に多いんですよね、注意してみていると。「現在の価値観で過去を裁くな」も実はその類いで、この主張によれば70年前の日本人の道義的水準は随分と低かったことになってしまいます。

JodorowskyJodorowsky 2007/09/30 11:00 >「現在の価値観で過去を裁くな」

その手のもっともらしい事をいう人は、
「日本軍の軍紀は世界一厳正だった」とか「戦争とはそういうものだ」
みたいなことも言いますよね。エラクご都合主義というか。
小林よしのり氏の影響を強く感じます。

blackseptemberblackseptember 2007/09/30 12:31 ドラム缶運べない日本軍つーのもありましたわな。

ApemanApeman 2007/09/30 14:13 >小林よしのり氏の影響を強く感じます。

ある意味では逆に、その種の俗受けする論法を若い人向けにまとめてみせたのが小林よしのりだ、ってことなのかもしれませんね。

>ドラム缶運べない日本軍つーのもありましたわな。

その後兵站の記録は見つけたんですかねぇ…。

TekamonasandaliTekamonasandali 2007/10/01 03:22 >ましてや一兵士が戦場へカメラを持参するなどとんでもない話だ。将校ですらカメラを携行したものは1人もいない。

阿羅健一の本には、上海ではカメラを安く買えました、南京で梅一輪撮りますか、死体を撮りますなんてことが書いてあるのに、自分の推薦する本もちゃんと読んでないのかなぁ。

ApemanApeman 2007/10/01 10:33 森王氏の場合、自分(の部隊)を弁護することが最優先で、他のことにはあまり関心がないのかもしれませんね。
もう一つ、一兵卒だからといって二十歳過ぎたばかりの若者とは限らない、ってところも見落としてるんじゃないかな、と。予備役で招集されるまでにもう何年、十数年働いていたひともいるわけですからね。

げげげげ 2007/10/01 18:39 南京戦ではありませんが南洋諸島で玉砕した日本軍兵士は詳しい日記をマメにつけてた
人が多く、米軍が参考にしてたという話をよく聞きます。
戦後、多くの日記が米国から返還されましたね。

森王氏のHPはどうせ代理の人が書いてるのでしようし、本人がそういってたのか疑問です。

ApemanApeman 2007/10/01 20:59 げげさん

>米軍が参考にしてたという話をよく聞きます。

そのあたりは『日本兵捕虜は何をしゃべったか』にも書いてありますね。日本軍の情報に関する意識の低さをあらわす事例として、おっしゃる通りしばしばひきあいに出されています。

>森王氏のHPはどうせ代理の人が書いてるのでしようし、本人がそういってたのか疑問です。

そういえば「さるおかた」氏は日記を信じないくせに、このHPは信じるんですね(笑) 手書きの日記よりよほど捏造するのが容易なメディアですが。また一つダブスタ伝説が…。

tomojirotomojiro 2007/10/01 22:28 そもそも、日本の軍隊は日記を兵士に積極的に書かせることで有名(特異)だったと思うのですが。ジョン・ダワーだったか、戸部良一だったか、秦郁彦もそんなこと書いていたと思うのですが、米軍(およびヨーロッパの軍隊)の常識として戦死した死体から日記が回収され、敵に情報が漏れることを嫌って日記をつけることは厳禁だったはずです。

アメリカの軍事史などの本を読むと、日本の軍隊で教育の一環として日記を書かせ、それを上官が検閲して生活態度や考えを把握するという日本軍の教育方法は相当特異であったし、機密漏えい上からも考えられないものであったようです。

英文ですが、米軍で日本語の通訳および日本語文章の解読に当たっていたドナルド・キーン氏もまったく同じことを言っています(すみません、リンクは全文英語です)。
http://www.yomiuri.co.jp/dy/features/essay/20060318dy02.htm

特に次の箇所
Members of the American armed forces were forbidden to keep diaries, lest they reveal strategic information to whoever found them; but Japanese soldiers and sailors were issued with diaries each New Year and were expected to write down their thoughts each day. They were aware that they might be required to show their diaries to a superior, to make sure the writer’s sentiments were correct, so they filled their pages with patriotic slogans as long as they were still in Japan. But when the ship next to the diarist’s was sunk by an enemy submarine or when the diarist, somewhere in the South Pacific, was alone and suffering from malaria, there was no element of deceit. He wrote what he really felt.

ApemanApeman 2007/10/02 11:38 これは日本が「上からの近代化」を行なった社会だということと密接に関係していると思います。近代的な軍隊は、理念としては市民の自発的な意志によって軍紀を維持するのであり、戦争に際しては各兵士が戦争目的を理解し、納得し、自発的に命令に従うことを想定している。日本軍は兵士をそのようには信用していなかったので(これは散兵戦術の採用の遅れなどにも現われていますが)、「内面」を管理することを考えた。その手段が「日記」だということでしょうね。

ゆうゆう 2007/10/07 08:30 森王氏は、「彼(北山氏)はまた、自分は日記を書いたけれども、それは中隊長に検閲されるから差し支えのないことばかり書いた、と言っておりますが、戦場の中隊長は、兵士の日記を点検するほど暇ではありませんし、またどの兵士が日記を書いているかなんてことは判りません」とコメントしています。
「続・隠された聯隊史」によれば、北山氏は労農党福知山支部の結成に参加し、逮捕されています。釈放後も「危険分子」扱いで、「北山上等兵の゛前歴゛は、中隊の指導部によく知られていた。中隊長はおりにふれ、北山上等兵の陣中日記をチェックした」(P25)ということです。
森王氏はこれを、中隊長が全員の日記をチェックするわけがない、というイメージにすりかえてしまっているわけですね。

ApemanApeman 2007/10/07 09:26 >戦場の中隊長は、兵士の日記を点検するほど暇ではありませんし、またどの兵士が日記を書いているかなんてことは判りません」とコメント

別に200人の日記を毎日検閲したなどというはなしではもともとないわけですし、小隊長が3人に人事係の准尉がいるだろうが…とまあ簡単に反論を思いつく程度のものですが、信じたい人は信じちゃうんですね。
しかしこうも現代史の常識に反することを公言できてしまうという神経がわからんですね。

かつかつ 2015/09/25 13:48 だらだら、くだらん理屈を並べていますが。

万年筆で書かれた日記が濡れたら、どうなるか。

滲んで内容が読めなくなるよね。(笑)


万年筆で書かれた日記はニセモノで議論は終了ですな。


当時の背嚢は今みたいに防水加工されていないから行軍中に雨などで濡れて、中に日記が無茶苦茶になることはいくらでもある。

満州の手紙は万年筆で書かれていた?

満州は終戦直前までは戦闘がありませんかんらね、雨に濡れない兵舎で書いたんですよ、ばかばかしい。

かつかつ 2015/09/25 13:48 だらだら、くだらん理屈を並べていますが。

万年筆で書かれた日記が濡れたら、どうなるか。

滲んで内容が読めなくなるよね。(笑)


万年筆で書かれた日記はニセモノで議論は終了ですな。


当時の背嚢は今みたいに防水加工されていないから行軍中に雨などで濡れて、中に日記が無茶苦茶になることはいくらでもある。

満州の手紙は万年筆で書かれていた?

満州は終戦直前までは戦闘がありませんかんらね、雨に濡れない兵舎で書いたんですよ、ばかばかしい。

ApemanApeman 2015/09/25 17:44 浅知恵&二重投稿乙w

遜蘋遜蘋 2015/09/26 05:53 > 万年筆で書かれた日記が濡れたら、どうなるか。

酸化すれば紙に定着して滲まなくなると思うのですがね.

ApemanApeman 2015/09/26 09:11 遜蘋さん

本来の意味でのブルーブラックのインクだとそうなんですよね。
それに加えて、この阿呆が想像できずにいるのは、「何百万もいた日本軍将兵の多くが日記類をつけていた」ということの意味なんですよね。母数が膨大なんだから、その中には水に濡れて滲んでしまったものもあれば運良く大して濡れずにすんだものもあっただろうという、アタリマエのことなのですが。

とらこぞうとらこぞう 2015/10/04 08:48 10月5日(月)午前1時10分〜2時05分 読売テレビNNNドキュメント15「しゃべってから死ぬ 隠された陣中日記」

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