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2007-10-02

[][]小説をソースに慰安婦問題を論じるひと

ステージ風発

「慰安婦問題を再訪する??これでも「性的奴隷」だったのか。」

「慰安婦は性的奴隷ではなかった??伊藤桂一氏の名作が描く兵士と女性の交流」

いやもちろん、小説を史料として語ることのできる歴史の側面というのはあります。しかしこんな論じ方が許されるなら、南京大虐殺は石川達三の『生きている兵隊』一つをもって異論の余地なく立証される、と言ってしまえるでしょう。

伊藤桂一氏の小説は作者が慰安婦をどう認識していたか、作者の周辺の将兵が慰安婦をどう認識していたかをある程度(それがどの程度か、という点については考察が必要ですが)反映しているでしょう。この小説の受容史を調べれば、旧日本軍将兵が慰安婦をどのように考えたがっていたか、を知ることもできるでしょう。しかし、仮にこの小説の記述が作者の見聞した慰安所・慰安婦の実態を忠実に反映していたとしても、それはただ「それだけ」のことです。小説が描いていない部分が膨大にあり、古森氏は端的にそれを無視している、と。

arkanalarkanal 2007/10/02 14:55 こんにちは。初めてコメントします。以前から拝読しているのですが。性的快楽を享受したサイドからの証言でこの問題の反証になりうるというのが、「ファクト」派のお気楽なところです。ちなみに、ソ連赤軍のベルリン劫略は左右問わず異論がないところですが、性的快楽を享受した側からは別の証言も見られます。http://d.hatena.ne.jp/arkanal/20070325

ApemanApeman 2007/10/02 19:19 こんにちは。こちらこそ以前からブログは拝見しておりました。

>性的快楽を享受したサイドからの証言でこの問題の反証になりうるというのが、「ファクト」派のお気楽なところです。

と同時に、慰安婦問題否認派はなぜ「お気楽」と批判されるか理解できないんじゃないかと思います。彼らの主張は、被害女性のパースペクティヴからものを考えてみることを徹頭徹尾排除したときにのみ理解可能なものですから。

>性的快楽を享受した側からは別の証言も見られます。

ご教示ありがとうございます。まさに瓜二つのロジックですね。

monromonro 2007/10/02 19:40 「ほめてごまかすメソッド」に通じるものがありそうですね。あるいは「(謝罪すべきところを)感謝でごまかすメソッド」とでも言うべきでしょうか。

ApemanApeman 2007/10/02 22:12 たしかにその通りですね。「ほめてごまかすメソッド」の最大のメリットは、被害者に敬意を払うポーズをとりつつ自分を(ないし自分が感情移入する加害者を)免罪することを可能にしてくれる、というところにあるのでしょう。

Bill McCrearyBill McCreary 2007/10/02 23:46 「黙然日記」さんのところでも書きましたけど、1962年発表の小説まで引っ張り出してきて、「慰安婦は性的奴隷ではなかった」と執拗に主張する古森氏という人物には、あらためて驚かされます。しかし、こんな男を延々と雇用しつづける産経新聞という会社には、やはりもっと呆れます。これでも幹部の記者なんですからね。

それにしても、小説を史料に使うのなら、ブログの記事であってももう少し注意を払ってほしいですよね。ただ内容をかいつまんで引用して、「この作品はもちろんフィクションです。しかし往時の戦争という背景のなか、だれもが明日をも知れぬ日夜を過ごしていた特殊な環境の下での、男女のやりとりが現代の規範といかにかけ離れていたかは、よくわかるでしょう」ではねえ。いくらなんでもお粗末ではないでしょうか。

aaaaaa 2007/10/03 00:00 司馬遼太郎の小説の内容をすべて真に受けた人が多くて当の司馬氏が当惑していたそうですが。
小説は史実を一部カットしたり架空の部分を付け加えたりしているということが彼らにはわからないんでしょうかね。

ApemanApeman 2007/10/03 08:18 Bill McCrearyさん
コモリン流では、慰安婦が「性奴隷」状態にあったことを示す小説が一つあれば、それで「慰安婦=性奴隷」説が裏付けられたことになってしまう…ってことには気づいてるんでしょうかね。

aaaさん
知ってやっているのか、マジでそう思い込んでいるのか、判断に迷うことが多々あります…。

性戯の星性戯の星 2007/10/08 00:43 小説だから信憑性がない。なるほど。
元慰安婦の証言と河野談話を根拠とする説はもっと信憑性がないのでは?

ApemanApeman 2007/10/08 01:05 はあ? どこをどう読んだら「小説だから信憑性がない」という要約になるのか、また「小説だから信憑性がない」という前提からいかなる推論プロセスによって「元慰安婦の証言と河野談話を根拠とする説はもっと信憑性がないのでは?」という結論(修辞疑問だと判断しましたので)に到達しうるのか。深遠すぎて私にはちっとも理解できない性戯の星さんのご高説を承りたいものです。エロスパムコメントにしてはURLがないですしね。

性戯の星性戯の星 2007/10/08 01:51 では伊藤桂一氏の名作を歴史的第一級資料だとあなたは考えておられるのでしょうか。
元慰安婦の証言と河野談話を証明することのできる第一級資料は何があるのでしょうか。
‘小説をソースに慰安婦問題を論じるひと‘という表題をなぜつけられたのでしょうか。
明らかに小説の信憑性を否定していらっしゃるように思えるのですが。
それでいながら描いてない部分が膨大にあるとか、慰安婦に対する認識をある程度反映している
とか、作者の見聞した慰安所・慰安婦の実態を忠実に反映していたとしても、それはただ「それだけ」のことであるとか、あなたはこの小説をいったいどのように考えておられるのでしょうか。ご自身の意見に都合のよい小説、内容は資料とみなし、都合の悪いものは妄言と切り捨てられるのでしょうか。それとも貴方達の天敵
古森氏が引用したのが気に入らなくて、くさしているのでしょうか。かくたる証拠もなく、証言と河野談話をよりどころにしたなんてまるで痴漢冤罪事件のようですね。

ApemanApeman 2007/10/08 02:28 質問に対して質問で答えるんですか? しかしことの順序からいえばあなたが頼まれもしないのにこのエントリにケチを付けてきたわけですから、
・どこをどう読んだら「小説だから信憑性がない」という要約になるのか
・「小説だから信憑性がない」という前提からいかなる推論プロセスによって「元慰安婦の証言と河野談話を根拠とする説はもっと信憑性がないのでは?」という結論(修辞疑問だと判断しましたので)に到達しうるのか
をきちんと説明してください。それができないのなら、あなたはこのエントリが「気に入らなくて、くさしている」だけということになりますね。私は上記2点ともきわめて不当だと考えますので。私としては、このエントリを気に入らない人がくさすのはちっともかまわないのですが、くさす根拠を示せないのなら「このエントリの趣旨は正しかったのだ」という信念が強化されるだけのはなしです。あなたはこのエントリを読んで最初のコメントを書いたわけですから、上記2点を説明するにあたって追加情報は必要ないはずです。あなたがきちんと釈明されれば、それへの反論として私もあなたの新たな質問に必要に応じて答えるでしょう。

ApemanApeman 2007/10/08 11:23 はっきり申しあげると、あなたのコメントのうち「小説だから信憑性がない。なるほど」という一行を読んだだけで「アホがケンカ売りにきたな」と思わざるを得ないわけです。ケンカ売られるのはむしろ歓迎するんですが、それがピンポンダッシャーだったり、具体的な議論はなに一つできずに「今日はこれくらいにしといたろ」と吉本メソッドを炸裂させるやつだったり、こっちが言ってもいないことに反論しようとする脳内幻魔大戦ウォリアーだったり…というのにはもううんざりしているのです。ですから、あなたが説得力あふれる筆致で
・Apemanは「小説だから信憑性がない」と主張している
・「小説だから信憑性がない」という前提から「元慰安婦の証言と河野談話を根拠とする説はもっと信憑性がない」と結論できる
ことを説明してくだされば、私はあなたに最大級の敬意を払いつつお相手させていただくことを約束します。

ApemanApeman 2007/10/08 11:26 そうそう、

>‘小説をソースに慰安婦問題を論じるひと‘という表題をなぜつけられたのでしょうか。

これは私の要求への応答としては不合格です。表題だけでなく、本文もちゃんと読んでください。特に、私は

>いやもちろん、小説を史料として語ることのできる歴史の側面というのはあります。

と書いているにもかかわらず、“Apemanは「小説だから信憑性がない」と主張している”などという言いがかりをつけるのはなぜか、きっちり説明していただきたい。

性戯の星性戯の星 2007/10/08 22:41 Apemanさん
怒りにまかせたご対応ありがとうございます。あなた自身がご自身の申されていることに対して
矛盾を感じていられるのではありませんか。
>古森氏が引用したのが気に入らなくて、くさしているのでしょうか。<
ここのところがおきに触ったのでしょうか?アホだのケンカだの脳内幻魔大戦だの、おもしろいですね。
表題と内容に乖離があるなんて、ご自分で認められてるのですね。

ApemanApeman 2007/10/08 23:17 まるでぶりぶりくんのコピーみたいになってきましたね。要するに、私が問うたことには答えられない、ということですね? じゃああんたはもう終りです。
ちなみに、私が「きに触った」のは、あなたが引用した部分ではもちろんなく、

>ケンカ売られるのはむしろ歓迎するんですが、それがピンポンダッシャーだったり、具体的な議論はなに一つできずに「今日はこれくらいにしといたろ」と吉本メソッドを炸裂させるやつだったり、こっちが言ってもいないことに反論しようとする脳内幻魔大戦ウォリアーだったり…というのにはもううんざりしているのです。

と私が分類した「うんざりするネガティヴ・コメント」類型の二つにあなたがあてはまっているからです。

higetahigeta 2007/10/09 17:01 小説をもとに論じるというのは、
歴史学の研究成果を軽んじることの表明なのでしょうね。
秋月瑛二氏は、原田敬一『日清・日露戦争』(岩波新書・2007)が
『坂の上の雲』に言及していないことを不思議がっています。
http://akiz-e.iza.ne.jp/blog/entry/155263/

ApemanApeman 2007/10/09 18:46 higetaさん
結局性戯の星くんはピンポンダッシャーでもあった…ということが判明したので勝手にはなしをつづけることにしましょう。

>秋月瑛二氏は、原田敬一『日清・日露戦争』(岩波新書・2007)が
『坂の上の雲』に言及していないことを不思議がっています。

不思議だと思うのが不思議ですね。いまさら司馬批判でもないでしょうし。
このエントリで「小説を史料として語ることのできる歴史の側面というのはあります」と書いておいたように、歴史記述が小説を史料として有効に使える場面はもちろんあります。第1に、ある出来事についての社会の認知・受容を記述する場合です。『坂の上の雲』であれば、日露戦争についてのどのような表象が戦後日本で欲求されたか、ということを記述する際の資料には使えるでしょう(もちろん、使える、というのは不可欠ということではない)。『生きている兵隊』の場合、「検閲」の事実が南京大虐殺についてなにごとかを語っているわけです。
また、小説と現実との関係、すなわち作家の経歴や取材プロセスがはっきりしている場合には、公文書・日記その他の私文書・当事者の証言等に近い資料として使えることもあるでしょう。『生きている兵隊』はどの部隊の兵士に取材したかが中隊レベルで特定できるとのことですから、残虐行為のディテールや心理を記述するうえで参考にしうる資料になります。
しかし、それにしてもですね、

>では伊藤桂一氏の名作を歴史的第一級資料だとあなたは考えておられるのでしょうか。

などという問いを真顔で立てる神経はほんと想像を絶しますね。他に利用な資料がないケースならともかく、好き好んで小説を「歴史的第一級資料」にするバカはいませんよ。あっ、いたのか(笑)
これまたエントリで書いておいたように、もちろん伊藤氏の小説も一定の限度で慰安婦問題についての資料にはなります。日本軍将兵が慰安所通いをどのように正当化していたか…といった事柄についての資料にもなることを含めて。しかし南京攻略戦という局地戦にとって『生きている兵隊』がもつ資料価値に比べると、アジア・太平洋戦争のあちこちの戦場に散らばり、期間としても(とりあえず1937年以前のことは無視するとして)8年間存続した制度の全体像を知るうえで、伊藤氏の小説がきわめて限られた資料価値しかもたないことは明白ですからね。いうまでもなくその「文学的価値」とはまったく無関係です。
要するに、伊藤氏の小説における慰安所の記述が自分の自己愛を慰撫してくれるので、なにがなんでも「歴史的第一級資料」であってほしい…という願望の持ち主が、現実を突きつけられて腹を立てて喚きにきた、ってところですかね。

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