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Apes! Not Monkeys! はてな別館

2007-10-29

[][]亀田スタイル


on subjectivity

on objectivity



沖縄戦は事実上日本の領土内で行なわれた唯一*1の地上戦であり、民間人に限定しても当時の沖縄県民の5分の1ほどが死亡したとされているわけである。他のいかなる都道府県も、広島県や長崎県でさえ、これほどの比率で非戦闘員の死者を出してはいないだろう。このように、広島、長崎とは違った意味で比類のない経験をしながら、「本土復帰」が遅れたこともあって沖縄の「記憶」は「国民の記憶」に統合されてはこなかった。この点において、沖縄の市民にしてみればそもそも「具体的事実を捨象した「正論」」によって塗りつぶされてしまうような個別の記憶なんて塗りつぶされてしまえばいいのである、と*2語る人物の語る reversibility など「それがなんの役に立つんですか?」という状態にながらくあったこと…をまずは最初に指摘しておく。

「集団自決」をめぐる教科書検定が浮かび上がらせたのはこの「国民の記憶」がはらむ裂け目であるわけだが、一方では「国民の記憶」という発想に強い執着をもつ者こそがこの裂け目を深刻に受けとめねばならないという事情もあるわけで、現政権が当初から妥協的な姿勢を見せている背景にはそのあたりの事情もあるのかもしれない。2006年8月21日、すなわち安倍政権成立のおよそ一ヶ月前に行なわれたシンポジウム「「新政権」になにを期待するか?」において、元文科省政務官で安倍政権では官房副長官になった下村博文は自虐史観に基づいた歴史教科書を官邸のチェックで改めさせる、とぶちあげた(シンポの他のパネラーはおなじみ山谷えり子と稲田朋美という豪華ラインナップ)。沖縄戦において軍が非戦闘員の集団自決に関与した(場合によっては命じた*3)、という主張が下村博文らのいう「自虐史観」に属することについてはいまさら論証する必要もないだろう。今回問題となった検定意見が「官邸」の意を受けたものなのか、教科書調査官が自発的に官邸の意向を汲んだのか、短期間で変わる官邸とは別の底流があったのか…といったことは現時点ではまだはっきりしていないわけだが、仮に「官邸のチェック」がはたらいた結果だとすれば、今回の事態は「結果が気に入らないからといって「中立」となっている機関の決定に文句を付けはじめるとどういう結果になるか、という問題に関する卓抜な一例」ということになるのだろう。結局のところ国会での「検定結果見直し」要望決議抜きに文科省は(検定制度のタテマエに関わるメンツは一定程度保ちつつも)実質的には*4検定意見の撤回に近い状況に立ち至り、しかもこれからしばらく教科書調査官の人脈やらふるまいやらに従来以上に厳しい目が注がれるであろうことが予測されるわけで、薮蛇というかなんというか(現政権にとってはとばっちりかもしれない)。


さて、コメント欄に集う人びとも含めて「一体なにをターゲットにしているのかわからない」とご不満のようである。まさか皆が皆そろってそらとぼけているとはさすがに思えないので単刀直入に、過度な単純化を怖れずこのエントリ以降私が言わんとしてきたことをひとことで述べるなら、「お為ごかしは止めたら?」ってことになるだろう。「本来少数者・弱者のためでもあったわけである」とかその類いの、ね。したがって、大屋氏が「第二は「安倍晋三の対NHK圧力疑惑の際のふるまいと今回のふるまいとの整合性」という点について、Apeman氏としてはこの二つの事例に対する私の態度にintegrityがない、と主張されたいようである」とおっしゃるとき、やはり私の意図を半分程はとらえそこなっているかしらばっくれているということになる。というのも、私はむしろ、氏の発言(および発言の不在)が、コンスタティヴなレベルでは見えてこないような見事な首尾一貫性をパフォーマティヴなレベルで貫徹していることをこそ指摘しようとしたからである。後出しを許していただくなら、常に一定の方向にパフォーマティヴな効果を発揮するように発言しているんだから、発言のパフォーマティヴな効果は気にしないなんてしらばっくれなくてもいいじゃない、と表現してもよい。

安倍晋三を支持する議員が歴史教科書の特定の記述に関して「官邸のチェックで改めさせる」と公の場で発言し、その男がのちに官房副長官になったことについて、ざっとサイト内検索した限りでは「おおやにき」内にはいかなる言及もないのであるが、一つにはもちろん門外漢にはなかなか読む機会のない「査読誌」になにか書かれていたとしてもそこまでチェックしてはいないという理由で、二つには「書いたこと」とは違って「書かなかったこと」については単なる徴候以上のものとしては扱えないという理由で、「中立」となっている機関の決定に官邸が口を出すことを、言い換えればとても「正論」とは言えない手法によってマイノリティの記憶を「塗りつぶしてしまえばいいのである」と言わんばかりの手法を、氏がどう評価しているのかもちろん断言はできない。しかし目を閉じれば、ネオンサインのようにはっきりとある可能性が照らし出されているのがみえるのである。

ここでエントリタイトルの理由を語っておくと、氏の対応はまるで、ゴングが鳴るまでは四方八方ディスりまくっていたのにイザゴングが鳴ったらひたすらガード固めて…というスタイルを想起させたからである。ついでに肘で目を狙ったかどうかについては読者の判断に委ねる。否応なく政治的であらざるを得ないトピックについて頼まれもしないのに書いた以上、発言のパフォーマティヴな効果を問題にする人間が出てくるのは当然なのであって、それがいやならそれこそ「査読誌」にだけ書いていた方があなたの精神衛生上よくはないですか? と。


とはいえ、やはりコンスタティヴなレベルでの首尾一貫性を問題にしたくなるところももちろんある。例えば次の一節。

もう一つ、「「言われた当人である「NHK幹部」」が果たして自由に自分の「主観的印象」を語りうるものか」という点については考慮しないのではなくてそこで語れないような人間の権利を法が守る必要はないと考えているだけのことである。

http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000473.html

これにはさすがにあきれた。そもそもここで問題になっていたのは(そして私がここで問題にしていたのも)松尾放送総局長(当時)という個人の権利ではない。はたして女性戦犯法廷をめぐる番組に対して「政治的圧力」があったのかどうか、である。だれも松井総局長(当時)がやりたくもないこと(=番組内容の変更を命じること)をさせられたとして、松井総局長の「利益を先取りして・代弁的に擁護」したりなどしていなかったしいまもしていないのである*5。他方、長井チーフプロデューサーやVAWW-NETジャパンに関しては誰かが勝手に代弁したわけではなく自ら、一方は政治的圧力により番組内容の改変が命じられたと告発し、他方は「NHKの企画内容に合意して取材協力したのに全く別の内容に変えて放送されて信頼(期待)利益を侵害され」、「NHKがそのような番組内容改編の説明義務に違反したために損害を受けた」*6と主張したわけである。そして安倍・中川両名の発言が理由であるかどうかはひとまずおくとすると*7、番組内容の変更によりVAWW-NETの利益が侵害されたということは、少なくとも東京高裁が認めたことである。政治圧力疑惑がひとえに松尾総局長(当時)一人の利害に関わる問題であったのだとすると、当人が公の場で圧力の存在を否定した以上、「介入性を論じる余地はない」とする立場に一定の妥当性があることは認めるにやぶさかではない(ただし、例えばDVの被害者であることが疑われる個人が「いえ、これは勝手に転んでできた傷です」と警察官に語ったからといって一件落着にしてよいか…といった問題は当然残る)。しかし放送総局長は本来なら個別の番組内容にまでコミットする立場にはないわけで、個人的な利害という点ではむしろ当事者性が低いのであり、取材対象(VAWW-NET)や視聴者の利益が損なわれてはいなかったかどうかについての証人として、松尾総局長(当時)は扱われていたのである。


まだいろいろとあるわけだが長くなったのでひとまずここで締める。

*1:もちろんアジア・太平洋戦争において、のはなし。しかし実のところ、日本において近代的な地上戦が行なわれた地域というのは、戊辰戦争や西南戦争を「近代戦」に数えるとしても、かなり限られていることになる。なおもちろん硫黄島での戦闘は激烈ではあったが、巻き込まれた非戦闘員がきわめて少なかったという点で沖縄戦とは明確に異なるのでここでは考察の対象からはずしている。

*2:塗りつぶされてもしかたがない、ではなく強調つきで「塗りつぶされてしまえばいいのである」とされていたことに注意。

*3:大陸命とか大陸指とか奉勅命令でなければ軍命令ではない、とでもいうのならなるほど「軍命令」があった可能性は事実上ゼロだが。

*4:ただし検定意見批判派にとってはなにをもって「実質的」な成果と考えるかは当然さまざまである。

*5:まあもちろん、そのような視点から松井総局長(当時)を“声をあげない被害者”として扱うことも不可能ではなかっただろうが、放送総局長というのは政治的圧力−−がもしあったなら−−に抗することを期待されるポストであるがゆえに、そうした「代弁的擁護」はみあたらなかったと記憶している。

*6:これらはのちにVAWW-NETがNHKを提訴した際の主張であって、問題が明らかになった当初からこのような表現で「政治的圧力」を告発していたわけではないだろうが、法的に守られるべきVAWW-NETの利益というかたちで表現していれば、おそらくこのようなかたちを当初からとったであろう。

*7:後述する東京高裁判決では「政治的圧力」の存在は認定されなかった。

NakanishiBNakanishiB 2007/10/30 10:57 >「一体なにをターゲットにしているのかわからない」
 この疑問が起こったのはそもそも前のエントリーで言及しているエントリーへのリンクもなければ、URLの提示もないからじゃないですか!(棒読み)。

gohshigohshi 2007/10/30 17:54 一応、南樺太と北千島も当時は「本土」でした。時期的に戦闘が短期間で終わったせいで、被害の規模や凄惨さは沖縄よりずっと少なかったですが。

ApemanApeman 2007/10/30 18:28 gohshiさん
ご指摘の通りですね。ありがとうございます。他にもサイパンなどが日本の委任統治領だったとか、逆に「満州」は“外国”であったけれども地上戦に巻き込まれた非戦闘員が少なからずいた…など、「事実上」の一語をエクスキューズにするには少々単純化が過ぎたかもしれません。

先生は先生は 2007/10/31 16:59 あんまりこういうこと言うの良く分からないんだけど、JSFに信奉されてる時点でアレな人なんだなあと思う。

先生は先生は 2007/10/31 17:00 良く分からないんだけど→良くないんだけど

田中田中 2007/10/31 20:27 それはJSFさんがダメだという話であって、おおやさんには関係ないのでは。

aaaaaa 2007/10/31 20:57 >田中さん
JSFのようなトンチンカンな人に信奉されているってことは信奉されている人もトンチンカンな可能性が高いですから、先生はさんのコメントもあながち間違っていないと思いますよ。

それにしてもおおや氏の「不当判決」の垂れ幕批判もどうですかねえ。垂れ幕をやっていない人たちも、自分達のシンパ雑誌で「不当判決」ということを主張しているわけで、垂れ幕をやらないからといってもやっていることは変わらないと思うんですがね。
彼はどんなひどい判決にも従えとでも思っているんですかね。

田中田中 2007/10/31 23:10 aaa さん:
>トンチンカンな人に信奉されているってことは信奉されている人もトンチンカンな可能性が高い
 それはさすがに無茶な推論でしょう。JSF さんの知識の使い方が間違っているからといって、知識そのものが間違っているわけでも、知識の生産者が間違っているわけでもないのです。
 JSF さんも査読誌に論文載せてみればいいのですけどね。

ApemanApeman 2007/11/01 10:56 読者のふるまいのいちいちについて書き手に責任があるわけではない、というのは田中さんのおっしゃる通りでしょう。それを言いだしたらブログ主はコメントをくれた人の動向を逐一監視して対策をとらないといけない…ということになってしまいます。
ただ(もちろんこのブログにも言えることですが)どのようなコメント投稿者を集めるか、というところにブログの「政治的効果」が端的に現われるわけで、その意味ではJSF氏に「どう対応するか?」は注目に値するでしょう。

牛 2007/11/02 05:22 一つ質問があります:沖縄で行われている、米軍に対してのデモは「沖縄の『記憶』」から必然的に導かれるものなのですか?

えるえる 2007/11/02 10:28 > どのようなコメント投稿者を集めるか、というところにブログの「政治的効果」が端的に現われるわけで、その意味ではJSF氏に「どう対応するか?」は注目に値するでしょう。

大屋さんに政治的効果を気にしろと非難するApemanさんが、どのような常連コメンターを集めたかは、Apemanさんの日頃の言説の「政治的効果」の現れなのですね。その意味でApemanさんが常連コメンターに「どう対応するか?」に是非々々関心を向けていきたいです。o(^_^)o
http://d.hatena.ne.jp/sk-44/20071028

しまうましまうま 2007/11/02 10:58 「中立ごっこ」が好きな人が多いのには苦笑しました。最初から大屋センセも「ある特定の政治勢力をDISる(それと対立する側を相対的に持ち上げる)ブログですが何か」とか開き直ってしまえばよかったのに「心の狭い学究」などと「おためごかし」を言い出すから突っ込まれるのに。論争が始まって以降apemanさんのところに批判に来られる人たちもその象徴のような人たちばかりで、大屋センセも後方から味方に打たれているという感じで自らのまいた種とは言えお気の毒ですね(笑)
>牛氏
「必然的」の意味が曖昧で質問の意図がよく分からないのですが?例えば物理的必然性も論理的必然性もないわけですけど。そういうナンセンスな話がしたいんですか?

ApemanApeman 2007/11/02 10:59 >Apemanさんの日頃の言説の「政治的効果」の現れなのですね。

もちろんその通りですよ! 当たり前じゃないですか! そしてあなたは皮肉だかあてこすりだかをねらったつもりなんでしょうが、まるでスベッてますよ 私は大屋氏とは違って、発言のパフォーマティヴな効果なんて気にしない、などとは主張していないのです。この違いを見落としてもらっては困りますね。次に、私が

>常連コメンターに「どう対応するか?」

にあなたが注目されると言うなら「どうぞご自由に」と申しあげるしかないですが、だったらこのブログのコメント欄での誰かのコメントを問題にするのがスジであって(私は「読者のふるまいのいちいちについて書き手に責任があるわけではない」とも表明しているわけですから)、こっちは準備オッケーですがあなたはどうなんですか? と申しあげておきます。

ApemanApeman 2007/11/02 11:03 しまうまさんのご指摘とおり、一体なにを尋ねたいのかさっぱりわからないご質問ですね。とりあえず「自由意思は存在するか?」といった形而上学的な議論をなさりたいつもりではないのだとすると、「必然性があるかどうかがなんで問題なんですか?」「必然性、をどのような意味で使っておられるのですか?」と反問しておきます。

牛 2007/11/02 11:25
>「必然的」の意味が曖昧で質問の意図がよく分からないのですが?例えば物理的必然性も論理的必然性もないわけですけど。そういうナンセンスな話がしたいんですか?
>、「必然性があるかどうかがなんで問題なんですか?」「必然性、をどのような意味で使っておられるのですか?」と反問しておきます。

「物理的必然性も論理的必然性もない」
とだけ分かってもらえれば十分です。
こちらも哲学議論で時間を浪費したいとは思いませんし。
で、本題に入りたいのですが、
「沖縄の『記憶』」は、学問としての歴史にとって、どれだけの意味を持つのですか?

しまうましまうま 2007/11/02 11:39 >「物理的必然性も論理的必然性もない」とだけ分かってもらえれば十分です。
はあ?そんなことは最初から分かりきった話なわけです。自分から非生産的な質問をしておいて何を偉そうに仰っているんでしょうか。
>で、本題に入りたいのですが
最初から無意味な質問をしないで単刀直入に仰ればいいじゃないですか。とは言えその次の質問も曖昧すぎてよく分かりませんけど。逆にお聞きしますがあなたは「例えばどれだけ意味を持てば御満足ですか?」

牛 2007/11/02 11:46
それと、「中立ごっこ」とは具体的に、何を指すのでしょうか?
少なくとも私は、某氏の脳内以外では、ウヨ的な主張も、サヨ的な主張もしていないと思うのですが。
それとも、某氏に反論することは、中立でないことを意味するのでしょうか?
赤い人たちを批判すると「保守反動だ!」とか言われる、アレと同じ原理なのでしょうか(笑)?


>はあ?そんなことは最初から分かりきった話なわけです。自分から非生産的な質問をしておいて何を偉そうに仰っているんでしょうか。
>最初から無意味な質問をしないで単刀直入に仰ればいいじゃないですか。

YES/NOで済む、三秒で終わる話です。その程度で怒らないでくださいな。
脳内の敵を警戒すれば、無駄に時間が掛かるかもしれませんが。

>例えばどれだけ意味を持てば御満足ですか?

私が何に対してどれだけ満足するかが、質問の答えに影響するのですか?
恐らく、貴方は科学的な思考が出来ないのではないかと。

NakanishiBNakanishiB 2007/11/02 12:58 >えるさん
 確かに私自身も決着してしまったから忘れていい問題とは考えてません。ですので、まず、えるさんがぜひ私の行動についてどう考えどう扱うかべきかについてお聞きしたいのですが、いかなる批判がさらにあるのでしょうか?私がここに書き込むことはどう問題なのでしょうか?。そして同時に、sk44さんのところでも(あるいは他のきちんとした場で、なんなら私のブログで)同じことを書くべきだとおもうのですがいかがでしょう?。これはまじめにお聞きします。

 ついでですが、えるさんはApemanさんの「コメント投稿者」を「常連コメンテイター」に直しています。これは問題の設定をすりかえています。ですが、おおや氏の一連のエントリーにおいても、常連かどうかわからない人への対応のほうが問題でしょう。「常連コメンテイター」の人格でブログ主の人格がわかるという「無茶な推論」をさらに展開したいのでしょうか?。

ApemanApeman 2007/11/02 14:15 >YES/NOで済む、三秒で終わる話です。その程度で怒らないでくださいな。

>私が何に対してどれだけ満足するかが、質問の答えに影響するのですか?

エントリとは直接関係のない、脈絡不明の質問をしておいてなにを威張っているのですか? まじめに問題提起をする気があるのなら、まずは問いの文脈を明確化してください。

うさぎうさぎ 2007/11/02 21:47 牛さん。
>で、本題に入りたいのですが、
>「沖縄の『記憶』」は、学問としての歴史にとって、どれだけの意味を持つのですか?
ブログ主のApemanさんがこのエントリで「沖縄の『記憶』」と言うのをどのような
スタンスで書いたのか分からないながら横入りですが、これが「証言」の意味だったならば
もの凄く重要な意味を持っているのではないでしょうか?学問的には十分事実として(この場合は
軍の「強制」による集団自決事件)認定するだけの整合性が数々の証言から与えられる訳です。
で、今読み返したら、元々は「国民の記憶」云々という元記事があったようなのでそこを訪れ
ましたが、そこではどう読んでも歴史学とは全く無関係な話がなされていたんですねえ。

牛 2007/11/02 23:56 >エントリとは直接関係のない、脈絡不明の質問をしておいてなにを威張っているのですか? まじめに問題提起をする気があるのなら、まずは問いの文脈を明確化してください。

三秒ですむ質問にだいぶ手間取られたようで、お怒りのようですね。これは失敬(笑)。

では、質問を言い換えましょうか。
沖縄の記憶は、一次資料であるという以外に、どの程度歴史の証人としての価値があるのですか?
「具体的事実を捨象した「正論」」より価値のあるものなのですか?
うさぎ氏も宜しければ答えてみてください。

ApemanApeman 2007/11/03 00:12 >沖縄の記憶は、一次資料であるという以外に、どの程度歴史の証人としての価値があるのですか?

またもや意味不明な質問ですね。
1)「沖縄の記憶」が「一次資料」であるとは一体いかなることか? 「一次資料」たりうるのは(この場合でいえば)名前をもった個人の証言だと思うが?
2)「学問としての歴史にとって、どれだけの意味を持つ」がなぜ「どの程度歴史の証人としての価値がある」に置き換えられてしまうのか? 「意味=証人としての価値」???? やっぱり意味不明だ…。

>「具体的事実を捨象した「正論」」より価値のあるものなのですか?

なぜどちらかの価値が「より上」でないといけないんですか? 両者は同じ基準で価値をはかることのできる同じスケールに乗っかってるんですか?

牛 2007/11/03 00:18 >1)「沖縄の記憶」が「一次資料」であるとは一体いかなることか? 「一次資料」たりうるのは(この場合でいえば)名前をもった個人の証言だと思うが?

一次資料の意味ぐらい調べましょう。

>2)「学問としての歴史にとって、どれだけの意味を持つ」がなぜ「どの程度歴史の証人としての価値がある」に置き換えられてしまうのか? 「意味=証人としての価値」???? やっぱり意味不明だ…。

学問としての歴史にとって記憶が持ちうる意味=歴史事実の証人となること
分かりませんか?

>なぜどちらかの価値が「より上」でないといけないんですか? 両者は同じ基準で価値をはかることのできる同じスケールに乗っかってるんですか?

歴史事実を論じるうえでは、どちらの資料がより整合的か、ということは大事です。


・・・・・・ところで、中立ごっことは何か、という問いに答えてくださいな。

ApemanApeman 2007/11/03 00:23 >一次資料の意味ぐらい調べましょう。

答えられない、ということでよろしいですね?

>学問としての歴史にとって記憶が持ちうる意味=歴史事実の証人となること
分かりませんか?

あなたが現代の歴史学に通じていないことはよくわかりました。そういや「心理学を修めている」のでしたね。

>歴史事実を論じるうえでは、どちらの資料がより整合的か、ということは大事です。

はあ? 「具体的事実を捨象した「正論」」が「資料」なんですか? もうちょっとまじめにやりましょうよ。

>・・・・・・ところで、中立ごっことは何か、という問いに答えてくださいな。

あなたが当初やっていたことです。すでに止めていますが。

牛 2007/11/03 00:35 >[一次資料の意味を]答えられない、ということでよろしいですね?

園児じゃないんだから、その手の切り返しはやめたほうがいいですよ。
とりあえず、Google先生が答えてくれると思います。

>あなたが現代の歴史学に通じていないことはよくわかりました。そういや「心理学を修めている」のでしたね。

赤い人特有のレッテル張りが始まりました。
ちゃんと反論してくださいな。

>はあ? 「具体的事実を捨象した「正論」」が「資料」なんですか? もうちょっとまじめにやりましょうよ。

あちゃー、言葉尻をとらえてきたか(笑)。
でもまあ、具体的事実を捨象した「正論」には、多数の資料が必要になりますわな。

>[中立ごっことは]あなたが当初やっていたことです。すでに止めていますが

具体的にどうぞ。

牛 2007/11/03 00:40 Googleという便利なものを知らない御方かもしれないので、こちらで調べてあげました。
つhttp://en.wikipedia.org/wiki/Primary_source

引用:
”In historical scholarship, a primary source is a document, or other source of information that was created at the time being studied”

はい、どう見ても、沖縄の記憶は一次資料です。

牛 2007/11/03 00:44 ついでに、apeman氏の発言をさらしておきますね。
「「一次資料」たりうるのは(この場合でいえば)名前をもった個人の証言だと思うが?」
私の発言じゃないので、勘違いしないで下さい。私はそんなこと言いません。

さくさく 2007/11/03 04:18 また話をそらしてますね…私が入るとさらにややこしくなるのは必定なので慎みますが;;
この経緯も採らせて頂きます、一応勝手にやると失礼に当たるので一言申し上げておきます。

PledgeCrewPledgeCrew 2007/11/03 06:19 どうしてこうも次々と馬鹿な人が登場するのでしょう。
晒しているのは、自分の馬鹿ぶりだぐらい気付かないものですかね。

牛 2007/11/03 09:07 言い負かされるとレッテル張りをして誤魔化す。
サヨもウヨも大差ありませんなあ。
それにしても、一次資料の意味すら知らない方を援護しようとは、素晴らしい同胞意識ですね。
感動して涙が出ます(笑)。

ApemanApeman 2007/11/03 10:17 >>[一次資料の意味を]答えられない、ということでよろしいですね?

なんですか、これは? 曲解も甚だしい。私が問うたのは

>1)「沖縄の記憶」が「一次資料」であるとは一体いかなることか?

ですよ。で、あなたはそれに答えていない、と。

>はい、どう見ても、沖縄の記憶は一次資料です。

いやだから「沖縄」って誰なんですか? いまや沖縄県民の大半も戦後生まれなんですが?

>ちゃんと反論してくださいな。

いや反論にも値しません。「学問としての歴史にとって記憶が持ちうる意味=歴史事実の証人となること」というあなたの主張は、あなたが現代歴史学の問題提起について無知であることをこのうえなく明らかにしていますから。グーグル先生に「アナール学派」とかを尋ねてみるとよいでしょう。

>具体的にどうぞ。

もう止めた、と書いたらまた始めましたね。26日のエントリのコメント欄での

>私は歴史修正主義を肯定する発言をしておらず、私には興味のないことなのですが。

なんて、典型的な「中立ごっこ」ですね。

PledgeCrewさん

たぶん気づいているけど引っ込みがつかない、ってところじゃないでしょうか。

牛 2007/11/03 12:28 >私が問うたのは>1)「沖縄の記憶」が「一次資料」であるとは一体いかなることか?ですよ。で、あなたはそれに答えていない、と。

だから、はい、一次資料の意味:”In historical scholarship, a primary source is a document, or other source of information that was created at the time being studied。”
もしかして、英語が読めませんか?

>いやだから「沖縄」って誰なんですか? いまや沖縄県民の大半も戦後生まれなんですが?

「沖縄の「記憶」は「国民の記憶」に統合されてはこなかった」と書いたのは貴方なのですが、さて、沖縄って誰なのでしょうね?

>「学問としての歴史にとって記憶が持ちうる意味=歴史事実の証人となること」というあなたの主張は、あなたが現代歴史学の問題提起について無知であることをこのうえなく明らかにしていますから。グーグル先生に「アナール学派」とかを尋ねてみるとよいでしょう。

アナール学派(笑)。英語が読めない人はかわいそうですな。
英語版のWikipediaにはこう書いてあります:
”today the Annales approach has been less distinctive as more and more historians do work in cultural history and economic history.”

>>私は歴史修正主義を肯定する発言をしておらず、私には興味のないことなのですが。<なんて、典型的な「中立ごっこ」ですね。

実際、歴史修正主義を肯定も否定もしていませんから、事実を述べただけのことなのですが。
貴方にとっては、それが「皮肉」にでも映ったのですか?

牛 2007/11/04 01:01 他のエントリーの場合同様、apeman氏以外が代わりに園児をして下さっても構わないのですが(笑)。
他所では他人のタイポを延々とあげつらって人格非難にまでつなげる割に、こちらでは質問にさえ答えてくれないのですね。

牛 2007/11/04 01:02 今度は本当の意味でのタイポですな。失礼。
園児→返事

牛 2007/11/04 08:13 ウヨのどこが馬鹿かというと、
とても一般人には受け入れられない妄想を言い立てて、一般人を右翼嫌いにさせてしまうところなのですが、
ここにいるサヨの人にも、同じことが言えると思うんですよね。
訪問者に事実関係を伝え、論理的に自分の主張を伝えるのではなくて、
訪問者を敵と味方に強引に区別し、味方だと思うと馴れ合い、
敵だと思うと、自説を述べるのではなく人格攻撃を始める。
サヨ用の2chみたいなものがあって、そこにずっと閉じこもっていてくれると嬉しいんですけどね(笑)。

しまうましまうま 2007/11/04 09:00 「沖縄の「記憶」は「国民の記憶」に統合されてはこなかった」は「沖縄の記憶が一次資料である」を含意することを分かりやすく説明してください。

mujinmujin 2007/11/04 19:16 いまざっと見てたんですけど、なにが論点になっているのかにわかには理解しがたくなってますね。議論を提起する側である牛さんがどこに論点を定めているのか見えてこないせいだと思います。総じて論者の資質を問題になさりたいように見えるのですが、それにしても論点がふらふらして芯が通っていないような印象があります。とりあえず、その辺から整理してみてはどうでしょう?

牛 2007/11/05 01:12 >「沖縄の「記憶」は「国民の記憶」に統合されてはこなかった」は「沖縄の記憶が一次資料である」を含意することを分かりやすく説明してください。

そんな事はと言っていないのですが?
貴方の脳内の私は、そう言ったのですか?

それとも、一次資料の意味が分かっていないのですか?
意味:”In historical scholarship, a primary source is a document, or other source of information that was created at the time being studied。”

>いまざっと見てたんですけど、なにが論点になっているのかにわかには理解しがたくなってますね。

沖縄の記憶は、一次資料であるという以外に、どの程度歴史の証人としての価値があるのですか?
「具体的事実を捨象した「正論」」より価値のあるものなのですか?
という二点が、私の知りたいことだったのですが、論点をそらされた挙句、
apeman氏がだんまりを決め込んでしまったようで、このコメント欄で生産的な議論が成り立つことは無いでしょう。

牛 2007/11/05 01:13 あちゃー、またタイポですわな。

×そんな事はと言っていないのですが?
〇そんな事は言っていないのですが?

mujinmujin 2007/11/05 03:50 とりあえず「私の知りたいこと」と論者の資質とを同時に問題にするのをやめませんか。論点を一本化しましょう。

しまうましまうま 2007/11/05 04:16 「沖縄の「記憶」は「国民の記憶」に統合されてはこなかった」は「沖縄の記憶が一次資料である」を含意しないんですね。

さてあなたが歴史学における一次資料として「沖縄の記憶」なるものが存在すると主張する時
(1) 沖縄って誰?(2)その記憶ってどこに帰属しているものなわけ?
といった「具体的なこと」を聞きたくなるのは当然です。「沖縄の記憶」なんていう一次資料を手にした人は歴史家はおろかおそらくこの地球上に一人もおりませんので(笑)
ところがあなたは一次資料の定義を書いてふんぞり返っているわけです。一次資料の意味も何もそもそも「沖縄の記憶」なんていう資料すら存在しないというのに。存在もしない資料を評価せよというのはまともな人なら聞かない質問です。apeman氏は一貫して言ってますね?具体的にどーぞと。しばしば質問にもその人の知性や誠実さが反映されるものです。例えば「沖縄のデモには物理的必然性はあるのか」という質問をマジメにする人は頭の弱い人なわけです。そして意味不明な質問をしておいて答えが返ってこないからといって勝ち誇るのは更に重症です。お大事にね。

ApemanApeman 2007/11/05 09:46 >あちゃー、またタイポですわな。

今度は正しい「タイポ」の使い方ですね。しかし残りはもうどうしようもなくアホを晒してます。

>「沖縄の「記憶」は「国民の記憶」に統合されてはこなかった」と書いたのは貴方なのですが、さて、沖縄って誰なのでしょうね?

バカですねぇ。「国民の記憶」と対比される限りでの「沖縄の記憶」と、「一次資料」となる証言が基礎をおく「記憶」とは水準がまったく異なる、ってことすらわからない。「沖縄の記憶」には誰一人聞き取ったことのないような記憶、高校生が親や祖父母から伝えられた記憶等々が含まれているが、これらは「一次資料」ではない(一方は事実問題として、他方は原理的に)。誰にでもわかるはなしなのに牛くんにはわからないようです。

>アナール学派(笑)。英語が読めない人はかわいそうですな。
英語版のWikipediaにはこう書いてあります:
”today the Annales approach has been less distinctive as more and more historians do work in cultural history and economic history.”

逆さに振っても英語版Wikipediaしかでてこない学生さんはほんと可愛いですね(笑) とりあえずフランス語は読めないんだね。しかも今回もまた、Wikipediaの記述の意味が分かってない!! アナール学派の方法論が無効であることがわかったからではなく、むしろ他の歴史学者がどんどん同じような方法論でやりだしたからless distinctiveになった、ってことなんだよ(笑)

D_AmonD_Amon 2007/11/05 10:25 こういう反応を見る限り、牛氏はきちんと英文読解できてないのでしょうね。
「ますます多くの人がやり始めたので特徴的でなくなってしまった」のですから牛氏の解釈は明らかに間違いです。
きちんと英文読解できないのに背伸びしている人は可哀想というより微笑ましいですね。

D_AmonD_Amon 2007/11/05 10:31 ああ、もしかしたら貶めたいのではなく称えたかったのかも。私が意図を読み違えた可能性も無いわけではないですね。

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