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Apes! Not Monkeys! はてな別館

2008-01-20

[]その論法は…(追記あり)

捕鯨についてはちゃんと調べたことがないので、「捕って問題ないなら捕りゃいいし、疑念があるなら止めりゃいい」と思いつつなぜ農林水産省があれほど懸命になるのかその裏はなんだ? という程度なんですが、Dr-Setonさんの一連のエントリは当ブログの名称とも深い関係があるのであえて触れてみます。

自滅する捕鯨

続 自滅する捕鯨

新 自滅する捕鯨

自滅する捕鯨 征服

最後の 自滅する捕鯨


国際社会で自国の主張が通らない時に、それをぜんぶ外国のせいにしてさらには「人種差別だ」とか言い出すのは、まさに満州事変後の日本そのものなんで、それはヤバいですよと。自国の主張を通したいのならなおさら、国際社会がなぜ反対しているのかをきっちり理解しないと。


ブクマコメントより

rna 「捕鯨をしなくてもいい理由(若しくは捕鯨の範囲を限定する理由)が繰り返し強調されますが、いくら捕鯨が必要ない理由を挙げてもそれが捕鯨をしてはいけない理由にはなりません」これに尽きる。自由主義の基本。

もちろん、問題が捕鯨国と反捕鯨国との関係だけなのであれば、rnaさんのおっしゃる通りでしょう。しかし不確実性をはらむ資源量評価(それゆえ同様に不確実性をはらむ捕鯨のリスク評価)が論点となっている以上、「その必要性はリスクにみあうものなのか?」が問われることに十分な理由はあるでしょう。なにしろ、「捕鯨により絶滅するおそれがあるならば捕鯨を行なうべきではない」という原則には日本も同意しているわけですから。

aaaaaa 2008/01/20 16:40 一部の人たちは「マスコミが捕鯨問題についてあまり取り上げないのは電通の陰謀だ」とかいってますし(笑)
電通だってそこまで暇じゃねえよと思いますが。
一般人は高い鯨なんか興味ないから、視聴率がとれないからテレビであまり取り上げないんでしょう。

kamikitazawakamikitazawa 2008/01/20 18:27 >国際社会で自国の主張が通らない時に、それをぜんぶ外国のせいにしてさらには「人種差別だ」とか言い出すのは、まさに満州事変後の日本そのものなんで、それはヤバいですよと。

私のこの問題に関する認識(と言うよりほとんど危機感)もまさにこの↑通りですね。

しかしまたなんだって捕鯨と人種論が結びつきましたかね?
しかもこの結び付きは劣化ネトウヨ全盛のここ最近出てきたものじゃなくて、私の憶えてる限りで80年代くらいまで溯れるように記憶してます(そしてその「時間的蓄積」のおかげで一つの「客観的事実」「議論の前提」になってしまっている!)。
当時は他にいくらでも人種論絡みのイシューに出来るネタがあったのに(それこそ貿易摩擦とか)、それらは「人種論化」なんざ(幸いにして)しなかったのになぁ。

seiryu95seiryu95 2008/01/20 18:28 >「捕って問題ないなら捕りゃいいし、疑念があるなら止めりゃいい」

 「問題」や「疑念」の存否以前に、何が「問題」であり、どの程度「疑念」があればやめるべきなのかという前提論点の段階で反捕鯨と捕鯨推進派の間に距離があるように思います。
 私はぬるい捕鯨許容派(沿岸捕鯨だけでなく遠洋捕鯨についても)で、捕鯨反対派の主張が「人種差別」を目的にしたものだとか人種差別の結果だとは思いませんが、他方で自分たちの価値観や倫理をそれを共有しない人に押し付けようとしていることに無自覚なのではないかと感じています。
 Dr-Setonさんのエントリーを見ていても、捕鯨をしなくてもいい理由(若しくは捕鯨の範囲を限定する理由)が繰り返し強調されますが、いくら捕鯨が必要ない理由を挙げてもそれが捕鯨をしてはいけない理由にはなりません。
 捕鯨反対国(国際社会という用語は捕鯨を容認する国の割合からすれば不適当なように思います)が捕鯨反対の論拠としてあげるもののうち、主要なものは1.鯨の絶滅防止2.知的生命体である鯨を殺すことへの反発があります。このうち2.については、まさに文化や価値観の対立そのものであり、これを持ち出せばまさに文化の押しつけでしかないように思います。また、この点を問題にするならば、たとえ先住民の捕鯨であっても禁止すべきということになりますが、反捕鯨国はそこまでは主張しません(この矛盾を回避するために反捕鯨論者は、保護されるべき「文化」の範囲を極端に限定しますが、どこまでが「文化」として保護されるべきかを一方的に押し付けるのは少々かってがすぎます)。
 他方1.を論拠とするのであれば、生態系の維持という点では国際社会の合意ができているのですから、これを前提としても問題はないと思いますが、その場合、ならばどの程度の捕鯨ならば持続可能なのかが問題となり、その範囲内であれば捕鯨を否定する理由はなくなります。

skywave1493skywave1493 2008/01/20 18:54 個人的には、物心付いた頃には既に商業捕鯨から撤退していて、それらを食べる事も無かったので今更なぜ鯨を取る必要があるのだろう?とどうしても思ってしまいます。もちろん食べたい人もいるとは思うのですがそれ程需要があるものなのでしょうか。別に需要もそれ程無いだろうし(捕鯨賛成派は鯨を頻繁に食べてるのかな)いろいろ他国から批判されてまで捕鯨するに値するものなのか、という疑問もあります。もちろん、鯨を取るなという側にも価値観の押し付け等問題があるのは認めるんですが。

himitsu04himitsu04 2008/01/20 19:32 はじめまして。いつも見ています。
 珍しい話題なのと、はてなIDをとったので、コメントしてみます。
 実は私は、捕鯨基地があるところに住んでいます。脱脂粉乳の味も知っている年齢なので、鯨はとてもポピュラーな食材でした。今でも調査捕鯨の肉の「格安頒布」がたまにあるので、時々買っておいしく食べています。(水銀の問題は、ほかの食材も安全かどうかはよくわからないので、無視しています)とはいうものの、私個人としては、別に鯨という食材がなくなっても、大きく困ることはないでしょう。
 ただ、捕鯨基地のある地区の人々にとっては、調査捕鯨もなくなり、本当に捕鯨が禁止なったら、実質的なところはともかく、精神的・象徴的なダメージはかなり大きいものになることは間違いありません。
 基本的には、seiryu95 さんの意見に賛成です。
 しかし、反捕鯨国と捕鯨国の間で、科学的な裏付けのある建設的な合意を得られる可能性は、現状では少ないでしょう。
 反捕鯨国に対して、文句をつけたい気持ちは理解できますが、いたずらに相手を刺激して、さらに立場を悪くするという行為には賛成できません。当分は現状を維持して、科学的な合意を得られる状況を少しずつ作り出すしかないと思います。

ApemanApeman 2008/01/20 20:35 いや〜鯨はやはり関心が高いですね。南京事件よりよっぽど「火中の栗」ではないかと…(^^;

aaaさん
うちの近所のスーパーには時々鯨が並ぶんですが、別にそんなに高くない…というのは、うまい肉は料理店にまわってるということですかね。まあコロなんかは確かに高いですね。

kamikitazawaさん

>しかもこの結び付きは劣化ネトウヨ全盛のここ最近出てきたものじゃなくて、私の憶えてる限りで80年代くらいまで溯れるように記憶してます

確かに昨日今日のことではないですね。「貿易摩擦」からみでも欧米からの批判を「黄禍論」と結びつけるような論じ方があったことはあったと思いますが、問題が持つ影響力に比較して不相応に反発が強いというのは感じますね。文楽人形のバネのはなしなんてのももちだされますが小屋で文楽観る日本人が現在どれくらいいるんだ? と。
もう一つ、「欧米は一足先にさんざん捕ったくせに」という論法も満州事変期以降に日本で影響力を持った発想と同じパターンですね。

seiryu95さん
個人的には私も「2.」を論拠とした捕鯨禁止には同意しません。ただ「先住民捕鯨」をめぐってはアイヌに関する日本政府の姿勢が日本の捕鯨解禁派の主張の説得力を大いに削いでいる、と私も思います。
「1.」を論拠とした捕鯨禁止論の場合、「持続可能な範囲内」での捕鯨という発想それ自体への反対はないでしょう。ただ、捕鯨だけでなく地球温暖化問題でも同様ですが、生態系に関するリスク評価はもともと見解が分かれやすいというか、パラメーターの数をちょっと増減させたり、パラメーターの値の推定のちょっとした違いで結論が大きく違ってくることがあるわけです。とすると、相手を説得しなければならない立場の人間はやはり粘り強く自説の根拠を精緻化してゆくことに務めるのがまわりくどいようでも早道なんではないか、と思います。

skywave1493さん
「とにかく外圧に屈したくない」という情念が自己目的化してしまっては意味がありませんからね。

himitsu04さん、はじめまして。

> ただ、捕鯨基地のある地区の人々にとっては、調査捕鯨もなくなり、本当に捕鯨が禁止なったら、実質的なところはともかく、精神的・象徴的なダメージはかなり大きいものになることは間違いありません。

一つの産業が消え去ろうとするとき、そこには経済合理性に還元できない問題があるのは間違いないでしょう。私が比較対象として想起するのは炭坑です。当時の状勢としては石炭から石油への転換は合理的でもあったし、炭坑ではたらく人々にとってもきちんとした転職支援さえあれば転職するのが合理的であったのでしょう。しかし炭坑にせよ捕鯨にせよそれを基盤とした地域共同体ができあがっており、その産業を前提にライフコースを設計した人々がいる場合には、単に「もっと割のいい仕事を紹介するから」ではすまない問題が残るのは確かですね。
もっとも、寂れてゆく炭坑町に日本社会はなにをしたのか(しなかったのか)? と考えるとき、農林水産省はなんであんなに頑張るの? という疑問はかえって強くなるのですが。

>しかし、反捕鯨国と捕鯨国の間で、科学的な裏付けのある建設的な合意を得られる可能性は、現状では少ないでしょう。

ただ、「個体数は増えている」という捕鯨解禁派の主張が正しいなら、時間は捕鯨解禁派の味方であるはずなんですよね。だったら必要な「時間」が経過するまで、捕鯨にたずさわる人々の生活とアイデンティティを支える工夫を捕鯨支持派が考えることも必要でしょう。

くま(仮)くま(仮) 2008/01/20 22:31 >うちの近所のスーパーには時々鯨が並ぶんですが
 いいなあ。わが家の近くだと鯨肉はおろか羊肉もめったに見ません。
 時々むしょうに鯨が食いたくなるんですが「ちっ、どうせ食物連鎖の頂点に立つような生物は汚染度も高いのだ、あの葡萄はすっぱいに違いない」と思ってあきらめることにしております。
 Setonさんのタイトルは座頭市か悪名に違いないと思ったんですが「征服」で「そうきたかー」でした。

ApemanApeman 2008/01/20 23:21 羊肉はいいですな、私も大好物です。冷めるとまずいのが難点ですが。5分余計に歩けばいつもおいているスーパーがあります。と、さらに嫌がらせを…(^^;

ハリハリ鍋というのはたしかに鯨の赤身をうまく食べる工夫として優れていると思います。だからこそうちでは他の赤身肉にも応用しておりますが。

>「征服」で「そうきたかー」でした。

「続」の時点で気づいたとしたら、気づく方がおかしいですよね(笑)

skywave1493skywave1493 2008/01/20 23:55  Apemanさん
>「とにかく外圧に屈したくない」という情念が自己目的化してしまっては意味がありませんからね。

捕鯨賛成派の中にはこの手の人達が結構多いのでいつも、そんなに拘る程の食べ物なのか?と思う事が良くあります。もちろん、好きな人がいるのは認めますし、鯨を食べる事自体は食文化の多様性を尊重するという意味からも理解していますし、鯨がダメなら他の動物はどうなんだ?と言われれば水掛け論になってしまうとは思いますし、himitsu04さんが書かれている通り捕鯨に従事している方の問題もありますが、一方で他国の厳しい視線がある中で態々大型船を何隻も連ねて遠くの公海まで繰り出し、そこで何百頭もの捕鯨をやる事が良い事なのかという疑問もあるんですよ。

レインボーレインボー 2008/01/21 00:01 陰謀論や人種論になってしまうとやばいですね。
ネトウヨの電波には辟易としますが、
他方でシートンさんのように反反捕鯨を一方的にネトウヨと決め付けるのも困ったものです。
こういう決め付けこそ差別の温床だと気付かないのでしょうかね。
実際には反捕鯨批判でアイヌ擁護を打ち出している人もいるのに。

それと国際社会で捕鯨が支持されていないってことでは必ずしもありません。
この話を信じるとすれば

http://www.choujintairiku.com/kujira/morishita2.html

捕鯨一時中止(モラトリアム)が通ったのは、
アメリカ人がカリブ海の小さな国々に反捕鯨団体をその国の代表とと見せかけて票を投じたそうです。
これが本当なら票買収どころじゃない、なりすましによる偽造投票でしょう。

もし勉強するならこういう所が参考になるかと

http://luna.pos.to/whale/jpn.html
http://www.e-kujira.or.jp/

JodorowskyJodorowsky 2008/01/21 01:44 反捕鯨活動家拘束問題での、横浜市長中田宏の発言
http://www.youtube.com/watch?v=jBB2M7g7Boc
「ノルウェーも日本も捕鯨国ですが、日本しかああいうことはやられません。
なにをハッキリいうか。これは人種差別なんです。日本だからやってるんです。」
ノルウェーやアイスランドの捕鯨船は沈没させられたと記憶してますが...。
これだから松下政経塾出身者は糞だ!(←差別)

シーシェパードのどこらへんが環境保護団体なのか不明ですが。
ああいうニューエイジ崩れみたいな利権団体に感情的に対応したら、相手の思う壺ですね。

flekramflekram 2008/01/21 01:48 > ただ、捕鯨基地のある地区の人々にとっては、調査捕鯨もなくなり、本当に捕鯨が禁止なったら、実質的なところはともかく、精神的・象徴的なダメージはかなり大きいものになることは間違いありません。

欧米が捕鯨をやめたときも、捕鯨で暮らしていた人は同じ目にあっているわけです。捕鯨推進派に欠けていると感じるのは、この点の理解なんですよね。

欧米で捕鯨をやめたときに、痛みがなかったのか?そんなわけないでしょう。それまで捕鯨で暮らしていた人は失業するわけですよ。喜んでやめるわけがない。それでも、このままでは鯨が減ってしまって産業が継続できない。だからやめた。それも一カ国だけやめたのでは意味がないから、みんなでやめたわけです。

世界中の国がそうやって捕鯨をやめたのに、まだなんとかして復活させようとしている国がある。その国に対して、「商業捕鯨をやりたければやっていいですよ」なんて言えないんですよ。自国内の失業した人に説明できません。「みんな痛みを我慢して商業捕鯨をやめたんだから、あなたのところだけ商業捕鯨を続けるのを認めるわけにはいきません」そう言うしか選択肢はないんです。仮に日本が産業消滅の痛みを受け入れて捕鯨をやめていたとして、商業捕鯨を継続しようとする国がいれば、やはり同じことを言うでしょう。

実際に、1982年のモラトリアムまで捕鯨を続けていたスペインは、いまでもそんな主張をします。アメリカやイギリスは捕鯨をやめた時期が早く、当時失業した人はほとんど残っていないでしょうから、現在そういう言い方はしませんが、昔はそういう論調があったことは確実でしょうし、自分たちがひとつの産業を消滅させて対処したことは知識として知っているはずです。

世界中の国で産業消滅の痛みに耐えた、という文脈の無理解は、他の論点でも問題をひきおこしていると私は考えます。たとえば、捕鯨推進側が鯨食文化を捕鯨継続の理由にするとき、それがどう他国に受け取られているかという点です。

鯨食文化を捕鯨継続の理由にすれば、「世界中の国が捕鯨をやめても、日本が商業捕鯨を継続するに足る特別に重要な理由がある。それが鯨肉文化だ」という話として受け取られます。ここで「特別な理由」と言えるためには、「ひとつの産業が消滅するときの痛み」を越える重要さが要求されていることを理解しなければいけません。だから、「GHQが食糧難対策として鯨肉を食べることを提案するまで日本でも鯨肉は捨てていた」とか、「イルカ肉が人気がなくて余っているのでペットのえさに使われている」とかいうニュースが伝わったり、「鯨肉が高くなると誰も食べなくなる」なんて発言する人がいると、「重要な文化なんて嘘っぱちじゃないか、いいかげんにしろ」といわれるわけです。どういう重要性が要求されているのか理解していない人から見れば、反捕鯨側が難癖をつけているようにしか見えないのかもしれません。が、歴史的経緯を考えれば、そういう反応が返ってくるのは当然だと私は思いますね。

T・H T・H 2008/01/21 02:47 はじめまして、こちらは前々からロムしています。

>(この矛盾を回避するために反捕鯨論者は、保護されるべき「文化」の範囲を極端に限定しますが、どこまでが「文化」として保護されるべきかを一方的に押し付けるのは少々かってがすぎます)。

とにかく狭く狭く解釈しようとしますよね。
コミックマーケットがあれだけ盛況なのは

・気軽に漫画が読めて
・気軽に漫画ファンになれて
・一人からでも気軽にファンジンが書けるから なのです

もしもシートンさんの基準を設けると、世界一のマンガ大国日本は成り立たなくなってしまうのになぁ
漫画こそが日本出版会の米ですよw

もちろん同人誌は著作権違反ではないw
同人誌海賊版は著作権違反です

間違ってもディズニーのようなことをやってはいけませんw

T・H T・H 2008/01/21 02:52 興味深い文章を見つけました

先住民生存捕鯨
ttp://www.kujira.no/iwc_2003_aboriginal.htm

しかしながら実際には原住民生存捕鯨と商業捕鯨の区別を線引きすることは簡単なことではない。商業捕鯨とは何かの定義さえされていない。

この2つの捕鯨分野にそれぞれ異なる管理目標を適用すべきかどうかで、常に議論が分かれてきた。
一方では、「いかなる捕鯨活動もそれ自身の文化を持ち、その国の歴史に深く根付いている:2つのタイプの捕鯨は人と資源としての鯨の間の相互作用が同じであるので、同じ原則と管理目標が適用されるべきだ。」(IWC特別発行版4,1)
他方、先住民生存捕鯨に分類されている捕鯨は商業的要素も持っている、たとえば、グリーンランドでは鯨肉がスーパーマーケットで販売されている。
「あなたの家族に直接鯨肉を食べさせることと、鯨肉を売ったお金で他の食べ物を買って食べさせることと、どこに違いがあるのだろうか。
そこに区別をつけることは、私には難しいことだ。」と元IWC事務局長のレイ・ギャンベル博士(Dr Ray Gambell)は述べている。(ハイ・ノース・ニュース、High North News, №9,1994)

先住民生存捕鯨の定義にくくられる人々の中には、これは裏返して云えば人種差別だ、という者も居る。
「我々から産物を商業的に捕獲し交易する権利を奪うことは、我々を博物館のケースに閉じ込めることと同じだ。我々は21世紀に生きている民族で、大英博物館からの陳列物ではない。
(・・・)商業は持続的開発の概念の一部であり、それに参加することは我々の権利である。先住民捕鯨者を非商業捕鯨体制に限定することは新植民地主義の何物でもない、」とクリーンランド漁業・狩猟協会(KNAPK)会長リーフ・フォンテインは述べている。
(インターナショナル・ハープーン、The International Harpoon, №3、2000、「商業的である権利」)

seiryu95seiryu95 2008/01/21 03:17 To Apemanさん
>ただ「先住民捕鯨」をめぐってはアイヌに関する日本政府の姿勢が日本の捕鯨解禁派の主張の説得力を大いに削いでいる、と私も思います。

 確かに、二風谷ダム訴訟などを見ていると日本政府にアイヌ文化を守ろうとする意思があるのか疑問を感じます。捕鯨問題とは関係なく、アイヌ文化の保護はもっと積極的に行わなくてはいけないでしょう。
 

>ただ、捕鯨だけでなく地球温暖化問題でも同様ですが、生態系に関するリスク評価はもともと見解が分かれやすいというか、パラメーターの数をちょっと増減させたり、パラメーターの値の推定のちょっとした違いで結論が大きく違ってくることがあるわけです。とすると、相手を説得しなければならない立場の人間はやはり粘り強く自説の根拠を精緻化してゆくことに務めるのがまわりくどいようでも早道なんではないか、と思います。

 確かに、鯨の生態や種類ごとの生息数など正確なデータを取得することが困難である以上、どこまで鯨を捕っても、生態系に悪影響を与えないのかを厳格に判断することはできず、ある程度幅のある数字しか出てこないし、生態系や自然環境の維持二十点をおく限り、その幅の内の加減を採用すべきであるということも理解できます。
 しかし、そのような幅を考えても、捕獲しても問題のないといえる頭数というのは鯨の種類別に算定することは可能だと思います。
 生態調査などにより、正確なデータを得ることで捕獲可能な頭数の幅を狭めていくことは重要だと思いますが、反捕鯨派がこれを求めるのであれば、前提として、幅の下限を下回る頭数の捕獲は、商業捕鯨であっても認めることを議論の前提とすべきではないかと思います。
 また、捕獲可能な頭数の算定に当たっては、あくまで科学的な議論を期待します。完全なデータを取得することは不可能であっても、現在までのデータの蓄積の中で幅のある数字を出すことが可能である点では、まさに南京事件の犠牲者数の算定と同じ問題を抱えています。一切の捕獲を認めない反捕鯨派の主張はデータの不確実性を根拠に幅のある数字を出すことまで拒否する点でも、その動機が別のところにある点でも南京事件否定論と類似しているように思えるのです(なお、たとえ鯨であっても殺してもいい数の問題に南京事件の犠牲者数を持ってくることに不快感を感じられる方も見えるでしょう。その点については予めお詫びします)。

ApemanApeman 2008/01/21 12:16 skywave1493さん
上述したように、うちの近所のスーパーでは時おり鯨肉が店頭に並ぶんですが、そんなに喜んで買う人がいそうには見えませんね。

レインボーさん
Dr-Setonさんのエントリは、例のYoutubeの動画やそれを支持するネットの声を契機として書かれているわけですから。その点をふまえなければフェアな批判にはならないと思います。

>それと国際社会で捕鯨が支持されていないってことでは必ずしもありません。

支持の取り付け合戦は捕鯨派も反捕鯨派もやってるわけです。利害関係で言えば「あまり関心ない」という国が実は多いんじゃないでしょうかね。

Jodorowskyさん
その発言はこのエントリを書く際に念頭にあったことの一つです。「日本だからやってるんです」という部分にすでに認知の歪みが出ているわけですよね。こういう歪みを正さない限り、通る主張も通らなくなるぞ、と。

flekramさん
>世界中の国で産業消滅の痛みに耐えた、という文脈の無理解

なるほど、これも重要な観点ですね。

T・Hさん

>もしもシートンさんの基準を設けると、世界一のマンガ大国日本は成り立たなくなってしまうのになぁ

文脈がまったく異なる領域をひきあいに出すのは生産的ではないでしょう。「同人誌文化」は新たな作家を養成する場になっているとか、二次創作を通じて一次創作作品を読むようになるファンを生むとか、現実にマンガ文化の発展に寄与している側面があるわけです。しかし“鯨文化”が鯨の保護に寄与していると言えるでしょうか?

seiryu95さん

> また、捕獲可能な頭数の算定に当たっては、あくまで科学的な議論を期待します。完全なデータを取得することは不可能であっても、現在までのデータの蓄積の中で幅のある数字を出すことが可能である点では、まさに南京事件の犠牲者数の算定と同じ問題を抱えています。

おっしゃりたいことはわかりますが、他方で異なる側面があることも指摘したいと思います。歴史修正主義に関してはよく「裁判基準」を歴史認識に持ち込むことが問題視されます。裁判はその判決により市民の人権を制限したり市民になんらかの義務を負わせますから、その前提となる事実認定にはより厳しい制約が設けられているわけです。これに対して歴史記述では、仮に誤りがあってもその誤りが市民の人権を具体的に損なうことがほとんどなく、時間をかけて正してゆけばよいわけです。鯨の生息数データについての議論の場合、「本当は増えているのに誤って増えていないと考えてしまう」場合のリスクと、「本当は増えていないのに誤って増えていると考えてしまう」場合のリスクとがまったく非対称的であるという点で、裁判のケースに近いところがあるわけです。「本当は増えているのに誤って増えていないと考えてしまう」場合、時間がたつにつれてその誤りは明白になり誤りを正すチャンスがやってきます。しかし「本当は増えていないのに誤って増えていると考えてしまう」場合には、後に認識の誤りを正しても後の祭りになってしまいかねないわけで、この非対称性はしっかり認識しておくべきでしょう。
あと、直接捕鯨に関係しないことがら、例えばマグロの保護といった問題でも地道に国際社会の信頼を培うことが必要かもしれませんね。「商業捕鯨を再開したらあれこれ抜け道を捜して乱獲するんじゃないか?」という疑念を払拭するために。

T・HT・H 2008/01/21 12:43 >しかし“鯨文化”が鯨の保護に寄与していると言えるでしょうか?

それを言い出したら”捕鯨禁止”が鯨保護に寄与しているのか?
と疑問が出てくる訳ですが。
少なくとも調査捕鯨をしっかりやらないと鯨の生態調査はできない。
例えば「シロナガスクジラは増えないのはミンククジラを餌を横取りしているためなのか」とか
反捕鯨側はそうした調査でさえ否定するのですよ。


http://luna.pos.to/whale/jpn_sci.html

http://luna.pos.to/whale/jpn_sci_oh.html

ここを読むと調査捕鯨は科学委員会で高く評価されていると言えると思いますが。

ApemanApeman 2008/01/21 12:45 flekramさんへのレスが実に素っ気なく見えるのが気になって補足しますが、実に的確なご指摘だなと思って付け加えることを思いつかなかったものですから。

T・H T・H 2008/01/21 13:45 ところでflekramさんの指摘に気になったことがあります。

>世界中の国がそうやって捕鯨をやめたのに、まだなんとかして復活させようとしている国がある。その国に対して、「商業捕鯨をやりたければやっていいですよ」なんて言えないんですよ。自国内の失業した人に説明できません。「みんな痛みを我慢して商業捕鯨をやめたんだから、あなたのところだけ商業捕鯨を続けるのを認めるわけにはいきません」そう言うしか選択肢はないんです。仮に日本が産業消滅の痛みを受け入れて捕鯨をやめていたとして、商業捕鯨を継続しようとする国がいれば、やはり同じことを言うでしょう。

欧米であっても狂信的な反捕鯨団体が伸張していく過程でいろいろハレーションがあったんですよ。
日本の捕鯨推進派が痛みを考えるのはいいとして、一番配慮が欠けているのは当の狂信的団体ではないか?

そして「みんな我慢しているからお前も我慢しろ」とは
かつての戦争で我慢を強いた論法と同じではないでしょうか?

天災ならばその論法も使えるでしょうけど、こっちは戦争と同じく人間がおこした行為です。
ただ我慢しろじゃなく声を上げて世の中を変えていくことができるはずですよ。

yokokarayokokara 2008/01/21 14:14 >そして「みんな我慢しているからお前も我慢しろ」とは
>かつての戦争で我慢を強いた論法と同じではないでしょうか?
別にそんなに熱くならなくてもflekramさんがおっしゃるように日本だけ特別に商業捕鯨を継続する、「ひとつの産業が消滅するときの痛み」を越える重要な理由を提示すれば良いだけなんですけどね。

シートンさんの所のコメントみても反捕鯨派の高慢さの指摘が中心で、そんな理由を提示している人は見当たらないような気がします。

とかいう私はかれこれ10年以上鯨料理を口にしていません。

T・HT・H 2008/01/21 14:20 >日本だけ特別に

いや、ですから資源回復ができる範囲で、全て商業捕鯨を希望する国はやっていいと思います。

そしてミンククジラは全世界で100万、マッコウクジラは200万いると推測されています。
シートンさんでさえ、ミンクはたくさんいると認めている。
禁止する理由としては、感情論ですよ。あるいは政治上の理由です。

ApemanApeman 2008/01/21 14:34 T・Hさん
いや、私を説得してもしかたないんですけど…。現実問題として、事態を動かす必要を感じているのは捕鯨容認(or推進)派であるわけです。つまり相手を説得するという動機をより強く持つべきは捕鯨容認(or推進)派であるわけです。私がこのエントリで問題にしているのは、このような前提の下では、捕鯨容認(or推進)派こそが相手の主張を誠実に理解する努力をしなければ、結局通る主張も通らなくなるよ、ってことなのです。例えば

>狂信的な反捕鯨団体

といった言い方を簡単に使う人々がいるわけですが、相手を「狂信的」と呼んでしまえばもはや議論は成立しません。相手のパースペクティヴからは捕鯨容認(or推進)派こそが「狂信的鯨殺戮者」と見えているかもしれない、という想像力も欠けていないでしょうか? 双方が相手を「狂信者」呼ばわりして議論が成立しなくなれば、結局捕鯨容認(or推進)派が損をするわけでしょう? 捕鯨禁止派が鯨の生息状況に関わる事実を誤認していた場合のリスクと捕鯨容認(or推進)派が事実を誤認していた場合のリスクとを比較した時、後者の方がより「取り返しのつかない」事態になることは確かなんです。この「取り返しのつかなさ」の圧倒的な非対称性を勘定に入れずに安易に「狂信的」という言葉は用いるべきじゃないでしょう。その意味で、これは最初から五分五分の議論にはなりようがないんですよ。禁止派は懸念があることを示せばよいのに対し、容認(or推進)派は懸念の余地がないことを示さないといけない。もともと容認(or推進)派は高いハードルをクリアしないといけない立場にあるんです。満州事変をひきあいに出したのは、「自分の主張が相手にどう理解されているかを正確に理解する」ことが大切だ、という教訓としてです。

>そして「みんな我慢しているからお前も我慢しろ」とは
かつての戦争で我慢を強いた論法と同じではないでしょうか?

かつて、ではなく現在も日本の裁判所が戦争被害に対する補償請求を斥ける根拠に使ってますよ。例えば中国残留孤児らが起した訴訟などです。この論法が問題なのは、実際には「我慢」が平等ではないという点です。

ApemanApeman 2008/01/21 14:42 yokokaraさん

>シートンさんの所のコメントみても反捕鯨派の高慢さの指摘が中心で、そんな理由を提示している人は見当たらないような気がします。

結局の所あいまいな「文化」論しか論拠がないから、ですよね。「みんなが我慢するんではなく、みんなが我慢しなくてもよいようにしよう」というのは一般論としては正論ですが、この場合そのためには鯨の生息数が商業捕鯨に耐えうる、高いレベルで安定するようにしないといけないわけで。「商業」が絡むといろんな「偽装」が起きることは昨年さんざん報道されてみんな騒いだわけですよね? だとすれば「商業」捕鯨再開へのハードルが高くてしかるべきことは納得がいくと思うんですが? 商業捕鯨再開したら5年でまた生息数が激減したので再禁止…では、鯨産業従事者にとってかえって人生設計の妨げでしょう。

T・HT・H 2008/01/21 15:15 科学委員会は何度も資源量に問題ないことを示す結論を出しています。
ところが反捕鯨団体はそれでは都合悪いからごまかしたり、はては嘘をついたりするんですよ。
そのことは示されたリンク先に書いてあるんですけどね。

http://luna.pos.to/whale/jpn_nemo2.html

http://luna.pos.to/whale/jpn_tafe.html
http://luna.pos.to/whale/jpn_kalland.html
http://luna.pos.to/whale/jpn_iwmc_cites04.html

「偽装」というなら反捕鯨側こそ偽装していると言わざるを得ません

ApemanApeman 2008/01/21 15:29 三浦淳氏の主張を読むとかえって反捕鯨派に肩入れしたくなりますなぁ…。

T・HT・H 2008/01/21 15:35 えーと
追及する時はApemanさんの方が厳しいと思いますが…(^^;

T・HT・H 2008/01/21 15:53 ところで「狂信的な反捕鯨団体」についてですが、言論ではなく実力行使に訴える団体は
「狂信的」と呼んでさしつかえないと思いますが。

ApemanApeman 2008/01/21 17:21 >追及する時はApemanさんの方が厳しいと思いますが…(^^;

なんのことですか?

>言論ではなく実力行使に訴える団体は
「狂信的」と呼んでさしつかえないと思いますが。

そういえばフランス情報部がグリーンピースの「虹の戦士」号を爆破して死者が出たことがありましたね。フランス情報部は狂信的ですか? 大阪の長居公園でホームレスを「実力」で排除した大阪市は狂信的自治体ですか? あなたは商業捕鯨再開を実現したいんじゃないんですか? もしそうなら、あなたのような人間こそが捕鯨反対派の思考をきちんとシミュレートできないといけないんじゃないですか? 「狂信者」呼ばわりはそのシミュレーションを放棄することだ、と言ってるんですよ。彼らからみれば調査捕鯨の実効が「実力行使」に見えている、ということを理解できないのなら、捕鯨反対派を説得できる見込みはないでしょうね。説得すべきは別にシー・シェパードじゃないでしょう?

ApemanApeman 2008/01/21 17:26 正月にここを含めて盛んに話題になった、「正しい意見を間違っているかのように印象づけるテクニック」問題がありますよね? 「その10人のうち、一番的外れな議論をしている1人の意見を採り上げ、それがいかに的外れであるかを証明してみせる」ってやつですが。言ってみれば、捕鯨反対派はこのメソッドを使っていればすむんですよ。それが議論としては不当であっても、政治的にはそれで勝利できるんです。しかし商業捕鯨再開派がそのメソッドを使っても、事態はちっとも動かないんですよ。

T・HT・H 2008/01/21 17:37 違法行為の暴力をはたらくなら、やはり「狂信的」だと思います。

>彼らからみれば調査捕鯨の実効が「実力行使」に見えている、ということを理解できないのなら、捕鯨反対派を説得できる見込みはないでしょうね。説得すべきは別にシー・シェパードじゃないでしょう?

彼等の信仰を解くのは不可能かもしれませんが、それ以外の、暴力を忌避する人に訴えることは有効だと思います。
表向き環境保護を訴えている彼等の欺瞞を示すことでその幻想を解くということです。

こんな例えを出すのは適当でないかもしれませんが、ベトナム戦争で虐殺を報道したことで
アメリカの大義を揺るがせ戦争忌避を招いたように。

ChieChie 2008/01/21 17:40 別に反捕鯨国や反捕鯨団体が意地悪をするので大好きなクジラが食べられないわけではなく、調査捕鯨で獲った鯨肉はあるのに食べる人が少ないのです。2005年には在庫が4000トン近くダブついてしまっています。

http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/20060905gr01.htm?from=os1

クジラが高いと言っても、この記事によれば居酒屋で竜田揚げが鶏の唐揚げの5割増と、手が出せない値段でもありません。もっと高価な大間のマグロは引く手あまたですし、関アジ関サバは品薄で偽物が出回るほどです。

捕鯨推進を訴える人は、つまらない動画を作るより週に1回くらいクジラを食べたほうがいいんじゃないでしょうか。このままでは日本人は食べもしないのに鯨を獲るのかと思われて、得られる理解も得られませんし、調査捕鯨の費用は鯨肉の売上で賄っているそうなので、その存続も危ぶまれます。

T・H T・H 2008/01/21 19:14 これが真相ね
消費ではなく流通関係で滞るのはあるかもしれない

クジラ在庫 「ダブつき」の真相
http://www.j-cast.com/2006/09/14002955.html

「反捕鯨国のメディアが、日本で鯨肉が余っていると伝えているのは知っています。朝日新聞もそれを参考にしたのかもしれませんが、余ってはいません」
とキッパリと答えた。

確かに昨年末に3,900トンほどの在庫があったが、それは年間で最もストックを抱える時期で、流通する前だったという。
さらに、毎年の調査捕鯨費は50億円〜60億円で、うち5億円が税金。残りは鯨肉の販売で賄うため、確実に売れているというのだ。
ある鯨肉中卸大手の担当者も、「我々は販売するためにストックしているのだから、余っているという表現は間違っている」と話した。
ただし、商業捕鯨が禁止されて20年になり、クジラの卸業者が激減して、鯨肉の流通が物理的に滞ることもあることは認めた。

うさぎうさぎ 2008/01/21 20:36 おそまきながら。えーと、T・Hさん。ちょっと読んだだけでは貴方の
捕鯨に対する(捕鯨は認めて良いって言う以外の)立場が全然見えて
来ないですが自覚あります?単に反対されている事はやってみたい、
見たいなガキか、何でもパワーポリティクスでしか語れなくなっている
(要はガキね)頭が硬直化した人達と区別出来ないんです。もしきつい
事言ってるのなら済みません。捕鯨反対派が多い中なぜ捕鯨を再開
すべきと思う理由はちゃんと書かないといけないと思います。単に数が
多いから、なんてもので無く。一部のデマゴギーの発している鯨が魚を
絶滅さる、とかいう、うわごと以外で。(人間がかつて無い程水産資源を
追求しているため、鯨類と全面衝突になる可能性が本当にある、と言うのなら
水産庁もそう正直に欧米に言えば向こうも色々考えると思うが、そもそも水産庁
もそう言ってはいないようだし、歴史の本見ると鯨は江戸時代は沢山いたみたいだし。
で、関西圏では結構流通していたみたいですね。関東では戦後までは殆ど食べられて
いなかったみたいですが)

mujinmujin 2008/01/21 20:49 他人を狂信者だと思うのは自由だけど、その人を本気で説得しようと思ったら、たといそんな自由があったとしても言えないですよね。もちろん説得を目的としてなければ話は別ですけど。T・Hさんがいま言った「真相」だって一方の当事者である水産庁の主張でしかない。それどころか水産庁の主張が間違っていることさえ訂正記事で明らかにされている。T・Hさんたちがそういう態度を取るかぎり、一般の人々がどちらを「狂信者」だと見なすかは明らかだと思いますけどね。

ChieChie 2008/01/21 21:08 T・Hさん、私が提示した記事には、ちゃんと「流通在庫」と書いてありますよ。その上で

> 昨年12月、価格を決めている日本鯨類研究所が卸売価格を2割下げたこともあり、今年1〜7月の鯨肉の販売量は前年同期比で5割増えたが、流通在庫を減らすまでには至っていない。

と報じているのですが。

まあ、水産庁も大変なんだと思いますよ。値下げやPRをすれば「売れなくて余っている]と言われるし、しなければ本当に売れずに余るしで。

名無しさん名無しさん 2008/01/21 21:25 商業捕鯨が中止となったのは米国からの圧力に日本政府が屈したからであり。
捕鯨産業では“票”にはならないからモラトリアム解除とならない現状が続いているのですけど。
外国のことを言う前にまずは日本政府をどうやって動かすか、方法を考えてくれませんかね?

ApemanApeman 2008/01/21 22:49 じゃあT・Hさんは今後、ほとんどの政府を狂信者と呼ばなきゃならなくなるでしょうね。狂信的に秩序を追及してる、とか。

それからうさぎさんが

>捕鯨反対派が多い中なぜ捕鯨を再開
すべきと思う理由はちゃんと書かないといけないと思います。

とおっしゃってますけど、ここでやらないでくださいね。迷惑ですから。ご自分のブログでやってください。トラックバックも送らなくていいです。

>人間がかつて無い程水産資源を
追求しているため、鯨類と全面衝突になる可能性が本当にある、と言うのなら
水産庁もそう正直に欧米に言えば向こうも色々考えると思うが

実際のところ、水産資源全般の将来について私は悲観的なんですけどね。肉より魚が好きなんですけど、この数年は微力ながら魚を食う量減らしています。

mujinさん

>その人を本気で説得しようと思ったら、たといそんな自由があったとしても言えないですよね。

私が言いたいのもそういうことなんですけど、どうも説得ではなくすっきりすることが目的の人がいるようですね。

Chieさん

実際、たまにスーパーに鯨肉が並んでも“大勢が奪い合うように買ってゆく”光景なんて見ませんからね。T・Hさんの提示した記事でも「 一方で、若い年代では鯨肉を食べる文化が薄れている」となってますしね。年配のひとでも食糧難の時代を思いだす、ってケースはよくあるでしょう。私も牛肉よりやすいから、ってんで給食に出た世代です。「日本古来からの食文化が廃れては困る」なんていうならもっと他にやるべきことがあるでしょうに。

名無しさん

>外国のことを言う前にまずは日本政府をどうやって動かすか、方法を考えてくれませんかね?

日本政府は動いてるんじゃないんですかね? ことがらの重要性と比べると不相応と言ってもよい熱意で。

名無しさん名無しさん 2008/01/21 23:13 >日本政府は動いてるんじゃないんですかね? ことがらの重要性と比べると不相応と言ってもよい熱意で。

米国イヌイットの原住民生存捕鯨を日本の尽力で否決させたのだが外務省から水産庁に圧力がかかり一転して原住民生存捕鯨を容認した・・・と、記憶していたのですがソースが見つかりません。記憶違いだったかな?

ApemanApeman 2008/01/21 23:30 >米国イヌイットの原住民生存捕鯨を日本の尽力で否決させたのだが

それってまさにDr-Setonさんが批判していたやり口じゃないですか。日本政府がイヌイットの先住民捕鯨を人質にして商業捕鯨再開させようとするなら、私は商業捕鯨反対派の側に尽きますよ。

ところで大阪・柏原市の知的障害者施設では狂信的な職員を雇用しているようですが(というより幹部職員が狂信者であるようですが)、
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200801210038.html
捕鯨反対派や沖縄・辺野古での基地建設反対派の抗議行動を「狂信的」とか呼ぶような人々が、この種の暴力を厳しく追及してくれると嬉しいんですけどね。

それから、T・Hさんのコメントを最初から読み直していただければお分かりのように、こちらの問いかけをずいぶんと無視してますよね。私が何を問題にし、何を疑問視しているのか…にきちんと答えるおつもりはないようです。そういう一方通行の発言がしたいんだったら、自分でブログつくってコメントもトラックバックも受け付けない設定にすればいいと思うんですよね。そうすれば誰にも邪魔されず、思う存分自説を書けると思うんですが。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/01/21 23:37 もともと直接Dr-Setonさんのエントリに投稿しようとして、時機を逸したコメントですが……人権に比較的敏感な政党が捕鯨批判しているのに、白豪主義批判とセットにした動画を作るなどという点は、北朝鮮を強く批判するラントス議長を従軍慰安婦謝罪決議に協力した“反日”と主張する人々にもかぶります。
敵味方の基準を、国境や民族でしか想定できないゆえの喜劇です。

Apemanさんへ。
>南京事件よりよっぽど「火中の栗」ではないかと…(^^;

そういえば『美味しんぼ』で捕鯨の価値が主張されていたように、捕鯨推進論は左派とも親和性がありますね。文化という物は、合理性だけでははかれませんし。
保守でも極一部しか否認しない南京事件より、ある意味で議論するのが難しい争点だと思います。もちろん、南京事件は議論にならないこと自体が難しいのですが。

調査捕鯨といえば、そのかなりを税金でまかなっているわけで、一種の無駄な公共事業じゃないか、という問題もありますね。
反捕鯨国や組織や思想の存在より、鯨肉需要の落ち込みこそ、捕鯨業にとって本当の危機なのではないでしょうか。反捕鯨論に対する反発が、調査捕鯨という形の公金投入を支えているわけですから。そして、調査捕鯨だけで充分に需要はまかなえているわけです。
むしろ商業捕鯨が解禁された時こそ、現実に日本の捕鯨が消え去る日かもしれません。

そしてコミックマーケットも、あくまで全てがアマチュア活動という建前(事実として大半の同人は持ち出し)でなければ維持できません。そしてファン活動という建前が二次創作を許容させているのです。実際はポケモン同人誌の例があるように、多くの二次創作は権利者から訴えられれば著作権違反となります。たいていは親告罪だから見逃されているだけです。
また、アイヌ漁業や諌早湾漁業に対して日本政府が冷淡なのとは違い、コミックマーケットはあらゆる表現の自由を主張しています。だから即売される物品はマンガに限りませんし、物故された代表がマンガ以外の表現や政治にも言及していたわけです。

kamikitazawakamikitazawa 2008/01/22 00:00 >米国イヌイットの原住民生存捕鯨を日本の尽力で否決させたのだが

コレ↑ほんとこういうところで「やったったゼ!」って持ち出すべき事柄じゃないですよね。真逆ですよ真逆!!

なんだって水産庁には「イヌイットと手を結ぶ」という発想がないのかというのがまったく理解出来ません。それでそのライン(少数者の文化と権利を積極的に保護するニッポン!)でプロパガンダを展開すりゃ、国際世論を引っ繰り返すとまではいかなくても、一部こっち(捕鯨派)に引き込むくらいは出来ると思うんですが。
いや、日本政府の自国先住民への取り扱いを考えれば、100%納得いく行動ですけどね。

それでこういうところが実に「戦前の日本」を想起させずにはおかないわけです。
「小国日本の生存権」を主張するなら、「(植民地を)一切捨つるの覚悟」(石橋湛山)を持てとまでは言わないから、せめて不平等条約や租界・租借地の解消、植民地住民の内国民並み取り扱いなんかを堂々と掲げて国際公約にすりゃいいのに、そういうものは全部「既得権」で、ついでに貧乏だから満洲もくれ、じゃあ人の心が動くわけない。それで自分からヘタを打っといて、どんどん内攻していって最後にキレたわけですから。

ApemanApeman 2008/01/22 00:24 hokke-ookamiさん

>そういえば『美味しんぼ』で捕鯨の価値が主張されていたように、捕鯨推進論は左派とも親和性がありますね。

原作者の雁屋哲氏は1941年生まれですか。世代的には「左翼ナショナリズム」の全盛期に大学生活を送っていますよね。また物心ついたら敗戦…という世代でもありますから“日本軍国主義”への不信感を肌で感じつつ育った世代とも言えますね。しかし『美味しんぼ』の女性観なんかをみていると“今どきの左翼”とは随分隔たりがあります(^^;

>むしろ商業捕鯨が解禁された時こそ、現実に日本の捕鯨が消え去る日かもしれません。

たしかに、牛・豚・鶏と肉が豊富にあふれている現状では、商業捕鯨を再開したところでたいして需要があるとは思えませんね。くま(仮)さんが書いておられるように、(仔)羊肉ですらどこにでもあるわけではない…というのが日本の消費者の肉志向の現状ですから。

kamikitazawaさん

>それでこういうところが実に「戦前の日本」を想起させずにはおかないわけです。

まあ唯一の救いは、捕鯨の利害があまりに小さいのでさすがに「颯爽と国連脱退」とはいかない、ってことですかね。

seiryu95seiryu95 2008/01/22 07:11 To Apemanさん
少々時機を逸してしまった感がありますが。

>しかし「本当は増えていないのに誤って増えていると考えてしまう」場合には、後に認識の誤りを正しても後の祭りになってしまいかねないわけで、この非対称性はしっかり認識しておくべきでしょう。

 生態系の維持という観点からすれば、この非対称性は当然求められるべきでしょう。ただ、これを前提としてもこの程度まで証明できれば認められるというラインは設定できると思うのです(これすらもできないというのであれば、生態系の維持を名目にしているが、本音は自分たちの文化の押しつけであるという批判を免れないでしょう)。

 また、日本での需要が少ないというのは、日本が捕鯨をしない理由にはなっても、捕鯨を禁止する理由にはならないのではないでしょうか。あくまで捕鯨を禁止する理由は鯨の生態系の維持に限定すべきで、これに支障が出るのであれば需要がいくら多かろうと捕鯨を認めるべきでないし、反面生態系の維持に支障のない範囲であれば、これから需要を喚起するという行為は批判されるべきものではないでしょう(特に捕鯨禁止によって、鯨肉になじみのない世代が出てきたという経緯を考慮すれば)。仮にこのような需要喚起にもかかわらず需要が伸びないのであれば、むしろ商業ベースに乗せた方が、採算がとれなくなるので捕鯨の縮小に資するように思います(商業捕鯨を名目的にでも認めれば反・反捕鯨派のガス抜きにもなりますし)。

 最後に、T.Hさんとのやりとりについて
 たしかに、T.Hさんの「狂信的」という表現は、議論を妨げるものであり、捕鯨推進の戦略上も拙いものであると思います。ただ、これを問題にするのであれば、Dr-Setonさんが参照元のエントリーで調査捕鯨を「虐殺」と表現しているのも同様に議論を妨げる表現として非難されるべきであると思います。現時点で捕鯨推進派の方に説得の必要があるという非対称性は否定しませんが、それを考慮してもこのようなやりとりのうちの一方のみが非難の対象になるというのは、公平な議論という点ではやはり問題なのではないかと思うのです。

名無しさん名無しさん 2008/01/22 08:20 >日本政府がイヌイットの先住民捕鯨を人質にして商業捕鯨再開させようとするなら、私は商業捕鯨反対派の側に尽きますよ。

水産庁(捕鯨班)が「反捕鯨国は日本の沿岸捕鯨を認めないのにイヌイットの原住民生存捕鯨を容認する」態度に反発して否決させた、です。バーターにしたのは商業捕鯨ではなくて沿岸捕鯨ですね。

>調査捕鯨といえば、そのかなりを税金でまかなっているわけで、一種の無駄な公共事業じゃないか、という問題もありますね。

調査捕鯨での余剰品、鯨肉を調査費用に当てても足りないでの税金が投入されています(それでも商業捕鯨の鯨肉より割高になります)
反捕鯨派が「鯨肉には需要が無い」と言うのであればご指摘の通り商業捕鯨を再開させれば良いのですよ、税金を投入をしない(商業捕鯨時のランニングコストにおける)鯨肉の値段に消費者がそっぽを向くのであれば無駄な公共事業だとして調査捕鯨が廃止となりますから。

>なんだって水産庁には「イヌイットと手を結ぶ」という発想がないのかというのがまったく理解出来ません。

米国に日本の沿岸捕鯨を認めさせて日本も原住民生存捕鯨を認めたのですが、結局は米国一国の票では沿岸捕鯨再開には足りず捕獲枠が得られないままです。

ChieChie 2008/01/22 10:51 名無しさんが言われる「原住民生存捕鯨と沿岸捕鯨のバーター」というのは、去年のIWC総会での話でしょうか? 私は沿岸捕鯨の捕獲枠を要求すること自体には反対ではありませんが、あのような欺瞞的な提案は否決されて当然だと思います。Apemanさんの下記エントリと、そこにつけた拙コメントをあわせてお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070607/p1

先住民族の権利どころか存在すら認めていない国が原住民生存捕鯨を主張しても、国際的理解が得られるはずがありません。

ApemanApeman 2008/01/22 11:13 Chieさんがご呈示くださったURLのコメント欄で「イヨマンテ」がどうこうとあるのは
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1634184641/E20070604212952/index.html
のことです。しかしオレ、ほとんど同じこと書いてるな。進歩がない…まあ首尾一貫はしている、ということにしておいてください(^^;

ApemanApeman 2008/01/22 11:16 seiryu95さん

>ただ、これを前提としてもこの程度まで証明できれば認められるというラインは設定できると思うのです

この問題に影響力を持つ政府・期間・団体のうち、これを原理原則のレベルで否定しているところはあるんでしょうか? 私ももちろんそんなことを否定したりはしていません。
そりゃアニマル・ライツの提唱者は個体数がどうであれ鯨の捕獲に反対するでしょうが、彼らは国際政治を動かすほどの力を持ってませんし、鯨以外の動物の殺害にも反対してますからね。

> また、日本での需要が少ないというのは、日本が捕鯨をしない理由にはなっても、捕鯨を禁止する理由にはならないのではないでしょうか。

少なくともここには「禁止する理由」としてあげていた人はいませんよね? 商業捕鯨再開が「国益」なのか? といった疑問の根拠にはなるでしょうが。

>Dr-Setonさんが参照元のエントリーで調査捕鯨を「虐殺」と表現している

これは必ずしも正確ではないと思います。シートンさんは「わざわざ南氷洋まで出掛けて、必要もない捕殺してまで、調査、と強弁すれば、“slaughter(虐殺)”扱いされるのも当然ですよ」という表現をされているわけで、第一義的には反捕鯨派のパースペクティヴを解説しているわけです。もちろん、シートンさんご自身がそうしたパースペクティヴに共感しているということはあるかもしれませんが。それに「虐殺」と「狂信者」では単語それ自体の含意がかなり異なります。犬であれ猫であれ故なく殺せば「虐殺」だというのはわれわれも共有している感覚ですから、問題は調査捕鯨が「必要」なのかどうかという点にかかってきます。「狂信者」が問題なのは、単に非難しているだけでなくコミュニケーションの断念を含意してしまうからなんですよ。
まあ、「虹の戦士」号爆破事件の話題がスルーされたように、どうも国家暴力に甘い人々ほど環境団体のハードな抗議行動を「テロ」呼ばわりする傾向があるような気がしている…というのはこれは私の個人的なバイアスによる悪感情です。

>バーターにしたのは商業捕鯨ではなくて沿岸捕鯨ですね。

「沿岸捕鯨」というのは別に非商業捕鯨のことじゃないでしょ?

>無駄な公共事業だとして調査捕鯨が廃止となりますから。

日本の干潟がどうなってるか…を考えればあまりにも楽観的すぎるでしょうね。私のように、捕鯨それ自体を原理的に否定しているわけじゃない人間でも疑念を抱くのは、そういうところです。

続きはできれば掲示板の方でお願いできますでしょうか。
http://homepage3.nifty.com/biogon_21/index.html

T・HT・H 2008/01/22 15:57 大量に反論したい部分があるのですが重要なところだけ

>それどころか水産庁の主張が間違っていることさえ訂正記事で明らかにされている

えっ?
明らかにされているのですか?

Chieさん
それは『流通在庫』ですね。売れ残ったではありません。
鯨の消費量は減ってるどころか『増えて』いるのですよ。
増えていてだんだん多く仕入れているとも言えるのです。

>じゃあT・Hさんは今後、ほとんどの政府を狂信者と呼ばなきゃならなくなるでしょうね。狂信的に秩序を追及してる、とか。

なんだかな…
私は政府や法律を完全だなんて思ってはいません。

他方、迷惑行為を取り締まわらなければそちらの方がよっぽど社会にとって害悪でしょう。
主観的な正しさだけの迷惑行為を、批判し取り締まることができなければストーカー犯罪はどうなるんです?

>それから、T・Hさんのコメントを最初から読み直していただければお分かりのように、こちらの問いかけをずいぶんと無視してますよね。

>そういう一方通行の発言がしたいんだったら、

あのですね、どんな問いかけに答えていないのか
具体的に言わないと困ります。

>とおっしゃってますけど、ここでやらないでくださいね。迷惑ですから。ご自分のブログでやってください。

どっちなんですか!?
一つ一つ説明すればいいのですか?
説明してはいけないのですか?

NakanishiBNakanishiB 2008/01/22 17:04 >Apemanさん
 虹の戦士号を爆破した犯人はニュージーランドで逮捕され有罪判決を受けています、立派な犯罪です。ニュージーランドはすくなくともこれについて「狂信的」ではありません。フランスの圧力で契機をつとめず出たからいいのなら、ホロコーストの関係者も冷戦時代にどんどん釈放されていますから当然犯罪ではないのでしょう。

 昔、横浜のいやみな作家が「鯨はおいしい、だから食べられるようにしよう」という記事を週刊誌に書いてたけどそのときはなるほどと思いました。文化とか自由がでてくると殺人にまで行くのだからいやなものです(とブログのタイトルの問題を無視する)。

通りすがり通りすがり 2008/01/22 18:02 >T・Hさん
読売の記事は、消費量の増加と差し引きしても流通在庫が増えて困ってるって話では。在庫が増えていく状況は売れ残りと表現されてもおかしくないと思います。

rnarna 2008/01/22 20:05 エントリの追記にお返事します。コメント欄の流れは中田市長あたりまでしか追えてないのですが「捕鯨をしてはいけない理由」が論点になる限りは真っ当な議論だと思います。一番の論点はおっしゃる通り資源量の評価(絶滅リスクの評価)なのでしょうが、そこは非専門家の手に負えないところであって、それだけに周辺の論点に話が飛びがちなのかと思っています。そのあたりが逆にナントカホイホイみたいに作用して、中田氏みたいに踏まなくていい地雷を踏む人が出てくるのかなーと…
「捕鯨のリスク評価」というのが環境リスクの評価、主に絶滅リスク評価ならそれが大事ということで異論はありません。しかし政治的リスクまで含むとしたら、原則を曲げてまで柔軟に対処するのは禍根を残すのでよくないと思います。

レインボー レインボー 2008/01/22 20:56 通りすがりさん
それはこちらでもう結論が出てます

http://homepage3.nifty.com/biogon_21/index.html

元々の読売記事が「イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク」という反捕鯨団体による印象操作にひっかかった結果なのですよ。
商業捕鯨ができた40年前の約2000グラムと現在を比較すること自体情報操作だとは思いませんか?

年2回しか水揚げができない鯨だから、水揚げ直後は在庫が膨れ上がり、水揚げ直前は空になるのは当たり前なのです。

>在庫が増えていく状況は

増えていってません。
むしろ足りないくらいなんです。

うさぎうさぎ 2008/01/22 20:58 Apemanさん、THさんとも勝手にApemanさんの敷地内で吠えてご免なさい。で、
あえてまだTHさんに言うと、初めから自分の主張及びその根拠をかなり具体的に
記述していればこんなにごたごたは続かなかったはずです。はっきりした主張が
あるのならちゃんと初めに書けばいいことです。相手が自分とは異なる意見を
持っている、と感じた場合は。これは議論における最低限の作法です。勝ち負け
の問題でなく議論における。で、ここの主は明らかに勝ち負けは問題にしていない
ので、なにが優先されるかは自明でしょう。

ApemanApeman 2008/01/22 21:09 rnaさん

>それだけに周辺の論点に話が飛びがちなのかと思っています。

確かに、それこそ南京事件以上に真っ当な学者同士の間でも見解が大きく分かれかねないトピックですからね。また日本に暮らしていれば捕鯨賛成派の認知の歪みが目につきやすいというのもあるのかもしれません。ただ、「反捕鯨派が本気で鯨の絶滅を危惧している」という可能性を真剣に受けとめない限り捕鯨再開派にとって展望は開けない、という非対称性は一定の合理性を持つのだ、ということはふまえておくべきだろう、ということです。

レインボーレインボー 2008/01/22 21:27 失礼ながらApemanさんへ
どうも一知半解男氏と論じた時の態度と随分違いますね。

彼はApemanしまうま両氏の話を聞かない。
そのため、
これに答えて下さい、提示した資料を無視して脳内ソースで話さないで下さい
と具体的に指摘しながらやりあったはずです。

ですがT・Hさんとのやりとりの場合
何が「一方通行」なのか、何が「問いかけ無視」なのか全然明示しなくて
根拠無しの非難していると言わざるを得ないのですが。

blackseptemberblackseptember 2008/01/22 22:00  この話がものすごく不利なのは壱岐のイルカ事件(海が真っ赤になった)なんかも後引いてる関係もあると思うんですが。 北海道のトドをバルカン砲とF-86の機銃掃射で追い散らした時にはそれほどニュースにならなかったですけど、映像の衝撃ってやはりデカイですからね。
その後陸上に乗り上げたときにも子供が棒で叩いてる写真とか使われちゃってますし。

あれだけ悪いイメージ付いちゃうとハンディキャップマッチやってるようなもんでしょう。

ところで、ほかのネタともリンクするんですが、日本がこれだけ目をつけられるのはここ数十年「経済(消費)大国」のトップを突っ走ってるということもあるんじゃないでしょうか。鉱産資源や農産品に関しては売買ですからフィフティフィフティですけど、魚なんかは南米の深海魚みたいなものまで漁ってますし、一時は世界の美術品まで根こそぎ買い漁るような鼻息の荒さでしたからね。

科学的知見の有無とは別に「さんざ贅沢して  そ  の  上  希少動物まで漁ろうってのか!」てな悪感情が出るのは無理のないことでしょう。

rnarna 2008/01/22 22:14 やっとコメント欄の残り読みました。
なんだここは!こんな地雷原のど真ん中みたいなところにいられるか!俺は部屋に帰る!←[死亡フラグ]

シートンさんとこも全部は読んでなかったのであらためて一通りよみました。正直ここまで沸騰してる問題だと思っていませんでした。もうちょっと自分の立場を補足しておかないと誤解されそうなので少し書きます。

まだ明言はしてなかったと思いますが、捕鯨の必要性は捕鯨を続ける・やめるとは関係ない、というのが僕の主張だったのです。が、よくよく考えるとリスク評価という点でも必要性の程度は効いてきますね。必要性がないからやめるべきだ、というふうに直結させるのは反対ですが、まったく関係ないというわけではないのでした。

肩を痛めていてあまりタイプできないので簡単にまとめます。

(1)人が死ぬとか種が絶滅するとかいう危険があっても、我々の社会は一定のリスクを引き受けて生活の豊かさを追究しています。たとえ生存に不可欠でない事柄でも、そういった危険性について計算上妥当な線から十分余裕を持たせたところに線を引いて、その線より内側では自由にしてよいということにしています。

(2)この「十分余裕を持たせて」という部分、安全係数みたいなもの、については必要性の高い事柄に対しては小さく、低い事柄に対しては大きくとるのが一般的です。

ということで、必要性の議論は(1)を合意した上で(2)をめぐって議論する限りにおいては妥当だと思います。

通りすがり通りすがり 2008/01/23 00:51 >レインボーさん
流通在庫、ぜんぜん減ってないように見えますが?

hokke-ookamihokke-ookami 2008/01/23 05:23 Apemanさんへ。
>しかし『美味しんぼ』の女性観なんかをみていると“今どきの左翼”とは随分隔たりがあります(^^;

まあ……現実では批判する前時代的な言動でも、虚構でなら魅力的に書くのが作家というものですから(笑)。その女性観が現れる主人公母に関連して、敵役としての位置づけが変化していく主人公父など、山本薩夫監督を思い出します。雁屋作品では敵側のライバルが非常に魅力的に描かれる作品が多かったものです。
話を戻すと、『美味しんぼ』で捕鯨エピソードが書かれたのはかなり昔であることや、伊瀬早湾や長良川でも現地の食文化を奨励し日本政府を批判していることも、ここで問題になっている捕鯨派との対比として補足しておきます。

>反捕鯨派が「鯨肉には需要が無い」と言うのであればご指摘の通り商業捕鯨を再開させれば良いのですよ、

「かもしれない」不安定な推定に、捕鯨反対派が賭けるとはとうてい思えません。「消費者がそっぽを向く」のは現状から考えて可能性が高いでしょうが。
さらに、たとえ賭けに勝っても、結果がわかる前に鯨が減少しては捕鯨反対派にとって意味がないでしょう。
むしろ、近海での商業捕鯨……少なくとも調査捕鯨よりは妥当と私は思う……を目指す者が念頭に置かなければならないと思い、出した話です。

uchya_xuchya_x 2008/01/23 08:46 殺さなきゃならない積極的な理由がない限り、殺さなくても良いんじゃないの? とか思うんですけど。需要喚起って、そこまでして殺す理由を作らなくてもいいんではないですか?
全国流通して、近所のスーパーで気軽にクジラ肉が買える、ってのは食文化なのか?

ApemanApeman 2008/01/23 12:06 rnaさん、了解です。肩のほう、お大事に。
他の方は
http://homepage3.nifty.com/biogon_21/index.html
で。

かっちゃんかっちゃん 2008/01/23 13:15 すごい反響ですね、全部を見きれないうちに、皆さんは触れていないと確信してコメントいたしますが、
 日本政府側関係者と学者の方だと思いますが、クジラが漁業資源を食い荒らすといってましたね。その量を表で示り、ザトウクジラがニシンの群れを狩るときの映像、胃の内容物から大量のニシン、イワシなどが出て来る映像なども見ました。これで、漁業を守るためにも捕鯨は必要と思う方もいると思いますが、それなら南極オキアミしか食べていない南氷洋のクジラは放っておけなどと言われるんじゃないでしょうか。

実際日本近海には多数のミンククジラがいて調査捕鯨もされているとの事ですし。

 違う見方から、私は地球温暖化防止のためなら、積極的に捕鯨をした方が良いと思っています。そのかわり牧畜禁止。アメリカやブラジル、アルゼンチンなどの牧畜産業でどの位の森林や草原が破壊されているのかデータもないのですが、世界で「あらゆる陸上哺乳類の肉を食べない」という運動を広げることで、大草原や大森林地帯が復活するのではと思っています。
 基本的に食べ物は植物に限れば肉に比べれば十分の一以上の炭素で済み、アメリカ人はいったい日本人の何倍もの肉で生活しているのかと思います。聖書の教えに反するのではないですか。よく知らんけど。
 それどころか特に「食べたいと渇望もしていない国」にもっと食べてアメリカから輸入せよという始末。温暖化防止のためそれは出来ませんといえば良いのに。

 昔、アメリカのプレーリーには6千万頭のバイソンが生息していたそうです。むしろ、獣肉を食べたければ野生動物のみとして厳しく資源管理を行うとした方が良いのでは。日本近海で打ち上げられたイルカなどは食べなければ生態系を壊すとまでいって食するべきかと思います。どうせ大半は死んでしまうんですから。

 日本の牧畜産業の従事者が捕鯨反対に対しては怒りを感ずるという発言も直にきいたこともありますよ。食用に育てた牛を食べる事は「非常に可愛そうではないのか」と。私はクジラも羊肉も非常に大好きですが、我慢をすることは出来ます。
Apemanさん申し訳ありませんがコメントが重複したら削除をお願いします。

かっちゃんかっちゃん 2008/01/23 13:33 訂正します。十分の一以上→十分の一以下。

 ついでに昔アメリカに、スーパーマーケットの研修に行ったことがあります。当然ながら、肉売り場ではブロック肉を大量に置いてましたが魚はサーモン(キングのみ)、ハリバット(オヒョウ)、タラの切り身3種で肉売り場スペースに比べると数十分の一のスペース、殆どのスーパーではそうでしたが、たまにアメリカナマズ(今、外来魚として駆除対象ですが、非常においしいそうです)が丸ごとおいてありました。はっきり言ってアメリカ人一般の食生活の異常さを感じましたよ。これを言わずしてアメリカ人の皆さんは環境について語ることは出来ないと思います。熱心なベジタリアンも日本以上に多くいる国なんですがね。

ApemanApeman 2008/01/23 16:05 コメント欄の容量制限に近づいてますので、
http://homepage3.nifty.com/biogon_21/index.html
でお願いします。

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