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Apes! Not Monkeys! はてな別館

2008-12-24

[]「日中戦争なら核報復を」発言公開の背景と田母神問題

12月22日の朝日新聞は一面で、1965年に訪米した当時の佐藤栄作首相がマクナマラ国防長官(当時)に対して「(日中で)戦争になれば、米国が直ちに核による報復を行うことを期待している」と発言したことを示す外交文書を外務省が公開したことを伝えていた(第1ページ第2ページ)。新聞を読んだ時の第一印象は、「外務省は反核世論なんてもはや大して気にする必要はない、と踏んだのか?」というものだった。都合の悪いものはあくまで隠す(参考)ところが公開したんだから。この報道によって、改めて日本が米軍の「核の傘」の下にいることの是非が国民的な議論の対象になる、と予測したならば公開しなかっただろう。そして外務省のこうした判断は、客観的には間違っていないのだろう。本来なら、もはや日本が全面核戦争に巻き込まれる脅威など存在しないと言ってよい時代にこそ、米軍の「核の傘」の下にいることの是非がきちんと問われてよいはずなのだが。


これもまた「軍事」に関する政治的イシューにおいて、いわゆる左派がじわじわと後退を続けている現象の一環であるわけだが、田母神「論文」を称揚している人びとはこの一件が“自衛隊の役割を今以上に大きくしたくない”“自衛隊を正式に国軍にしたくない”陣営、あるいはそもそも自衛隊を廃止すべきだと考える陣営にとってどれほどの「恵みの雨」になったかを理解していないようだ。ホドロフスキさんに掲示板でご教示いただいたのだが、『WiLL』は2号連続でタモさんを持ちあげる「総力特集」を組んでいる。これに対して、田母神批判のための「総力特集」を組む左派論壇誌は存在しない、というのが実情であるわけだ。いわゆる左派にしてみれば5点リードされた9回裏、ファンも帰り支度を始めようかというころになって相手チームの投手がボークを連発した挙げ句審判に暴言をはいて退場、といったところか。もちろん、まだ満塁ホームランが出ても追いつかない状況ではあるんだけど。

主としてすでに定年退職した世代を対象としているらしい「NPO法人新現役ネット」というところが「コミュニティルーム」を運営していて、そのなかの「フリートーク2(文化歴史教育)ルーム」で当ブログにも時おりコメントを下さる vagabondさんが田母神「論文」を巡って投稿をしておられる。

田母神はカス‘論文’で護憲派に「塩」を送った


戦後の日本は旧日本軍の‘否定から始まった。

自衛隊は旧日本軍とは異なる、との前提で発足し存在している。

しかし「第九条」の存在によって、自衛隊は軍隊でありながら軍隊として正式に認定されていない・・その矛盾というか(認められないことへの)苛立ちが今回のカス‘論文’になって表れたのだろう。


護憲派は「現在においても日本が軍隊を持てば旧日本軍と同じようになる」という前提に立っている。だから「軍隊を持たないことが戦争をしない道だ」と主張する。

この主張はいわゆるサヨクでなくてもかなりの「普通の」人に受け入れられている。

例えばジェリーこと沢田研二も第九条を称えるような歌を歌っている。


改憲が多くの国民に受け入れられるためには「自衛隊は旧日本軍とは違うのだ」という主張が広く認められなければならない。

もちろん時代も違うのだから、旧日本軍と同じになるわけはないのだが、それでも「心配だ」という声は少なくない(護憲の口実になる)。


田母神さんはカス‘論文’でまさにその「タブー」に‘挑戦’しようとした。

それはまさに敵(護憲論者)に塩を送ることになる。

護憲論者はこういうだろう「自衛隊のトップが昔の軍隊を擁護した。今の自衛隊も、昔の軍隊も変わるところがないといっている。だから軍として認めてはいけないのだ」。

仮に政府が田母神を否定しても、少なからぬ「信奉者」が軍(自衛隊)内にいることが分かり、「自衛隊を信用できない」というだろう。


田母神カス‘論文’は改憲の手助けどころか、逆に改憲を阻害する要因になる。

私自身は厳密に言えば「現在においても日本が軍隊を持てば旧日本軍と同じようになる」と考えているわけではない。私に限らず「もちろん時代も違うのだから、旧日本軍と同じになるわけはない」という認識を持っている左派、「旧日本軍と同じ」じゃないからなおさらマズいと考える左派もいる。旧軍は自軍将兵の命も軽視したが、新日本軍は自軍将兵の命は大切にするだろう(もちろん可能な範囲で、だが)。その場合、「戦争中なんだから捕虜を殺すのはしかたない」といった類いの南京事件否定論がどういう役割を果たすか。自衛隊が国軍になっても徴兵制が敷かれることは(よほど大きな社会の変動がない限り)ない。だからこそ米軍同様、貧困層出身の若者だけが最前線で危険に晒されることになるのではないか。等々。

とはいえ、田母神「論文」が自衛隊の国軍化、9条の廃棄(改訂)を目指す者にとっての後ろ弾になったというのは(その程度をどう見積もるかは別として)明らかだろう。『文藝春秋』や『諸君!』『正論』などの常連投稿者である秦郁彦に一刀両断にされたような主張を弁護してなんの利益があると考えているのか、まったく理解に苦しむ。問題の掲示板では、参議院での田母神閣下を見習ったのか「朝まで生テレビ」のアンケートをひきあいに出して「田母神元空幕長は支持されている」と主張するひとも登場しているが、深夜に視聴者の側から自発的に解答するアンケートなんてのは、「どのような党派がそのイシューに強い関心をもっているのか」を知る手がかりにしかならない。田母神支持派が「我こそはマジョリティなり」と勘違いして行動し続けてくれればむしろ幸いというものだ。もちろん、与党国会議員の間でも少数とはいえ組織的な支持を得ている勢力を過少評価することは出来ないが。



以下余談。

若い人(なんてフレーズを使う歳になっちゃいましたね)には実感はないだろうし、当時大人だった人びとにはまた別の受けとめ方があったのだろうが、さらに当たり前ながら同世代でも個人差はあるのだろうが、70年代に子ども時代を送った人間にとっては「核戦争の脅威」は独特のリアリティをもっていた・・・というのは単なる思い込みだろうか。物心ついたらソ連の書記長はゴルバチョフだった(あるいはもはやソ連はなかった)という若い世代は言うまでもなかろう。もっと年長の世代は大人になってからもバリバリの冷戦時代を経験しているわけで、大人の目でみた核軍拡時代を想起できるのだろうが、大人になったら冷戦が終結しちゃった、という世代に属する私は子ども時代に形成した「核戦争の脅威」のイメージをどう扱っていいのか、いまだにとまどっているところがある。

takanorikidotakanorikido 2008/12/24 01:57 本筋と関係なくて申し訳ないが、私は生まれてから
冷戦終結と911の二度の大事件を経た異世界に住んでいるのだと常々思うわ。
今小学校入学ぐらいで生まれたときから911後の世代は、
2020年代に大人になってどんな世界を見るんだろう。

ApemanApeman 2008/12/24 02:31 事件直後に受けた印象の問題として言うなら、私は9.11については「より多数の死者を生み出したり座視したり無視してきた社会が衝撃を受けていることに衝撃を受けた」んですが、もっと若かったらまた違う印象を受けたでしょうね。「テレビにかじりついた」度で言えば天安門事件のときの方がはるかに上でした。

>今小学校入学ぐらいで生まれたときから911後の世代は、
>2020年代に大人になってどんな世界を見るんだろう。

と言われてみると、若い人と議論をするのは大変だろうなぁと今から心配してしまいますね(^^; お互い、自分にとって自明であることが相手に通じないわけですから。まあもっとも、「自分にとって自明」なことに依存するのは議論ではない、とも言えますが。

うさぎうさぎ 2008/12/24 03:56  個人的にはやはり親の世代、キューバ危機を知っている人間に比べればリアリティが
希薄だった、と思います。
 嫌な「マッチョ」な話で言うと北朝鮮のミサイル実験騒ぎで若い人が「ハワイ領海に
着弾したら戦争になる」なんて本気で言ってるの聞いてプゲラ、ってなったこと。
心臓に変な毛が生えてしまっていたのでした。トライデントの実験なんてかなり見た口
だったんで。今にして思うとあの映像は「どっち側」のものだったのか、覚えて
ないのですが...。

BigHopeClasicBigHopeClasic 2008/12/24 06:44 小学校に入って新聞を読むようになり、最初に意識したソ連共産党の書記長がアンドロポフだった、という私の世代が、その伝で言うと米ソ核戦争にリアリティを持ったぎりぎり最後の世代ということになるのでしょうか。
東欧革命、ソ連崩壊のときに中学生だった、ということは、その歴史的な意味をかろうじて実感しつつ、リアルタイムで経験できたということは意外と大きかったと思っています。

madhattermadhatter 2008/12/24 10:15 この時期に公開した意図としては、独立核武装論者への牽制と、アメリカに対するアピール(いかに政権が変わろうと、日本がアメリカの核の傘から出ることはありません)を兼ねているのかなと邪推しております

ApemanApeman 2008/12/24 10:42 うさぎさん

> 個人的にはやはり親の世代、キューバ危機を知っている人間に比べればリアリティが
希薄だった、と思います。

もちろん切迫度においてこれを越える事態はないですからね。私が知っているケースだとSS20とパーシングIIの配備合戦がありますが、後知恵で比較してもやはりキューバ危機ほどの切迫感はなかったような。
ただ、なにぶん子どものころにだけ存在した危機である、言い換えれば同じ危機を大人としてはほとんど経験していないだけに、妙な感覚があるんですよ。

BigHopeClasicさん

>その伝で言うと米ソ核戦争にリアリティを持ったぎりぎり最後の世代ということになるのでしょうか。

アンドロポフ、チェルネンコ時代は短くてすぐにゴルバチョフが登場しますから、そういうことになるでしょうね。その前のブレジネフ時代が長かったですから、「最初に意識したソ連共産党の書記長がアンドロポフ」という方はけっこう限られてますよね。

ApemanApeman 2008/12/24 10:46 madhatterさん

一定の期間が経過したものはすべて公開するようにすればその「意図」を勘ぐる必要もないんですけどね(^^;

詳しい文書の内容とか、いつ・誰が公開を決定したのかとか、そのあたりをふまえた調査報道があるといいのですが、「独立核武装論者への牽制」というのも筋としてはあり得るはなしですね。

春日春日 2008/12/24 13:29  すいません。このニュースを最初に見出しだけ見たとき、「まーたアメリカの公文書公開で日本戦後史発掘かよ」と思い込んでしまいました……。外務省の皆さんとしては国民にそのように思われて忸怩たるものは抱かないのか。あるいはもしや「知らしむべからず」の貫徹こそが本懐なのか。

kamikitazawakamikitazawa 2008/12/24 13:30 えと、これもそれこそ「人それぞれ」ってことになっちゃうと思うんでその点何の有用性も無い発言になってしまうだろうと思えて非常に心苦しいんですが、その、事件発生当時「キューバ危機」に切迫したリアリティを感じた市井のフツーの日本人てそんなにいたのでありましょうか? ちなみに私の両親(現在70ちょい)は「へー、そんなことが起ってるんだ」(今から見ればなんたる能天気振り!)くらいの感じ方だったようですが。

ビンボーで日々の生活がまずタイヘンてことがベイスにあって、おまけにネットはもちろんCNNも無くて、しかも今よりみんな国内政治には関心があった'70年代半ばくらいまでって、海外で起ったそれこそ世界史的な大事件に対する日本人の感度というのが今から見るとビックリするほどメチャクチャ低くくて、それこそコッチがビックリする、なんてことが、私はよくあります。

それと「世界核体制」というものについての知識が一般化するのも(私見では)'70年代半ばくらいなので、「カリブ海で核戦争(って言葉はもしかすると当時なかったかもしれないくらいですが)が起っても日本にはカンケーねーだろ、遠いし」みたいな受け取られ方だったんじゃないかと思うんですが。

ApemanApeman 2008/12/24 14:19 春日さん
実際にそういうことがありますからね(^^;
ただ、少しずつではあれ以前よりはマシになっているようではありますけど。

kamikitazawaさん

>えと、これもそれこそ「人それぞれ」ってことになっちゃうと思うんでその点何の有用性も無い発言になってしまうだろうと思えて非常に心苦しいんですが

いえ、この手の話題に関しては、経験の多様性を示すエピソードを紹介して下さるのは大変ありがたいです。私も両親に聞いてみようかな。

ApemanApeman 2008/12/24 15:55 正確にいうとエントリ中の「リアリティ」というのは国際政治の実態を正確に捉えていたという意味ではなくて、内的なリアリティ、生々しい感覚といった意味です。もちろん子どもの理解ですから、“雨に濡れると放射能にやられる”といった類いのものだったりするわけですが、傘を持たずに外出して雨が降ると核実験のことを思ったりしたわけです。

くま(仮)くま(仮) 2008/12/24 16:21  高いでしょうねえ。多様性。
 自分の母親は'60年代中頃に大学生をやっていたのですが、日本未公開のさるポーランド映画の学園祭での上映を目指してあちこち交渉をやったそうで。その過程で各方面でポーランド映画と聞くと途端に協力的になる人間や途端に非協力的になる人間を見たとき、「ああ、冷戦ってほんとうにあるんだ!」と思ったそうです。

le-matinle-matin 2008/12/24 18:09 69年生れです。人によって程度の差はあると思うんですが、僕にとっては核の脅威というのは偶発核戦争でした。米ソとも意図的に開戦するというリアリティはまったくありませんでしたが、手違いや誤解によって戦争になってしまう、という危惧は10代のころ、ずっともっていたような気がします。マルタ会談のあと、本当にほっとしたのを覚えています。

uchya_xuchya_x 2008/12/24 19:57 有名なトンデモであるノストラダムスの予言にしても、全面核戦争による人類滅亡というシナリオにそれなりの信憑性があったから、あれだけ広まったとも言えるわけで。あの当時のサイエンス・フィクションには核戦争後の世界というのはわりとポピュラーでした。

kamikitazawakamikitazawa 2008/12/24 19:59 あ、わたくし自身が「冷戦と核体制」に関して抱いていた感覚は↑le-matinさんとほとんど一緒でありますね。

それでソ連で保守派がクーデター起こした時はホントに怖ろしかった。
クーデター政権が国内の復古とともに失地回復を目指して東欧に実力介入→反撃を前もって封じるため主要西側軍事拠点にも先制核攻撃→当然西側が応戦→「史上最大のパイ投げ」の始まり
なんてことになりゃせんかと気が気でなかったですよ。
まぁ当時の末期のソ連には、そんなことするだけの内実はカケラも残ってなかったようですが。

うさぎうさぎ 2008/12/24 21:27 >kamikitazawakamikitazawaさん
両親の場合はいわゆる「インテリ」階級であって、既に戦争を経験してたため危機感は
あったようです。でもこの世の終わりが来るとも思ってなかったようです。
>Apemanさん、
>“雨に濡れると放射能にやられる”といった類いのものだったりするわけですが、傘を持たずに外出して雨が降ると核実験のことを思ったりしたわけです。
ふふふ、あなたもですか?ただ思うに地上核実験は私らの世代では無くなっていたんではないかなあ、
小学生当時はそんな知識なかったが後に思い返すと。(ちゃんと時系列追わないで書いてます。私は
ブログ主さんよりちょっと年寄りではないかと思う、ブログの様子からすると)

mash_plusmash_plus 2008/12/24 21:51 私の母は「キューバ危機」の時に女子高校生でしたが、キューバ危機の最中に、授業終了時に学校の先生から「これから何が起きてもおかしくないので、皆さんとはここでお別れすることになるでしょう」という内容のことを聞いたとでした。
今から考えても、あの状況下で戦争(それも核戦争が)回避できたのは奇跡的といっていいくらいでしたから、この言葉には独特のリアリティがあったかと思います。もちろんいざ戦争となった時に当時の日本がどういう対応をとったかはなんとも言いようがないんですが。

ApemanApeman 2008/12/24 23:19 くま(仮)さん

>各方面でポーランド映画と聞くと途端に協力的になる人間や途端に非協力的になる人間を見たとき

これはすごくわかりやすいですね(^^;

le-matinさん、kamikitazawaさん

1964年に制作されたシドニー・ルメットの『未知への飛行』(原題 "Fail Safe")が日本では82年に公開されて観にいったのを思いだします。高校生の頃でした。
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=8751

uchya_xさん、うさぎさん

>ふふふ、あなたもですか?ただ思うに地上核実験は私らの世代では無くなっていたんではないかなあ、

イメージとしては「太平洋で核実験→死の灰が雨に混じって」ですから、要するにゴジラなんかと結びついた、ファンタージ化された感覚ではあるんですよね。ノストラダムスの予言を子ども時代に一番真に受けた世代かも知れません。

mash_plus さん

これはまたkamikitazawaさんとは対照的なエピソードで。こういう時に改めて「ネットっていいな」と思いますね。実生活では仕事の合間に「冷戦の頃、核戦争をどう思ってた?」なんてはなしはなかなか出来ないですから。
今回の文書公開では、「キューバ危機(62年)での日本政府の対応をまとめた文書も公開される」とのことです。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081222ddm010010032000c.html

kamikitazawakamikitazawa 2008/12/25 00:46 五月雨式に書き込み続けてまことに申し訳ないのですが、わたくしも「大予言」は完全に心から真に受けておりました(><)
しかしやはりそういう思い込みも世につれ変化しまして、全人類の滅亡→全世界のモヒカン化(参照→『北斗の拳』)という風に思い込みも移り変わりました。
それでそういうまんまオウムな呪縛が完全に解けたのがやっぱりソヴィエトがなくなった時で、その頃にはもう25になっておりました。

わたくしは'82年に初めて『博士の異常な愛情』を観ましたですね。抱腹絶倒の傑作であるとともに恐ろしいアクチュアリティを感じたのを憶えております。高校生でした。
冷戦終結後「今観たらどうかな?」と思って観直したらこれが見事にアクチュアリティがまるっきり感じられない(><)
「出来のいいポリティカル・コメディだよね」くらいにしか受け取れなくて愕然といたしました。

ApemanApeman 2008/12/25 01:04 疑似科学とか歴史修正主義の問題に無関心でいられないのは、子どものころにノストラダムスブームを経験してるからかもしれないなぁ、という気がしてきました。

>わたくしは'82年に初めて『博士の異常な愛情』を観ましたですね。

200字くらいであらすじを書くと『未知への飛行』とそっくり(制作年もいっしょ)ですが、こっちは日本でも同年に公開されてますね。私も劇場で観たのですがもちろん後年のリヴァイヴァル上映です。

>冷戦終結後「今観たらどうかな?」と思って観直したらこれが見事にアクチュアリティがまるっきり感じられない(><)

ナチとのつながりとか反共パラノイアとか、押さえるべきポイントはもれなく押さえてるんですけどね。受容の文脈の変化はやはり大きいですね。

dosequisdosequis 2008/12/25 02:09 70年前後の生まれです。小学生のころは、とりあえず「核戦争」とか「恐怖の大王」とかで死ぬんだろうと漠然と思ってました。まあカー消しとかコロコロとかに興じて日々のんきに暮らしていたというのが実態だったと思いますが。(ただの思い出話ですみません)

ApemanApeman 2008/12/25 10:02 >まあカー消しとかコロコロとかに興じて日々のんきに暮らしていたというのが実態

カー消し、ありましたね。こういう日常と終末論的なイメージが共存しているのがいかにも子どもらしい体験、ということではないかと思います。

blackseptemberblackseptember 2008/12/25 15:15  この話ではやはりNHKの「核戦争後の地球」は外せないと思うのですが、あれも70年代前半生まれ限定ですかね。

あの番組に対する発言をかなり後になって知って、自分の中で民社党をクソ認定したものです( ´⊇`)


>>まあカー消しとかコロコロとかに興じて日々のんきに暮らしていたというのが実態

BOXYのボールペンも外せません。

kamikitazawakamikitazawa 2008/12/25 15:15 >疑似科学とか歴史修正主義の問題に無関心でいられないのは、
>子どものころにノストラダムスブームを経験してるからかもしれないなぁ

↑これはもうわたくしには完全に当てはまりますですね。

わたくしはガキ時代のノストラハマリ後の高校生の頃、アノ○合○彦にもハマり、さらにその後広○隆にまでハマったという(あまりにも恥ずかしいので一部何にもならない伏字にしてみました)、取り返しのつかない過去を持っておりますので、三田村武夫著『戦争と共産主義』('50年。その後『大東亜戦争とスターリンの謀略』と改題)に対して福音の如きズッパマリ振りを見せ付ける過去から現代に至るこの国の国家エリートの皆さんも、とうてい他人とは思えません(もちろんアテコスリ)。

skywave1493skywave1493 2008/12/25 15:27 ソビエト崩壊といえばまだ小学生で、政治に興味を持った頃に印象深かったのが旧ユーゴ内戦とかロシアの核管理問題だったので、確かに東西冷戦や核戦争の脅威という時代の実感はあまり無いですね。個人的には国際環境は別として日本にとってはこの7、80年代というのは経済的にも発展が続いて今から比べると良い時代だというイメージがあるんですがこの辺りは実際どうだったんでしょう?

ni0615ni0615 2008/12/25 15:59 >7、80年代というのは経済的にも発展が続いて今から比べると良い時代だというイメージ

この時代にも2度のオイルショックというものがありましたが、もの作りニッポンとしては、省エネ省資源省コストで乗り切りました。しかし90年代に入りますと、生産拠点の海外移転とか財テクとかがはやりまして、もの作りニッポンはなにやらダサいものになってしまいました。そうした屈曲は実感しました。80年代の「QC運動」が90年代になって「TQC運動」と言い換えられたあたりから、社員・パート一丸となった、ものづくりニッポンは終わりをめざしたように思います(バブル崩壊以前から)。

うさぎうさぎ 2008/12/25 20:23 皆様のやり取り見てるとやっぱ俺が一番年寄りのようで...。
それはともかく
>反共パラノイアとか
このブログ(本館のほうか?)に初めてカキコしたのがOPEだった、と思うのですが
まさかこの1、2ヶ月にこれ並の凄い反応みる(国籍法)とはちょっと驚きでした。反共って
問題ではないのですが同根、と思うので。どのように同根か、と言われるときちんと整理
できてないのですが。

ApemanApeman 2008/12/26 00:04 blackseptemberさん

> この話ではやはりNHKの「核戦争後の地球」は外せないと思うのですが、あれも70年代前半生まれ限定ですかね。

84年放映ですか。私(60年代半ば生まれ)などだともう核戦争についてのイメージがひとまずできあがってたかなぁ。ただ、調べてみると80年代半ばにはセーガンの『核の冬』とか『ザ・デイ・アフター』など、影響力のある作品が発表されてますね。
そうそう、このブログとしては『猿の惑星』シリーズも忘れることは出来ませんw

>BOXYのボールペンも外せません。

私らはノック式ボールペンのバネでカー消し走らせて遊んでました。

kamikitazawa さん

>↑これはもうわたくしには完全に当てはまりますですね。

おお、そうですか。やはりこういうのは麻疹といっしょで若いうちに経過しておくに限りますな(^^;

ApemanApeman 2008/12/26 00:15 skywave1493さん、ni0615さん

たしかに今から振り返ると7、80年代には90年代以降のような意味での閉塞感はあまりなかったですね。大学生の時はバブルだったしな〜。
ただ子ども時代の非常に印象に残っている光景として、工業地帯の煙突から立ち上る原色の煙だとか、泡だらけの川とか、光化学スモッグ警報を示す校庭の赤旗(これが出ると外で遊んじゃいけない)とかがあって、「経済成長→みんなハッピー」みたいなビジョンには明らかに翳りが出ていたと思います。

うさぎさん

>どのように同根か、と言われるときちんと整理
できてないのですが。

共通点としては男性性に対する脅威へのパラノイア的な反応、というのがあるんじゃないでしょうか。国籍法の場合、父性を巡る不透明性がさかんに言い立てられていたわけですし。

felis_azurifelis_azuri 2008/12/26 18:49 日本共産党の井上哲士議員が、田母神氏が進めてきた幹部教育の影響に関して等を質問していた、「第170回国会 外交防衛委員会 第10号 (平成20年12月16日)」でてました。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0104/170/17012160059010a.html

ApemanApeman 2008/12/26 20:45 お、掲載されましたか。ありがとうございます。

ni0615ni0615 2008/12/26 21:03 ついでに備忘録。田母神参考人質疑。
「第170回国会 外交防衛委員会 第6号 (平成20年11月11日)」
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/170/0059/17011110059006a.html

vagabondvagabond 2008/12/26 22:28 井上議員とは立場が違いますが、次の指摘は重要だと思うのです。
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この田母神氏が推進をした歴史教育の中心というのは、戦前の日本軍と今の自衛隊を連続としたものとしてとらえて、そして日本軍が悪いことをしたという贖罪意識を持っていたら元気が出ないと、士気が上がらない、日本が守れないということから、かつての侵略を正当化するというのが一番の中心だと思うんですね。
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Apemanさんが紹介してくれた「新現役」への私の投稿の一番重要な点は、この旧日本軍と自衛隊の「連続性」にあるわけです。

旧日本軍はいったん解散(消滅)しているし、何よりも、自衛隊は旧日本軍とは違うのだ、という前提で(事態は)進んでいるわけですから、ここで「いや、そうじゃない連続しているのだ」と言い出したら対外的に不信感を呼び起こすことは明らかです。

田母神はもちろん、このカス‘論文’を持ち上げる自称「保守」は一体どんな頭をしているんだろかと、不思議に思います。

ni0615ni0615 2008/12/26 23:52 >旧日本軍と自衛隊の「連続性」
これってもしかすると「警察予備隊」創設(1950)のころに起因してるのでしょうね。
右舵いっぱいに切ったマッカーサーのお墨付きで日本軍再興を叫んで少壮職業軍人をドサクサかき集めたのではありませんか? もっとも旧帝国軍人は教練の顧問教官である米軍サージェントに違和感が大きかったそうですが、新憲法なんてどこ吹く風だったのでしょう。自衛隊に対する目が厳しくなりはじめたのは、60年安保以降でしょう。ある本に拠れば、憲法遵守の宣誓をするようになったのは70年代になってからだったかと記憶します(?)。

skywave1493skywave1493 2008/12/27 01:14 ni0615さん

当時の日本はまだ各種問題を乗り切れるだけのパワーがあったんでしょうね。最近の日本は貿易収支を所得収支が上回る傾向ですがこれも「もの作りニッポン」が変わってきている事を表しているんでしょうね。

Apemanさん

>工業地帯の煙突から立ち上る原色の煙だとか

環境問題とか資源枯渇の問題などこの頃から認識が高まってきた事を考えると既に経済成長の曲がり角に来ていたのかもしれませんね。でも今より閉塞感が少ないというのは、政策にも良い意味で余裕を与えていたんじゃないかと思います。ネトウヨみたいなものも存在しなかった訳ですし。

ApemanApeman 2008/12/27 01:59 vagabondさん、ni0615さん

最近も新しい資料の発見がある時期の問題ですが、少なくとも吉田茂は再軍備にあたって旧軍との断絶という課題を意識していたと思います。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060828/p2
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070228/p1
服部卓四郎らの暗殺計画もそうした意図を察してのことでしょう。こうした問題意識が保守政党の中で確立されたものになっていたとしたら・・・というのは興味深い「歴史のif」だと思います。

skywave1493さん

>環境問題とか資源枯渇の問題などこの頃から認識が高まってきた事を考えると既に経済成長の曲がり角に来ていたのかもしれませんね。

そうですね。私のような60年代半ば生まれは物心ついてまもなくオイル・ショック(と金脈問題による田中角栄の体験)を経験してますから、例えば大阪万博で月の石目当てに並んだこと(あるいは並びたかったこと)を鮮明に記憶している人たちとも感覚が違うんじゃないかと思います。年齢にすればほんの数歳の違いですが。「一番輝かしい時はもう過ぎ去った」という感覚はなんとなく子どものころからありました。ま、その輝かしさの別の顔が「煙突から立ち上る原色の煙」だったりするわけで、当時より良くなっている面もいっぱいあるんですけどね。

>ネトウヨみたいなものも存在しなかった訳ですし。

いやもちろんネトウヨはいなかったですが(笑)、別にいまと比べて人権意識が高かったというわけでもありませんしね。やはり80年代後半から90年代前半までにやっておけばよかったのにやれなかったこと、というのはいろいろと思いあたいますが。

ni0615ni0615 2008/12/27 11:29 Apemanさん
わたしは、警察予備隊に応募した元「少尉」のおもしろ手記本を図書館でパラパラしてみただけです(笑)。
別の本は、田母神氏と同じ入隊年(1971)の高校卒隊員の手記で、その人は「私は専門学校に通っていた頃、東京の渋谷でポン引きに引っかかって自衛隊に入った」というような言い方をしていました。70年代初めはなかなか自衛隊に人が集まらなかったようですね。自衛隊に入ると様々な資格が取れる、というのがキャッチトークだったそうで(その多くは、資格はとれるが訓練をしたわけではないのでシャバでは通用しない。例外例は大型ユンボの運転資格。)、その頃は防衛大なんかも定員割れに近かったとか。調べたわけでは有りませんが、今は防衛大の競争率も一般兵(陸士)の応募率も高いそうですね。(ただし、応募率も高いが退官率も高い)

ApemanApeman 2008/12/27 12:44 景気の影響を強く受ける、というはなしはよく聞きますね。公務員全般に程度はともあれあてはまることですけど。

>わたしは、警察予備隊に応募した元「少尉」のおもしろ手記本を図書館でパラパラしてみただけです(笑)。

再軍備にあたって応募した側の観点というのはほとんど調べたことがないですね、そういえば。その方は陸士出身の将校だったのでしょうか、それとも甲幹出でしょうか?

ni0615ni0615 2008/12/27 17:36 >その方は陸士出身の将校だったのでしょうか、それとも甲幹出
うむ、士官学校をでた元中尉かもしれません。検索でしらべたら名前を思い出しました。比留間弘という人の「自衛隊よもやま物語」。

ApemanApeman 2008/12/27 22:09 光文社の「よもやま」シリーズですか。文庫にはなってないみたいですね。

d-ffd-ff 2008/12/29 01:23 ルメットの映画はテレビ視聴でしたけど、マッソーおじさんが怖くてびびったです アメリカ大好き、Jレモンとのコンビが大好きな一学生である自分も、世情が異なれば敵性国の一員なのよなあと寂しかったです 核戦争の脅威は当時のフィクションを通してで、映画(性本能と原爆戦)の方は観ていませんが、1953年発表のウォード・ムーアの「ロト」など、人々(作家を含めて)の焦燥を伝えてくれる話もありました あと、BOXYは四角のやつ持ってました

ApemanApeman 2008/12/29 10:13 ウォルター・マッソーは『博士の異常な愛情』で言えばストレンジラブ博士に相当する役どころで、しかもこちらはコメディじゃなくてガチな演出ですからね。
50年代の映画だと記憶に残ってる(もちろん観たのはテレビでですが)のは『渚にて』かなぁ。

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