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Apes! Not Monkeys! はてな別館

2010-06-24

[]つい最近の歴史を“修正”する言論人

ちなみに当時ぼくに向けられ、いま某ちくま新書でも繰り返されている批判は、「南京虐殺否定論の自由を’守る」という東浩紀の発言が曲解され、結果的に素朴な右翼に悪用される危険もあるのだから言葉を慎むべきだ、というものですが、これはもう単純に言葉狩りの発想で、とても首肯できない。

(http://twitter.com/hazuma/status/16893332279)

嘘つくなよ。だいたい「素朴な右翼」ってなんだよ。歴史修正主義は「素朴」な右翼なんだそうだ! さすがポモ系リベラルの考えることは想像を超えてるよ!

そもそも id:hazuma は「ぼくは最近、2ちゃんねるもはてなブックマークもなにも見ていません」と称してたわけで、少なくとも表向きは「伝聞」でしか自分に向けられた「批判」の内容を知らないはず。それでいてこんなこと↓平気で言うわけです。

原氏の文章は正確には、「東が本当はどういったか知らないのだが、とりあえずネットではこういう言論が東が言ったことになっており、東はすでに公的存在なのだからその効果についてあえて分析すると……」みたいな文章になっているのだけど、これじゃあなんでも批判することができる。

(http://twitter.com/hazuma/status/16902088669)

そっくり自分に当てはまることじゃないか。

NakanishiBNakanishiB 2010/06/24 17:35 とりあえず原宏之氏の議論を読んで東氏がそれを捻じ曲げている(理解できていない)のか調べるのが楽しみです。

ApemanApeman 2010/06/24 18:20 私も明日本屋に行きます。

uchya_xuchya_x 2010/06/24 22:07 こんな鈍くさい人が”思想家”みたいな扱いを受けるのは間違ってる気がします。
新書一冊くらい読め! というのはよく使いますけど、これだけ鈍いと何読んでも無駄ですね。

ApemanApeman 2010/06/24 22:25 uchya_xさん

>こんな鈍くさい人が”思想家”みたいな扱いを受けるのは間違ってる気がします。

たしかに。まあ、「論壇」で生き残るための処世のつもりなのかもしれませんが。こうまで的外れの度が過ぎるとは。

CloseToTheWallCloseToTheWall 2010/06/24 23:25 こんな風にも言ってますね。

「当時から言ってますが、ぼくは南京事件は(あるていど小規模だと思いますが)あったと思います」「ぼく個人は南京虐殺は小規模なかたちであったと考えています。これはとても明確な立場だと思うのだけど、なぜ誤解が生じているのだろうか」

「小規模」というのがまずよくわからない。何を指して「小規模」なのか。秦説か? それに南京についてかならず「小規模」と言わなくてはならないというのは修正主義的な言論に引っ張られているように見えますけども。中立的なスタンスを取ったつもりなのか。しかし、こういう風にいちいち少なく見積もろうとするのがそもそも修正主義的な欲望だと思うんですけどね。根拠もなく「30万は多すぎだろ」とか言いたがる種類の人なんでしょうか。まえに「東浩紀は南京大虐殺は(規模の議論はともあれ)あったと考える」と書いたのに比べると明らかに悪化してしまってるんですけど、何があったんでしょう。

「ぼくがなにを言ったのか、ちゃんと確認しようよ」といいつつ、はてなサヨクの批判(ちゃんと本から引用したものをネタにしていた点ではるかに東よりまとも)を読まず(常野さんのは読んだんでしたか)に批判や煽ったのは自分だろ、とかまとめの発言がすべて見事に自分に突き刺さっている有様は見事と言うほかありません。再帰性っていうんでしたっけ?

自分を批判するヤツは自動的に「はてなサヨク」か「ヘンな人」カテゴリに放り込まれておしまい。あるいは読んでいないのに的外れであることは理屈抜きに判断できる。曲解されて一部の変な人にストーキングされている自分、という自己像を保持するために、おそらくこの議論は絶対にこの構図でしか把握されないでしょうね。「南京大虐殺がなかったと断言するひとの声に耳を傾ける」必要はあっても、はてなサヨクの声に耳を傾ける必要はないということでしょう。「小規模」の使い方を見ると、残念ながら否定論にはしっかりと「耳を傾け」ているのではという疑いが拭えません。

ApemanApeman 2010/06/24 23:55 CloseToTheWall さん

>「小規模」というのがまずよくわからない。何を指して「小規模」なのか。秦説か? それに南京についてかならず「小規模」と言わなくてはならないというのは修正主義的な言論に引っ張られているように見えますけども。中立的なスタンスを取ったつもりなのか。しかし、こういう風にいちいち少なく見積もろうとするのがそもそも修正主義的な欲望だと思うんですけどね。

なぜ引き合いに出すのがホロコーストでもラーゲリでもなく南京事件なのか? という問題と密接に関連してますよね。要するに、ホロコーストや旧ソ連の「収容所列島」に疑念の余地があるかのように発言するとヤバいけど、南京事件なら懐疑論や否定論を許容してもオッケー、という極めて政治的な判断があるわけです。むしろ、「(あるていど小規模だと思いますが)」というエクスキューズをつけないとまずいかな? という政治的判断までしてるわけです。そりゃお前、南京事件否定論のケツを舐めてるじゃねーかよ、と。

toledtoled 2010/06/25 00:25 > 私も明日本屋に行きます。

ぜったいに後悔すると思うので、立ち読みはともかく、買わないでください。
なんていうか、「どっちもどっち」。
原さんのほうも修正主義者で、「ポストモダン・リベラル」(商標:あずまん)VSオカルトっていうかんじです。

NakanishiBNakanishiB 2010/06/25 03:48  立ち読みしてきましたちょっと困った本ですね、私は貧乏なのでこの本に費やすお金はないなと思いました。toled さんは「オカルト」と書いていますが「ニューエイジ」のほうがわかりやすいですね。私には評価しづらいです。ただ、東浩紀と思想地図近辺について語った最終章は別に独立して読んでかまわないでしょう。きちんと論じる気になったら買うかというところです。

 以下気づいたことをいくつか

 まず東浩紀氏の発言には今回は一分の理があります。原宏之氏は「東浩紀が南京虐殺を否定した」というような表現を使ってしまっています。実際の議論の経過の解説もありますからちゃんと読めば原氏がそう主張していると言うのは誤解ですが。もうちょっと気をつけて書いてほしい。

 東氏は原氏が
>とりあえずネットではこういう言論が東が言ったことになっており、東はすでに公的存在なのだからその効果についてあえて分析すると……」みたいな文章になっているのだけど、
>ただ該当部分は事実確認しないで噂に基づき批判が展開されており、受け入れられない。
 と書いているけど、実際にはネット上に出た東工大の講義がどこまで東氏の真意を伝えているのかわからないのでこれが誰の言説かはわからないときちんと留保をつけて紹介したわけです。東氏の言説の効果について論じている部分での論拠になどしていない。

 原氏は実は東氏の言説全般にあるメタメッセージを公共性の立場から問題にしています。ただ、南京大虐殺記念館を訪れた「実感」をナイーブに現すのには好感を示している。この辺はちょっと理解しづらい。まあ、東氏がメディアやネットでの発言は私利私欲から行われる(ポジショントーク)と批判しているのに対してプロの政治家でないならむしろ個別の利害から発言は行われるべきだとその前で書いているのである程度はわかりますが。
 私はそもそも「アーキテクチャー」とかについて語ることが現実にはどう機能し、どのような意味を持つのかを体現するものとして東氏の活動は非常に興味深い(「言葉狩り」を批判して「表現規制」につながるとかいいながら、以前には「表現規制」の元凶の猪瀬直樹に「実感で」すりよってたり)。特に公的なものと私的なものがねじれてつながっていることは「肉屋を熱烈に支持する豚」につながる問題を考えるために必要だと思います(こういうのをブレヒトなら「民衆の声が聞こえる」と評するのかなw、騒動の発端の南京事件について、なぜか「自らの友人の問題として」東氏は導入している、原氏はそもそもこれ自体をとりあげるべきなのにしていないので大塚英志氏に対して不当な文章になっている)。その意味でとりあえず今話題の首大生たちのように法的な制裁に任せておくのが最善とは思わない(そもそも犯罪はしてないし(^_^;))。しかし、だからこそこの問題については東氏がそう簡単に妄言がたたけないように一連の騒動について活字かネットでもオフィシャルな形できちんとまとまった批判が行われるべきだと思います。東氏の「再帰性」についての私の意見はこんな感じです>CloseToTheWallさん

>toledさん
>原さんのほうも修正主義者で
 まあ同時に歴史修正主義は批判されるべきだとは言ってますけどね。ただ南京事件について「40万ということはないが歴史家の言うように2〜3万ではないのか」みたいなこと書いてます、おそらくきちんと事件について調べなかったんでしょうね…。ニューエイジ風だしうっかり「こころの狭い学究」の引用をしてしまったとはいえ公共性の確立を求める立場の原氏がこういうことではちょっとどうしょうもないですね。あえて「修正主義」などという立派なものではないというべきでしょう。

 あと気づいたのは結構詳しく議論を追っていていくつもエントリーが紹介されているのにここが紹介されてないことですねw。では、立ち読みの癖に長文で失礼しました。

ApemanApeman 2010/06/25 15:42 toled さん

>なんていうか、「どっちもどっち」。

立ち読みしてきましたが、マジでそうでしたね。

NakanishiBさん


> まず東浩紀氏の発言には今回は一分の理があります。原宏之氏は「東浩紀が南京虐殺を否定した」というような表現を使ってしまっています。実際の議論の経過の解説もありますからちゃんと読めば原氏がそう主張していると言うのは誤解ですが。もうちょっと気をつけて書いてほしい

なんというか、「分量の関係でかなり無理して縮めたの?」と思わせるような文章でしたね、あの章全体として。

> と書いているけど、実際にはネット上に出た東工大の講義がどこまで東氏の真意を伝えているのかわからないのでこれが誰の言説かはわからないときちんと留保をつけて紹介したわけです。

さらに言えば、あの講義ノートは敵対的な関係にある人間がアップしたものじゃないわけだから、不本意な箇所があると言うなら具体的に指摘して訂正させることもできたわけで、それをしなかったのは自らの選択ですからね。

>ただ南京事件について「40万ということはないが歴史家の言うように2〜3万ではないのか」みたいなこと書いてます、おそらくきちんと事件について調べなかったんでしょうね…。

私はこの箇所を確認して、「なんだ、それならあずまんとは仲良くできるじゃん!」と思ってしまいましたよ。しかし「2〜3万」って一体どこから持ってきた数字なんでしょう。「南京事件 2〜3万」で検索するとヒットするのは
http://nankinrein.hp.infoseek.co.jp/page006.html
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-706.html
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/37/index1.html
とか、軒並み否定論者の発言なんですけど。

hokusyuhokusyu 2010/06/25 16:53 20〜30万の誤植だと思いたいですがw。
まあ、肯定説の代表としていきなり「40万」があげられているのを見ると、おそらくどっかの否定論者のロジックを鵜呑みにしちゃったんじゃないかなーと思います。

ApemanApeman 2010/06/25 18:05 hokusyuさん

>まあ、肯定説の代表としていきなり「40万」があげられているのを見ると、おそらくどっかの否定論者のロジックを鵜呑みにしちゃったんじゃないかなーと思います。

それも本じゃなくてネットで、ではないかと。
他にも「東京裁判は事後法による裁き」というテンプレまで披露してましたよ>原氏。この「事後法」論法、個人的にはバカ探知機として重宝しております。間違いなく、この人は東京裁判について専門家の書いた本などただの一冊も読んでませんね。保守派の歴史家だってまともな研究者ならそんな粗雑な議論はしませんから。

ApemanApeman 2010/06/25 18:06 そういや、「事後法キリッ」と「表現の自由キリッ」って、似たメンタリティを感じるなぁ。

NakanishiBNakanishiB 2010/06/25 18:19 >hokusyuさん
>20〜30万の誤植だと思いたいですがw
 そうですね、もし本当に誤植できちんとそう書かれていれば東氏も「小規模」なんて書かなかったのではと推測してます。

>おそらくどっかの否定論者のロジックを鵜呑みにしちゃったん
 今はなき「諸君!」あたりの特集にありそうですね。ただ、こういうステロタイプな認識は南京事件の専門ではよく見かけて伝言ゲームになって広まっている感じがありますね(普通30万だけど細部は変わりますから)。そういうレベルでの認識だったのでしょう。

>Apemanさん
>そういや、「事後法キリッ」と「表現の自由キリッ」って
「キリッ」というほど断言はしていなくてむしろアポリアとして示したいという感じでしたが、デリダの翻訳者がこんなことでいいのかなあという感じはしました。本気でそのアポリアにこだわろうという感じがしませんでしたから(それも紙幅の関係かもしれませんが…)。

ApemanApeman 2010/06/25 18:29 NakanishiBさん

>「キリッ」というほど断言はしていなくてむしろアポリアとして示したいという感じでしたが

仮にそう解釈したとしても、浅薄さは否めないでしょう。第一に、戦勝国が敗戦国の戦争犯罪を裁こうという発想はすでに第一次大戦の戦後処理で登場していて、日本はそれに戦勝国として関わっていたわけです。第二に、ニュルンベルク裁判にせよ東京裁判にせよ、“それまで悪いことだとは思われていなかったことを後から法を作って裁いた”わけではなくて、違法であることはほぼはっきりしていたけどそれを訴追するための手続き的な基礎がなかったこと、を裁いたわけです(日本が「空襲軍律」に関してまさにそういう弁明を用意していたわけですが)。この2点を踏まえているだけでも、「アポリア」としては大したものではない(特に法学的観点ではなく哲学的観点からすれば)ということがわかるはずです。

MKMMKM 2010/06/25 22:32 >この「事後法」論法、個人的にはバカ探知機として重宝しております。

こんな基本的なことに反論が用意されていないわけがないのに、それを知らない(もしくは無視している)ってことですから探知機にもなりますよね。

そもそも事後法で人を裁くのはなぜ問題なのか、そしてそれはいついかなる場合で絶対に優先されるべき原則なのか、などいうこときちんと考えてからでないと言及するべきではない問題でしょう。
当時の国際刑事法の整備状況は今の日本の刑事法制とは比べ物にならないほど未整備だった点も忘れてはなりませんし。

CloseToTheWallCloseToTheWall 2010/06/25 22:41 Apemanさん、NakanishiBさん、コメントの返答はトラバした記事で代えさせていただきました。

ApemanApeman 2010/06/25 22:45 MKMさん

>そもそも事後法で人を裁くのはなぜ問題なのか、そしてそれはいついかなる場合で絶対に優先されるべき原則なのか、などいうこときちんと考えてからでないと言及するべきではない問題でしょう。

そういった考察を経ているとは120%思えない議論でしたね。まあ、あずまんには相応しい相手かな、と。

ApemanApeman 2010/06/25 22:46 CloseToTheWall さん

エントリ拝見いたしました。まずはお返事まで。

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