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Apes! Not Monkeys! はてな別館

2013-05-27

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その8

橋下徹・大阪市長のせいでネットもマスメディアも「他の国の軍隊にも慰安所はあった」的な言説であふれています。しかし興味深いことに、実証的な史料的根拠(それも、「慰安婦」問題に関して右派が要求してやまない公文書クラスの史料)を挙げてそのような主張がなされているケースというのは見かけないんですよね。まあもちろん、私が気づいていないところで誰かがやってる可能性はありますけど。そもそも「史料的根拠を挙げる必要がある」という意識すらないように思えます。あたかも「ほら、いちいち根拠なんて挙げなくたってみんな信じるよな?」と言われている気分です。裏を返せば、「慰安婦」問題否認論者の「証拠を出せ」が、単に否認のための口実にすぎないということでもあるのですが。


さて、いろいろ回り道をしましたが、「資料構成 戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」」シリーズの紹介に戻ります。

  • 「資料構成 戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」(2)」、日本の戦争責任資料センター、『季刊 戦争責任研究』第67号、2010年春、35-43ページ
  • 「資料構成 戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」(3)」、日本の戦争責任資料センター、『季刊 戦争責任研究』第68号、2010年夏、80-91ページ

第66号での「一、日本軍人による性暴力」、「二、日本人「慰安婦」…人身売買・誘拐等」「三、朝鮮人女性の誘拐と人身売買」に続き、67号では「四、中国人女性・インドネシア人女性・オランダ人女性の誘拐・略取または移送」、「五、慰安所の様相 1.旧軍人が描いた「慰安婦」・慰安所」」として分類された資料群、68号では「五、慰安所の様相 2.慰安所の実態」として分類された資料群が照会されています。

「四の(2) 整理番号186」は日本軍将兵相手に売春することを承知のうえで応募した女性(2名)のケースですが、アンボンから約450キロ離れた西部ニューギニアに連れてこられ、その後米軍に制空権・制海権を奪われてアンボンとの船便は途絶、日本軍の撤退後は「彼女達がどうなったのかは不明」という次第で、「強制連行でなければよい」「騙して募集したのでなければよい」というものではない、ということを示唆する事例の一つと言えるでしょう。

また「四の(3) 整理番号392」は、直接女性を騙して集めたのは現地人(インドネシア人)であるものの、部隊長が性的供応を受けて癒着していたというケースです。もちろん、悪辣な募集方法についても目こぼしないし勧奨していた可能性は高いです(軍医である著者の検査の結果「やはり娘であった」ところの「P子はIM部隊長によって水揚げされてしまった」とされています)。また引用されている図表によれば、このインドネシア人「御用商人」は憲兵とも「協力」関係にあったとされています。(以上67号)

「五、2.A.の(4) 整理番号321」では、大隊本部がつくった慰安所をその後著者の所属する中隊が「継続使用」し、「使用料は無料」だったというケースが回想されています(地域は華中)。解説では「軍直営慰安所だろう」と推定されています。

「五、2.B.の(5) 整理番号380」では1945年3月19日付けの日記が引用されていますが(地域は中国戦線)、「慰安所の経営」について「極端に低く抑えられた公定料金、貨幣価値の暴落を考えただけでも決して割に合う商売ではない」と観察されているのが興味深いです。大戦末期には経営者側にとってすらうまみが無くなっていたのだとすれば、「慰安婦」の処遇の実態がどうであったかは推して知るべしというものでしょう。

2013-05-25

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その7

前回言及した、「近代デジタルライブラリー」で公開されている資料を今回はご紹介します。引用にあたっては表記を現代風に改めてあります。

  • 廓清会婦人矯風会廃娼聯盟(編)、『国際聯盟に於ける婦女売買問題』、廓清会婦人矯風会廃娼聯盟、昭和5年

廃娼運動団体が人身売買に関する国際的な取り組みについてまとめたものです。


  • 中央法律研究会(編)、『芸娼妓廃業手続独案内』、東京訴訟代弁社、明治33年

表紙に「書式附」とあることからもわかるように、娼妓が廃業するにあたって必要な手続きを解説したマニュアル本です。文書見本の娼妓の仮名が「河合ソウ」となっているのはもちろん語呂合わせです。前借金で売春を強いられた女性がこうした本を(自分で)利用できたか? については後出の文献をご参照ください。


  • 大隈末広、『日本公娼制度論』、飇会出版部、昭10

これは廃娼論に対抗して「公娼制は奴隷制ではない」と主張している文献なのですが、「自序」に「性問題は人類有志以来の先天的自然的要件にして衣食住の問題にも先行すべき重要なる問題なり」などと書いてあるのが、まるであずまんみたいだ、ということでご紹介してみました。


  • 内務省警保局(編)、『公娼と私娼』、内務省警保局、昭和6年

公娼制の(全国レベルでの)監督官庁たる内務省が「昭和5年6月県府係に照会を発して得たる資料によって編纂」した、当時の日本の売春事情についてのレポートです。人身売買による強制売春が「性奴隷制」であるという認識にとって、「自由廃業」の可否は重要なポイントであるわけですが、この点については261ページ以降に記述があります。内務省が編纂した文献ですから「従って其の弊害は余程少なくなって来た」(263ページ)などと自らの取締の成果を誇る記述もありますが、「法制の立前からいえば、金銭の消費貸借と娼妓稼業とは別個の問題ではあるものの事実上に於ては遺憾ながら必ずしも否らずといはざるを得ない」(261ページ)、「抱主は直接間接に、之〔=廃業〕を妨げようとして陋劣なる手段を弄する者がないでもない」(262ページ)、「いわゆる自由廃業、これは娼妓の独力でする場合は殆ど稀である」(263ページ)といった実態が渋々、という感じで記されています。娼妓の廃業に手を貸す運動家について、わざわざ「正義人道の為という真に敬虔な心を持って居るもののみとは限らない」などと Dis っている(263ページ)のも興味深いところです。

2013-05-22

[][]『「村山・河野談話」見直しの錯誤』ほか

吉見義明さんの岩波新書、『従軍慰安婦』は刊行から20年近く経った今でも、この問題についての基本的な理解を形成するうえで有益な文献だとは思います。とはいっても、なにかあったらすぐこの本、というのではその後の約20年間に行なわれてきた調査、研究へのリスペクトを欠くことになってしまいかねません。というわけで、このところ私は「最初に読むべきもの」として次の2冊を薦めています。

それぞれ日本軍「慰安所」制度とはなにか? というパースペクティヴと日本軍「慰安婦」問題とはなにか? というパースペクティヴから書かれていますので、セットで読むのがおすすめです。岩波新書の『従軍慰安婦』はむしろその後に読んで、20年前に議論がどこまでの水準に達していたのかを学ぶ、という方が有益でしょう。

もう一冊、今年の4月に出たばっかりの文献です。

タイトルから想像するに、安倍首相が村山談話、河野談話の見直しをブチあげていたことをふまえて企画されたものでしょう。シリーズ「安倍新政権の論点」のうちの一冊、として位置づけられています。国際世論の硬化によってとりあえずこうした目論見は引っ込められているわけですが、安倍首相の「歴史認識」が変化したわけではありませんので、アクチュアリティに変わりはないでしょう。

林博史さん担当の第1章、渡辺美奈さん担当の第3章の目次は次のようになっています。

第一章 安倍首相の歴史認識はどこが問題なのか

 一、安倍首相の戦争観

 二、安倍首相の「慰安婦」認識の問題

 三、強制的に連れていかれた例はないのか

 四、犯罪とわかっていて黙認した内務省、外務省、軍

 五、ほかの国にもあったのか? 「慰安婦」は公娼と同じか

 六、「慰安婦」は優遇されていたのか? 慰安所の実態は?

 七、なぜ日本軍「慰安所」制度を美化しようとするのか

 おわりに 日本政府と日本国民がおこなうべきこと

第三章 世界は日本軍「慰安婦」問題をどう見てきたか

 一、日本人男性の性搾取の問題から、戦時性奴隷へ

 二、国連の勧告を無視し続ける日本

 三、不処罰の連鎖を断つために

 四、各国政府・議会が安倍首相の歴史認識を批判

 おわりに 国際社会に対する日本の責任

ご覧いただけば、(1)岩波ブックレットの2冊と同じように、「慰安所」制度の解説と「慰安婦」問題の概観がセットになっていること、(2)橋下発言の問題化以前に刊行されているにもかかわらず右派の持ち出す論点の多くがカヴァーされている、すなわち否定派の論法に進歩がない*1ことがわかります。

岩波ブックレットのコンビと違う点としては、俵義文さん担当の第二章「安倍首相の歴史認識の来歴をさぐる」を挙げることができます。

 一、自民党、政府・文部省は歴史の事実を隠ぺいしてきた

 二、九〇年代の自民党による歴史わい曲と安倍氏の役割

 三、安倍氏はいかにして自民党総裁・首相に返り咲いたか

 四、安倍政権は極右政権

 おわりに 「河野談話」「村山談話」見直しのジレンマ

マスコミが報道せず、その結果多くの市民が意識しないままになっている事柄の一つに、「慰安婦」問題否認論を含む歴史修正主義は日本の右派の一貫した政治活動の目標でもあり“成果”でもある、ということがあります。(マスコミレベルでとりあげられるような)見解の対立は学問的に生じてきたものではなく、政治的につくり出され、再生産されてきたものなのです。

*1:そりゃあ反動ですからね、彼らは。

2013-05-20

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その6(追記あり)

今月の初めにこのシリーズを開始した時には、まさかこんな事態になっているとは思いもよりませんでした。マスコミ報道にせよ、ツイッターその他のネットにせよ、まあ「これでもかっ!」というくらい基本的な事実を無視したものがあふれていて無力感に取り憑かれそうになりますが、諦めるわけにもいきません。

では、今回もオンラインで閲覧できるものをば。

  • 「公娼制度に関する件」 作成者:内務省警保局 アジア歴史資料センター・レファレンスコード:A05020103300

大正末に作成されたとおぼしき、内務省文書です。目次は次の通り。漢字・仮名表記を現代風に改めてあります。

一、廃娼論者の主張及之に対する意見

二、娼妓取締規則

三、大阪府令貸座敷取締規則

四、太政官布告第二百九十五号

  司法省布達第二十二号

  太政官布告第百二十八号

  民法(第九十条)

  刑法(第二百二十四条、第二百二十五条、二百二十七条、二百二十八条)

五、大正十二年徴兵花柳病患者千分比順位表

ここでとりあげるのは「一、廃娼論者の主張及之に対する意見」です。内務省警保局は「廃娼論者の主張」を「一、娼妓は人身売買に依る奴隷制度にして人道に反す」「二、公娼は花柳病予防上有効ならず却て危険なり」「三、公娼の存在は却て私娼を多からしむ」「四、公娼は遊客を誘引し風俗上不都合なる結果を生ず」と分類し、それぞれについて警保局としての意見を付しています。一〜四のうち三つが、今日日本軍「慰安婦」制度が批判される際のロジックと重なっている点に御注目ください*1。そしてなにより、軍「慰安所」ができるよりも以前から、「公娼制は奴隷制度だ」とする批判が存在しており、それを監督官庁である内務省が意識していたことは極めて重要です。「慰安婦は性奴隷」という認識は、なにも20世紀末になって初めて欧米人が思いついたものではないのです。

いま現在の情勢からすれば、「一、娼妓は人身売買に依る奴隷制度にして人道に反す」に内務省がどのような意見を付しているか、に関心をもつ方が多いことと思います。しかし、常日頃「慰安婦」問題に関して「証拠を出せ!」と言い募っている人々であれば、自らアジア歴史資料センターにアクセスすることをまさか厭いはしないでしょうから、これ以上詳しくご紹介する必要もありますまい。

……とはいえ、本エントリをお読みになる方の中にはこれ以上「証拠」を要求するまでもなく軍「慰安所」制度の犯罪性、非人道性を確信しておられる、という方も多いでしょうから、ごく簡単にまとめておくと、“人身売買にならないための法律、規定が設けてあるので、それらが全部、きちんと守られれば人身売買じゃありませんよ”といったところになります。とすると問題はかつての公娼制において、さらには軍「慰安所」制度において、そうした建前がきちんと守られていたかどうかですが、これについては多言を要しますまい。


追記1:インターネットを利用できる市民であれば比較的利用しやすいデータベースとしては、国会図書館の「近代デジタルライブラリー」もあります。こちらで例えば「廃娼」をキーワードに検索してみると77件の図書がヒットします。もちろんそれらの中には廃娼論への反論を目論んだものも含まれているのですが、公娼制擁護論を唱える必要があったのはもちろん、「公娼制は当たり前」という認識が揺らいでいたからに他なりません。


追記2:エントリの内容とは全く関係のない駄ブコメをつけつづけるはてなユーザーと言えばギンギンとか m-matsuoka とかがおなじみであるわけですが、このところこの二人を上回る意味不明っぷりを発揮しているのが id:gimonfu_usr です。このエントリへのブクマとメタブは次の通り。

gimonfu_usr 政 史

公娼制度に対する認識問題をいうなら、軍相手慰安制度は各国にある。そもそも明治期の廃娼令は清国の奴隷制度逃亡者保護が発端。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%B9%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B62013/05/21

(http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Apeman/20130520/p1)

gimonfu_usr 史

そもそも根っ子の貧困と女子就労の困難を棚にあげて、制度を罵倒しても仕方がない。その当時のというか、関東大震災前後の一般世帯の収入 http://www.koshien-c.ac.jp/kenkyu/31/002.pdf2013/05/21

(http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Apeman/20130520/p1)

ギンギンとかの場合にはまだしも、「脳内サヨクを Dis りたいんだな」という具合にその意図を理解することはできるのですが、こちらの方は一体なにをやりたいのか、さっぱりわかりません。「マリア・ルス号事件」は近代日本の公娼制を語る際にはしばしば引き合いに出されるものとしてよく知られているわけですが、ウィキペディアの当該項目の URL で彼は一体なにをしようとしているのでしょうか? 「各国にある」云々はいま話題の橋下徹の主張と同じですが、橋下にせよ gimonfu_usr にせよその「証拠」を挙げてくれないんですよねぇ。橋下は韓国政府に「証拠を出せ」と要求していたはずですが、自分が証拠を出す、という発想は持っていないようです。gimonfu_usr はどうなんでしょうか?

輪をかけて意味不明なのがメタブの方です。敢えて露悪的な言い方をするなら、「サヨクが貧困の問題を見逃すと思うか、このバカが?」と言いたい気分です。現に私は、18日付けのエントリでこう書いているわけです。

(……)ある人が、誰かに強制されたり騙されて「堕落させられた」というなら彼らは同情も感じ怒りも感じますが、しかしその怒りは直接強制し、直接騙した者にしか向かないのです。「最終的に誰が買っているのか」も、「人身売買の背景にある構造的な女性の貧困」も彼らの関心を惹きません。

(http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130518/p1)

驚くべきことに、gimonfu_usr はこの18日のエントリにもブクマをつけて「ついでに「自分たちの聖なる家族像が破戒される」売買春は許せぬ心象は美しい?娘たちが売られる貧困に触れずに」などとコメントしているのです! ひょっとして、自分がタイプしたのではない「貧困」という文字は眼に入らないという認知バイアスでも持っているのでしょうか? 「貧困」を無視して「商行為にすぎないから問題ない」と軍「慰安所」制度を擁護してきたのはもちろん日本の右派の方なのですが、なぜか gimonfu_usr にとってそうした現実は「なかったこと」になっているようです。

なお、これはすでにブクマで指摘していただいてますが、この18日付けのエントリによって「あらかじめ論破されていた」ユーザーはもう一人います。id:motsura です。先ほどの引用箇所に続けて、私はこう書いておきました。

「女衒の多くは朝鮮人だった」と言えば日本軍を免罪できると思っている人間は全て、西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」真悟の仲間なのです。

さっそく西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」真悟の仲間が現れて私の主張を裏付けてくれるとは。ブロガー冥利に尽きるというものです。

*1:「三」は、軍「慰安所」制度が末端の部隊における施設「慰安所」=強姦小屋の設置を誘発した、とする批判とパラレルなものと解釈できます。

2013-05-18

[]西村真悟の主張は全然特殊じゃない

西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」*1真悟の妄言が問題化したのを受けて、安倍首相に同趣旨の発言歴があることを指摘される方をたくさん見かけます。これはこれで確かに追及に値する発言でしょう。なにしろあの在特会らも鴬谷他で同じような発想に基づく街宣を行なっており、「首相の頭の中身が排外デモ集団と同じ?」という疑惑*2があるからです。しかしながら、橋下・大阪市長を筆頭に日本軍「慰安婦」問題に関してひたすら「強制連行」にだけ執着する者は、言葉遣いに上品・下品の違いこそあれ、すべて西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」真悟と基本的な発想を共有しているのだ、ということをここでは指摘しておきたいと思います。

「日本が問題視されているのは強制連行についてだ」「ゆえに強制連行さえ否定できればよい」……こういう「慰安婦」問題否認論者のロジックを支えているのは、ある人が売春を始めるようになった経緯にのみ倫理的な関心を集中させる発想です。ある人が、誰かに強制されたり騙されて「堕落させられた」というなら彼らは同情も感じ怒りも感じますが、しかしその怒りは直接強制し、直接騙した者にしか向かないのです。「最終的に誰が買っているのか」も、「人身売買の背景にある構造的な女性の貧困」も彼らの関心を惹きません。「女衒の多くは朝鮮人だった」と言えば日本軍を免罪できると思っている人間は全て、西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」真悟の仲間なのです。

*1:『週刊プレイボーイ』、1999年11月2日号

*2:私個人は「疑惑」なんて持ってません。確信を持ってます。

2013-05-14

[]あずまんの欺瞞(追記あり)

タイトルはもっとシンプルに「あずまんの」でよかったかもしれません。

prettycure 2013/05/14 00:54

しかし、ポストモダンからどうしてそういう帰結になるのか、というのがよく分からないところで、東さんの理論と東さんの批評との差を本人側も読者側もどうやって埋めてるのかというのが……

(http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130513/p1#c1368460496)

上記コメントをうけて。結論から言うともはや「ポモ」なんて関係なくなってますね。

これは一見したところポモっぽいように見えますが、「専門家でもないしよくわからん」というのは別にポモ関係ないですからね。で、「これは調べれば調べるほど込み入っている問題」なんてえらそうに評してますが、こいつは「調べれば調べるほど」どころか基礎文献すら読んだことがないですよ。「慰安所」制度を日本軍および日本政府が主導していたことなんて、ちょっと調べれば簡単に「断言」できるようになりますから。

この間、彼がツイートで連発した「事実」なるものは、仮にも「ポストモダン」に棹さすつもりでいる人間なら到底口にできないようなことばかりです。


追記

もう一つ、あずまんがつぶやいている弁明「らしきもの」について触れておきます。

前述したように「民間が勝手にやったという認識」そのものがデタラメであり、例えば「○○氏はアジア・太平洋戦争は日本の勝利に終わったという認識のうえで、△△と言ったのだと僕は考えており、その主張そのものは別に間違っていないし」と置き換えてみればその空疎さが明白になろうというものです。しかしここでは56億7千万歩譲ってそこには目を瞑るとしましょう。

彼自身の弁明によれば彼は「慰安婦」問題について「不可知論」敵な立場をとっているとのことです。とすれば「民間が勝手にやったという認識」の当否については完全にオープンな立場をとるのでなければならない。しかし彼が本当にそういう立場に立脚して発言を始めたのでないことは明白です。他人から突っ込まれて初めて、しぶしぶ「もし慰安婦制度が日本政府の関与によるものだとしたら、むろんNG」などと(おざなりに)つけ加えているにすぎないからです。

2013-05-13

[]ひどすぎてことばもない

歴史修正主義者やレイシストの暴言を毎日のように見続けてもうそろそろ10年近くになるわけですが、本日の橋下&あずまんコンボにはさすがに気力を根こそぎもってかれました。そして改めて、在特会などよりも腐れポモこそが打倒すべき対象である、という決意を新たにしました。

2013-05-12

[]種明かしのし甲斐のない人々(追記あり)

先日のエントリ「こちらの振り付け通りに踊ってくれる人々」であれだけ丁寧にこちらの仕掛けを解説しておいたのに、まだ食いついてくれるありがたい人々がいます。

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Apeman/20130511/p1

ご厚意には応えねばなりますまい。


id:gimonfu_usr

工員募集→警察経由で日本軍俘虜収容所事務所 陸軍中尉供述(所長クラス?) 特殊例か、常習的事例かお聞きしたいのです。http://www.powresearch.jp/jp/archive/camplist/gaichi_index.html http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji2/rnsenji2-148.html2013/05/11

だから、なんでこのエントリの引用箇所だけを問題にするわけ? 「お聞きしたい」というなら、最低限5月1日に始まった一連のエントリで所在を紹介した資料くらい読破しようよ。すなわち「政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料」、それから『季刊 戦争責任』の第3号、5号、7号、9号、66〜68号、70号、73号、77号です。これらを読破すれば「特殊例か、常習的事例か」について、あなたなりの結論に達すると思いますよ。どうせ私が「地域によっては常習的事例だった」と言っても信じないんでしょ?

なお、これは刑事裁判ではないので、「疑わしきは罰せず」という原則は無関係です。まして国家犯罪ですからね。そこんとこ、間違えないように。


id:mido1903

どう考えても人さらいだけど、軍のどの程度の組織的関与があったのかわからない以上はなんとも。2013/05/11

だから、なんでこのエントリの引用箇所だけで結論を出そうとするわけ? 最低限5月1日に始まった一連のエントリで所在を紹介した資料くらい読破しようよ。すなわち「政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料」、それから『季刊 戦争責任』の第3号、5号、7号、9号、66〜68号、70号、73号、77号です。これらを読破すれば「どの程度の組織的関与があったか」について、あなたなりの結論に達すると思いますよ。どうせ私が「ハイレベルの組織的関与があったケースもあるし、そもそも慰安所制度自体が軍中央の主導でつくられたもの」と言っても信じないんでしょ?


id:Usus_magister_est_optimus_t

書証番号三五三の文書を読めば「工場ノ設立ヲ宣伝シ四方ヨリ女工ヲ招致シ」たのが軍や官憲だということがわかるのかな?それとも引用された文だけで軍や官憲が主体であることが自明なのかな?2013/05/11

だから、なんでこのエントリの引用箇所だけで(以下略)。


id:unaken

あのさ、「日本軍が組織として命令し、人さらいをした」っていうのが、貴方がたの主張だったよね。だったら人さらいなんか軍の中で問題にならないわけだろ?でも、当時軍の中で問題として扱われている。意味わかる?2013/05/11

いや、わからないです。まずもって「日本軍が組織として命令し、人さらいをした」というのは“私たち”の主張じゃないですし。それに、あのエントリで紹介されているのは東京裁判(極東国際軍事裁判)関係文書「A級極東国際軍事裁判記録(和文)(NO.一六)、(NO.五三)、(NO.五四)」なんですが、それをどう解釈したら「当時軍の中で問題として扱われている」ことになるんですか? ぜひともコメント欄にて詳しい解説をお願いしたいところです。

念のため伺っておきますが、「東京裁判」って知ってますよね? 東京地裁が判決下したんじゃないですよ?


トリはやはりこの方につとめてもらいましょう。

id:m-matsuoka

20万人強制連行した証拠はマダ?これが慰安婦問題の証拠となるなら、朝鮮人による犯罪の記録は朝鮮人達がすさまじい平時性暴力を振るっている問題の証拠ということだな。2013/05/11

それじゃ、まずは敗戦時に日本軍と日本政府が焼却した文書を全部そろえて提出してね。

そうそう、君はまだ「法が無かった当時のシナに、法秩序を作ろうと苦心したのが日本軍」だというご高説の「証拠」をなにひとつ出してないよ。いつまで待たせんの? 他にもいろいろ宿題が溜まってるわけだけど。


追記:メタブを見逃してました。

m-matsuoka ( ◕ ‿‿ ◕ ) 慰安婦問題

(idトラックバックを省略)←組織に属している人間が起こした事件と組織が起こした事件を混同させるのが捏造派の手口だと改めて判りますね。2013/05/11

でかい口は最低限「政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料」、それから『季刊 戦争責任』の第3号、5号、7号、9号、66〜68号、70号、73号、77号を読破してから叩こうね。

それから、m-matsuoka さんは、例えば公務中の警察官から拷問を受けてもその警官個人を恨むだけで、国家賠償を求めたりはしないんでしょうね。

2013-05-11

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その5

 また安倍内閣は同日、慰安婦問題で「新しい資料が発見される可能性はある」とする答弁書を閣議決定した。紙智子参院議員(共産)の質問主意書への答弁。

ワシントン・ポスト紙は答弁書の内容についてもう少し踏み込んだ表現をしています。こちらでは紙議員の名前は挙げられていませんが、日付からして紙議員の質問主意書に対する答弁書のことであるのは明白です。

A parliamentary statement signed Tuesday by Prime Minister Shinzo Abe acknowledged the government had a set of documents produced by a postwar international military tribunal containing testimony by Japanese soldiers about abducting Chinese women as military sex slaves. That evidence apparently was not included in Japan’s only investigation of the issue, in 1991-1993.

Tuesday’s parliamentary statement also said documents showing forcible sex slavery may still exist. The statement did not say whether the government plans to consider the documents as evidence showing that troops had coerced women into sexual slavery.

1990年代半ば以降の研究の進展をそれなりにフォローしていた人間にとっては「なにをいまさら」な話にすぎないのですが、「朝鮮半島における徴集の様態」を「戦地・占領地も含めた徴集の多様な様態」とすり替える右派の常套手段が政治の場できちんと追及されたことには意味があるでしょう。

紙智子参議院議員(共産)の質問主意書(第183回国会質問第83号)のうち、ワシントンポストの報道に関連するのは次の部分です。

一 政府の「慰安婦関係調査」は不十分な点も多く、関係省庁が保有する「慰安婦」関係文書、資料の全てが集められたものではない。政府は内閣官房外政審議室長から関係機関に対し、一九九六年七月二十四日、「いわゆる従軍慰安婦問題に関連する資料等について(依頼)」を通知し、河野官房長官談話発表後も資料収集を行っているが、歴史研究者や「強制動員真相究明ネットワーク」などの市民団体も国立公文書館等の資料調査に継続的に取り組んでいる。

 その中で、一九九九年度に法務省から国立公文書館に移管された東京裁判(極東国際軍事裁判)関係文書「A級極東国際軍事裁判記録(和文)(NO.一六)、(NO.五三)、(NO.五四)」の文書綴りに、軍や官憲が「慰安婦」被害女性を強制的に連行した証拠書類が残されていることが判明している。書証番号三五三の「桂林市民控訴 其ノ一」、書証番号一七二五の「訊問調書」、書証番号一七九四の「日本陸軍中尉ノ陳述書」である。

 ・ 書証番号三五三の文書には、中国桂林での事案として、「工場ノ設立ヲ宣伝シ四方ヨリ女工ヲ招致シ、麗澤門外ニ連レ行キ強迫シテ妓女トシテ獣ノ如キ軍隊ノ淫楽ニ供シタ。」との記述がある。

 ・ 書証番号一七二五の文書には、被害女性の証言として「私ヲ他ノ六人ノ婦人ヤ少女等ト一緒ニ連レテ収容所ノ外側ニアッタ警察署ヘ連レテ行ッタ。(中略)私等ヲ日本軍俘虜収容所事務所ヘ連レテ行キマシタ。此処デ私等ハ三人ノ日本人ニ引渡サレテ三台ノ私有自動車デ「マゲラン」ヘ輸送サレ、(中略)私達ハ再ビ日本人医師ニ依ッテ健康診断ヲ受ケマシタ。此囘ハ少女等モ含ンデ居マシタ。其処デ私達ハ日本人向キ娼楼ニ向ケラレルモノデアルト聞カサレマシタ。(中略)私ハ一憲兵将校ガ入ッテ来ルマデ反抗シマシタ。其憲兵ハ私達ハ日本人ヲ接待シナケレバナラナイ。何故カト云ヘバ若シ吾々ガ進ンデ応ジナイナラバ、居所ガ判ッテヰル吾々ノ夫ガ責任ヲ問ハレルト私ニ語リマシタ。」と記録されている。

 ・ 書証番号一七九四は日本陸軍中尉の宣誓陳述書であるが、次の一問一答が記録されている。

 問「或ル証人ハ貴方ガ婦女達ヲ強姦シソノ婦人達ハ兵営ヘ連レテ行カレ日本人達ノ用ニ供セラレタト言ヒマシタガソレハ本当デスカ」

 答「私ハ兵隊達ノ為ニ娼家ヲ一軒設ケ私自身モ之ヲ利用シマシタ

 問「婦女達ハソノ娼家ニ行クコトヲ快諾シマシタカ」

 答「或者ハ快諾シ或ル者ハ快諾シマセンデシタ

 問「幾人女ガソコニ居リマシタカ」

 答「六人デス

 問「ソノ女達ノ中幾人ガ娼家ニ入ル様ニ強ヒラレマシタカ

 答「五人デス

 (中略)

 問「如何程ノ期間ソノ女達ハ娼家ニ入レラレテヰマシタカ」

 答「八ヶ月間デス」

 これらの文書には、軍の直接関与、「慰安婦」被害女性に対する強制、脅迫が具体的に記述されている。

1 政府は、これらの文書の存在を河野官房長官談話発表までに承知していたか。

2 河野官房長官談話の発表後も、政府は「慰安婦」問題の調査を継続しているが、今日まで政府はこれらの文書を内閣官房に保管しているか。

3 これらの文書は、安倍首相の答弁内容である「軍や官憲の強制連行」「人さらいのように、人の家に入っていってさらってきて、いわば慰安婦にしてしまったということ」を示す文書とみなせるのではないか

強調は引用者。これに対する答弁書の回答において、「御指摘の文書つづりについては、法務省において保管されていたもの」とされていることが、"...... acknowledged the government had a set of documents produced by a postwar international military tribunal containing testimony by Japanese soldiers about abducting Chinese women as military sex slaves" という報道につながったものと思われます。

[]安倍内閣によれば、東京大空襲は「違法」とは言い切れないとのこと

で、紙議員への答弁書と同じ5月7日に、福島みずほ議員の質問主意書(質問第84号)に対する答弁書も出ています(リンク先PDF)。主意書は東京大空襲に対する政府の見解を問うたものなのですが、「安倍内閣は、東京大空襲について、国際法に違反する行為との認識を持っているのか」という質問に対しては、こう答えています。

 政府としては、当時の状況については様々な見方があり、御指摘の東京大空襲は、当時の国際法に違反して行なわれたとは言い切れないが、国際法の根底にある基本思想の一たる人道主義に合致しないものであったと考える。(後略)

強調は引用者。後略部分には「専門家等により議論されるべきもの」云々という、右翼政治家が都合の悪い質問から逃げるときの常套句が続いております。

で、強調部分です。「違法な殺害だけが虐殺」だと主張する南京事件否定論者によれば、東京大空襲は「虐殺」とは言い切れない、と日本政府は主張すべきだということになります。東京大空襲にせよ原爆投下にせよ、それらを戦争犯罪であると論証するのはそうそう簡単なことではない、というのはかねてから私が指摘してきたことですが(例えばこれ)、同時に私は「違法であること」は「虐殺であること」とそれなりに強い結びつきを持っているものの、後者の十分条件でも必要条件でもないと主張してもいますので、私自身はためらいなく東京大空襲を「大虐殺」と呼びます。

[]産経新聞としては「アジア・太平洋戦争は日本の侵略戦争だったし、日本は村山談話・河野談話を堅持すべき」ってことでいいの?

  • msn産経ニュース 2013.5.11 「安倍内閣の閣僚は「ウルトラナショナリスト」? 韓国紙も根拠、考証不足の米議会報告書」

安倍晋三や下村博文が「ウルトラナショナリスト」だというのは妥当というしかない評価だと思うんですが、それはさておき「外務省の課長クラスがアルバイト原稿を書いているレベル」って、どんなレベルなんですかね? 少なくとも『正論』や産經新聞に載っている与太記事よりはずいぶんとレベルが高いんじゃないかと思うんですが。

で、本題です。「首相の歴史認識に関して過去の一部の言動をもとに「日本の侵略を否定する修正主義」と断定するなど考証不足が目立つ」とか「公明党の山口那津男代表は10日、名古屋市での講演で「首相は(過去の植民地支配と侵略を認めた)村山談話が政府の公式見解と言っている」と指摘するなど政府・与党内で不快感の表明が相次いだ」などとされているわけですが、産經新聞は「大東亜戦争は侵略戦争ではない」「村山談話を撤回すべき」と主張してきたんじゃないんでしょうか? そうした主張に基づいて、安倍晋三を支持してきたんじゃないんでしょうか? 米議会報告書にこんな反論をするということは、「日本が侵略したことは間違いない」「村山談話を安倍内閣は踏襲すべきである」というのが産經新聞の社論であるということでよろしいか?

2013-05-08

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その4

「戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」」シリーズの紹介を一回休んで、今回は「アジア歴史センター」でオンライン閲覧できる史料から。このブログで既に言及したことのあるものですが、なんせ7年も前のことですので。

「アジア歴史センター」にはインターネット環境さえあれば誰でも簡単にアクセスできますし、史料のレファレンスコードか件名表題がわかっていれば検索も容易なのですが、なにせ量が膨大なもので漠然と「こんなものを探したい」という時に該当するものを探し当てるのはそう容易ではありません。おまけに翻刻はされておらず画像データですので、判読に手間取ることもままあります。というわけで、一般の読者にとっては「さほどアクセスしやすくないがアクセスできないわけではない」もの、という今回の趣旨にかなうでしょう。

  • 「南京攻略に関する意見送付の件」 1937年11月30日 作成者:丁集団*1参謀長 レファレンスコード:C04120413800

これは秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書)でも紹介されていますので、古くから知られているものですが、現物の写真をオンラインで閲覧することができます。注目すべきは、南京攻略がスムーズに行かなかった場合の作戦案として「先ズ南京ニ急追シテ包囲態勢ヲ完了シ主トシテ南京市街ニ対シ徹底的ニ空爆特ニ「イペリット」及焼夷弾ヲ以テスル爆撃ヲ約一週間連続的ニ実行シ南京市街ヲ廃墟タラシム」「本攻撃ニ於イテハ徹底的ニ毒瓦斯ヲ使用スルコト極メテ肝要」としている点でしょう。秦氏は柳川平助・第十軍司令官について「敬神家だといわれてますが、とんでもない。敬神どころか残虐非道な男なんです」(「BC級裁判」を読む』、日本経済新聞社、68ページ)と辛辣に評していますが、その根拠の一つがこの作戦案であることはまず間違いないでしょう。

で、この作戦案が机上の空論でなかったことを示唆するのが次の史料です。

  • 「弾薬補給の件」 1937年10月28日 作成者:兵器局銃縦砲課 レファレンスコード:C01005653700
  • 「弾薬交付の件」 1937年11月16日 作成者:兵器局銃縦砲課 レファレンスコード:C01005668000

第十軍ではなく上海派遣軍に関する史料ですが、交付された毒ガスの中にびらん性ガスを意味する「きい」が含まれていたことがわかります。前出の「イペリット」がまさにこの「きい」に当たります。

第十軍の上記作戦案は結局採用されませんでしたが、しかしこの案が南京事件否定論者の主張に与えるダメージは結構なものです。というのも、彼らはしばしば「日本軍にはそんなことをする理由がない」だの「日本軍がそんなことをするはずがない」だのと主張するからです。戦時国際法で使用が禁じられたびらん性ガスを「徹底的」に使用して大都市を「廃墟」にしてしまうプランを立てる軍が、非戦闘員や捕虜を大量殺害したとしてなんの不思議があるでしょうか? 柳川平助が「山川草木、全部、敵なり」と訓示した、とする大宅壮一の報告は伝聞ではありますが、それに一定の信憑性を与えているのがこの作戦案の存在であるわけです。

*1:第十軍(司令官:柳川平助中将)のこと。

2013-05-06

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その3

  • 「資料構成 戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」(1)」、日本の戦争責任〔ママ〕センター、『季刊 戦争責任研究』第66号、2009年冬、44-54ページ

タイトルにあるように、旧軍将兵などが書いた回想記や部隊史に現れる軍「慰安所」の記述、日本軍や連合軍による性暴力の目撃談などを収集したもの。なおタイトルの「(1)」など「( )」でくくった数字は原文では丸囲み数字(以下、および次回以降も同じ)。

全部で25の資料が「一、日本軍人による性暴力」、「二、日本人「慰安婦」…人身売買・誘拐等」「三、朝鮮人女性の誘拐と人身売買」と分類されて紹介されている。「一」に属する資料も軍「慰安所」制度の背景を理解するうえでは重要なのだが、ここでは割愛し、「二」「三」から一部を(そう、一部だけを)紹介する。

  • 「二」の(3) 整理番号141:「橋爪健さんの話」、青柳忠良『続・聞き書き「地域の“戦争”の時代』、2002年、私家版、54ページ

 臨汾には女郎屋があって、実質的には軍が管理しており、女たちの病気の検査結果も公表されておりました。(……)あるときは、師団司令部に軍属として配置された日本人女性達のうち、余った2名が慰安婦にされて泣いていたということも聞きました。誰が筆下ろしをしたか、きっと偉い人だろう、などということが話題になったものです。女性は国籍を問わず踏みにじられたということです。

  • 「三」の(8) 整理番号16:「インタビュー 永瀬隆 私の戦後処理」、青山学院大学プロジェクト95編『青山学院と出陣学徒』、私家版、1995年、218ページ。なお証言者は軍人ではなく軍に徴用された通訳。部隊長の命令で朝鮮人慰安婦に日本語を教えることになり、証言者が「兵隊ではない」のを知った女性達が話してくれたこと、して。

 「通訳さん、実は私たちは国を出るとき、シンガポールの食堂でウェイトレスをやれと言われました。そのときにもらった百円は家族にやって出てきました。そして、シンガポールに着いたら、慰安婦になれと言われたのです。」

この種の資料を読む場合に(一般論として)注意が必要と思われる点について。「日本の戦争責任資料センター」による09年と10年の調査は主に1994年以降に刊行された文献を対象としているので、金学順さんらの名乗り出によって軍「慰安所」制度が問題化していたことに執筆者・証言者(および聞き手)が影響を受けている可能性はある。その影響は軍「慰安所」の犯罪性を過小評価する方向にはたらく場合もあるだろうし、その逆もあるだろう。法廷での証言ではないから自身の見聞と伝聞が混じっていることも少なくない(今回紹介した2例は、いずれも伝聞)。記述内容を裏付ける(ないし反証する)別の資料があればよいが、そうでなければ記述・証言の信憑性については断定的なことは言えないだろう*1。だからこそ「日本の戦争責任資料センター」が行なったような網羅的な調査には意味がある。独立した資料に類似したパターンの出来事が繰り返し記述されていれば、その分それらすべてが記憶違いであったり虚言であったりすることは考えにくくなるだろうからである。だから、間違っても今回引用した2例(いずれも雑誌掲載分のすべてではなく、その一部)だけを読んで評価するのではなく、最低でも『季刊 戦争責任研究』で紹介されたものはすべて読んでみることが必要だろう。

*1:もちろん、ある回想記の全体としての信憑性が、個々の記述の信憑性をある程度裏書きする、といったことは言えるが。

2013-05-04

[]ジェニファー・リンド氏の靖国論

NHK NEWS WEB の「歴代駐日米大使 歴史認識で議論」という記事で「安倍政権の外交政策をテーマにした、歴代の駐日アメリカ大使らによるシンポジウムが、3日、ワシントンで開かれ」たということを知って、主催した「日米の間の交流事業を行っている財団」がどれであるのかを調べていた――モーリーン&マイク・マンスフィールド財団だったのですが――ところ、"Beware the Tomb of the Known Soldier" と題するジェニファー・リンド氏のコラムを発見いたしました。リンド氏と言えば古森義久氏もご推薦のアメリカ人研究者ですから、ニューヨーク・タイムズが真っ赤に見える国士様でも耳を傾けてくれるのではないか、と期待して*1ご紹介します。

リンド氏は記念 commemoration という政治的行為が国内的にも国際的にも対立を生じさせるものだと指摘し、歴史を「ソフトフォーカスレンズ」で見ることがそうした対立を和らげうる、とします。例えば記念・追悼の対象となる犠牲者をより包括的なものとすることで、記念・追悼の対象を曖昧にすることができる。具体的にはカチンの森でのプーチンのスピーチ*2およびWWIIで戦死した戦略爆撃団の搭乗員を追悼するイギリスの記念碑*3の事例が指摘されています。

ここまでくれば、リンド氏の論旨はすでに明らかでしょう。靖国を「無名戦士の墓」ではなく「有名戦士の墓」としたA級戦犯合祀は、それ以前の靖国がある程度は備えていた曖昧さを終わらせてしまった、と*4。また、中曽根康弘と対比しつつ、「靖国参拝」が安倍内閣のアジェンダ(9条廃棄に代表される)にとって障害となることを指摘しています。

*1:すいません、嘘です。でもまあ、左派にとってはこれといってみるべきところのある主張ではありませんので、むしろ日本の保守派向けのメッセージです。

*2:ポーランド人将校と並んでナチの犠牲者となった赤軍将兵に言及することで、ロシア側にも受け入れやすい謝罪となった、と。

*3:ドイツの異議をうけて、その記念碑は「1939年から45年の爆撃で命を失ったすべての国の犠牲者」をも追悼するものである、という一節が碑文につけ加えられた。

*4:ただしリンド氏は、靖国がA級戦犯合祀以前から論争の対象であったことも指摘しています。

2013-05-03

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その2

  • 「日本軍「慰安婦」・性暴力に関する国会図書館文献調査の報告」、日本の戦争責任資料センター研究事務局、『季刊 戦争責任研究』第66号、2009年冬、55-67ページ
  • 「日本軍「慰安婦」・性暴力に関する国会図書館文献第二次調査の報告」、日本の戦争責任資料センター研究事務局、『季刊 戦争責任研究』第73号、2011年秋、40-47ページ

「日本の戦争責任資料センター」は1993年、2009年、2010年の3度にわたり、ボランティアの協力を得て国会図書館所蔵の旧日本軍将兵による戦記、回想記に見られる軍「慰安所」や戦場の性暴力についての記述を調査している。93年の調査は本格的な軍「慰安所」制度研究の初期に行なわれたもので、その成果は従来の研究書や概説書でも援用されてきたものである。したがって今回はとりあげないが、『季刊 戦争責任』の第3、5、7、9号にその結果が報告されているので、「証拠」を見たくてたまらない人々はぜひ自分の目でご覧いただきたい。所蔵している図書館を探すか、「日本の戦争責任資料センター」に申し込んでバックナンバーを入手するかして。間違っても、私が著作権法違反を犯して全ページをスキャン&アップロードすることなど期待しないでもらいたい

さて2009年と10年の調査は主に93年以降に刊行された文献を対象としている他、10年の調査では70年代以前の文献も含んでいる。今回紹介するのは66号と73号に掲載された収集資料の一覧。内容については09年調査分が66〜68、70号で「戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」(1)〜(4)」*1として、10年調査分については77号に「戦争体験記・部隊史にみる日本軍「慰安婦」第二次(1)」*2として報告されている。

66号で一覧にされている文献は495冊、「備考」欄に「○」「△」が記されているか無印であるかにより、当該文献がなにについての記述を含むかが示されている。「○」は「日本軍「慰安所」・「慰安婦」または日本軍による性暴力を示す記述があるもの、「△」は「ソ連軍による性暴力を示す記述があるもの」、無印は「その他(慰安婦問題への個人的な意見表明、その他の戦争犯罪に関わる記述、一般の売春宿などさまざまである)」(55ページ)。

73号でリスト化されているのは280冊。同じように「○」、「△」、無印の分類がなされているが、「△」は「ソ連軍や中国軍、米軍など連合軍による性暴力を示す記述があるもの」とされている(40ページ)。

なお日本軍「慰安所」や「慰安婦」、日本軍の性暴力についての記述を含むものは66号掲載分で260点、73号掲載分で161点なのに対し、ソ連軍ないし連合軍による性暴力についての記述を含むものはそれぞれ102点、67点となっており、かなりの数にのぼる。ネトウヨは連合国による性暴力を引き合いに出して相対化をするのが好きだが、結局のところ連合国による性暴力を実証的に調査しているのはネトウヨが言うところの「サヨク」学者であり、「プロ市民」だということになる。

次回以降、09年および10年の調査結果のごく一部を紹介するが、本シリーズの目的は「どこを調べれば“証拠”が見つかるか」を紹介することであって、ひな鳥よろしく口を開けてピーチクパーチク鳴きわめくくせにいざエサ=証拠を口に突っ込まれると嚥下せず吐き出してしまう人々の手間を省いてやることではない。間違っても私が著作権法違反を犯して全ページをスキャン&アップロードすることなど期待するのではなく、自分で図書館にいくかバックナンバーを取り寄せてもらいたい

なお、従来も何度か紹介して来たが、「政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料」についてはこちらのサイトでPDFを閲覧できる。「証拠」を求めてやまないネトウヨ諸氏ならば当然すべて読破しているものと思うが、念のため。

*1:「(1)」などの数字は原文では丸囲み数字。

*2:80号以降に続きが掲載される予定と思われる。

2013-05-02

[]こちらの振り付け通りに踊ってくれる人々

昨日のエントリは「証拠はあるの?」と言いたがる歴史修正主義者や自称中立の面々が、いざ「資料はここにあるよ」と指摘されても自分の目と頭でそれを検討してみることなど99.9%ないという事態をふまえて、いわば挑戦状として書いたものです。さらに、『季刊 戦争責任研究』第58号に掲載された資料を紹介するにあたっては、同号に掲載された資料のさらに一部を紹介しているにすぎないこと、また「一つ一つの「証拠」が明らかにするのはその事象のごく限られた側面」でしかないことをただし書きしておきました。

以上をふまえるなら、昨日のエントリに対する次のような反応は、本来であれば赤面を通り越し顔面から遠赤外線がガンガン放射されて肉や魚を備長炭よりおいしく焼けてしまうくらい恥ずかしいものである、ということになります。


・『季刊 戦争責任研究』第58号の当該ページを自分の目で見てもいないのに噛み付いてみせる

・昨日のエントリで紹介した部分だけに反応して、それ以外の膨大な資料(その一部がこちら)とあわせて評価することをしない


では、頼まれもしないのに羞恥プレイにいそしみ私の目論見を見事実現してくれた皆さんをご紹介しましょう。

m-matsuoka 南京事件 *これはひどい 歴史

このように「南京虐殺の証」と戦闘・戦争があった証拠を混同させるのが歴史捏造・プロパガンダの常套手段。(中略)2013/05/01

コメントは不要でしょう(笑)

unaken

内容の真意はともかく、こんな光景は戦場では日常。少なくとも自分は、可能な限り入手できる資料をもとに自分の頭で考えて主義主張してるんだよ。もちろん極端な例もあるけどな。 http://www.history.gr.jp/~nanking/lie.html#022013/05/01

おやおや、「可能な限り入手できる資料をもとに自分の頭で考えて主義主張」した結果が、カビの生えたような否定論サイトのURLですかw ちなみに『季刊 戦争責任研究』のバックナンバーは「日本の戦争責任資料センター」に申し込めば簡単に入手できるので(58号は私もそうして入手しました)、「可能な限り入手できる資料をもとに」考える人であればとっくに入手している筈の資料です。そうなんですよね?

sonickhedge トニイパンディ 捏造の手法

こんなことやってるから中道にもそっぽ向かれるんだよ。ここの写真が全て書かれていたとおりだとして、南京大虐殺の証拠にはならないだろ?それが理解できないの?それともわざと?2013/05/01

これこそ私が待ち望んでいたブコメのひな形と言えます。「それが理解できないの?それともわざと?」というのはこちらの方が言いたい台詞(笑)

dadabreton

素人は口出すなって言ってるのと同じだね。経済的・時間的に普通の人は全部読めない。→「定番の資料集リストを第一弾として提示したうえで「全部読み終わったらまた連絡ください。続きを教えます」」2013/05/01

実際、「口を出さない」という選択肢もあるんですよ。でも、口を出したいんでしょ? 口を出したいなら、それにふさわしいだけの努力はしないとねぇ。それにしたって、図書館にいくか千円出して雑誌のバックナンバーを読んでみる程度の手間すら惜しむやつが「素人は口出すなって言ってるのと同じ」なんて捨て台詞を吐くのは、カッコワルすぎるよ。

yarukimedesu はてな 社会 世界

私が高校の時にみた黒の章みたいなビデオも本当のことだったんだろうな。2013/05/01

ハア、マアソウナンジャナイデショウカ……

naitawaratta

こんな映りの悪い写真と作り話をミックスして証拠と言われても誰一人納得はしないだろう。2013/05/01

で、もちろん図書館に行ってみるという労すら惜しんでるわけです、こいつは。

jassmaz

プーチンじゃないけど、60年以上前のことを感情的にとやかく言うのは大人のやることじゃないですよね。2013/05/01

いまだに必死になって東京裁判に文句言ってる連中のことですね、わかります。

richest21

南京攻略戦で多数の死者が出た証拠、ではなくてあくまで「南京大虐殺」が行われた証拠を見たいよね。東京大空襲や広島・長崎を人数だけで「大虐殺」とは呼ばんでしょ?(個人的には呼びたいが)2013/05/01

「個人的に呼びたい」の? だったら呼べばいいじゃん、広島・長崎も、南京も。私は文句言いませんよ?

ooblog

南京事件~中国側が「三十余万人」、日本側が「20万人が上限」~米ロサンゼルス市の高校~日中両国の有識者の主張より多い「40万人」の記述(http://dontena.doorblog.jp/archives/18933187.html )2013/05/01

それがなにか? ちなみに広島の原爆死没者名簿には28万人超の名前が記載されてます。

norinorisan42

南京事件がどういう事件であったのかを検証するための資料として議論の壇上に挙げる、くらいなら意味があるだろうに、あった/なかったという議論してる人たちだけを対象とする風にみえるなのがなんだか2013/05/01

はい、まずはこれらの資料集をちゃんと読んでから出直しましょう。「どういう事件であったのかを検証するための資料」ですから。

yingze ブックマーカーオチ

一番端っこ叩く遊び2013/05/01

その「一番端っこ」が実に分厚い層なんですな。嘘だと思うなら、とりあえず『季刊 戦争責任研究』第58号をちゃんと読んだことのある南京事件否定論者を100人ばかり紹介して下さい。それができないならあんたのやってることは単なる難癖。

mizunons

あれ?昔って「南京大虐殺」って「大」が付いてなかったっけ?いつから「大」が外れて「南京虐殺」になったの??2013/05/01

「大」がつくかどうかにしか関心がない人なんですね。

blue1st

史料を読もうよという意見は分かるんだが、今回持ちだされた写真だけだと「これが証拠だ!」スカッ感が半端ない。2013/05/01

映画の予告編に結末がないと文句言う人なんだろうな、この人は。

Capricornus

少なくとも結論づいてないものを学会じゃ決着がついてるだの言って"あった"と言う結論を急いでる連中は学会にとっても迷惑な存在なんじゃない?もちろん、"なかった"と言う結論も時期尚早だけど。2013/05/01

ふむ。「迷惑」かどうか、ぜひ関連諸学会に問い合わせてみてくれないかな? 報告を待ってるぜ!

hahiho

日本の近代史学者がマルクス史学の手法をベースに南京事件の政治的利用価値を死守する姿は、原発村の御用学者の有り様と大差ないな。それを裏返しに否定しようとするだけの右翼が馬鹿丸出しになるのも当然ではある。2013/05/02

具体的な指摘を切望>「マルクス史学の手法をベース」 それができれば、君は明日から右派論壇のエースだ!

okachan_man

肯定派と否定派が入り乱れて私にはさっぱりわからんのだけれど、「わからない」という態度を示すことさえ憚られるのがなんだかややこしい。2013/05/02

そりゃ、「わからない」が知的に誠実な態度であるためには、それなりに調べてみることが必須だから。わかろうとする努力すらせずに「わからない」と抜かすことが許されると思うな。わかる気がないなら「わからない」などと言わずに「わかるつもりがない」と言え。

hihi01

昨日、たまたま南京侵攻時、その場にいた方のお孫さんと会って、当時の日記、手帳の画像を見せてもらった。内容からいって、日にちからいって、少なくとも数十万人を逆札することは不可能だっただろうというのが、昨2013/05/02

「ジグソーバルズの一片を見ただけですべての絵柄がわかった気になる」症候群。

トリはこの人につとめてもらいましょう。

enderuku

不鮮明な画像出して認めろ!って言われてもなあ。ネット上の取引で「振り込みました、振込明細票の画像を送りましたので商品先渡しお願いします」ってこのぐらいのぼやけた画像(数字の判別不能)送られた事がある。2013/05/01

今回は特別に、『季刊 戦争責任研究』第58号に掲載された写真の現物を見せてもらう方法を伝授しましょう。まず、雑誌に掲載されたものをスキャンしてさらに縮小した画像だけをみてぐちゃぐちゃ云ってるようじゃお話しになりません。『季刊 戦争責任研究』第58号を閲覧することは最低限中の最低限の条件です。次に、雑誌に掲載された写真ではわからないが現物を見ればわかるかもしれない事柄について説得力のある仮説を構築することが必要です。研究者は暇人じゃないので、具体的な根拠もなく「現物を見せろ!」と抜かす輩の相手をいちいちしているわけにはいきません。そんな要求を無際限に認めねばならないとすれば、研究者に対する嫌がらせの手段が限りなく許されることになってしまいます。で、あなたが非常に説得力のある仮説を構築できたら、次はそれを論文にしてみましょう。幸い、『季刊 戦争責任研究』は「日本の戦争責任資料センター」の会員に限定せずに論文の投稿を受けつけています。執筆要綱は『季刊 戦争責任研究』に掲載されてますよ。もちろん、それなりのクレディビリティを備えた雑誌であれば別に『季刊 戦争責任研究』でなくてもかまいません(『WiLL』では無理です、念のため)。そのうえで、『季刊 戦争責任研究』編集部に対して、「58号に掲載された写真の現物を見たい」と申し出てみましょう。そこまでやってもなお現物の閲覧が許されなかったとすれば、私もあなたとともに『季刊 戦争責任研究』編集部を非難することにします。

yoshiyoshi 2013/05/04 02:07 >実際、「口を出さない」という選択肢もあるんですよ。でも、口を出したいんでしょ?口を出したいなら、それにふさわしいだけの努力はしないとねぇ。


昔からホントに謎なんだけど、なんでこの程度のコトがいつまでたっても理解出来んのだろう???

全部手取り足取り教えてもらえるとでも、思っているのかなぁ?
子守りじゃあるめーし、そんな義理あるワケねーじゃん。

2013-05-01

[]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その1

一週間ほど前に、私のツイッターアカウントあてにネトウヨが「南京虐殺の証が有れば教えてくれる?」などとメンションを送ってきたので、定番の資料集リストを第一弾として提示したうえで「全部読み終わったらまた連絡ください。続きを教えます」と返答したところ、速攻で「転進」をはじめるというお決まりの結果となりました。ツイートをいくつか削除しているようですが、その削除されたツイートでは「この手の証言はずいぶん見てきたけど」「君の証と言うのは証言のみなのか?」だのと、ご丁寧に自らの無知を晒すハッタリをかましてくれていました。

これがまったく特別な事例でないことは当ブログの読者の方であればよくご存知だと思います。南京事件にせよ、旧日本軍「慰安所」制度にせよ、ネトウヨはそもそもどれほどの「証拠」が積み重ねられているかすら知ろうとしませんので、「資料集」として編纂され刊行されている「証拠」を突きつけられただけでも腰を抜かす以外に対応する術を知らないわけです。

さらに、歴史研究者が「証拠」として用いる史料がすべて「資料集」のかたちで刊行されているわけでもありません。今日から何回かに分けて、一般の読者にとっては「さほどアクセスしやすくないがアクセスできないわけではない」かたちで紹介されている「証拠」をとりあげてみたいと思います。

前置きとして一点だけ。時空間的に大きな広がりをもつ事象を「史実」として扱おうとする場合、一つ一つの「証拠」が明らかにするのはその事象のごく限られた側面にすぎません。全体像を描き出すには数多くの「証拠」が必要であり、現に「資料集」として刊行されているものに限っても大量の史料が「証拠」とされているわけです。ネトウヨの口ぶりを聞いているとあたかも紙ペラ1枚で南京事件の存否が決まるかのようですが――実際、彼らが自分の願望にかなうデマを「事実」として認定する際には、怪しげな紙ペラ1枚程度の「証拠」でそうするのですが――、そうした態度自体が歴史学における事実認定のあり方への無知を晒しています。


  • 「史料発掘 南京虐殺の現場と写真」(解説・笠原十九司)、『季刊 戦争責任研究』第58号、2007年冬季号、2-16ページ

野戦重砲兵第15連隊の兵士として上海戦、南京攻略戦に従軍した兵士の『軍隊手諜』、陣中日記、回想録、写真(連隊のアルバム『支那事変紀念写真帖 昭和一二、三、四年 カト トセ』*1および「戦地写真」と鉛筆書きされた封筒に入れられた個人写真3枚)をご子息が提供されたもの*2。回想録は2007年当時「二〇年ほど前に」書かれたものと解説されているので、80年代の後半に成立したものと推定されます。『季刊 戦争責任研究』で紹介されているのはこれらの一部ですが、ここでとりあげるのはさらにその一部です。「証拠」を熱心に探してやまないネトウヨ諸氏ならば図書館で『季刊 戦争責任研究』の当該号にあたる手間をまさか惜しんだりはしないでしょう。

「上海付近まで」と題された回想録より。

 鉄帽は五分の一位しか支給されず、それも英兵の様な型で変なものであった。服は暑い盛りに冬服を着せられた(補給できぬ為)。予防注射も間に合はず、乗船してからもした。(……)

(6ページ)

野戦重砲兵第15連隊は通常大佐が務める連隊長が少佐、兵士はすべて予備役兵か後備役兵、下士官も現役は連隊本部に一人だけ……という急ごしらえの、「全滅してもよい編成との噂」の部隊だったたため(同所)、装備も劣悪だったわけです。こうした実情を知れば、戦地写真について「装備が当時の日本軍のものとは違う」とか「当時は夏の筈なのに冬服を着ている」といった理由で直ちに「捏造写真」と断じることの無意味さも理解できるというものです。「○○のはず」をきっちり守るほどの国力は当時の日本にはなかったのですから。


「憲兵の検閲にあうと取られる為、台紙の中にかくして持ってきた」とされる個人写真より。

f:id:Apeman:20130418154705j:image

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いわゆる「据え物斬り」の後の光景。1枚目が『戦争責任研究』に掲載された「写真(4)」、刀身を点検している人物を私がトリミングしたのが2枚目。被写体のアイデンティティは不明ですが、撮影者は特定されています。「据え物斬り」については回想録の中でも記述されていますが、その晩の様子が興味深いです。

 夜半、幕舎からゴソゴソ出て行く者がいるので、どうしたと聞いたら、広瀬〔=昼間、捕虜を斬首した兵士〕が気になると云って、離れた首を胴体に合わせ土を被せて、気がすんだと云って入って来たと思ったら、すぐ鼾をかいて眠ってしまった。或る者は、俺じゃないと云って怒鳴って飛び起きた。要するに十人十色である。

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「すぐ鼾をかいて眠ってしまった」兵士にしても、死体をそのままにしておくことができなかったわけで、殺人にともなう興奮が冷めると罪悪感や後味の悪さを感じていたことがわかります。

*1:「カト」は初代連隊長の名に由来する部隊の略号、「トセ」は連隊司令部のあった東京世田谷の略号、と解説されています。

*2:まったくの偶然から、私はご子息がこれらの遺品を持ち込まれた場に立ち会っており、現物を見ております。まあ私のような素人が現物を見たからといってなにがわかるわけでもないのですが、刊行物で紹介される史料の現物がどのようなものであるのかを自分の目で見ることができたのは貴重な体験ではありました。