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Apes! Not Monkeys! はてな別館

2013-07-29

[]sc-d は嘘つきです

http://d.hatena.ne.jp/sc-d/20130727/1374930449

■強制連行は無かったというのはメディア自身も書いていたのに、後から金をせびる為に嘘で言い出しましたからね。

id:sc-d は嘘つきです。以上。

2013-07-25

[]読売新聞の「慰安婦=女子挺身隊」説

昨日までのエントリを書くために縮刷版からコピーしたついでに、小倉秀夫氏が「慰安婦問題=朝日の捏造」説への反証として指摘されていた、1987年8月14日の読売新聞夕刊の記事もコピーしてきました。

f:id:Apeman:20130725232701j:image:small

まともな研究の蓄積が極めて少なかった当時においては、こういう認識しか持ちようがなかった、ということでしょう。

しかし、当時の自民党には戦中に内務官僚だったり軍人だったりした議員が何人もいたわけで、彼らもまたこうした誤解の蔓延には責任があるわけです。

2013-07-24

[]よいお知らせと残念なお知らせ

さて、今回は予告通り、1991年8月11日の朝日新聞朝刊の記事を利用した池田信夫氏の捏造について論破してゆくのですが、id:Capricornus にはもうちょっと待ってもらって、その前にいくつかお知らせがあります。

第一の、よいお知らせです。21日の2つ目のエントリを書いた際、私は「ひょっとして、2年で6回もとりあげていれば十分洗脳キャンペーンじゃ! と言い張るやつが出てくるのでは?」と思っていました。ところが、いまのところコメント欄にもブクマにもそういうのはいませんね。まあ、選挙の日に書いたエントリで注目度が低かったことを割り引く必要もあるでしょうが、ネトウヨのみなさまも意外に常識人であらせられる。

しかしながら、二つ目以降は残念なお知らせです。実は私、1991年8月11日の朝日新聞朝刊の記事についての池田氏の主張についてはとっくに反論しております。タイトルはズバリ「池田信夫の捏造」で、昨年の8月12日にアップしております(どうせならもう一日早くすりゃよかった……)。ところが、Capricornus 氏はもとより、誰一人この反論を読んだうえで先手を打って再反論しようという人は誰もいませんでした。ちょっと調べればわかることなんですけどねぇ……。

第三に、21日の一つ目のエントリ中において、私はわざと嘘を書いております。ちょっと調べれば嘘とわかる嘘、しかも「えっ? これ嘘なの?」という類いの事柄ではなく「そうだよなぁ、おかしいと思った」と納得いただけるような嘘、です。しかしこれについても、id:pokute8id:hitoubanid:bomb-pon のお三方を始め、ネガティヴコメンテーターの誰一人ご指摘いただけませんでした。ちょっと調べればわかることなんですけどねぇ……。

第四に、「無知の無知」を体現するお仲間が増えてしまいました。当ブログの常連読者の方であればすでに法華狼さんのエントリをごらんになっているかもしれません。

政治的敵対者を「バカにする」ことはとってもキモチいいことである反面、相手を過小評価することにつながりますのでなるべく慎むべきである、とわたくし心得ております。それにしても、です。こうもぶざまな真似を晒し続ける連中を嗤わずにいるというのは大変な精神修養が必要で、わたくしごときではなかなか……。よく「周回遅れ」と言いますが、20年以上前から知られており歴史修正主義者がどう誤用・悪用するかも分析され尽くしたシロモノをドヤ顔で! というわけで、思いっきり嗤わせていただきます。バカだろ、お前ら? ……と、ひとしきり嗤ったあとで、こいつらの親玉がいま日本の総理大臣をやっていることを思い出してぞっとするのであります。

本題は次エントリにて。

[]「池田信夫の捏造」完全版

このエントリは以下のエントリを前提とし、それらとあわせて一つの主張をなすものですが、読む順番としてはまずこれを読んでいただいてかまいません。

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20111221/p1

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20120626/p1

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20120812/p1

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20120825/p1

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130702/p1

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130719/p1

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130721/p2

池田氏の人権意識の希薄さについては別に批判したエントリもありますが、ここでは省略します。


さて、問題になっている1991年8月11日付け朝日新聞朝刊の記事と、その記事をもとに池田氏が何を主張しているかについては、こちらで必要な事柄がすべて引用されておりますので、必要に応じてそちらをご参照ください。ポイントはこの記事において「親に40円でキーセンに売られた」と書かれていなかったことが意図的かつ(こちらの方がより重要ですが)ミスリーディングな隠蔽であるのかどうか、池田氏の表現を用いれば「誤報ではなく意図的な捏造」であるかどうか、です。


※反論1:「キーセンに売られた」ことと「日本軍慰安婦として強制連行された」こととは矛盾しない

「日本軍慰安婦として強制連行された」という主張と矛盾するような事柄、例えば「自ら思いついて日本軍の占領地に向かい、慰安所に飛び込んで職を求めた」といった経歴があるのにそれを隠蔽したというのであれば、それは確かに「捏造」の名に値するでしょう。しかしキム・ハクスン(金学順)さんは日本軍「慰安婦」になるつもりでキーセン学校に通ったわけではありません。したがって、彼女の個人史において「キーセンに売られたこと」と「日本軍慰安婦にされたこと」の間にはきっぱりと断絶があります。そして訴訟の対象になっているのは当然ながら後者の方です。訴訟と関係のないエピソードを省略したら「捏造」になるのでしょうか? そう、実は池田氏は「キーセンに売られた」ことが訴訟にとって無関係ではない、重要だ、と思い込んでいるんですね。日本の裁判所を舐めきった話なのですが、これについては後述します。


※反論2:他紙だって「キーセン」云々は報じてない

1991年12月6日にキム・ハクスンさんらが訴訟を提起した際の読売新聞と毎日新聞の報道をごらん下さい。

f:id:Apeman:20130724235638j:image

f:id:Apeman:20130724235639j:image

この記事はキム・ハクスンさんの名前を出していませんが、「アイ子」というのは彼女が「慰安婦」時代につけられた源氏名です。「キーセンに売られた」ことは書かれていません。

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こちらも同様です。「キーセンに売られた」ことは朝日の植村記者だけが知っている秘密だったのでしょうか? いやいや、そうじゃありません。なぜなら、「キーセン」の件はこの日提起された訴訟の訴状にちゃんと書いてあるからです(後述)。ひょっとして、読売新聞の記者も毎日新聞の記者も「妻が韓国人」だったのでしょうか? ……バカバカしい。


※反論3:そもそもキム・ハクスンさんの生い立ちは詳しく報じられてない

1991年8月11日の記事で日本軍「慰安婦」にされる以前のキム・ハクスンさんの生い立ちに触れているのは「女性の話によると、中国東北部で生まれ」というフレーズだけです! 書かれていないことばかりじゃありませんか。この日の記事だけじゃありません。提訴を伝える91年12月6日夕刊の記事は「慰安婦」にされる以前のことをなにひとつ伝えていません。元「慰安婦」の人々が初めて日本の法廷に立ったことを伝える翌92年6月1日夕刊の記事も同様です。生い立ちを詳細に伝えておきながら「キーセンに売られた」ことに触れなかったのならともかく、生い立ちについては事実上何も伝えていないのに「キーセンに売られた」ことだけは書いたとしたら、その方がよほど不自然です。すでに述べたように訴訟の対象となっているのは彼女が日本軍「慰安婦」とされて以降の事柄であり、報道がその部分に集中するのは当然のことです。


※反論4:「キーセンに売られた」ことは秘密でもなんでもない

池田氏も述べているように、訴状には(「売られた」という直截な表現こそ用いられていませんが)「キーセン」云々に言及している箇所があります。

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(http://www.awf.or.jp/pdf/195-k1.pdf /p.51)

原告団はマスメディアに対して当然訴状の写しを配るでしょうから、読売や毎日の記者だってこの事実は知り得たはずです。にもかかわらず、報じられなかった。文字数の制約があるなかあえて盛り込むだけの価値を見出さなかったからです。


※反論5:「訴訟を有利にするために」という邪推はバカ丸出し

裁判官が読む訴状には「キーセン」云々と書いてあるのに、提訴の半年近く前の記事でそれを伏せたからといって、訴訟にどんな影響があるというのでしょうか? 池田氏は日本の裁判官を途方もない間抜けだと思っているのでしょうか? あるいは、「キーセン」云々を知らない一般市民が裁判所に圧力をかけることを期待したのだ、と言いたいのでしょうか? だとすると裁判官をヘタレ扱いし過ぎなうえに、植村記者を間抜け扱いし過ぎです。朝日一紙が伏せたところで、他紙が報じたらどうするつもりだったというのでしょう?

実際のところ、日本の裁判所はどのような判断を下したのでしょうか。ご承知の通り、損害賠償の請求そのものは却下されていますが、一方で東京高裁は「軍隊慰安婦関係の控訴人ら軍隊慰安婦を雇用した雇用主とこれを管理監督していた旧日本軍人の個々の行為の中には、軍慰安婦関係の控訴人らに軍隊慰安行為を強制するにつき不法行為を構成する場合もなくはなかったと推認され」とか「軍隊慰安婦関係の控訴人らに対する旧日本軍の措置に強制労働条約及び醜業条約に違反する点があった可能性は否定できない」などと判断しています。「キーセンに売られた」ことにひとことも触れることなく、です。「訴訟を有利にするため」というのは的外れもいいところの邪推です。(実のところ、この余計な邪推をしていなければ、池田氏のエントリは悪質なプロパガンダとしてもっと有効に機能し得たでしょう。)


※反論6:まとめ=ゲスが自分のゲスさを他人に投影しているだけのこと

「反論1」のところでもほのめかしておきましたが、池田氏の捏造の核心にあるのは「『キーセンに売られた』ことは隠すに値する重要情報だ」という勘違いです。この勘違いは決して偶然に生じたものではなく、彼がセクシストであり歴史修正主義者であることと密接に結びついているものです。

訴状によればキム・ハクスンさんがキーセン学校に通いはじめたのが数えで14のとき、日本軍「慰安婦」にされたのが同じく17の時ですから、「キーセンに売られた」ことと「慰安婦にされた」こととは時間的にもはっきりと隔てられた、独立の出来事です。親にしても軍「慰安婦」にするつもりで売り飛ばしたわけではありません。ここからがセクシストな歴史修正主義者には伝わらないかもしれない部分なのですが、当時のキム・ハクスンさんが「キーセンに売られる」ことの意味を了解しており、それゆえ売春することについては同意*1していたか諦めていたとしても、だからといって日本軍「慰安婦」にされることまで承知したことにはならないのです。その意味で、彼女は間違いなく日本軍「慰安婦」になることを強制されたのであり、強制売春は当時においても不法だったのです。日本の裁判所が「キーセンに売られた」という事情を無視したのも当然です。

ではなぜ、池田氏やその支持者は勘違いしたのでしょうか? 彼らがこう考えているからです。「悪いのは女を売春婦にしたやつで、すでに売春婦になった女をどう扱おうが客の勝手だ」、と。そう考えるからこそ、親によって「キーセンに売られた」という事情は日本軍を免罪する決定的な事実だ、などと勘違いできるのです。そして池田氏らは日本の裁判官もそう考えるだろう、と思っているわけです。東京高裁はかつてホテトル嬢の被告人に対して「被告人の性的自由及び身体の自由に対する侵害の程度については、これを一般の婦女子に対する場合と同列に論じることはできず、相当に滅殺して考慮せざるをえない」という判決を出した前科がありますので池田氏の期待にも一理はあるかもしれません。しかしながら、これはいろいろ事情はありながらも結果として被告人が被害者を刺殺したという事件についての判決なのであって、「お前はすでにキーセンに売られていたのだから、黙って強姦されていればよかったのだ」などというゲスな発想はさすがに日本の裁判官たちにはなかったわけです。


これで満足ですか、id:Capricornus

*1:この同意が法的には無効であることについての議論はここでは省略します。

2013-07-21

[]無知の無知

言いたいことが法華狼さんと大きくかぶっちゃったんですが……。

皆さんご存知のように、コメント欄やブクマに集まってくる歴史修正主義者たちは、「慰安婦」問題について基本的な知識を得るための努力なんかしたことがありません。もちろん、かつての朝日新聞の報道がどのようなものであったか、なんてことも自分で確認してみたことなどありません。で、他ならぬ自分のことなのですから、彼らも自分が「慰安婦」問題について無知であることはよく知ってるはずなんですよね。なにしろ「金だして本買ったことない」「時間かけて調べたことない」ことは彼らの記憶が証言しているわけですし。にもかかわらずわかったようなことをほざきに来るというのは一体どういう了見なんでしょう。こちらが最低限「新聞の縮刷版を調べる」という手間をかけていることはエントリ内容から明白であり、他方彼らは徒手空拳というか手持ちの材料はゼロであるわけです。なぜ彼らは自分の無知を忘れることができるのか……まあドクサというのはそういうものだ、ということなんでしょうけど。

ブクマでレスしなかったお笑いブコメに簡単にレスしときます。

id:Capricornus

この記事で日本軍による強制連行と言う図式が完成したということではないの?

違うね。だって、あの記事から一体どうすればそんな「図式」が出てくるというの?


id:tatage21

うん。だから問題になってるのはいまだに「河野談話撤回!」だのなんだのと言い出す政治家がいることなんよ。いま総理大臣をやってる男は、「あの謝罪はなし!」が持論の男なんよ。それでも「謝罪済み」なの?


id:pokute8

お前はバカか? スターつけてる2人もだけどな。そのマンガで描かれてるのは労務者としての朝鮮人強制連行だろうが。その場合には「人狩り」的強制連行があったことについては、やった側の回想を含めばっちり証拠があるんだよ。嘘だと思うなら池田信夫先生に聞けばいいよ。取材したって言ってたから。「この問題にみんなが関心をもたないのはけしからん」とお冠だったから、質問してやると喜ばれるよ、きっと。


id:hitouban

「トータルイメージにおける鎖ジャラジャラは今も昔も左派の物でしょ」 はい、論証よろしく。


id:yingze

君には想像できないかもしれないけど、このエントリ書くのに必要な調査なんてせいぜい30分もあればできるのよ(図書館へのアクセスに必要な時間を除いて)。私としては、ろくに調べもせずに「余暇をデマの拡散に費やす」人生よりはずいぶんと有意義だと思うよ。


id:ks1234_1234

で、君は「吉田くんの本」が当時においてどのような反響を呼んだのか、ちゃんと調べてみたのかね? 産經新聞を鵜呑みにしてるだけじゃないのかね?

[]恐るべき朝日新聞の洗脳力

前エントリの最後に言及した id:ks1234_1234 なんかがある意味典型なんだけど、彼らって絶対に「じゃあ、こちらも吉田清治についての朝日の報道を調べてあいつの鼻を明かしてやろう」とは思わないんですよねぇ。まあ、調べたら調べたで、こういう結果になるわけなんですが……。

  • 1983年11月10日、朝日新聞、朝刊

Wikipedia で「吉田清治」を参照すると「1983年11月10日には朝日新聞が「ひと」欄で吉田清治の謝罪碑活動を紹介した」と、さも大事のように書いてありますが、もちろん「ひと」欄のことですから紙面全体の中ではこんな感じでしかありません。

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ネトウヨが信じるかどうかはわかりませんが、この記事には「慰安婦」の3文字は登場しません! 炭坑や土木現場での労働のために朝鮮人を送り込んだ、という「体験」が語られているだけです。

ところでネトウヨの皆さん、朝日新聞は何度くらい吉田清治氏を紙面でとりあげたことがあると思います? なんせ世界中を洗脳するだけの力を持ったキャンペーンだったわけですから、相当な回数だと思いますよね? 1991年と1992年の2年間について「聞蔵IIビジュアル」で調べてみました。その結果、なんと、驚くべきことに、たったの2年間で……6回もとりあげられていましたっ! 1991、2年には「慰安婦」というキーワードを含む記事があわせて874件あるのですが、そのうち約0.7%もが吉田氏に言及していたのです……。

いや、こんなので「慰安婦=人狩り的強制連行」みたいな認識が世界中に定着するのだとしたら、朝日新聞のインクにはきっと特殊な電磁波を発する成分でも混ぜられているんじゃないでしょうか。

2013-07-19

[]1992年1月の「慰安婦」問題報道・3紙比較

1992年1月11日以降の朝日、読売、日経各紙の「慰安婦」問題報道を比較してみましょう。池田信夫氏によれば、この日の朝日の記事によって歴史が変わったらしいんですが、考えてみればすべての日本人がアカヒ読者というわけでもないので、他紙がどう報じたのかも調べないとまずいですよね? 毎日を省略しているのは、結果がどうであれおそらく歴史修正主義者の関心を惹かないであろうからです。産經新聞がないのは縮刷版がないからで、私のせいじゃありません。記事の扱いの大きさがわかりやすいよう、「慰安婦」関連記事以外の部分はぼかしをかけ明度を落とす処理をしてあります。


(1-1)1992年1月11日、朝日新聞、朝刊、一面

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記事の中身についてはこちらをご参照ください。


(1-2)1992年1月11日、朝日新聞、朝刊、社会面

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見出しからわかるように記事の焦点は「補償」問題とそれまで日本政府がついてきた嘘の2点です。「強制連行」の4文字は存在しません。


(2)1992年1月11日、朝日新聞、夕刊

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政府筋の反応、および韓国政府の反応を紹介したフォロー記事ですが、写真からおわかりいただけるように大した量ではありません。北海道の炭坑に「慰安婦」の誘致をはたらきかけた陸軍の文書の発見、および市民団体が解説した「慰安婦110番」にも言及があります。「強制連行」の4文字はありません。


(3-1)1992年1月12日、朝日新聞、朝刊

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官房長官(加藤紘一)および外務大臣(渡辺美智雄)が「当時の軍の関与」を認めた、との記事。「強制連行」の4文字はありません。


(3-2)1992年1月12日、読売新聞、朝刊

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渡辺外相が「軍の関与」を認めるコメントをした、という読売の第一報。ここでも焦点は「補償」問題、および従来「軍の関与」を否定してきた政府の説明との齟齬、です。もちろん、「強制連行」の4文字はありません。


(3-3)1992年1月12日、日経新聞、朝刊

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官房長官のコメントへの言及がないのは読売と同じ、「慰安婦110番」に言及があるのは朝日と同じ、です。「強制連行」の4文字はやはりありません。

(3-4)1992年1月12日、朝日新聞、社説

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「徹底的な事実調査」と、補償に関しても「前向きの姿勢」を求めた社説(後者については、アメリカおよびカナダにおける日系人強制収容へのリドレス運動に言及)。「売春行為を強いられた朝鮮人女性など」「勧誘または強制連行され、中国からアジア、太平洋の各地で兵士などの相手をさせられたといわれる朝鮮人慰安婦」との表現はありますが、朝鮮半島で軍官憲による「人狩り」的強制連行があった、とはされていません(朝鮮人「慰安婦」は全員が強制連行の犠牲者だ、ともされていません)。その限りで、これは今日の研究水準に照らしても問題のない記述です*1

この日は日曜なので夕刊はなし。なお読売、日経ともトップは共和事件の記事です。この週末はブッシュ(父)の訪日直後、センター試験真っ最中、共和事件での逮捕目前……という具合に大きなニュースが続いており、「日本中が慰安婦問題一色に!」てな状況では全然なかったわけです。


(4-1)1992年1月13日、朝日新聞、朝刊

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官房長官の発言を引用して、政府が首相の訪韓時に「謝罪」する方針を決めた、とする記事。背景解説はやはり「補償は解決済み」「軍、政府の関与はなし」という政府の(従来の)姿勢について。


(4-2)1992年1月13日、読売新聞、朝刊

f:id:Apeman:20130719231627j:image

官房長官発言についてはほぼ朝日と同じ伝え方。PKO法案についての官房長官発言にも触れています。


(4-3)1992年1月13日、日経新聞、朝刊

f:id:Apeman:20130719231625j:image

読売と似たり寄ったりの記事です。日経については以後省略。

私の見落としでなければ(なにぶん縮刷版なので見落としはあるかもしれないのですが……)、この日の夕刊には関連記事はありませんでした。


(5-1)1992年1月14日、朝日新聞、朝刊

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官房長官談話の形で「正式謝罪」(ただし「補償問題」には触れず)、との記事。「強制連行」の4文字なし。1面トップは共和事件での逮捕。


(5-2)1992年1月14日、読売新聞、朝刊

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1面ではありませんが、記事の中身そのものは朝日と大差ありません。


(6)1992年1月15日、読売新聞、社説

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朝日に遅れること3日、また朝日とは異なり首相訪韓の課題全般をとりあげた社説ではありますが、「慰安婦」問題についても次のように書いています。

 いま、朝鮮人従軍慰安婦の問題が表面化している。関係者が日本政府を相手に補償を求める訴訟も起きている。

 日本政府の調査でも、旧日本軍が関与していたことが明らかだ。加藤紘一官房長官は「おわびと反省」の談話を発表したが、首相も訪韓の際、公式の場で率直な謝罪を表明すべきだ

 補償問題は、一九六五年の日韓国交正常化の際の協定で、法的には決着がついている。これを前提に、謝罪の意志と誠意を表すにはどんな方法が適切か、裁判の行方を見ながら韓国政府と協議し、「未来志向」の日韓関係につなげてほしい。

強調は引用者。読売の方が「賠償」問題については消極的だというのは予想通りですが、しかし12日の朝日社説にしても「個々の請求にどう対応するかは別にして」という但し書きつきの提言にすぎず、具体的な賠償の提案をしているわけではありません。


どーでしょう? 1992年1月11日の朝日新聞報道を皮切りに、日本中が「慰安婦は実は強制連行されていたのだっ!」という認識で染まりきった、などということはとうてい読みとり難いのですが……。

*1:もちろん、より精緻な記述にするのであればいろいろとつけ加えるべきことはありますが。

2013-07-18

[][]「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その12

  • 吉見義明、「【資料紹介】第三五師団司令部「営外施設規定」」、『季刊 戦争責任研究』、第80号(2013年夏号)、pp.55-57

史料名でピンときた方もおられると思いますが、scopedog さんが発掘された史料が『季刊 戦争責任研究』の最新号に掲載されております。吉見先生による解説では、scopedog さんのダイアリのコメント欄での永井和先生のコメントにも言及あり。野戦酒保規程の改正によって抽象的に与えられた軍「慰安所」の設置根拠が現地軍レベルの実務においてどのような形で具体化されたか、を示す本史料によって、「慰安所」制度研究に欠けていたピースの一つが埋まったと言えるのではないでしょうか。scopedog さんの地道な努力に敬意を表しつつ、ご紹介させていただきます。

[][]写真集『重重』刊行

昨年の6月26日は、新宿ニコンサロンにおいて写真家・安世鴻さんの写真展が開かれるはずでした。しかしご承知の通り、ニコン側からオファーがあったにもかかわらずニコンは開催中止を通告、その後東京地裁が安さんに対して施設(ニコンサロン)の使用を許諾するようにとの仮処分決定を出し、予定された期間写真展は開催されたものの、ニコンの公式サイトの「過去の写真展」情報ではいまだにこの期間については次のように記述されたままです。

6/26 (火) 〜7/9 (月)

安世鴻写真展は諸般の事情により中止することといたしておりましたが、東京高等裁判所から、「ニコンサロンを安世鴻氏の写真展のために仮に使用させなければならない」との仮処分が発令されましたので、これに従って、安世鴻氏に対し新宿ニコンサロンを仮にご使用いただくことといたしました。

(http://www.nikon-image.com/activity/salon/schedule/back/201206.htm)

それから1年。

  • 安世鴻(写真・文)、『重重 中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の物語』、大月書店

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b110830.html

http://juju-project.net/publication/

私は予約期間の終わり頃にちょっと慌てて予約注文したため、予約特典の存在を知らなかったのですが、手元に届くとサイン入りのピンナップが同封されておりました。

2013-07-14

[]『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」』

  • 一ノ瀬俊也、『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』、文藝春秋

ジョン・ダワーの『容赦なき戦争』などが分析対象とした「戦争下の日米が相互に抱いたイメージとその作られ方」という問題に、「戦法(マニュアル)」という観点から取り組んだもの、というのが著者自身による本書の狙いの説明。米軍の対日戦マニュアルにみる旧日本軍の対米戦法、旧日本軍の対中国戦マニュアルにみる日中戦争の戦訓、対米戦のマニュアルが作成される過程やそこにみる旧軍軍人たちの意識……などが扱われている。

「日米が相互に抱いたイメージ」が主題でありながら日中戦争にも一章が割かれているのは、後に日本軍が米軍相手にとる戦術の原型が日中戦争における中国軍のそれにある(ように思われる)から、である。ここからわかるのは、軍事的に劣勢にある軍がなお抵抗を続けようと思えば似たような「弱者としての戦法」を選ばざるを得ないという「冷徹な原則」である(150ページ)、と。本質主義的民族観への具体例を通じた解毒剤としての意味ももっていると言えよう。

本書のもう一つの論点は、物量に対して精神力で対抗しようとした日本軍は非合理的な精神主義だったのか? という問題。この点についてのキーワードは「自己説得」。火力で米軍に対抗できないことは百も承知だが、それでも戦う以上はどうにかして勝機を見出す必要がある。与えられた条件―絶望的な条件―でどうにか合理的に考えた結果が本書で具体的に紹介されているゲリラ戦法の数々なのであり、勇ましい言葉は参謀たちの「自己説得」のためのものだったのではないか、と。銃剣突撃を重視した1909年版の「歩兵操典」は火力不足を精神力で補おうとした非合理性の現れではなく、日露戦争の戦訓に学んだものだった、という戸部良一氏の議論を想起した。


その他、興味深かった点を断片的に。

捕虜の取り扱いについて言及した日本軍の戦術マニュアルについて(139ページ以降)。例えば天津駐屯歩兵隊が作成した『市街戦教育の参考』(1932年6月)は市街戦において「敵を武装解除する場合の方法、注意等も大切なる教育法ではあるが之は別に口述する」としている。これについて著者は「「口述」としたのは何も考えていなかったので後まわしにしたか、書いて他人の目に触れることをはばかられるような内容だったかのいずれかであろう」と推理している。さらに「素質不良軍に対する戦闘は吾人日本軍訓練の終局目的ではない」「こんな特殊な戦闘はあまり歓迎せられないし、又小さな要塞戦の様なもので決して面白いものではない」などと、ゲリラ戦や市街戦をまじめに考えようとしない姿勢が伺えるという。

前線の兵士たちがことのほか地雷を怖がった、ということについて(231-4ページ、246-7ページ)。「小銃弾の死は眠るがごとく壮烈で神々しい」が「地雷の死はあまりにも酸鼻」だとした旧軍将校の著作などが引用されている。ある工兵連隊の戦史に曰く、「熾烈な銃砲火をものともせずに突撃を敢行する歩兵部隊が、こと地雷に関しては戦意を失うということは我々工兵には理解し得ない事である」、と。「どうせ死ぬのならどんな死に方をしても同じ」という理屈は戦場ではリアリティを持たないということだろう。ちょっと文脈は変わるが、リスク評価の心理学という観点から考えてみる価値もありそうだ。

数万個のコンドーム(310ページ)。太平洋戦線の日本軍は湿気で火薬類がダメになってしまうことに悩まされたが、砲弾を改造した手榴弾を「野戦病院に山積みされていたサック」で防湿したところ多いに効果があった、と。このコンドームは「第六師団が一九四二年一二月に中国から南方に転戦するにあたり、将兵が花柳病にかかってはいけないというので上海中の薬局から買い占めたもので、数万個もあった」とのことである。

2013-07-09

[]忘れているのが自然なことと覚えているのが自然なこと

「ジープ」云々の言いがかりについては、別の被害者の証言に対しても向けられた例があります。

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111221/1324477728#c

↑の「モルダー」なるハンドルによる発言です。あなた憑かれてるのよ……。

この手の連中がダメなのは、人間の記憶に関する科学的な知見に依拠していないからです。だから自分のバイアス、願望をダダ漏れにするだけの結果に終わる。車両の正式な名称など、そもそもきちんと記銘されていないことだって多いでしょう。また想起は「録画テープを再生するようなプロセス」ではありませんから、想起の対象となる出来事より後の知識の影響を受けます。生涯を通じて「ホッチキス」ではなく「ステープラー」と言ってきた人間がまず石を投げなさい。複数の元「慰安婦」が「ジープ」と口にしている事実は、むしろこの点に関して作為が存在しないことを示唆するものと言えましょう。なぜなら、「車両に強い関心があったとか誰でも知ってる超有名な車だったといった特段の事情がない限り、数十年前に見た車両の名称を正確に想起できる方がむしろ不自然」だと言ってよいからです。

人間の記憶はあらゆる事柄に対して同じように機能するわけではなく、時間が経てば忘れる方が自然といった事柄もあります。こんなことは記憶心理学のどんな入門書にだって書いてあることなのですが、その程度のことすらふまえずに他者の証言を評価できると思い込めるのが不思議ですね。

なお法華狼さんのご教示によれば、冒頭の人物はこんなツイートもしているとのこと。

2013-07-02

[]朝日新聞の「慰安婦」報道の実態

歴史修正主義者、「否定論ビジネス」の商売人たちは、自分が引用ないし言及した資料・文献に自分の読者たちが自らあたってみたりしないことを確信しているので平気でインチキをします。その実例については当ブログでも何度か挙げてきましたが、1991年前後の朝日新聞の「慰安婦」報道についても同じことが言えます。

池田信夫が「そして1992年1月の1面トップ記事で植村記者は「慰安所 軍関与示す資料」と、軍が慰安婦を強制的に集めていたような印象操作を行な」った、としている朝日新聞の記事がどのようなものだったのか、例によって「聞蔵IIビジュアル」で確認してみましょう。

1992年01月11日 朝刊

慰安所への軍関与示す資料 防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌


 日中戦争や太平洋戦争中、日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していたことを示す通達類や陣中日誌が、防衛庁の防衛研究所図書館に所蔵されていることが10日、明らかになった。朝鮮人慰安婦について、日本政府はこれまで国会答弁の中で「民間業者が連れて歩いていた」として、国としての関与を認めてこなかった。昨年12月には、朝鮮人元慰安婦らが日本政府に補償を求める訴訟を起こし、韓国政府も真相究明を要求している。国の関与を示す資料が防衛庁にあったことで、これまでの日本政府の見解は大きく揺らぐことになる。政府として新たな対応を迫られるとともに、宮沢首相の16日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる。

(中略1)

 中国大陸に慰安所が設けられたのは1938年(昭和13年)とされるが、今回見つかった資料のうち一番古い資料は同年3月4日に作成され、陸支密大日記にとじ込まれていた「軍慰安所従業婦等募集に関する件」と題する「副官より北支方面軍および中支派遣軍参謀長あて通牒(つうちょう=現在の通達)案」。

 日本国内で慰安婦を募集する際、業者などがトラブルを起こして警察ざたになるなどしたため、陸軍省兵務課が作成、派遣軍などに通達された。「募集などに当たっては、派遣軍が統制し、これに任ずる人物の選定を周到適切にし、実施に当たっては関係地方の憲兵および警察当局との連携を密にして軍の威信保持上ならびに社会問題上遺漏なきよう配慮」(カタカナ書きの原文を平がなにするなど現代文に直した)するよう指示、後に参謀総長になった梅津美治郎陸軍次官や高級副官ら担当者が承認の印を押している。

(中略2)

 これらの資料のほとんどは、戦後、連合軍に押収され、米国のワシントンで保管されていたが、58年に日本に返還され、防衛庁の戦史資料室に引き渡された。

 従軍慰安婦問題については、政府は90年6月の参院予算委員会で、「民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いている」と答弁。その後の答弁でも、国の関与を認めてこなかった。

(中略3)

 ●朝鮮人限定の指示で未報告

 防衛庁防衛研究所図書館の永江太郎資料専門官の話 こういうたぐいの資料があるという認識はあった。しかし、昨年暮れに政府から調査するよう指示があったが、「朝鮮人の慰安婦関係の資料」と限定されていたため、報告はしていない。軍がこれらの慰安所を統制していたと解釈してよいが、「軍が関与した」と解釈するかどうかはコメントできない。

(後略)

扱われている事柄の性格を無視するならこれは中学校の国語レベルの問題だと思いますが、誰が読んでもこの記事は「日本政府が“国の関与”を否認してきた問題について、“国の関与”があったことを示す資料の存在が明らかになった」という趣旨の記事です。著作権上の配慮で全文を引用していませんが、(中略1)は吉見義明氏が資料を発見した経緯についての簡単な記述です。(中略2)は歩兵第41連隊の陣中日誌(38年7月)、陸支密大日記「戦時旬報(後方関係)」(39年)についての紹介で、いずれも軍の「関与」を示すものとされてはいますがどこをどう読んでも「軍が慰安婦を強制的に集めていたような印象」など受けません。記事の本文はこれっぽっちも「軍が慰安婦を強制的に集めていたような印象」を与えるものではありません。*1

(中略3)は「軍関与は明白 謝罪と補償を」と小見出しをつけられた(そう、「強制連行」ではなく「軍関与」です)吉見教授のコメント、(後略)部分は「従軍慰安婦」の用語解説で、かろうじてここに「太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身(ていしん)隊の名で強制連行した」という、この20年以上右派からの攻撃の対象になってきたフレーズがあります。

もちろん、このフレーズが示す認識はいま評価するならば正しくはありませんが、その誤りの原因はひとえに「慰安所制度についての学術的な研究の蓄積が極めて限られていたため」です。この記事の主題である資料の発見とはなんの関係もありません。当時はまだ、「慰安所」制度にある程度高い地位で関わった旧軍人、旧官僚が存命だったはずで、正確な報道をして欲しければ「民間業者が勝手にやったこと」などと政府に嘘をつかせずにすすんで実態を明らかにすればよかったのです。内地や植民地の人身売買ネットワークを利用したのだ、と。中曽根元首相だって「ワシは主計長としてバリックパパンで“土人女”を集めて慰安所を作りはしたが、朝鮮から“挺身隊”名目で集めさせたりはしなかった」と真実を語ればよかったのです!

なお、永江資料専門官の弁解はなかなか味わいぶかいですね。もし本当にそんな指示があったのだとすれば、日本政府には「慰安所」制度の全貌を明らかにしようという意図などさらさらなく、「日韓間の火種をなんとかする」という目論見しかなかったことになります。また、この記事で言及されている、すなわち「こういうたぐいの資料があるという認識はあった」が「報告はしていない」資料の中には、「朝鮮人の慰安婦関係」ではないとは断言できない資料(「慰安婦」のエスニシティには言及していない資料)があるわけですが、そうしたものは報告しなかった、と弁明しているわけです。

*1:なお、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」と題する資料の解釈については、http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/guniansyo.html#SEC3 もご参照ください。