Hatena::ブログ(Diary)

Apes! Not Monkeys! はてな別館

2013-08-11

[][]『フィリピンBC級戦犯裁判』

  • 永井均、『フィリピンBC級戦犯裁判』、講談社選書メチエ、2013年

著者が岩波から2010年に刊行した『フィリピンと対日戦犯裁判』の方は未読。ゆえに本書が岩波本の一般向け簡略版なのか、それとも新たな観点や問題意識が加えられているのかについてはいまのところ不明。今後調査してご報告します。

日本の右派が中国、韓国と対比して「反日じゃない」と引き合いに出す国の一つ、フィリピン。そのフィリピンにおける戦後しばらくの対日感情が極めて厳しいものであったこと、アメリカから裁判権を引き継いだ戦犯裁判の特徴、有名なモンテンルパ・ニュービリビッド刑務所での処遇、そして受刑者たちの恩赦、帰国に至るまでの経緯が紹介されている。タイトルは『〜BC級戦犯裁判』だが、内容的にはむしろ裁判後の経緯に重点が置かれている。

フィリピン人の対日感情を示すエピソードの中でも特に印象的なのは、降伏した日本軍将兵らにしばしば「バカヤロウ」など日本語の罵声が浴びせられた、というもの。日本の占領支配がこの地にもたらしたのがなんであったのかを象徴的に示すエピソードといえるだろう。

フィリピンによる戦犯裁判の特徴の一つに、判決における死刑の割合が非常に高いのに対して実際に執行された死刑は少ない*1ことがある。これはフィリピンのキリノ大統領による恩赦*2が行なわれたためだが、本書の特徴は日比双方の資料を用いて、恩赦にいたるまでの日本側の働きかけとフィリピン側の対応とを詳しく記述している点にある。その内容については本書にあたっていただくにしくはないので、今の日本の姿につながると思われる点にのみ触れておく。

まだ正式な外交関係が成立していない当時、フィリピンを訪れた日本人たちはフィリピンが被った被害の甚大さ、フィリピン人の対日感情の厳しさに触れて、それなりに“神妙な”振る舞いに徹したようである。なにしろ恩赦を決断したキリノ大統領自身、日本軍によって2歳の娘を含む家族4人と義母などの親族5人を殺されるという経験をしていた*3。ただ、日本による恩赦の要請は賠償に関する交渉と並行して行なわれていた(最終的には賠償協定の成立前にフィリピン側は恩赦に踏み切った)こともあり、国内ではずいぶんと厚かましいもの言いがまかり通っていたようである。本書で紹介されているものの一つは、第13回国会衆議院外務委員会での菊池義郎*4(自民)の発言。国会議事録から、前後も含めて引用する。

○菊池委員 もう一点。賠償の問題でございますが、この前インドネシアあるいはフィリピンと賠償のことについて折衝せられたのでございますが、その折衝に当つた日本の代表は、こういうことを頭に置いておられたかどうか伺いたいと思うのであります。日本の政府としてはどういう考えであつたか。つまり彼らが要求しております――フィリピンは八十億ドルという厖大な金を要求しておりますが、その彼らがこうむつた損害というものは日本軍のかけた損害でない、彼らみずからの破壊行為によつて生じた損害が六割、七割もあります。われわれは現地を見て参りましたが、日本軍の進撃をはばまんがために、みずから橋梁をごわす、あるいは日本軍の進駐を妨害せんがためにホテルをこわす、病院をこわすあるいはその他の大きな使物をこわすといつたふうに、彼らみずからのゲリラ戦術によつてこうむつた損害が五、六割を占めておるということを、われわれは現地に行つて聞いて来ておるのであります。フィリピンあたりでも百万の人命を損じたといつておりますが、彼らは無知にして日本軍の強いことがわからないから、むちやな抵抗をやつて厖大な人命を損じておる、そういうこともこの賠償の折衝に当りましては、そろばんの中に入れて折衝をすべきであろうと思うのでありますが、これらのことを考えないで賠償に当るなんということは、これまた実にうかつ千万であると思うのであります。日本の外務省といたしましては、そういうことを知つておられるかどうかお伺いしたいと思います。われわれずつと現地をまわつて見て来ておるのであります。

強調は引用者。強調箇所の後者は論外。前者も南京事件否定論者の「清野作戦」論法を想起させる。国境を越えた情報伝達が極めて限られていた当時だったからスルーされただけで、今日なら「炎上」間違いなしの暴言だろう。

もう一つの発言は、かなり真っ当なことを言っているようでいながら、あたかも「兆候」のように本音が漏れ出ている例。第13回国会参議院法務委員会での吉村又三郎参考人(外務事務官)の発言。やはり議事録から、前後を含めて引用する。

○参考人(吉村又三郎君) とにかく向うは裁判をやつて判決を下したのでありますから、裁判中にも弁護士側が有力なる反証を挙げた場合に成功した例があります。成功することが多いのであります。裁判への歎願書等によりまして反証を挙げるとかという場合に、反証が向うに採択され、納得された場合に、成功した場合があります。全然成功しないのは、大勢の人がいわゆる同胞愛から出発して、大勢の人が連署で歎願書を出した場合が成功しない場合であります。これはむしろ率直に申上げますると、私の六年間この仕事を連絡して参りました経験から見まして害があつたと思います。と申しますのは、向うは戦犯者に対してさような同情を国民が皆持つているということは戦犯者を擁護し、かばつていると、それではまだ日本人は、戦犯者に対して、戦犯の惡かつたという反省をしていないと、こういうふうな考えを、こういう反響を與えるようであります。でありまするから、向う側に訴える場合には、飽くまでも理詰め、法律的でない限り成功しなかつたのであります。それは過去において成功しなかつたから今後も成功しないと、私はそういう断言はいたしません。今日までそういうものは成功しないどころか害であつた。向うのほうでは、こちらで数万人の署名の歎願書を出せば、向うの係官曰く、我々のほうでも虐待されて殺された人間に対してやはり数万人の同情者があると、どうしてくれるのだと、こういうふうなことでありまして、結局これは外国が相手に立つ問題でありまするから、向う側がどういうふうに受取るかということも考えて参らないと何ら成功しないのであります。こちらの誠意というものが向うに通ずるならば、いいけれども、通じない誠意というものは誠意でなくて、むしろ不当なる誤解を生み、不当なる反撥を生み、不当なる反感を生む。これが私は一番恐れるのでありまして、(後略)

強調は引用者。「向う側がどういうふうに受取るかということも考えて参らないと」と言いながら、予想される反発については内集団べったりな「不当」「誤解」という評価を下してしまう……。

もちろん内集団/外集団の区別に基づくダブルスタンダードはどんな社会にも見られる現象だろうが、戦後間もなくの日本社会の戦犯に対する態度を見ていると、「あれだけの世界戦争を起こしておきながら、こうもあけすけに内集団びいきをダダ漏れにできるのか」と思わざるを得ない。こうした意識を全く克服できずにきた結果が、いまの安倍内閣だろう。


ネット右翼は正座して読むべし。

*1:本書のデータでは151人が起訴され、そのうち52%が死刑判決を受けたが、実際に処刑されたのは17人のみ。

*2:死刑囚の場合1953年7月に無期に減刑、同年12月に釈放。

*3:なお、ニュービリビッド刑務所のブニエ所長もまた、父親を日本軍関係者に殺害されるという経験をもちながら、受刑者の人道的な処遇に務めたと紹介されている。フィリピンがこうむった人的被害の広範さと新興国家の気概を示すことであろうし、また撫順戦犯管理所での処遇を連想させもする。

*4:本書では発言者名は伏せられている。

rawan60rawan60 2013/08/11 13:22 日本人によるいくつかの戦争観のパターンの一つが如実に現れていてうんざりしますね。

>日本による恩赦の要請は賠償に関する交渉と並行して行なわれていた糊塗もあり、

「こと」が漢字変換されてしまっています。

ApemanApeman 2013/08/11 13:29 どうも。こんなブログやってると「糊塗」って単語を使う頻度が高いものですから……(^^;

Kim ShirlyKim Shirly 2013/08/11 16:56 >彼らは無知にして日本軍の強いことがわからないから、むちやな抵抗をやつて厖大な人命を損じておる

大戦末期、米軍相手に大量の一般市民を巻き込む「むちやな抵抗」をやらかしたマニラ防衛戦で、市民に10万ともいわれる犠牲を強いた件について、小一時間問いつめてみたいものです。

ApemanApeman 2013/08/11 17:36 Kim Shirly さん

いやほんと、天に唾するとはこのことですよね。

rawan60rawan60 2013/08/11 18:51 >こんなブログやってると「糊塗」って単語を使う頻度が高い

いやあ、まったく沖縄戦や南方戦線や特攻などの「玉砕」強要を徹底的に「糊塗」した妄言でしかないところが何とも……

pipisanpipisan 2013/08/11 22:10 私が物心ついた1970年代では、
「反日」なる言葉はフィリピンにおける「反日デモ」ぐらいしか出てこなかったんですが。

日本国民に対しても「反日」と叫ぶ連中が出てきたのはいつごろのことなんですかねえ。

ApemanApeman 2013/08/11 23:11 pipisanさん

70年代だとジャカルタでも角栄訪問時に激しい「反日」デモがありましたよね。

>日本国民に対しても「反日」と叫ぶ連中が出てきたのはいつごろのことなんですかねえ。

さすがに「売国奴」と言うと戦前・戦中の記憶が喚起されちゃうのでこう言い換えたのでしょうが、『諸君!』か『正論』あたりの目次をあたれば見当はつけられるかもしれませんね。

TekamonasandaliTekamonasandali 2013/08/12 02:58 私が、1980年代にマニラに赴任したとき、勤務先の校医のところへ挨拶に行ったら、戦争中のことがあるので日本人にはストレートになれないと言って挨拶を拒否され、同行したフィリピン人上司が、昔のことだからとあわてふためいた体験があります。4月のバタアン・デーのころになるとTVでは、フィリピン人演ずる変な日本軍兵士が「バッキャロ」とか「ハイハイ」といって残虐行為をするのをフィリピンのゲリラが殲滅するという映画が定番。「親日」とか言ってるのを見るとwだね。
1960年代に海協青年力隊が行った頃は、農村で石を投げられたりバスの中で息子を返せと迫られたりしたことがあったとか現地の協力隊員に語り継げられていました。(ずんぐりむっくりの体型だと日本兵を思い出すとか。)
もっとも、田舎へ行くと日本軍の将校が友人だったとか規律(self-discipline)が厳正だったとか話す人もいて、個人的には好意を持っていた場合はあるらしいですが。
当時、商社員夫人の会が発行した文集を見ていたら、日本軍がフィリピンにいたことをマニラに来て初めて知ったというのがあって絶句でした。

ApemanApeman 2013/08/12 09:10 Tekamonasandali さん

>「親日」とか言ってるのを見るとwだね。

一つには「政府さえ黙らせてしまえば、一般民衆がどう考えていようが気にしない」という発想があるんでしょうかねぇ。

>もっとも、田舎へ行くと日本軍の将校が友人だったとか規律(self-discipline)が厳正だったとか話す人もいて

戦争体験は地域と時期によって多様性があるものですが、フィリピンの地理的条件を考えればなおさらでしょうからね。

>日本軍がフィリピンにいたことをマニラに来て初めて知ったというのがあって絶句

それもきっと日教組のせいなんですよ!

Bill_McCrearyBill_McCreary 2013/08/12 22:24 すいません、ちょっと長いコメントになってしまいます。

前佐藤忠男著「現代世界映画―1970年-1978年」という本を読んでいたら、フィリピンで、「七人の侍」を翻案した映画が製作されて、悪役が日本軍だったかなにかで、その統領が「ハシモト・シノブ」という名前だった(さすがに「クロサワ・アキラ」とか「ミフネ・トシロウ」ではなかったということです)という記述を読んだことがあります。佐藤氏は、監督の名前も題名も書いていなかったので、なんという作品かは確認できませんでしたが、フィリピンでも同じような映画はたぶんたくさん作られてきたし、またほかの国でもいろいろ製作されているはずで、そう考えると

>親日

どころの話ではありませんね。

で、佐藤氏の見た映画がいつの製作かはわかりませんが、本の出版時期から見て60年代後半から70年代半ばくらいとすると、当時のフィリピンでの映画検閲あるいは日本の映倫のような自主管理システムがどういうものなのかは知りませんが、けっきょく当時のマルコス政権下でも「ガス抜き」という考えだったかはわかりませんが、日本を悪役にする映画の製作はぜんぜん問題ではなかったんですかね。程度の問題かもしれませんが、これも興味があります。ほかにも小野田なんて、フィリピンでそうとうひどいことをしていて、フィリピン法の下で死刑になったっておかしくないわけで、そんな彼が超法規的になんのおとがめなしに日本に帰国できたというのは、フィリピン人にとっては非常に不快でしょう。けっきょくこれも、日本とフィリピンの国力の差によって起きたわけで。

ApemanApeman 2013/08/12 23:27 Bill_McCreary さん

>さすがに「クロサワ・アキラ」とか「ミフネ・トシロウ」ではなかったということです

脚本家というのも因果な商売ですね(^^;

>当時のマルコス政権下でも「ガス抜き」という考えだったかはわかりませんが、

エントリ中の国会発言についても言えることですが、現在に比べれば情報伝達における国境、言語の壁が比べ物にならないくらい高かったですから、「あちらに伝わるはずがない」と考えていたというより「ひょっとして伝わるかもしれない」という発想自体乏しかった、ということでしょうかね。

> フィリピン法の下で死刑になったっておかしくない

純粋に法的に考えた場合にはどうなんでしょうね。違法性が阻却されると考える余地もありそうですし、道義的責任にしてもむしろ旧軍が(つまりは日本政府が)負うべきものと考えることもできそうです。もっとも、「感情」という観点から言えばおっしゃる通りでしょうが。

エイジエイジ 2013/08/13 16:13 あからさまにわかりやすい人でなくても「東南アジアのためになることはした」的な信仰も予想以上に多くてアレな気持ちになります。
「結局日本も大差なかった」と言われてることすら知らないようで。
「中韓は騒いでる」と言いたいがために自分が知らない、聞いてないだけなのを「東南アジアは何も言わない、感謝してる」的に脳内変換してるわけで。
まぁよくある勝手に二項対立に持ち込んで片方を貶めるためのだしに使ってるだけでその言い分を全うに聞いてすらいないわけですが。

ネット時代とはいえ結局物理的距離と情報強度には比例があるわけで
必然的に中韓の日本に対する自分たちの聞きたくない言説が入ってくるからといって
なんでか東南アジアは「何も言ってない」に変換できるのが不思議です。
自分が情報感度を無自覚か意識的かを問わず絞っているだけでしょうに・

結局好意的な視線を向けてるつもりでもそれはある意味では中韓以上に
「格」の低い扱いをしてるわけでネットにあるネトウヨの東南アジアへの解釈を
政治家も中韓以上に言って見れば…と思いましたがそろそろ現実に出そうですな。

chada_5chada_5 2013/08/14 05:18 これは良い本だと思い早速注文しました。
文献紹介タグは参考にさせてもらってます。

Bill_McCrearyさん

法的にどうなのかは私も分かりませんが、『幻想の英雄 小野田少尉との三ヶ月』に出てくる話は酷いものでした。
ゴーストライター(上記書と同じ著者)が自伝に書けなかったのもさもありなんです。
これを読むと小野田氏を英雄扱いするとか、あるいは彼の主催する某かを肯定的に評価することに疑問が出てきます。
現在絶版になっていますが息子さんがネットで全文公開されています。

つうこうにんつうこうにん 2013/08/14 08:06 小野田氏は、珍しくも「存命中にして靖国神社に合祀された」人物なんですが(靖国神社側の説明だと、霊が靖国神社に来てない存在とか)、そういう”ご都合主義”なことをしている靖国神社に別に疑問を持ってはいない(小野田氏が登場するインタビュー記事などを読んでの、私つうこうにんの解釈)ようで、そういう点でも疑問符付けるに当たる人物かと思います。

まあ、靖国神社以外の件でも、右より発言は明らかな御方ではあるのですが。

ApemanApeman 2013/08/14 08:35 エイジさん

そもそも「あの戦争」がどのように語られてきたかが冷戦によって大きく規定されていた、という意識がないのが大きいように思います。本書でも指摘されているのは、キリノ大統領の恩赦に関する決断が冷戦を前提にしていた、ということなんですが。
「中国や韓国は昔のことをしつこく言ってくるから反発されるんだ」などというもの言いも見かけますが、「しつこく」言われなければ「感謝している」だの「恨んでいない」だのと勝手に言い出すことを考えれば、たわごととしか思えないですね。

chada_5さん

ありがとうございます。
これまで読んだBC級戦犯裁判に関する文献でももちろんフィリピンによる裁判のことは出てくるのですが、やはり重点を置いた記述にはなってないんですよね。一般にはフィリピンが裁判を主催した事自体、ほとんど知られていないのではないかと思います。その意味で、価値のある文献かな、と。

> これを読むと小野田氏を英雄扱いするとか、あるいは彼の主催する某かを肯定的に評価することに疑問が出てきます。

ご教示ありがとうございます。映画『蟻の兵隊』の最後の方に小野田氏が登場するのですが、映画の中の彼について「スター扱い」と記述していたのを思い出しました。もちろん、映画が彼を「スター扱い」していたのではなく、映画に写っている周囲の人間が、です。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060815/p2

つうこうにん さん

>そういう”ご都合主義”なことをしている靖国神社に別に疑問を持ってはいない

「分祀」論に対しては絶対にその手の「柔軟性」は発揮しないですからね。

とらこぞうとらこぞう 2015/12/31 11:55 12月22日の毎日放送VOICEで、フィリピンのBC級戦犯が取り上げられました。国会図書館でフィリピンBC級戦犯58人死刑の記録、19人は死刑直前の最期の言葉が記録されたマイクロフィルムが見つかる。関西大学法学部の永田憲史教授のインタビュー。

ApemanApeman 2015/12/31 15:35 とらこぞうさん

>12月22日の毎日放送VOICEで、フィリピンのBC級戦犯が取り上げられました。

見逃してしまいました。残念ながら番組公式サイトにも動画はないようですね。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証