Hatena::ブログ(Diary)

Apes! Not Monkeys! はてな別館

2015-01-19

[]大変だ、秦郁彦先生に「社会的制裁」が加えられてしまうかも!

(16日にアップした記事なのですが、このところ一旦アップした記事を再編集すると文字化けするという現象が起きるようになっているのを忘れてうっかり追記しようとしてしまいました。解決策は「その日の日記を丸ごと削除する」以外に今のところ見つけられていないので、すでにいただいているコメントとともに記事をこちらに転載します。)

「表現の自由」を謳歌するわが国では、ハリウッドスターたるアンジョリーナ・ジョリーの*1監督作品という話題作『アンブロークン』も、テロリストの手を借りるまでもなく“消費者さま”のご意向により劇場未公開に終わるかも……という情勢でございます。それというのも、この映画が「旧日本軍将兵による人肉食」という「捏造」(語の『産経新聞』的な意味での)をやらかしているからであります。

不逞左翼たる私の書架にももちろん、この父島人肉食事件を扱った赤い書物がございます。同書から戦後の戦犯裁判における関係者の供述を引用します。

 最初の人肉食事件は一九四五年二月二十三日から二十五日までの間に起こりました。当日私は司令部に赴き立花将軍に飛行士は末吉隊で処刑せらるべき旨を報告しました。司令部で酒を出され、話題はブーゲンビルやニューギニア駐屯の日本軍のことに移り、食料の備蓄及び供給が絶えたる部隊は人肉を食せねばならぬという話が出ました(中略)そこへ加藤武宗大佐(独歩三〇七大隊長)が我々のために設けた宴会に出られたいとのことで赴いたところ、酒も肴も十分にないことが判りました。このために将軍は不満足で、何か肉類の食物をもって多量の酒を得られる所はないのかという話になりました。

 将軍は私に処刑のことを尋ね肉を手に入れられないかと訊ねました……肉と甘藷酒一斗が届き、肉は加藤大佐の部屋で料理され、その座に居合わせた者は全部少しずつ味わいました。勿論誰一人美味かった者はありませんでした。

なんと、軍紀厳正にして武士道精神に溢れる皇軍将兵が、ただ酒の肴が足りないという理由で捕虜を食べた、というのです! とんでもない捏造(語の『産経新聞』的な意味での)ではありませんか! 一体誰だ! こんな怪文書を書いたのは!

f:id:Apeman:20150116102350j:image

西尾幹二先生に「今の時代の典型的な『進歩的文化人』」としての正体を喝破された(『WiLL』2009年4月号)秦郁彦さんじゃありませんか!

これは大変です。昨今は、反日的な捏造(語の『産経新聞』的な意味での)をやらかした人間には「社会的制裁」が加えられて当然、などとアジっている怖いおじさんもいるようです。秦センセイの安全が心配です。


追記:ブコメで「風習」がどうたらと不思議なことを言い出してるのがいますが、それ産経の誤訳なので。Ai さん、ご教示ありがとうございます。以下に転載するコメント欄参照。id:tukaima

ネトウヨキラー@反日ブサヨ代表 2015/01/17 21:41

良識ある反日ブサヨの同志の皆さんこんばんは!

今日もにっくき中世ジャップランドの滅亡を願って元気にネトウヨ連呼しまくりましょう!

我々がネトウヨ連呼すればするほどにっくきネトウヨどもは追いつめられていきますヨ!

そして我々の悲願である中世ジャップランド滅亡にまた一歩近づくのです!

あそれ、ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!

ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!

ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!

ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!

ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!ネトウヨ!

todo 2015/01/17 22:26

↑ この手の書き込みって、

「相手の言ってることが気に食わないから、なんか言ってやりたい。けど、正面から、当を得た批判とか反論とかするのはなかなか難しいそう。なので、とりあえず、悔し紛れの負け惜しみ的に書いてみました。」

という意味以上のものって、あるのでしょうか?

Apeman 2015/01/18 01:12

ないですよねw

owenowen 2015/01/18 06:45

「事件」と呼称している事からして異常事態だった事は明白で、決して「風習」などではない事の証明になっていますね

うさぎ 2015/01/18 11:10

「風習」の話は噴き上がったウヨしかしていないようですなあ。

事件の話は映画でもでてくるのだろうけど、それは何も問題ないですね。

結論:ウヨは低能である。

通りすがり 2015/01/18 12:05

悪意の発露程度の意味しかない、議論や意見の交換とは別種のコミュニケーションなのでは。書き込まれた時点で目的は果たされており、完結しているといえる。喧嘩の時にしばしば放たれる意味の通じない発き話に機能的に近いのでは。

Apeman 2015/01/18 15:11

「事件」と呼ばれているから「異常事態」だったって、なにその珍理論?

うさぎさん

そもそも食人を本質主義的に特定の民族の「風習」とするのはレイシストだけですからね。

なお映画の中には食人の場面は出てこないと聞いています。「だから反日映画じゃない」というのも変な話なのであえて強調してませんけど。

通りすがりさん

>書き込まれた時点で目的は果たされており

ま、本人にとってはそうなんでしょうね。もっとも「効果」は皆無だけどw

Apeman 2015/01/18 15:19

なんで「風習」なんて話が出てくるんだろう? と思ったらこんなブコメがついてますね。

tukaima ご紹介の出来事について日本人としては真摯に内から理解をする努力をして発言すべき話題。"ritual acts of cannibalism"という認識が元捕虜の方の視点から離れて国際的誤解の連鎖につながることは避けたいもの。

で、調べてみたら原作には捕虜たちが "beaten, burned, stabbed or clubbed to death, shot, beheaded, killed during medical experiments or eaten alive in ritual acts of cannibalism" という記述があるみたい(いろんな記事で引用されている)。

しかし飢餓状態での緊急避難的な食人でないなら(そして現に父島では飢餓は生じていなかった) "ritual acts of cannibalism" だとするのはごく普通の解釈でしょう。

Ai 2015/01/18 21:12

私もなぜ「風習」などと言い出す人がいるのかわからず、検索してみてわかりました。

http://www.sankei.com/entertainments/news/140705/ent1407050013-n2.html

>問題なのは、原作に事実とは受け取りがたい記述があること。例えば捕虜の扱いについて「eaten alive in ritual acts of cannibalism」とある。訳すと「人肉食いの風習で生きたまま食べられた」。これを、そのまま映像化されてはたまったものではない。

こういう意味不明な思い込みをしている人たちがいるんですね。

一体何をどうしたらin ritual acts of cannibalismを「人肉食いの風習で」と解釈することになるのか理解しかねますが、まあ伊藤徳裕氏ですし、産経ですしねえ。

「本当はviewと訳すのが正しいのにpositionと『意訳』した」とか、「日本語では『黙殺』だったのにignoreと誤訳した」とかと同じような案件でしょうか。

*1:ツイッターにてご指摘をいただきました。「初」監督作品ではなく2作目とのことです。

ApemanApeman 2015/01/18 22:43 おかしいなぁ。16日のエントリを一旦削除してコメントも消えたはずなのに、コメントは残ってるんだよなぁ。どういう不具合なのか、よくわからない。当面、一旦アップした記事は編集しないようにしないと。

赤猫赤猫 2015/01/19 21:26 まあ、日本には食人の習俗がありましたから、「人肉食いの風習」もあながち間違いではありません。


「現代日本の食屍習俗について」
http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4756/1/KH_036_3_003.pdf

「火葬後,近親者が集まり,遺骨を粉にして服用する。あるいはこれに類する行為をおこなう。そのような習俗が日本のいくつかの地域で近年までおこなわれていた。公然とではないが点在していた。
 この原稿では,何人かのインフォーマントから聞いた話と,近年の報告を紹介する。そして,こうした習俗が行われていた理由について考えてみる。主要な事例報告対象とした地域は,以下のとおりである。
 兵庫県淡路島南部,愛媛県越智郡大島,愛知県三河地方西部,新潟県糸魚川市。」

「明治時代までに行われていた遺風の名残とすれば,いわゆる「骨噛み」「骨かじり」「骨こぶり」というような儀礼的食人(“ritual cannivalism”)の風習―故人の身体の一部を自分の体内に取り入れることにより,その力を自分の中に再生させようという心理に基づく―に近いものかとも思われる(山本1990)。」


食人の風習について“恥”だと感じる人にはこの論文の著者の言葉をお贈りします。

“骨灰の服用に限らず,医療行為としての食屍例は,日本の各地において,くり返しおこなわれてきたことだったのである。

そのことを,綿密な調査結果にもとづいて,藤井正雄氏と吉岡郁夫氏が,それぞれ単著を公刊して明らかにしたのは,1980 年代末のことだった(藤井1988; 吉岡 1989)。両書は,ともに実証的な研究成果をわかりやすく解説した教養書であり,決して,学術論文のような堅苦しいものではない。しかし,それなのに,なぜか,日本社会の受け止め方は,冷ややかな気がしてならない。それは,私だけが感じている印象なのだろうか。
違うと思う。世界有数の先進文明国としてのプライドが,眼を曇らせているのではないだろうか。
「食人などとは,とんでもない。恥である」と,そのような思いが先にたって無視しているのなら,それこそが恥である。
自らの文化と歴史を顧みないばかりか,世間の良識というものに拘束されて,社会の実情から目をそむけさせられているのだとすれば,それは,不幸なことである。”

ApemanApeman 2015/01/19 22:51 赤猫さん

>まあ、日本には食人の習俗がありましたから、「人肉食いの風習」もあながち間違いではありません。

もちろん、連中が「風習」という誤訳に基づいて過剰反応したのは(1)「食人=未開」という偏見と(2)彼ら自身の本質主義的民族観によることですから、連中は自分自身の差別意識に対して吹き上がっていたようなものではありますね。
ただ、やはり「儀礼的」と訳すか「風習」と訳すかで相当意味合いが違ってくることは事実であり、誤訳であることは指摘しておくに足ることでしょう。

TeruTeru 2015/01/19 23:55 >(1)「食人=未開」という偏見と(2)彼ら自身の本質主義的民族観

国内で今、病気を広げる様な「忌むべき風習」と言われるものには、
西アフリカのエボラ感染拡大に関する現地の「風習」があります。

この点、記事で再考を促している「機関研究員」の方の記事があります。
http://www.kyoto-np.co.jp/international/article/20141223000030
>「異なる文化や社会を固定的に捉え、
>『彼ら特有の文化だから自己責任』と押しつけるのは簡単だが、
>それでは文化の本質を見誤る」

>仮に、空気感染する病気だったとすれば、
>日本では満員電車で広がるかもしれない。それは日本の文化のせいといえるだろうか

ApemanApeman 2015/01/20 05:58 Teru さん

これは良い記事ですね。ご紹介ありがとうございました。

tukaimatukaima 2015/01/20 08:51 長文にてお邪魔いたします。
まず私ことtukaimaが”in ritual act of cannibalism”記述の独り歩きを懸念し問題視するのは日本人として修正主義的な「日本特殊論」に注意深く接するべきと考える立場からです。
そこから映画「アンブロークン」を非公開にするよう求めることになんらかの正しさを見出しうるかと問われるなら応えは否です。

さて先の大戦中、日本軍に属する者による捕虜の虐待ならびに食人行為はあった。それは争うまでもないこと。ですが「飢餓状態での緊急避難的な食人でないなら」それだけで”in ritual act of cannibalism”という記述が「ごく普通の解釈」というのは、どちらのどのような知見によっておられるのでしょうか?

ちなみに、おそらくApemanさんより件の食人についての解釈にもう少し慎重を期すであろう専門家のいる人類学や民俗学で”ritual”は「儀式」でしたか。ここで、ほら「風習」(custom)ではないね学術的にも別の内容を持つ語だし誤訳だねと済ませてしまうのもたしかに間違いではないと思います。
とは言え、それはある人の挙動を形式として認識すれば「儀式」と呼び、その場や他の人々との関係において流通するものに着目すれば「風習」と呼ぶということであり映画という純粋に学術的な関心からのみ求められるものではないメディアの影響を勘案するとき、少なくとも私の立場的に「風習で」は触れずにいることが難しい訳です。

また「アンブロークン」の原作者ローラ・ヒレンブランド氏が作中で個人的な「日課」とでも訳すべきように思われることにも”ritual”を使用していることから、その語がすなわち「伝統的文化」を指すものとはいえず、つまり食人行為の記述に日本人を見下す意図を読むことは無理がある。ずばり「人種差別だ」なんてとても言えるものではない。
それはそれとして私がApemanさん仰るところの「ごく普通の解釈」を自分なりの日本人としての責任において「ごく普通」と言うに現時点までも抵抗を表明せずにいられないのは”in ritual act of cannibalism”という記述の指示する食人の始まりから終わりに至る一連の行為の形式性の強調に違和感があり疑問が残るからです。
「風習」としての食人行為を平時のものとしているとはいいがたく同時に強いタブー感を持つ文化のもとに育った者らが自他の疑問も葛藤も存在せぬかにただただ形式的であれたろうという「解釈」は物的な材料や証言や心理学や社会学、宗教学その他を援用したうえで現在「ごく普通」たりうる域に達していると、学術レベルではいずれにおいても定説である事実ありと断言なさることができますか?

「伝統」や「風習」でなく個人の「日課」であろうと”ritual”の指すところは、当事者にとって手順・手続きのやり方に疑問や葛藤などを差し挟む余地なく、ただ、そういうものとして繰り返されるという点で共通しています。
家に上がる際に靴を脱ぐことにいちいち疑問や葛藤を感じる人について”ritual”という表現は適さないし、飼い犬を散歩させるやり方を模索している真最中にそれが「日課」なのだと言われても腑に落ちないでしょう。
ともあれ、問題の食人行為の只中において、かりにそのようないうなればritualismの破綻やそこからの逸脱が生じていたとしてまず検討され検証されねばならないでしょうが。
ご紹介の供述の末尾部分”勿論誰一人美味かった者はありませんでした。”というあたりに「解釈」としての”in ritual act of cannibalism”では事実を汲み取りきれていない可能性を思わずにはおれません。

ApemanApeman 2015/01/20 11:20 tukaima さん

>ある人の挙動を形式として認識すれば「儀式」と呼び、その場や他の人々との関係において流通するものに着目すれば「風習」と呼ぶということであり

私は「儀式(儀礼)」と「風習」をそのようには区別していません。ということで、議論がすれ違っていると思います。
そもそも産経新聞の記事における「風習」という訳語は原作者(および英語圏の記事の書き手)のあずかり知らぬところです。では原作者なり英語圏の記者たちが「当時の日本には食人の風習があった」と言いたかったのか? といえばそうじゃないことはあなたも「その語がすなわち「伝統的文化」を指すものとはいえず」とおっしゃっている通りです。だとすれば、なぜわざわざ「風習」という訳語を選ぶ必要があるのか? ありませんよね?

>ご紹介の供述の末尾部分”勿論誰一人美味かった者はありませんでした。”というあたりに「解釈」としての”in ritual act of cannibalism”では事実を汲み取りきれていない可能性を思わずにはおれません。

これも理解できません。そもそも引用したのは戦犯裁判における供述書であり、弁明のための発言です。「食うのを楽しんだわけじゃない」という釈明が目的であったと考えるのが自然でしょう。
そのことと、父島人肉食事件の「動機」をどう理解するかはまた別の話です。

ApemanApeman 2015/01/20 11:35 さらに言えば、そもそもおっしゃりたいことがよく理解できないんですよね。

>修正主義的な「日本特殊論」に注意深く接するべきと考える立場

>その語がすなわち「伝統的文化」を指すものとはいえず、つまり食人行為の記述に日本人を見下す意図を読むことは無理がある

以上二つの前提に、「風習、という訳語はあたかも原作者が日本特殊論を主張しているかに思わせる効果がある」という前提を加えるなら、なおさら「風習」という訳語は避けるべきだった、という結論しか出てこないと思うんですが。

uchya_xuchya_x 2015/01/20 11:48 tukaimaさん
では、あなたはどう訳すのが適切だと思われるのですか?

rawan60rawan60 2015/01/20 17:09 私にもtukaimaさんが何を言いたいのか良く分からないですね。

まず、産経が「反日家?」というタイトル記事において、「これをそのまま映像化されればたまったものではない」と、実際には映像になっていない部分をとりあげた批判記事を公開するうえで無用な訳語を用い、それを前提として批判しているわけで、それは産経自身が「一般的な「風習」であるというデマで日本人を貶めている記述(作品)だぞ」と読者に訴えかけていると解釈すべきでしょう。
そこには「特殊な事例」であるとかないとか、「飢餓状態」であるとか、「食人における文化」がどうだったかとか、「相手からどう見えたか」などといった考察は何もなされていませんがね。

とりとり 2015/01/20 23:57 ズレたコメントだとは思いますが気になったことがあるので。

>「表現の自由」を謳歌するわが国では、ハリウッドスターたるアンジョリーナ・ジョリーの初*1監督作品という話題作『アンブロークン』も、テロリストの手を借りるまでもなく“消費者さま ”のご意向により劇場未公開に終わるかも……という情勢でございます。

たしか日本には「表現の自由を守れ」と主張する“表現規制反対派”なる方々がいたと思いますが、この件に関して何ら反応を示さないのはどういうことなんでしょう?
「“表現の自由”案件ではない」と見てるのか、「アニメ・マンガ関係でないのなら出番ではない」と考えてるのか。

彼等の、ヘイトスピーチをも表現の自由で護ろうかという姿勢に比して、この件に対する無反応っぷりにはどうも釈然としない感があります。

ApemanApeman 2015/01/21 00:09 とりさん

「おそらくそういうことだろう」という予想にすぎませんが、「公権力による上映禁止じゃない」から関心の埒外である、ということなんじゃないかと思います。
まあ確かに、現状で公権力が間接的にではあれこの映画の劇場公開阻止のために動いているという話は聞こえてきません。よって、「公開されなかったとしても、資本の論理でしょ?」ということにされてしまうのかもしれません。
しかし「表現規制反対」論者は言論市場の機能を強調していたわけですからね。その「市場」からこういう映画が排除されてしまうことについてどう思うのか、は確かに問うてみたいところですよね。

Bill_McCrearyBill_McCreary 2015/01/21 07:30 遠藤周作の小説にもなった九州大学の生体解剖の事件でも、捕虜の内臓を食したといわれますよね。ただし否定する説もありますが。

ほかにも中国で食い物に困った日本軍が現地の人を食った話だって、本多勝一氏の「天皇の軍隊」にあったし、捕虜を生体解剖して試食したなんて論外ですが、人肉自体についていえば、そんな話はいくらだって転がっていると思いますけどね。

tukaimatukaima 2015/01/21 10:30 Apemanさん。皆さんのご理解の得やすさを考えながら前後しつつお返事していければと思っております。
そちらの貴重なリソースを割き応答のペースの遅さでもご迷惑をおかけしかねないのが心苦しいのですが、とりあえずこのコメントも含め3件ほど容れていただいてもよろしいでしょうか?
ucha_xさん。
>では、あなたはどう訳すのが適切だと思われるのですか?
私は、かたや「アンブロークン」原作における”in ritual act of cannibalism”から読み取れる日本軍人による食人行為の形式性の強調意義とその扱い(参考文献の独自の視点を消化できてるとは言えないのではないか)に歴史認識的課題が潜み、一方で日本の文化に強くある食人行為へのタブー視と書き漏らしていましたが翻訳以前の技術的な問題であるところ逐語的な理解への漢文脈の干渉処理の困難さもあると指摘し、かりにApemanさんや他の方が推測されていたような偏見や修正主義的意図がなくとも「風習」というベストでない訳は世に出ることの避けがたいものであると主張するところまででもようやっとの思いなのに町山智浩氏さえオーディエンスを意識すればさらっと通じさせることより説明的であることを選んだ(むろん「風習」訳批判も踏まえてという流れのせいもあったわけですが)該当箇所の翻訳を、文章としてしかるべき打ち合わせもなくアドリブ同然にもっとうまくやれるように申し上げたという覚えは、さきのコメントについてもありません。買い被られても困ります。
むしろucha_xさんが町山氏の訳である「儀式として〜」や付随する説明をご存知で、なおそのレベルが情報発信者として最低限に過ぎぬとお思いでしたら、よりよい訳をなさることのできる知的能力をお持ちということでしょう。あやかりたく存じます。

ApemanApeman 2015/01/21 11:45 Bill_McCreary さん

私が従軍記の類で読んだものとしては、薬効を期待しての食人というのもありました。

tukaima さん

>むしろucha_xさんが町山氏の訳である「儀式として〜」や付随する説明をご存知で、なおそのレベルが情報発信者として最低限に過ぎぬとお思いでしたら、よりよい訳をなさることのできる知的能力をお持ちということでしょう。あやかりたく存じます。

こういう非生産的なやりとりはごめんこうむります。自分のところでやってください。あなたが何を言いたいのか、さっぱりわからないし、今のところ「わかりたい」とも思えない。

sutehunsutehun 2015/01/21 12:42 文意を明確にするためではない修飾語の多用って、すごく単純なメッセージを相手に送りますよね。かなり非生産的な。
「わかんないです。単に気に入らなかっただけです。すみません」って言えば済むことなのにね。負けず嫌いなのかな。

TeruTeru 2015/01/21 12:50 >先の大戦中、日本軍に属する者による捕虜の虐待ならびに食人行為はあった。それは争うまでもないこと。
>ですが「飢餓状態での緊急避難的な食人でないなら」それだけで”in ritual act of cannibalism”という記述が
>「ごく普通の解釈」というのは、どちらのどのような知見によっておられるのでしょうか?

>「ごく普通の解釈」を自分なりの日本人としての責任において
>「ごく普通」と言うに現時点までも抵抗を表明せずにいられないのは
>”in ritual act of cannibalism”という記述の指示する
>食人の始まりから終わりに至る一連の行為の形式性の強調に違和感があり疑問が残る

>「風習」としての食人行為を平時のものとしているとはいいがたく
>同時に強いタブー感を持つ文化のもとに育った者らが
>自他の疑問も葛藤も存在せぬかにただただ形式的であれたろうという「解釈」は
>物的な材料や証言や心理学や社会学、宗教学その他を援用したうえで
>現在「ごく普通」たりうる域に達していると、
>学術レベルではいずれにおいても定説である事実ありと断言なさることができますか?

たとえ「戦死」であれ、遺体を収集して遺族に引き渡すのは
「死体遺棄」を「タブー感」以上の、
「死者に対する尊重」に反する刑法罪に設定している日本国にとっての努めでしょう。

しかし、現に自国の元兵士であれ、
フィリピン・硫黄島・沖縄などに、
万単位の遺骨が身元不詳のまま残されている現状では、
「死者に対する尊重」であれ、
こと戦争という国策が絡むと「ごく普通」に軽んじられていると評されてもやむを得ないかと。

また当時の旧日本軍が、組織として生還者が20%を切るような作戦
(他国などでは、半分以上死傷したら投降したり交代をしていた)を繰り返していた以上、
(残存生存者が、救助なり回収なり記録に、まず対応する)内外の戦争犠牲者について、
「疑問」や「葛藤」や「タブー感」より、
大日本帝国全体としては「ただただ形式的」に国策遂行を優先したと評する他ないのでは。

ApemanApeman 2015/01/22 11:30 もっぱらブコメで展開している自体の方ですが、エントリ中で3度も「語の『産経新聞』的な意味での」としていることの意味がマジで理解できないんですかねぇ。

WallersteinWallerstein 2015/01/22 17:37 歴史修正主義というニセ科学に安易にはまるレベルの人に皮肉も著作権法の解釈や判例もそもそも括弧内に括った文の意味も高度過ぎた、というところでしょう。

ApemanApeman 2015/01/22 21:57 Wallerstein さん

もう一つ明らかなのは、あの連中がエントリでリンク貼ってある scopedog さんのエントリを読んでない(おそらくクリックしらしてない)ってことですね。「社会的制裁」を主張しているのが他ならぬ秦氏自身であることに気づけば、さすがに「あれ、おかしいな?」と思うはずですから。

上毛三山上毛三山 2015/02/03 21:13 読売のネトウヨ化が止まりません・・・

反日招く?旧日本軍描いたアンジー監督の米映画
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150203-OYT1T50008.html

一応監督本人へのインタビューは行っていますが

アンジー監督「日本人代表とはとらえていない」
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150203-OYT1T50014.html

この二つの記事を並べている時点で読売の意図は見え見えなうえに
日本での公開に関する状況が全く書かれていないのもひどいですね

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証