Hatena::ブログ(Diary)

Apes! Not Monkeys! はてな別館

2017-08-04

[]『資源の戦争』

 ある日あなたの家――農家であったと仮定しよう――に突然外国人がやってきて、「今日からもうサトウキビは植えつけなくてもいい」「ゴムのタッピング(樹液採集)もしなくていい」「若い衆は、こんなところで農業をやっていないで、○○の飛行場建設現場で働けばもっといいカネになるぞ」とか、「この稲は収量が悪いからこの新しい品種に植え替えて、せいぜい増産するように」などと命令口調で言い、勝手に家計の経済活動を変えてしまうとしたら、あなたはどうするだろう。その外国人の言い分は「もうお前たちを圧迫していた悪徳地主は追い払った。これからは我々が、お前たちが幸せになれるよう指導してやる。悪いようにはしないからついてこい」ということなのだが、それでも「そんなに突然、何の権利があって……」と誰もが戸惑うだろう。あなたたちの土地や資源に対して何の法的権利ももたないはずの外国人が、自分たちの都合でかき回してそのような要求をすることなどあるのだろうか? しかし、今から七〇年ほど前、東南アジアの各地で実際に起こったのである。

(倉沢愛子、『資源の戦争―「大東亜共栄圏」の人流・物流』、岩波書店、2012年、2ページ)

『戦争論』なんて読まずにこの本を読んでいたら、も無事中国に行けただろうに。

敗戦時の隠滅を免れた公文書からも、日本が東南アジア各地を占領したのはあくまで自国の戦争遂行のためであったことは明白なんですよね。もとをただせば、見通しを誤って泥沼化した日中戦争について誰も責任を取ろうとしなかった結果ですが。

s3731127306s3731127306 2017/08/04 12:47 すこし本題からはずれますが、山本寛氏の例の発言、私に言わせれば、一体何を守ろうとしているのか、よくわからないのですよね。たしかに、「まちがいもあった、しかしいいこともした」論というのは日本政府の内部資料(『日本人の海外活動に関する歴史的調査』など)にも見ることができるのですが、山本氏の記事の主張は、過去のそれらとは、さらにもう一線をこえているという気がするのです。現実に沿うかわりに擁護論の内部矛盾が増大している、なのに、なぜ平気(らしい)のか? ほかの方が指摘しないようなので気になったのです。私が事例分析の経験が少ないから勝手にそう思のかなと考えたりするのですが……。

http://d.hatena.ne.jp/s3731127306/20170803/1501761415



 それはさておき、「この稲は収量が悪いからこの新しい品種に植え替えて、せいぜい増産するように」という部分、実は植民地朝鮮で1920年〜1930年代にも、官憲の圧力をともなって行われていたんですよね。いまから50年近く前の古い本ですが、「日本統治下の朝鮮」(1971年、山辺健太郎,
岩波新書)のP111〜112に綿花についてこのことが関係者の証言付きで書かれています。
たぶん台湾でも似たようなことがあったはずです(資料がいまみつからないので引用できないのですが)。

ApemanApeman 2017/08/04 16:46 >実は植民地朝鮮で

倉沢さんは東南アジア、というかインドネシア史が専門ですから本書も地域的には東南アジアに対象が絞られていますが、朝鮮半島や中国東北部でも似たような(あるいはよりひどい)ことが行われてますね。

Bill_McCrearyBill_McCreary 2017/08/14 19:43 倉沢氏の文章を読み、それで

>朝鮮半島や中国東北部でも似たような(あるいはよりひどい)ことが行われてますね。

というのを読んでいて感じたのですが、まさに北海道がそうですよね。アイヌを「北海道旧土人保護法」とかで追いつめたのはまさにそれでしょう。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証