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アラッポ・カーロの備忘録 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-06(金) はれ

久しぶりに、子供たちとぼんやり

下記の長男の緊急手術室より半年が過ぎ、本日術後の経過を見せに病院へ行って参りました。幸い、特になにも問題ないようでしたのでひと安心です。

2011-06-26(日) おめでたい日にハラハラ 長男が精巣捻転みたび

このために、お休みいただいたので、いろいろとその他の子供たちとの用事をもろもろ済ませました。床屋さんへいったり、骨折のリハビリ入院している嫁方のおばちゃんの年始挨拶&お見舞いに連れて行ったりと、久しぶりに一日中子供たちと一緒に過ごしました。

そこで、車のなでお気に入りの今聴いている音楽の話になり彼がPSPで再生してくれた曲がこれでした。

  • The Desert Rose Band / All My Exes Live in Texas
    息子たちゲーマーの間では通称「テネシー
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なんと、コテコテのカントリーじゃありませんか。今時の中学生はこんなの聴くのか〜といった感じですが、どうも、うちの子が特殊みたいです。普通はやはりAKBとか聴いてるみたいだし。でも次男は特に音楽が好きというタイプの子ではなかったのです。じつはこの曲もゲームが影響なのです。小学生の頃から、カービィマリオギャラクシーのサウンドトラックは好んで聴いていたし、その関連でニコ動などから気に入った曲をダウンロードして聴いていたようでしたが、ここまでコアな曲を好んで聴くようになっていたとはです。

この曲は、本来彼の年齢ではレーティング的に遊んではいけない「Grand Theft Auto」というゲームで聴ける曲なのです。このゲームは、子供が遊んではいけないレベルの犯罪ゲームなのですが、現実の80年代から90年代のアメリカの都市を舞台に犯罪が繰り広げられるゲームで、そこで車を操作する時などのカーラジオから流れてくる曲が実際に当時流行っていた曲が流れるという仕組みになっています。そんななかで、彼がお気に入りなラジオから流れる曲がこれだったわけです。このゲームにおける楽曲の扱いは以前『2011-02-06(日) 「Japanese Boy」いろいろ』でも扱ったこの曲も流れるようです。ほかにも80年代アメリカ的なロックがよくかかるようです。ニコ動などには専用のタグ『GTAラジオ』が用意されているくらいこのゲームファンの中では重要な楽しみ要素のようですね。

  • Aneka - Japanese Boy

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音楽にたいする興味がどこからであるかは全くわからないものでありますが、自分の息子がこんな渋いカントリーを好んで聴いていたとはちょっとびっくりしました。どこがどんな風に良いのかは言葉足らずでうまく聞き出すことはできませんでしたが。好きになるってそんなもんですよね。

Grand Theft Auto: Vice City, Official Soundtrack Box Set
アーチスト: Various Artists
発売元: Epic
価格: ¥ 8,600
発売日: 2002/11/11
売上ランキング: 97244

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2011-05-27(金) はれ

次男の中一の英語教科書に載っている曲

次男のの中学校の英語の教科書は開隆堂の「SUNSHINE ENGLISH COURSE 1」です。私の頃は、同じく開隆堂でも「NEW PRINCE ENGLISH COURSE 1」でした。この教科書にはベンとルーシーそしてナオミが出てきたのを覚えています。英語による朗読大会?みたいなものがあって、巻末に載っていたラフカディオ・ハーンの「MUJINA」を読まされた記憶があります。自分は中一当時、なぜか英語非常に興味があり、親に頼んで教科書に合わせたカセットの教材まで買ってもらうほどでした(その後一番苦手な教科になるのですけどね)。英語の授業って最初はホント簡単で、カセットに合わせて発音していたので、学校で読まされたときに教師誉められたのを鮮明に覚えています(やっぱり褒めるって重要ですね)。

そこで、次男の教科書を改めて見てみました(じつは長男の時とまった同じ版のようです)。そこで、ちょっと興味を持ったのは、付録に英語の歌が載っていることでした。それらの曲がちょうど中学時代に聴いていた曲が多かったので不思議な感じです。でも、私の時は英語曲は教科書には載っていなかったような気がします。10人のインディアンは小学生時代通っていた英語塾で歌いました。学習塾は通っていなかったのになぜか英語塾には通ってました。しつこいようですが、それなのに苦手科目に(笑)、一緒に通っていた同級生は現在英語教師、しかも彼の息子が次男と同級生なのです。その教科書に載っている曲が次の曲でした。

  • Old MacDonal had a farm
    これも、有名な曲ですが、現タイトル初めて知りました。「ゆかいな牧場」としてはもっと小さい子の歌として有名ですけどね。
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  • Please Mr Postman- The Carpenters
    まさに中一の頃に流行っていた曲です。それが教科書に載るとはです。
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  • Jackson 5 -Santa Claus Is Comin' To Town
    さすがに教科書にはジャクソン5版ではないのですけどね。
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  • Top Of The World 訳詞付/Carpenters
    これもまさにマイ中一ソングなのです。いいな〜やっぱり。
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  • The Beatles Hello Goodbye
    この曲は、英語の教科書に載っていたわけでは有りませんが、長男がやはり中一の時に、(私と同年代くらいの)先生が教材として使っていました。
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2011-03-23(水) はれ

次男、小学校卒業式

長男と次男が3学年違いのなので今年は卒業式と入学式がかぶります。年度末にいろいろ休まなければいけないのは辛いですが、この時期だけの事なので大切にしたいです。やはり、お父様が来ているうちも多かったようです。公立の小学校なので普段は制服とかないのですが、卒業式は男子はみんな入学する中学の制服を着ての参加でした。制服を着るとグッと大人っぽくなりますね。もうすっかり少年でちょっと寂しくもあり。また、女の子は中学の制服というよりもちゃんとフォーマルな衣装をそれぞれ競うように着ていました。中には振袖の娘も。

長男の卒業式の日は大雨だったせいもあって、式のあと直ぐ帰ってきたのですが、今回はお天気もよく、式のあと校庭で在校生のアーチの中をお別れとか、正門や校庭でみんなと写真を撮りまくりでした。次男はもう恥ずかしがりや時期に入っているので写真の表情が暗いんだな〜これが。そこをなんとか友だちと話しているような普通の表情をスナップするのが精一杯でした。

運動会の時も書きましたが、長男と合わせて9年間お世話になった小学校もこれでお別れです。ただ、チャイムや運動会の曲も自宅から聞こえる距離にある学校なのでこれからもいろいろな行事の雰囲気は伝わって来そうです。

  • 最後のチャイム
    泣かすための曲でしょうか。
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  • With you smile
    在校生とともに歌いました。
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  • 旅立ちの日に・・・
    これも卒業定番ソングですが、最初は秩父の学校の先生が自分の教え子の為に作った曲からの始まりでした。草の根的な広がりの卒業ソング。
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2011-03-15(火) はれ

長男、中学卒業式に参列

本日、長男の卒業式に参列してきました。世間は、震災&震災の影響の計画停電でかるくパニックなっているような時期の卒業式です。長男の卒業式は震災だったね、と後年語られてゆくことでしょう。うち子のエリアでは、式の途中に停電となることは無かったのですが、同じ県内でもいくつかの学校は停電のなかの卒業式であった所もあるようですね。さらには、私の知人の子の中学では卒業式自体取り止めとなった学校もあるようです、私立中学とかだとそのまま進級みたいなものといえ、やはり寂しいでしょうね、卒業式がないのは。

参列した父兄の状況メモ、お父さんも来ている比率多いですね。私が公立中学を卒業した頃は、母親くらいで父親まで参列している親は少なかったように記憶していますが時代ですかね。大学の入学式や卒業式まで参列する時代ですからね。

今回、面白かったのは、式の後のクラスへ戻ってからの最後のホームルームを参観できたことです。一人一人のコメントや全体の雰囲気から息子がクラスでどのような存在なのかを感じ取ることが出来ました。最後に先生へ生徒からサプライズとか普通に感動しました。

BGM:卒業式で歌われた曲

  • 雲の指標
    作詞:吉井奈緒子、作曲:鹿谷美緒子
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  • 旅立ちの日に
    作詞:小島登、作曲:坂本浩美、編曲:松井孝夫。この曲に合わせて息子から手紙を読むという演出。彼の書いた手紙で泣けなかったのが残念、笑っちゃいました。
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2010-10-18(月) はれ

次男修学旅行

いつもは、6年生にもなって、親の寝室で一緒にテレビみているような次男坊が、今日から1泊2日の修学旅行へ出かけています。わが家は、あまり親戚の家とかに一人でお泊りさせたりしないで、子供が我が家にいない夜は殆どなりません。それでも、5年生から中2の修学旅行まで毎年1泊は学校関連で出かけることになるのですけどね。5年生の時の林間学校で夜遅くまで友だちと遊んでいたのが相当楽しかったらしく、かなり楽しみ出かけて行きました。

彼の日程は、1日目が金精峠を超えて奥日光に入り、戦場ヶ原や華厳の滝を見学、その晩は日光市内に宿泊し2日目の朝から東照宮と東武ワールドスクエアで東北道経由で帰って来るらしいです。私や長男の時は奥日光での宿泊でしたが(なんと長男と私は同じ旅館でした)、次男くんの場合東照宮に隣接する日光市内の旅館のようです、これがなかなか良さそうな旅館なんですよね。楽しそうなことでうらやまし限りですね。息子を羨んでどうするって感じですが。長男の修学旅行の時の日記もひどかったな。

というわけ自分の修学旅行(1973年)思い出し、私の場合、次男とはまったく逆ルートで回りました、初日東照宮でした。しかも小雨。その後、華厳の瀧へ行ったのですが、当時はまだ崩壊前の美しい姿の瀧でした。そこで撮ってもらった写真が心霊写真でした(少なくとも自分はそう思っています)。瀧の右上に顔が二つ写っていたんですよ。修学旅行の写真といえば、業者撮影した写真が廊下にズラッと並んでいて、好きな子の写真が買いたかったな。当然夜は大はしゃぎなわけですが、女子の部屋に遊びに行っているときに先生の見回りで、急遽、押入れに隠れたのは良い思い出。

そんな1973年のヒット曲

  • 他人の関係 金井克子
    歌詞意味もわからず、当時の小学生間で大流行。
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  • アルプスの少女 麻丘めぐみ
    クラスメイトはみんなこんなめぐみちゃんみたいなカッコしていたんだよ
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今回いつも以上にノスタルジック入りました。