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アラッポ・カーロの備忘録 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-09-30(月)

報酬と行動のモチベーション、そして信じている事も疑うことの大切さ

協力がつくる社会―ペンギンとリヴァイアサン

という本があるのですが、この本は『人間は根本的に他人に共感し、道徳的、協力的に行動する感情をもっていることを示し、「協力」に基づくよりよい社会の制度設計を提案する』と言った内容の本であります。もともとオープンソースアジャイル開発に興味を持っていたので、そのような目先の報酬や罰則による管理はうまくいかないという想いを後押ししてくれる内容の本である事も大変興味深かったのでした。そして共感することも多い本でした。

しかし、この本自身の解説に書かれていたことなのですが、この論調があまりにも「私利私欲をモチベーションに行動することは悪であるという論調で語られていることが返って逆効果な印象をあたえています。加えて、有償献血の問題を例に上げて説明しています。全世界的に見て有償献血である売血を実施していた頃よりも無償献血の方が献血者も増え血液の品質も高まるという例を出しています。この例は私自身もそういうものなのだなと思い込んでいたのですが、それを実証しているデータの統計的に信頼度が立証されていない点や最近の再調査に於いては有償化しても献血者数は増えるという調査結果も出ている事を知り愕然としました。

言っていることの主張に同意することと、それをそれを客観的に知らせるための裏付けにも気を使わないといけないなと思いました。特に金額や数値などを載せる場合にはその主張が正しくても科学的客観性にかけると説得力が無くなりますからね。また、あえて詳細を検証する人がいないことをいいことにわざとインパクトのある数値や調査結果を出している情報が世の中には存在することに注意したいですね。

我々も、各種報告書などに数値や金額を記載する場合には細心の注意を払うべきであると感じました。

2012-07-25(水) はれ

エリック・クラプトン自伝

なにげに図書館で手に取り借りてみました。最近ミュージシャンの伝記とか面白いかなと思い始めてます。過去にもいくつか、ビートルズフィル・スペクターなど読んできてはいます。が、クラプトンの場合、ネタにされるようなプライベート面が他のミュージシャンより有名すぎて今更自伝?といった感じなので積極的に読もうという気はありませんでした。ちょうど10代のころしかも彼のこと一番好きな時代が、彼の人生でダメダメな頃でしたからね。それが、ちらっと立ち読みした時に、スペクターとのレコーディングの印象などがちょっと気になったので借りてみました。やはり、ミュージシャンの自伝ものって、有名アルバムのレコーディングに関する事柄や他のミュージシャンとの関連が面白いですね。

エリック・クラプトンフィル・スペクターとの関連って意外といえば意外な組み合わせですが、やはり繋がりはジョージ・ハリスンのレコーディングですよね。当然、フィル・スペクターの記述は全体の中では微々たる物なわけですが、今回私が知らなかったねとしては、64年当時、ジェリー・リー・ルイスロネッツなどのアメリカの有名スターとパッケージされてツアーを回っていた時代にロニー・スペクターに旦那のフィル・スペクターに似ているという理由で誘われたなどと書いてあるじゃありませんか。びっくりですね。その後、ジョージ・ハリスンの「オール・シングス・マスト・パス」のレコーディング時に本格的に二人は出会うのですが、スペクターがプロヂュースしているジョージのアルバムにクラプトのバンドを使うことの交換条件として、2,3曲プロデュースするという条件だったらしいです。レコーディングの風景も、大勢のミュージシャンを人へに集めて演奏させるという、例のレコーディングスタイルが語られていました。Derek and the Dominos 時代の 「Tell the Truth」と「Roll It Over」がスペクターのプロデュース作品だったのですね。

  • Roll it over (Harrison/Clapton 1972) ROUGH NOTES LP

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それから、これは有名な話かもですが、私が知らなかった事実として、藤原ヒロシさんとの関係ですね。自伝中も日本に関する記述では「ヒロシ」としてよく出てくるので、この「ヒロシ」って誰と思って読んでみると、我らが(なにが我らがなんでしょうね、近田さんとの関係?)藤原ヒロシさんではありませんか。二人の関係まったく知りませんでした。そうなんだといまさらな感じです。

この自伝のよくできているところが、各有名曲や出てくるアーティストによる索引がついていることですね。お目当てのミュージシャンから索引で引けるのが楽しいですね。

エリック・クラプトン自伝
発売元: イースト・プレス
価格: ¥ 2,940
発売日: 2008/04/01
売上ランキング: 189514

2012-06-07(木) はれ

SF作家のレイ・ブラッドベリが亡くなりました

グッド・バイ、レイ・ブラッドベリ

作家レイ・ブラッドベリが今日(米国時間6/6)、ロサンゼルスで亡くなった。91歳だった。

まさに巨匠の方が亡くなったという感じですね。直接的あるは間接的の多くお影響を受けたかたです。10代から20代前半のSFファンの頃、前作品読破するほどではありませんでしたが、SFファンであれば、その存在を知っていて当然な方ですよね。私がSFを読んだりした時には既に超有名人であり、米SFの黄金時代を代表する方でした。

ブラッドベリとの最初の出会いは今でも覚えてます。それは中学の国語教科書に載っていた「霧笛」です。そう、そのころ、翻訳SFとかほとんど読んでいなかったので、最初に触れた本場米国のSF小説ということになるでしょう。その後、この作品が映画「原子怪獣現わる」の原作であることを知り、ウルトラマン世代の特撮ファン&SFファンのあたまの中でいろいろな事がつながっていったものです。この映画の特撮はブラッドベリの盟友レイ・ハリーハウゼンが特撮を務めています。彼の特撮映画は小学生の時に各種洋画劇場で観るのが楽しみでした。また、日本の特撮ファンとしては外せないのが、この作品ゴジラの元ネタとなっているということですね。そして原作の「霧笛」ですが、なんともファンタジックな怪獣小説な印象があります。そう、ブラッドベリってそうなのですよね。なんか優しがある感じなのですよ全体に。

  • The Beast from 20,000 Fathoms
    この怪獣の動きがまさにレイ・ハリーハウゼンですね。原作はもっと雰囲気ある感じでですけどね。
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続いては、なんといってもトリュフォーの映画「華氏451」でしょね。実はこれは映画のみで原作は読んでいないのです。でも映画の世界観はブラッドベリのものですよね。典型的なデストピアの話で、わわれの世代では未来社会に対する大きな刷り込みともなっているのでした。まさに、現在は、書籍の検閲による焚書とは違った形で紙メディアは無くなりつつありますね。ブラッドベリ氏自身はインターネットや電子書籍にはあまり支持していないようですが、少なくともインターネットのお陰で、検閲はしにくい仕組みになったのかなぁ、などと考えました。じつはこの映画観たときはブラッドベリ原作ということのみで観ていて、監督が有名なトリュフォーであることをあまり意識していませんでした。(ブラッドベリ氏とは関係ないですが、今回のことでウィキペディア改めてみたら、トリュフォーってSF嫌いんですか?「えっ」という感じでした。だってSF映画の金字塔「未知との遭遇」に出演してるじゃないですかね)。

  • Fahrenheit 451

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小説の中で印象的ななのは「火星年代記」と「たんぽぽのお酒 」ですね。どちらも、書かれた年代よりだいぶ経ってからなのですが、ブラッドベリの優しさというかしみじみした感じがとても印象的な作品でした。特に「たんぽぽのお酒」はそのたんぽぽで作ったお酒を呑んでみたいと当時から思い続けて未だに呑んだことがないのです。こんで是非呑んでみたいです。

また、今回改めて作品名を眺めてみると、それほど読んでいないはずなのに、印象的な作品がいくつか目につきました、それは、直接読んでいなくても、他の作品やなどに引用されたり、影響を与えている作品が多いですね。

ブラッドベリ氏の作品なら、またこの年齢で読み返しても面白いかなと思いました。

すてきな作品をありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。

2012-02-20(月) はれ ♡

映画「ジャンケン娘」による3人娘共演 「愛燦燦と…美空ひばり物語」 よりの気づき

昨日のあきれたぼういずといば、川田義雄(川田晴久)さんによる美空ひばりさんの後押しですね。というわけで、本日ひばりさん本からです。この本の3人娘部分の解説ですが、言われてみてそうですよね的な感想。素晴らしい才能ある少女が3人娘としていっしょになって、良きライバルとしてさらにそれぞれが成長したのですね。とうぜん、3人のなかではひばりさんが最初にスターになっているわけですが、1952年ジャズ歌謡ブームのなか、ジャズが得意な江利チエミさんが14歳にして「テネシー・ワルツ」を大ヒットさせ、一躍人気者に躍り出ました。これは、ひばりさん母娘はかなり気にしていたようです。この本につぎのようなエピソードが書かれていました。はじめて江利チエミさんとひばりさんが出会った時、後輩であるチエミさんから挨拶が無かったことにひばりさんの母親喜美江さんが快く思っていなかったとか、大阪千日前の大劇で「実演ひばり祭」の開催時期にその隣りの常盤座でチエミさんが実演をぶつけてきたことに、ひばりさん側は、明らかに挑戦であると受け取ったらしいです。しかし、そこでひばりさんの凄いところは、単に怒るのでなく、「じゃ私もジャズを歌ってやろうじゃないか」とジャズを猛特訓したそうです。そして、実際ジャズをレコーディングして、あの素晴らしいひばりさんのジャズの歌唱へとつながったのですね。

  • LOVE / 美空ひばり

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それを受けて、ジャズ専門であったチエミさんも和服を着て歌うことの出来る歌手を目指し、「さのさ」をうたったのだそうです。

  • さのさ / 江利チエミ

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どちらもすばらしいと思いませんか、やはり素晴らしい才能にはそれを伸ばしてゆく状況がおとずれてくるのですね。

そうした、かなり激しいライバル関係にあった二人の間に雪村いづみさんが入ることによって、3人娘として、お互いライバルでありつつ3人で人気を伸ばしてゆく構造ができあがったそうです。

その人気絶頂の3人娘を出演させる企画それが「ジャンケン娘」であったようです。それぞれで、いそがしい3人のを映画主演させるのはかなり大変な調整が必要であったようです。当初は、ひばり作品を多く手がけていた松竹企画であったようですが、企画途中段階で雪村いづみさんが新東宝の専属契約をしてしまったため、東宝と新東宝を結ぶ、プロデューサー杉原貞雄氏(のちの東宝ミュージカル全盛へ繋がっていくのでした)によって実現したのでした。その後も、チエミさん側のさまざま要望など、かなり調整は難航したようです。

このライバル意識の中と同年代としての気持とが微妙にバランスしていた3人娘であったのですね。

  • Misora Hibari, Eri Chiemi & Yukimura Izumi in Janken Musume
    このジェットコースターのシーン、ロケ地は当時の後楽園ですね。なんだか公園という感じでのどかさが残っているような。
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愛燦燦と…―美空ひばり物語
発売元: エイクリエイト大阪本社
発売日: 1998/01
売上ランキング: 1237114

2012-02-01(水) はれ

ハワイ公演と笠置シズ子「愛燦燦と…美空ひばり物語」 よりの気づき

1949年にレコーディング上は「河童ブギウギ」で初レコーディングした美空びばりさんですが、その年のうちにはコロンビアと専属契約を結び大人気となっていたそうです。しかしながら、前回も書いたように当時の文化人の中にはこの少女歌手を批判する人も多く芸能活動的には必ずしも順風満帆ではなかったようです。

この1950年は朝鮮戦争が始まったとしであり、レッドパージに代表される右傾化が米国で進んでいる背景が、米国が日本の協力を求める体勢強化する一環として、人気芸能人(霧島昇、二葉あき子、笠置シズ子、山口淑子)が米国に招聘されていた時期なのでした。

そんな状況の中で、初主演の映画「悲しき口笛」が大ヒットし、その主題歌も45万枚の大ヒットで戦後最高の売れ行きを記録したそうです。その人気の状況をアメリカの「LIFE」誌に取り上げられました。

  • 悲しき口笛

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この「LIFE」誌がきっかけで、二世部隊の記念塔建設基金の募集を目的とした興業に呼ばれてのハワイ公演でした。

そこでのエピソードで、興味深いのは服部良一さんの楽曲を歌ってはならないとの通達が日本著作権協会からあったことでしょう。当然、ハワイも服部良一さんの楽曲は人気があり歌わないと盛り上がりに欠ける状況であったようです。そこで、二世部隊の偉い人に相談して、ここは外国だから歌っても良い胸を叩いてくれたそうです。ひばり側が辞退したのに、二世部隊のたっての希望ということで歌うように要請したことにしたそうです。そんななかでも、以前から日本の公演でも楽曲を歌うことに制約をかけてきた笠置シズ子さんの楽曲だけは歌わなかったそうです。代わりに市丸さんの「三味線ブギ」とかを歌ったそうです。このあたり、書籍に寄っては、美空ひばりVS笠置シズ子的に面白おかしく扱っているものもあるらしいですが、本人同士というよりは、ビジネスに絡む周りの人達の関係のようですね。

  • 東京ブギウギ 美空ひばり
    これは後年歌った動画、やはり当時はブギを歌いたかったのではないでしょうかね。
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その他、ひばりさんのハワイ公演を取り扱ったブログ

むぎ茶の昭和懐メロ&CMソング大特集: 美空ひばり アロハ・オエ

Royal Hawaii 美空ひばり・・・ハワイ・アメリカ公演

注目キーワード:『創唱者優先』

日本では、昭和初期以来、40年代くらいまでは、楽曲は最初にその楽曲を歌った人に帰属するという考え方が主流でした。いまでは、歌わせないまではないですが、やはり歌は歌手のものという考え方が染み付いてますよね。これは日本独特なものなのか気になります。