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アラッポ・カーロの備忘録 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-02-01(水) はれ

ハワイ公演と笠置シズ子「愛燦燦と…美空ひばり物語」 よりの気づき

1949年にレコーディング上は「河童ブギウギ」で初レコーディングした美空びばりさんですが、その年のうちにはコロンビアと専属契約を結び大人気となっていたそうです。しかしながら、前回も書いたように当時の文化人の中にはこの少女歌手を批判する人も多く芸能活動的には必ずしも順風満帆ではなかったようです。

この1950年は朝鮮戦争が始まったとしであり、レッドパージに代表される右傾化が米国で進んでいる背景が、米国が日本の協力を求める体勢強化する一環として、人気芸能人(霧島昇、二葉あき子、笠置シズ子山口淑子)が米国に招聘されていた時期なのでした。

そんな状況の中で、初主演の映画「悲しき口笛」が大ヒットし、その主題歌も45万枚の大ヒットで戦後最高の売れ行きを記録したそうです。その人気の状況をアメリカの「LIFE」誌に取り上げられました。

  • 悲しき口笛

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この「LIFE」誌がきっかけで、二世部隊の記念塔建設基金の募集を目的とした興業に呼ばれてのハワイ公演でした。

そこでのエピソードで、興味深いのは服部良一さんの楽曲を歌ってはならないとの通達が日本著作権協会からあったことでしょう。当然、ハワイも服部良一さんの楽曲は人気があり歌わないと盛り上がりに欠ける状況であったようです。そこで、二世部隊の偉い人に相談して、ここは外国だから歌っても良い胸を叩いてくれたそうです。ひばり側が辞退したのに、二世部隊のたっての希望ということで歌うように要請したことにしたそうです。そんななかでも、以前から日本の公演でも楽曲を歌うことに制約をかけてきた笠置シズ子さんの楽曲だけは歌わなかったそうです。代わりに市丸さんの「三味線ブギ」とかを歌ったそうです。このあたり、書籍に寄っては、美空ひばりVS笠置シズ子的に面白おかしく扱っているものもあるらしいですが、本人同士というよりは、ビジネスに絡む周りの人達の関係のようですね。

  • 東京ブギウギ 美空ひばり
    これは後年歌った動画、やはり当時はブギを歌いたかったのではないでしょうかね。
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その他、ひばりさんのハワイ公演を取り扱ったブログ

むぎ茶の昭和懐メロ&CMソング大特集: 美空ひばり アロハ・オエ

Royal Hawaii 美空ひばり・・・ハワイ・アメリカ公演

注目キーワード:『創唱者優先』

日本では、昭和初期以来、40年代くらいまでは、楽曲は最初にその楽曲を歌った人に帰属するという考え方が主流でした。いまでは、歌わせないまではないですが、やはり歌は歌手のものという考え方が染み付いてますよね。これは日本独特なものなのか気になります。