Arisanのノート RSSフィード

「ファシズムとは、現実のユートピア化である」(久野収)

2011-11-06

[][][]『ハメット』

ずっと探していた音楽を、ユーチューブで見つけた。

それは、ヴェンダース監督の82年の映画、『ハメット』の主題曲で、ジョン・バリーが作曲したものだ。

D



この映画は、テレビかビデオで、一度見たことがあるだけで、実は内容もよく覚えていない。

ただ、とても印象に残っている台詞があるのと、この音楽もずっと心に残っている。

監督のヴェンダースは、あまり名を知られていない頃、西ドイツからハリウッドに渡ってこれを作ったが、制作のF・F・コッポラとどうしても意見が合わず、散々なトラブルになったという裏話ばかりが有名になった「迷作」である。

題名のとおり、作家のダシール・ハメットを主人公に、彼がまだデビューする前、探偵社で働いてた頃の物語(架空)である。

あらすじは、ここに書いてあるようなことである。

http://movie.goo.ne.jp/movies/p7123/comment.html

ぼくが印象に残っている台詞というのは、ここには出てこないが、冒頭で旧友(かつての先輩探偵)が、ハメットのもとを突然訪ねてきて、協力を頼むくだりに出てくる。

そこで、この旧友は、かつて彼が、まだ駆け出しの探偵だったハメットの危地を救ったことを持ち出して、強引に協力を求める。

その台詞は、おおむねこういう風だったと思う。


『あのとき、お前は、もしいつか助けが必要なことがあったら、何でも言ってくれと、俺に言った。

 今がその時だ。俺を助けろ。』


映画では、その昔の場面の回想と、回想するハメットの表情が映し出される。

そして、このへんがぼくの記憶が曖昧なのだが、結果的に、ハメットはこの申し出を(意識はせずに)引き受けるような形になって、話が展開していったと思う。

ともかく、上の台詞は、非常に印象深く語られる。

それは、「恩着せがましい」要請ではあるのだが、ハメットにとっては、「恩を返す」という行為ではなく、まるで神の声のように、無根拠に到来した命令のようなものだったとも考えられる。

ハメットは、その強引な要請に応じる義務はないと考えつつも、結果として、その声に引き寄せられるようにして、厄介事の渦の中に入っていくのだ。


さて、映画で描かれたハメットというと、最近も彼を主人公にした作品があったと思うが、どうしても思い出されるのは、実際の伴侶であったリリアン・ヘルマンの自伝を映画化した『ジュリア』(77)のなかで、ジェイソン・ロバーツが演じたハメット(をモデルにした人物)である。

そこでは、ジェーン・フォンダ演じるヒロインが、バネッサ・レッドグレーブの演じる親友で反ナチの闘士の女性ジュリア(これ以上の適役もないだろう)を救うために、ヨーロッパに向おうとするのを、伴侶のハメットが見守る姿が、やはり印象深く描かれていた。

言うまでもないが、この時期、ハメットもヘルマンも、非合法のアメリカ共産党員であったことは、今では大変よく知られている。


それで思うことは、上に書いた『ハメット』における、旧友(神?)からの要請にさらされるハメットの姿というのは、ヴェンダースにとって、『ジュリア』に描かれたヘルマンの姿へのオマージュのようになっているのではないか、ということである。

もちろん、二つの映画に描かれた状況には、政治的であるものと、まったく私的であるものという違いがある。

だが、その二つのことを区別しないということが、ヴェンダース(またドゥルーズ)に代表される、80年代のヨーロッパの表現や思想の大きな特徴だったのではないか。

そこで、『ジュリア』以上に、『ハメット』では、旧友からの要請(声)は、倫理的な色彩を帯びるのである。

そういう意味の「脱政治性」(またある種の倫理性・宗教性)という点で、『ハメット』は、時代を象徴するような映画になってたと思う。

2008-11-10

[]シムス&コーン

最近、ユーチューブで見つけた演奏だが、あまりにもかっこいいので、ここにも紹介(眼鏡をかけてる方がコーン、かけてない方がシムス。)。

D


以前にも書いたが、ズート・シムスとアル・コーンのチームによるアルバム『ハーフノートの夜』は、ぼくがもっとも好きなジャズのアルバムと言っていい。

http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20050709/p1

2005-11-16

[]『Dinah Jams』

Dinah Jams

Dinah Jams

「ブルースの女王」と呼ばれた名歌手ダイナ・ワシントンをフューチャーして、当時アメリカ西海岸を中心に活躍していた人気ジャズメンが熱演を繰り広げたジャム・セッションの実況録音。

このアルバムも、もう25年ぐらい聴いている。


1954年の夏に行われたこのスタジオでの公開録音は、実に20時間にも及ぶマラソン・セッションとなり、計12曲が録音されたという。あまりにも時間がかかりすぎて、聴衆のほうは途中でバテバテになったのか、適当に拍手したりしてる曲もあるのが可笑しい。冒頭から盛り上がりすぎたんだろう。

結集したメンバーは、「ブラウニー」の愛称で親しまれた不世出の天才トランペッター、クリフォード・ブラウンをはじめ、当時ダウンビート誌の人気投票で何年も続けてトランペット部門の一位をとっていたメイナード・ファーガソン、マイルス・デイビスの師匠としても知られるデューク・エリントン楽団の花形トランペッター、クラーク・テリー、日本でもひそかに人気のあるテナー・サックス奏者ハロルド・ランド、それに黒人解放運動の闘士としても知られるモダンジャズ史上最高のドラマー、マックス・ローチなど計11人。実に豪華な顔ぶれだ。


曲目としては、1曲目の「恋人よ我に帰れ(LOVER,COME BACK TO ME)」の勢いがなんといっても圧巻ではある。この曲は誰がやっても名演になるという感があるが、ここでのダイナ・ワシントンの歌声を聞くと、もともとこの人のために作られた歌ではないか、という気さえしてくる。とにかく、圧倒的なパワーである。

ダイナ・ワシントンって、たしか10回ぐらい結婚してるんだよなあ。

この人の歌が持っているバイタリティーとかポジティブな精神性は、マヘリア・ジャクソンとも、ビリー・ホリデイともまったく異なる、独特なものだ。

また、上記の人気トランペッター三人の競演が聞ける「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」も聴き応えがあるが、よく聴いていくと最後に入っている「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」がたいへんな名演であることが分かってくる。


ダイナの素晴らしい歌唱を引き継いだ、アルトサックス奏者ハーブ・ゲラーのご機嫌なソロにはじまって、それに劣らぬピアノのジュニア・マンスの好演の後、ミュートを使用しまるで眠りこけてでもいるような弱い音のスロー・テンポで展開されるクラーク・テリーのプレイが、何度聴いても飽きない見事さだ。このアドリブに即座に対応するマックス・ローチのサポートも、いつもながら絶妙である。そして、この老練な逃げ馬のようなテリーが作り出したそれ以後の超スローの流れに見事に対応し、朗々と「ブラウニー節」を聞かせる若干23歳のクリフォード・ブラウンの大物ぶりには、あらためて感心させられる。


26歳で死んだブラウニーの夭折はあまりに有名だが、実はダイナ・ワシントンも39歳で世を去っている。その短く強靭な生涯で「ブルースの女王」がこの世に残した、このアルバムは大輪の花のひとつといえるだろう。

2005-10-02

[]Hush,Hush,Sweet Charlotte

最近聴いている音楽の話の続き。

パティ・ペイジの歌う、「ふるえて眠れ」(Hush,Hush,Sweet Charlotte)。

Star Box: Patti Page

Star Box: Patti Page


この曲は、昔「あどりぶランド」という大阪のMBSのアナウンサーが総出演するテレビバラエティーのエンディングテーマになっていたので、なじみのある人が多いだろう。

その頃聞いて、いい曲だなあ、と思ってたが曲名も歌手の名前も忘れてしまっていて、探しあてるのに苦労した。

特別な名曲というほどではないのかもしれないが、独特な哀愁を帯びた曲である。


CDのクレジットを読むと、この曲はロバート・アルドリッチが65年に撮った同名の映画の主題歌で、映画の内容は、殺人事件にからんで精神に異常をきたすシャーロットという女性と、彼女の世話をするその従妹の物語らしい。シャーロットを演じているのがベティ・デイビス、そして従妹役がなんとオリビア・デ・ハビランド。この映画は見てみたいなあ。


それで、そういう内容の映画の主題歌ということで、歌詞をよく見てみると、ポピュラーソングとしては、ちょっと流行りにくい内容だ。

そう思いながら聞くと、この曲の哀愁や甘美さには、アメリカの小説や映画に特有な屈折した人工性のようなものが感じられる。度の強い人口甘味料みたいなものだが、だからといってそれが「真実」でないというわけではない。むしろそこには、20世紀のアメリカの消費社会のなかでだけ見出された、人間の心のある真実が表現されているのではないかと思う。

Hush,hush,sweet Charlotte

Charlotte,don’t you cry

Hush,hush,sweet Charlotte

He’ll,love you till he dies


Oh,hold him darling

Please hold him tight

And brush the tear from your eyes

You weep because you had a dream last night

You dreamed that he said goodbye


・・・・・・・・

2005-09-30

[]バックハウスのモーツアルト

先日も書いたように、最近はぼくにしてはよく音楽を聞いているのだが、そのなかからひとつお勧めしたいものがある。

それは、「鍵盤の獅子王」とも呼ばれた(プロレスラーみたいなニックネームだ)大ピアニスト、ウィルヘルム・バックハウスが70歳ぐらいになってから録音した『モーツアルト・リサイタル』というアルバム(CD)に入っている、K.511ロンド イ短調の演奏である。

ぼくは、CDに何曲入っていても、一番聞きたい曲だけしか聴かない方で、このCDもこの曲の演奏だけを毎日繰り返して聴いている。

バックハウスというと、ベートーベンの演奏で有名、というよりも伝説的な巨匠だが、老齢になってから、これらのモーツアルトの曲目を録音するようになった。その変化が面白い。

イ短調ロンドは、番号が500番台ということは、モーツアルトのかなり後期の作品であり、この時期のモーツアルトの曲というのはほとんど全て素晴らしいわけだが、これも名品である。

そして、バックハウスの演奏について論じるほど、ぼくはバックハウスのことも音楽のことも知らないのだが、この演奏は非常に好きで、若い頃からずっと聴いている。

2005-09-27

[][]故障・シューマン

前回のディープインパクトの記事のコメント欄に「本気で追ったら、故障しそうな」と書いた人があったが、ほんとにそんな感じだ。

すごい馬というのはだいたいそうなんだろうけど、ディープの場合、馬なりで走ってるのに、すでに限界を越えて力がはみ出しているように見える。「ものすごく能力が高い」といっても、肉体の組成に他の馬と絶対的な違いがあるわけではないはずなので、本気で追いはじめて能力が全開になったときに、何かが壊れてしまうのではないか、ということを予感させる。

ぼくが「危険だ」と書いたのは、そういう意味もあったのだと、後になって気がついた。

それはあくまで印象だけの話で、是非無事に菊花賞も走ってもらいたいものである。


風の噂では、シーザリオは怪我をしてるらしいが、秋華賞は出られないのだろうか?

非常に好きなタイプの馬だけに残念だ。ただ、三才の牝馬にはたしかに厳しい使われ方ではあっただろう。


ところで、最近はあまり本を読む気にならないこともあって、家に居るときに音楽を聴いていることが多い。

もともと、ほとんど音楽を聴かないので、かなり珍しいことである。古いジャズなどのCDのほか、シューマンのピアノ曲を引っぱり出して聴くことがある。シューマンは、リヒテルが演奏したものを何枚か持ってるのと、高橋悠治が76年に録音したものが(以前は)デンオンから出ていて、実はもともとそれが好きでシューマンを聞くようになったのだ。

このなかに入っている「森の情景」という小さな作品が、チャーミングでとてもよい。


二十歳ぐらいのときは、クラシックというと、もっぱらモーツアルトばかりを聞いていた。一生のなかでモーツアルト以外の音楽を好きになることがありうるのだろうか、ぐらいに思っていた。

モーツアルトには、そういうところがある。あまりにも完璧に作られているので、世界の地平がそこで閉じられてしまうのだ。

まあ、競馬と似てるかもしれない。

それがいつごろからか、シューマンをいいと思うようになり、今はほとんどシューマンしか聞けない。

シューマンの魅力をひと言で言うと、分裂をゆるす、ということだろう。


シューマンは46で死んだらしい。

モーツアルトよりは長生きしたことになる。最後はちょっと気の毒な死に方だったが、あの人はあんなふうかなあ、とも思う。

シューマン:クライスレリアーナ

シューマン:クライスレリアーナ

2005-08-12

[]柳ヶ瀬ブルース

66年に発表された美川憲一による大ヒット曲。

もちろん子どもの頃からこの曲を知っていたが、ぼくが人前で機会があるとこの曲を歌うようになったきっかけは、数年前に韓国のある山深い場所で、日本で長く暮らしていたことのある韓国人のおばあさんと二人で日本のテレビ番組の録画を見ていたとき、この曲が流れたことである。

そのときに歌っていたのは、美川憲一ではなく、この歌の作者である宇佐英雄という人だった。


さっきネットで探したら、この歌の誕生秘話が、このように書いてあった。

もともとは「長岡ブルース」だったのか・・。

あのときに見ていたテレビ番組でも、そんなストーリーが流れてたのかもしれないが、番組の内容も、宇佐英雄の歌い方がどんなものだったかもまるで覚えていない。

また、なんといってもこの歌は、美川憲一のあの詠唱と切り離しては、決して考えられないだろう。


ただ、どうもあの時に、この歌がぼくの中に入ってしまったみたいな気がする。

それ以来、行った先々で、ぼくの喉と身体を通して、この歌がその土地の大地と空気に流れ込んでいこうとするらしい。だから、ぼくがこの歌を歌うのは、ぼくの意志ではなく、この歌自身の意志なんだと思う。


パブロ・カザルスは、バッハの無伴奏チェロ組曲を、老年になるまで数十年間毎日欠かさず弾いて練習し続けたそうだ。

なぜそんなことをするのかと、ずっと不思議だったけど、あれもカザルスがこの曲を選んだというわけではなく、曲によってカザルスが選ばれてしまったということだったのではないか。


そういうわけで、ぼくもこの曲を、これからも色んな土地で、ずっと歌っていくつもりである。

2005-07-14

[]ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン

コルトレーンのバラード演奏についてとか、公民権運動と60年代のジャズ・シーンの関係とか、あるいはコルトレーンとぼくの伯父さんとか、意味のありそうなことを書こうと思ったのだが、どうも書けない。

2曲目の「DEDICATED TO YOU」と3曲目の「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ」のトレーンのソロが、ともかく最高である。聴いてください。

コルトレーンは本当はバラード演奏こそ素晴らしいという、70年代以後繰り返されてきた紋切り型をいくら積み重ねても、なんでこんな奇跡的な演奏が生まれたのかはわからない。

今回聞きなおして思ったことのひとつは、演奏もさることながら、伝説的なミキサーであるルディ・ヴァン・ゲルダーの録音の手腕を賞賛せねばならんのだろう、ということだ。


本当に甘美で完璧な音楽は、人からすべての力を奪ってしまうのではないだろうか。

2005-07-09

[]ハーフノートの夜

めずらしく音楽の話。

昔、ニューヨークのハドソン通りとスプリング通りという二つの通りが交差する場所に、ハーフノートという有名なジャズのクラブハウスがあった。イタリア人の父子が経営する店で、ジャズの演奏のほか、ミートボールサンドイッチも名物だったらしい。

1950年代の終わりごろ、この店を拠点にして東海岸のジャズシーンで活躍していたのが、ズート・シムスとアル・コーンという二人の白人テナーサックス奏者である。

この二人は、もともと西海岸の有名なビッグ・バンド、ウディ・ハーマン楽団に在籍して、スタン・ゲッツなどとともに「フォー・ブラザース」と呼ばれる伝説的なサックス・セクションを形成し、多大な人気を博していた。

それが、バンドを離れたのち、東海岸に移って活動することになったのだ。当時のアメリカのジャズの世界、とくにハードバップと呼ばれるジャンルでは、東海岸は黒人のミュージシャンが主流、西海岸は白人の有名ミュージシャンが多いという区分が、かなりはっきりしていたと思う。たとえば一時のマイルス・デイビスのように、東海岸の黒人ミュージシャンが西海岸に行って活動することはいくらかあったが、逆のケースというのは珍しかったはずだ。そういう時代に、シムスとコーンの二人はニューヨークに移って活動する道を選んだのだ。

どういう理由だったんだろう。


話を戻すと、このアルバムは、そのハーフノートというジャズクラブでの、シムス&コーンクインテットのライブの模様を記録したものである。録音は59年。

50年代のジャズのライブ盤のなかでも傑作といわれているが、ぼくももう二十年以上聴いていて、一番好きなジャズのアルバムじゃないかと思う。

このライブは、どこが素晴らしいかというと、とにかく基本的に誰も演奏を聴いてない。

非常にクリアな録音で、店内の話し声や笑い声、グラスの音などがはっきり聞こえるのだが、演奏中も進行に関係なくずっとにぎやかなままだ。ふつう、ソロ・パートが終わると客席から拍手が起こるものだが、ジャズ史上に残りそうな凄いサックス・ソロが終わっても、誰一人拍手する人はなく、脇役のピアノ・ソロが終わったところで、思い出したように一人か二人が気のない拍手をするのみ、といったふうである。冒頭に司会者(?)によるメンバー紹介があるのだが、これも滅茶苦茶反応がうすい。


モンクやミンガスがクラブで演奏をしていた頃、客が誰もついていけず、居眠りしたり野次を飛ばしたりするのに対して、聴衆を無視してすごいプレイを続けたり、客席と敵対的になったりという逸話が多く残っているが、この場合はそういう緊張感もなく、当たり前みたいに淡々と自分たちの好きな音楽をやってるという雰囲気が面白い。


全部で四曲入ってるが、ぼくは2曲目の「IT HAD TO BE YOU」での二人のソロがとりわけ絶品だと思う。シムスのとめどもないスイング感のあるアドリブも、モダンジャズの醍醐味を感じさせるものだが、コーンのうとうとと眠ってるみたいな暖かいテナーの音は、一生このまま聴いていたいと思うほどだ。

どういうジャンルの音楽でも、ぼくはこのタイプの音にはめちゃめちゃ弱い。写真から受ける印象もそうだが、アル・コーンという人は、ちょっとアドルノっぽい内省的な感じがある。


鬱気味で音楽を聴く気がしない音楽好きの人に、自信をもってすすめたい一枚である。