Arisanのノート RSSフィード

「ファシズムとは、現実のユートピア化である」(久野収)

2017-08-16

[]『コーラ』32号

Web評論誌『コーラ』の新しい号が発行されましたので紹介します。

広坂朋信さんの連載<心霊現象の解釈学>、今回は「父の怪談」というタイトルで書かれています。

(以下転載)


◆Web評論誌『コーラ』32号のご案内

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  

  第42章 和歌三態の説、雑録──心・イマージュ・映画

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-42.html

  第43章 中間総括──古今集仮名序をめぐって 

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-43.html

  中原紀生

  ■心の四分岐をめぐって

  雑録の一。第40章で、心と世界の四層構造に思いをめぐらせていた際、脈絡

 なく同時並行的に読み進めていた三冊の書物の、それぞれから切り取った断片

 が一つにつながっていった。そのことをここでとりあげる。

  (その1)

  津田一郎著『心はすべて数学である』は、刺激的な話題に充ちた書物だっ

 た。

 (たとえばエピローグにでてくるチューリング夏目漱石をめぐる議論は秀

 逸。チューリング・テストは本来「機械か人か」を当てるゲームではなく「男

 か女か」をテストするものだった。マンチェスター工科大学近くの銅像には

 「偉大なるロジシャンにしてホモセクシャルで論理学者のチューリングに捧げ

 る」と刻まれている。自分は男なのか女なのか、いったい男と女は何が本質的

 に違うのかという実存的な悩みに直面したチューリングが自分のような人間の

 表現形として、生物としてのセックスのない中性的な機械を考えた。これと同

 じように、ただしチューリングとは逆に、漱石は西洋と東洋の差異という実存

 に迫る深い苦悩をモチベーションにして男女の性(恋愛)をめぐる小説を書い

 た。漱石が描く女性は西洋近代を象徴していて、東洋的で優柔不断な男性たち

 を独特のロジックでやり込め、たじたじにさせたのである。)

 (Webに続く)http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-42.html

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 ●連載〈心霊現象の解釈学〉第10回●

  父の怪談  

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-10.html

 

  広坂朋信

  仕事帰りにスーパーで買い物をしていた私の携帯に老母から電話。何事だろ

 うと思って出ると、「お父さんが帰って来て、自分の寝るところを探している

 から、お前にすぐに伝えようと思って」という。

  老父は昨年冬に認知症で入院してから、入院中に肺炎を起こして何度も危篤

  におちいり、今も病院のベッドで寝たきりである。

 「それは夢を見たんじゃないの。お父さんのことを心配しているからだね」と

 言い聞かせるが、実はこの日の朝、母から「玄関でお父さんの声がする」と電

 話があったものだから、ついに老母もか、と不安を覚えていた。

  しかし、考えてみると、こうした話は今にはじまったことではない。もう一

 年ほど前になるだろうか。父の認知症が疑われはじめたころ、実家に立ち寄る

 と、父が「ふすまの向こうに婆さん(父の母・故人)がいる。白い手を出して

 おいでおいでをする」という。そういう話をしていたら母が、「夢を見ていた

 のか、寝ていると誰かが私の布団のまわりをぐるぐる歩いている。誰だろうと

 思ってみると、父(母の父・故人)が歩いている。お父さんが何人も何人も

 ……」というのであっけにとられた。

  私の両親には以前からこういう話題を口にする傾向があった。とくに母に

 は、夢を一種のお告げのようにとらえる傾向がもともとあって、これまであま

 り気にも留めていなかったが、後期高齢者になってからますますそういう話が

 増えたような気がする。

  両親ともに、もう六十年近く東京で暮らしているわけだが、昔気質な人たち

 で、世間話にもどこか民話のような響きがあって、閑なときに聞くぶんにはよ

 いものである。

  閑話休題。夏の暑さに寝苦しい夜が続く。私の家族の与太話よりも、まずは

 怪談の名手による作品をお読みいただこう。

 (Webに続く)http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-10.html

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  吉増剛造はムツカシイ?!?/エンド・ゲーム

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-36.html

  寺田 操

  吉増剛造はムツカシイ……と敬遠されていると小耳にはさんで、何かゴツン

 と頭を叩かれた気がした。若い日には、これは何だと驚愕した詩と詩人たちと

 の出会にこそ興奮したものだが。

  吉増剛造『黄金詩篇』(思潮社/1970・6・1)赤瀬川原平の装幀に度肝を抜

 かれた。水紋のなかから黄色い指がヌット突き出し、その指の爪の先にも水紋

 があり、なでしこのような花首がいくつも散っていた美しくて不気味な絵だ。

 扉を開けば吉増剛造の青いペン書きの詩篇。完成された作品ではなく、書き込

 みや削除などの痕跡が生々しいが、これもお気に入りだった。

 (Webに続く)

 http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-36.html

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2016-12-15

[]『コーラ』30号

Web評論誌『コーラ』の新しい号が発行されましたので、紹介します。

広坂さんのお誘いで続けてきた連載企画も、今回で一区切り。これまでお読みいただいた皆様、ありがとうございました。

それにしても、僕がこの文章を書いたのは、トランプの当選が決まる前日でしたが、まるでそれを予見するかのような内容になってしまったのが、心苦しいです。

(以下転載)


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◆Web評論誌『コーラ』30号のご案内

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  ●寄稿●

  マイノリティについて語る倫理

  ――「子どもの貧困」を一例として

  田中佑弥

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/kikou-30.html

  本稿を書こうと思った契機は、「新貧乏物語」の捏造である。「子どもの貧

 困」をめぐる昨今の事象を振り返りながら、まとまりのない文章で恐縮ではあ

 るが、考えたことを書き記したい。

  捏造があった「新貧乏物語」は『中日新聞』による2016年の連載記事であ

 る。『中日新聞』の検証記事(1)によれば、以下のような捏造があった。

   五月十七日付の名古屋本社版朝刊の連載一回目「10歳 パンを売り歩く」

  は、母親がパンの移動販売で生計を立てる家庭の話。写真は、仕事を手伝う

  少年の後ろ姿だったが、実際の販売現場ではない場所での撮影を、取材班の

  男性記者(29)がカメラマンに指示していた。少年が「『パンを買ってくだ

  さい』とお願いしながら、知らない人が住むマンションを訪ね歩く」のキャ

  プション(説明)付きで掲載された。

   撮影当日、少年がパンを訪問販売する場面の撮影は無理だと判明。少年に

  関係者宅の前に立ってもらい、記者自らが中から玄関ドアを開けたシーンを

  カメラマンに撮らせた。

  また、五月十九日付朝刊の連載三回目「病父 絵の具800円重く」でも記者

 は、「貧しくて大変な状態だというエピソードが足りないと思い、想像して話

 をつくった」。

  報道は正確でなければならないが、本稿で考察したいことはそういうことで

 はない。(以下、Webに続く)

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 ●連載<前近代を再発掘する>第6回●

  地獄は一定すみかぞかし

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-6.html

  前置き

  黒猫編集長にさんざんご迷惑をかけ、岡田さんに無理やりつきあってもらっ

 て、脱線を繰り返しながら続けてきたこの企画だが、『太平記』を一通り読み

 終わったので、今回で一区切りとしたい。(広坂)

  天狗太平記(広坂朋信)

  ■鎌倉幕府滅亡の予兆

 『太平記』にはしばしば天狗が登場する。天狗は、歴史物語としての『太平

 記』の前近代性を際立たせている特徴の一つだろう。

  まず前回取り上げた「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)から見ていこ

 う。

  田楽に夢中になった北条高時が、ある晩、酔って自ら田楽舞を踊っている

 と、どこからか十数名の田楽一座の者があらわれて、「天王寺の妖霊星を見ば

 や」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいてみ

 ると、踊り手たちは、あるものは口ばしが曲がり、あるものは背に翼をはやし

 た山伏姿、つまり天狗の姿であった。

  この場面をどう受けとめるか。高時の舅が駆けつけたときには、怪しいもの

 どもは姿を消していた。畳の上に鳥獣の足跡が残っていたことから、天狗でも

 集まっていたのだろうということになったが、当事者である高時は酔いつぶれ

 ていたので、目撃者は、家政婦は見たよろしく障子の穴からのぞいた女中一人

 だけである。(以下、Webに続く)

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  第40章 和歌三態の説、定家編─イマジナル・象・フィールド

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-40.html

  ■音象、ネイロ、世界の影

  前章の最後の節で、パンタスマ(虚象)の音楽的効果について簡単にふれま

 した。今回はその補足、というかやや蛇足めいた話題から始めたいと思いま

 す。

  大森荘蔵著『物と心』に収められた「無心の言葉」の冒頭に、時枝誠記の著

 書(『言語本質論』(『時枝誠記博士論文集』1))からの孫引きで、平田篤

 胤の次の言葉が紹介されています。「物あれば必ず象あり。象あれば必ず目に

 映る。目に映れば必ず情に思う。情に思えば必ず声に出す。其声や必ず其の見

 るものの形象[アリカタ]に因りて其の形象なる声あり。此を音象[ネイロ]

 と云う」(「古史本辞経」、ちくま学芸文庫『物と心』98頁)。

  いま手元にある『国語学原論』総論第七節「言語構成観より言語過程観へ」

 の関連する箇所を拾い読みしてみると、時枝はそこで、「特定の象徴音を除い

 ては、音声は何等思想内容と本質的合同を示さない。これを合同と考えるの

 は、音義的考[かんがえ]である。」と書き、先の一文を例示したうえ、「音

 声は聴者に於いて習慣的に意味に聯合するだけであって、それ自身何等意味内

 容を持たぬ生理的物理的継起過程である。音が意味を喚起するという事実か

 ら、音が意味内容を持っていると解するのは、常識的にのみ許せることであ

 る。」と書いています(岩波文庫『国語学原論(上)』108頁)。

 (以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  黒岩涙香/地 図

  寺田 操

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-34.html

  黒岩涙香

  5月の大型連休のさなか、「黒岩涙香」の文字をみつけて胸がざわついた。

 竹本健治『涙香迷宮』講談社2016・3・9)の新刊。探偵小説家・涙香

 (1862〜1920)が主人公では?それとも評伝的な小説なのか?

  1980年代、黒岩涙香の翻案探偵小説『幽霊塔』『鉄仮面』『死美人』

 (旺文社文庫)などを読んだ覚えがある。《雪は粉々と降りしきりて巴里の

 町々は銀を敷きしに異ならず、ただ一面の白皚々を踏み破りたる靴の痕だも見

 えず、夜はすでに草木も眠るちょう丑満を過ぎ午前三時にも間近ければ》…書

 き出しから怪異の時間に引き込まれた。警官2人の警邏中、黒帽子に長外套の

 襟をあげて顔をかくす紳士が下僕を従えて歩いてきた。下僕の背には重たげな

 籠。なかには絶世の美女の死体。肋骨のあいだにスペードのクイーンの骨牌

 (カルタ)の札が突き刺さり…。フランスの作家ボアゴベイ原作『死美人』

 だ。(以下、Webに続く)

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2016-09-16

[]道場親信さんの言葉

道場親信さんの訃報には、まだ49歳という若さだったということもあり、たいへん驚いた。

僕は、主著の『占領と平和』は読んでいないのだが、もう一つの著作『抵抗の同時代史』や、雑誌『現代思想』に掲載されたいくつかの文章を読む限り、戦後の運動史についてもっともすぐれた研究をされた方だったのではないかと思う。

残念で仕方がない。

ネットで検索すると、下のような道場さんの文章に行きあたった。

http://www1.jca.apc.org/iken30/News2/N84/SedaikanTaiwa.htm


これは、2004年に行われた、ある公開討論会の感想を記したもの。この討論会は、当時、イラク反戦運動のなかで大きな盛り上がりを作っていたワールド・ピース・ナウの運動が、急速に衰退していくきっかけになった(と、記憶している)、いわゆる「警察会食事件」を契機として開かれたものだったようだ。

このなかで道場さんは、「新しい運動」への加担を表明する「古い世代」の人たちに対して、次のような苦言を呈しているのだが、これは今にも当てはまる、誰にとってもきわめて重い言葉であろうと思う。

だが、私がそれらの人々に期待したいのは、単なる「加担」「支持」の表明ではなく、自分たちがいままでどういう運動をやってきて、どのような反省や現状に対する分析に基づいて、いまどういう動きを作り出そうとしているか、ということを率直に語ることである。つまり自己の運動史を語ってほしい。それ抜きに自分はどこに加担するかということを言い合っても不毛であり、学ぶことは何もない。

2016-08-20

[]高里鈴代さんの講演を聞いて

今週の初めにFBとmixiに書いたものですが、ほぼそのままの形で以下にも載せておきます。

メモを元にしているので、内容に不正確なところがあるかもしれません。ご了承ください。


14日日曜日、大阪で行われた集会、『8・14日本軍「慰安婦」メモリアル・デーを国連記念日に!〜日韓「合意」は解決できない〜』に参加し、沖縄の高里鈴代さんの講演を聞きました。

高里さんには、4月に辺野古に行った時も、ゲート前で貴重なお話を聞かせていただいたので、今回は是非講演を聞きたいと思っていました。

高里さんが、もともと東京都や那覇市での、女性たちからの電話相談に答える仕事からキャリアを始められたことを、今回初めて知りました。そのなかで出会った女性たちの話をされる高里さんの姿が、とても印象深かったです。

被害を受けたその人達の言葉が、いまの高里さんの活動を支えている、ということ。

また、沖縄では、女性に対する暴行など米兵による事件が話題になるたびに、「復帰」後の件数がマスコミに載るが、それはおかしい。基地の米兵による被害は、沖縄では敗戦の時からずっと続いている。高里さんたちは、その全貌を記録する年表を作成されたそうで、会場でも販売されていたようです。

僕はとくに、敗戦から朝鮮戦争当時にかけての米兵による暴力が凄まじいものだったことを、はじめて知りました。ベトナム戦争と沖縄との関連は、よく聞いてきたのですが、朝鮮戦争については、あまり関連を考えたことがなかった。

そして、太平洋戦争時に日本軍が行なったこととして、特に「慰安婦」の問題ですが、沖縄には145カ所の「慰安所」があったことが分かっているそうですが、それらは同時に存在したということではなく、沖縄では「本土防衛」のために軍によって飛行場が各地に次々と作られ、その建設工事にあわせて、「慰安所」も作られては沖縄中を移動していった、ということらしい。

高里さんは、これは「慰安所」の制度が軍の政策と一体のものだったことの何よりの証拠だろう、と述べておられました。

また、現状について、米国本土などとは違って、面積の狭い沖縄では、訓練を基地の中だけで完結することは不可能なので、兵士や車両は当たり前のように基地の外の公道を移動することになる。基地には、民間人の立ち入りを禁止する看板が立っているが、逆に民間地域への米兵の立ち入りを制限するゲートは存在しない(これは重要)。すなわち、米兵にとっては事実上、沖縄全体が基地に他ならないのであり、それゆえに性暴力などの事件や環境破壊も頻発することになる。

これは、「地位協定の改定」などで解決することではないでしょう。

95年に少女暴行事件が起きたとき、高里さんたちが口火を切る形で、大きな基地反対の運動が沖縄に起こった。しかし、今になってみると、その動きは元々軍事強化を狙っていた日米両政府に逆利用されるかのように、辺野古新基地建設や高江のオスプレイパッド等建設というところにつなげられてしまっている。

あの時(95年当時)に、移設ではなく基地撤廃の動きにつなげられなかったことに、痛恨の思いがあると語られていました。

最後に、とくに考えさせられたことですが、今年5月に起きた元米兵による女性遺体遺棄事件のとき、高里さんたちは、沖縄の女性たちに、あえて言葉を発さず、沈黙のなかで(沖縄では死者の魂を運ぶとされる)「蝶」のプラカードを掲げる「沈黙の追悼・抗議集会」を呼びかけた。それには多くの人が参加したが、「このような形だからこそ参加したのだ」と言われた方が少なくなかったそうです。

高里さんは、「慰安婦」問題や、沖縄での性暴力の問題に関して、「被害者が沈黙を強いられる社会」が今も続いていることが日本の現実なのであり、それを変えていくことが根本的に必要だ、ということを繰り返し強調されていました。

この「強いられる沈黙」と「あえて選ばれる沈黙」とは、まったく別のものであろうと思います。後者は、言葉にすることで一つにくくられ(束ねられ)、大事なものを切り捨てられてしまうことへの抵抗のあらわれであり、それは「強いられる沈黙」を打ち破る勇気と、同じものの両面をなしていると思うからです。

2016-08-15

[]『コーラ』29号のご案内

『コーラ』の新しい号が出ましたので、紹介します。

私と広坂さんが書いている連載企画は、第五回目で、今回の内容は『太平記』のなかの田楽に関する記述が発端です。私も、主には羽仁五郎のことを書いてるのですが、書き出しで壬生狂言に触れています。

こうしてみると舞踊とか、身体的な反応や伝承が一つのテーマになってるかのようでもあります。社会学者の酒井隆史さんが雑誌『現代思想』の鶴見俊輔追悼号に寄せた文章で、「反射」ということについて書かれていたのを思い出します。

そういえば映画『シン・ゴジラ』のゴジラの中には狂言師の野村萬斎が入ってるのだそうですね。映画は、私はたぶん見ないでしょうが。


 ■■■Web評論誌『コーラ』29号のご案内(転載歓迎)■■■

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 ●連載<前近代を再発掘する>第5回●

  歴史のあいまいな領域

  岡田有生・広坂朋信

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  ■高時天狗舞

 『太平記』の「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)は、田楽に耽溺する得宗

 北条高時を印象的に描いている。

  当時、京都で田楽が大流行だと聞いた高時は、田楽の一座を鎌倉に呼んで、

 これに夢中になった。ある晩、酔った高時が自ら田楽舞を踊っていると、どこ

 からか十数名の田楽一座の者があらわれて、高時とともに舞い歌った。これが

 実に面白かった。しばらくしてから歌の調子が変わって「天王寺の妖霊星を見

 ばや」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいて

 みると……。(以下、Webに続く)

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  第39章 和歌三態の説、定家編─影のない世界

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-39.html

 ■定家と虚なるもの、あるいは「かげもなし」の余韻

  俊成自讃の「おもて歌」が、歌の本質を「広がり」にではなく「深み」にお

 いて見る中世詩歌の特徴を自覚的・予感的にあらわしていた、と大岡信氏が指

 摘する「夕されば野べの秋風身にしみて鶉なくなりふかくさの里」であったと

 して、それでは、定家の代表歌はなんだろうか、それは、武野紹鴎が佗び茶の

 湯の心をこの歌に見出した、と「南方録・覚書」が伝える「見わたせば花も紅

 葉もなかりけりうらのとまやの秋のゆふくれ」なのか、いや、百人一首に撰入

 された「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」こそ文

 字通りの自撰歌ではないか、いやいや、それは「歌織物」(林直道)もしくは

 「グラフィック・アナグラム」(丸山圭三郎)を編集する企みゆえの撰歌だっ

 たかもしれない、などと自問自答しているうち、成立年及び作者はともに未詳

 ながら、後鳥羽院から西行法師まで十七人の新古今歌人が各々十首ずつ秀歌を

 自撰したとされる「自讃歌」なる文献があることを知り、さっそく検索し定家

 の部を拾い読みしたところ、掲載順が価値の序列をあらわしているわけではな

 いにせよ、第一の「春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲のそら」と

 第三の「年もへぬいのるちきりはゝつせ山おのへのかねのよそのゆふくれ」の

 間に掲げられていたのが、(以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  太陽帆走/坂道

  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-33.html

  鳥のように自由に大空を飛びたいという夢は、大量輸送の飛行機から小さな

 プロベラ機、気球、スカイダイビングと実現されてきた。それだけでは物足り

 ない。空飛ぶ絨毯やスーパーマンのように人の身体が赤いマントをひるがえし

 て空を泳ぐように、飛びたいと夢を追っているうちに空飛ぶ「ウイングスー

 ツ」の登場だ。2016年1月4日の某新聞記事には富士山近くを飛行する

 ウィングスーツが映っていた。両手両足を広げて飛ぶ姿は気持ちよさそうだ。

 垂直に落花するスカイダイビングと違って水平飛行。この空飛ぶスーツは

 1990年、フィンランドの企業が開発し、一着約20万円。小型飛行機に乗

 りこみ、タイミングを計り空へと飛びだす。鳥たちはお仲間が増えたと歓迎す

 るだろうか、それとも奇怪な新種だと目をそらすだろうか。

 (以下、Webに続く)

2016-04-25

[]『コーラ』28号

九州の地震があったり、自分自身も再び沖縄(辺野古)に行ったりしたため、紹介がすっかり遅くなりました。

『コーラ』の新しい号が発行されています。

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html


私と広坂さんによる連載物ですが、今回は『太平記』に加えて、以前にこのブログに載せた馬琴の『椿説弓張月』についての拙文も題材になっています。

この物語を知っている方には説明不要ですが、この後半の琉球篇というのは、権勢の絶頂にあった平清盛の追討を思い立った主人公の源為朝が、潜んでいた阿蘇の山中で兵を挙げ、水俣の浜辺から漁船に乗り組んで都(福原)へと向かったが、途中で暴風雨に襲われて琉球に流れ着いたところから、展開が始まるわけです。

(以下転載)


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 ■■■Web評論誌『コーラ』28号のご案内(転載歓迎)■■■

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 ●新連載<前近代を再発掘する>第4回●

  浪人的なものをめぐって

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-4.html

  ■北条高時の腹切りやぐら

  神奈川県鎌倉市には、高時の腹切りやぐらと呼ばれる場所がある。言い伝え

 によれば、元弘三年(1333)、後醍醐方についた新田義貞の軍勢に攻め込まれ

 た北条一族八七四人は、東勝寺に立てこもり、もはやこれまでと自害したその

 場所だとされている。かつては心霊スポットとして知られていたが、専門家の

 調査によれば大量の人骨が埋まっているということはなかったそうだ(河野眞

 知郎『中世都市鎌倉』講談社学術文庫)。遺体は別の場所に埋葬されたのかも

 しれない。(以下、Webに続く)

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  第38章 和歌三態の説、貫之・俊成編

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-38.html

  貫之の歌論や貫之が詠んだ歌の世界を、俊成や定家のそれらと比較対照し、

 その実質を一言で言い表わす言葉がもしあるとすれば、それは「像」(イマー

 ジュ)ではないか。そして、俊成の場合であれば「喩」(フィギュール)が、

 定家ならば「虚象」(パンタスマ、フランス語表記に平仄をあわせるなら、

 ファントームもしくはミラージュ)という語が、それぞれの歌論と歌の世界の

 特質を言い当て、他との感触の違いを際立たせる言葉としてふさわしいのでは

 ないか。吉本隆明の言語表現論の眼目である像と喩の理論をめぐって思案をめ

 ぐらせているうち、そんなことを考えるようになりました。

 (以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  澁澤龍彦の玩物草紙/動物園

  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-18.html

  連載の「新・玩物草紙」(旧・日々雑読)をはじめるきっかけになったの

 は、澁澤龍彦『玩物草紙』(朝日新聞社/1979)だ。「私が興味を持つ宇

 宙は私自身であり、私が目をやるのは私自身の肉体というミクロコスモスであ

 る」という17世紀イギリスの名エッセイストであるトマス・ブラウンを文中

 で引用しながら展開された20篇の草紙。澁澤自身の幼年時代の想い出や書物

 の数々から紡ぎだされた《精神も肉体もふくめた私自身というミクロコスモス

 に関する、一種のコスモグラフィー》は、語り口の柔らかさもあり、澁澤の博

 物誌的な書物とは少しばかり趣が違っていた。父に聞かされたハレー彗星、4

 歳まで住んでいた町の沼のほとりでの怖い錯誤記憶、1歳3ケ月なのにツェッ

 ペリン伯号を眺めた記憶、父の金のカフスボタンを呑んでしまった事件などが

 印象的だった。草紙の挿画は加山又造、装幀は栃折久美子。当時、加山又造の

 挿画を真似してイラストを何枚も描いた。(以下、Webに続く)

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2016-02-06

[][]希望の牧場

福島の「警戒区域」とされた場所で、数百頭の牛を飼い続けている、吉澤正巳さんの、いわゆる「希望の牧場」(この名称は、吉澤さん自身が付けたものではなく、ここを訪れた人たちがそう呼ぶようになったものらしい)のことを描いた絵本を、見る機会があった。

http://www.ehonnavi.net/ehon/104746/%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%81%AE%E7%89%A7%E5%A0%B4/


吉澤さんの言葉に材を取った森絵都さんの文章はもちろんだが、僕は、吉田尚令さんが描いた絵に、たいへん強い衝撃を受けた。

それはまさに、「突き刺さる」という感じの体験だった。

http://ameblo.jp/bokurano-ehon/entry-12000012607.html


以下に、この絵本を読んで考えたことを、蛇足ながら書いておきたい。


「家畜」にせよ「ペット」にせよ、人間は他の動物の生命を奪ったり管理したりするという暴力を行使することで日常を営んでいる。

それと人間同士の関係との違いは、ただ人間同士の場合には必ずしも一方的・非対称な関係になるとは限らない(つまり、被害者も加害者に転じうる)ということだけだろうが、いまそうなりつつあるような極端な階級社会では、その相違も怪しいといえる。

だがともかく、意識や高度な知能と技術をもつ存在としての人間は、他の動物に対して上記のような一方的に暴力的な関係を、仕組みとして日常のなかにもちながら生きているのだ。

そしてまた、その暴力は現代の社会では、より大きな力によって私たち自身に差し向けられ、それを他者に対して行使することを命じられているものでもある。

原発事故とは、そうしたわれわれの日常の暴力性を中断させたり破壊するわけではなく、むしろ逆に、その暴力性の本体みたいなものがむき出しとなり襲いかかってくるような出来事であると思う。

国家や国際社会や大資本といった大きな機構が、各人に他人や他の生き物の生を管理させる「家畜制度」のような中間的形態を経ずに(それらが一時的に不全となったため)、直接に管理の暴力性を行使して来る。原発事故のような出来事がもたらすのは、そういう事態だと考えられるのだ。

吉澤さんは、それに対して、国による「殺処分」や廃業の命令に逆らう、という仕方で抵抗した。つまり、「理不尽な力によって命じられるがままに他の生き物の生命を奪うことはしない」という意思を行動によって具体化したのだ。

それはまた、「私は私の日常を、誰にも命令・管理されることなく(他の生き物たちと生死を共にしながら)生きる」という意思の表明でもあるだろう。

そこでは、奪われた暴力的な日常が、その暴力性のままに顕在化され、むき出しであったりなかったりする国家の大きな暴力を告発し、抗っている。

そのことで、吉澤さんの行動は、生産者に家畜の殺害を押しつけ、また福島に原発を押しつけ続けてきた、私たちの日常の暴力を明るみにし、そして自律的で共生的な日常というものの真の尊さとは何かという問いを突き付けていると、僕には思える。

2015-12-15

[]Web評論誌『コーラ』27号

Web評論誌『コーラ』の新しい号が発刊されましたので、今回も紹介します。

私と広坂朋信さんの合作による連載は、今回から『太平記』を軸にした新シリーズがスタートしました。

今後の展開をお楽しみに(私もまったく予測がつきませんが)。


■■■Web評論誌『コーラ』27号のご案内(転載歓迎)■■■

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

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 ●新連載<前近代を再発掘する>第3回●

  回帰する『太平記』あるいは歴史と暴力

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-3.html

  なぜ『太平記』か(広坂朋信)

  『太平記』を読んでみようと思い立ったのは、なにも岩波文庫版の刊行が始

 まったからというだけではない。これまで花田清輝が『近代の超克』などで提

 唱した「前近代的なものを否定的媒介にして、近代的なものをこえようとす

 る」アイデアをめぐって議論してきた。日本の前近代は古代から幕末までの長

 い歴史があるが、生活や文化の面で現代とある程度までの連続性のある時代は

 室町時代からだとされている。例えば山崎正和は、生け花、茶の湯、連歌、水

 墨画、能、狂言、床の間、座敷、醤油、砂糖、饅頭、納豆、豆腐を列挙して、

 室町時代が「少なくとも日本文化の伝統の半ば近くを創造した」としている

 (山崎正和『室町記』講談社文庫)。「伝統の半ば近く」というところが肝要

 であって、もしこれが「伝統のすべて」であれば、それは現代にあまりにも近

 すぎて「否定的媒介」とはならない。江戸時代、それも化政期以降の都市文化

 を取り上げると、現代にも通じるところがたやすく見つかるためにパースペク

 ティブを見誤ることになりかねないのはそのためだ。逆に、平安時代の王朝文

 化はあまりに浮世離れしているように見える。その点、室町時代は現代に通じ

 るものがありながら違うところは違うので「否定的媒介」として取り上げるに

 はなかなか適任だろう。(以下、Webに続く)

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  第36章 像と喩の彼岸─和歌のメカニスム5

  第37章 続・像と喩の彼岸─和歌のメカニスム5

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-36.html

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-37.html

  ■言語芸術論の構図をめぐる試行的考察(Ver.2)

   前章の末尾に、吉本隆明の芸術言語原論(言語の理論)を、X・Y・Zの

 三本の座標軸に関係づけて概観したラフ・スケッチを掲げました。それは製作

 者自身、得心がいっているわけではない難点だらけの、荒削りな試作品でしか

 ないものでした。その後、像と喩にもとづく表現の理論と三基軸との関係につ

 いてあれこれ考えをめぐらせ、そこに、吉本表現論における第三の要素(であ

 り、かつ、韻律・撰択・転換・喩につづく第五の表現段階)であるところの

 「パラ・イメージ」の概念をどう位置づけたものかと思い悩み、そのあげく、

 (あいかわらず、意味や価値といった言語の属性をうまく拾いあげることがで

 きていませんが)、第二の試作品をこしらえてみたので、その概略(という

 か、骨格と若干の素材)を以下に記しておきます。(以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  長田 弘の詩は/御伽草紙

  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-17.html

  五月十日、夜のNHKニュースで長田 弘の訃報。本棚から『記憶のつくり

 方』(朝日文庫/2012・3・30)を取り出して開いてみた。「鳥」「最

 初の友人」が印象に残っている。自分の思想や哲学を特定の領域だけで伝達・

 自足するのではなく、広範囲の読者へレベルを下げずに発信できる詩人であっ

 た。「肩車」冒頭から。

 《肩車が好きだった。父によくせがんだ。背をむけて、/父が屈みこむ。わた

 しは父の頭に手をしっかりのせて、/両脚を肩に掛ける。気をつけなければな

 らないのは立ち/あがるとき。わずかに父の両肩のバランスが崩れる。そ/の

 バランスの崩れをうまくしのがねばならない。立ちあ/がってしまえば、あと

 は大丈夫だ。わたしはもう誰より/も高いところにいる。わたしは巨人だ。

 ちっちゃな巨人/だ。わたしの見ているものはほかの誰にも見えないもの/

 だ。父さえ見ることのできないものだ。》 (以下、Webに続く)

2015-11-06

[]パウル・クレー展

兵庫県立美術館で開催中のパウル・クレー展、今月23日までの開催ですが、先日見に行ってきました。

http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1509/index.html


上のホームページのなかの「展覧会構成」というところをクリックすると、詳しく紹介されてますが、クレーの生涯の作品を六つの角度から光を当てて展示するという構成で、これがほんとうに分かりやすくて面白かったです。

ぼくは特に、これまでは近代的な画家という印象が強かったクレーが、デーモニッシュ(魔的)とかメルヘン的と呼ばれるような、ぼくから見ると土俗的な要素を強く持っていたことを知ったのが新鮮でした。

とくに、「裸体」という絵では、裸婦の肖像の胸のところに薄く横たわった女性の姿が透けて見えるように描かれ、またそのお腹は妊娠しているように見えます。この絵が象徴的で、クレーは、埋葬や妊娠という事柄に強い関心を持っていたことが他の絵からもうかがえるのですが、それは、生の世界が、われわれの現在だけの平板なものではなく、「死者」と「(まだ)生まれざる者」との共存によって形成されているのだという、クレーの感じ方を示しているもののようです。

クレーが、そういう世界のあり方を絵画によって表わそうとしていたのだと考えると、その前後の作品も、これまでとは大きく違った見え方をしてくるように思えました。

それはもちろん、彼が生きた時代や社会の状況とも深く結びついたものだったと思います(ベンヤミンと同じ年に亡くなっていることに、初めて気づきました)。

それとクレーは、最晩年には鉛筆で、ヘタウマみたいな変な走り書きのような絵をたくさん描いていたようです。これはPCで見るとそれなりに見えますが、実物を見ると、子どもの落書きと見分けがつきません。ぼくはどう鑑賞したものか分かりませんでしたが、ただ、同時期には緻密に構成された作品も相変わらず作られており、決して晩年になって何かの「境地」にたどり着いたわけではなく、それらが併存してるところが、いかにもクレーらしいのかも知れません。

この「落書き」自体は、面白いです。

2015-10-18

[][]酒井隆史さんのレクチャーを聞いて

以下、フェイスブックとmixiに書いた内容を、少し書き直して載せます。

酒井隆史さんのお話(レクチャー)を聞いたメモのようなものですが、僕の主観が相当入っており、また不正確な部分も多々あり、酒井さんがこの通りのことを言われたということでは、必ずしもありません。

それだけご了解ください。


大阪大学中之島センターというところで、社会学者の酒井隆史さんが都市とアートみたいなテーマで話をされると聞いたので、仕事帰りにちょっと寄ってきました。

これは近く大阪で行なわれる若い人たちのアートプロジェクトに関連した企画でした。

http://koefes.org/


酒井さんは、ご自分はアートが専門ではないのでという風に前置きして、2004年頃にあった天王寺公園の青空カラオケ村の撤去の前後の様子を数か月にわたって撮影した(この時、原口剛さんたちとチームを組んで記録に取り組んだとのこと)ビデオ作品の上映から、話を始めた。

その時の体験から分かったのは、そこには集まって生活する人たちの重層的な歴史と記憶があったのに、それを抹消するようにして、行政と資本の論理による撤去が行われたということ。

そこから、最近の傾向である、多様性を理由にした排除(ジェントリフィケーション)の傾向に触れ、そういう逆説的な事態が起きてしまうのは、その時言われる「多様性」とか「共生」といったものには、重層性や歴史性の裏付けが欠けているからではないか、ということを言われました。

戦前の大阪では、公園は貧しい庶民のための公的な空間という考え方があったが、それは元来、「公園」という近代的な装置についての世界共通の認識だった。それが、特に日本では1980年代以後、イベントスペースとしての公園、記憶の重層(歴史)性を喪失した、のっぺらぼうな市民(消費者)のための空間に変質していった。

民営化されつつある今の公園は、その究極の姿。


「時間」「記憶」「歴史」こそが、いま重要である。

末期的な段階に立ち至った今の資本主義は、それらを切断し、人生の時間を切り刻むこと(断片化)によってしか存続できない。

労働の断片化(非正規労働)も、その一例だろう。全てを根こそぎにして、更新、更新で突き進んでいく今の社会と資本主義。

本来のアートの役割は、こうした社会の趨勢に抗して、人々の「持続」の感覚を養っていくことにあるのではないか。そういう酒井さんのお話でした。


これは資本主義一般の傾向だともいえるが、日本では特に「持続感覚の喪失」が著しい。

たとえば、海外に行くと、マイノリティが住む町の壁画に描かれているのは「闘争の歴史」。支配的な歴史を切断することで維持されてきた、その(民衆的な)「持続」の記憶によってコミュニティの力が維持されている。

日本の社会には、そういうものが欠けている。

そこではアートは、その本来の役割とは逆に、(支配者による)切断や、(民衆的記憶の)忘却のための道具と化してしまっているのではないか?(その例として、釜ヶ崎を「灰色の街」と捉えたうえで、それをアートによってカラフルに彩り「活性化」しようというプロジェクトの発想をあげることができる。http://cityriots.exblog.jp/24080540/


これについて、(リスナーとの質疑応答を含みながら)もう少し書くと、日本の社会に一番欠けているのは、「切断(闘争)の記憶」ということではないか、とのこと。

先に書いたように、海外では、民衆による闘争(抵抗)の記憶が伝承され、それがコミュニティの「持続」を支えている。

日本社会にはそれが無いので、国家から独立的な「個」が育たず、民主主義も育たない。人々はばらばらに切断され、断片化されて、天皇制という全体に呑みこまれていく。

それが、日本のナショナリズムの仕組みでもある。


やや前後するが、酒井さんは、先日発売された雑誌『現代思想』の鶴見俊輔追悼号に載せた自身の文章に触れ、鶴見の思想においては「反射」という概念が重要だったことを強調する。

「反射」は、理念に先立って働く身体的な感覚のようなもの。たとえば、無防備なデモ参加者に対して振るわれる警察の暴力を眼前にして、理屈抜きで「やばいじゃん」と思うような直観。あるいは、民衆の行動に介入してくる警察に向って「ほっといてやれや」と口走るような庶民的な実感(酒井さんも言ってたが、僕も特に京橋駅前でこの反応を経験したことがある)。

それが、鶴見の言う「反射」であり、その働きが「内ゲバ」の暴力も押しとどめうるのだ、ということらしい。

そうした「反射」(身体感覚)を再発見し、養うことが、運動にもアートにも社会にも必要ではないか、という話。


これに関連して、酒井さんが一番しみじみ語っていたのは、今の運動シーンの分断と断片化の深刻さ。

これは、何とかしなければいけないと、みんな思っている(今日は、アート系の企画だったのに、関電前の人や釜の人など運動系の人がリスナーで来てたのは、良かったと思う)。

これにも、先に述べた「持続」の感覚の喪失(剥奪)、(鶴見の言う)「反射」の喪失ということが関係している。

特に、ツイッターなどSNSの悪影響も大きいという話(これは耳の痛いところでもある)。


また、酒井さんが身近に経験していた、10年ぐらい前の大阪の運動シーンの話も出た。

たとえば、長居公園の行政代執行のとき、住人や支援者の人たちが台の上で行なった、あの芝居の話。酒井さんは、それに大いに注目したが、その後を見ると、ああしたことが継承されたり語られる形跡もなく、無かったことみたいに扱われている。それは、なぜかということ。

また、同時期にあった京大のくびくびカフェや、石垣カフェも、それきりになってしまったという現状。

あの時期から現在への継承が無いということ。

ここで、李珍景著『不穏なるものたちの存在論』にも描かれた韓国のスユノモの運動の特徴(生活的な共同性や、教条的でない生活倫理のようなもの、そしてユーモアの重視など)や、酒井さん自身が体験したニューヨークのオキュパイ運動の合議民主主義的な性格にも言及。そうしたものを取り入れられなかったぼく等(日本)の運動シーン。

オキュパイの運動で最も印象深かったのは、本当に多様な団体が集まっていたが、決して煩を厭わず、長々と会議・話し合いを続けた姿勢。あれこそが民主主義だと実感した。

でも、こうした姿勢は(僕が思うに)今の日本のメジャーな運動シーンには見られないだろう。

このへんは、正直、絶望的になる。


また、長居公園や石垣カフェにせよ、オキュパイやスユノモにせよ、ピークは10年ぐらい前だろう(実際は、オキュパイは2011年でした。僕の思い違い。)。

特に日本では、この10年で、若者をとりまく状況は極めて悪化した。

酒井さんが言う「持続」の感覚は、食事などの共同生活の時間を通してしか養えないものだと思うが、今の若者たちには、そういう経験をするための時間的・金銭的余裕も乏しいのが現状だ。

そんな若い人たちから見ると、10年前の話は、もはや「昔語り」のようにしか思われないのではないか?

これが、最も深刻なことだと思う(会場で感想を述べた若い人の意見にも、酒井さんの話と自分たちの感覚との距離に戸惑っている感じがうかがわれた)。

最後に、過度な対立や緊張を取り除こうとする、スユノモにおける「笑い」の役割や、オキュパイ運動の(他者に対する)寛容さに関して、それらにおいては運動内の倫理性がどう担保されるのかは、気になるところだろう。

この点は、酒井さんに確かめられなかったのだが、おそらく、「長々とした話し合い」(民主主義)などを通じて、外からのお仕着せの倫理や規則ではない、自生的な倫理のようなものが培われたという趣旨だろうと思う。

ぼく等の社会には、それも欠けている。