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スペインの歴史・建築・風景/Historia, Arqitectura y Paisaje en España

2012-01-20

■バルセロナ・アート・ガイド■  Barcelona Art Guide

埋もれたバルキノの街

 この街の心臓部は意外に小さいのだ。

 それは、ちょうど今我々が目にすることのできるカテドラル(1)ほどの大きさしかない。ここにフェニキア人たちの後を受け継いで半島に侵入したローマ人たちが築いたバルセロナの街の起源であるバルキノがあった。

 靴底で磨きあげられて光っている石畳に、あの重厚カテドラルの壁が建ち上がる、いわゆるゴシック地区のなかを歩いて行くと、市の歴史博物館(2)がある。この建物自体も15世紀創建と古いが、この館の地下にはつい1931年に発見された紀元4世紀頃の街の姿が展開されているのだ。

 半島の土着民である先住のイベロ族が築き、ローマを経て西ゴート族時代までの歴史がここに錯綜して積み上げられている。大ぶりな砂岩がごろりとしているばかりで然としないが、塁壁はあくまで強固に壁厚くマッスで築かれ、民家と考えられる壁は手ごろな日干し煉瓦や石ころで造られている。上下水道施設や、記念碑も見られるが、いずれも死したる世界となってしまって、今は市歴史博物館の地下にこうして埋まっているのだ。

 博物館のある王の広場の反対側にある現在のベレンゲール広場辺り(3)は、地上に建ち上がった当時の市の塁壁が、中世期の塁壁に重なりながら今でも見える。

 この他にもローマ人たちのバルキノの遺産はいくつかフィジカルに残されている。例えば、パラディス道りの10番地にある民家の中庭には、5x10間あったと考えられているアウグストゥスに捧げた寺院の円柱(4)が3本残っている。

 また、もともとの所在地は定かでないがサーカスもモザイクとして現在に伝わって、モンジュイックの考古学博物館(5)に現在保管されてその面影をとどめている。

リブレテリア道りとフレネリア道り(6)の交差するところに行けば、半島最大のローマ都市であるタラコネンシス(現在のタラゴナ)、そして反対側は一大帝国の首都ローマへ、北東に上がればバルキノの市内を抜け山の手へ、逆に南西に下がれば海へと出る、まさに半島と西世界を結ぶ交差点に立つことができ、遥か2000年近い過去の世界を偲ぶことができようか。

栄光の時代

 といっても古代ローマの頃はバルキノはいかにもローマからは遥か遠く、更にタラコネンシスからも遠い。取るに足らないひとつの地方都市でしかなかった。 この街がやっとひとつのアイデンティティーを持つに至るのは、回教徒の半島の侵入後、隣国のフランクが自らの防衛線を張るためにピレネーの南に地方豪族を支援しながら作り上げ、803年設立されたイスパニア辺境領が足場となった。 といっても、すでに778年にはシャルルマーニュは半島の北西側からスペインに入っていたから、これはあくまでフランクの「侵入」行為のひとつであったのだ。

 いずれにしろ幾つかあった地方豪族の中でバルセロナ侯が力を付けてきて、この街がイスパニア辺境領を整備、拡張して現在の文化圏であるカタロニアという国をつくり、バルセロナ伯領となっていった。

サン・パウ・デル・カンプのロマネスク教会(7)はこの時代を建築で代表している。このロマネスク教会は晩期ローマや西ゴートの円柱を使った回廊、ロンバルディアから導入されたモールディングやコンポジションを持ち、街の歴史を積み重ねて、20世紀末の現代都市のなかで今も混在して生きている。

 現在改装中なので見学ができないのだが、モンジュイックのカタロニア美術館(8)にはカタロニア文化の形成期のアートであるロマネスク壁画の膨大なコレクションが集められている。このコレクションのアートとしての高い評価については語るまでもないが、コレクションのユニークさというのは、壁画を単に保存展示して並置するというだけではなく、壁画のあった教会の内部空間を展示スペースの中に再現して、絵画の置かれていた元々のシュティエーションを同時に見せようとしていることだ。

 カタロニア美術館のロマネスクの逸品はなにしろ多いのだが、タウイのサン・クレメント教会のパントクラトール(9)が群を抜いている。

 中世地中海世界でのバルセロナの活躍はめざましいものがある。大ガレー船ナポリ、シシリアサルデーニャアルジェリアチュニジア、そしてコンスタンティノーブルへと繰り出させて、1283年にはヨーロッパ初の海事法までも編纂するに至っている。皮肉なのは王位継承の関係上、この栄光の時代の富は隣接のアラゴン王国にもっぱら占有されていたことだ。

 カテドラルのすぐ横には、現在移転を待っているアラゴン王国の古文書保管所になっているリョクティネント宮(10)がある。長い回教徒時代の洗礼を受け、切り込まれたパティオには噴水が置かれ、階段の天井にはアラベスク模様の木組化粧格子天井が張られ、異国の風をほんのり吹き込んでいる。

 そして、大階段の踊り場壁にはバルセロナの現代作家スビラックスの彫刻が埋め込まれている。

 だが何と言ってもこの時代の圧巻は「王の広場」(11)であろうか。鉄の塊を使った現代作家のチリーダの作品が置かれているにも拘らず、ここにはバルセロナの第一の栄光の時代があたかも昨日のように今に伝えられているところだ。

市歴史博物館の左には14世紀ゴシックのサンタ・アゲダの礼拝堂(12)があり、その左がコロンブスが第2回目の航海から帰って、イサベル女王と謁見し、破格の王族扱いを許されて、薔薇色の椅子に女王と一緒に並んで座ったティネイのサロン(13)、更に左側がリョクティネント宮の裏側と云うように石がこれでもかというほど積み上げられている。

 当時の超高層ビルともいえるこの広場で一番高い建物はマルティン王の物見台(14)である。

港から出たガレー船は、現在海洋博物館となっている王立造船場(15)で造られた。そして14〜15世紀ブルジョアたちは、ピカソ美術館(16)があるモンカダ道り(17)にレシデンスを競って建ちあげたのだった。今もベレンゲール宮、リオ宮、メダル宮、ダルメーサス宮、フィニステーレ宮といったパティオをプランの中央に抱き込んで、これを伝わって大階段が這い上がり、主階へとたどり着くタイポロジーのレシデンスが、モンカダ道りを作り上げている。

 宗教建築では、カタロニアゴシックの逸品であるサンタ・マリア・デル・マルの教会(18)が、モンカダ道りからさほど遠くない所にその八角形の鐘塔を見せて建っている。外皮のフラットなマッスと内部空間のトランスパレンシーが特徴だ。

カタロニアルネサンス

 中世から近世にかけての海運による商業的な繁栄に次いで、19世紀中には主に繊維業によって産業革命が起こされて、ゴールド・ラッシュと言わせたカタロニア経済的発展が展開された。

 中世的な塁壁に囲まれたバルセロナエンジニア・セルダの考案した、グリッド状の無機質、無限都市空間が市の新市街として拡張されていったが、これが実は新しい建築のスタイルを生む場となったのだ。ガウディをはじめとする、後にモデルニスモと呼ばれるスタイルの建築家たちが第2の栄光の時代の立役者となったのだ。

 今はアントニ・タピエスファンデーション(19)となっているドメネク・イ・モンタネール設計のモンタネール・イ・シモン出版社やガウディのビセンス邸(20)を皮切りに、第二のルネッサンスがここに始まっている。

 経済的な繁栄に裏付けされて、地方主義を前面に打ち出すことに専念していたモデルニスモである。だからヨーロッパ全域で当時流布していた、表面的なきらびやかさだけを追っていたアール・ヌーヴォーなどといった建築工芸運動のような生やさしさはなかった。

 カタロニア地方の守護神である聖ジョルディ(ジョージ)が退治するドラゴンがモチーフとして盛んに使われた。第一の繁栄の時期の様式ゴシックが顔をチラチラ出している。カタロニア語が建物に張り付いている。当時の一流のアーティストを一堂に集めてデザインさせるという、贅を尽くしたお菓子屋フィゲーラス(21)まで現れた。モデルニスモのビア・ホール、クアトレ・ガッツ(22)ではラモン・カサスの「タンデン」が壁に飾られ、若きピカソ等が集まって芸術議論などをしていた。

 家具デザイナーのガスパー・オマール、ジョアンブスケッツ、ステンドグラスのリガルト、グラネイというモデルニスモ建築に直接関係する職人たちばかりか、彫刻家リモーナ、アルナウ、画家ラモン・カサス、ルシニョール、ノネイ、アングラーダ、ブルイ、ミール、宝石デザイナー、マスリエラなど数々のアーティストが生まれるきっかけともなった。

 これらはシウタデーリャ公園の近代美術館(23)でその一面を見ることが出来よう。

 新しい都市計画がされたバルセロナに建った、モデルニスモの成熟期の建築ではドメネクカタロニア音楽堂(24)、ガウディのカサ・ミラ(25)などを残し、そのきらびやかな姿を今に伝えている。

オリンピックの街

最後の繁栄をつくった時代から小一世紀が過ぎてしまった。

 そして、今夏第25回夏季オリンピックの開催。 バルセロナでは、世界のイソザキを呼んで室内総合体育館パラウ・サン・ジョルディ(26)を設計させ、ハイテクのノーマン・フォスターにはテレビ塔(27)、ガエ・アウレンティーにはカタロニア美術館の改装、リチャード・マイヤーには現代美術館(28)を設計させている。

 市内の公園では世界の彫刻家を集め、ファンデーション(29)を創った地元の巨匠ミロの「女と鳥」(30)、リチャード・セーラのパームの広場(31)、ケリーのモラガス将軍の広場(32)、バーバリ・ペッパーの北駅広場(33)、宮脇愛子のうつろひ(3

4)・・・・

 果して、バルセロナ地中海メトロポリスとして、再びのし上がってこようとしている。

 バルセロナは第三の栄光の時代に今入ろうとしているのだ。  ●丹下敏明

 


◆写真解説◆

0. 地中海の首都を目指すバルセロナの街

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1. 現在のカテドラルローマ時代の街の大きさ

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2. 歴史博物館地下にはローマ都市が

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3. ローマ時代の塁壁は今もこうして残っている

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4. ローマ時代の市壁模型。(市歴史博物館蔵)

5. アウグストゥス寺院の円柱

6. ローマサーカスの復元想像模型

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7. サン・パウ・デル・カンプのロマネスク教会

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8. ロマネスクアートの宝庫カタロニア美術館

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9. タウイの教会から移転されたパントクラトール

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10. リョクティネント宮

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11. ゴシック地区の圧巻王の広場

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12. チジーダの彫刻

13. サンタ・アゲダの礼拝堂祭壇画

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14. ティネイのサロン

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15. マルティン王の物見台

16. 王立造船所

17. ピカソ美術館

18. モンカダ道り

19. サンタ・マリア・デル・マル教会

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20. タピエス・ファンデーション、旧モンタネール・シモン出版社

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21. ガウディのビセンス邸

22. 朱宝、お菓子屋フィゲーラス

23. アバンギャルドなアーティストの集まったクアトレ・ガッツ

24. モデルニスモアートを集めた近代美術館

25. ステンド・グラスのファサードを持つカタロニア音楽堂

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26. 石のマッスを積み上げたカサ・ミラ

27. 室内総合体育館パラウ・サン・ジョルディ

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28. 新しいランド・マークとなったテレビ塔

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29. 現代美術館MACBA

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30. 巨匠ミロのファンデーション

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31. ミロのモニュメント

32. パームの広場

33. モラガス将軍の広場

34. 北駅広場

35. 宮脇愛子のうつろひ


美術手帳

1992年7月号より