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2010/10/31 (Sun)

[][]「クマがかわいそうだから殺さないで」と感じる皆さんへ

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クマ出没増加のニュースが広まっています。各地で捕殺されたツキノワグマは2010年のみで2,000頭を上回り、「かわいそう」「殺さないで」「残酷だ」などの声もあちらこちらで耳にします。実際、クマを殺処分した自治体や猟友会に「なぜ殺した」「麻酔銃を使えばよかったのでは」などと抗議が相次いでいるとのことです。

人間の生活空間に現れたクマは、人間に直接危害を加えない限り、殺さずに放獣するのが理想であるとは思いますが、そうもいかないのが現実のようです。なぜでしょう?

その理由のひとつに、人間にとって、クマは恐ろしい生物であることが挙げられます。

本エントリでは、僕がクマと遭遇したときに感じたこと、そして生活の中でツキノワグマの恐怖に晒されている方の手記を紹介します。エントリの趣旨は、

  • かわいいクマは、人間にとって恐ろしい生き物でもあるということ。
  • 日常的に、クマの被害に怯えて生活している方が現実にいるということ。
  • 自分の命や生活がクマによって脅かされているとき、「かわいそうだから殺さないで」と言えますか?、ということ。

の3点です。読み物としてもどうぞ。



11.10.10追記

札幌市にヒグマ出没というニュースを受けて、出没状況等をまとめたエントリを新たに作成しました。

札幌のヒグマ出没についてちょっとしたまとめ

ご興味がおありの方は併せてお読みください。



ある日森の中クマさんに出会ったらすごく怖かった話

僕が森を歩いていたら、ヒグマに出会いました。初めての経験でした。知識としては知っていたはずの”クマの恐ろしさ”について、身をもって体験したときのことを書きます。


昨年の5月のことです。僕は友人ふたりと3人で、森の中を歩いていました。河畔林(かはんりん)、つまり川の周りに育つ森の中を歩いていました。

春にだけ花を咲かせる種類の植物の写真を撮ろうと出かけたのです。森の中は明るく、目当てのクリンソウはあちこちで咲いていました。僕たちは夢中でシャッターを切りました。

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ところで北海道の5月というのは、ヒグマが冬眠から目覚め、繁殖期を迎える前に単独行動している時期にあたります。

人家からも林道からも離れたところまで来ていた僕たちは、ヒグマに警戒しながら歩いていました。

ヒグマの対策としては、遭遇防止がもっとも一般的です。鈴を鳴らす、声を挙げるなどしてクマにこちらの存在を知らせ、いきなり出会って驚かせることを防ごうというものです。用心のため、クマ撃退用のトウガラシスプレーも持っていました。

風もなく、穏やかで気持ちのいい日でした。ひとしきり写真を撮った僕たちは、来た道を引き返し、車へと戻ることにしました。

しばらく歩いて、もう少しで林道が見えてきそうだ、と思ったときのことです。50メートルほど先のササ藪の中に、黒く動く影を僕は見たのです。

「ちょっと止まってください」

ふたりが気づいていないようだったので、僕は小さく声をかけました。揃って立ち止まり、影のほうを確認すると、腰くらいの高さのササの上に、黒くはみ出して動くものが確かに見えます。僕は双眼鏡を取り出して影を追いました。

黒い影は、間違いなくヒグマでした。あんなに黒く大きい生き物は、僕の知る限り、北海道では他にいません。せわしなく動く肩と背中の筋肉が、黒い毛を揺らしているのがはっきりと分かりました。自分が唾を呑む音がやけに大きく聞こえました。

年長で一番経験があったひとの判断で、準備を整えてからこちらの存在を相手に気づかせることにしました。ひとりがクマスプレーの安全ピンを抜き、トリガーに指をかけました。僕は双眼鏡を構え、クマの動きをうかがう用意をしました。そして車までの距離を確認したうえで、大声を出したのです。

年長の彼はオイッ、ともホイッ、とも聞き取れる大声を挙げました。さらにもう一度。

レンズの向こうで、揺れるササ藪がぴたりと止まり、そして、ヒグマが立ち上がってこちらを見ました。息を呑む間もなく、さらに、隣からもう一頭が頭を上げてこちらを見たのです。

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個人的な話になりますが、僕は体も小さくありませんし、体力もない訳ではないし、ちょっとだけ武道の心得もあるし、子供の頃から山の中で遊んでいたこともあって、クマを恐ろしいと感じたことがありませんでした。

「斜面で出会ったら下に位置したほうが有利」とか、「ナタを持って戦ったほうが生存率が高い」などというクマと出会った体験談を読んで対策をした気になり、まぁ、なにかあっても僕はなんとか生き残れるだろう、と考えていました。

もちろん「クマに出会ったときに取るべき」とされる対策の知識もありました。


でも、2頭のヒグマがこちらを見たとき、ただ恐ろしいとしか感じることができませんでした。

あの肩の筋肉の盛り上がり、自分の腰くらいの高さのササから伸びる自分より高さも幅も大きい体。それが2頭で、こちらを向いているのです。あの腕でビンタされようものなら、いくら修業していようと、ガードした腕ごともっていかれて…つまり、腕や頭が吹っ飛ばされてしまうだろうな、と思いました。

何より、彼らは生き物なのです。あの大きい体を自らの意思で律しているのだ、と思ったとき、生物として人間よりも圧倒的に強いのだとようやく気づくことができたのです。


結局、3秒ほどにらみ合った後、クマは僕たちの車が置いてある林道とは反対方向、僕たちからも離れる方向に走って消えてゆきました。

その移動速度に僕は改めて驚きました。こちらがササを掻き分け進む場所を、ああも速く動けるのか、と。彼らが敵意を持ってこちらに向かってきたら、と考えると、必死で抵抗したとしても逃げ切れる自信はもうありませんでした。

僕たちはササ藪の揺れが見えなくなるのを確認し、言葉を交わさず、ホイッという声をしきりに出しながら、足早に車へと戻りました。

荷物を降ろしたとき、僕の足は震えていました。




山暮らしとツキノワグマ

続いて、日々生活の近くにツキノワグマの存在を感じることの多い、山暮らしの主婦の方の日記を紹介させていただきます。


私の家は山の中です。さして深いとも思いませんが、家の窓を開けたらカモシカ位ざらにいます。

…此処7〜8年で、そうなりました。

「熊にひっかかれました。」…と、報道されるたび、「ああ、その人が回復して、鏡を初めてみたときは・・。」と、必ず胸が張り裂けそうな気持になります。

熊の肩と腕は、骨が引っかかっていません。筋などでつながっていて、その重い腕を振って遠心力でなぎ倒すんです。その力で真横からハタかれると、柔らかな人の顔というものは、目玉と口と鼻の穴を残して、きれいにはぎとられてしまうんです。

熊の解体を見るたび、簡単に外れる腕にぞっとするのです。

命があるだけいいじゃないか!と言えますか?その立場に自分が立っても、そう言えますか?

太くて長い腕を広げて立つクマが、うちの周りにいるんです。柔らかで小さい子どもたちが歩くすぐそばに。

射殺すると言っても、必ずうまくいくわけじゃない。手負いのクマに襲われるのが何より恐ろしい。


そして、麻酔銃が当たったら、すぐに眠ると思いますか?

罠でつかまっても、檻の間から地面を掘り、血みどろになって何とか出ようとするクマを見ると、どんなに恐ろしいか。


趣味の金持ちハンターが意地の悪い笑みを浮かべてしとめる・・・そんなイメージで測ってもらっては困ります。

もがくクマに手を合わせ、引き金を引く。それだって、楽に死なせてやれるとは限らない。ゴルゴ13じゃあるまいし。


熊もヒトも恐ろしいのです。生き残るために必死なんです。

エサがないから 恐ろしいのをこらえて山を下りてくるのです。

よしんばうまく返せたとしても、また同じところに降りてくるのです。


自然に優しい人たちが、クマにえさを!と、集めたドングリやら果樹やらを置いて来たりもするんです。

彼らは私たちを殺す気なのかと思いました。


人が作ったものを与えたら、さらに味を占めるのに。

彼らは車で山に入るから、道があるところしか通れない。

道に近いところにえさをばらまいて、満足して帰っていくのです。

そんなもの、道路わきに捨てたコンビニ弁当のごみと同じです。

ケモノを呼び寄せているだけなのです。

山へ帰すために、寄生虫がいっぱいいる熊の体を みんなで何とか持ち上げる。そんな現実を想像さえできないでしょう。


人は恐ろしい。だから、山のここまでしか下りてはいけない。

…かつての獣たちがそうであったように、私たちは境界線を作り直さなければ、山はもっともっと荒廃してしまう…。

田んぼに まこもの刈り採りに行く時、必ず水神様に手を合わせて、「クマが近くに居たら、帰るように伝えてください。」と拝んでいます。それでも、葉のざわめきに、跳ねる水の音に、息がとまる…。

早朝に 主人が刈り入れに行く時は、泣きたいほどに恐ろしい気持ちになる。

それでも、大切な作物を無駄にはできない。

それでも、私たちは山も田んぼも捨てられない。


熊を殺したくなどない。

こんな寒いはずの地方にまで猪が溢れていることも受け止めざるを得ない。踏まれ、かじられした稲穂をじっと見ている。

ただでさえ借金が増えている農業も、獣の餌を作ってるようなありさまで、それでも、都会住まいの政治家には見ざる言わざる聞かざるOKで済んでしまうようだから。


ヒトのおごりの最たるものは、『だったら、対策を考えればいいじゃないか。』という気もちだと思う。

頭と金を使えばなんとでもなると思っている。何もしない・現場を見ない人ほどそんなもんだと思う。

何とかしようと四苦八苦している人は、この胸の思いをぶちまけるところさえない。

壊すのは一瞬だけど、直すのは大変な時間と労力が必要とはよくいうけれど、『直せると思ってるの?直し方もわからないのに!!』と、私は思っている。


なお、本文章はご本人の許可を得て転載しました。ありがとうございました。




「かわいい」「かわいそう」だけでなく、想像力をはたらかせるということ

長々と文章を連ねてきましたが、考えていただきたいことは、クマに被害を受けている方のことを考えたとき、安易に「かわいそうだから殺さないで」と言えるか、という一点です。

冒頭で紹介した、斜里町に出没した親子グマの射殺については、実際に多くの苦情が寄せられているようです。

北海道斜里町の小学校近くの林にヒグマがいるとの目撃情報が2010年10月18日午前11時半頃にあった。その後、市街地に現れ地元猟友会が2頭を射殺した。けが人はなかったが、クマはもう一頭いたとの情報があり、小学校は児童を集団下校させた。

射殺されたのは親子だった。このニュースが流れると、斜里町役場には電話とメール合計100件近くの苦情が来た。内容は「どうして殺傷したんだ。他の方法はなかったのか」というものが多かった。

「クマを殺さないで!」批判殺到 猟友会「現実分かっているか」と反発−J-castニュース


また、クマの保護活動を行っている団体の中にも、クマかわいさの余りか、読み手の感情を煽るような表現を用いるところもあります。

最初、子グマはショックのあまりか放心状態でした。

「山の実りなしという異常年なので、人里に出てきたのを許してやってほしい」

命を助けてやってほしいとお願いしましたが、うまくいきません。

安易に、大量の罠をかけ過ぎではないのか−日本熊森協会 くまもりNews同ウェブ魚拓


「クマは臆病でおとなしい動物だし、雑食だから、殺すのはかわいそうだ」という意見もあちこちで目にしました。

「臆病でおとなしい」というのは、言い換えれば「警戒心が強い」ことに該当し、人間に馴れていない野生動物はほぼ全て該当します。またヒグマもツキノワグマも雑食性であり、特にツキノワグマは植物食が主であるため、自らの食料として人間を襲うことは基本的にないと考えられます(ヒグマについては、人間を襲って食べた実際の事例があります)。

しかし、臆病でおとなしいからと言って、大きくて力の強い動物が、家の近所をうろついていたら、なにかの拍子に出くわして怪我をすることだって十分に考えられます(実際に、ツキノワグマによる人的被害も毎年発生しています)。また人間に対する被害というのは、人間を襲って危害を加えることだけではありません。農業を営まれている方にとって、畑の作物を荒らされたり、出荷前のニワトリ小屋が襲われたりした場合、何百万円という金額の損失が出ることも考えられます。


明記しておきますが、僕はクマに対する恐怖を煽りたいのではありません。クマを殺して解決すればいいと思っているのでもありません。クマの命がどうなってもいいと考えているのでもありません。殺さずに済む対処方法があれば、それに越したことはないと思っています。ただ、日常的にクマの被害を受け、生物としてのクマに怯えている方にとって、安心できるひとつの手段が殺処分であることは事実です。それでも問題の根本的な解決には至りません。


想像して、考えてみて欲しいのです。実際にクマの被害を受けている方にとって、「クマを排除して欲しい」という願いは不自然なものでしょうか? 自分の命や財産が失われる危機が迫っている方に対して「クマの命の大切さ」を説くのは、はたしてどのような印象を与えるでしょうか?

クマはとても愛らしく、命にあふれた力強く美しい生き物です。そのクマが捕獲されたり殺されたりすることには、何かしらの理由があります。「かわいいから」「かわいそうだから」と言う前に、クマの恐ろしさについてもよく知り、想像力を持って対策を考えてゆくことが必要ではないでしょうか。




【参考資料】

環境省−小中学生向け冊子「クマに注意!−思わぬ事故をさけよう−

 → 小中学生向けにわかりやすくまとめられた環境省の資料です。クマに出会ってしまったときの対策や、普段から気をつけるべき点をまとめています。


知床財団−お騒がせの斜里市街地ヒグマ出没

 → 冒頭に紹介した北海道斜里町のヒグマ出没について、専門家がクマ対策の現実的な手法について書いた記事です。麻酔銃を使えない理由や、殺さないようにする努力について。


三毛別羆事件

 → 北海道で実際に起こった、死亡7名、重症3名というヒグマによる被害の事例です。衝撃的な描写が多いです。






【追記】【熊森の活動に対する、これまでの僕の主張・まとめ】

このエントリ投下後も議論が続き、2011年2月現在、このエントリを含む5つの記事を書きました。上記の「日本熊森協会」が提示する「クマの餌としてドングリを森にまく活動」を、”野生動物への餌付け”という点から、クマと人間の双方にとって問題がある活動だと感じて批判しています。興味のある方はお読みいただけると嬉しいです。


野生のクマをなんとか助けたいと考える皆さんへ(10/10/24)

飢えたクマに餌を届けることが、本当にクマのためになるのだろうか?」というテーマで、自然保護観について考えました。

  • 野生動物は、厳しい自然の中で孤独に、しかし強く生きています。クマに餌を運んで“あげる”活動は、自立して生きている命を上から見下ろした、駆除や殺処分と同様の傲慢な行為だとは思いませんか?
  • 飢えたクマに餌を与えることで、餌を食べたクマはその冬を生き延びるかもしれません。冬眠の季節を終え、春になるとメスのクマは子供を産み、個体数は増えることでしょう。では、その翌年はどうでしょうか? このやり方を続ける限り、個体数は増え続け、クマは人間の与える餌に依存していることになります。果たしてそれは、自然な状態と言えるでしょうか?
  • 飢えたクマに餌を与えることで、クマは無事冬を越せるかもしれません。でも、お腹をすかせているのはきっとクマだけではないはずです。クマやドングリを餌とする動物だけに餌を与えて、森にすむ他の様々な動物たちを無視するのは、自然保護として不公平ではないでしょうか?
  • 「(ドングリ運びがたとえ)焼け石に水でも、1日1頭のクマを救うために」活動を続けているそうですが、人間が餌をくれることを覚えたクマが「もっと餌をくれ!」と人里に下りてきてしまったら、活動は逆効果になる可能性はないでしょうか?





絵本「どんぐりかいぎ」で学ぶ熊森ドングリ運びの問題点(10/11/27)

かがくのとも絵本「どんぐりかいぎ」を読み解き、種子の繁殖戦略からドングリ運びの問題点を指摘するとともに、代案の必要性について考えました。

「どんぐりかいぎ」では、ドングリが凶作の年には、何らかの理由で増えすぎた動物たち――リスやネズミ、それにクマ――を少し減らし、適正な個体数に戻す役割がある…とされていました。そこにドングリをまいてしまうとどうなるでしょう?

ドングリ運びは森全体にとって「余計なお世話」であると言えるのです。

自然保護や環境保全を考えるにあたっては、その場で死にそうになっている命を救うことよりも、その命が継続的に生きていけるための環境そのものを守ることを考える必要があります。「緊急」「お腹をすかせたクマ」「かわいそう」などの言葉に惑わされ、ひとつの命を救うことにこだわりすぎると、そのせいで失われるたくさんのものが見えなくなってしまうのです。






熊森関東支部の「春にもドングリをまく」案に反対します(10/12/13)

熊森関東支部の春にもドングリをまく・天皇陛下に手紙を書いてクマを天然記念物指定にしたいとの活動計画に対して、改めてドングリ運びの問題点を指摘しました。

仮に、秋に大量に集めたドングリを腐らせず、病原菌を発生させずに保存し、今秋のように山に運ぶことができたとしましょう。春先の山のあちこちに、10キロ20キロのドングリの山ができることになります。凶作だったはずの翌年に、芽も根も出さず大量に積まれたドングリ……。これが不自然でなくてなんでしょうか? 本来であれば山菜や若芽を食べる時期のはずですが、随分と食べ応えのありそうなドングリがそこかしこに山積みに。

この活動はクマにペットフードをあげて「お腹が一杯になったね、よかったね」と自己満足しているだけのものだと言いたいのです。それで、この後クマはどうなるのですか? あるはずのなかったドングリを探し求めるのですか? そうしたらまたドングリを運ぶのですか?

……いつまでそんなことを続けるつもりですか? クマはあなた方のペットではありません。自立して生きる野生動物なのですよ。





毎日新聞さん、熊森ドングリ運びはただの美談ですか?(10/11/27)

熊森協会の主張を鵜呑みにし、好意的で一面的な報道を行う毎日新聞ほかメディアの報道姿勢に疑問を投げかけたエントリです。

熊森協会のドングリ運びは、「全国から届けられたドングリを有志が山に運び、お腹をすかせたクマさんに届ける」という美談ですが、大きな矛盾や問題点をはらんでいます。「いい話だね、クマさんもお腹いっぱいでよかったね」なんて紹介で終わってしまうのは、「野生動物と人間はどう付き合うべきか?」という問題の本質から目を逸らした思考停止に他なりません。

ちょっと調べれば、分かり易い問題点の指摘がいくらでも見つかります。毎日新聞のみならず、提灯記事とも言える好意的な報道を続けるメディアに、僕は「それでいいのか?」と強く疑問を感じます。

くまくま 2010/10/31 11:48 杉山にしてしまった日本の山には、食べ物がない。広かった森林は高速道路や、新たな観光地になって分断され、人間が進出し、ぼくらはどこに行ったらいいのでしょう?
増えてなんかいないのに、出てくれば射殺です。
絶滅まで殺され続けるのですね。ぼくらは。
どちらがテリトリーを犯したかというと、人間の方ですね。
山に観光地つくったり、新興住宅地を作ったりせずに、区分けをしておくべきでした。山の中に果樹園があったりするのはかなり問題なように思います。

ひとひと 2010/10/31 12:03 ↑コメントがプギャーすぎる。
人間が活動範囲を広めた結果少なくなった追いやられたのは熊だけでなく動物植物全てだよ。熊だけが特別とか思うな。その論理で可愛そうとか言うなら他にも山ほどいるのに「可愛い」からかわいそうってのが完全に人間のエゴなんだよ
何が問題かと言うと、人間側が活動範囲を広めると同時にどうやって安全に共存していくかというのを怠った結果で今の状況になってるんだよ。

AsayAsay 2010/10/31 12:30 くまさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
webで文章を書くようになってから10年近くになりますが、くまさんからコメントを頂いたのは初めてで、嬉しくも緊張しています。

人間活動が平地から山地のほうまで広がり、くまさんをはじめとする野生動植物の生息範囲を狭めているのは、紛れもない事実です。
しかし、僕はこの事実に対して、くまさんに謝りません。僕たち人間の現在の生活は、これまでの開発や発展の歴史の上に成り立っているからです。
ただ、人間の開発にとって、反省すべき点も多くあります。上コメントで ひと さんも述べておられるように、
>人間側が活動範囲を広めると同時にどうやって安全に共存していくかというのを怠った結果で今の状況になってる
のが問題の根源のひとつだと僕は考えます。
人間生活を最優先にして開発を進めた結果、そこに生息する動植物のことをまるで考えなかった時代は確かにありました。
しかし、現代は違います。「共生」「共存」という言葉に代表されるように、狭めてしまった事実は事実として反省し、どうすればお互いの生息範囲の中でお互いが安全に生きてゆけるか考え、手法を模索していくことこそが人間の「責任」だと考えます。
「〜しておくべきだった」というのは、あまりに今更すぎます。

ところで、くまさんも仲間が増えて大変そうですね。増えすぎたあまり、まさかブログのコメント欄にまで出没するとは思いませんでした。

AsayAsay 2010/10/31 12:43 ひとさん、コメントありがとうございます。
生きものを「かわいい」というのは、その対象を保護・保全するモチベーションとして大変強いものだと感じます。
ただ、「かわいい」だけでそれ以上のことを考えないのでは、その生きものに対して目をそらしていることと同義かな、と考えています。

ココダメココダメ 2010/10/31 13:13 どっちが悪い言ってるだけで共存していくため建設的な意見がないようですね。

774774 2010/10/31 13:36 「かわいそうだ」と感じる人たち多数いるなら、
それの人たちがネットワークを作り、
資金と労働力を調達して、
「保護くまランド」でもつくれば良いんじゃね?
「くま保護税」を作るように、
国に働きかければ。
真に「かわいそうだ」と感じているなら、
抗議だけでは終わらせないよね。
---
畑正憲さんや松島トモ子さんが抗議してたら説得力あるのになぁ。

ねこねこ 2010/10/31 13:46 こういう人たちいるんですよ。
散歩中に怪我してるノラ猫を見つけて、動物病院に持ち込んで治療させ、引き取りもせず、治療費も払わずにいなくなってしまうような人たち。
しかも、自分では良いことをしたつもりでいる。
自分では優しい人間のつもりでいる。
(この場合は猫を捨てた飼い主がいちばん悪いんですけどね。)

パスタパスタ 2010/10/31 13:47 抗議されると知恵や意見を出し合おうと言うだけで何もしない環境保護カルトの典型の様な方がいますね。
もうやってることはテロと変わらないんだからこいつら殺していいよ。

増田増田 2010/10/31 16:26 野生動物がたとえば…
シカがライオンの縄張りに入って
殺されて食われたとする。
それは、「自然の摂理」で片づけられる。
でも、
クマが人間の縄張りに入って射殺されたら
「かわいそう」なのか?「自然の摂理」じゃないのか?
人間の縄張りに入ってきたクマだけ殺せばいい。
お互い、弱肉強食の地球上に生きる生き物なんだから
それは許される事だよ。

スチールスチール 2010/10/31 16:52 今の時期5時過ぎたら真っ暗闇。まして熊出没の町内放送が出ていて駆除せず放置の
そんな田舎道を部活から帰る自分の子供でも歩かせられるのかって話ですな。
まぁ本文に書いてある通り自分たちの日常とは関係ないから無責任な事を言ってられるんでしょうけど。
しかもテレビで放送しなくなると殺すなと叫んでいたことさえパッタリ忘れるんでしょう。
カミツキザル(笑)が東京に現れた時のように大量の人員で捕まえればいいと考えてるんでしょうかね。
田舎にはそんな金も若い人もないってのに。
クマが人里に出るたびに 麻酔銃で眠らせ 大人数の大人たちで林道から離れた藪の中を進んで山まで運び
そのクマがまた人里に現れる。
こんな事繰り返していたら農業やりながなら他の仕事やりながらの人達はどう生活すればいいんでしょうね。

たまたま 2010/10/31 17:51 人間社会における動物管理の問題ですね。今回の件に置き換えればある動物による実害に対して、どの程度のコストで対処するのか(高コストで保護できるか?)という点に収束すると思います。
我が家は犬猫の保護活動をしてるんですが、やっぱり餌代・治療費・避妊去勢手術で年間十数万は自腹を切ります。
人間社会で共存してきた犬猫ですら、増えすぎてしまえば、糞害などの衛生トラブルが発生しますから現状では殺処分されるんです。清潔さ>動物の生命なわけです。こちらとしては殺処分は辞めさせたいですけど、そういう制度に出来ないのは、社会的なコンセンサスが足りず、殺処分以外の方法で対処するに見合った税金を確保できないからです。
社会的なコンセンサスが無い以上、個人で自腹で愛する犬猫に避妊去勢したりして、殺される悲劇を減らさないといけません。こんな虚しいことは無いけど、欧米と比して遅れてる法整備の現状からすると仕方ない。
それに保健所の方にだって文句は言えません。動物が好きな自分だから、動物達の最期を見なきゃいけないって思いながらお仕事をされてる方もいらっしゃいますし、彼らは彼らのベストを尽くしてるだけで、非は無いですから。

ここでの熊の場合はどうなんでしょう。動物の生命>人の生命なんでしょうか?また管理コストだって犬猫の比ではありません。体重数百キロ、一撃で大男でも葬り去るヒグマを一頭保護するのは、私が束になってもできそうにありません。
さらに猟友会の方に抗議など、的外れもいいところです。彼らは人間社会が成り立つために必要な、負の部分の管理をされている方。人間社会で安穏と暮らしその恩恵を受けつつ、抗議だけはするだなんて理解できません。

sw0729sw0729 2010/10/31 23:11 それが自然の摂理、自然界は弱肉強食、敗者は滅び勝者のみが生き残る。
自分達だけ特別だと勘違いして、自分の世話すらやけてないのに、自分で苦しめてきて、今も苦しめている他の生き物達に雀の涙恵んで自己満足していい気になってる今の『環境保護』は見てて胸糞悪い。
負かしたからには胸を張って勝ち上がるのが勝者の責任では無いでしょうかねぇ。

匿名匿名 2010/11/01 00:30 以下の方法が有効でない理由が知りたいです。

・射殺じゃなくて、麻酔銃を使う
・山に食料が足りなくなりそうな時は、山に食料を置く

AAAA 2010/11/01 00:53 >匿名
有効性を証明しなきゃいけないのは、「ある」と主張する側なんだけどね。

>・射殺じゃなくて、麻酔銃を使う
またエサが足りなくなって降りてきたらどうすんの?
そのときも麻酔銃で眠らせてまた山に返すの?
その間にケガ人でたら誰が責任取るの?
誰か死んだら責任どころの話じゃないよね?

まあ、現状だと小熊なんかは麻酔で眠らせて山に返してるみたいだけどね。

>・山に食料が足りなくなりそうな時は、山に食料を置く
その費用だれが負担するの?
山に住んでるクマ全部に行き渡らせるなんて量的にも地理的にも不可能でしょ。

頭でっかち頭でっかち 2010/11/01 01:05 本文に書いてあるじゃん。

これだけじゃ失礼だから、ちょっと想像してみた。
「麻酔銃」
・薬が効くまでに暴れて襲われたら危険。
・眠らせた熊を誰がどうやって安全に山に運ぶのか。
 その費用は誰が払うのか。
 ※複数又は同じ熊がなんども来ることだってある
「食料をおく」
・道もない人間が立ち入らない様な場所まで誰が
 どうやって安全に食料を運ぶのか。ただでさえ食害
 を受けてるのに、誰が食料の費用を負担するのか。
 ※そもそも人間活動エリアと熊の活動エリアに
 柵がある訳じゃないし、熊は自由に動き回るの
 だから、返って熊を呼び寄せることになることも
 考えられるし。

田舎と都会の狭間田舎と都会の狭間 2010/11/01 03:32 昔は熊の生存領域と人間の生存領域はある程度バランスしていたはずです
なぜバランスが崩れたか?
詰まるところ、山を維持する人不足…「だって都会に行った方が儲かる」だと思われます
人的資源ほど取り返しのつかないものはないです 都市は流入する人で繁栄し、地方はしぼんでいく…
あなた達、東京の暮らしは幸せですか?
それは何百年もかけて作ってきたバランスを崩して得られた幸せですよ
そこからそれ以上の価値を築く理由を見出せはしても、「くま可哀想」と放置プレイは都合がよろしい事に聞こえます

テディベアテディベア 2010/11/01 04:25 僕は熊が好きです。
動物園で観たり、写真で見たりすると「可愛いな」と思います。
でも同時に「それは自分が安全な場にいるからだ」というのもわかっています。
僕は動物園の檻の中ででろーんとのびているライオンを可愛いと思いますが
実際道で出会ったら「可愛い」なんて思わないでしょう。熊だって同じことです。
自分が安全な距離にいて初めて彼らは「可愛い」のです。
そもそも見た目が「可愛い」か否かで可哀想か可哀想でないかを判断するのはどうなのでしょう?

例えば今回、熊じゃなくイノシシだったら?
「小学校近くにイノシシが出たので射殺して、イノシシ汁にして食べました」だったら?
「ふーん」で済ます人が大半でしょう。誰も「可哀想!」なんて言わないでしょう。
僕は熊とイノシシどちらが危険なのかよく知りませんが熊が危険なのは知っています。ましてや小学校の近くです。
何故イノシシは可哀想でないのに、熊だけ「可哀想」なのでしょう?
僕に子どもがいて、もしその子がその小学校に通ってたらとてもじゃないけど「熊可哀想」なんて言えません。
「頼むから子どもの安全を優先してくれ」と思います。
さすがに「森から全ての熊を安全のため排除しろ」とまでは思いませんが
最低でも人里に来た熊はどうにかしてほしいと思うでしょう。

今回、もしかしたら熊は人に被害を与えず立ち去る予定だったのかもしれません。
しかし一度人里に下り餌を見つけた熊はまたやってくるでしょう。
その時、熊が人を襲わないという保証は?
それとも「熊可哀想」という人は「怪我人が出ない限りは熊を傷つけるな」と言うのでしょうか?
最初の犠牲者が出るまで待てというのでしょうか?
僕は待つのは嫌です。自分がその犠牲者になりたくないからです。

熊を殺さなきゃいけないことは確かに悲しいことです。
でも殺さないで、数年後母親熊と成長した小熊たちがばっさばっさと小学生を何十人も殺し
その挙句射殺される方がもっともっと可哀想だと思うのです。

かずかず 2010/11/01 06:44 山暮らしの主婦の方がおっしゃるように

「人は恐ろしい。だから、山のここまでしか下りてはいけない。

…かつての獣たちがそうであったように、私たちは境界線を作り直さなければ」

これにつきるんじゃないでしょうか。
要するに獣たちがこれより先に進むと身の危険が及ぶと分からせる。だから、可哀そうでも、野生動物を見たら痛めつける。これを実践しましょう。石を投げる、銃口を向ける。昔の人はそうしてきたはずです。私は猿の群れを見たら必ず自動車で追い回し、石を投げつけます。

彼らを人里から遠ざけるためには、人間の恐ろしさを再び彼らに刷り込まないとダメなのです。
室山泰之著「里のサルとつきあうには」に同じようなことが書いてまります。
人間と野生動物が「仲良く」共存できるなんてのは幻想なのです。共存は力と力のせめぎあいの中でしか生まれません。

つっきーつっきー 2010/11/01 08:10 今年の夏まで東北の某世界自然遺産の麓に住んでいた者です。
熊が頻繁に出没するのは日常茶飯事で、しょっちゅう無線で熊出没注意の放送が流れていました。
熊を見かけたらすぐ役場に連絡が行き、そして猟友会に連絡がいって出動、そして駆除。
もともとマタギ文化みたいなものがあったようで熊撃ち名人みたいな人が何人かいてあっという間に居場所を見つけて仕留めていました。

さて、当然街中に現れたもの、田畑を荒らすなど人間のテリトリーに入った熊は人間の安全第一という心情を考えれば当然捕殺されるべきたと考えています。でも捕殺に対してまわりから可哀想だという意見が出るという事は、人間としてごく当たり前の事ではないかとも思っています。(一部のとんちんかんな主張をする動物愛護の人たちを除いて)
あのような映像を見て、まったく無関心である事のほうがとても怖いと思います。

ちなみに「熊も居ないような所の都会の余所者は口を出すな」という風な意見もちらほら聞きますが、私は反対の意見です。
余所者であってもどんどん意見を発信すべきだと思います。田舎の人は物事に対する考え方が閉鎖的・排他的になりがちだからです。多様な意見を聞くことで、自分で考えるきっかけを与える意味で必要と思っているからです。

私も二度熊を見ましたが、目の前にするとやっぱり怖いです。
でも冷静に考えてみると、今の人と熊とのトラブルはとても異常じゃないかと感じます。またこれからもこのトラブルが延々と続いていく事もよくないと考えています。
これは、人間の熊に対する知識不足から来るものだと私は考えています。地元の人でさえ、熊を「恐怖の対象」「害獣」としか見ておらず、熊の事をよく知らないのです。

以前地元猟友会の人と話す事がありましたが熊の事を色々教えていただきました。
・山には人間の痕跡を残してはいけない。(ゴミや食べ物・身につけていたもの、ガムの包紙・ビニール袋など全て)
・熊が好む好まない色、音、ニオイがある。
・季節毎に食べる物が異なる(私が住んでた地元の人は熊はどんぐりと果実しか食べないと思っている)
・熊が活発になる時間帯がある
・熊と出会わないために・また出会った時どうするかマタギなりの方法がある
・人間と同じように個体毎に性格が異なっている(人間に攻撃的なもの、人間に好奇心を抱くもの、人間に無関心なもの、人間を極度に恐れるものなど・・・)
・熊よけ鈴の音に逃げる熊と、音にまったく動じない熊がいる。

などなど全て書ききれませんでしたが、熊を知り尽くし、熊との付き合い方を本当によく解っている方々なんだなとその時思いました。こうした情報をもっと有効に使えれば熊とのトラブルを回避できるものがあるのではないかと考えます。

猟友会やマタギの人・あるいは熊の専門家などが講師となり、学校あるいは地域コミュ二ティーで熊について勉強する機会を増やし熊をより知る事によって、今の人と熊との関係を改善できるきっかけができるのではないでしょうか。もちろんこれが決定的な解決方法では無いでしょうが、熊を知るという下地作り・土壌作りが整えばよりよいアイデアが自然と生まれてくるものと思っています。

もろこしもろこし 2010/11/01 09:18 こんにちは。
クマは怖いそうですよね。私も実物大の剥製を見て「怖いなぁ」と思ったりします。爪も歯も大きくて鋭く、何よりあの巨体ですから。
アラスカ出身のイヌイットの知人がいますが、アラスカでは小学生でも登校に銃を持っていくこともあるなんて言っていました。集団登校で、班のリーダーがクマ撃退用に銃を持たされるのだそうです。クマは凶悪で殺されたくなかったら、ちゃんと自分の身を守らなければならないとのことでした。それでも年に何件かはクマによる事件が起こるそうです。怖いですよね。クマは大人が数人でかかっても素手ならまず間違いなく敵わないそうです。確かに近所の大学にある白熊の剥製は身長3M近くありますし無理だろうなぁと思います。正直なところ、クマを(身を守るために)殺すのは可哀想だという意見があったことに少し驚きました。私なら、生きたまま引きちぎられて殺されるのは嫌なのでやはり銃を装備しますね・・・。乱獲しているわけではありませんし。

ロノロノ 2010/11/01 09:38 擁護されている方は、
三毛別羆事件の事を知らないんでしょうね。

人間にとって環境(この場合は熊)よりも何が大事かわかっていないんでしょうね。

ひげひげ 2010/11/01 09:39 「境界線を作り直す」の境界線はかつて人が熊を絶滅させる勢いで駆逐していた産物なのでは。

ぷーぷー 2010/11/01 10:09 野良猫問題もそうですが、そういう人間だけで私財で保護すればいいんですが。そういう人間ほど自分の金が一番大事らしいですがw他人の命と金のことなどどうでもいいんでしょうねw
そもそも、人間の生活圏にいる危険生物を生かしておく意味がまったくわからないんですが。
自分をくまとか思ってる基地外の人間も、危険なのでほんとは駆除したいとこですが。
熊を本気でかわいい生物と思ってるんでしょうねえ。可哀想なぐらいあほな人間が、あほな持論を振りかざして好き勝手に振舞う世の中は自由すぎます。

ヨシツネヨシツネ 2010/11/01 12:53 自分もドングリ撒きには反対です。
コメント読んでいて気になったのですが、ヒグマとツキノワグマでは食性もサイズも生息地も違います。
同列で考えることは出来ないはずです。
ライオンが危険だから猫も危険ですか?
少なくとも現状では熊森はヒグマの生息地では餌を撒いていないはずです。
熊やその周辺の自然環境の事を考えようとせず、熊がカワイイからという理由だけでドングリ送る人と、
ヒグマもツキノワグマも一緒に考え、熊が怖いからという理由だけでドングリ撒きに反対する、
2つの根底は同じではないでしょうか。

モンキーモンキー 2010/11/02 11:50
「熊はかわいい」「熊を殺してはいけない」

「熊」を「鯨」や「海豚」に置き換えてみる事も出来ると思います。
人間よりも弱い立場の動物をかばう行為によって
普段は弱い自分の立ち位置を確認したり
そう言っている自分に酔ってしまっている方が大半のような気がします。

ただ思うことは
地球上の生物は個々それぞれの進化を遂げてきました。

種により「飛び抜けた特性」を手に入れたのです。

たとえば熊は、
大きな体躯と力を手に入れ、山における食物連鎖の頂点に君臨します。

たとえば蛾の一種は、
枯葉に擬態する能力を手に入れ、弱い自分や種を守ります。

たとえば、たとえば。。。

そして人間は、
他の動物に身体の大きさ、力の弱さ、足の遅さが劣るため
智恵を手に入れ、それらをカバーする道具を生み出します。

智恵も、力も、擬態も、足の速さも、長い首も
みんな生きるために、生きのびるために手に入れたもの。

生きるために、自分の持つものを駆使するのは当然。

自分の命を守るすべを手に入れているはずの人間が
「他人の命」よりも「守るべき物」があると判断したのだから
「声高に主張」するのは仕方がないことだと思います。

ただ同時に「自分の命」や「家族の命」、「知人の命」を
「守るべきと主張」する人がいるのも当然。

お互いの守るべき物を守る行動を、それぞれがやればいいのです。

ただ、どちらの思いが強いかは明白ですが。


猟銃を手に、「私の後ろに!」と自分の後ろの家族を守るのか。
麻酔銃を手に、「私の後ろに!」と自分の後ろの家族を守るのか。

守れるのか!!?

相手は、知恵を持つ人間ではありません。

もう一度。
それぞれの動物が、それぞれの身を守る物を持っています。
それをどう使うのか。直面しないと本当のところはわからないでしょう。

大切な家族を、友人を、恋人を、仲間を守るために
本当に大切なのはどちらですか?

モンキーモンキー 2010/11/02 12:14


つづき



知恵を持つ人間は、
熊に遭遇しないよう刺激しないよう
熊に襲われないよう、
また、熊が襲わなくても済むよう
そういう術も身につけてきました。

しかし、出会ってしまうのです。

その時は、熊は恐ろしいが、熊も人が恐ろしいのです。
自分を守るために、熊は襲いかかるか、逃亡します。
人も、銃を構えるか、逃亡します。

熊がかわいそうの方達は
仏陀が飢えた虎にそうしたように
自分の身を熊に捧げることが出来るのでしょうか?

きっと逃げるでしょう。立ちすくんでしまうかもしれません。
家族や恋人がいればかばう行動をするかもしれません。

それが本能です。

違うとおっしゃる方がいれば、その方は率先して山に入り
熊を助ける運動を行って欲しいです。

そうすれば、殺されなければいけない熊も減り
殺してしまう人も減るわけですから。


最後に、この画像の状況になっても同じ事が言えるでしょうか。
グロ画像ではないですので、ぜひご覧ください。

熊1
http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/v/i/p/vip001/12655764260.490640610530139.jpg

上の写真は、動物写真家、星野道夫が最後に撮影したといわれていた写真です。
この写真は捏造だそうですが、事実、星野さんは熊に襲われ森に連れ去られ、そこでクマに殺されたそうです。

そして作った人も、その状況を想像して作ったそうです。


直面するまではわからない。
ならば直面したことのない人間が、そんな体験をした人たちに対して
呑気なことを言うべきではないと、思います。

モンキーモンキー 2010/11/02 12:17 >くまさん

そんな物質文明の恩恵を受けてあなたは生きているのです。

持つべき感情は
「哀れみ」「後悔」ではなく「感謝」ではないでしょうか?

? 2010/11/02 13:14 人間が苦しんでいることを普段は気にも留めないくせに
動物となると途端にヒューマニズムを発揮するクソが多いのはなんでだ

きちきち 2010/11/02 23:00 仔熊って自力で生きられるんでしょうか?
どうせなら親熊と一緒に殺してあげればいいんじゃない
でしょうかね。飢餓で死ぬ方が苦しいでしょ?
生かしておくのって、優しさですか?
人間の怖さを教えるって現代で効果あるんですかね。
飢えてたら意地でも人里に降りてくるのでは
ないですか?

AsayAsay 2010/11/03 03:27 皆様、コメントありがとうございます。

>ココダメ さん
どちらが悪い、などという話は一切しておりません。
建設的な意見を考えるのも非常に重要ですが、それ以前に、自分が持っている動物や自然に対する意識について考え直してもらえればいいな、というのが本記事の趣旨です。

>774 さん
「かわいそう」という感情はなんら否定されるものではありません。
仰るように、そのモチベーションを何らかの行動に移してもらえるように、僕も努力しなければいけないと感じます。

>ねこ さん
発言や行動の無責任さが目立つ方は確かにいらっしゃいますね。

>パスタ さん
知恵や意見を出し合うことそのものは重要です。
大局が同じでも、手法に拘る以上、軋轢は生じますね。

>増田 さん
縄張り、つまり人間生活とクマの生活範囲の線引きが変化してきた、というのも問題のひとつです。
人間生活に影響を及ぼさない以上、必要以上に殺すことはしないのが最善であることは間違いありませんね。

>スチール さん
「麻酔銃を使えば」「森に放せば」という言葉を実行するのに必要な労力は、その問題に関わる方以外には想像するのが困難なのが現状かも知れません。
その周知に助力できればと思い、本記事を書いた次第です。

>たま さん
犬猫保護活動の実例の紹介、ありがとうございます。
実際の駆除になると、「殺す」「命を奪う」などという言葉で片付けられない苦悩や現実的に処理しなければならない事象が多くありますね。

>sw0729 さん
勝ち負けの問題ではありません。
環境保護は、人間が自らの生存のために必要だからしている、というのが僕の考えです。生態系の中で行われている個体数コントロール等を、人間自らが行わざるを得ない状況にあると考えています。

>匿名 さん
2点とも、本記事で紹介したリンク先を読んで頂ければ解決する疑問と思います。AA さん、頭でっかち さんが説明してくださっている内容とほぼ同意です。
食料を置く、ことについては、有効性が薄い(他の動物が食べる、置いている量ではクマの個体群維持にとても足りない)ほか、そもそも餌を置くこと自体に問題があります。

>AA さん
>頭でっかち さん
返答ありがとうございます。

>田舎と都会の狭間 さん
クマ出没増加の要因のひとつに、人間活動との緩衝帯である里山の減少があるのではと考えられています。その要因として人的資源の減少は直接関わりがあるように思います。

>テディベア さん
>自分が安全な距離にいて初めて彼らは「可愛い」
同意です。危険でかわいい動物と危険な距離で出会った経験は皆様にあるわけではないと感じたので、本記事を書いた次第です。

>かず さん
学習放獣の考え方ですね。おおむね同意です。富山県が制定したツキノワグマ保護観利計画の目標は「緊張感のある共存関係」が掲げられています。いい言葉です。

>つっきー さん
ご意見ありがとうございます。全面的に同意します。
問題を突き詰めると、どうしても最後は教育に行き着いてしまいます。僕も環境教育に携わっており、機会があれば子供たちにこのような考え方を伝えていければいいなと思っています。

>もろこし さん
「生物として生き延びたい」という意識があることは重要だと考えています。本能という言葉は好きでないので使いませんが、種として、生物として生存を目的に生きるうえで、他の種を害すことがあるのは当然かと思っています。

>ロノ さん
人間は人間が大事である、その生存のために環境を保全する、と言い切ってしまうくらいでよいと考えています。

>ひげ さん
違うのではないかと思います。
害獣として駆除していた時代もありますが、この場合の境界線というのは、クマも人間も利用する場としての緩衝帯となる場を意味していると僕は読みました。

>ぷー さん
言葉が過ぎます。

>ヨシツネ さん
まず、本記事ではヒグマとツキノワグマを同列で考えておりません。僕の体験談がヒグマに対するもので、主婦の方の手記がツキノワグマに対するものだと明記してあります。3段落目においても両種を区別した記述を行っています。
>熊やその周辺の自然環境の事を考えようとせず、熊がカワイイからという理由だけでドングリ送る人と、
>ヒグマもツキノワグマも一緒に考え、熊が怖いからという理由だけでドングリ撒きに反対する、
>2つの根底は同じではないでしょうか。
また、この文章がどなたのどの発言を発言を指しているのか不明です。
仮に僕の記事についてのご意見だとしてお答えすると、僕がドングリ撒きに反対している理由はクマが怖いから「だけ」ではありません(餌付けに問題があると明記しています)。根底が同じとする根拠を伺いたいです。

>モンキー さん
ご高説痛み入ります。

>? さん
言葉が過ぎます。

>きち さん
僕はヒグマの例しか知りませんが、子グマが母グマから自立するのは1〜2歳の夏だったかと思います。秋に母グマと歩いていた子グマであれば、生後1年未満の個体ではないでしょうか。自力で生きられるかは不明ですが、今後人里に近づかないようにするために子グマも処分する例はあるのではないでしょうか(詳しい事例は存じません)。
人間の怖さを教えることについては効果があるとされています。昔よりも人間を怖がらず人里に出てくる個体が多いことから、怖さを教える意味でも学習放獣を実施しています。

ヨシツネヨシツネ 2010/11/03 08:39 >Asayさん
>まず、本記事ではヒグマとツキノワグマを同列で考えておりません
はい、それはわかっております、
>コメント読んでいて気になったのですが
と書いていますように、記事に対しての意見ではありません、あくまでコメントに対しての意見です。
誤解を生む書き方になっていましたら申し訳ないです。

ヨシツネヨシツネ 2010/11/03 09:29 もう1度読み直してみましたが、
>コメント読んでいて気になったのですが
では、コメントを読んでコメントが気になったのか、エントリー本文が気になったのかわかりませんね。
説明不足でした、申し訳ありません。

要は、コメントを読んで
過去にヒグマが人を積極的に襲った事故がある=同じ熊なのでツキノワグマも同様に怖い
というイメージを持っておられる方がいらっしゃるのではないかと思った、だとすればそれは違いますよ。 と言う事です。
ツキノワグマが怖くない動物だとは思いません、「猫」というのは例えが極端すぎました。
コメント読んでヒグマとツキノワグマ(またはハイイログマ)を混同して必要以上に
ツキノワグマを怖いと感じてしまう人が出るのは良くないと思ったのでコメントを書かせて頂きました。
そして怖いという「イメージ」優先で議論が進んでは、「クマが可哀想、クマは可愛いという部分を強調して
エサ撒きを呼びかける人、呼びかけに応える人」と「根底は同じ」ではないかと。
前述しましたが、重ねて補足しますと、Asayさんを根底が同じ人とは思っていません。

AsayAsay 2010/11/03 11:18 >ヨシツネ さん
コメントありがとうございます。ご主張は了解致しました。
仰ること、わかります。怖いのを混同するのと同様、かわいいことについても混同されているのが現状のように感じます。
このエントリで書いたようなイメージの話を踏まえて、生態学的な視点から問題点を指摘できればいいなと考えています。

いねいね 2010/11/04 21:10 保護活動をされている方を擁護するわけではありませんが、彼らはかわいいから保護したいと考えている訳では無く、熊も住める森を残していきたいという考えの元で保護を呼びかけているようですよ。
餌まきについても、それが最善だとは思って無く、それ以外に絶滅の一途を防ぐ方法があれば教えて欲しいとも。

確かに今年は森に実りの無い不作年なようですが、何もしなかったら、捕殺されている数も含め、かなり激減してしまうのではないでしょうか。。
その結果絶滅してしまうのは,自然の摂理として仕方の無い事なんでしょうか?

AsayAsay 2010/11/04 21:51 >いね さん
コメントありがとうございます。

彼らの主張する内容については理解しています。僕も活動内容については批判しますが、その思想までおかしなものだと考えているわけではなく、むしろ「森を守りたい」「環境をなんとか保全したい」という気持ち自体には賛同しています。
しかし、その手法があまりに現行の保全生態学から外れており、結果的に他の団体や環境省等の取り組みの妨げになりかねないと感じたことから、こうして批判をしている次第です。「最善だと思っていな」いとしても、明らかに悪手であることを自覚的に実施しているのであれば、やらないほうがずっといいと僕は考えます。

クマに限らず、生物の個体数は餌となる植物の実成りや動物の数で増減を繰り返すことでバランスを保っているものです。餌が少ないことで飢えて死に、結果的に個体数が減るのはごく当然のことです。
しかし、それが直接的に絶滅に繋がるわけではありません。飢えた個体がいる分、少ない餌をなんとか食べて生き残った個体もいるわけで、これらが再び増えることでおよそ一定の数を保つ――ということを自然界は繰り返してきました。
これは「生態系ピラミッド」という考え方によるものです。
個体数の増減について実感できるURLを紹介します。
http://tail.s68.xrea.com/html/movie/lab/wave/wave02.html

くまたろうくまたろう 2010/11/06 16:39 ココダメ 2010/10/31 13:13
どっちが悪い言ってるだけで共存していくため建設的な意見がないようですね。
>お前みたいなバカが「可哀そうだという理由のみで熊を殺すな」とか無責任なことをいうから、この人は現実を教えてくれているんだろ。

KayKay 2010/11/06 16:45 私は今、アメリカの森の中に住んでいます。
原生林の中に人家が点在しているような所、いわば人間と野生それぞれの領域の結界ぎりぎりに暮らしているようなものです。
見たことはないですが、マウンテンライオン(クーガー)、アライグマ、ハゲワシ、いろいろな野生動物を見ています。
今年7月、10メートルと離れていない近くでクマを見ました。
若いクマのようでした。家の、すぐそばです。
ブラックベアと呼ばれるクマです。
幸い私の声に驚いてクマの方が逃げていきましたが、
あの大きさと威圧感。
もし、猛り狂って自分に襲いかかってきたら、私は迷わず銃を取ったと思います。

できるなら、お互いにしっかりと境界線を引いて棲み分けられればいいのですが、それは理想論です。
人間は武器を持たねば、か弱い無力なほ乳動物の一種に過ぎません。
自然のルールの中にあって、どんな動物も己の身を守るためには実に酷いと思われる(人間からみれば)弱肉強食の闘いが繰り広げられているのです。実際、生きると言うことは厳しいことです。
私は動物が好きです。しかし、それはあくまでも人間の領域と利益を侵さない限り、です。自分に明らかな被害を加えようとするものに対して、黙って指を加えてじっとしていろ、とでもいうのでしょうか。
殺処分はかわいそう、という気持ちは私も理解できますが、クマに運悪く遭遇して殺されたり、作物被害に遭っている人の方がもっとかわいそうです。
野生動物にエサを与えるなどもってのほかです。
彼らは彼らの掟の中で、種としてきちんと生き延びているのです。
このテーマについて、多くの人にもっと勉強し、考えて欲しいと願っています。

みゃーみゃー 2010/11/06 16:51 実家が山の盆地です。
とは言っても、車で10分もせずに開けた街になるところですし、盆地自体割と開けたところです。
なので、さすがにクマは見た事がありませんが、イノシシやサルは裏山にいるようです。

昔その野生のサルが山を降りてきて、家の前の道路を悠々と闊歩しているのに遭遇しました。
大きさは中学生の男子と同じくらい。(屈んでいて小学生の男子と同じくらい。)

大人の野生動物に至近距離で遭遇した事ある人なら分かるでしょうか。。。あの物凄い威圧感。
うちの飼い犬は、シッポ巻いて小屋に潜り込んで吠えもせずに震えていましたw(周りの家の犬達も大なり小なり同じ。)
動物を見て恐怖を感じた初めての経験であり
「殺気」ってのをモロに感じた初めての経験でした。

威圧感は警戒感の表れ、、、多分向こうも怯えてたんだと思いますが
「たかがサル」でこんなんです。
別にうちらが臆病ってわけじゃなくw
野生の動物は満腹で何のストレスも無い状況で機嫌の良い時以外、人間にとって脅威以外の何物でもない。

不意に遭遇して目が合った時に感じる「野生の威圧感」は、ほんと「自然に優しい(傲慢な)団体」の方に味わってみて欲しいです。
野生は個体数が極端に減ってしまって管理が必要な種以外、「人間の助け」を必要としていません。。。

長々と失礼しました。

いちいち 2010/11/06 17:40 http://ja.wikipedia.org/wiki/三毛別羆事件 
http://homepage1.nifty.com/~n_izumi/higuma/jiken.html

PP 2010/11/06 18:03 増田って頭弱いだろ?

生物 さだ生物 さだ 2010/11/06 18:16 人も熊も動物・・・
熊は2010年で人間2000人殺しましたか?
人がやられるのも・・・定めなり。
地球は人間だけのモノですか?
海は死にますか〜? ♪
山は死にますか〜? ♪

くまくま 2010/11/06 18:25 アイヌ犬をぜんこくにひろめて熊をおっぱらてくれますよ。夏はあつさによわいのでフジのつたや木の下の木陰で飼いましょう。

チロチロ 2010/11/06 19:24 なぜ熊は人里に下りてくるのか、
国民の皆は解っていない?
国や地方が森林組合や、建設業者のためかなり山奥まで道路を作り、杉の植林を広め大きな赤字財政を生み、防災のためとの理由で500円の税を勝手に徴収し、ひいては森の動物の生活圏を脅かし、熊を殺戮状態においているのが本質だ! 日本人は自分に大きな危害が及ばなければおとなしすぎる、勝手な政治で多くの犠牲が出ている。

やまもみじやまもみじ 2010/11/06 20:02 そして熊も人もいなくなった。
鹿は今山にうじゃうじゃいます。鹿は金にならないからです。

アオキジアオキジ 2010/11/06 21:06 この主張については、疑問点がありますし、文体としてどうしても「クマを殺して解決すればいいと思っている」としか思えないです。

確かに人間の生活にとって熊は脅威でしょうし、自分が死の危険に陥っているときに、「殺す」という行為は正当化できないとしても致し方ないことです。でも、そんなことが日常茶飯事起きているなら、このままずるずる殺すことだけしないで、根本的な対策も考えるべきだと思います。
一番良いのは、人間側がその土地から引き下がることですが、当然ながら不可能に近い極論ですし無理でしょう。だからといって餌まきは当然ながら、生態系の破壊にしかならなくて、それこそ絶滅へと向かうでしょう。ならば森の保全とかそういうこともすべきことだと思います。なるべく麻酔銃を使えるようにするとか、公務員で猟友会とは違う組織をつくるとか。

それに、「人間の縄張りに入ってきたクマだけ殺せばいい。」という意見には憤りを感じています。「シカがライオンの縄張りに入って殺されて食われた。」というのは既に構築されたテリトリーを乱されたライオンが己を守るためにやっていることで「自然の摂理」でしょう。しかし、人間は特殊で奇妙で残酷です。構築済みのテリトリーを壊していき、我が物とする。それだけならまだいいですが、そのテリトリーを遠慮なしに壊してきた。おまけに様々な生態系を様々な形で壊して変えたお陰で野生動物が不自然な飢えに巻き込まれます。だからクマも人里におりて食料を求め、畑を荒らし、殺される。全部、人間のエゴから生まれたものです。人間はその責任を取らなければいけません。不自然が生み出したことなんだから「自然の摂理」とは訳が違うと思います。「自然の摂理なんだから殺せばいい」というのは結局エゴだし許せません。ただ、謝るということは対人間にしか通用しないものだと思っているのでしてもしょうがないと思います。

僕はクマの捕殺を太平洋戦争の原爆と似たものだと考えています。戦争はアメリカが日本に原爆を落として結果的に戦争に終止符をうった。しかし、日本には大きな傷が残った。しかし、そうしなければ戦争は終わらなかっただろう。致し方なかったことではあります。でも絶対に正義とか正当とは言えないし、そう勘違いしてる時点で悪だといえるのです。この問題もそういえることで、テリトリーを犯した人間がクマを殺すことは致し方ないことであっても正当ではないのです。結局は間違いなのです。間違いは正さなければいけません。だから今のシステム(殺処分中心の駆除)もいつか壊さなければいけないです。


人間が住みやすければそれでいいなら、天然記念物や希少動物の制度なんかくだらないものです。何も持たなければ人間のほうが圧倒的に弱いかもしれませんが、知能と強力な武器をもつ生き物はこの世界を支配をしている程強いのです。それは勘違いしてはいけないと思います。

自治体や猟友会、そして政府は先のことまで考えているのか疑問に思います。現場対応で済ましている感じがするし、クマを殺して苦しんでるのなら、自分なりに他の方法を考えろと言いたくなります。でも、僕はそういう人たちもなにかしら模索はしているのだろうと思います。

熊によって常に死の危険に晒されているような住人にとっては熊やその他の襲う危険性のある生物は邪魔な生き物以外の他ならないかもしれません。しかし、もしそんな人間がいて「人間が住みやすければそれでいい」主義があるならば改めなければいけないと思うし、それとは関係なしに政府から地域住人までクマ問題の関係者は議論をして、理解をすることが不可欠です。

とにかく人間にとっても熊(はたまた野生動物)にとっても死活問題ですし、僕らを含む人類もそうですが、政府もいい加減に先のこと考えたほうがいいと思います。正直、世の悪事象は政府が悪い言い方をするとバカだからなのも大きいと思います。真剣に考えている人たちをバカがバカにしているとしか思えません。クマ問題と他の社会問題は見えないところで繋がっていて、政府が正常化すればクマ問題どころか、世の問題もよくなると思います。

ここの主はもっと愛護団体だけでなく、政府や自治体と猟友会などにも批判や疑問をぶつけるべきです。「クマがかわいそうだから殺さないで」という言葉を否定してはいけません。どっちにしろこの問題の一番の原因は「人間」です。原因を作った以上、片付けるのは宿命です。

いしやいしや 2010/11/06 22:05 はじめて投稿します。
ちょっと気になった投稿があったので。

>僕はクマの捕殺を太平洋戦争の原爆と似たものだと考えています。

そんなこと書いたらだめです。
あなたに何があったって、どんなことがあったってだめです。

すみません、お邪魔しました。

>管理人様へ
失礼だとは思いつつ・・・、すみません。

ヨシツネヨシツネ 2010/11/06 22:22 コメントしている方へ
Asayさんが何を問題提起して何を主張しているかを読み取ってからコメントしませんか?
書いているうちに感情が昂ぶるのかもしれませんが、そんな主張は極めて程度の低い個人的見解でしかありません。
他人のブログにコメントとして書くべき事ではない。

子>人子>人 2010/11/07 00:38 人として…。

人として考えれば、賛成・反対どちらの意見も正解でしょう。

自らの身に直接関わる問題でない現状、
その答えは、自分の価値観(気分や立場)で変わるものなのですから…。

親として…。

親として考えれば、子>人が 全てです。
いや 他>自分 かもしれませんね。

>アオキジ 2010/11/06 21:06 さんへ

>根本的な対策も考えるべきだと思います。・・・とありますが、その通りかもしれません。
でもあなたが考え想像し、色々と調べたりしている以上にに問題は難解だとも考えられます。
なるべく麻酔銃を使えるようにするとか…ってどうすればよいのですか?
私も同じようには思いますが、方法がわかりません。

「シカがライオンの縄張りに…既に構築されたテリトリー… と
構築済みのテリトリーを壊していき、我が物とする …人間。
いったいどこが違うのでしょうか?

「人は恐ろしい。だから、山のここまでしか下りてはいけない。
…かつての獣たちがそうであったように、私たちは境界線を作り直さなければ」

先にあげられたこの言葉は、自分の生活を守りたい気持ちに加え、熊もまもってあげたいという気持ちが込められていると私は 「考えたい」と思います。

Asay さんの気持ちもまた、そこにあると思いたいです。

政府や自治体も「人」が作り成すものです。
またあなた自身もその中にある「人」であることを今一度思い直してみて下さい。

やまもみじやまもみじ 2010/11/07 07:10 今年だけでも熊は2000頭余り虐殺されているそうです。
それにしても実に迅速に猟友会の人たちは熊の虐殺に出て来ますね。死骸に群がるハイエナみたいに。良心的な猟友会の人達は今すぐに声をあげて下さい。期待しています。
私も、何度か熊については見聞していますが実に穏やかな我々の隣人ですよ。熊の鳴く場所に独りでテント泊してもなにもしませんよ、人が敵愾心をみせたり無暗に怯えるのは絶対にだめです。但し、大台ケ原、大峰山限定です。私は、熊より猪の方が怖いです。群れできます。猪突猛進にあうと本当に怖いです。
マスコミの方に一言、虐殺された熊はどう処分されているのか報道して下さい。

アオキジアオキジ 2010/11/07 07:51 あなたが言った「政府や自治体も「人」が作り成すものです。
またあなた自身もその中にある「人」であることを今一度思い直してみて下さい。」というのは既に理解済みなんですよ。それを理解してない人の意見は薄っぺらいでしょう。ただ、人というのは全部違うのです。いい人間と悪い人間、器用な人間、不器用な人間といろいろな人間がいろんな組み合わせでできていて、今の政府は正直、悪くて不器用な人間だと思います。誰かが真剣に社会問題全体を考えて政治を変えたいならば、本来そういう人たちがなるべきで、それを人は簡単に決めずに見分けるべきと考えてます。

あと、テリトリーの話ですが、他の動物と違って人間は、可能な限りそのテリトリーを壊し続けられるという話でこれは、これに限らない話ですが千差万別、それぞれ違う考えがあると思うし、話したも「そうですか」で終わる話なので、いちいち言うのはやめときます。

ただ、言いたいのは問題は難解ならばとき続けろということです。問題が難しくてやらないのと問題が難しくても必死でもがいてやるのとでは違うでしょ?、とういうより今もとき続けているんですよね?
そういうためのブログだと私は思います

ヨシツネヨシツネ 2010/11/07 13:43 やまもみじさん、こんにちは。
「何度か見聞」と日々熊と隣接している人は全く違うと思います。
並べて語るのは無理がありますよ。
例えば大台ケ原の熊が出る地域で数ヶ月なり数年なりテント泊したら同じ事は言えないのではないか。
猪が怖いというのは同感です。 バイクで林道走っていて、道路沿いの薮が揺れたら大体猪。
かなりの勢い、しかも群れで道路を横切るので注意しないと危険です。

AsayAsay 2010/11/07 14:51 皆様、たくさんのコメントありがとうございます。まとめてお礼を申し上げること、お許しください。

>くまたろう さん
言葉が過ぎます。
が、エントリの趣旨を汲んでいただいてありがとうございます。

>Kay さん
海外からのコメント、事例の紹介をありがとうございます。
>殺処分はかわいそう、という気持ちは私も理解できますが、
>クマに運悪く遭遇して殺されたり、作物被害に遭っている人の方がもっとかわいそうです。
僕も同意です。突き詰めてしまえば、こういうことなのだと思います。そのかわいそう、という感情が、具体的に効力のある手段に向かうことを僕は願います。

>みゃー さん
体験談の紹介、ありがとうございます。
サルは遠くから見た経験しかありませんが、個体からは威圧感を感じるとのこと。
マンガなどで使われる「殺気」という表現も、あれに近いものだと僕も思います。

>いち さん
事例の紹介をありがとうございます。三毛別のほうはエントリ中でも紹介しています。

>P さん
言葉が過ぎます。

>生物 さだ さん
>人がやられるのも・・・定めなり
と仰っておいでですから、「クマも人も命は等価だ」「人間が2,000頭殺したからクマにも同数殺されていい」とのお考えなのだと推察します。
命は尊いものと僕も思いますが、仮にそのようなご主張でしたら賛同できません。
>地球は人間だけのモノですか?
誰もそんなことは言っていません。

>くま さん
最初にコメントいただいた くま さんとは別のくま さんと思います。次からは別の名前を使ってくださると嬉しいです。
アイヌ犬は大変力強いですね。

>チロ さん
人里に降りてくる理由のひとつに「人間活動による生息場の減少」があると考えられていますが、原因はひとつではありません。
現在の、あるいはこれまでの政治にご不満がおありであれば、ご自分のブログ等で発信されてください。

> やまもみじ さん
2件目のコメントについて返信します。
>それにしても実に迅速に猟友会の人たちは熊の虐殺に出て来ますね。死骸に群がるハイエナみたいに。
クマの被害を最小限に抑えようと協力してくださっている猟友会の方に対して、あろうことか「ハイエナみたい」とは。
これはひどい罵倒です。さすがに聞き捨てなりません。どうか撤回してください。

>アオキジ さん
ご高説痛み入ります。
僕の主張に対して疑問を抱いていただくのは全くかまわないのですが、
>文体としてどうしても「クマを殺して解決すればいいと思っている」としか思えないです。
と、書いてもいないことを持ち出して「僕がこう思っているはずだ」と断言されても困ります。
正直な意見を申し上げますと、アオキジ さんのご主張は非常に未熟です。エントリを読んで、言外を想像し、それに対して感情的に思いつくままに言葉を並べ立てているようにしか感じられません。
政府の対応に批判的とお見受けしますが、クマ対策として政府や地方自治体がどのような取り組みをしているかご存知でしょうか。もしご存知だとしたら、
>森の保全とかそういうこともすべきことだと思います。
>政府から地域住人までクマ問題の関係者は議論をして、理解をすることが不可欠です。
などという言葉は出てこないはずだ、と僕は感じます。

問題意識がおありでしたら、ご自分で調べ、考えて、ご自分でブログなりを立ち上げ主張されてはいかがでしょうか?
>ここの主はもっと愛護団体だけでなく、政府や自治体と猟友会などにも批判や疑問をぶつけるべきです。
>問題は難解ならばとき続けろということです。(中略)そういうためのブログだと私は思います
僕はあなたの主張を叶えるためにブログを書いているのではありません。

また、いしや さんも指摘されていますが、戦争への例えは不適切です。

最後に。僕は以前のエントリで、クマの保全に対する自然保護観について書いています。アオキジ さんの主張される「人間のエゴ」について僕のスタンスを明らかにしていますので、よければご一読ください。
『野生のクマをなんとか助けたいと考える皆さんへ』
http://d.hatena.ne.jp/Asay/20101024/1287927819

>ヨシツネ さん
冷静なコメントの呼びかけと、体験を過信することの危機について書いてくださって感謝致します。

>子>人 さん
親としての立場からのコメントをありがとうございます。
僕は、社会を形成する人間の立場と、生物のヒトとしての立場から問題を提起してみたいと思って本エントリを書きました。クマを殺せば済む、という話ではなく、両者が可能な限り犠牲・影響のないようにするためにどう考えればよいか、ということが問題の出発点だと思っています。

どんぐりどんぐり 2010/11/07 15:27 はじめまして。
mixiの記事から辿って拝読させて頂きました。端的にご質問させて頂きますご無礼お許し下さい。

『ある日森の中クマさんに出会ったらすごく怖かった話』
というのはAsayさんの実体験なのでしょうか?
そして、この問題に対して参考資料の文献を読まれたりする以外に自発的にされている事は何かございますか?
プロフィールに詳細が無い為、Asay様がどのような見識をお持ちの方か分かりかねますが、このように寄稿し問題提起なさったのであればお考えを聞いてみたいと思います。

>ヨシツネさん
大台ケ原は国立公園です。
指定地以外ではテントでの幕営・キャンプはできません。
テント泊をするのであれば国・自治体等から委託を受け管理をされている山小屋付近に限られます。
例えばの話としても、その違法例の行動を基にするのは適切とは言えないでしょう。
熊のテリトリーの範囲からすれば日本の大多数が“隣接”だと思われます。
そして林道とは森林の整備・保全を目的として森林地帯に設けられる道路の総称ですので、何かの整備・保全を目的にバイクで入られたのでしょうか?
コメント幾つか拝読させて頂きましたが、少し薄識な感じがしましたのでご意見お許し下さい。

AsayAsay 2010/11/07 15:38 >どんぐり さん
コメントありがとうございます。お答えします。
エントリで紹介している体験談のひとつめは、僕個人の体験談です。
今年のクマ関連のニュースに関しては、一部の自然保護団体が行っているどんぐり撒きについて、問題がある行為だと感じ、ブログ等で「飢えたクマに餌を届けることが本当にクマのためになるのだろうか?」という観点の主張をしています。
また、個人的に子供向けの環境教育に参加しておりますので、活動の折に触れ、自然保護観について保護者の方や子供に伝えられるよう努力しているつもりです。
僕の自然保護観とどんぐり撒き活動についての意見は、エントリからもリンクを貼っている
『野生のクマをなんとか助けたいと考える皆さんへ』
http://d.hatena.ne.jp/Asay/20101024/1287927819
をご参照いただければと思います。

アオキジアオキジ 2010/11/07 15:44 自分は正直、文章力のほうが皆無に等しいのでブログとか向いてません。自分のコメントをいつ見ても拙いと思いますw

そんなことはどうでもいいのですが、何が言いたいかって、ブログを見る限り、自分としてはやっぱり語弊を感じられるというか、例えば「「クマを排除して欲しい」という願いは不自然なものでしょうか?」というところも自分は引っ掛かっていて、自分の意見としては「確かに死活問題だけど、それって所詮、単なる自分勝手だろ。要はクマを自分の住処から追い出したいのか。」と感じました。もしそれをすべてを真っ向否定されるならもう失格だと思います(決してブログ主がそんな人だとは思ってません)。そして私が疑問に思ったのが、方向性で結局、何を目指してるのかということで、全然分かりません。そういうところを分かればなと思います。

性格的に熱くなりやすいので、変なところを見せてしまって申し訳ないですが、そういうことです。ただ、あなたに共感する部分もあります。餌をまけばいいとか浅はかな考えに対する指摘とかも分かります。決してこのブログの主張を詭弁だとは思ってません。

AsayAsay 2010/11/07 16:06 >アオキジ さん
返信ありがとうございます。

この記事の趣旨は、あくまで最初に上げた3点です。「殺すなって言うのは簡単だけれど、実際に殺さざるを得ない状況もあるし、クマに怯えて生活をしている方もいるのですよ。ちょっと考えてみませんか?」という疑問の提示や呼びかけが目的です。
ですので、「方向性として何を目指しているか」との聞かれますと、「色々な意見を持つ方に、情報や体験談を提示して自分で考えてもらうこと」とお答えします。
この記事においては、クマ対策のためにどうするべきか、という点まではあえて踏み込んでいません。もちろん僕個人としての意見はありますが、記事の趣旨と外れるので明記していないのです。

ただ、
>「確かに死活問題だけど、それって所詮、単なる自分勝手だろ。要はクマを自分の住処から追い出したいのか。」
というご主張には、やはり賛同しかねます。クマの被害が死活問題である方にとって、自分勝手もなにもないでしょう。自分の住処、というのがどの範囲を指すか不明確ですが、生活している(例えば村の中の道に)クマが現れたら、出て行ってもらいたいとは思うのではないでしょうか。その最後の手段として殺処分があるのであって、一頭一頭殺すことが全ての解決に繋がるとは、誰も考えていないはずです。

また、共感していただいて嬉しいです。考えさせられるご意見、ありがとうございます。

ヨシツネヨシツネ 2010/11/07 16:49 どんぐりさんへ
大台ケ原ですが、やまもみじさんが例としてあげられたので熊のいる山として調度良いかと拝借したのですが、例として不適切でしたらお詫びします。
指定地でのテント泊が問題無いのであれば、指定地でテント泊したと考えていただければ問題ないでしょうか。
もしくは「大台ケ原」と書いた部分を「やまもみじさんがテント泊されたという場所」に訂正したいと思います。

>熊のテリトリーの範囲からすれば日本の大多数が“隣接”だと思われます。
これは私とは全く違う感覚ですね、熊がいない山も沢山あるわけで、
例えば九州はどうなんだろう、とか思うのですが、読まれた方それぞれが御判断されたらよろしいかと思います。

次に林道の件、どんぐりさんの言われるのも確かに林道の定義の1つですが、それ以外でも単に森林の中を通っている道も林道と呼んで間違いは無いのでは?
「林道」と呼ばれる道路の全てが農林水産省の所轄という訳でもありませんし、私道という訳ではありません。
〇〇林道と呼ばれる道路の全てがどんぐりさんの言われてる様な林道ではありません、森や林や山に行けばすぐにわかる事です。
私が書いたのは広義の意味での林道と受け取って頂ければ幸いです。
なお、具体的に挙げた林道は山の手入れをする人も車で通りますが、
一般の人が入る事が禁止されている道路では無い事を書き添えておきます。

何かと言葉足らずだったのは申し訳ないです。

>少し薄識な感じがしましたのでご意見お許し下さい。
少しどころではありませんよ。 博識な方にお褒め頂き光栄に思っています。 ありがとうございました。

aasaas 2010/11/07 19:20   ∩___∩
   | ノ      ヽ
  /  ●   ● | エサがないクマ
  |    ( _●_)  ミ
 彡、   |∪|  、`\
/ __  ヽノ /´>  )
(___)   / (_/
 |       /
 |  /\ \
 | /    )  )
 ∪    (  \
       \_)

Taka3Taka3 2010/11/07 22:24 >aas
つられんなwwww

>アオキジ さんへ一言
原爆を引き合いに出した事についてですが、文章力の問題ではなく、デリケートな情報の真偽をご自分で確かめたり、
戦争についての色々な情報に目を通すだけでも、間違った知識を例えに使う愚を犯す可能性は減ると思います。


我が家の近所でも猪被害が増えており、実際に間近で遭遇した事がありますがアレは「意思」を持った戦車のような異様な迫力がありました。
あの猪たちに餌を届ける人がいたら自分はきっと怒り狂います。
「ウチも含めてどれだけの被害が出てると思ってるんだっ!」てね。想像では無く現実の恐怖と損害なんですよね。

aasaas 2010/11/07 22:36 自治体、猟友会、クマ、は誰一人悪くないお
どうしてクマが降りてこなきゃいけなくなったかを、みんな考えるんだお

答えは簡単答えは簡単 2010/11/08 06:44 どうしてクマが、街中にまで出没するようになったか。

答えは、人類が増え過ぎたせいで、地球が狭くなり、

クマの生息地域まで侵害されてしまったから。

これって、仕方の無い事だと思う。

強い種族が、生存競争の中で繁栄し、

弱い種族は淘汰される。それが自然の摂理。

だから、クマが街中に来たら駆除するしかない。

人間だって、この地球で生きてる生命体だから、

自然の生存競争のルールの中で生きているから。

人間でさえも、地球のルールを変更する事は不可能だ。

p 2010/11/08 09:04 なんでお兄ちゃんはそんなに改行しちゃうの?

どっちもどっちどっちもどっち 2010/11/08 10:12 一方には、被害者のことを考えず、闇雲に、保護を主張する人たちが居る。
もう一方には、熊のことを考えずに、やたらと射殺を主張する人間が居る。
他方、その熊がどういう行動をとったかも考えず、「熊が出た」→「熊を撃ち殺せる」って考える人間も居る。
主張が、どっちの方向を向いているかの違いだけで、自分とは違う意見を聞こうとしない、って点では、どれも一緒。

闇雲に、保護も、駆除も主張していない、主が、一番冷静かな?
ただ、タイトルの付け方には、一考の余地があると思う。
あんなタイトルにしてるから、極端な馬鹿が、自分と同類、もしくは、対極に位置する人間だと思って、やってくる。
まぁ、人寄せ、って点では、成功しているが。。。

dobacdobac 2010/11/08 13:58 人間が熊の生活圏に近づかなければよい。万が一出会ったら、逃げられないようであれば、あとは殺るか殺られるか。熊が出るとわかっているのに山に入る、熊の生活圏に居住する、熊を銃でしとめてみたい、どれも人間のエゴ。記事にセンスが無い。

桔梗屋桔梗屋 2010/11/08 14:36 mixiから来ました。
そちらの日記でも書いたのですが、mixi会員以外の方にも考えてもらいたくて、コメントさせていただきます。

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「クマは山に食べ物が無くなったから、追い詰められて人里に降りてくる」って愛護の人が良く言ってるが、それは違うと思う。

人里に出れば、より美味しいものや大好物が容易く手に入るということを学習したクマは、例え山に生存に十分な餌があったとしてもやっぱり人里に出てくるだろう。

うちのちびなんぞ、腹が減ったと言ってはおやつばっかり食べて、ちっとも晩飯を食べないぞ。

野生動物にとって、生存に必要な餌と、食べたい食物は必ずしも一致する訳ではないという視点が、「山に食べ物がなくなったから・・・」という主張には欠けている。

本質的な問題は食糧の多い少ないじゃない。

「山にいる限りは安心。でも人間の食べ物に手を出したら、死ぬほど痛い目にあわされるよ。だから人里には近づかない方がいい」、クマにそう思いこませておけるかどうかということなのだ。

それこそがいま必要な「境界線の引き直し」なのだと思う。

人里に出てきたクマには、彼らがなにかいい目にあうまえに、痛い思いをさせて追い払うことが必要だ。

いきなり殺してしまえば、「人間は怖い」と覚えさせることが出来ないから、まずは死なない程度にいためつけて追い払った方がいいと私も思う。

だか、それだって必要なタイミングというものがあるのだ。

一度、甘い蜜の味を覚えてしまえば、辛い経験でそれを塗り替えるのは難しい。
クマだって、人間の裏をかけばいいことがあるって、すぐ学習してしまうだろう。

そこまで刷り込まれてしまったら、もう駆除するしかない。

放置しておけば、「人間はうまい食べ物を持ってる」−>「人間は弱い」−>「人間を襲って食べ物を奪えばよい」というように学習が進んでしまう危険性だってあるからだ。

自分から人間を襲い始めたクマを誰が止めるというのか?

私だって鉄砲撃ちの端くれだけど、出来ればクマは撃ちたくない。

可哀想という気持ちももちろんあるが、一発で仕留められなかったときの反撃の恐怖、手負いにしてしまったときのリスクなどを考えると、クマを射殺しなければいけない状況には遭遇したくないというのが正直なところだ。

街中で銃を撃てば、流れ弾の心配だってあるのだ。

幸運にも、まだクマ対策に駆りだされたことのない私だが、クマを射殺するっていう決断は、一般の人が思うほど気軽に出来るものではないってことぐらいはわかる。

今、私が住んでいる町の裏山は、まさにヒグマの生息場そのものだ。
その証拠に、私が仕事で仕掛けている自動カメラには、ヒグマの姿が頻繁に写っている。

これほど近くに住んでいるヒグマたちが、人家周辺に出てこないことを、私は心から感謝している。

彼らが人間を避けてくれるだけの「良識」を持ち続けているからこそ、我々の平穏な暮らしが成り立っているに過ぎないのだ。

お互いを怖れつつ、相手のテリトリーを侵さない、というあやういバランスを、これからも保っていけたらと切に願っている。

あいうあいう 2010/11/08 16:35 熊が人里に降りてくる一因には森林伐採と植樹が原因だと思います。
人間が自分の都合で森林伐採をして、材木になる杉の木ばかりを植え続けることで、ドングリなどの森に住む動物の食料となる木が減ってきています。
そのため食料を求めて熊などが山から降りてきたり、杉花粉症の人が増えたりしているのです。
だから、対策としてドングリなど食料になる木を植えていくべきだと思います。
すぐには効果が表れないが、長期的にみれば効果があるとおもいます。
人間の自己中な考えを捨て、自然と共存する道を進まないと他にも問題が出てくるかもしれません。
ついでに、米軍滑走路を珊瑚礁を死滅させてまで作る意義がわからない。珊瑚礁が減少しているのにもかかわらず

不動明王不動明王 2010/11/09 04:56 dobacさんや あいうさんと同じような意見です。
すべては、人間のエゴ。

ノアノア 2010/11/09 11:22 殺さないでと思うのは人間の優しさでは?
自分もできることなら殺さないでもらいたい。と思います。
人の言葉を理解できずに、力にたよって人間を襲うのは動物として普通のことではないのですか?
人間の赤ちゃんが言葉を話せなくて泣くのと同じに思えます。
危険だから殺していいのであれば、暴力団、暴走族等、は見つけ次第殺してもらいたいです。言葉を理解していてもそんな奴らもいるんです。よっぽど人間の方が性質が悪くないですか?
人間は同族にだけ甘すぎます。

marumaru 2010/11/09 14:03 Asayさん、はじめまして。

24日と31日の文を読んでの感想です。

”ある日森の中クマさんに出会ったらすごく怖かった話”なのですが、
この記事の主張と、この話は全く別物ですよね…。
悪意のある文章とは、まさにこの話の事でしょう。

熊のいるであろう山の中に自分の意思で入り、熊に出会って恐怖を感じた…。
そりゃそうだろう、当たり前の話だ…。
山の中に人間がやって来て警戒しただけだ…何一つ、熊は悪くない…。
熊は恐ろしい動物なんだよって言いたいのかはわかりませんが、
熊にとって、あなた方はさぞや恐ろしかった事でしょうね。
警戒をして、自分に害が無さそうであれば去っていく。
空腹時、子熊と一緒の時、威嚇や脅かす等を行わなければ、普段の熊の行動はこんな感じでしょう。

<春にだけ花を咲かせる種類の植物の写真を撮ろうと出かけたのです。>
遊泳禁止区間や期間での事故、山菜取りに行って行方不明、雪山で遭難などなど、
簡単な話が、リスクが怖ければやめりゃあいいよって事ですね。
自らリスクを負って、他の物のせいにする思考がわからない…。

<僕はクマに対する恐怖を煽りたいのではありません。>
自分から熊のいる場所に入って、恐怖を感じた話を載せる…完全に煽ってますね…。
日常での遭遇、街の中に降りて来た熊の話とは全く違う話…。

”山暮らしとツキノワグマ”の話ですが、
これは、人類の発展において、森林伐採や地球温暖化等あらゆる要因が起こした現実と言えるでしょう。
そして人間の後先考えない行動、モラルの無さ等が招く悲劇と言っていいかもしれません。


熊を殺さないでという言葉が出るのは、Asayさんの様な二つの文を一緒と考える人の声でもあると思います。
例えば”ある日森の中クマさんに出会ったらすごく怖かった話”で、襲われたとします。
その襲った熊を殺したとしたら、殺すなという声が出てもしょうがないでしょう。
しかしながら、”山暮らしとツキノワグマ”の話で、
民家をおそったりした熊を殺すのはしょうがない事だと思います。
その背景に人間の無責任な行動があり、人間が追いつめたんじゃないか?って声も出ますが、
現在悩んでる人に過去の人間の行動や無責任さの全てを背負わせるのは酷な話です。
色々な視点から見なければ、物事の善し悪しの判断は難しいものです。

人間の無責任さといえば、
良かれと思って行動を起こしたどんぐりはこびを批判というか、
してはいけないを前提に書いてらっしゃいますが、
Asayさんの自己満足のために山の中に入る行為は、
熊を追い詰めている行為の一つかもしれないという観点からは見ないのでしょうか?

<ところで北海道の5月というのは、ヒグマが冬眠から目覚め、
繁殖期を迎える前に単独行動している時期にあたります。>
この時期に山に入るという事は、十分すぎるくらい熊を刺激していますが…。
自分を見つめ直さないのに、人には見つめ直せって虫が良すぎやしませんか?

<最後になりますが、僕は日本の自然が大好きです。
もしあなたが、よりよい環境を守りたい、次の世代へと遺したいと考えているのなら、
僕とあなたは志を同じくする同志であるはずです。>
自己満足で山に入り、熊の領域を荒したり、熊を怯えさせている人の発言とは思えませんが…。

<「(ドングリ運びがたとえ)焼け石に水でも、1日1頭のクマを救うために」活動を続けているそうですが、
人間が餌をくれることを覚えたクマが「もっと餌をくれ!」と人里に下りてきてしまったら、
活動は逆効果になる可能性はないでしょうか?>
逆効果が出るかはやってみなければわからないですし、危惧ばかりでもね…。
何か他の方法があるのなら、あなたが行動すべきでは?

奥山保全復元は同じ団体でやってますし、
人間が減らした森の補助をどんぐり運び、
森の復活も一緒にやっているので、大きな問題は無いような気もしますが…。
同じ団体でやっている奥山保全復元の説明書いてないけど、あえて載せない感じですかね?
自分の意見の肯定の為とか。

自分は何も考えず、行動しない人が、
結果間違った行為の可能性があったとしても、行動に起こした人たちを批判するのはどうかと思います。
ネットで人の記事ばかり集めてきれいな言葉並べても、上辺だけの文章になっちゃいますよ。

<【きれいでわかりやすい言葉に惑わされず、考えること】>
自分自身へ問うてみては?


人間に危害を与えた動物の処分はものすごく難しい問題です。
動物を守りたい人、嫌う人、家族や友人と思っている人、
ペットを思っている人、物と思っている人、動物園で見るものと思う人などなど。
人間同士が造り出したルールに人間以外の動物の重要性が明記されていません。
一人一人、それぞれのルールしか存在しないのです。

どんぐりをあげる人、かわいそうと殺処分を止めようとする人、
殺処分を推奨する人、被害にあった人、保護する人などなど、
さまざまな事柄があり、さまざまな思いがそこには存在します。

色々な観点から物事をみて、考えた方がいいよというのは素晴らしい考えですが、
自分もそのうちの一人である事を忘れて話をしないようにした方がいいと思います。

ちゃおちゃお 2010/11/09 14:11 「熊が可哀相だから殺さないで」
そういう人がいてもいいと思いますし、未熟でもより人間らしいと思います。
主さんの主張は想像力があれば上記のような思いを持っている人でも感じているでしょう。
「実害がないからそういうことが言えるんだ」
そういわれれば、大抵の人は言葉を失うと思います。
「かわいそうという感情論だけでは被害は食い止められない。振りかかる火の粉は払い落とさなければいけない」
これはとても正論だと思います。
ですが人間は頭が良いが故に感覚が麻痺し、合理性を追求してしまう部分があります。
「人家が被害に合うから」「熊に怯えて暮らす方を守るため」という理由を合理的に追求していくと
「襲われる前に全て駆除してしまえば1回で済むのでコストも浮き人家の方々も安心する。一石二鳥」となります。
前提として「熊の生活より人間の生活のほうが大事」というベースを捨てることはできないからです。
そして過去人間はそうやって木を切り森を開き、住み着く動物を「害獣」と指定して駆除してきました。
正論を背景に一つの行動に突き進む人間を止めるのは、正論とはかけ離れた、極々利己的で個人的な感情論だったりすることは
数々の歴史が示していると思います。

ですので、猟友会に批判が集まっても私は構わないと思います。それで殺処分が無くなることはないと思いますし。
むしろ猟友会に「よくやった。頑張った」という意見のみが集まるほうが危険だと思います。
多様性を失った種族に訪れるのはゆるやかな死です。
思考もバランスが大事だと思います。

KuroiKuroi 2010/11/09 14:12 ノアさんこんにちは。
>人間は同族にだけ甘すぎます。
そうですか?人間は人間を傷つけたり、殺す事もします。
その反面、同族ではない動物を守ることもします。
そこだけを捉えると、人間は同族に厳しく、他族に甘い事になりますね。
ある事象から自分の主張に都合の良い部分だけを取り入れ、都合の悪い部分を切り捨てる、それでは正しい主張はできません。
それこそエゴイスティックな考え方ではないですか?

>自分もできることなら殺さないでもらいたい。と思います。
自分もそう思います。 熊森のどんぐり配りに反対している人の多くも同意見ではないかな。

ノアノア 2010/11/09 16:31 Kuroiさんこんにちは。
ご意見ありがとうございます。
なかなか難しい問題ではありますよね。
自分はどうも動物側に意見が偏ってしまいますね。
自分の近しい人が動物被害にあってないからでしょうか?
それとも、被害にあうのはもともと人間のせいでこういった事態になると思っているからなんでしょうか?
こういう問題って答えが出ないですよね。

まつりまつり 2010/11/10 22:27 Asayさんが主張されるところの是非ではなく、記事を「読み物」として読ませていただいた素直な感想です。

Asayさんは読み手のターゲットを「熊被害に遭われた方々の気持ちを想像せずに、熊がかわいそうだから殺さないでと感じている人」に的を絞っていらっしゃるようですが、ブログのタイトルを見てこの記事を読む「“それ以外“でも熊がかわいそうだと感じている人」の誤解や反感を招きやすいのではないか、と思いました。
それ以外、というのは人それぞれですが、たとえば「被害に遭われた方もかわいそうだと感じている人」や「仕方がないと理解もしながら、殺処分に胸を痛めている人」などです。

多くの人に自然保護や動物愛護について考えるきっかけを与える内容で、すばらしくまとまった記事だとは思います。
ただ、「かわいそう」「おそろしい」どちらもダイレクトで正直な感覚ですので、両者を対峙させても読者同士の感情論のぶつけあいになってしまいます。

そして、最後にかかれている「想像力をもって解決策を考えていくことが必要」という主張は、ごもっともだと思いますが、ずいぶんサラリとした印象です。この部分についての具体的なお考えを先に強く提示された方が、より意義のある記事になるのではないでしょうか?

chababachababa 2010/11/11 00:51 こんばんは、先日ドア日新聞にリンクがあったこちらの記事を見てまさにあたしが思っていた『確かに生き物を殺してしまうのはかわいそうではあるけど襲われる人の恐怖はとてつもなく、その後の生活にその怪我の支障もあろうしどうすればいいのか、が、現実問題既に被害多発なわけでどうしようもないとこまで来ているのか?』って思いと同じな上に私の知識になかった熊の手のつくりのくだりに私が考えていた恐ろしさ以上であったことを他人事と山遊びに行っている友人達への警告としてmixの日記と我が家のBLOGにリンクさせて頂きました。
事後承諾ですいません(何件かmixから来ましたと言うコメを見たのでお断りしておこうと思いました)
実際襲われている方々が続出しているこちらの県、襲われていない私でも恐怖を感じています。
今日もお一人、熊が来ないよう柿のみを落として熊対策中だった方が襲われ怪我をされました。
どなたかが熊への接し方さえちゃんとしていれば襲われる事はない的なことを書いてらしたのですがこちらの県では既に背後から襲われた方が2名、それも熊などいるとは考えられない海ともう一軒は自宅の敷地内です。
静に海釣りをしていた方と出先から戻って家に入ろうとしていた老夫婦です。
実際毎日いつどこで出るかと(既に山だけの話ではなくなっていますので)言う感じで、一度でも襲われたり自宅の車庫に立てこもったりされた方々は私たち以上に恐怖の日々を送っておいでるのです。
外出先から帰ってきたおじいちゃんが背後から襲われ怪我をして山から遠い病院に入院、さておばぁちゃんはどうやっておじいちゃんの病院に通うのでしょう?
そういった現実があることだけはやはり皆さんにわかって欲しいですね。
たまたま運よく熊には出会っていないですが熊出没注意地区に住まいしていたことも有りますし、本当に今は山から海の間どこにでも出るのですよ。

クマすきクマすき 2010/11/11 18:29 10/31の増田さんの意見

>増田 2010/10/31 16:26
>野生動物がたとえば…
>シカがライオンの縄張りに入って
>殺されて食われたとする。
>それは、「自然の摂理」で片づけられる。
>でも、
>クマが人間の縄張りに入って射殺されたら
>「かわいそう」なのか?「自然の摂理」じゃないのか?
>人間の縄張りに入ってきたクマだけ殺せばいい。
>お互い、弱肉強食の地球上に生きる生き物なんだから
>それは許される事だよ。

だったら、人間がクマの縄張りに入って食われるのは
自然の摂理で許されること、なんですね。

やまもみじやまもみじ 2010/11/11 20:41 グレートジャーニー全記録?に熊問題の解決のヒントがありそうですね。ヨシッネさんいつか山であったら宜しく。

茶々麻呂茶々麻呂 2010/11/11 23:21 Asayさん、初めまして。
冒頭でエントリの趣旨を3点挙げられていますが、これは逆にクマから見た人間に対してもそっくりそのまま当てはまるのではないでしょうか・・・。
「ある日森の中クマさんに出会ったらすごく怖かった話」を読ませていただきましたが、貴方はヒグマがいるような森の中で写真を撮っていたわけですよね。
クマの生息域に入り込んで、クマを驚かせた行為がどれだけ愚かなことか解かっているのですか・・・?
大いに反省をしてもらい、2度と行かないようにしてもらいたいです。
次に斜里町に出没した親子グマの射殺についてですが、貴方は射殺もやむなしという考え方ですよね。
ということは貴方が森の中で写真を撮っていた時にクマに殺されてもやむなしということになりますよね。
貴方の主張通り人里に下りてきたクマを殺すのは仕方ないと考えるのでしたら、山に入ってきた人間をクマが殺すのも仕方ないですよね。
ところが現実はどうでしょう・・・?
貴方のように娯楽でクマの生息域に入った人がクマに襲われた場合、人間はその仕返しとばかりにわざわざ入山して、捕殺したり射殺したりしていますよね。
このような不条理な行為を貴方は記事にしていませんね。人間の正当性ばかり主張するのでは中立的とは言えません。
次に貴方は「どんぐり運び」を駆除や殺処分と同様の傲慢な行為と言いながら、何故どんぐり運びだけを批判しているのですか・・・?
「どんぐり運びによってクマの数が増える、それは自然の状態と言えるのか」と疑問を呈していますが、駆除や殺処分によって数を減らすのも自然の状態ではないですよね。。
自然の摂理に反する行為をしておきながら、何故そのことは批判しないのでしょうか・・・。
ましてや「人命優先。射殺もやむなし」という大義名分を利用して、不正射殺、不正捕殺、無節操・無秩序射殺が横行しているのは貴方もわかっているはずですよね。
貴方も熊森協会さんのサイトやブログを熟読されているようなので、ご存知のはずです。それとも熊森さんの言うことは信じられませんか・・・?
そもそもどんぐり運びが正しいか否かを論じることほど愚かな行為は他にありません。
何故なら人間の英知では自然の生態系の奥深さを推し量ることはできないからです。
人間に自然の生態系を保護・管理することはできません。人間に生物多様性を維持することはできません。
森の生態系を守ることができるのはクマだけです。だからこそクマを守る必要があるのであり、その為には今行われている無節操・無秩序な射殺、不正な射殺を止めなければならないのです。
その手段の一つとして熊森協会さんはどんぐり運びをしているのではないかな、と私は理解しています。

KuroiKuroi 2010/11/12 00:04 茶々麻呂さんこんにちは、
>森の生態系を守ることができるのはクマだけです。だからこそクマを守る必要があるのであり、その為には今行われている無節操・無秩序な射殺、不正な射殺を止めなければならないのです。

なるほど。
クマのいない山なんてそれこそ山のように存在します、その山の生態系は誰が守っているのですか?

クマが有用なので殺してはいけないという意見は一見正しいようですが、裏を返せば有用でない生物は殺しても良いと言ってるのとそんなに違いは無いのでは?
つまり、あなたの主張はあなたと反対側にいる人の意見と大差ないかもしれませんよ、違うのは立場だけ。 怖いと思いません?

茶々麻呂茶々麻呂 2010/11/12 22:03 Kuroi さん、初めまして。
山の生態系を守れるのは自然だけ、森の生態系を守れるのはクマだけです。
この世に要らない命なんて一つもないと思います。

?私と反対側にいる人の意見とは具体的にどういう意見なのでしょうか?
そしてその中にAsayさんも含まれるのでしょうか?
?「大差ない」とはどういう意味なのでしょうか? 具体的にご説明願えないでしょうか。

KuroiKuroi 2010/11/12 23:11 茶々麻呂さんこんにちは、お返事ありがとうございます。

>山の生態系を守れるのは自然だけ、森の生態系を守れるのはクマだけです。
それは思い込みではないですか? 根拠は何でしょうか。
九州にはここ数十年熊はいないとされています、では、九州の森の生態系を守っているのは何ですか?
本州にもクマがいない森は幾らでもありますよ。

>この世に要らない命なんて一つもないと思います。
同感です。 ただし、目の前の1つの命を守る為に、他の多くの命を無駄にしては意味が無いと私は思っています。

>私と反対側にいる人の意見とは具体的にどういう意見なのでしょうか?
>「大差ない」とはどういう意味なのでしょうか? 具体的にご説明願えないでしょうか。
誤解があってはいけないので、もう1度お聞きします、茶々麻呂さんの主張は「クマは山の自然に有用なので殺してはいけない」という事でよろしいでしょうか?

>そしてその中にAsayさんも含まれるのでしょうか?
Asayさんの書かれた事をお読みいただければ理解できるかと思います。 それは私がここで説明すべき事では無いです。

アライグマンアライグマン 2010/11/13 07:13 Asayさん、初めまして。梨さんのページのリンクからお邪魔しました。熊森のホームページは本当に勉強になりますね。特にクマ補殺状況のPDFデータには驚きました。兵庫県の欄を見ますと推定生息数85頭に対し今年の捕獲数134頭。兵庫県のクマはすべて捕獲されてしまいました。86頭は放獣されているので今兵庫県にいるクマはすべて耳タグ付けてます。一体どれほど増えたら絶滅危惧種ではなくなるのでしょうね?

福井県勝山在住の人福井県勝山在住の人 2010/11/13 23:38 現状報告します。

平成22年11月5日現在 クマ出没状況
※福井に出るのは「ツキノワグマ」です。

目撃情報140件 痕蹟情報68件
捕獲放獣 44頭 捕殺 10頭

人身被害4件

うちの車庫の側にもクマの糞が落ちていて恐怖です
毎日、クマに用心するよう市内放送が流れます
朝に仕事していた所を襲われた人もいるので、朝怖くてゴミ出しに行きにくいです

襲われない為に、「周囲の柿・銀杏・クルミの実は収穫してゴミの管理はしっかりと」するようにと市役所から情報ビラが配られています。もし都会の人が何か勘違いして、ドングリ捲きに来ようとしているのでしたらホント勘弁して欲しいです。このページを見ている人の中にはそんな人はいないと思いますけど。

不自然な自然不自然な自然 2010/11/14 01:15 問題は、クマに襲われて重傷を負った方の画像を、修正なし、血みどろで無残に引き裂かれ、これは一生残るだろうなというものを公開しないからです。

襲われた方に了解を得てあちこちに貼ればいい。
クマを保護するネットワークのお花畑のような人たちのところにも。

現実を知らないからこういうことを言って、自分の発言・思想にうっとりするのでしょう。
だから現実を突きつけてやればいい。こういう傷を負うリスクを考えたことありますかと。
あなたはこういう状況になる場所でも、クマがでても絶対に猟友会に頼らず生きていけますかと。

安全なところから記事だけ眺めて無責任にHP・Blog・ツィッターで拡散する。それは捨て猫を見て「かわいそうだねー、でも私たち飼えないしね。写メもとったし、じゃーねー」って猫をまた置き去りにするような、そういう無責任極まりない行動と同じです。

行政への非難を呼び掛けるメールなどを掲げるのは行政への威力業務妨害としてがっちりと通報し、警察もプロバイダへIPアドレスなど通信記録を押収して捜査し、事情聴取、話にならないなら逮捕するべきでしょう。

福井県勝山在住の人福井県勝山在住の人 2010/11/14 20:19 クマの問題はややこしいんですよね、例えば勝山は昔、繊維の仕事で栄えていました。山に囲まれた土地を生かした農業も行われていたり。

ところが今は、繊維と農業だけでは仕事が足りません。年老いた親を置いて出稼ぎに出かける人もいます。その為、観光産業にも力を入れて「福井県立恐竜博物館」を建てられました。この施設は素晴らしく、「2009年10月に日本ジオパークに認定」されています。他には、「スキージャム勝山」という観光リゾート地もあります。大阪からもお客様が来てくださいます。しかしながら、両方とも山を開拓して作られたのでクマさんの住処が狭くなってしまったようです。

しかし今回、クマが民家に出没している原因は、異常気象が原因のように思われます。去年は割と木の実が豊作だったので、クマが子供を沢山産んだ可能性が高いです(去年は山だけで餌が足りたのか民家に下りて来なかった)。ところが今年は変な天気で木の実が山にならないので事件が起きています。

地元に住んでいる私からしますと、問題は世界規模すぎて(経済や異常気象)これが解決しないとクマ問題は解決しないように思えます。ぶっちゃけ、クマだけでなく人間も苦しいです。

勝山には、クマの他に狐、狸、イノシシ、リスなど多くの野生動物が住んでいます。また野良猫がいますが餌はセルフサービスでよろしくという事にしています(ねずみがいるので…家によっては冬になると屋根裏で運動会するくらいですよ!タンスやドアも囓りますしね)

野生動物は人間の臭いがついた食物は食べないものもいるようですし、セルフサービスの方がお互い幸せです。

ただ、生き物というのはお腹が空くと腹が立ちやすいのでそういう相手には気をつけるしかないですね。

茶々麻呂茶々麻呂 2010/11/14 22:28 Kuroi さん、こんにちは。

>茶々麻呂さんの主張は「クマは山の自然に有用なので殺してはいけない」という事でよろしいでしょうか?

主張と呼ぶのもおこがましいですが、「森の生態系を守ることができるのはクマだけです。だからこそクマを守る必要がある」ということです。
もっともクマは環境省のレッドリストに「絶滅の恐れのある地域個体群」としてリストアップされているわけですから、クマを守るのは人間の責務ですけどね・・・。
ただ「森の生態系を守ることができるのはクマだけ」というのは語弊があるかもしれませんね。
ついつい調子づいて言ってしまいました・・・。
私は専門家ではありませんし、日本全国の山や森を見て歩いているわけではありませんので、確かにクマがいない森でも生態系は守られているかもしれません。
生物多様性という言葉がある通り、いろいろな種類の野生動物や生き物や植物によって保水力のある山や森が作られ、守られているのだと思います。
そしてそれらの山や森を破壊し、生態系を破壊していいるのは人間だということです。
奥山まで道路を作り、天然林を伐採し人工林を植えてしまったので、今や野生動物たちは住む所も食べる物もありません。
昔九州にもたくさんのクマがいましたが、ほとんどの山を天然林から人工林に変えてしまったために絶滅してしまいました。
クマやシカやイノシシの生息地を奪っておいて、人里に下りてきた野生動物たちを殺すというのは、あまりにも身勝手で理不尽な行為です。
そしてその一番の責任は林野庁です。
不必要な林野事業のために1.3兆円もの借金を作り出し、その返済を私たち国民に肩代わりさせようとしています。
あえて私の主張は何かと問われれば「林野庁は木材生産を中止せよ。そして強度間伐により、奥山の自然林を再生せよ。」ということです。
さらに言わせていただければ「どんぐり運びの是非を論じている暇があるのなら、林野庁に文句の一つも言ってみろ。他人のことを批判する前に、まず自分で自然や動物たちを守る為にはどうすればいいのかを考え、そしてそれを実践してみろ」ということです。
ご理解いただけましたでしょうか・・・。

のぶのぶ 2010/11/14 23:03 猟友会の一番の問題は、自分の利益の為に熊を殺している人たちじゃないですか?毛皮を売ったり、熊の胆を売ったり。
現に取引合法ですから需要があるなしは関係ないかと思います。

熊は日本固有の動物なのに、こんなに簡単に殺していいのかなって愛国心のある人にでも聞いてみたい。

地元に住まわれている方はさぞ恐怖でしょうね。
ただ、怖いからといって絶滅させてもいいんですかね?

行政も責任問題問われるのが面倒だからすぐに捕殺許可下すんでしょう。ですが、行政って私たちの国をよくする仕事してるんでしょ?当然奥山の保全も国ですべきなのに、どうしてしないんだろうか。

熊の胆の取引を禁止にするぐらいしろよって思いますね!

のぶおのぶお 2010/11/14 23:13 山の中に果樹園なんておかしいよー。そりゃ下りてくるって。
熊は言葉がわからないからな。食べ物=食べれるものって思うし。

海外はかなり徹底してるよ。

グランドキャニオン近辺やらセドナやら、とにかく熊がいそうな場所車で走ったが、もうずっと森森森。そしてきちんと棲み分けができているよね。町と自然がとてもきれいにわかれている。

日本と比べるとまず棲み分けの時点でアウト。
日本に生まれた動物はかわいそうですね。
熊が絶滅したら海外に叩かれそうですね。

KuroiKuroi 2010/11/14 23:56 茶々麻呂さんこんにちは。
>生物多様性という言葉がある通り、いろいろな種類の野生動物や生き物や植物によって保水力のある山や森が作られ、守られているのだと思います。
>そしてそれらの山や森を破壊し、生態系を破壊していいるのは人間だということです。
全くです。
どんぐりを蒔く事で山や森や生態系を壊している可能性は考えられませんか?
どんぐり蒔きに反対している人はそこを指摘しているんですよ。

>さらに言わせていただければ「どんぐり運びの是非を論じている暇があるのなら、林野庁に文句の一つも言ってみろ。他人のことを批判する前に、まず自分で自然や動物たちを守る為にはどうすればいいのかを考え、そしてそれを実践してみろ」ということです。
だから、どんぐり運びが如何に良くない事なのかを主張しているんですよ。
川にゴミ捨ててる人がいたら「川にゴミを捨てるな」って言いますよね、それと同じです。
間違いを間違いと指摘し、指摘する事でやめさせるのも実践です。
事実を知りながら何もしない人を実践していないと言うべきでしょう。 混同されていませんか?

茶々麻呂さんが言われてる事は、どんぐり蒔きに反対している人の言われてる事とも随分重っているように思えます。
結論が異なるだけ。

最後に1つ
>昔九州にもたくさんのクマがいましたが、ほとんどの山を天然林から人工林に変えてしまったために絶滅してしまいました。
九州で九州由来のツキノワグマが絶滅したのは昭和32年という説があります。
林野庁が国有林生産倍増「計画を発表」したのも同じ年、造林の影響だけでその年に絶滅する可能性は非常に低いと思います。
自分ならもっと以前から数が減っていたと考えます。
イメージだけで批判しては、事実を見失います。

茶々麻呂茶々麻呂 2010/11/15 23:09 Kuroiさん、こんにちは。

>イメージだけで批判しては、事実を見失います。

ご指摘ありがとうございます。
以前九州で林業に携わっていた人が「その昔、クマがどれほど九州にいたのか、誰も見た人が居ないのでわかりませんが、今は絶滅しています。
広島県などの県単位でもクマは生息しているのに、広い九州に1頭のクマも生息できないのは、山をすべて、木材生産のために開発してしまったからです。」と話されていたので、てっきり林業開発で絶滅してしまったのかと思っていました・・・。


>どんぐりを蒔く事で山や森や生態系を壊している可能性は考えられませんか?

申し訳ありませんが、私は専門家でないので答えられません。
ただ私は熊森協会さんの活動に賛同しているので、「どんぐり運び」が正しいことを信じています。
僭越ながらあくまでも私個人の考えとして意見を述べさせていただければ、どんぐりを蒔くことで山や森の生態系が壊れるとは思いません。
自然の力は人間の英知では及びもつかないほど偉大ですから、そんな簡単に壊れるとは思いませんし、再生する力もあると思います。

話は変わりますが、昔の人は里山に熊の為に実の生る木を植えたり、畑を作っていたそうです。熊はそれらを食べていたので人里まで下りて来なかったそうです。
熊森協会さんのドングリ運びもクマが人里に下りて来ないようにする為の手段であるなら、人間の命を守るという意味も含めてどんどんやるべきではないでしょうか。
現にクマが出没している自治体からも感謝されているわけですし・・・。
「どんぐり運び」の是非を問うてる暇があるのなら、今行われている無秩序、無節操な捕殺や射殺、違法な捕殺や射殺に目を向けて、声を上げるべきではないでしょうか。
熊森協会さんのブログに書いてありましたが、つい先日も愛知県で錯誤捕獲された熊が違法射殺されましたよね・・・。

のぶのぶ 2010/11/15 23:22 侵入種の問題は鳥の体についていたりと、鳥が運ぶ場合はどう説明する?
どんぐり撒きによって生態系の破壊云々言っている方はそのことを言ってるんですよね?

まあしかし散々広葉樹を切り倒し、針葉樹を植え森の保水力をなくし、森を破壊してきたのだから破壊するにももう森にはそんな力がないんじゃないの。

KuroiKuroi 2010/11/16 00:28 茶々麻呂さんこんにちは。
>ただ私は熊森協会さんの活動に賛同しているので、「どんぐり運び」が正しいことを信じています。
信教の自由は憲法で認められていますので御自由に。
熊森さんの活動に賛同しているからどんぐり運びも賛同という事でしょうか?
もしそうだとすれば順番が違いませんか? どんぐり運びが正しいからという理由で熊森さんに賛同してくださいよ。
どんな組織でも個人でも間違いを犯す事があります、理念が正しいとしても行動や結果が常に正しいとは限りません。
カンボジアで井戸掘りをしたNGO団体があります、もちろん良かれと思ってやった事ですが、井戸の水にヒ素が含まれていた事で多くの中毒患者が出たという例もあります。
それ以前にユニセフがバングラデシュで掘った井戸でも同じ事が起こりました。

>僭越ながらあくまでも私個人の考えとして意見を述べさせていただければ、どんぐりを蒔くことで山や森の生態系が壊れるとは思いません。
>自然の力は人間の英知では及びもつかないほど偉大ですから、そんな簡単に壊れるとは思いませんし、再生する力もあると思います。
「思いません」は理由にはなりません。 熊を捕殺する事で山や森の生態系が壊れると「思ってない」人もいるのでは?
そういう方の考え方と同じですよ。
また、山に杉や檜を植林した人も、「そんなに簡単に壊れると思わないし、再生する力もあるだろう」と、思っていたとは考えられませんか?
何度も書きますが、大変失礼ながら、茶々麻呂さんの考え方は反対側にいる人と大差ないんです。

>熊森協会さんのドングリ運びもクマが人里に下りて来ないようにする為の手段であるなら、人間の命を守るという意味も含めてどんどんやるべきではないでしょうか。
本当にそのやり方で効果があるのか、山や熊に悪影響を与えるのでは無いかというのを問うているわけです。
それがクマを含む山の環境にとってマイナスであれば、どんぐりを蒔く事でクマを殺しているんです。
銃で殺す代わりにどんぐりで殺している、そうなっていないのかを検証してからどんぐりを蒔くべきとは考えられませんか?

>「どんぐり運び」の是非を問うてる暇があるのなら、今行われている無秩序、無節操な捕殺や射殺、違法な捕殺や射殺に目を向けて、声を上げるべきではないでしょうか。
無節操なのはどんぐり蒔きだと考えていますのでので、そこについて声を上げています。

>熊森協会さんのブログに書いてありましたが、つい先日も愛知県で錯誤捕獲された熊が違法射殺されましたよね・・・。
もし違法ならとんでもない話です、熊森関係者さんや茶々麻呂さんは今すぐ警察に届け出るべきです。 実践してください。

inatinat 2010/11/16 03:57 どうもはじめまして。
熊が人里に下りてくる問題で色々と調べていたらたどり着きました。
とりとめのない感想ですが、色々と思うところがあったのでコメントさせていただきます。

「自然保護や環境保全は『人間のため』である」という意見に胸がすっとしました。
人間社会における自然保護とは、まさしくそういうものだと全面的に賛同します。
人里に下りてきた熊が人間に危害を与える可能性があるならば、射殺は仕方のないことでしょう。
批判されている人は、「かわいそう」という感情が先走ってしまってるような気がします。
問題は「人里に下りてきた熊をどう処理するか」ではなく「なぜ熊が人里に下りてきてしまうのか」なんでしょう。

そういう観点で見れば、熊森協会さんのどんぐり蒔きは単なる感情的な批判に比べればわずかですが一歩進んでいると思います。
ただ、そのメリット・デメリットに関してはもっと科学的に議論するべきでしょう。
熊森協会さんが批判されるのは、「熊が住めるような豊かな自然を守ろう」という理念ではなく、「どんぐり蒔き」という方法です。
批判する論文に対する反論も具体的な内容がなく、膨大な研究資料があると言いながら公開しない熊森協会さんには、どうしても懐疑的になってしまいますね。
殺す・殺さないの二元論に落とし込んで、結局、感情に任せて突っ走っているように見えてしまいます。

一番の問題はどんぐり蒔きに代わる、科学的な、熊と人とが共存できる方法がないということなんでしょうね。
残念なことですけど、やはり環境問題は難しいですね。

いつか森や山に住みたいいつか森や山に住みたい 2010/11/16 09:02 私も本当は、動物(クマ等)の保護や自然を破壊しないで!と主張したいけれど
アスファルトに舗装された道路を歩くたび、便利なビル街で買い物するたびに
矛盾を感じてしまいます。
便利な環境で生活している以上、上辺だけの薄っぺらい感情で何を言っても説得力はないと思う。
もし本当に何とかしたいと考えているならば地方への抗議などじゃなく、
自ら市議会議員など目指し政治方面へ働きかけたり、私財をなげうって保護財団なり作ればいいと思います。
猟友会の方は嬉々としてクマを殺している…と思われていますが、ほとんどボランティア並の賃金で命を危険のある
役割をしてくださっているのは、危険動物人を守らなければ!っていう思念だと思います。
クマの親子は可愛くてほほえましかった分残念だったけれど、こういう環境にしたのは私達みんなです。
都会には山1つなく、車だって電車だってビルやマンションだって便利でみんな使っているのに、
自然破壊だからって地方の人達だけ不便な生活しろとか、言えません…。

いつか森や山に住みたいいつか森や山に住みたい 2010/11/16 09:05 危険動物から人を守らなければ!の間違いです。すみません

chababachababa 2010/11/16 17:14 また今日も『自宅裏』の草刈りをしていたご老人が襲われ怪我をされました。
子熊のようです。
子熊まで襲ってくるようになってしまったようです。
これで10人目の被害者です。

こちらの県では昔から熊はよく出没します、山には当たり前にいるものです。
こちらのリンクにもあるように県独自で熊対策もしているようです。
何故か熊森さんの支部はこちらの県には有りません?

前までは出る場所がもっと上(と言っても熊の生活区域では無い場所)だったのでほとんどは捕獲して山に返す方法をとられていましたが、今現在のやむない処置は市街地で実際に人に被害が出ているからだです。
たまたまお年寄りが多いのですが、いつ子供達が被害にあうか・・・熊の被害に関わらずおかしな犯罪者や交通事故同様自分の子供に被害が及んだら・・・と思うと。
前に海に出たときは大きな一級河川の河原をずっと海に下って行ったのではないかと言われましたがたまたま熊さんが途中でこの辺に食べ物があるんじゃないかと途中で河原を登ったら、そこには公園も住宅地も学校だってなんだって有ります。
どこに出てもおかしくない状況なわけです。
実際その河の途中の公園でも何度か目撃されていますがたまたまそのときは被害が有りませんでした。
今までも目撃されていないだけで結構出没していたのかもしれませんね。

今年は特に猛暑がひどかったことに加え、逆に去年は山の実りが多く春には沢山の子熊が増えていたようで余計に食べるものがなくて困った状態になっているようです。
昔から里山の整備や熊の餌になる木などを山に植える事はされています、何の努力もしていないわけでは無いのですがね。
長い長い間の環境破壊が生んだ問題なのでしょうね。

ただ怖がりなはずの熊さんが自ら何もしてない人を襲うようになってしまった事が今回とっても問題のような気がします。
人が用心して被害にあわないようにするしかない状態です。
熊がもう一度人は怖いから人里には近づかない・・・とは思ってくれないのでしょうか。
子熊が襲ってくるのですから・・・。

chababachababa 2010/11/16 17:55 ひとつ書き忘れました。
熊がどんどん人里にってもののひとつにどんどん山里から若い方が出て行きお年寄りばかりが住んでいると言うこともあるのでは無いかと思います。
実際そういう状況です。
昔のほうがずっと山里の人口は多かったです。
襲われている方がお年寄りが多いのは襲われた方は山里の方が圧倒的に多いのです。
そこにはお年寄りしかいないからです。
小学校なども廃校になったものも多く有ります。
ということは子供の遊ぶ声も消え、若い方が田畑山の仕事を生活音を伴って行わなくなったので山里が昔よりも静になってしまったことが熊さんが近づきやすくなったひとつの原因では無いかと。
そして一度人里に近づいた熊さんは山では食べなかったいろんなものを食べて味を知ってしまった。
そうした知識を子熊に伝えていく・・・。

となると、先にのべておいでる熊の住処をなくすから人里へ来るんだ山に食料となる物を!と言うのともまたちょっと違う気もします。
現状こちらの県には人の住まない山もふんだんにあります。

生き物は大切だし殺された熊はかわいそうと言う気持ちは射殺する猟師さんだって十分持っておいでると思います。

茶々麻呂 茶々麻呂 2010/11/16 23:17 Kuroiさん、こんにちは。

>何度も書きますが、大変失礼ながら、茶々麻呂さんの考え方は反対側にいる人と大差ないんです。

そうですね。Kuroiさんの書き込みの内容を読む限りにおいてはそうなりますね。

>銃で殺す代わりにどんぐりで殺している、そうなっていないのかを検証してからどんぐりを蒔くべきとは考えられませんか?

何度も言って恐縮ですが、山の生態系を維持できるのは自然だけです。たとえどんな状態に陥ろうとも人間さえ関与しなければ必ず復元し、生物多様性が維持されると思います。
そしてどんぐり運びは人とクマの命を守るための緊急的避難措置であるということをご理解ください。

>もし違法ならとんでもない話です、熊森関係者さんや茶々麻呂さんは今すぐ警察に届け出るべきです。 実践してください。

実践されました。そしてその内容が熊森さんのブログに克明に記載されていますので、ぜひお読みください。

今月の15日から3,4カ月間の狩猟期間に入りました。
山にいる何の罪もないクマやシカやイノシシや鳥たちが、猟友会の人たちの娯楽のために殺されます。
山を守るためにどんぐり運びに異論を唱えているのでしたら、山の中にいる動物たちを守る為に、猟友会の娯楽ハンティングや違法捕殺・射殺にも異論を唱えるべきではないでしょうか。

新潟県のハンターから、熊森本部に電話が入りました。
クマを有害駆除するには、法的には、有害とする理由を書いて、行政に駆除申請し、許可を得てから罠をかけます。
しかし、新潟県ではこのような手続きは作動しておらず、ハンターが罠かけをしてクマをとってから、有害駆除しておいたと行政に言う。言わない人もいる。行政は、見にも来ない。新潟のクマはハンターの獲りたい放題ということでした。

(2010年10月28日 読売新聞)
富山県がツキノワグマ保護管理計画に基づき、狩猟の自粛を要請する方針を固めたことを巡って、県内の猟友会員からは疑問や反発の声が上がっている。
県猟友会の前田誠副会長は「狩猟ができないと、免許を取る意味がなくなってしまう」と話す。
冬眠に向けて脂身を蓄えた肉や、冬眠明けできれいな熊胆が取れるため、クマ狩りを楽しみにしている会員が多いという。

(asahi.com マイタウン山梨 2010年10月29日)
山梨県笛吹市御坂町で桃やプラムを栽培する農家、米山光男さん(63)は狩猟免許を取得して43年になる地元猟友会の重鎮。
ツキノワグマも7〜8頭仕留めた狩人だが、最近頻発する「出没グマの射殺」を批判的にみる。
「クマは減っている」と語り、「いま見直すべきなのは、クマの食べ物をなくしてしまった林業政策」と訴えている。
シカが増えた。クマが減っていることと関連があると米山さんはみた。
それはクマの好物のドングリがなくなったからだ。御坂の山も椎(しい)やブナなどの天然林が伐採され、針葉樹の人工林に変わった。
最近はクマを見かけないと米山さんは話す。「クマもかわいそうだ」
「出没は今年ドングリが不作だからじゃない、日本中どこもドングリがなくなっているからだ」。
クマ絶滅は自然のバランスを崩してしまうと、猟友会員のまま、クマと森の保護を訴える日本熊森協会に入会した。
人間や作物に危害を加える出没グマはすぐ殺せという声もある。
森の変容を見続けてきた米山さんは話す。「元々の原因が何なのか、じっくり見直すべきチャンスです」

inatinat 2010/11/17 00:06 横やり失礼します。
茶々麻呂さんのおっしゃることに、どうしても得心がゆかない部分があるので、ひとつ質問させてください。
「山の生態系を維持できるのは自然だけです。たとえどんな状態に陥ろうとも人間さえ関与しなければ必ず復元し、生物多様性が維持されると思います。」という考え方であるなら、熊の射殺もどんぐり運びも同様に人間の英知によるものであり、同じように否定されるものだと思うんですが。
「どんぐり運びは人とクマの命を守るための緊急的避難措置である」というのなら、人里に下りてきた熊を射殺するのも人の命を守るための緊急的非難措置とは考えられないでしょうか。
どうしてどんぐり蒔きには賛成できて、熊の射殺には反対なのですか?
そのふたつの是非の差は、茶々麻呂さんのどのような考え方によって生まれているのでしょう?

kuroikuroi 2010/11/17 02:55 茶々麻呂さんこんにちは。
>何度も言って恐縮ですが、山の生態系を維持できるのは自然だけです。
>たとえどんな状態に陥ろうとも人間さえ関与しなければ必ず復元し、生物多様性が維持されると思います。
>そしてどんぐり運びは人とクマの命を守るための緊急的避難措置であるということをご理解ください。
inatさんも御指摘されていますが、私も緊急的非難措置という言葉だけではその矛盾を理解できません。
緊急的非難措置としての餌付けもしくは給餌が正しいのかを問うているわけですよ。
例えば東京で拾われたドングリが富山で蒔かれているという事実があります。
緊急的非難措置であれば富山のクマに食べさせる為に、東京の動物の食べ物を奪って良い理由を教えてください。

>実践されました。そしてその内容が熊森さんのブログに克明に記載されていますので、ぜひお読みください。
申し訳ありません、探して見ましたが、警察に届け出たという記述は見つける事は出来ませんでした。
urlをお教え頂ければ幸いです。

アライグマンアライグマン 2010/11/17 10:25  愛知県瀬戸市の件について、イノシシのオリに誤捕獲されたことは、無許可での捕獲にあたり「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」違反に当たります。第10条に違法捕獲に関する解放の条件がありますが、第3項「捕獲等又は採取等に際し、住民の安全の確保若しくは指定区域の静穏の保持のため必要があると認めるとき。」に引っかかると思います。これは例えば猟銃を用いた違法捕獲等、住民の安全を脅かす場合、捕獲した鳥獣の解放を命ずる事が出来るようです。今回の場合、危険性の少ない箱ワナであり、解放することが住民の安全を損なう危険性が強いですね。このような場合、正当防衛や緊急避難等を考慮して、法律的な判断が下されると思います。誤捕獲状態は違法ですが、殺処分は違法とまで言いきれないと思いますね。
 しかし、殺処分にあたり周囲の安全を確保するのは警察の公務であり、それを何時間も妨害し続ける行為は公務執行妨害にあたると思います。ホームページでは当初「警官に抱えられ現場から退去させられた」との表現が「行政により退去させられた」になり、今では「行政マン等に退去させられた」になってますね。この辺の感覚が私には理解不能です。

茶々麻呂茶々麻呂 2010/11/18 23:28 inatさん、初めまして。

「どうして熊の射殺には反対なのか」というご質問ですが、申し訳ありませんがそのご返事は控えさせていただきます。
一口に射殺といってもその事例は千差万別です。
ですので何処かの町でクマが射殺されたという話を耳にした時は、射殺許可を出した自治体に問い合わせてその経緯や対処の仕方を伺い、果たしてその対応が適切なものだったのかをよく吟味して、私なりの意見を述べさせていただいています。

今も山形県のみどり自然課長と西川町で起きたクマ射殺事件について、何回かやり取りをしている最中です。
一昨日は鳥取県の八頭町からご返事が来たのですが、緊急的避難措置とはいえクマの射殺にとても苦慮されておりました。
放獣をしたり広葉樹の植林を推進したり、クマとの共存に努力される一方で住民の安全確保をするために鳥取県ツキノワグマ保護管理計画に基づく緊急対策本部を設置し、期間限定で農地・集落周辺で捕獲したクマについては原則殺処分とする決定をされたそうです。
同時にクマが人里に下りて来ないための防止策として、日本熊森協会さんにお願いしてどんぐりを蒔いてもらったそうです。

このように一口に射殺といっても不正、違法、無秩序・無節操な射殺もあればやむおえない緊急的避難措置としての射殺などいろいろあり、私なりに事実を調べ理解している最中です。

ですので誠に申し訳ありませんが、inatさんの熊の射殺に関するご質問には簡単に答えられない旨、ご了承ください。
--------------------------------------------
kuroiさん、こんにちは。

私の考えはすでにご理解いただけたと思います。そしてkuroiさんのお考えも十分承りましたので、そろそろお暇させていただこうと思います。
ご納得いただけなかったのは残念ですが・・・。
ちなみに私は東京の動物の食べ物などを奪っていませんが・・・。
熊森さんが警察に届け出たかどうかはわかりませんが、クマのために抗議をし、クマを守るための尽力はされたと思います。
私が「実践されました」と書いたのは、熊森さんのブログを克明に読んでほしかったからです。
騙したような書き方をしたことはお詫びいたします。
連日に渡り貴重な意見交換をさせていただき、本当にありがとうございました。

ナカモトナカモト 2010/11/19 02:16 茶々麻呂さん、こんにちは。
コメントを読んでいて思いましたが、inatさんはあなたに、「熊の射殺に反対する」個々の事例を聞きたいのではなくて、「どんぐりまきに賛成して射殺に反対する理由」を聞きたいのではないでしょうか?

>「どんぐり運びは人とクマの命を守るための緊急的避難措置である」というのなら、人里に下りてきた熊を射殺するのも人の命を守るための緊急的非難措置とは考えられないでしょうか。
>どうしてどんぐり蒔きには賛成できて、熊の射殺には反対なのですか?
>そのふたつの是非の差は、茶々麻呂さんのどのような考え方によって生まれているのでしょう?
とのことですから、上記のような考え方をするあなたが、なぜ射殺に反対し、どんぐりまきに賛成するのか…という大元の論拠を聞きたいのだと私は思いました。
個別の事例についてご自分で調べお考えになるのはご立派だと思います。その行動の原理を聞いているのがinatさんの質問だと感じました。私も茶々麻呂さんの考え方を知りたいです。
どうか、inatさんのご質問をもう一度お読みになって、お答えいただけませんか?

”ね””ね” 2010/11/30 19:52 アライグマンさん、こんばんは。
はじめまして。コメントはあちこちで拝見しております。
さて、
瀬戸市の件は第10条の措置命令の対象にならないと考えます。
というのは、錯誤捕獲及び無許可捕獲であっても、第9条の許可事由に該当しない場合は第10条の対象とはならないからです。
瀬戸市にはツキノワグマに対し第9条で許可を得られると規定された捕獲する理由が全くないからです。(錯誤捕獲されるまではツキノワグマの被害は全くありませんでした。)
第10条の運用については、御存知だとは思いますが、某団体(笑)サイトの鳥獣保護法「第十条第一項についての衆議院の会議録」http://www008.upp.so-net.ne.jp/mittairen/manual/10.1.mhtが参考になります。
あまり詳しく書くと「敵に塩を送る」ことになりそうなので、端折りますが(笑)、錯誤捕獲された時点で違法状態であったことは確かですが、違反を問えるかというと判例、通則からかなり難しいと考えます。
それでも、例の団体さんが法的措置を実践するというのであれば、ちょっとは見直しますが、違法、違反とウェブサイトで書き散らすだけなのは明らかだと思います。
では、"ね"

mikomiko 2011/01/25 18:56 わたしはカナダに住んでいます。熊をよくみます。子どもを見つめる親熊の優しい目は人間と変わりありません。射殺される熊をかわいそうだと思うことは不思議なことではありません。誰もがかわいそうだと思わなくなることこそ、私は恐ろしいです。

AsayAsay 2011/01/26 02:06 >miko さん
こんにちは、コメントありがとうございます。
不思議なもので、私たち人間とクマとでは種が異なっても、親が子供を見る視線はなんとなく分かる気がしますね。
「誰もがかわいそうだと思わなくなることこそ恐ろしい」、仰る通りだと思います。本エントリでも、「かわいそうだ」と思う気持ちは否定していません。ただ、その優しい気持ちから来る行動が、かえってクマのためにならない結果を生むかも知れない、ということ、その気持ちで命や生活が脅かされるひとがいるかもしれないということを考えてみて欲しいと思って書きました。

僕は、かわいそうだと思うなとも、恐ろしいとだけ思えとも言いません。考えるきっかけになれば幸いです。

ツキノワグマ金太郎ツキノワグマ金太郎 2011/02/15 12:57 はじめまして、ツキノワグマ関連で検索してたらたどり着きました。

色々な方がそれぞれの考えをお持ちなのも良く分かりました。
私は皆さんの意見や考えを否定することはしません。
ただし、私なりの考えにも耳を傾けて頂ければ幸いです。

クマが害獣として人里に下りてくるようになり始めたのは実は最近の話で年々増加傾向にあります。

この理由として挙げられるのが
我々人類が生活する上で利便性や快適性を求め
人類よりも先に誕生してるとされる動物たちの生態系ばらびに地球の環境を破壊したことが大きな原因です。
そして、人類は自分らの縄張りを広げるために「敵地侵略」を行い土地や自然を奪った。
生きてる動物を殺し毛皮を剥ぎ取り冬をしのぐ着る物を作り同時に食材を得た。
敵のいない土地には新たなる活動拠点となる住みかを建て年月の経過と共にこれを繰り返したのが人類。

ただし、人類も含めた動物には「弱肉強食」と言う世界があり、「強いものだけ」が残れる厳しい世界であったのが
現代を生きる人々の知らない世界。

その時代を知ることも無い現代っ子は
マナーやモラルは低下したどころか全く無い
人間に合わせて作られてる食材カスを平気で山にぶちまけ、河に油ごとジャバジャバ流す光景は全く減らない。

これがクマだけに関わらず山に住む動物たちに大きな悪影響を及ぼし山の本来の生態系が破壊された。

さらには、今の政治家は私服を肥やし無駄な税金を使って無駄な事ばかり行い全ての動物が生態系を破壊される事なく共存できるようにする対策を怠り被害は拡大する一方、やむ終えず山から降りてきてしまったクマたちは一人だろうが親子だろうが容赦なく銃殺される。

人であれば死刑よりも酷い形なのは誰でもわかるはず。
そして、親子でも関係無く射殺できる神経は誰もの記憶にまだ新しい「世田谷一家惨殺事件」や「秋葉原無差別通り魔事件」匹敵する異常者であると言っても過言ではない。

山肌に住み農家を営む皆さんの立場からすれば
毎日クマにおびえながら生活するのは精神面から相当辛いことと思います。
しかし、先祖代々その生活が受け継がれてきてる事も忘れてはなりませんし、クマたちもいつ人間に銃殺されるかおびえながら生活をしてるのも事実です。

仮に、家の周りで銃を持った不審者が毎日のようにウロウロするのと、クマが武器を持たずウロウロするのでは明らかな危険度の違いがありますよね?
これが理解できればクマの事もう少し考えれるはずです。

私はかれこれ3年ほど前ではありますが、
職務上、「人の殺し方」を教わり有事の際は
最前線で戦わなければならない身分でした。
正直言えば、自分の手で「人を殺せ!」と命令されても
やはり躊躇いは出てしまうのが現状でした。
当然の事ではありますが、相手を殺さなければ
自分は確実に殺されると言う世界でした。

これで気が狂いカウンセリングをしても治らず
退職をして今は違う職場で勤務をしつつ休みの日にはたまに近い山へ入山することもあります。
その時にもし私がクマと遭遇した場合、特別な事はしません。
クマから立ち去ればそれに続いて私もクマの生活圏から退去します。
クマが襲い掛かってきても反撃などは考えてませんし
逃げもしません。
当然ながら、地元当局に通報すればそのクマは銃殺される観点から通報もしません。

クマと共に過ごすことができる環境があれば私はそれを望みます。

我々人類がクマたちの生活圏と生態系を破壊したのは紛れも無い事実である以上私はクマたちと共に快適に過ごせる環境が整備される事を強く望みます。

そして、クマたちの家族構成や生活は何気なく人類に似てるところが数多く見受けられるのも事実。
話せば分かる頭の良い動物かもしれないと私は思っております。

最後に私がとあるところで目にした文を引用します、

「デンマークとクマ」

アメリカ(ヴィンランド)を最初に発見したのは、北欧のバイキングだといわれています。
コロンブスが1492年に発見するよりも、500年も昔のことです。

ヴィンランドの地でバイキングたちは「クマ」と出逢いました。
深い山のないデンマークでは、見たことのない動物です。

その穏やかで優しげな面もちや家族を守るたくましい姿はバイキングたちからデンマークの人々に伝えられました。
このような「クマ」の強くて優しいイメージはバイキングのイメージと重なり、
親から子へと語り継がれていったのです。

今でもデンマークの子供たちは眠りにつく時、お父さんやお母さんから様々なクマのお話を聞きます。
勇気を持って頑張ることや、人と優しく接することを暖かなベットの中で学んでいくのです。

そして、子供たちの健やかな成長を願って、クマのぬいぐるみが贈られるのです。

よしいちゃんよしいちゃん 2011/03/13 20:58 Asayさん初めまして

熊に会って命の危機を感じて、生き残る為に熊を殺す。
それを責める方は本当に酷い。

しかしもしあなたが熊を一頭殺したなら、一頭生かす努力をして下さい。

あなたも山暮らしの主婦さんも、熊に会う事を承知で山に踏み入ったりそこで暮らしたりしているのです。
熊に遭遇するのは当然です。
そして日本の森の王は熊なんです。人間ではありません。
しかし、幸運な事に人間は銃を手に入れる事ができました。
そのお陰で、万一熊に出会って、恐ろしい目に遭っても、回避が可能になりました。
しかし、それが当然だと思ってはいけないと思います。
殺した熊に感謝し、生き延びれた幸運に感謝し、そして不用意にもう森に入らないで下さい。
被害が有ったからと、駆除の為に山に立ち入らないで下さい。
熊は森の王なんです。
沢山殺した果てには、熊意外の動物にも悪影響が及ぶんです。

てらさんてらさん 2011/03/21 13:54 Asayさん初めまして
「クマがかわいそう」というより、本来クマ(ヒグマ)と人間は別に暮らすべきであると思っています。
お互いに干渉せず、別の地域で暮らすべきです。
人間は、過去においてこの問題が存在することに気が付かず、人間の事情で生息域を拡大してきました。その結果、人間とクマの生息域がオーバーラップして問題が生じてきたのです。ヒグマをアイヌの人は「キムンカムイ」と呼びます。「やまの神」という意味です。ヌプリも山を意味しますが、キムンは里山、ヌプリは山奥を意味します。すなわちアイヌの方にとってヒグマはすぐ裏山に住んでる存在だったのです。
里山に人間が住むようになれば、人間とヒグマの接触が起こるのは当然です。そこで「危険性が」といわれる方々は、「危険性」が人間の持っている感情であることに気が付かないふりをしています。クマにしてみれば、人間が「怖い」と思うために自分たちが殺されることに、納得が出来るでしょうか?
 アラスカのカトマイ国立公園では、グリズリーが遡上する鮭を取る様を、10mの距離から観察できるそうです。しかも、宿から観察場まで自然路を歩いてゆくために、途中でグリズリーと出会うこともあるそうです。しかし、そのような時は、人間が端により道を譲ると2・3m前をグリズリーがゆっくり通り過ぎるそうです。くまを殺すことを当然と主張される方は、このことをどう判断されるのでしょう?
「人間は何もしないこと」をヒグマに理解させるには2〜30年の時間が必要でしょうが、クマが人間に危害を加えないことも事実なのです。

しゅうしゅう 2011/03/24 01:38 てらさん
>クマが人間に危害を加えないことも事実なのです。
事実に反しています。

カトマイ国立公園の例はもっと良く調べてください、ガイドはなぜ銃を持っているのでしょうか。

狸 2011/05/10 12:49 そうか、人間に危害を加える恐れがあるから熊をこじょしないといけないのか・・・。
ならば、熊より前に人間を駆除しなけりゃいけないな。
人間に対して一番多く危害を加えているのは、他ならぬ人間だからね。

狸 2011/05/10 12:50 そうか、人間に危害を加える恐れがあるから熊をこじょしないといけないのか・・・。
ならば、熊より前に人間を駆除しなけりゃいけないな。
人間に対して一番多く危害を加えているのは、他ならぬ人間だからね。

   2011/05/17 19:24 生きる事の辛さ、共存の大変さをしらないとはいえ、
現場を知らない人の言いたい放題!やりたい放題!
こうしたらいいああしたらいいだと?!ならば貴様でやってみるがいいこの偽善者、無責任者どもめ!
ここまで怒りを覚えた事はない。お前らが次に里に生まれてくるがいいさ!そして熊の恐ろしさを存分にしるがいい!

SavagiSavagi 2011/05/28 21:50 所詮、いろいろな活動をしていても野生のヒグマを理解している人はいないのが現状だと思います。学者の無責任な意見、活動家の保護の大義名分の意見でシーシェパードと何ら変わらない。ヒグマはケモノです。個体により人を恐れず襲い掛かったり、待ち伏せもします。車にも突進してきます。生活になじみの無い方が議論しても空論でしかありませんね。漁師が海で魚を獲るように、マタギは山で獲物を獲ります。狩猟期間中の獲物の一部です。ただし、ヒグマは期間に関係無く人間や家畜を襲い畑を食害します。共存とは狩猟を前提に出来るものと考えています。

東北の林業職東北の林業職 2011/06/04 02:53 色々な考えが拝見でき、勉強になりました。
西日本のツキノワグマと北東北のツキノワグマが本当に同じツキノワグマかと疑問になるほど、他の人がコメントしている現状と、うちの近所の状況が違うので参考にうちの近所の状況を書かせてください。
・天然林は衰えてなどいない。
・人工林が伐採され、植えるお金がないので放置して天然林化が進んでいる。(林業視点では荒廃)
・行政発表ではクマの生息数は横ばいだが、うちの地元では明らかに増えている。
・うちの自治体の猟友会は平均年齢66歳、有害駆除従事可能人数10名。
・後10年もすれば駆除できる人材が絶える。
・麻酔銃を撃てる人材がいない(獣医兼ハンター)。
・自治体からクマ捕獲従事に関する謝礼、猟友会に対して年間10万円。
・年間延出動回数は延べ100回以上。

うちの地元では、クマは豊かな森を謳歌するかのごとく増えており、奥山には大型化したクマがテリトリーを広げ、夏場(木イチゴが終わった頃から)餌にありつけない中〜小型が締め出しをくらって人里に降りてきます。
ブナ・ドングリの豊凶にかかわらず秋には山に戻る。
一方、自治体にはお金もないし、実働部隊の猟友会が弱体化しており、クマの命を奪わない方法を実践する余裕がない。
そんな状況です。
ちなみに林業職が山でツキノワグマに襲われたとしても、うちの地元ではそのクマを駆除することはありません。
ヘルメット割られて片耳もってかれた同職がいますが駆除しませんでしたしね。

うちの地元は人材が絶えるので今以上にクマ天国になることでしょう。
困ったモノです。

茜 2011/06/05 02:33 ちょっと話題はそれますが、熊に限らず、人間は動物に対して本当に申し訳ない事をしていると思います。人間が増えすぎてしまった事も問題だとさえ思います。人間が増えればそれだけ動物の住処をおかしていきます。熊に襲われたら人間はひとたまりもないでしょう。やむを得えず殺してしまう場合もあると思いますが、人間はそうゆう最低限の殺しだけをしているわけではないです。実際には、必要のない無くても良いような内容の動物実験、娯楽のための動物ビジネス、食肉を簡単に残す等、本当に申し訳ない事をしてると思います。そうゆう事に無関心な人も多すぎるとも思います。
動物より人間を優先するのはしょうがないと思います。熊に襲われる人がいるなら殺す事もやむを得ないでしょう。でも、もう少し動物に対して優しさや愛情を持ってほしいとも思います。

SavagiSavagi 2011/06/10 01:38 今、山で起きている事は、東北の林業職さんのお話の通りだと考えられます。山里から人が離れ、野生動物の生息エリアは確実に拡大の一途を辿っています。クマは増加の傾向と考えるのが自然です。地方自冶体のクマの個体調査では、ここ数年どこの都道府県も横ばいか減小です。調査にも限界(予算を掛けられない)があり、有識者、学者の意見を取りまとめて→発表の繰り返しのようです。毎年決まった顔ぶれの会議での決定だと思われます。自冶体で増加と発表すれば対策をしなければならなく、対策に予算付けも必要となります。費用対効果の関係上、自冶体は山の事は見て見ぬ振りを通しているのが現状だと思います。クマの場合は鹿と違い山林への被害も無い事から対策不要の論理もあるようです。今後、クマの生息数が増えた場合はイノシシのように民家に出没が考えられますね。一般の人はあまり知らないようですが、駆除を警察に依頼すれば良いと思う方がほとんどだと思います。しかし警官は発砲すらできないのです。自衛隊も同じです。猟銃を所持していないので発砲の時点で銃刀法違反と狩猟法違反になってしまいます。まして警官の所持している銃器では到底駆除は無理です。それが今の日本の法律です。ツキノワグマの人への食害は聞いた事は無いですが、ヒグマから見ると、人は鹿や牛と同程度の食材を感じます。学識経験者によると「個体によっては」と言ってますが、ここ数年無防備で襲われた方のほとんどに食害の痕跡があったようです。食害した遺体を隠し、更に別の人2名を待ち伏せをして襲い掛かる事を繰り返し、最後はハンターが仕留め、胃の内容物から最初に襲われた方のDNA反応が出て、最初に襲われた方を襲ったヒグマと特定できたようです。今後、改めて春山駆除を再開しないと、10年後は危険な状態となるでしょうね。

公実公実 2011/07/10 19:02 無責任に餌をまくことや一方的にかわいそうだからやめろということは確かに間違ったことだと私も思います。
しかし上の意見のように動物を殺すことを正当化した文章もどうかと思います。
恐いから殺すというのはかわいいから殺さないでというのとどこか似ているように感じます。
人里にきた熊を殺すことは仕方のないことです。ですが自分たちの言い分だけ述べて反対派の人が何か考えろとか行動しろというのもなんだか納得ゆきません。

AハンターAハンター 2011/07/21 18:42 東北のハンターです。熊問題、色々と参考になりました。
熊は、とても可愛いです。昨年のドングリ不作で、あちこち熊が出没し捕獲されました。
食べ物が無くて人里に来て農作物を大量に食べて行きます。捕獲にあたっても、何で檻に入ったの!余り悪戯せずに山に帰れば良かったにとか、クマに情けをかけてしまいます。
猟期に入ると我々の出番です。瞬きもせずにクマを探し捕獲します。大事な食料です!クマを殺さないでとか言ってる人は何も(牛・豚・鳥・野菜・米)食べないで下さいI。
お金を払って食べるから粗末になる。クマはじめ捕獲鳥獣類は天からの授かりものです。大切に御馳走になっています。
時代の変化で薪ストーブから石油ストーブ(電気暖房)と変化、雑木林は消え造林(杉)へ山はあるが餌の元となる雑木林が少ない現状です。
拝見しましたが餌を撒く事は絶対にしないでほしい。撒かずにあちこちに植えてもらいたいくらいです。(許可を取って行ってください)
年々熊と人間の境界線が無くなってきてます。住居付近を堂々と走りまわってます。
ツキノワグマに襲われる人は毎年います。天然記念物のカモシカも食べられてます。カモシカを銜え背中に乗せて走っていくツキノワグマも目撃されてます。もし人間だったらと想像すると、さすがに恐怖です。
熊を人里に降りて来ないような対策を重点的にしていかなければならないです。いつまでたっても、このままでは変わらないでしょう。
また、クマのみならず野ウサギ・山鳥の減少、狐・テン・狸・川鵜の増加など生態系が少しずつ壊れてきてます。
我々ハンターも高齢化により困っています。後、15年もすれば誰も居なくなります。21年度の銃刀法の改正により益々の脱会者が増えてきてるのがとても残念です。
なんらかの対策を考えてもらいたいものです。いずれ街中を可愛いクマが走り回る時がくるでしょう。

七位七位 2011/08/20 21:56 >クマを殺さないでとか言ってる人は何も(牛・豚・鳥・野菜・米)食べないで下さいI。
>いずれ街中を可愛いクマが走り回る時がくるでしょう

ずいぶんと乱暴なご意見ですね。

本当にハンターなんですか?
それならあなたも考えるべきでは? 
ちょっとがっかりです。

菊 2011/08/23 16:29 遠回しに可哀想と思うなと言いたいんですか?
動物が死んで可哀想だと思うのが普通の人間でしょう
その感情が無くなれば人間はただの殺人鬼です
可哀想と思う感情と生存本能は矛盾なんてしていませんし、二つともあって当たり前とは言わなくても多数を占めているのが人間です
その誰もが抱くはずの感情を否定しないで下さい

論争で解決するのではなく、一生向き合って行く問題なんです

この問題は両方の意見とも正解じゃないし、元から正解はないんです

匿名希望匿名希望 2011/08/23 20:26 ↑ちゃんと読みました?どこにかわいそうっていう気持ちを否定する文があったんですか?
かわいそうだというひとの気持を理解したうえで、その気持ちによる行動は控えるべきだと主張しているんじゃないんですか?別に正解について説いてるわけでもない気がしますけど。

傷付いた小鳥を飛ばしてやろうとして空に放り投げて満足げににやにやしながらそこを去るような自己中な行為は控えるべきだと私も思います。傷付いた鳥は地面に叩きつけられることになるんですから。そしてその鳥の処理をするのは、決して空に放り投げた人ではないのです。

札幌市民札幌市民 2011/10/08 13:55 ここにあるコメントに対する批判ではありません。

今、まさにヒグマが市街地まで出てきている状況です。
恵庭で射殺された熊の胃腸には何も入っていなかったそうです。つまり極度の空腹だということです。
某動物園の熊オリのうち、1か所とても狭い所があり、客と熊の距離が他より近いです。柵の下が深い堀になっているので襲われる危険はないと思いますが、万が一、本気になった熊が飛びかかり、爪が柵の縁に届いて、これを手掛かりに乗り越えてきたらと心配になるほどの距離です。
今はまだ、熊が「人間とは自分と同等かそれ以上の強さを持っている生き物かもしれない」と思っている状態だと思いますが、これが一度人間を襲い、人間が自分より圧倒的に弱い生き物だと理解したら、私たちは豊富にあるエサだとみなされるのです。体重60kgのうち、半分が骨だとしても、30kgは食べられるわけですから絶好だと思います(熊は内臓も食べます。むしろ好物です)。

千歳や円山では集団下校をしています。休校もありました。熊が出た公園も封鎖されました。
けれど、私たちは、これが気休めでしかないことを知っています。
(熊はこちらが集団でもお構いなしに襲ってきます。封鎖は熊の縄張りに人間を近づけないための対策ですが、餌が無い以上縄張りは広がります)
それでもこうする以外に対策がないことが、どうしたら熊が側にいない皆様に伝わるかわかりません。
猟友会の方々が見回ってくれていますが、身体能力は熊の方が上です。行動範囲も移動速度も圧倒的に人間が劣ります。
熊は60km/hほどの速さで走れるそうです。重量は最低100kg。ほぼ車です。そんな速さの車にぶつかられたらどうなるか想像できませんか。しかも熊は車よりずっと柔軟に動きます。
そして建設用車両のようなアームを2本と、巨大な万力のような顎を持っています。
熊も必死です。そこには手加減も躊躇いもありません。

熊を死なせてしまうこと、山に餌の無い状況、どちらも「かわいそう」です。では人間が餌になっても仕方ないと思われますか。
餌の確保が間に合わない、金銭的にカバーしきれない、そんな理由で中断したって、熊には関係の無い話です。餌が来ないならとりに行くと考えますよ。
人間が与えた餌には間違いなく人間の匂いが付いています。熊の嗅覚は犬以上だと聞きますから、必ず人間の匂いを記憶します。
人間のいる所に木の実があると思った熊が人間を襲わないはずないでしょう。その時襲われるのは餌を撒いた人間ではないんです。

何度も言いますが、熊にとって人間は餌です。クルミやシカと同じ「毒が無いから食べて良いもの」です。
私たちは生きています。生きている以上は生き続けたいと望みます。熊もそうです。
捕食する側される側が相いれないのは当然です。どちらも自分の命を守るために必死だからです。
熊に食われるとしたら、私たちです。あなたじゃない。
熊を絶滅させて永久排除したいわけではありません。縄張りを保ちたいだけです。人間を餌だとみなせば、熊は縄張りを広げます。それは熊の事情です。縄張りの境界線なんて人間にはわかりませんが、踏み込めば熊は侵入者として排除しに来ます。
私たちは縄張りを守り、熊を遠ざけたいのです。
それを柵の外で観ているだけの人が、熊のいない隙をついて餌を投げ入れるだけの人が、横槍を入れないで頂きたいものです。

最新の情報では、午後4時頃にも住宅街で目撃されています。いくら北海道でもまだ明るい時間です。こんな時間から人間のいる場所を歩くぐらい、空腹は切羽詰まっているのだと思います。
彼らが冬眠したと解るまで、私たちの不安は消えません。
冬の間に餌となる若木や新芽が熊の腹を満たすほどになっているとも思えませんから、来年の春にまた下りてくるかもしれません。
それがどれだけの恐怖であるか、伝わらないのが残念です。

みつきみつき 2011/10/08 15:42 >札幌市民さん

おなじく、札幌市手稲区在住の者です。
コメントとほぼ同じ恐怖を感じつつ、毎日ニュースの情報をひろっています。心中お察しします。
わたしはまだ、JR沿線の山から若干離れたところにいるので、札幌市民さんの感じられている怖さより少し度合いは弱いかもしれませんが。ただ山へ繋がっている(橋が架かってるが、下が一直線)川がすぐ近くにあり、よく散歩やランニングに使う開けた土手があるので、「まさかここまで来るだろうか」と思いつつも、やはり可能性が拭えず少し不安です。

怖さって身近にないと気づけません。今の日本人は特に想像力がなくなってきてますから(わたしも含めてです)。ネットのニュースへのコメント等にも、心無いものが多いですね。

冬眠についてお話されてましたが、わたしも同じ事を想像して恐れてます。あと、冬眠が失敗して、冬に降りてくる可能性も考えると怖いです・・・。

ほんとに、できる事は注意を払って警戒することだけで、不安ですが、頑張りましょう。

パトロールしてくれている猟友会の方や警察の方、円山や藻岩など現場至近の方々にも、ひとつの被害なく無事に過ぎてくれる事を今は念じていましょう。

ツキノワグマ金太郎ツキノワグマ金太郎 2011/10/19 15:02 久しぶりに投稿します。

そろそろ各地で紅葉シーズンになってる頃かと思います。
クマも冬眠前の最後の腹ごしらえをする為、
普段遭遇しないようなところでも遭遇する危険性があります。

しかし、クマはその周辺の先住民族であることをお忘れなく!

紅葉シーズンで自分勝手なモラル無き低脳な方々が増えたおかげで、
自然豊かな山道などに自然界では存在しないようなゴミが沢山捨てられてるのが現状です。

紅葉シーズンで入山する際は大小問わず自分のゴミは一つ残さずお持ち帰り下さい。

これが先住民族であるクマを銃殺する事もなく一番簡単なクマに対する人間の思いやりです。


一つ考えてみて下さい。
あなたは一般的な戸建住宅に住んでます。
広々とした庭があり、一角に家庭菜園があるとしましょう。

あるひ、自転車に乗った人が通りざまにあなたの庭に空き缶を投げ捨てて行きました。
更には歩きタバコをしてた人が同様にタバコを投げた捨てた結果折角の家庭菜園は一部焼失しました。
状況によっては自宅そのものが焼失するリスクさえ出る事態です。
あなたの敷地である庭はゴミ捨て場のごとく毎回不特定者によって色々なものが
投げ込まれたり、放置されていくのを我慢できますか?

我慢できずるはずがありませんし、当該者を捕まえて
警察に突き出す以上にあなたの我慢は限界を超え
アメリカのような銃社会であれば射殺してると思います。

何より、自然の多い行楽地へ行く際は
1:ゴミを出さないように最小限のもので出かけること
2:おにぎりなどのサランラップといったやむ終えない量のゴミが出る場合や、
 食べ残しの残骸は如何なる理由問わず必ず自宅まで持ち帰る事
3:タバコを吸われる方は携帯灰皿を持って行き、吸殻も
 その中に納まる範囲の量以上のタバコは持っていかない。
  もちろん、周囲のタバコを吸わない人への配慮も忘れずに。

これらが守れないならば、自然の多い行楽地には来ないで下さい。

お出かけでもしたければ、そこらの遊園地やテーマパークで適当に遊んで過ごして下さい。
遊園地やテーマパークなら喫煙エリアに灰皿もあります。
お金を払って入園してる以上、自然の多い行楽地以上に
好き勝手できますよ。
ただ、その遊園地やテーマパーク独自に決められた最低限のルールを
無視すればお金も戻らずつまみ出されてチャンチャン♪ですけどね。

自然の多い行楽地はチャンチャン♪では済まないんですよ。

遊園地やテーマパークは人の作り出した人工物であり
簡単に直せます。
でも、自然界は元の状態に戻るまでもの凄く長い年月が掛かります。
人件費や材料費を計算しても桁違いな数字が出る事は言うまでも無い事かと思います。

今がオンシーズンの紅葉や自然の行楽地足を運ばれる際は、
人が作り出したものではないこと
汚したり、壊してしまったら元には戻らない事
これらを思いながらお出かけ下さい。

無 2011/10/21 22:46 自分の命や生活がクマによって脅かされているとき、「かわいそうだから殺さないで」と言えますか?、ということ。


って 人間がいるために熊が困ってんだろ。何これ書いた人、頭大丈夫?

そんなにいうなら熊の意見聞けやそんなにいうなら熊の意見聞けや 2011/10/23 20:23 んじゃあ俺、蚊大好きだから簡単に蚊つぶす人間おかしいとおもう。

今年は蚊の食料不足だからみんな森に血をおいてって

そんなにいうなら熊の意見聞けやそんなにいうなら熊の意見聞けや 2011/10/23 20:23 んじゃあ俺、蚊大好きだから簡単に蚊つぶす人間おかしいとおもう。

今年は蚊の食料不足だからみんな森に血をおいてって

クマったクマった 2011/10/26 23:13 熊のこと調べててこちらを拝見しました。書き込み失礼します。

問題はなぜ熊が人の住む場所にやってくるかですよね。
もちろんそれは人を襲いたいんじゃんくて餌がないからでしょう。
その原因を突き止めて対処しない限り根本的な解決にはならないです。

二つの側面があると思います。

一つは熊が生息する森自体の変化。
私が思うのは人間が商業目的で杉などの針葉樹ばかりを植た結果、実のなる木が減ったこと。気候変動も重なっているかもしれませんし、他の要因もあるかもしれません。

もう一つは人間の居住区が山に近づいてきたこと。
私の住む場所もそうですが、山を切り開いた新興住宅地は多いです。

いずれにせよ、熊が環境を変えたのではなく、人間の方が環境を変えてきたと考えるのが自然でしょう。いい悪いは置いておいて。

後者の方は、すぐに居住地を変えることは難しいですが、人間は山に近づく、もしくは入ることのリスクをしっかり知った上で行動しないといけないですね。これは長期的な問題として。

前者の方は、少なくとも熊の生息地である森に彼らが餌に困らないよう、つまり人里に降りて来なくても住むよう餌場を作って上げることはできるはずです。つまり、杉などを減らし(花粉症の原因ですし)、果物や栗などの木を植林していくことです。

これが全てではないかもしれませんが、少なくとも彼らが餌場を確保できるようにしてあげられれば、熊に襲われることも熊を殺す必要もないでしょう。

熊は怖い。
確かにそうでしょう。目の前に現れれば。私もそう思うでしょう。

しかし、熊だって人間が怖いでしょう。
熊に限らず動物は、基本的に食べるため以外に他者を殺めたりしません。襲う時はもっぱら自己防衛のためのはずです。

熊をよく知る方のブログにこういう記述があります。
「クマは基本的にはできるだけ隠れるなり、事前に察知して逃げるなどして人間をやり過ごそうとする。そして追跡者を振り切れないとわかるといきなり躍り出て襲ってくる。何度も言うように、これはクマ研究者やマタギが口を揃えて同じことをいう。」
http://www5c.biglobe.ne.jp/~odah/animal/bear/bear01.htm

熊より人間が大事だという趣旨のコメントがここには多いようですが、人間も自然に食べさせてもらっている自然の一部であり、生き物の一種に過ぎません。が、自然に手を加える力も持っている生き物です。ならば、その力を無用な殺生をしないで済む建設的な方向に使いたいものだと思います。

なんか変だななんか変だな 2011/10/30 02:18 興味深く読まれていただきました。

「かわいそうだから殺さないでと言えますか?」いう
そもそもの問の立て方に破たんを感じます。

わたしはかわいそうだとは思いませんが、殺すことには反対です。

私たち人間のために、クマ(だけではなく、野生動物)には健全な個体数を保っていてほしいからです。

生物多様性を維持していくことは、クマのためだけではなく、人間のためでもあるのですよ。

クマが絶滅した場合に、直接、命を落とす人間はいなくなるでしょう。しかし、まわりまわって、人間の命(地球の命といってもよい)に負の影響が生じるのです。

そのことに私たちが気づいてから、ずいぶんと時間がたっているではありませんか。

人とクマのどちらをも生かす知恵を出し合うことが必要なのだと思います。

ここでのやり取りが、そういった視点での建設的なものになると良いですね。

↓↓人とクマが棲み分けながら共存するための実践活動を行っている長野県のピノッキオです。TVで紹介されていました。参考までに。

http://npopicchio.blog95.fc2.com/

田舎在住田舎在住 2011/10/31 15:44 ぐだぐだ言わないで、熊保護したい人は熊の出る里山に移住定住しろよ。
そこに住んで実践すれば、その地元住民以外は誰も文句は言えない。
住みもしないで安全な都会でネット使ってうだうだ言ってるから認められない。

まず住め。
話はそれからだ。

inigiriinigiri 2011/10/31 20:53 田舎在住さんに大賛成!福島原発の対策本部は福島にて活動すべきという意見と一緒!
ヒグマに出くわしたら体凍るよ!人間は足は遅いし力は無いし毛皮も無くて柔らかでジューシーなよく脂ののった最上級のお肉の塊。彼らの消化器は雑食ではない、肉食のままだ!猫科の高等な捕食動物と違いとどめをささないため生きたまま食われる・・・クマより生きたまま食べられてるこっちのほうがカワイソウ!このあいだもカムチャッカでヒグマの群れに二人血祭りにされた。札幌ではいつおこるか一触即発!
個体数がどうのこうの言うなら70億の人間減らす努力のほうが先、人間が増えれば野生動物の生息範囲は狭まるばかりだからね、それどうするの?自分から人間減らす努力できるか?戦争すればかなり減るが自然も環境も破壊される。増えすぎた人間のやることはマイナスばかり。
共存なんてカッコつける前に自然のバランスがあるのでどっかがでっぱりゃどっかが凹む、人間は有史以前から大殺戮をして今の地位を築いた、それを進めるか自分から引くか・・・・どっちもできないでしょう脆弱な現代人は、やっぱり。
結局地元のクマと直接対峙している人たちの判断が最優先でしょう。批難することは誰にもできない。クマが駆除されるのがカワイソウだと言っている北海道民はもぐりだね。ヒグマの人喰いの歴史を勉強しろよ。特に札幌丘珠事件。がたがた言う前にヒグマに関する本を全部読んでみなよ。

クマは悪くない。クマは悪くない。 2011/11/01 22:08 >かわいいクマは、人間にとって恐ろしい生き物でもあるということ。

恐ろしいから殺しても良いの?随分と身勝手な理屈ですね


>日常的に、クマの被害に怯えて生活している方が現実にいるということ。

そもそもクマの出るところだと分かって住んでるんですよね?
日常生活に支障が出るほど怯えなければならないのなら、住む場所を変えるべきでしょう。

>自分の命や生活がクマによって脅かされているとき、「かわいそうだから殺さないで」と言えますか?、ということ。

目の前に危機が迫ってやむを得ず殺すのと、近隣に降りてきたからという理由だけで殺すのとでは全く意味が違います。

ツキノワグマは絶滅危惧種に指定されています。
人間が生活するために山林を切り開かなければならないのは確かですが、だからといって他の種を滅ぼしても良いという理由にはなりません。

ニュースなどを見ていると、山を下りて来たというだけで
殺されている例が頻繁に見られるような気がします。

クマに襲われそうになったというのならともかく、
なんでも一緒くたにして殺してしまうのはいかがなものかと思いますね。

こんな事が続いた結果、ツキノワグマが絶滅してしまったとしたら日本人の民度の低さを露呈するような物です。

若葉マーク若葉マーク 2011/11/02 03:26 クマは悪くない。さん

>そもそもクマの出るところだと分かって住んでるんですよね?
>日常生活に支障が出るほど怯えなければならないのなら、住む場所を変えるべきでしょう。

これは無理です。 熊が出る可能性のある地域の方が全員引っ越したらあなたの食べるご飯やパンや野菜や肉や牛乳を作る人がいなくなります。

熊によって被害を受ける人よりも交通事故によって被害を受ける人の方がはるかに多い、だからといって道路のある場所から全員引っ越すべきでしょうか。
お聞きします、あなたが道路のある場所から引っ越さないのは何故でしょう。

クマは悪くない。クマは悪くない。 2011/11/02 03:42 >若葉マークさん

少なくとも私は道路は危険で交通事故が起こりうる場所だという事は認識していますし、その事で日常生活に支障をきたすほど怯えることはありません。

私が問いたいのは、クマの出る地域を選んで住んでいる人達が、本当に日常的にクマに怯えながら生活しているのか?という事です。自分で選んで住んでいるのであれば、クマによる被害も想定していなくてはおかしいですよね?

若葉マーク 若葉マーク 2011/11/02 05:07 "怯えながら"は個人差、地域差があるでしょうが、熊がいる地域であれば熊と遭遇する可能性があるという事は当然想定はしているでしょう。
動物による田畑の作物の損害はある程度は想定されていて、ある程度織り込み済みかと思いますが、身体的被害は織り込み済みとは思えません。
もちろん熊は悪くないでしょう、彼らは彼らのルールで生きているだけです、しかし、だからといって人のテリトリーにやってきて人に身体的被害を与える可能性があれば放っておく事は無理です。
テリトリーが重ならないようにという試みは既にされていて、いずれ互いに一生出会う事が無い様な棲み分けが出来ればベストかと思います。

クマは悪くない。クマは悪くない。 2011/11/02 06:12 当然、危害を加えられる様な場面に遭遇した場合にまで「殺すのは良くない」などと言うつもりはありません。

しかし、1年の間に2000頭も殺されるというのはどう考えても異常で、これだけの数のクマが全て人を襲う恐れがあった、などとは考えられません。

ひょっとしたら、これを言い訳に猟友会がクマを乱獲しているのではないかと邪推してしまうくらい、異常な数だと私には思えます。

殺さずとも麻酔銃などで捕獲して山に返すことも充分可能なはずなのに殺してしまうのは、明らかに過剰防衛というものです。(増してツキノワグマは絶滅危惧種です。)

クマを殺すことに抗議する人達は(私もそうですが)、人里に下りて来たという理由だけで殺されるクマが多すぎる事に対して抗議しているのです。

もちろん、住み分けが出来れば一番ですが、そこに至るまでにクマが絶滅してしまっては元も子もありません。1対1で対峙する様な場合はともかく、種としての強弱で言えば明らかに人間の方が強者ですから、弱者的な立場にある野生動物を保護するのは当然、我々人間が行っていかなければならない事だと思います。

若葉マーク 若葉マーク 2011/11/02 07:03 単に迷い出て来たのであれば山に返すのも良策でしょうが、熊森さんが言うように山に食べ物が無いので出てくるのであれば返したところでまた出てくる可能性は高い。
仮に山に戻して山の食べ物にありつく事が出来たとしても、山の食べ物は有限ですから別の個体が零れ落ちる。
麻酔銃を使うには資格と手続きが必要で、相手が檻に入っているならまだしも、捕まっていない個体に使うのは危険が大きすぎる。
その危険を誰かに背負えというのは酷すぎます。

>もちろん、住み分けが出来れば一番ですが、そこに至るまでにクマが絶滅してしまっては元も子もありません。1対1で対峙する様な場合はともかく、種としての強弱で言えば明らかに人間の方が強者ですから、弱者的な立場にある野生動物を保護するのは当然、我々人間が行っていかなければならない事だと思います。

1対1で対峙する状況は既に手遅れです、そうならない措置が必要ですね。 ほぼ同感です。

なんか変だななんか変だな 2011/11/05 19:54 都会暮らしと誤解されたようです(笑)
私も田舎暮らしですよ。

成人するまで住んでいたところは山の中にある町でしたので、ヒグマを2度見かけたことがあります(ツキノワグマは生息していない地域でしたのでヒグマだと思います)。

1度は裏庭です。花を摘んでいるように見えました。
ガラス越しに見ていましたが、人影に気づいたら山(人の住んでいないさらなる山)に引き返していきました。

2度目は裏山に遊びにいったときです。春でした。
左斜め前方にそう大きくはないヒクマがいました。
こころもち振り返った(ような気がしました)あと、サササ〜ッと消えていきました。

ヒグマの逃げ足は速いです。すぐに消えていなくなります。

地域では、ヒグマの目撃情報は日常的なことでしたが、目撃したくらいで、殺すことはありませんでした。

日常的にクマに怯えながら生活しているということはなかったのです。

あの時代は人がたくさん住んでいたので、ヒクマの住むところと人間の住むところの境がはっきりとしていたからでしょうね。

少なくとも日本に限って言えば、人口減少がクマ問題の根底にあります。数が少なくなった山里暮らしの人たちの恐怖は大きいことでしょう。

人がまばらになった山里と人間の怖さをしらないクマの悲劇です。

けして、今まさに人を襲おうとしているクマを殺すなと言っているのではありません。緊急避難として、しかたのないことです。

そういうことに反対しているのではなく、人間の知恵で殺さずに済む方策を見つけていかなければならないと感じているのです。

道内在住道内在住 2011/11/05 21:13 道内在住者として
>ツキノワグマは生息していない地域でしたのでヒグマだと思います
って言い方は違和感を感じるが

inigiriinigiri 2011/11/06 06:31 基本的にヒグマとツキノワグマは分けて考えるべき。同じクマ科ながら破壊力も肉食性、攻撃性も段違いである。特にヒグマの1亜種であるグリズリーなど学名に「horribilis」がついてる。
ツキノワグマについては脅威にさらされている方も含め駆除賛成派も保護派も「ピッキオ」に参加、相談するのがよろしい。人口密集地でなければベアドッグの利用も考えられる。
ヒグマについての対応は簡単に言えば人間と共存できる個体は駆除対象外とし共存するための方法を多角的に模索するが、共存不可能な個体は駆除しなければならない。詳細は長くなるので割愛するが、共存不可能な個体で即駆除しなければならないのは人肉捕食した経験を持つ個体(子グマも含む)、人間の食物や生ゴミ、家畜、農産物に強い執着を持つ個体。運良く生きたまま捕獲できた場合はクマ牧場か動物園に引き取ってもらうしかない。どんな遠くに放逐しても上記の食物を強く求めて人里の近くを徘徊し事件を起こし続ける。

M 2011/11/17 20:29 がっかりですアサイさん

ブログを拝見して結構インテリな方と思っていましたが、四国や大阪のグループの犬達のSOSブログに北海道人や、ある方を誤解さすように紛らわしくしつこい妨害を入れられていて大変迷惑を被っています。

中傷ストーカージジイとまで不愉快に書かれてもあなたは仕方ないです。お陰で全国に北海道人はしつこく嫌みだと印象づけられました。

北海道人や札幌で生まれた人の名誉や熊を研究するものの品位をあなたなりに考えて頂きたい。

十勝ワイン十勝ワイン 2011/11/20 00:42 この愛護団体は月のワ熊ばかりみているから、幼稚、おかしなこと言い出す団体。ヒグマは2倍サイズ。身長3M近く、体重450Kgもあるのが捕獲されている。雑食性で死肉も食べる。ドングリでは足りない。何を訳の解らない事言ってるんだろうかと呆れている。アタマがワルイ。知らないとはこういう事だ。日高山脈で福岡大生3人がはらわた食い尽くされ、土に埋められて、戻って来たクマに食べ尽くされて、手首しか残っていなかったことを地元は忘れていない。顧問に熊で食べている学者がいるから、「共生」という言葉がでてくる。「共生」という言葉は、無責任。地元自治体は相手にしていない。熊でたべてる学者の情報はハンターからの受け売りだ。是非、この団体は北海道に来て、手ぶらで歩いたらイイ。あのナイフ5枚刃の爪で叩かれて、首を落とされて食べられて、土に埋められたらイイ。後で捜索する地元ハンターの犬でさえ無理。昨年春江差署管内で、山菜採りで帰ってこないばあさんはどうなっているんだろう?

MM 2011/11/22 02:20 同じ「M」名義でも「M 2011/11/17 20:29」さんは
私より言葉使いが丁寧なんだな。

AsayAsay 2011/11/22 22:35 >M さん(11/17 20:29の方)
こんにちは。
(コメント欄をご覧の皆さまには、ちょっと分かりにくい話になることをお詫びします)

僕は先日、愛媛で動物愛護活動をされている皆さんのブログ「犬達のSOS」にコメントをしました。その際、なぜか幾人かの方と一緒になりすまし認定をされてしまいました。残念なことです。
当該ブログのコメント欄では、残念なことに「M」さんが特に槍玉に上げられていたと記憶しています。

ところで、そのブログにコメントされた「M」さんから、僕に「あのコメント(あなたのコメントのことです)は私ではありません」と連絡がありました。11/22 02:20のコメントがそのMさんによるものです。僕に知らせていただいたアクセス元情報と当該コメント時のものが一致したため、僕はこのあなたではないほうの「M」さんこそが、先のブログでなりすまし認定をされた「M」さんであると判断しました(紛らわしいのでこちらを「真M」さんとしましょう)。

とすると、「M」さん。あなたは、先のブログでのやり取りを承知し、「真M」さんが「中傷ストーカージジイ」などとひどい言葉で誹謗されているのを知ったうえで、「真M」さんになりすまして僕のブログにおかしな言いがかりをコメントしている、というふうに思えます。
そんな方に、名誉や品位を口にされてもなぁ、と僕は感じます。

>十勝ワイン さん
コメントありがとうございます。
二つのエントリに同一コメントが重複していますので、片方を削除させていただきます。あしからず。

農学部でお会いしましたよね、満M農学部でお会いしましたよね、満M 2011/11/30 00:05 アサイさん、あなたがかなりしつこい嫌がらせコメントを入れられていたブログに、北海道民の品格と名誉を守るため、以下のコメントを入れさせて頂きました。
熊森協会にも執拗な嫌がらせとコメントを入れていたのも、【紺色のひと】・・・。あなたでしたね。
少し常識をわきまえられたらどうでしょう。

AsayAsay 2011/11/30 21:44 >北海道の満 さん
こんにちは、コメントありがとうございます。

まず、僕がひとつ前のコメントであなたに「Mさんのなりすましでは」 と疑いをかけてしまったのは、僕の誤解でした。「満」のイニシャルだったのですね。「犬達のSOS」で既に同じハンドルネームの「M」さんがコメントされていたため、同じ方ではなさそうだし、なりすましかも、と勘違いしてしまいました。 申し訳ありません。


さて。
ここで取り上げられているブログ「犬達のSOS」http://profile.ameba.jp/agnes3737/ について、書いておかなければならないことがあります。

満さんはこのブログ記事
http://ameblo.jp/agnes3737/entry-11085956640.html
のコメント8〜12において、先のコメントで触れたなりすましや、僕のブログ内の記述について書かれておいでです。

僕が主張しておきたいのは、「僕が『犬達のSOS』にコメントしたのは二回だけです」 ということに尽きます。

僕、アサイがコメントしたのは、 
http://ameblo.jp/agnes3737/entry-11061010989.html#main 
の33および48の二回のみで、その他どんぐり運びに否定的な意見を書き込まれている「札幌在住X」 さんや「M」さんほかの方々とは別人です。
ですので、「かなりしつこい嫌がらせ」 や「都合の悪い質問には答えない」という批判は的外れです。そもそも二回しかコメントしていませんし、満さんが取り上げられているのは僕宛のコメントではないからです。

現在当該ブログでは、なぜか僕がMさんと同一人物で、いくつもの多重ハンドルネームを使用して書き込みを行った、などとさも事実のように書かれていますが、そもそも
http://ameblo.jp/agnes3737/entry-11067010765.html#main
こちらの45〜47で「文脈が似てる気がする」 と根拠なく決めつけられたことがきっかけでした。
文脈どころか文体も主張も異なる意見を、自分たちと反対の意見だからとすべて同一視する姿勢に非常に危ういものを感じ、その後特にコメントなどはしていません。

また、満さんは当該ブログのコメントに、

>アサイさんのブログに私の満というネームを取り、Mとかけて【犬達のSOSというブログに嫌がらせをしているが、北海道人の品格や名誉を落とすことは止めていただきたい】とコメントをしました。
>するとアサイさんのブログにMさんから、【あのMのコメントは私ではない】とコメントが。
>つまりアサイさんとMさんは繋がっていて、あなた方の多重ネーム予測は当たっていました。
>アサイさんはかなり慌てたようで、多重ネームは自分とMだったとコメントに入れながら、勝手に私をMさんのネームをかたったと非難しました。

とお書きになっています。
満さんをMさんの騙りだと勘違いしたのはひとえに僕の誤りですが、僕のブログにMさんがコメントしたことを根拠に「アサイとMは繋がっている=多重ハンドルだ」 と決め付けるのは浅慮と言わざるを得ません。
また僕のコメントに「多重ネームは自分とMだった」 などという内容は一切含まれていません。どこを読んでそう解釈されたのですか?

これらのことから、満さんが僕に下した「小心者でありながら粘液質(粘着質、と仰りたいのですよね?)」  や「偏ったしつこい性格」などという侮辱的な評価を受けるいわれはありません。


僕はこれまで、本州や北海道のクマ保全に対して自分が何かできることはないか、と考え、記事を書いてきました。賛成意見ばかりではなく、反論もたくさんいただいており、次の記事に活かそうと受け止めているつもりです。 

僕が熊森協会の活動の一部を批判するのは、あれだけの規模を持っていながら、自然や動物のためにならない行動をするのがあまりに勿体無く、善意が無駄遣いされていると感じているからです。もちろん協会の活動すべてに反対しているわけではなく、放棄林の間伐による二次林への再生などは、手法さえ正しければ積極的に進めるべきだとさえ考えています(すべてに反対しているわけではありません)。 

満さんが、僕の意見すべてに賛成していただけるとは思っていません。ただ、印象が先行した決め付けや「こういう考えのはずだ」という先読みでは、ひとの意見を読み取ることは難しいと感じます。

Asayさん、満です。Asayさん、満です。 2011/12/01 01:33 丁寧なお返事を早急にありがとうございました。

前回の慌てて考えた末の、支離滅裂とした感の御返答と違い、今回は冷静な返答でした。
とても分かりやすい文章で今回に至っては好感の持てる内容でした。
さて、Asayさん、私は理解しかねるのですが熊森協会に対し、なぜAsayさんとしてではなく「紺色の人」というネームをわざわざ使い分け非難し続けたのでしょうか。
ネームを使い分ける行為がお好きということでしょうか?
MさんとAsayさん、その他Asayさんが大変、お詳しい他のハンドルネームの方達が、ある動物愛護のブログの、どんぐり撒きの呼び掛けに対して過敏反応の同一内容の非難を次々に入れられたことに対し、もちろん私はMさんとAsayさんに関しては同一人物ではないと思っております。

しかし外部から拝見しましても、Asayさんと共に悪意を感じる非難コメントを、同じ時期にそのブログに入れられていたMさんとAsayさんが、お仲間でいらっしゃることはAsayさん自身が証明されていました。
私のネームの頭文字を取ったMで前回、コメントを入れさせて頂いきましたが、例のMさんがいきなり現れAsayさんに「あれは私が書いたのではない。Mでも私より丁寧なんだな」
といった風な内容でしたが、反応し出てこられましたね。お仲間役者が揃いましたね。
親しいお仲間でなければ、わざわざAsayさんにすぐ弁解のように報告する必要はないと思われますが。

さて、閲覧者の方々にはAsayさんの今回、書かれた意味が分かりにくいと思われます。
動物愛護のブログに、数が激減している野生の熊を、何とか自然破壊から起こった食料不足から救いたいと思っている私から、ささやかな応援の気持ちで入れたコメントを閲覧者の方へ参照として紹介させていただきます。
その前にAsayさん、今回、あなたが書かれていた熊森協会の活動をすべて非難しているわけではないという言葉が、本心であるならば大変歓迎すべきことです。私も書きすぎた感があります。
是非とも熊森協会の良い活動のことも宣伝していただきたく思います。


【粘液質なアサイ+M多重ネームのドングリ固執の荒しは収まりましたか】
北海道の満より

こんにちは。
僕はアサイやMとは違うから安心なさってください。あなた方の最近のブログを一通り楽しく読ませて頂いた北海道在住者です。
痩せて胃の中が空っぽだったヒグマを撃ち殺し、熊の内臓を高く売るためか、自慢げに解体していた庄田ひろし氏のブログに憤りを感じ、ドングリや山の実は今年も不作なのか?と思い調べていて、あなた方のブログを知りました。そしてドングリまき反対のコメントの中に見覚えのあるアサイ(私の知るAsayさんでは?)の名を見つけました。
小心者でありながら、インテリぶり理屈で偏った考え方。他の人が書いたり調べたAsayさんに取り都合のよい文章を引用することで、さらに自身をインテリ風に見せる虎の威を借りた書き方。都合の悪いことは引用せず作為的。
あなた方もアサイ+多重ネームを疑問に感じながら、真面目に答え返信されていらっしゃるのに、例えば多重ネームが【野良猫に餌をやるだけで糞は始末しないのか】
それに対し、あなた方が【見つけ次第、糞はいつも始末している】その、アサイ+M多重ネームに取り都合の悪いあなた方の真面目な答えには、謝罪もなく折り合うことなく、非難だけを丁寧な言葉で悪意を隠すように書くやり方です。
さすがに、丁寧に答えられていたあなた達もその流れに悪意を確信したようで、アサイ+M多重ネームのコメントを以後は削除すると発表されていました。
しかし、小心者でありながら、粘液質なAsayさんの性格を考えると、素直な若い女性達相手には威張って引き下がらないだろうと確信しました。
それはそれでブログだからしょうがない、と思いながら色々かいつまんでブログを読ませてもらいました。
なかなか分かりやすく一生懸命で説得力もあり、文章や構成力もしっかりしています。
まだ一年にも満たないブログにこれだけの内容と、動物愛護のジャンルにしては、かなり多いいコメント数に驚きました。
睡眠時間を削りブログを作られ、また他の組織が困っている時は応援の募金や支援をして、自分達の活動には募金は募らず、働いた自身の収入内で頑張られておられるところにも好感が持てました。
ただ、一層お若そうな女性からの【腐れ中傷多重ネームストーカージイ】でしたか?
腐れとは方言だろうか?と苦笑しました。若いことは怖いもの知らずで言い得て妙といいますか、わかりやすい言い回しでしたが…まあそれもブログでしょう。
ただこの、多重ネームが私の知るAsayさんと確信できました。犬猫愛護のブログにまで、歪み偏った自説をAsayさんらしい都合の悪い事には答えず、揚げ足取りをしながらコメントをし続けておられる。
ある人にも迷惑をかけておられる。
北海道の住民が全て、熊を射殺したら良いと思っているわけではなく、ドングリまきを非難しているわけでもありません。撃ち殺すだけの行政に疑問を感じています。アサイさんやMさんのように偏ったしつこい性格が、北海道人の性格と勘違いされないためにも、名誉とお詫びを込めて今回一度だけ、コメントをさせていただきました。
長くなり申し訳ない。
アサイさんのブログに私の満というネームを取り、Mとかけて【犬達のSOSというブログに嫌がらせをしているが、北海道人の品格や名誉を落とすことは止めていただきたい】とコメントをしました。
するとアサイさんのブログにMさんから、【あのMのコメントは私ではない】とコメントが。
つまりアサイさんとMさんは繋がっていて、あなた方の多重ネーム予測は当たっていました。
アサイさんはかなり慌てたようで、多重ネームは自分とMだったとコメントに入れながら、勝手に私をMさんのネームをかたったと非難しました。
たまたま私は自分の頭文字を取ったのだが、結果あなた方のブログにアサイと共に中傷をしていたMが姿を出しました。
Asayさん自身が沢山かたっているから、人をすぐかたったと非難してくる。都合が悪ければ揚げ足を取り問題をすり替える癖。普段のインテリぶった彼らしくない文章で支離滅裂でAsayさんには、またがっかりさせられました。
Asayさんのことがよくわかる、コメントがありましたのでかいつまんで、紹介させていただき、終わりとさせていただこうと思います。
長々読んでいただき恐縮です。

ドングリまきを非難し続ける内容を自身のブログに書いているAsayさんに、かなり中立的に書かれたコメントです。
【コメント者がAsayさんに】悪意のある文章とは、まさにこの話の事でしょう。
熊のいるであろう山の中に自分の意思で入り、熊に出会って恐怖を感じた…。
そりゃそうだろう、当たり前の話だ…。
熊は悪くない…。
熊にとってあなたた方(Asayさん達)はさぞや恐ろしかった事でしょうね。
みずからリスクを背負いほかのもののせいにする思考がわからない…。
完全に煽ってますね…。
その背景に人間が自然を破壊し続けてきたこと等、色々な視点から見なければ、物事の善し悪しの判断は難しいものです。
良かれと思って行動を起こしたどんぐり運びを批判しドングリ運びをしてはいけないと前提に書いてらっしゃいますが、
Asayさんの自己満足のために山の中に入る行為は、
熊を追い詰めている行為の一つかもしれないという観点からは見ないのでしょうか?
ところで北海道の5月というのは、ヒグマが冬眠から目覚め、
繁殖期を迎える前に単独行動している時期にあたります。
この時期に山に入るという事は、十分すぎるくらい熊を刺激していますが…。
自分を見つめ直さないのに、人には見つめ直せってよく書かれていますが、Asayさんは虫が良すぎやしませんか?
自己満足で山に入り、熊の領域を荒したり、熊を怯えさせている人の発言とは思えませんが…。

【Asayさんが発言】ドングリ運びがたとえ焼け石に水でも、1日1頭のクマを救うために、と活動を続けている人達がいるそうですが、人間が餌をくれることを覚えたクマが「もっと餌をくれ!」と人里に下りてきてしまったら、
活動は逆効果になる可能性はないでしょうか?

【コメント者】逆効果が出るかはやってみなければわからないですし、危惧ばかりでもね…。
何か他の方法があるのなら、あなた(Asay)が行動すべきでは?
奥山保全復元は同じ団体(ドングリまき)でやってますし、
人間が減らした森の補助しどんぐりを運び、
森の復活も一緒にやっているので、大きな問題は無いような気もしますが…。
同じ団体でやっている奥山保全復元のことはAsayさんは書いてないけど、あえて載せない感じですかね?
自分の意見の肯定の為とか。
(こういうところが、[猫の糞を掃除せず]にと非難し、みなさんの[糞を見つけ次第、掃除しています]の答えには、自分から謝るのが気に入らないので返事をせず、気をそらせ新たな中傷をしてくるのと同じなんです。Asayさんの常套手段です)
自分は何も考えず、行動しない人(Asayさん)が、結果間違った行為の可能性があったとしても、行動に起こした人たちを批判するのはどうかと思います。
ネットで人の記事ばかり集めてきれいな言葉並べても、上辺だけの文章になっちゃいますよ。
Asayさんは【きれいでわかりやすい言葉に惑わされず、考えること】なんて書いてるけど
自分自身へ問うてみては?
人間に危害を与えた動物の処分はものすごく難しい問題です。
動物を守りたい人、嫌う人、家族や友人と思っている人、
ペットを思っている人、物と思っている人、動物園で見るものと思う人などなど。
人間同士が造り出したルールに人間以外の動物の重要性が明記されていません。
一人一人、それぞれのルールしか存在しないのです。
どんぐりをあげる人、かわいそうと殺処分を止めようとする人、
殺処分を推奨する人、被害にあった人、保護する人などなど、
さまざまな事柄があり、さまざまな思いがそこには存在します。
以上です。
犬達のSOSのあなた方は、あなた方の信念、情熱を貫き頑張ってください。
私は北海道産ならドングリまきに賛成です。時々開いて読ませていただきます。

AsayAsay 2011/12/01 21:58 >満 さん
こんにちは。大きく分けて3つ質問があります。

>熊森協会に対し、なぜAsayさんとしてではなく「紺色の人」というネームをわざわざ使い分け非難し続けたのでしょうか。
>ネームを使い分ける行為がお好きということでしょうか?
「使い分けて」「非難」していませんし、
そんな行為は好きではありません。
僕が熊森協会に対して「批判」的な言説を行う際は、自身のブログ記事でも別のブログのコメント欄でも「アサイ(Asayの片仮名表記、僕のハンドルネームです)」名義で行っています。満さんが仰っている「わざわざネームを使い分け」た実例を、該当URLなどで示してください。
勘違いされている可能性があるので念の為に書いておきますが、「紺色のひと」 は本ブログのタイトルです。ハンドルネームとはそもそも別の扱いをしているものです。


次に、Mさんと僕との関係の件です。
>お仲間でいらっしゃることはAsayさん自身が証明されていました。
証明していません。
そもそも先日メッセージをいただくまで、僕はMさんがどなたか知りませんでした。自分と同じハンドルで書き込まれたコメントを見て「これは自分ではない」と書くことに、僕はなんの不自然も感じません。
先のコメントでも「多重ネームは自分とMだった」と読んだ根拠をお聞きしましたが、お答えいただけなかったのでもう一度聞きます。「僕自身がお仲間だと証明した」とは、 僕のコメントのどこを読んでそう解釈されたのですか? 具体的に引用して示してください。


最後に、他のコメントされていた方についてです。
>私はMさんとAsayさんに関しては同一人物ではないと思っております。
こちら、ご理解いただけてよかったです。しかし、
>MさんとAsayさん、その他Asayさんが大変、お詳しい他のハンドルネームの方達が、ある動物愛護のブログの、どんぐり撒きの呼び掛けに対して過敏反応の同一内容の非難を次々に入れられた

こちらを読むと、満さんは「Mさんと僕は別人だが、その他の批判的なコメントをした方々と僕とは『繋がっている』『お仲間』だ」と思っておいでなのですか? こちらもお答えください。


以上をまとめ、質問が3点あります。
1.僕が「アサイ」「紺色の人」とハンドルネームを使い分けていると思った根拠はなんですか? 該当するURLを示してください。
2.僕とMさんが「お仲間だと僕が証明した」とは、どこに書いてありますか? 該当する僕のコメントを引用してください。
3.僕とMさんだけではなく、他に批判的意見をコメントされていた方々も「僕とお仲間だ」と考えておられるのでしょうか? 確認のため、イエスかノーでお答えください。

念の為に、この件に関する僕の主張を再度明記しておきます。
・僕は動物愛護ブログ「犬達のSOS」に2回しかコメントをしていません。
・ 当該ブログでどんぐりまきに批判的なコメントされていた「M」さんとは、Mさんから連絡をいただくまで存じ上げない方でした。「繋がっている」「お仲間」などではありません。
・その他、当該ブログで批判的なコメントをされていた方々を僕は存じ上げませんし、「繋がって」などいません。


満さんは僕のことを「都合の悪いことには答えない」と評価しておいでですね。
他人に対し、そこまでの言葉を振るえる満さんなのですから、上に挙げた僕からの3つの質問には、誠実にお答えいただけるものと確信しております。
それでは返信をお待ちしております。

最後に。
>是非とも熊森協会の良い活動のことも宣伝していただきたく思います。
満さんは、僕のことを「虎の威を借り」「小心者」「粘液質」など、大変ユニークな言葉で罵倒されていますね。
人をこんな言葉で(しかも本人の知らないところで不特定多数に向けて)中傷する方が、一方で「品位」や「常識」、おまけに「熊森協会のよい活動も宣伝して」などと他人に要求できるものなのか、と驚いております。

熊太郎熊太郎 2012/01/01 18:02 熊森自体の活動もさることながら、非会員の浅い知識でのゲリラ活動が特にひどかったです。

http://www44.atwiki.jp/kumanioriduru/pages/15.html

ひつじひつじ 2012/04/23 12:19 山の奥と、里山の境界より山奥側に栗を植え、それでクマが飢えず、里に降りてこないようにしている自治体を、昔TVで見ました。
その自治体は、栗の実のおかげでクマが降りてこなくなり、栗の木がある程度大きくなったら高級木材として出荷する、というサイクルで、とてもうまくいっていました。
どんぐりをおいてくる活動をしている方は「どんぐりや栗、柿の木を、クマのために山の奥のほうに植える活動」にシフトされればいいのではないでしょうか。

ひげ蔵ひげ蔵 2012/08/20 20:16 「人間がクマの住処に入り込んだからクマが出るんだ」
これ、北海道に関しては間違いですわ。
ここ数年クマが出没しているのは、すでに人が住むようになっていから40年以上も過ぎた市街地ですよ。当時からクマが出たって話があったならともかく、40年も過ぎてテリトリーを荒らした云々はちょっと思い込みが激しくないかと…。
開発していない釧路湿原にも最近出没しているとのニュースも見た記憶がありますが、あの辺なんて開発云々は関係ないんですけどね(笑)

NAONAO 2012/09/17 14:01 熊森擁護派の方にお聞きしたいのですが、

1.私は誰かが熊に殺されたら、熊に殺意を抱きますが、
  あなた方は他人の命より熊の命の方が
  大事みたいですよね。
  では、もし家族が目の前で殺されたとしても
  「可愛そうだから殺すな」と言えますか。

2.現在の国民の殆どが鶏や豚を殺して食べてるのですが、
  野蛮で間違った行為でしょうか。
 (アリや蚊も躊躇無く殺してますよね)

3.先祖の行ってきた開拓、漁、狩猟(戦争もか)で今の
  繁栄があり、それを享受して皆生きていますよね。
  貴方は我々のお爺ちゃんやお婆ちゃんも民度が低いと
  非難できるほど自分の民度が高いと思っているのですか。

4.ハンターや警察に守られつつ安全な場所から自分の
  手を汚さず彼らを罵倒するのは立派な行為でしょうか。

以上、疑問に思ったので。

熊は神の使い熊は神の使い 2012/09/23 13:05 当然自分の命より、熊の命のほうが大事。
熊に狙われれば、潔く食料として差し出す覚悟がある。

kAzkAz 2012/09/30 03:59 熊の命の方が大事、という人は、自分を差し出せばいい…
と言いたいところだが、それも結局その熊を殺処分させる結果になる。

ゆえに、熊の命が大事、という人は、熊が日常的に出没する地域に住めばいいと思う。

自然環境を荒らしたのは人間だ、人間が滅べばいいという人は、かなり頭が逝ってる人だと思う。

不毛議論乙不毛議論乙 2012/10/06 03:21 なんだこの一方的なご都合主義な議論は???

どっちもどっちだが、共存することをまず考えて・・・云々なら分かるが、
とりあえず都合があろうと、苦労があろうと、動物を殺すのを美化しはじめたら話ならないだろ。

殺すのを美化したり愚痴るなら努力してからいえ。
動物保護もむやみに反対いうなら画期的な案を出してからいえ。

まぁ犬猫でも年間20万頭ほど殺してる日本の行政だからな
とにもかくにも経済優先。領土が侵されようと、動物が死のうと経済優先。

ヨーロッパの動物保護みてたら為になるよ。赤字なく回ってる。
そもそもペットショップの存在なんてありえないしな。

AsayAsay 2012/10/06 09:50 皆様、コメントありがとうございます。まとめての返信となることお許しください。

>ひつじ さん
>山の奥と、里山の境界より山奥側に栗を植え
自治体で実施している例は存じませんでしたが、板垣悟氏の「『クマの畑』をつくりました」に準ずる考え方のように感じました。クマの出没に関しては、広く報道されているような「エサ不足」だけが原因というわけではなく、人間との生活圏、距離の問題でもあります。
熊森協会さんのほうでも、人工林を広葉樹林に変えるような活動をしておいでのようなのですが、拡大造林が進められてから何十年も経った現在、既に更新が始まっているところも多いと聞き、人為的な活動がどこまで寄与できるかは正直疑問だなと考えています。それよりは、出没しないように人間との生活圏の境界をはっきりさせるとか、人里に誘引しないような策をとるとか(どんぐり運びなんてもってのほかですね)、そういった活動のほうが効果が大きいと思うのです。

>ひげ蔵 さん
「人間がクマの生息場を奪ったんだ」とする「人間の責任」論とでも呼ぶべきものは広く蔓延っていますね。北海道に関しては仰るとおりですし、本州以南についても、人間が自らの生活のために森を拓いたというのは、山がちな日本の地理に照らせば至極当然なことだ、というのを考えていただきたいと思います。それを言い出したら、扇状地まわりにしか人間は住めないことになってしまうのですが…

>NAO さん
気になりますよね。どなたかにお答えいただければと思うのですが…。

>不毛議論乙 さん
俯瞰したポジションから両論を腐すのはあまり建設的な態度とは言えませんね。(「妖怪どっちもどっち」と言います)
ところで、
>とりあえず都合があろうと、苦労があろうと、動物を殺すのを美化しはじめたら話ならないだろ
僕は「殺すのを美化」なんてしていないのですが、どこでどなたがそんなことを主張されているのですか?
また、経済優先という言葉で括るのも、獣害対策と犬猫の殺処分を「殺す」で括るのも乱暴な論だと感じます。

”み””み” 2012/10/14 11:25 ごめんねAsayさん。
私Twitterやらないので、こちらに。
残渣放置のことですけど、そもそも許可狩猟(有害鳥獣捕獲含む)の場合、捕獲後の措置の方法が捕獲目的と適合しない場合は許可が出来ません(キリッ)。
いっぺん、許可申請書の様式見てみるとよいですよ。
なぜ、許可が出ないかは国(環境省)の指針と各都道府県で作成する「鳥獣保護事業計画書」(現在第11次)に第4の項目に書いてあります。どちらも公式サイトでPDFで公開されていますよ。
ですから、有害鳥獣捕獲した鳥獣を食用に供する場合は申請書の該当欄に「有効利用」と記載されていれば問題無いです。(記載が無いと問題です。)
これで Asayさんの「狩猟読本」に加え「鳥獣保護事業計画」という得物がふえましたね。
では、"み"

AsayAsay 2012/10/14 20:44 >”み” さん
わざわざありがとうございます!
実はと申しますか、許可申請書の様式を見たことはあります。そうですよね、処理の仕方は申請時のものでなければいけませんよね。
件の記事(http://kumamori.org/news/category/%e3%81%8f%e3%81%be%e3%82%82%e3%82%8anews/14954/)の場合、残渣処理の方法が「有効利用」で申請されていない場合は、食肉用等で持ち帰ることができない、という理解でよいのでしょうか(処理方法が「焼却」という書き方であったのかどうかはもちろんわかりませんけれど)。

お教えいただいた「鳥獣保護事業計画書」、目を通してみます。以前、兵庫県の計画をざっと見てみたことがあったかもしれませんが、国の指針と併せて確認してみます。
免許取得のあてもないのに狩猟読本を買ってしまいましたが、知らなかったことがわかるようになるのは面白いものですね。
改めて、ご指摘感謝いたします。

”み””み” 2012/10/14 21:12 こちらこそ、しっかりまとめた各Blog記事はとても勉強になります。
> 残渣処理の方法が「有効利用」で申請されていない場合は、食肉用等で持ち帰ることができない、という理解でよいのでしょうか

現場での運用はまちまちだと思いますが、捕獲した鳥獣を食用とする場合は「有効利用」と記載すべきと指導している自治体は存在します。
鳥獣保護事業計画は行政手続法上の審査基準となります。捕獲許可の場合、有害鳥獣捕獲は各都道府県の裁量部分がありますが、他の目的の場合は国と同一となります。
10年近く前(旧法のころ)は有害鳥獣駆除での有効利用は捕獲目的と適合しないため、認められない運用をしていたようです。
有効利用については、保護団体が乱獲につながる、狩猟者団体がいわゆる無登録狩猟の横行につながると難色を示してきました。しかしイノシシ、シカの増加はそれを上回る規模となっている現状から国は狩猟期であっても有害鳥獣捕獲もしくは個体数調整の許可を拒んではならないと運用通知を出しております。たくさん捕まえれば処理費も発生するので、費用軽減のためにも有効利用を認めない訳には行かなくなったのです。
中国新聞の「猪変」という特集が古い(2003年)ですが秀逸です。
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/ihen/
"み"

”み””み” 2012/10/15 08:00 連投すみません。
残渣放置規制は、廃棄物の不法投棄との絡みもあります。廃棄物処理法の罰則が強化された(個人1千万円、法人1億円)時期と重なりますし。(現在はもっと罰金は高いです。)
一般的な処理方法であった埋め立てがやりにくくなったのもこのころです。(衛生上の問題が無ければ現在も埋め立ては可能です。)
それと、
有効利用が出来る体制の推進は、2008年に農水省所管の鳥獣害特措法が施行されたことも影響しています。こちらの法律は有害捕獲した鳥獣の食肉処理施設へ補助金が交付されます。
なんだかんだ言ってクマ(ヒグマ・ツキノワグマ)って狩猟鳥獣なんですよね。狩猟鳥獣の定義からすると生息数や食肉利用については問題無い…はず…なはずなんですよ。
では、"み"

momomomo 2012/10/19 13:55 くまが可哀想!と言っている人はゴキブリとかも殺さないのかね?素敵なこっちゃ。

”み””み” 2012/10/20 09:53 コメント対応ありがとうございました。
行政が猟友会に委託をして行う有害鳥獣捕獲の場合、許可を受けたものは市町村長で従事者が猟友会員となります。
この場合、捕獲した鳥獣は、従事者のものではなく、許可を受けたものである市町村長の所有物となります。
行政と猟友会の委託契約の内容にもよりますが、特に定めがなければ捕獲した鳥獣は従事者のものにはできません。捕獲した鳥獣=許可を受けた者の所有というのが法律上の考え方です。(許可を受けた者から譲渡を受けることは可能です。一部法規制が存在しますが、狩猟鳥獣であれば特に問題はありません。ただ、行政が取得した財産を人に譲渡するのは一般に困難です。)
しかし、いわゆる処理困難な廃棄物となる鳥獣の死体は有効利用されない場合は、苦労して解体し市の清掃センター又は高価な処理費をかけて火葬場で焼却されるか、埋却されることとなりますが、そのあたりの処分方法を含めて猟友会へお任せとなるのが実態のようです。(焼肉だって焼却だわなと笑えない話も。でも、そのお肉お役所のものでしょ?消費しちゃまずいでしょと。)
つまり、許可申請の段階で捕獲後の措置に「有効利用」を明記していないと問題が生ずる種となる訳です。
かの団体はそのあたりのグレーな部分を揶揄したかったのでしょう。百科事典の件では私かの団体にはなんだか強烈に叩かれましたが。
では、"み"

AsayAsay 2012/10/20 11:26 >”み” さん
追加でのコメント、ありがとうございます。
「鳥獣捕獲許可を申請するのは狩猟者」という認識があったのですが、有害鳥獣の場合は市町村長への許可(与えるものは都道府県知事名、ということですね)、従事者が狩猟者という構図なのですね。その場合、確かに利用や処理のあり方は現状グレーな部分が多いように感じます。
勉強になりました。

また百科事典の件、お疲れさまでした。「御意見について」拝読させていただきました。僕が感じていたことと近く、首肯するばかりです。「匿名での発言」について、何か書ければと思っています。

なめこなめこ 2012/10/21 23:40 大変興味深いお話でしたが、何かを批判するなら、代わりになる案を提示するのが筋だと思います。

人が熊に餌を与えるのが自然に反していると言うのなら、人が自分達の利益の為に山を切り開き好き勝手をしている現状は一体何なのでしょうか…

AsayAsay 2012/10/22 00:20 >なめこ さん
こんにちは、コメントありがとうございます。
熊森協会さんの「どんぐり運び」活動の代案については、こちらのエントリで触れています。よろしければご一読ください。
◆絵本「どんぐりかいぎ」で学ぶ熊森ドングリ運びの問題点
http://d.hatena.ne.jp/Asay/20101127/1290860809

クマが暮らす森や自然のことを考えるならば、どんぐり運び活動は決してやってはいけないものです。多くの悪影響が予想されることは「やらないほうがずっとマシ」であるため、代案はない、と言えます。
一方で、クマが必要以上に殺されることのないよう、人間の生活範囲になるべく出没しないようにするための対策も既に取られています。
環境省や地方自治体が既に行っています。NHKの番組の解説ページなどに詳しいので、ご参照ください。

◆くらし☆解説 「クマにご注意」 | くらし☆解説 | 解説委員室ブログ:NHK
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/135185.html

山 2012/10/28 18:56 現役のハンターです、休日のレジャー猟師って所です。
いまだに言われている事で、人が山深く開発した為とか、山に餌が無いとか、、、、。

実際に山深く入っていると、ここ10年の間に、里山も含め、劇的に変化しました。
果樹園、畑、田んぼ、全く人の手が入っていません、荒れ放題です。
それに伴い、猪、鹿、どうしようもない位増加しています。
ところが、研究予算が必要な人たちは、熊だけは相変わらず、絶滅危惧種で保護が必要と言われています。

実際、山での熊の数は、増加しています。
それも、どうしようもないくらい危険な数に達する入り口です。

海 2012/11/04 01:07 >なめこ さん
>人が自分達の利益の為に山を切り開き好き勝手をしている現状は一体何なのでしょうか…

あなたが着ている衣服も環境破壊(合繊)か殺戮(皮革等)を伴って商品になります。
毎日食べている食事も(野菜だったとしても)
山を切り開き他の動物を犠牲にして生産されていますし、
好き勝手生活している場所も、昔は他の動物の縄張りでした。

さあ、代替案をどうぞ。
筋なんですよね?

それとも月にでも住んでいて、太陽光エネルギーだけで生命を維持しているのですか?
もし、それに近いことが可能だったとしても、自分はそんな人生送りたくないな。

人 2012/12/22 16:41 日本は小さな国で更には山が多くて実際に人が住める空間が狭いです。
「減らせばいい」?どうやって?誰を?なんて酷い事を言うのでしょうか。
出来るわけがないから、先祖代々私たちは住める場所を増やして来ました。
埋め立て。切り開き。

私たちの祖先がいてくれて、初めて私たちの今の生活が成り立ちます。
人間が欲だけで、森や山を切り開いたわけではないのです。
生きる為、生き残る為の手段として行って来たんです。
現代の視点だけでは語れない長い歴史の上に、今の熊害の問題はあります。
私は今の生活が大切です。今の暮らしが大事です。
だから祖先のその努力に敬意を払いたいと思っています。
「人間が悪いのだから」という、自虐的発想には賛同できません。
いくら自分の現在に満足出来ないからと言って、人間全体を勝手に悪だと決め付けるのは止めて下さい。
確かに現代に近づくにつれ、利権絡みの環境破壊は多くなって来ています。
許すべきではなく、反対活動を声を大きくして行うべきでしょう。
でもそれと熊害の被害は分けて考えなければ。
「利権絡みの環境破壊もあるから、人間(他人)が犠牲になるべき」ではないでしょう。

私は熊の出ない地域に住んでいます。
だから実際にその恐ろしさは実感として解りません。
でも、熊にとって私たちが「美味しいお肉」だという事があるのは理解できます。
北海道三毛別羆事件を見れば、よく解ります。2011年8月にも、外国ではありますが、羆による食害事件が起こっています。

食害がなくても、福岡大ワンゲル部羆襲撃事件に見るように、熊は人間を襲います。
猿にだって襲われたら大怪我するのに、熊相手では生きてはいられません。
それが、町に、通勤通学の途中に出るのです。
「引っ越せ」?
無茶を言わないで下さい。
仕事は?新しい家や引越し費用は?
下手をしたら熊害は免れても生活困難で死ぬかもしれません。

まず「生きたい」と、熊害を恐れる方たちが言っている事に注目してください。
熊も人間もそう思っていて、どちらを優先するのかは熊の出没する地域の人が決めるべきで、遠くから「可哀想」と言っている人が決める事ではありません。

六個六個 2013/02/01 19:16 >人が自分達の利益の為に山を切り開き好き勝手をしている現状は一体何なのでしょうか…
自然の摂理は弱肉強食です。
弱(山)が強(人)にとって食われただけの話に過ぎません。
やりすぎれば生存が困難となり最終的に人の個体数が減少する。
食物連鎖のサイクルは上手くできているじゃありませんか。
そうそう、寄生虫が宿主を殺す現象もまたありふれた自然のありようです。

”み””み” 2013/02/01 22:10 ちょっと間があきましたが、気になることがありましたので。
> 〜有害鳥獣の場合は市町村長への許可(与えるものは都道府県知事名、ということですね)、〜

法律では、都道府県知事(と環境大臣)に権限がありますが、農林水産業や生活環境被害の一般的な有害鳥獣捕獲は地方自治法や鳥獣害特措法の規定で市町村に許可権限が事務委譲されている場合が多いので、市町村長が猟友会に委託をしている有害鳥獣捕獲は市町村長が申請し、市町村長に対し許可をしているのが実態として存在しますよ。
申請者としての市町村長と、許可という行政処分の主体である市町村長と立場が異なって同時に存在するのです。
例えば、国定公園内で治山工事をする場合、都道府県知事から都道府県知事に自然公園法の許可申請をしますよ。何とも珍妙ですが、許可権限持っているってそういうことらしいです。
では、"み"
追伸:FMくしろの「えぞじかゼミナール」ご存知ですか?すごい濃いエゾジカ対策や獣害対策の最前線が初回のバックナンバーがポッドキャストで聴けますよ。
http://www.fm946.com/podcast/podcast02/
是非おすすめです。すでにご存知であれば失礼をお詫びします。

名無し名無し 2013/03/15 12:24 人間に危害や損害を与える動物の行き先は「死」だ!

んーんー 2013/04/17 16:31 他と同列に考えるのはどうかと思うのよ
イルカ撲殺のはそうした方が美味しくなるからって理由だったよね。
これがダメなら牛馬羊豚なんかも美味しくなるからって理由で太らせたり屠殺したりは出来なくなるんじゃないかなぁ。
栄養管理するのって食べたいものを食べさせない時点で虐待じゃない?

クジラは海の食物連鎖の頂点な上、あの巨体を維持するため大食漢なんだから全く取らなきゃ餌になる魚やプランクトンは減り、それを食する小型魚も減りそれを食する中型魚、大型魚も減るわけじゃない?
ならやっぱりある程度は取らなきゃなーっと。

クマはどう?上二種は食べるためだからOKになるのかな?
でもクマも食べるよね。臭みが強いし筋張ってはいるけど美味しく調理出来るのもあるんだよー。
でも進んで殺すわけでもないし、人里近く降りてきたから殺すだけじゃない?
それの何が悪いのかわからないし、可哀想とは思っても辞めさせたいとか頭にハチミツでも詰まってるのかなーって思うんだよねー。

外野が吠えるのが悪いとは思わないけど、吠えるならまず実態見に行ってみようよー。
猟友会について行くなり山に入るなりしてから、それから非難したらいいんじゃないかなぁ?
非難ありきの人がついて行ったらきっとクマを殺したりはしないと思うよ?
例えその結果ついて行った素人さんが山で迷ったり慣れない山歩きで遅れて食べられても「うっかり」銃の打ち方忘れてしまうと思うもん。


愛護団体さんは猟友会なんて頼らずに自分たちだけでクマ出没の山へピクニックにいったらどうかな?
くまさんに出会ってイヤリング届けてくれるかもだよー?
優しく臆病なんだから襲ったりしないってー。
熊鈴なんて会えないから使っちゃだめだよぉ?

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