『ドリーム・マシン』

あらすじ

それは未来予測のための画期的な計画だった。神経催眠装置につながった39人の男女の無意識が、平和で牧歌的な150年未来の町を創りあげ、この想像の世界で現実同然に生活するのである。彼らは理想的な未来社会のデータを記憶にとどめ、やがて現実世界に帰還するのだ。だが一人の男がこの夢の世界にとどまったとき、計画の歯車が狂いはじめた! 現代SFの鬼才が放つ傑作!

カバーより

 150年先の未来を夢で見ることができるという機械、神経催眠投射機リドパスで研究を続ける科学者達の物語。


 1979年に初版が刊行された作品の第3版としての復刊。原作が書かれたのが1977年。すでに30年以上経っているので、未来の描写がさすがに辛い。1985年に生きている人々が2135年に行くのだが、何とも牧歌的な未来がそこには描かれている。もっとも、舞台となっているメイドン・カースルという島が高波目当てに人々が集まる観光地なので、都会の喧噪から取り残された土地柄なのだと解釈できなくはない。また、1985年の人々が紡ぎ出した集団の夢なので、携帯電話もパソコンも登場しないのは、人々がそこまで想像できなかったからだという言い訳も成り立つ。けれども、未来の夢が現実の未来とはかけ離れているのであれば、こんなにお金をかけて実験する意味はないように思う。


 もっとも、プリーストがこの作品で書きたかったのは、150年後の未来がどうなるかを予想することではなかっただろう。荘子の見る胡蝶の夢のように、夢見る未来の夢の中でさらに未来を夢見たらどうなるかということを、彼は書きたかったのだろうと思う。この作品の後にもプリーストは夢と現実の境界が危うく揺らいでいるような作品を多く書いている。おそらくこの頃から彼はずっと、こういったテーマをしつこく追い続けてきたのだろう。


 メイドン・カースルの情景は大変美しくてのどかで、そこに描かれているジューリアとハークマンとポールの三角関係もそれなりに面白い。作者はポールのような悪意のある人物を描くのが好きなようで、こういうタイプの人間はこれまでにも登場している。


昔読んだ内田善美作の『星の時計のLiddell』という漫画を思い出した。幽霊屋敷に惹かれた青年が過去に取り込まれて幽霊となる物語だ。内田善美の漫画はどれも精緻で美しい絵柄が素晴らしいのだけれども、とりわけこれはハードカバー3冊と、この作者にしては長篇で、集大成とも言える大作だった。1巻目の女の子リデルのイラストの方が華やかできれいなのだが、手軽に張れる画像がアマゾンになかったので、2巻目を飾るヒューを載せておく。未来と過去の違いはあるが、夢に取り込まれて美しい情景の中で幸せに暮らしているあたりがなんだか似ている。

星の時計のLiddell (2)


 『ドリーム・マシーン』は、SFとしてはライト過ぎて物足りない。まだ見ぬ世界が未来予想として描かれているわけでもなければ、時間ネタにつきもののタイムパラドックスがあるわけでもない。リドパス試験機が未来の夢を見せることのできる根拠が語られるわけでもなく、SF的には弱い。ストーカー紛いのポールの人物描写などが面白くはあるが、もう少ししっかりとSFを楽しみたいものだ。


 その点で言えば、最初に読んだプリーストのSF『逆転世界』は面白かった。この作品は、レールを敷きながら移動し続ける都市を描いたSFで、大陸が終わって海辺に来てしまい、さてレールが敷けないけれどどうしようと真剣に悩んだりしていて面白かった。しかも都市を移動し続けなければならない明確な理由があり、それがSFらしい奇想天外なアイデアと結びついていて、個性的なSFとなっていたものだ。私はプリーストには、『逆転世界』のような本格的なSFをもっと書いてもらいたいのになぁと思う。

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