3D小説 岡田アユミ

2013-05-03

Scene13 1/2


 ――黒崎くん。
 彼の名前を、胸の中で囁いた。
 黒崎くんはクラスメイトだ。同じ5年1組。でも話をしたことはない。
 彼は怖い男の子だ。みんなそう言っている。
 すぐ怒るわけでも、暴力的なわけでもないけれど、いつも無口で、笑うことなんてなくって、不機嫌そうに口を歪めたりする。背も高くて、なんだか怖い。
 でも、そこにいる彼は違っていた。
 モップの背中に右手を置いて、仄かに口元をほころばせていた。
 ――どうしよう?
 モップにからあげをあげなくちゃ。でも、黒崎くんに話しかける勇気はない。逃げ出したいのに、タッパーにはサラダもサンドウィッチも入っている。
 混乱していると、黒崎くんがこちらを見る。
「あ、吉川」
 まだ声変わりしていない、可愛らしい声。外見にはまったく似合わない。黒崎くんの声を、初めて聞いた気がする。
 彼が私の名前を呼んだのは、たぶん本当に初めてだ。

 この頃の私は、まだ吉川アユミだった。
 岡田アユミになるのは、高校を卒業する頃のことだ。

 私の名前を呼んだきり、黒崎くんはしばらく黙り込んだ。
 じっと私の顔を見て、それから手元のタッパーに視線を落とす。
 食べ物が入ったタッパーを大事に抱えているのが、急に恥ずかしくなったのを覚えている。
 彼はゆっくり、頷いて。
「こっちこいよ」
 言った。
「それさ、こいつにやるんだろ?」


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