Chips - no.17「離婚時のアユミ」

 アユミの高校卒業に合わせ、彼女の両親は離婚した。
 アユミはどちらかといえば、母よりも父の方が好きだった。
 だが父よりも母の方が、自分を必要としていることも、理解していた。
 母にはいつまでも、姉の――マユミの代わりが必要だった。

 悩んだ結果、アユミは母の方についていくことに決めた。
 神戸の大学への進学が決まっており、どちらにせよひとり暮らしを始めることになっていたため、少し気が楽だったというのもある。やはり母を見捨てることができなかったというのも、もちろんある。

 その時、吉川アユミは、岡田アユミになった。


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Chips - no.18「女性警官」

 本名、西野原桜。29歳。
 高校生だった頃のある日、ふいに「自分は男性を生理的に受けつけないのだ」と気づいた。
 そのことに関してずいぶん悩んだが、大学生の頃、1つ後輩の「笑うと左目が細くなる彼女」に出会い、恋人になると吹っ切れた。
 その後、警官になった西野原は、恋人と同居し、多忙だが幸せな時間を過ごしていた。

 だが彼女の運命は、その恋人の死によって一変した。
(Chips - no.28「笑うと左目が細くなる彼女」に続く)


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Chips - no.19「組織」

 詳細不明。
 定期的に「マスコットキャラクター」的な犯罪者を生み出し、新聞の一面を書き換える仕事を請け負っている。
 現在のマスコットキャラクターは「トレインマン」。
 ちなみに前回は「バーガーマニア」と呼ばれる、死体の顔にケチャップとマスタードを振りかけて、某有名ファストフード店の紙袋を被せていく猟奇殺人鬼だった。美女にはピクルスのおまけがついていた。


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Chips - no.20「物語」

 Rule chips


 様々な物事について語られる、散文の文学作品。
 フィクション、ノンフィクションを問わない。
 物語として語られれば、なんであれ物語になり得る。
 物語として読めば、なんであれそれは、あなたにとっての物語だ。

 たとえばあなたが1枚の写真を撮り、物語として公開する。
 それを見た誰かが、写真を物語として理解する。
 それだけで物語は成立する。

 現実にだって、きっと素敵な物語が満ちている。


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Chips - no.21「彼女の過去」

 女性警官、西野原桜は某体育大学を卒業後、警察に就職。
 ある町で「笑うと左目が細くなる彼女」と同居し、満ち足りた生活を送っていた。
 だが「彼女」はある日、組織によって、一面記事のためだけに無残に殺された。
 その日から西野原桜の目的は、復讐になった。

「彼女」を殺した殺人鬼について独自に調査を始めた西野原は、少しずつ組織の情報を手に入れていった。いや、それは情報と呼べるようなものではなかった。僅かな断片を執拗な想像力で繋ぎ合わせ、真実に辿り着いた。
 結果、殺人鬼が複数いると予想した西野原は、そのうちの1人が起こしていると思わしき事件の発生パターンを分析し、中心地である京都に転勤願いを出した。

 やがて殺人鬼の正体を突き止めた西野原がまずしたことは、交渉だった。彼女の復讐対象は目の前の殺人鬼だけでなく、組織すべてに及んでいた。
 組織に入りたいと、西野原は告げた。

 組織はもちろん、西野原を疑っていた。だが同時に、警官である彼女は魅力的でもあった。
 常に「切り捨てる準備」を怠らない組織は、結局、西野原を受け入れることに決めた。もちろん欠片の信用もないまま、すぐに切り捨てられる手駒として。

 西野原桜は「彼女」がそんなことを望んでいるはずもないと知っていたが、自分を抑えることができなかった。
(Chips - no.28「笑うと左目が細くなる彼女」に続く)


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Chips - no.22「アユミの苗字」

 高校を卒業する頃、アユミの苗字は吉川から岡田に変わった。それは吉川マユミからの解放ともとれたが、かといって吉川アユミだった頃の思い出を否定する気には、彼女はなれなかった。


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Chips - no.23「みんな」

「彼女」と「彼」と、そして「みんな」。
 この物語における主人公たち。

「彼女」は唐突に巻き込まれた「トレインマン事件」により、悲劇的な死を遂げることが決まっていた。
 そして「彼女」の悲劇は、同時に「彼」の悲劇でもあった。
 けれど――

 その悲劇は「みんな」が一緒に起こした、とんでもない奇跡により、粉々に打ち砕かれた。

 今、「彼女」と「彼」の前には、強い光が射す未来が広がっている。


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Chips - no.24「海を描く男」

 海を描き続けている男がいる。
 雨天を除けば毎日、決まって正午から午後5時まで、同じ場所で同じ海を描き続ける。

 彼は画家ではない。
 ただ、とある理由で、海辺にいたいだけなのだ。

 ところである夜、彼は夜道で、一人の少女にぶつかった。
 少女は青年に引っ張られ、早々にどこかへ立ち去ってしまった。
 海の絵がアスファルトの上に散らばり、彼はそれを集めた。
 その途中、ある「拾い物」をした。
(Chips - no.27「彼の理由」に続く)


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Scene32 13:00〜 2/2-fullheart 1/2

 ポケットの中で、何かが震えたような気がした。
 でもそれは気のせいだ。スマートフォンはもう、バッテリーがないのだから。
 きっとただ、恐怖に身震いしただけだ。

 ああ、私は。
 ――助けて。
 きっとこの街に戻ってきて、ゆっくりとした長い走馬灯をみていたのだ。
 ――助けて、黒崎くん。
 身体がいうことをきかない。
 水中で、もがくみたいに、無理やりに振り返る。
 やってきた道を駆け戻る、つもりだった。
 でも足がもつれる。倒れた。地面がふいに目の前に迫る。
 膝を強く打ったが、痛みは感じなかった。脳が、打撲や裂傷よりも大きな危険を理解しているのだろうか。
 手をついて起き上がろうとする。
 すぐ真後ろで、足音がした。
 それを聞いた時、身体はもう、動かなくなった。
 絶望が全身にのしかかる。
 その時だった。

 なにかが、輝いた。

 前方だ。スケートボード禁止と書かれた看板の向こう。
 ひょろりとした1本の木がある。その木の、下から2本目の太い枝――幹から15センチほどで切られた、ただ突起のような枝に、輝くものが引っかかっている。
 ペンダント。
 2つの、ペンダントだ。
 白と黒。左と右。2つで1つのそれらは今、正しい形になって。
 綺麗なハートになって、そこにある。
 圧倒されていた。
 私の、ずっと求めていたハートが今、まぎれもない奇跡として。
 現実として、確かにそこにある。

 立ち上がる。
 奇跡に向かって、歩く。


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Scene32 13:00〜 2/2-fullheart 2/2

 何もわからなかった。
 なぜハートのペンダントが2つ揃ってここにあるのかも。
 どうして私が、心の底から安心して、あの銃口に背を向けていられるのかも。
 わからないまま、正しい形に繋がった、ペンダントを手に取る。
 10年前から首に下げていた、あの黒い欠片だけじゃない、完全なハートはずっしりと重かった。両手で握りしめる。
 そして、ふいに理解した。

 だ。
 触れて、伝わる、この世界でもっともリアルなもの。暖かな温度のような何かを、手のひらに感じる。
 私はそれを知っている。名前を思い出せないけれど。
 愛情に似ている。友情に似ている。祈りに似ている。涙に似ている。モップにも、もちろん黒崎くんにも似ている。
 熱のような、名前の思い出せない、でも確かに知っている感情が伝わる。ハートから、手のひらを通り、私を駆け巡る。
 だからだ。ふいに理解した。
 誰かが。
 きっとたくさんの誰かが、奇跡を当然にしてくれた。
 思いもよらない幸福が、ただの当たり前になるように、ここまで運んでくれた。
 誰かがハートを、届けてくれた。



 かたん。と、背後で音がした。
 振り返る。
 キャップ帽を被った彼が、両手をだらりと下ろしていた。
 足元に拳銃が転がって、きっとどこでもない方向に、銃口を向けていた。
 彼は、その目深に被ったキャップ帽から、ようやく瞳を覗かせて。
 茫然と、私の手の中のハートを眺めていた。

 深い黒の、まっすぐな。
 それは、大好きな彼の瞳だった。


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Scene33 1/3

「黒崎くん」
 私は、彼に呼びかける。
 そこにいるのは黒崎くんだ。
 何もわからなくても、ハートのペンダントが教えてくれる。
 奇跡が当たり前になって、もう、私は間違えない。
「黒崎くん、だよね」
 決まっていた。
 他にはあり得ない。
 今まで、どうして気がつかなかったのだろう? 鈍くて嫌になる。
 会いたかった。ずっと。何をしていたの? どこにいたの? どうして、銃なんて持ってるの?
 こんな形でさえ、再会は嬉しい。
 純粋に、ただ嬉しい。

 なのに彼は、足元の銃を拾って。
 背を向けて、歩き出した。


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Scene33 2/3

 何も言わないままに。
 一歩ずつ、彼の背中が遠ざかる。
 その先にはあのベレットがある。彼を連れ去っていく車。
 一歩、一歩。
 すぐ目の前にいた彼が、遠ざかる。

 そんなの。
 許せない。
 走る。


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Scene33 3/3

 走る。
 走る。
 鼓動より速く。
 走る。
 ベレットに手をかけた彼の背中の真ん前で、ハートを握ったまま、拳を振り上げる。
 彼が、振り向いた。
 ――黒崎くん。
 目の前に、彼の顔があった。
 それで、なんにもできなくなった。


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Scene34

「ごめんな」
 滲んだ声で、彼が言う。
「オレ、間違えてばっかでさ」
 忘れていた涙が、ようやく溢れる。
 ――黒崎くん。
 謝って欲しいわけじゃなくて。
 これまでの事情さえ、もうどうでもよくて。
「一緒に、いてよ」
 振り上げていた拳で、彼の胸を叩く。
 彼を見上げたまま、涙が頬を伝う。
 せっかく、ハートが揃ったんだから。
 一緒にいてよ。
 大きな手が、彼の胸にある私の拳をつかんだ。
「やっぱりさ、間違えたままじゃ、だめだから」
 滲んだ視界で、彼の泣き顔がみえた。
 彼は大きな2つの手で、とても優しく私の拳を開いて。
「アユミ」
 私の名前を、呼んだ。
 一番聴きたかった声で、間違えずに。
 私の名前を呼んだのだ。
「次は、自分で約束を守るから。もうちょっとだけ、これ、貸しておいてくれよ」
 白い歪なハートを、抜き取った。
「信じて、くれるか?」
 震えた、彼の声。
 私は硬い胸に顔を押しつける。
 叫んだ。
「当たり前じゃない!」
 ――どこにも、いかないで。
「ずっと、信じてる。疑ったことなんてない!」
 ――お願い。一緒にいて。
 ほんの一瞬だけ、彼は強い力で、私を抱きしめた。


 Happy end


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Scene35

 ベレットが走り去る。
 私は長い間、その先を見つめている。
 ふいに、ポケットの中のスマートフォンが震えた。
 錯覚じゃない。――どうして?
 取り出す。
 バッテリーが切れているはずのそれは、でもモニターが輝いていた。
 表示されているのはメールフォルダだ。新着メールがある。
 簡潔な文面。

 お前ら、愛の力って信じる?

 私は勢いよく涙を拭いて。
「当然」
 思い切り強く、黒いハートの欠片を握りしめた。


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