空中楼閣*R25

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本当の永遠は

ある作家の小説の中に「神様とは蚊ではないか」という文章が出てくる。私達が一方的に嫌悪し、小さな怒り以外の感慨もなく、叩き潰してしまう蚊こそが神様の姿だというのだ。 そして手の中で潰れた神様を見て、私たちは密かでささやかな達成感を得る。小さな…

限りある永遠について

そういうのを純愛とか、究極の恋だとかと言うのは、かなり狡い事だと思う。むしろ、かつての戯曲や物語のように、先が知れぬままに引き裂かれてしまう恋愛のほうが、ずっと純粋なものだと思う。 最近の流行かもしれないが、相手が先に死んでしまうことが分っ…

雨の日は部屋の灯りを消して

先月の雨の日の午後に、急に浮かんだセンテンス。 こんな一文で始まる短編集を書いてみたい。 ライト・ダウンした部屋で、雨音を聞きながら写真を燃やすのもよし、誰かと囁きあいながら微笑を浮かべて首を絞めるのもよし、他の男を想いながら手元の灯りだけ…

違和感で始まる七月

今朝の違和感は、なんだったのだろう。とき解くためには、ゆっくりと自分の思索を辿り直す。 発端は、こうだ。 世界中で「今日から七月だ」とネットに書いたり呟いたりする人は、きっと凄い数なんだろうな、と。 ちなみに午前10時に「今日から七月だ」とグ…

例えば、妄想

「変に・・なりそう」声が震えている。 私の人生は誰かの悦びとなれば良いのだが、誰かの悲しみや苦悩でしかなかったのならと不意に思った。 切なげな表情と引き攣りそうなくらいに伸びきった足先が愛らしい。 生きるということは自分の中に死を育むというこ…

51回目の夏至

こうしたい、ああしたい、と思いながら、結局、あまり動かないままに五十一回目の夏至を迎えた。 人生初めての夏至が、生後六ヶ月だと思うと妙な気分にもなるし、51年と6ヶ月を何とか生きてきたなあ、と感慨も湧く。 冬至は太陽が生まれ変わる日で、ある…

して・・欲しい

まるで新しい玩具をみつけた子猫みたいに、貴女は嬉しそうな表情で唇を舐めた。 小さく尖った舌の先が妙にエロチックで、キスをして互いの舌先を感じ合うときの感触を、私は思い出していた。「嬉しそうだね」 「だって・・嬉しいから」 私の付け根を左手で握…

欲望の糸

「ドライカレー、レタス、チキンで何が浮かぶ?」 顔を合わせてからずっと甘く潤んでいた貴女の眼差しが、きょとんとした可愛い表情になった。「え、何がって・・」 私は意地悪をするように、黙って微笑んでおく。「それ、美味しそうってこととか?」 「それ…

事の終わり

時間の流れまでも変わってしまうことを彼に教えられた。 流れが滞るのでも、早くなるのでもない。時間そのものが「流れる」という束縛から自由になってしまう。自由になるのは、時間だけではない。感覚が理性から浮き上がってしまう。 震え続けるのが本来の…

事の初め

鏡の前で膝を開いて彼に腰の中心を拡げられた瞬間、グロテクスだと思った。 自分の真下に別の生き物が密かに息づいていた。淫らな生き物、そのものが彼の言う「おんな」の入り口なのだろうか。 子宮という球根から首を伸ばして腰の中心に隠花を開く、そんな…

温室の花

広がった水田の真ん中にポツンの高台になった場所があって、そこには崩れかけた廃屋と骨だけになった温室があった。 まだ温室にガラスが無事だった時には、田んぼに水が張られる時期には、まるで海原の孤島のようで、そこが二人にとっての秘密の楽園だった。…

桜追い

桜を追いかけるようにして迷い込んだ午後は、古い家屋の内装をアレンジした和食の店。古木のようなカウンターにひとり通された。 追いかけてしまったのは桜の花弁のせいだけでなく、最初に見かけた桜が古くからの墓地の奥にあったからだし、迷い込んでしまっ…

春蘭花銘鑑

声にして読んでみて、と彼が言う。「春蘭。直立した花茎はやや肉質で、膜のような鞘状の葉で覆われている。花弁はやや短く・・」 「似てるでしょ。貴女の、と」 耳元で心地よい声、それだけで腰が甘い。「唇・・唇弁は真ん中に溝があり、左右に薄紅色の斑点…

シルクの雨

柔らかな陽射しとともに、部屋のグリーンも伸びをして細かな葉を揺らして春を受けとめる。 ゴールドの真鍮ポンプがガラス瓶に空けて見えるスプレーを片手に、アジアンタムの寄せ植えに霧吹きをする。葉脈に結ばれた水玉が生き物のように膨らんでいく。「こっ…

アフタヌーン・ランチ

エチケットの権威といわれるエミリー・ポスト夫人に因れば、「有閑マダム」を穏やかな非難を込めて「ランチする女」と呼んだらしい。 何故、「穏やかな非難」なのかと言えば、ランチはもともと小腹が空いた女性が自分達のために女性同士で摘むような軽食のこ…

ファースト・ブレイク

オフィスの鍵を開けると冷蔵庫の中のように冷えきっている。暖房のスイッチを入れてから、コートとマフラーのままでパソコンを立ち上げる。 例えば、貴女からの朝のメールには音楽サイトのリンクが張ってあって、通勤する貴女の耳元と私のオフィスで同じ曲が…

感覚の深さ

肌の汗が冷えて火照りを冷ましてくれる頃、止めどない痙攣のあとにようやく静かな呼吸を取り戻した貴女が呟いた。「ねえ・・私ずっと、ここに居たよね」 長い睫毛の虚ろな視線が天井を見つめている。「どういう意味?」 私は片肘をついて身を起こした。貴女…

存在の曖昧さ

分別の果実を食べたから、人間は「考える葦」となり、我思うゆえに「だけ」が存在の拠り所になってしまった。「おやじ、死んだ先ってどうなんだ」 バスタブの中から湯気に煙るクリーム色の天井を眺めて、ぼんやりと問うた。「そっちには世界があるのか。教え…

指結び

二人の指の間で小さな音がする。「あ・・ん、そこ・・どこ」 私ではない誰かに問いかけるように、貴女が呟く。私は返事の代わりに、貴女の中指の爪を押さえつける。呼吸が止まる。濃密に絡み合った二人の指に緊張を加えながら、貴女が張り詰める。「はうぅ・…

唇重ね

見つめ合うだけで距離を失ってしまうような視線を、不意に塞がれた。 塞がれた分、感じ取れる。キスを奪われて、唇から意識が失われるように空間の中で自分を切り取っている境界線が溶けて流れ出す。その感覚がいつもより鮮明に尖っていて、痛いくらいの痺れ…

妄想な日々

膝立ちになって両腕を背中に回すだけで、貴女はいつものように顔を少し上げ、目を閉じる。 僅かな静寂が貴女を愛撫したかのように、赤い唇が微かに開くと、もう肌の温度が熟してしまう。「膝を開いて」 その言葉だけで、滴り始めるはず。音も無く、床を滑っ…

舞い降りる

男達に自分を刻み付けて死んだ女がいた。引き止める男達の悲鳴を受信しながら、飛び降りる実況までして消息を絶った。 人は死を意識した時、自分の存在を残る人達に刻み付けたくなるようだ。自分の培ったものを伝えたいと切望する場合もあれば、自分の傷を人…

非対称な感覚

肩口から右胸、その膨らみから脇の下へと指でなぞると赤い唇が緩んで、貴女が背を反らす。「右が感じるね。左よりも」 微睡みから引き戻されたみたいに、目蓋を開いた貴女が視線を私に結ぼうと瞳を揺らした。「そうなの。判らない」 「そうだよ。全部、右が…

脳梁の厚み

「そろそろ本腰入れようかな」 「ええ、今までは浮気だったの?」 「違うよ。右脳だけでなくて、左も使おうかと」 「女は最初から、全部、使ってるわよ」 左右の脳を繋ぐ部分、脳梁の太さは男女で完全に違う。脳は神経の塊で、脳梁はその神経からの電気を伝…

して、欲しいこと

ベッドボードに頭を委ねて、貴女を見つめていた。 弛緩した私の太腿のあいだで俯せになって頬杖を突いている貴女の、シャワーに濡れた髪先が腰のあたりをくすぐる。 貴女は、貴女の中で果ててだらしなくなった部分を指先で弄りながら、唇を閉じたまま先端に…

熱に憑かれて

あれはウイルス性の脳症だったのかもしれない。 高熱が出ると、自分が奈落の底に横たわっているように天井が遥か遠くに見えた。部屋のふすま絵が自分に向かって飛び出して来る。 幼い私は恐怖に泣きわめいた記憶がある。後になって母は「お前が、脳に異常を…

白磁の滑りと真紅のルージュ

魅惑的な唇と濡れた視線だった。眩しいくらいに白い肌だった。 窓からの薄光に泡立った肌がエロチックに息づいて、微かな吐息が柔らかな唇を震わせながら、大きく小さく波打った。 貴女が読みたいと言った宇宙物理学の本が、緑色のハードカバーの角で貴女の…

クリームチーズと林檎色

久しぶりの雨の日。生暖かいような、肌寒いような、曖昧な湿り気を帯びた空気の中にいる。「レア・チーズケーキが好きだよ。アップル・パイも好きだけどね」 紅茶を口元に運びながら、何気なく貴女に呟いた自分の言葉を思い出した。「愛しては、いないのよね…

刻印の悦楽

「あぅ、っ」 凍みる・・彼に噛まれた雌しべの、その右側だ。慌てて洗浄シャワーの勢いを緩めた。 逢うたびに、彼は必ず私に痛みを刻みこむ。 右の乳首の付け根だったり、後ろ手を強要された肩だったり、脇の下の痣だったり、そして今回は、雌しべの付け根が…

ハリネズミみたいに

ついアクセルを踏み込んだ。悪気があるわけでないが、意図不明のウインカーと、不意打ちのブレーキランプを繰り返す先行車に苛ついていた。 独り毒づくなんてみっともないと、いつもは思うのに汚い言葉が口を突く。 少し気を効かせれば判ることなのに、それ…