No Meat, No Life.

横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。

焼ニシュラン【番外編】 -2014-

〔焼ニシュラン-2014〕にて2014年に感銘を受けた焼肉屋さんを発表したが、今回は番外編として焼肉以外の肉料理の中で特に感銘を受けたお店を発表したい。
少々乱暴だが、ジャンルごちゃ混ぜの肉料理ランキングだ。
これから私の2014年に感銘を受けたお店を発表するわけだが、これはあくまでも2014年の1年間に限った話であり、どんなに良いお店でも2014年に訪問してなければ載せることはできないし、2014年に訪問していたとしても、その時たまたま普段より感動が薄ければ載せていない、また逆も然り、ということを付け加えたい。
☆☆☆【このお店の存在自体が奇跡だと思う】
[あら皮(新橋田村町)]
肉好きでその名を知らない者はいないステーキ界の最高峰。
ヒレも他店とは違うが、圧倒的に違うのはサーロイン。
ぷるんぷるんとした滑らかなゼリーのような食感で、赤身にはどこまでの深みがあり、驚くほど力強い旨みで出来上がっている。
ステーキが少し冷めてしまった時には更に驚かされる。
普通のサーロインであれば、脂っぽさが前面にでてくるものだが、”あら皮”のサーロインは冷めてもしつこさなど皆無で旨みがいつまでの濃厚なのだ。
あまりに高額な支払額が一人歩きしてしまっている側面もあるが、一度でも”あら皮”のステーキを食べれば、それがぼったくりどころか、(特に肉に関しては)適正な価格設定であることを知るだろう。
このレベルの牛肉を常に確保する労力は計り知れず、その仕入れにかかるコストは想像を超えたものであろう。
銀座で見かける真の拘りを持たない高級ステーキを3回食べるのであれば、それを我慢して”あら皮”を訪ねてみて欲しい。
期待を裏切らない本物が待っている。

[かわむら]
日本一予約の取れないステーキ屋さん”かわむら”。
“あら皮”と遜色ない価格設定ながら、舌の肥えた常連さん達だけが予約を埋めていく。
火入れを極めし店主・河村さんの焼きは芸術の域に達している。
〆の牛丼を除くと、河村さんが使う牛肉はヒレのみ。
特にど真ん中のシャトーブリアンだけを使う分厚いステーキは、唯一無二の火入れで、繊細で滑らかな舌触りに喉越しと余韻を楽しめる。
目で見て、直接触れて、そして焼かれる音を聞くことで、その究極の姿を作り出す技術。
さんざんヒレを食べてきたが、この焼き上がりを実現できたのは河村さんしか知らない。
よく言われるような『日本一旨いステーキ』かどうかは、今の私には分からない。
そう感じる人もいるだろうし、もしかしたら、そう感じない人もいるだろう。
ただ、『日本で"かわむら"でしか食べれない至高のステーキ』であることは確か。
このステーキを食べるためだけで、数ヶ月待つ価値は十分だろう。

[トロワフレーシュ]
"あら皮"から独立し"ドンナチュール"の立ち上げに参加した森地さんが、自身の理想を追い求めて更に独立して立ち上げたのが"トロワフレーシュ"。
森地さんの人柄が滲み出た適度な距離の接客は、高級ステーキ屋特有の緊張感がなく、初めてでも純粋に目の前の料理を楽しむことができる。
肉は"あら皮"のように生産者を絞っているわけではないが、その代わりに国内最高峰の目利きで選ばれたその時々で最高の黒毛和牛が届けられる。
また赤身の強い肉が好きな人には短角牛があるのも嬉しい。
運が良ければ、短角牛以外にもドライエイジングされた黒毛和牛やフランスのオーブラックなど、森地さんが面白いと思った牛肉が色々と味わえる。
それらを引き立てるのが特製の炉窯と料理長である橋山さんの火入れ。
表面を紙1枚の厚さでカリッと焼き上げ、炉窯から出されたステーキは、周囲に芳醇な和牛香を放つ。
これ以上でもこれ以下でもない絶妙な火入れをされたサーロインやヒレを1口食べれば、その分厚さを感じさせない食感と旨みの濃さがある。
炉窯ステーキの最高峰の一角を担う名店である。

[くいしんぼー山中]
店主の山中さんが冷蔵庫から取り出す肉塊を見ると、それが世間一般で食べれるものと明らかに違うことに気付く。
肉の断面は空気に触れることで鮮やかな色合いに変化するのは承知しているが、それを考慮しても今まで見たこともないような深い小豆色の肉肌なのだ。
そして本来であれば判の大きなリブロースであっても、惚れ惚れするような判の小ささ。
これらは兵庫県の中でも美方地方を中心とした純但馬の血統、雌、平均37ヵ月ほどの月齢、飼料、環境、そして匠といえる生産者の結晶で、近江の契約牧場からし仕入れられないと山中さんはおっしゃっている。
肉へのこだわりを語りながら手際よくこの類稀な肉を捌いていく山中さんの顔はこれ以上ない肉好きの顔。
そしてその肉は決してサシの蕩けるような食感ではなく、黒毛和牛だからこその繊細な赤身の食感にどこまでも広がり続ける深い味わい。
また「肉は新鮮なほど良い」という山中さん持論により、肉はどれもフレッシュ。
屠畜後すぐに自ら取りに行くという肉は他ではなかなかお目にかかれず、新鮮なヒレは体験したことのない甘みを放つ。
胡椒が強めのステーキはロースもヒレも秀逸だがロースの方がより肉の凄さが分かるかもしれない。
またビフカツの中でもデミソースとの一体感が素晴らしいヒレカツや私が考える日本一のハンバーグも外せない。
とにかく"くいしんぼー山中"で非日常の牛肉をとことん食べみて欲しい。
間違いなく今までの牛肉観が変わるはずだ。

[三芳]
祇園の八坂神社のほど近く。
伝統ある歴史と格式を感じさせる祇園の街並みに溶け込んだ店構え。
白地に"三芳"と染め抜かれた暖簾をくぐると、そこには伝統と革新を融合させた『肉の桃源郷』が存在している。
店内はカウンターとテーブル席があるができることならカウンターに陣取り、店主の伊藤さんの手際の良い仕事振りを目の前で楽しむことをオススメしたい。
割烹らしく丁寧な仕込みをされた素材がお皿の上で芸術品に変貌していく様に嫌でもテンションが上がる。
和食の世界を覗いてみると魚に比べて肉へのアプローチはかなり限定的なようだが、伊藤さんの手から生み出される肉料理はどれもしっかりした和食のテクニックを踏襲しながら食べ手の予期せぬサプライズが織り込まれている。
例えば、タンの昆布締めはタンの水分が昆布に吸われ身が締まり昆布の旨みが見事に乗せられている上に、香りが際立つ温度まで絶妙な仕上がり。
脂の乗ったタン元は西京漬けで和を強調し、熟成されたリブロースには特性の割下と白トリフといった洋のアプローチが加えられる。
その発想に驚かされたのが、牛肉が入ってないのに牛肉が感じられる海老芋のコロッケで、なんと自家製のヘッド(牛脂)で揚げて牛肉の風味を乗せているのだ。
まさに牛肉を扱わせたら日本最高の職人といっても過言ではない。
このお店を訪れるためだけに新幹線で京都に向かう価値がある。

☆☆【一度でも食べれば完全にお店の虜になってしまう】
[イデア]
2013年10月、東京・銀座にまた一つステーキの名店が誕生した。
"トロワフレーシュ"で料理長を務めていた一宮さんが独立して、炉釜による神戸牛をメインに扱うステーキ屋さんをオープン。
しかも炉釜での焼き担当として、"あら皮"や"トロワフレーシュ"で20年に渡って肉と向かい合ってきた菅井さんも一緒に。
フレンチの料理人時代に出身地である神戸の"あら皮"でステーキを食べて、この世界に魅せられてしまったという一宮さんが目指しているのは、かつて神戸の"あら皮"で食べた山田二郎さんの焼いたステーキ。
その故、扱うお肉は但馬血統である神戸ビーフがメイン。
オープン当初に比べて仕入れる神戸ビーフの質はグングン上がってきている。
特に最近は川岸さんのヒレや、他にも雌牛専門の名門牧場の神戸ビーフが入荷してきている。
また、赤身好きのお客さんの要望にも応えられるように短角牛も扱っている。
最高の純但馬血統の肉を炉釜職人が丹精込めて焼き上げるステーキは必食だ。

[あつし]
銀座の人気ステーキ屋さん”加藤牛肉店”。
横浜市金沢にある精肉店”加藤牛肉店”が母体となったステーキ屋さんだ。
“加藤牛肉店”の店主・加藤敦さんが厳選するのは、山形牛の中でも加藤さんが信頼を寄せる生産者の雌のみで、肉の肌理が細かく濃厚な旨みが爆発するような最高の山形牛が以前から知られていた。
そんな”加藤牛肉店”が新たに”焼肉ステーキ あつし”を西麻布にオープンした。
隠れ家風の外観に、店内はロースターが埋め込まれたテーブル席と鉄板焼きを楽しむカウンターが設置されている。
加藤さん厳選の山形牛を使った焼肉はもちろんオススメだが、ぜひ厚みのあるサーロインを鉄板で焼いたステーキを食べてみて欲しい。
表面は均一にパリッと焼かれ、その間に詰まった部分は赤身の旨みが凝縮し、肉汁が舌の上で踊りだす。
口に入れた瞬間から、飲み込むまで、濃厚な旨みを放ち、食べ進めるごとに飽きるどころか、箸が止まらなくなる魔性のステーキ。
圧倒的な肉質だけが生み出す本物のステーキがここにはある。

[横浜うかい亭]
ステーキを食べれば食べるほど、炭火で焼き上げるステーキの凄みが身にしみる。
そんな中、唯一炭火焼きステーキ以外で感服させられたのが"うかい亭"の鉄板焼き。
鳥取の田村さんの肉を中心に極上の素材が常に揃っている。
また10年以上お世話になっている"うかい亭"だが、数々の焼き手の中でも小池さんは別格と感じてしまう。
毎日味見して焼き加減を調整しているのだろうが、鉄板の上のお肉を一体化しているのかと思わせる焼き加減。
鉄板焼きのステーキの真髄がここにある。

☆【自分だけでこの感動を味わっていいのだろうか】
[ヴィティス]
高級ステーキの代名詞である炉窯ステーキ。
ここ最近銀座を中心に炉窯ステーキのお店が増えてきたが、銀座とはほど遠い中目黒の地で今年の夏に産声を上げたのが”vitis(ヴィティス)”。
“vitis”では炉窯ステーキを身近に感じてもらうため炉窯ステーキの中ではかなり手頃な価格設定となっているが、“あら皮”の姉妹店である“哥利歐”で過去に7年半腕を磨いたオーナーシェフ・結城さんが焼き上げるステーキは“あら皮”譲りの正統派だ。
メニューはコース1本。
日によって内容は変わるが、ある日は幻のスモークサーモンに始まり、ウニやアワビ、北寄貝といった魚介系で肉欲を高めてくれた。
"あら皮"の名残を強く感じさせてくれるのはやはりスモークサーモンとコンソメスープ。
炉窯ステーキの裾野を広げる為の啓蒙活動故の親しみやすい価格設定。
ぜひ本物をここで知って欲しい。

[平]
一言で言えば場末のスナックそのまま。
一見で入り口の戸を開くのは相当な勇気が必要だろう。
スナックの居抜きそのままという店内はカウンターのみで、ここで極上のステーキが食べれるとは想像もできない。
しかし、そこで出されるお肉は、都内の高級店であれば倍以上もするような極上品ばかり。
それを店主・目崎さんが炭火で焼き上げてくれるのだ。
運が良ければ、但馬牛に出会える日もある。

[素敵亭]
知る人ぞ知る関東屈指の牛飼い名人・増田順彦さんが肥育する増田牛。
自身の経験から選び抜いた血統の子牛に、炊いた大麦など独自の配合飼料を与え、通常月齢27ヶ月程度で出荷されるところ、増田牛は34ヶ月、特に純但馬血統では38ヶ月まで丹精込めて肥育される。
生産効率よりもその味わいを最優先した肥育方法の答えは、増田牛の濃い肉色、脂の融点、味の濃さにはっきりと出ている。
その増田牛を取り扱って10年以上というステーキ屋が”素敵亭”だ。
焼き手の加瀬田さんからは、単純に地元だから増田牛を使うのではなくとにかく増田牛の旨さにひかれて使い続けていること、そして鉄板焼きに対するプライドがカウンターを通してひしひしと感じる。
サーロインは滑らかで口溶けの良い脂が広がるが、べとつきを一切感じさせず、その脂の甘みの後から赤身の旨みが強く押し寄せる。
生産者と二人三脚で進化し続ける名店だ。

[銀座吉澤]
上物屋として有名な芝浦の仲卸問屋”吉澤畜産”を母体に持つのが”銀座吉澤”。
牛肉業界で上物屋とは、文字通り上物、つまり全国の牛飼い名人達が肥育し、味はもちろん等級も上の特選の黒毛和牛を扱っている問屋のことだ。
そんな”吉澤畜産”がセリ落とした中でも最上級品は何処にいくのか!?
それが”銀座吉澤”なのだ。
一般的に肉屋さんが手掛けている飲食店は、肉屋が量をさばくのが目的で扱っている肉の中でも上のものを飲食店で使うことはほとんど聞いたことがない。
だが、”吉澤畜産”の冷蔵庫に吊るされた極上の雌の黒毛和牛の中の最高峰はほとんど”銀座吉澤”に運ばれ、すき焼きやオイル焼き、ステーキで食べることができる。
松阪牛を始め、近江牛、奥州牛など、その時々で最高の物が食べれるが、私が伺った時には月例47ヶ月の純但馬血統・特産松阪牛が運ばれて来た。
その深みのある香り、舌を覆い尽くすような濃厚な旨み、繊細な食感、全てがここでしか味わえない本物であった。
ちなみに精肉店を併設しており、飲食店で食べるものと同じ肉を購入できる。
肉好きが訪れたら、目の前のショーケースに釘付けになるだろう。

[一富士]
関東は関西に比べて肉割烹系のお店が少ない。
そんな関東で貴重な牛ホルモンに特化したお店が"一富士"だ。
場所は千駄木駅から徒歩数分という場所で、あまり便利とは言えないが、一度その世界を体験したのであれば、距離など全く気にならないほどの肉料理の数々に味わえる。
コースの中のメニューはどれも秀逸だが、串に刺したレバにニラが乗せられたレバニラや一度煮込んでから焼き上げるテール焼きも特にオススメ。