Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

与謝野官房長官に感じる不安

昨日の内閣改造で、与謝野馨氏が官房長官に就任しました。一般的には政策に強い人物を内閣の要に配した手堅い人事という評価が強いのですが、僕は昔から与謝野氏には不安を感じています。


小泉内閣時代、竹中平蔵氏と与謝野氏の間で与謝野・竹中論争という、成長率と利子率を巡る論争がありました。
田中秀臣氏(id:tanakahidetomi)がかつてHotWired誌に書いていたコラムに、その詳しい説明があります。

 前回に去年の夏に事実上の"親日銀派"のエコノミストたちが今年春の量的緩和解除やデフレ脱却、政策オプションとしてのインフレ参照値の導入を語っていたと述べた。そのような発言を聞く一方で、小泉政権サイドに近いところからは夏の終りに日銀と政府との名目経済成長率論争が起きるだろうという観測を聞いた。もっとも去年の夏は郵政民営化を焦点とした政治の季節に吹き飛ばされて、この「論争」が正体を現したのは年末になってからであった。具体的には昨年 12月に経済財政諮問会議において与謝野馨経済財政・金融担当相と竹中平蔵総務相との間で交わされた財政再建をめぐる論争である。これは財政再建をめぐっての金融政策の位置づけをどうとらえるのか、という論争であったともいいかえることができる。長期国債の利回りである長期利子率と名目成長率の大小関係がどのように金融政策と関連しているのか、という点で与謝野大臣と竹中大臣との間で意見が交換された。では、なぜ長期利子率と名目成長率の大小が財政再建や金融政策のあり方に関係するのだろうか(以下は拙著『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)による)。


 国債の新規発行額が次式で表わされるとしよう。
国債の新規発行=政府支出−税収+名目金利×国債残高   
 ところで国債残高が財政の健全性で問題になるのは絶対的な大きさではなく、ネットでみた名目国民所得との比率である。上式を用いて簡単に導出されたのが次の関係である。


国債の新規発行分/名目GDP)の一年間の変化分
  =〔(政府支出−税収)/名目GDP〕−(名目GDPの成長率−利子率)×(国債の新規発行/名目GDP


 政府支出−税収がプライマリーバランスとよばれるものだが、この式の右辺第2項をみるように名目GDPの成長率が利子率を上まわれば、プライマリーバランスにかかわらず国債の新規発行分・名目GDP比率はある一定の値に収束する。逆に名目GDPの成長率が利子率を下回ると発散する。すなわちしばしば財政再建論議で話題になるプライマリーバランスの改善よりも財政危機を回避する際にきわめて重要なのは、名目利子率と名目GDP成長率の大小関係ということになる。この関係を「ドーマー命題」と呼んでいる。


 そしてどのような国債残高の初期水準からはじめても、利子率が成長率よりも大きいときは財政破綻に直面し、利子率が成長率よりも低ければ財政破綻の危機は訪れない。もちろん現在の日本はゼロ金利であり、長期国債の利回りも歴史上まれにみる低水準である(1〜2%)。しかし他方で名目成長率はマイナスで推移している。つまり名目成長率よりも金利のほうが大きい事態が長期的に継続しているのが日本の現在の状況である。日本の名目公債残高/名目GDP比が90 年代から今日まで増加トレンドを変更しないのは主にこの事情による。成長率の低下をもたらしているデフレが継続すれば、ドーマーの命題でいうところの財政破綻の危険性が高まっていくわけである。


 さて与謝野大臣は近年では長期金利が名目成長率を下回ることはない、という認識であり、対して竹中大臣は金融政策などの政策対応がきちんとしていれば名目金利が名目成長率を長期にわたって上回ることはない、という立場にたっている。このことは言い換えると、与謝野大臣側は金融政策による名目経済成長率の引き上げは難しく、せいぜい3%程度だという認識のようだ。竹中大臣側は金融政策によって名目成長率は4%程度が達成できると主張しており、実は与謝野・竹中両者ともに実質成長率は2%の認識があるため、問題はインフレ率をどう判断するかによっている。与謝野大臣側はゼロインフレからせいぜい1%以下にインフレ率を抑えことが望ましいという判断であろう。これは今日の日銀の政策と整合的である。竹中大臣はいわゆる「リフレ」的観点に立脚して発言していると思われ、中長期的に2%程度の低インフレを目指して、税収を改善しもって財政再建に資するという考えかたである。わたしはOECD諸国の多くが名目成長率 ≧長期金利 を実現しているために、日本においても達成可能であると思っている。

量的緩和解除以後の日本経済 II - 田中秀臣の「ノーガード経済論戦」


このように、与謝野氏は金融政策や財政政策を行っても名目金利が名目成長率を下回ることはなく、従ってこのままでは財政破綻するという認識であり、竹中氏はリフレ政策でインフレ率を上げれば名目金利が名目成長率を下回るようになり、財政破綻は起きないという認識でした。そして安倍政権では竹中氏の考えが採用され、増税なしでも財政破綻は起きない(財政再建が可能)という考えのもと、増税を見送って成長率を上げる上げ潮政策が採用されたわけです。
しかし与謝野氏はこのような政策には反対する立場ですから、財政再建のためには増税が必要だと考えているでしょう。そして財務省は長年に渡って消費税増税を悲願としていますから、財務省とのつながりが強い与謝野氏も消費税増税をすべきだと考えていると思われます。


7/26の記事で僕はかみぽこさんの消費税大幅増税予測を取り上げましたが、あの予測では与謝野氏などの財務省に近い政治家の復権が前提となっていました。その復権が今回の人事でなされたことになります。
もちろん、今消費税増税を行うことは次の衆院選での敗北を招きますから、自民党にとって自殺行為でしょう。だから与謝野氏も2008年度の増税は見送ると思います。
ただ、衆院選が終わった後は話が変わるでしょう。来年までには衆院解散が行われる可能性が高いと言われてますから、与謝野氏が2009年度に消費税増税を行うことを目指して、再び政策論争を提起するのではないかと僕は考えています。前回の論争では竹中氏という好敵手がいましたが、竹中氏は野に戻ってしまいましたし、リフレ政策を主張していた中川秀直氏や、どの主張からも距離を置いていた塩崎恭久氏も辞任しましたから、与謝野氏に対抗できるだけの論者は安倍内閣にはいないでしょう。だから今後与謝野氏は目立たないように内閣の経済政策の方向性を変えていき、2009年には消費税増税ということになってしまうのではないかと心配しています。


もっともそれまでにデフレを脱して景気が十分回復し、増税しても景気が大きく落ち込まないのであれば、それでも良いでしょう。ただ、与謝野氏は財務省だけでなく日銀とのつながりも強い政治家です。だから、デフレを脱して景気を回復させるために、リフレ派が主張するようなインフレ目標や政府・日銀間の政策協定を結ぶことには否定的でしょう。また次期日銀総裁にもそのようなことに消極的な人物を推薦すると思われます。そうなると、今後も日銀は金利を上げ続け、景気を冷やし続けるでしょう。従って2009年までに景気が十分回復している可能性は低いと思われます。
そうなると、デフレが終わらないまま消費税増税が行われることになり、再び1997年のような事態になるのではないかと不安になるのです。あのときは不況がどん底に落ち込んで、財政赤字も膨れあがる結果となりましたが、日本はその二の舞を繰り返すことになるのでしょうか?