空の近く。こころ高く。 ― ブータンてきとう日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2010-11-24

月収3万円でもJill Stuartのサングラス(1.5万円)を買うブータン人 


ブータンに来てから、ずっと違和感を感じていることがあります。



それは、ブータン人のお金の使い方です。



ブータンは、GNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)を国の指標として掲げる、幸せの国として知られていますが、経済的な側面をみれば、貧しい国でもあります。


ブータン人の給料はどれぐらいかというと、だいたい三層に分かれていて、


  1. 農家・レストランなどの従業員:月収6千円-2万円程度
  2. ホワイトカラー・公務員など:月収2-4万円程度
  3. 一部のお金持ち(大手旅行会社・建設会社経営者):月収数十万円。多い人は百万円以上

という感じではないかと思います。日本の10分の1ぐらいの感覚です。(ちなみに私はブータン政府の公務員であるため、2に含まれます。日本に帰るとお金がないです)


正直、格差は大きな問題です。特に農村部と都市部の経済格差は深刻です。農村部に仕事がない。でも格差の問題はまた触れるとして、今日はブータン都市部の大半を占める、2の人たちのお金の使い方について書きたいと思います。私の友人たちの生活を見ていて、気づくことです。


最初ブータンに来たばかりの頃、私は自分の同僚たちが、本当に3万円程度の給料しかもらっていないということが、とても信じられませんでした。なぜならとても、そんなに貧しくは見えなかったからです。それは、精神的に、だけではなく、物質的に。


たとえば、私の同僚のほとんどは、自分の車を持っています。大体、安い小型車でも自動車税が高いため100万円程度するとのこと。中には、トヨタのランドクルーザーに乗っている友人もいます。


ファッションも、仕事場ではみんな民族衣装を着ていますが、週末など、私服を着ているときに会うと、みんなこぎれいな格好をしています。そのまま東京にいても、まったく違和感のない格好。たとえば夏場だと、黒のポロシャツに、明るい色のチェック柄のアバクロの短パンをはいていたり。足元はナイキのスニーカーだったり。ある女の子の同僚は、日差しの強いブータンで運転するのにサングラスをかけるのですが、そのサングラスはJill Stuartです。1.5万円くらいしたとのこと。しかも「前に買って気に入っていたのだけど、なくしちゃったから、おんなじの買っちゃった〜」とのこと。・・・。それだけで、もう月給に相当します。


ひょっとして、全部パチモンなんじゃないか、とも思います。もちろん、ブランド物は偽物も多いと思います。


しかし私が以前海外に出張したとき、同僚に「バンコクの空港で、BOBBI BROWN(ヨーロッパのブランド)の化粧品買ってきて〜。ブータンに売ってないから」と頼まれ、リストを見たところ、約1万円分でした。その人の月収は約2万円。びっくりして、「本当に?本当にこんなに買うの?」と聞いてしまったほどでした。



この人たちは、本当に、お金を出すのです。



iPhoneを持っている同僚だって少なくないですし、私のサッカーチームの友人たちは、ウイイレが大好きです。飲みに行けば、2000円ぐらい使います。



給料はだいたい日本の10分の1なのですが、趣味や娯楽に対するお金のかけ方は、感覚として、日本とそんなに変わらないのではないかと感じます。


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またお金の出し方が軽い。その1.5万円のサングラスを買うために、1万円の化粧品を買うために、こつこつお金を貯めたりしているわけではないのです。「あ、ほしい!」と思ったときに、さっと買ってしまう。



友人たちは「あはは、そりゃもちろん、稼いでるよりはたくさん使ってるよ〜(笑)」と笑っていました。



どこからお金が出ているのだろう・・・と思い聞いてみると、いくつかの意見がありました


  • 銀行から借金をしている
  • 親が土地/家を持っていてそこからの収入が大きい (首都ティンプーは人口の急増により地価が高騰しています)
  • 留学していたときにバイトをしていた (でも留学しているのなんて政府の一部の人です)

など。


知り合いの大臣が、こんなことを言っていました。「ブータン人の購買行動は独特だと思う。高いものを買うことをいとわない。お金が足りなければ、銀行でローンを組む。その会社で働けているうちはまだいいけれど、仕事をなくしたらそれでおわり。いつか、アメリカのカード破産みたいに、ブータンでもローン破産が相次ぐ日がくるかもしれない」




自分の収入の中で、買えるものを買うのではなく、ほしいものにぱっとお金を出してしまう、ブータン人。




そんな彼らを見ながら、ふと、思うことがあります。




それは、



ひょっとしたら、この人たちは、『買えないものがある』ということを、知らないのではないか




ということ。



ブータンは、1999年までテレビもインターネットもありませんでした。1999年に解禁されてから急速に普及し、テレビは国全体でいっきに普及したようですし、都市部の若者はインターネットを楽しんでいます。私の友人の多くも、Facebookに入っていますし、Youtubeで映画やドラマを見たりしています。またブータンでは英語が公用語のため、日本のように自国のネットコンテンツを楽しむというより、世界中の英語のコンテンツを楽しんでいます。ブータン人はそれまでブータンでの生活しか知らなかったのが、いっきに、ブータンの外の世界も知ることになりました。何が流行っているのか、何がクールなのか。




また首都ティンプーの人口は、10年前は約4.5万人でしたが、今は約10万人です。おおざっぱな計算ではありますが、今ここに住む人の約半分は、10年前はティンプー以外の農村部にいたというイメージかと思います。農村部では基本的にみんな農業をして、ほぼ自給自足で暮らしています。一方でティンプーには商店があふれ、タイやインドからの輸入品も多く、ほとんどなんでも手に入ります。



私はひそかに、ひょっとしたらティンプーなど都市部に住む多くの人にとって、自分の知っているもの、自分の目の前にあるものが、自分の収入では手の届かないものである、という状況が初めてなのではないかと感じています。


10年前まではテレビもインターネットもなく、ブータンの中のこと、自分の村の中のことしか知らなかった。村にあるものは、基本的には、すべて自分たちの手の届くものであった。


でも今は、世界で何が流行っているか知っている。目の前に品物も並んでいる。

情報の面でも物質の面でも、世界は大きく広がり、しかし、手元のお金はたいして変わらない。

ほしいけれど自分の収入では買えないものがある。

でもそれに、気づいていないのではないか。




たとえば小学校のクラスの中でも、家がお金持ちの子とそうでない子がいたり。

おもちゃ屋さんでほしいものがあっても、買えなかったり。



そういう経験。ほしいものがあるけれど買えない、人は持っているけれど自分は買えない、という経験がないのかもしれない、と。



そしてほしいものがあるけれど手に入らないとき、人は一生懸命働く。

お手伝いをたくさんして、おもちゃを買ってもらう子ども。

バイトをして、バイクを買う大学生。

パートしてお小遣いをため、ちょっといいランチにでかけるおばちゃん。



でもブータンの人は、お金は稼ぐ範囲で使うものだとは思っていないから、ほしいものがあると、借金をしてしまう。働く原動力に、なっていない。あいかわらず、のんびりおっとり。あまり働かない。



ブータンの人がそんなにこの事態を深刻にとらえている気配はないのですが(なんといってもお気楽な人たちので)、外国人の私から見ると、大丈夫かなぁと思ってしまいます。


ブータンは先代国王が「GDPよりGNH(国民総幸福量)が大事だ」と宣言し、国として「幸せ」を大事にしています。国民調査でも96%の国民が幸せだと答えています。


だけれどこの先、彼らはどんどんブータンの外の世界を知ることになる。知っている人が増える。そして、ブータンの外の世界では手に入っても、自分たちには手に入らないものがあるということを知る。自分より持つものを知って初めて、経済的な「貧しさ」を知るようになる。



それでも、この人たちは、幸せだと、言い続けられるか。



それでも、この人たちは、ブータンという国のあり方を、選び続けられるか。



大きなチャレンジだと思います。



インターネットで世界の流行を知り、借金をして、平気で自分の月収の半分ぐらいもする、ブランド物のサングラスを買ってしまうブータンの友人たち。



彼らを見ていると、この国はいま大きなチャレンジに向き合っているのだと、感じます。




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ところで、この話を、ブータン人とも話してみたところ、彼らには彼らの視点があることが、

見えてきました。

このエントリの続き、

「足るを知る」ということ―ブータン人の視点から

もぜひ読んでいただけると嬉しいです

そんなブータンへの行き方はこちら