BigLoveの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2004-10-30

「結果を生きる」ことの、メリット・デメリット

「結果を生きる人」・・・「自分がなにを創り出すか」よりも「他人からどう見られるか」を優先してしまっている人との会話は、正直、とてもつまらない。

「おまえは俺のことをどう見てるんだ?・・・こんなふうに見てるのか?あんなふうに見てるのか?・・・そんな風に見るなよ、俺の目に付くところでそんなこと言うなよ、そのせいで俺はこんなに不愉快だった」という話題に終始するから。

気の毒だとは思うし、つい、そこから抜け出すヒントを差し上げようとは務めるけれど、退屈だ。


ここまでは僕の感想

そして今から書くことは、僕の信念ではなく、「水は高いところから低いところに流れる」というのとおなじ、自然法則。

  • 以下は、踊る人>踊らない人 というお話ではないよ。
    • 「踊らされてる人」は、現象としては踊っていても、所詮「結果を生きる人」。
    • 一方、「今は踊らないほうが素敵」と観て踊らない人は、「原因を生きる人」。

・・・「なにをやるか」ではなく、「どういう在り方でやってるか」が、

「踊るか・踊らないか」ではなく、「どういう在り方で踊ってるか・踊らないか」が、結果に影響する。

  • 「自分がなにを創り出すか」よりも「他人からどう見られるか」を優先することが、どんどん進行すると・・・
    • メリット
      • 自分の中の葛藤を、外部化できる。
        • 「僕はこうしたい、でも、ああもしたい」・・・という内面の葛藤を、「Aさんはああして欲しそう。でも、Bさんはこうして欲しいといってる」・・・という風に置換。
        • 「こういう結果より、ああいう結果のほうが僕には大切」・・・という価値判断を、「Aさんより、Bさんのほうが感じが良い」・・・という人間関係に置換。
    • デメリット
      • 「他人からどう見られるか」って、実は制御できない。しかも推測に頼らざるを得ない。制御できないものを制御しようとしてしまうから、ストレスが溜まる。推測が基準だから、いつも不安感が底に在る。
      • 自分の率直な気持ち、想いに、蓋をすることが多くなる。
      • 「自分がなにをしたいのか」がだんだん見えなくなってくる。自己実現欲求が満たされにくい。熱い喜びを感じる機会がない。
      • 結果、ノイローゼになりやすい。
      • または、現実を自分の気に入るように歪めて認識してしまう。
    • 生じる特性
      • とてもわがままになる。他人に不快感を与えないことではなく、自分が不快感を感じないことを優先しているから。他人から非難されるのが嫌なだけ。非難しない相手への不快感は、アウトオブ眼中。
      • 人間関係と行動が直結する。
        • 感じがよい人(実は自分内部の価値判断に近い人)を、次第に「身内」と意識し、グループ化したがる。
        • 身内とそれ以外とで、応対ががらっと変わる。
        • 自分とまったく価値判断が同じ人なんて居ない。身内と認識した人と、重大な案件で価値判断が相違することも必ずある。なのにそのとき、自分のアイデンティティが崩れさるような不安感が生じ、人間関係が危機を迎える。

さて、ここから先は、私の体験談と、想いです。

どんな生き方を選ぶか、決定出来るのは各個人。

「結果を生きる」ことが、悪いわけではない。メリットもある。ただ、子供のうちはともかく、大人になってからはかなりデメリットが大。

僕自身の経験からも、「原因を生きる」方がお勧めできる。

「不快だと言われないように」行動を決めるのと、「不快感を与えないように・できれば楽しんでもらえるように」行動を決めるのとでは、たとえおなじ「踊らない」という行動を選択したとしても、いろんな結果が違ってくる。まず自分の内面で、そして、周囲に。

アンコールクリスマスバージョン ティピコ・オリエンタル来日 ラストライブ

18:35 舞浜

18:45 ブロードウェイ・ミュージック・シアターに。左ブロック3列目に着席。

19:00-35 アンコール Xmasバージョン鑑賞。ほぼ満席。張り切る出演者。フィナーレのスペシャル部分、昨年よりも、歌とラインダンスに力点が置かれている印象。いいっ!!!あれだけ高く足を上げながら、全体を見事に揃えるとは、かなり高レベル。素敵なスイングに会場からも自然に手拍子が生まれ、とってもいいムード。TDSの観客は、スイングジャズを体得してるなぁ・・・。

http://tamura.cocolog-nifty.com/tdr/2004/10/post_2.html

電車でP/Dへ。ホレイショスクエアに巨大ツリーが!

カットルのスクーター搭乗

20:00 舞浜


20:46 セルリアンタワー着

エレベーターで、Sons De Orienteの方とばったり。

ステージ目、如何でしたか?

ばら色に輝いた表情で「とってもよかった。素晴らしかったよ!」

2回目行ってきます!

「楽しんでね!あ、ボデギータにも聴きに来てねっ」11/24にライブがあるんです。http://www.bodeguita.co.jp/mall/yume007.html


JZbratの入口へ。既に20人くらい並んでいる。おぉっ!ユカタンでお見かけした顔が、たぁくさん!!!挨拶を交わす。2ステージ連続で観られる方もちらほら。

21:00 入場開始。満席のため、予約していないお客さんはキャンセル待ち。ステージから2mという至近席に案内される。

お手洗いに行こうとして、ボーカルのロランドさんとばったり!そのまま控え席のソトさん(パーカッション)、アンヘルさん(ベース)とちらりとお話。皆さんそれぞれ個性的なジャケット&ネクタイで、とってもダンディー!

札幌、寒くなかったですか?

「初日、雪が降ったんだよ!いっぱい写真撮った」

スクリーンに、キューバでのさまざまなライブ・ショーの映像が流れる。その中に、小さなライブハウスで、聴衆がおもいおもいに立ち上がって踊る姿が。あぁ、あんな感じって素敵だなぁ・・・。

21:30 開演。1曲目。熱く、丁寧な演奏。じーんとする。

2曲目、うーん、座ってられない(^^;あ!上の席は手すり沿いにずらっとお客さん立ってる。目の前は階段下スペース。あそこなら邪魔にならない、よし、立っちゃえ。

どんどん立ち上がる人が増えていく。ロランドさんが、間奏中にメンバーを一周して、耳元に何かささやく。作戦変更かな?

グラスが1つ割れる。誰も動揺しない。お店の人がさっと片付け、そのままテーブル寄せて、フロアを空けちゃう。ますますたくさんの人が踊る。次第に、ほぼ総立ち状態へ。

盛り上がってはいるのだけれど、ステップに気を取られたり、踊ることそのものに高揚したりで、会場の「聴く」ことへの集中力が薄まっている・・・

ユカタンのアンコールでやってくれたMonarca del Son、激しいけれど、哀愁を帯びた曲。でも、大半のゲストは明るく楽しそうに踊っている。演奏と踊りとの乖離・・・・・

そして、Son de La Roma。この曲は、今の会場の雰囲気と合ってる。キューバ人らしき黒人男女もステージ前で踊りに合流。全体のノリが、ぐっと躍動する。さすが!!!

圧巻は、フィナーレの「トゥラの家」。激しくスタート。会場熱狂。難しい曲調に、過半のゲストは一瞬ためらう。が、すぐ立ち上がり、やがて熱く踊りまくる。その踊りの明るさと曲調とにギャップができたかな・・・というところで、ロランドさんが、両手を広げ、手のひらを下に向け。会場のトーンを落とす。静かに、静かに。聴衆全員、全身が耳になる。そしてリフレインを繰り返しながら、ゆっくりと、だんだん熱く。その変化にぴったりシンクロしてマラカスを振るゲストも。自分の中に深く熱くこみ上げてくるものがある。100人のゲストそれぞれ、おもいおもいに曲を感じ、感じたまま体を動かす。みな違うことをしていて、それ全体が曲とぴったり一致している。至福の瞬間。ロランドさん、まさにConductor。いつまでも続くかのような演奏。でも終わりのときが来る。静かにトーンが落ち、聴衆ともども、ぴたりと静寂に。暖かく大きな、感謝と賞賛の拍手

アンコールに応えて、La Rosa orientalを。でももうロランドさん「トゥラの家」で声を使いきった様子。静かに熱唱。熱い拍手で終了・・・。

去り際、口々に何かおっしゃってくださるのだけれど、あぁ、スペイン語が理解できればいいのに・・・。エリセオさんが「Oh! I see you now!!!」照明がまぶしくて、今はじめて気がつかれたのでしょうね。ソトさんが日本語で「大好き君たち。忘れないよ・ずっと」

2ステージ連続で聴かれたゲストによると、1ステージ目はぜんぜん違うトーンだった様子。それはそれで聴いてみたかったなぁ・・・。JZbratで総立ちに近い状態になったのは初めて観たとのことでした。

月曜日キューバに戻られるとの事。超人的なハードスケジュールでの来日、ほんとうにありがとうございました。今回、ティピコ・オリエンタルに触れることで感じ、味わい、会得した無数のことは、僕そのものを、また大きく深く変えました。永遠に忘れません。


もうこれで、2度と会えないかもしれない・・・のだけれど、そんな気が全然しない。あの音が、あの素敵な5人の存在感そのものが、僕の血と肉になってしまったかのようです。

23:35 清算

23:40 セルリアンタワー発

ライブハウスのよさ、テーマパークのよさ

それぞれにあるなぁと感じました。

ライブハウスは、聴きこんだ人、踊りこんだ人が集まる。

総立ちになるのも早かった。

体に染み付いた踊り方からか、演奏と踊りが乖離してしまったときがありましたが、ロランドさんのリードで、そこから容易にあの深い体験へ移行出来たのは、聴き込み・踊りこんだゲストたちならではなのかも。


一方、テーマパークは。先入観の無い人たちも、多数集まる。特に子供。その反応は、とてもフレッシュ。形式を知らないから、生の今を感じるしかない!

そして長期公演であれば、次第に深い思い入れも育つ。最終日のあの爆発力。泣きながら笑って踊るゲストたち。そして感謝の「応酬」(^^)

テーマパークは「体験学習」の場・・・という捉え方があります。うん、今回僕は、最高の「体験学習」をさせてもらいました。

照れを味方にする・音を体で感じる・謙虚になる・つながる・・・ってなことを、深〜く学びました。

それは、http://tamura.cocolog-nifty.com/tdr/2004/09/hp.html に追記したように、ディズニーテーマパークが「世界の融合と調和の交流の場」であるおかげ。