BigLoveの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-11

NHK マイケル・ジャクソン音楽の軌跡

期待にたがわぬ、素晴らしい番組だった・・・。


冒頭、タイトルロールでもう、圧倒された。

鎮魂歌に乗せて、数々の映像から、選りすぐりの場面たちを次々と瞬間的に。その贅沢さと、凄まじい切れ味。

編集したひとが、いかに彼を敬愛し、彼が為したことを理解し、彼の死を悼んでいるのかが、ひしひしと伝わってくる。

マイケルがなにものであったのか、3分間に見事に凝縮したような、素晴らしい映像だった。

録画しなかったことを、激しく後悔した。


そのあとも、評論家コメントは一切なし。

彼の歩みを最小限のナレーションで紹介しながら、ひたすら曲と映像を流し続ける。

そのセレクトと、的確な訳詩とで、彼がなにを伝え続けたひとなのか、おのずと伝わる・・・という番組だった。

なくなった当日夜の、フジテレビの追悼・・・といいながら、デーブスペクターさんたちがくだらない私見をとうとうとのべる(あまりのくだらなさに、すぐTVを消してしまったので、徹頭徹尾ああだったのか不明だけれど)番組とは対極。


感銘を受けたのは、BADのミュージッククリップ

実は、フルバージョンを全編見たのは、たぶん初めて。

何百回も聴いた曲なのだけれど、歌詞も知っていたのだけれど、今日はじめて、僕はあの曲に込められた想いを知った・・・そう想った。


湯川れい子さんが、NHK BS2でのマイケル追悼式特集で、

マイケルは、すべてになりたかったんだと想う

といったことをおっしゃっていた。

マイケルは、この世界の、善も悪も、美しさも矛盾も、協働も敵対も、喜びも苦痛も、すべてを一身に引き受けていたんだと想う。すべてを、我が事として感じて居たんだと想う。

ちょうど、イエス・キリストのように。


彼は、世界自分の鏡と捉えていた。

だから、彼は、私たちの鏡でもある。

彼が、どんなひとに観えるのか、彼が、なにに喜び、なにを苦痛と感じていたように観えるのか、

それは実は、そう観ている私たち自身の、世界観人生課題とを、あからさまにしてくれている。


唯一、ちょっぴり期待していて、かなわなかったのは、

Black or White の黒豹パートの放映。

あの映像に、どんな意味が込められていて、なぜTV放映禁止になったのかを紹介してくれたなら、マイケル歴史上どんな位置に立っていたのかを如実に表すのでは、と想っていた。

BADを全編観た今、想う。BADと黒豹パートとが、一対なんだなぁ・・・と。

60分番組だから、全編放映できる長編ミュージッククリップは2本。その1本にBADを選んでくださった番組製作者に、深く感謝したい。

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こんなにたくさんの資料映像を使うために、番組スタッフが傾けたであろう情熱と、世界各地から寄せられたであろう協力の大きさとに、頭が下がります。

さすがNHK。放送が深夜帯だったのが、実にもったいない


TDLで、キャプテンEOの追悼上映が実現するといいなぁ。

この番組スタッフのような情熱さえあれば、関係者の協力はきっと得られると想う。

今年、TDL七夕で、短冊に僕は、こう願いをかけました。

キャプテンEOを、もう一度3Dシアターで観られますように


追記:7/21に再放送を見て、BADのショートフィルムが、映画Wizを下敷きにしていることに気づきました。

ぼぶぼぶ 2009/07/13 06:36 はじめまして。
NHKの追悼番組、本当に素晴らしかったですね。おっしゃるように、それまでの同様の番組では出演者のつまらないコメントばかりでフラストレーショんが溜まる一方でした。でも、この番組にはしびれましたね。特に、スリラー、バッドの全編をテレビで見たのは初めてでした。
ただ、ひとつ気になったのですが、「Bad」のサビの部分の訳詞で「オレはワル」となっていましたが、正しいのでしょうか。
あの場合、Badは「クール」だとか「とんがっている」だとかいうスラングの意味で使われているんじゃないかなと。
今の若者言葉の「ヤバい」と同じように。
つまり、「弱者を恐喝しているようなオマエらはただのワル。オマエらに迎合せず、自分の信念を貫くオレのほうがはるかにかっこいいんだぜ」って意味なんじゃないかと。
全然違っているかもしれませんが、そう解釈したほうが歌の意味がはっきりするように思うのですが。
どう思われますか?

BigLoveBigLove 2009/07/14 01:25 僕も、ぼぶさんの解釈に近いです。ただ・・・

”ワル”と訳すべきでしょうね。
ヤバイ=カッコいい にしちゃってる状況自体に、マイケルは、刃を突きつけてる。

"Who's BAD ?" という問いかけに、今回ぞくぞくっとしました。

社会が悪い、時代が悪い、親が悪い、だから俺たちもワルになるんだ・・・
そうじゃない!
この俺こそが、ワルなんだ。
真実を突きつける、俺こそが。

BADが発表された当時、マイケルは黒人たちから、ともすると”もはや俺たちの仲間ではない”と見られがちでした。まるであのプロモーションビデオで演じた学生のように。
”誰が悪い?”
”俺こそがワルだ”
”俺をうらやめ。俺を憎め。全部引き受けるぜ”
”どうだ、こんなふうに生きられるか?これがほんものの”ワル”魂だ”
・・・そんな叫びが、聞こえてきたような気がしました。

ぼぶぼぶ 2009/07/14 08:59 bigLoveさん
なるほど!そんな背景があったんですね!!
マイケルならではの深い思いを込めた「BAD」だったんですね。
それを知って改めて聴くと、ものすごく感動的で、真に格好いい曲に感じます。
とても勉強になりました!!!
ありがとうございました!!!!

BigLoveBigLove 2009/07/17 01:45 ぼぶさんにコメントいただいて、いろんなことを思い出しました。いろんなことに想いが及びました。
こちらこそ、ありがとうございました。

>ヤバイ=カッコいい にしちゃってる状況自体に、マイケルは、刃を突きつけてる。
ここ、的確な言い回しが見つからなかったのですが、
刃を突きつけてる・・・というよりは、
一皮むいて、解放しちゃった・・・みたいな感じ。

今、”ヤバい”って言葉には、リスペクトが含まれているから、普通にじゃんじゃん使っちゃいますよね。
それはもしかしたら、マイケルの”BAD”がもたらしたものと言えるかもしれません。


かつて、”ホット”が良いとされ、クールに肯定的な意味なんて無かった・・・みたいです。
クールジャズが、"クール”なカッコよさを示し、やがて、社会の意識を変えてしまった。

今振り返ると、”BAD”もそうだった。”ワル”の肯定的なカッコよさを表現してみせた。
それまでも、"ワル”のカッコよさを表現したものは、古今東西、たくさんありました。でもたとえば、セックスピストルズのように破滅的だったり、KISSや横浜銀蝿のように戯画的だったり。なにかしら自虐的でした。自己破壊と結びついてた。

大ヒットした”スリラー”のあと、マイケルの久しぶりのアルバムタイトルが、”BAD”だと聞いた時は、驚きました。
あの品行方正なマイケルが、社会悪についてでも歌うのかなぁ、と。
そして、発売されて更にびっくり。”俺がワルだ!”と歌ってる。股間を押さえたりもする。しかも・・・掛値無しに、カッコいい。

いま、あの衝撃を言葉にするなら、
あれは、”ワル”の肯定的な魅力を、まざまざと知らされた、その衝撃だった。


”ホット”ばかり追いかけて、熱狂して、興奮して・・・ファシズムなんて、その典型かも。
だから、”クール”のカッコよさが提示されたことは、とっても重要だった。

おなじように、”善”ばかり追いかけて、ルールやシステムでがんじがらめになり、他方には”悪”へと追い込まれるひとも居て。
”ワル”という、創造的でカッコよくて肯定的な生き方が提示されたのは、時代の必然だったのかもしれません。
そういえば、”BAD”のあとは、”デンジャラス”=ヤバい でしたっけ(*^^*)

BigLoveBigLove 2009/07/17 01:57 高校生の頃、僕も、
>「弱者を恐喝しているようなオマエらはただのワル。オマエらに迎合せず、自分の信念を貫くオレのほうがはるかにかっこいいんだぜ」
みたいなことを、想ってました。

もしあの時、僕もマイケルのように、全身全霊で
"Who's BAD?"
と、問いを突きつけていたら。

「あぁ、そうか、世の中どうなるかは、俺次第なんだ」と気づくひとも、きっと居たでしょう。


パウエルさんや、ライスさんは、BADのビデオの、黒人ビジネスマンにご自身を重ねたかもしれない。
オバマさんやミシェル夫人は、マイケル演じる学生に、ご自身を重ねたかもしれない。
発売から、22年・・・。

ぼぶぼぶ 2009/07/17 18:33 BigLoveさん
なるほど・・・マイケルは、新しい視点、新しい価値観を提示していたのですね。
自身の全存在を掛けて、自分の生まれ育った環境と同じ境遇にある人々に、
ある種「目覚めろ!」とメッセージを送ったのでしょう。
「we are the world」「heal the world」「black or white」などと同じく、
現代に生きることへの責任感を強く感じながらつくられた曲なのでしょう。

発表当時、高校生だった僕はマイケルのそんな深い思いにまったく気付いていませんでした。B.スプリングスティーンやU2に夢中で、マイケルには関心がありませんでした。しかし、この度こうして歌の内容を知り、BigLoveさんのブログに出会うことができ、非常に驚き、感動しています。

>パウエルさんや、ライスさんは、BADのビデオの、黒人ビジネスマンにご自身を重ねたかもしれない。オバマさんやミシェル夫人は、マイケル演じる学生に、ご自身を重ねたかもしれない。

本当にそうですね。
マイケルが命がけで開けた扉からもれた光は、多くの人々の未来を照らしたことでしょう。そして、これからも・・・・

大天使ミカエル大天使ミカエル 2009/07/21 20:51 マイケルジャクソンが亡くなって、ほとんど彼についてしらななかったものの、you tubeや追悼番組を通してこれまでの彼の歌、踊りを詳しく知ることになり、ファンになりました。BADがすごく好きでしたが、このブログのご意見を見て、私が感じたことを何と適確に表現して下さっているのだろうと感銘を受けました。
マイケルジャクソンもさぞ本望だろうと思います。この20年ほど続けている自分の気付きの日記にファイルさせていただきました。
黒と白、善悪、好き嫌い、美醜、善悪の木の実を食べてしまったイブの子孫である私たちは、どうやってこれを超越できるのか。。Black or Whiteの歌詞そのものです。難しい。実に白と黒を越えるのは難しいです。でもこのブログを拝見して、ちょっとヒントが得られたような気がします。本当にありがとうございました。

BigLoveBigLove 2009/07/22 04:48 分離と超越・・・

あれとこれとを区分することで、物質が生まれ、体験が生まれ、個性が生まれ、選択が生まれ。
安定させようと、隔たりが生まれ。
隔たりを超越したとき、出会いと創造が起き、価値が生まれる。
・・・みたいな感じなのかもしれませんね、この世界で起きていることは。


マイケル、ミッキー、どちらも大天使ミカエルに由来する名前ですよね。
純粋で、ひたむきで、超一流のエンタテナーで、すべてを引き受けてしまって。
・・・ふたりは、とっても似ている。

ひとりは、生身の肉体を持ち、奴隷の子孫として生まれ、肌の色素が壊れる病にかかり。
ひとりは、たくさんのひとびとによって、日々創造され続けている。

ひとりは執拗な攻撃を受け、
ひとりは・・・あっ、修学旅行の高校生に蹴られたりすることはありますね。その程度かなぁ。

ここにもひとつ、大きなヒントがあるような気がしています。


ひとりは社会的矛盾をはっきりと指摘し、
ひとりは無難な表現に留める。
・・・その違いは、あるかもしれません。

でもたぶん、それ以上に大きいのは、生身の肉体を持っているかどうか。
僕たちは、自分のこころに映ったマイケルやミッキーを、好いたり嫌ったり、愛したり憎んだりしている。本当は。
そして、ミッキーはこころの中にしか居ないことがはっきりしてるけれど、
マイケルは、攻撃可能な実体を持っている・・・かのように、見えてしまう。
ほんとは彼を攻撃したところで、観えてしまった”社会的矛盾”も、それを不快と感じている自分の真情も、消えはしないのに。

BigLoveBigLove 2009/07/22 05:51 区分してるのも自分、
隔ててるのも自分、
超越したがってるのも自分。
それを、良いとか悪いとか、こうあるべきとかそうじゃないとか言ってるのも自分。

こころひとつで、どうにでも変えられる。
たとえば、言葉の定義を変えるだけで、まるっきり変わっちゃう。区分も、隔たりも、体験も。マイケルが"BAD"の意味を変えてみせたように。

そう想うと、とても軽やかな気持ちになります・・・。


果たしてマイケルは、なにかを失ったのだろうか。
あれだけ社会的に激しく攻撃されて、悲しい体験もして。
でも実は、温かい家庭を持ち、子どもから愛されて、たくさんの親友が居て、深い尊敬を集め。
ひとときは、かき消されたかのようにさえ見えた彼のメッセージは、しっかりと根付いていた。そして、彼の死をきっかけに、更に深く、広く。

BADのショートフィルムが、The Wizを下敷きにしてることに気づいた今、この言葉が、こころに響いてきます。

Ease on down the road.

BigLoveBigLove 2010/06/12 10:11 ”父と子と精霊と”って、
”ミカエルとマイケルとミッキーと”みたいなことなのかもしれないなぁ。

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