BigLoveの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-28

改革に抵抗するひとを、同志にする

どんなに素晴らしい改革でも、

・・・たとえ、現状が悲惨で、効果が素晴らしくて、リスクが少なくても

慣れた日常を変化させることには、大きな抵抗が生じます。


妥協をして、次善の策をとると、しわ寄せを受けた他部署から不満が出たり。

職権を発動して無理やりやらせると、遅々として進まなかったり。

こっそり実施して、日常を変えてしまうと、被害者意識が根付いてしまったり


ぶっちゃけ私は、そんな失敗を数々繰り返してまいりました(^^;

かくしていまや、押しも押されもせぬ、ご立派な窓際族に。


それは別に、かまわないんだけれど、

残念でたまらないんです。

ほんとはねぇ、みんな”より良くしたい”と想ってるはず。

なのに、なんで角突き合せなきゃならんの?


廃校寸前だった、品川女子学院を改革しようとした、漆 紫穂子さん。

 孤軍奮闘する毎日の中で、漆氏は「人が動かない理由」には以下の4種類があることに気付きます。

(1)知らない(現状を実感として把握していない)

 内部にいると、厳しい現状でさえ日常になってしまい、危機感を失っていきます。

(2)責任を取りたくない

 賛意を表明してしまうと、失敗したときに自分の立場が悪くなるから。現場での協力はするが、賛成はしないという人もいました。

(3)めんどくさい

 現状を変えるのが面倒なので、あれやこれやとうまくいかない理由を挙げてやらないで済まそうとしました。

(4)あなたが嫌い

 改革着手当時は20代とまだ若く経験も浅い漆氏。「校長の娘という立場を盾に偉そうなことを言っている」と感じる人がいました。

Business Media 誠:人が動かない4つの理由 (1/2)

おぉ、まさにその通り!

では、どうすれば・・・ぜひ、元記事をお読みください。


そして突き詰めると・・・

結局のところ、「生徒たちが喜ぶ姿を見たい」というゴールイメージ先生たちを動かす、最も大きな原動力になったようです。教師をやる動機や充足感、すなわち漆氏の言う「心にスイッチが入る瞬間」は、生徒たちの笑顔にあるからなのだそうです。

Business Media 誠:人が動かない4つの理由 (2/2)

信頼 (”顧客満足の最先端企業は、もはや人道主義”を改題)

TDLで有名な、お子様ランチのおはなし。

あそこまで踏み込んでの対応は、どうやら、ディズニーフィロソフィー日本人の細やかさとが合体して生まれたもの・・・だと、僕は推測しています。

ちょうど戦後理想燃えアメリカ人たちが持ち込んだ概念を、日本人がとりこみ、細やかに着実に実現して、格差の少ない平和国家を築いたみたいに。


TDLのきめ細やかな顧客対応が、

アメリカディズニー社に、逆に影響を与え、

ビジネス書や、ビジネスセミナーになり・・・

もちろん、ディズニー以外にも、顧客満足を追求した会社もひとも、たくさん居たでしょうし、それがまた、ディズニー社に影響を及ぼしてもいるのでしょう。


そして、アメリカ最先端は、今。

事例1 ザッポス

アマゾンが、ザッポスという会社合併したそうです。

「Customer Obsession(顧客満足への執着)」を共通項としながら、アマゾンとザッポスは対極のアプローチをとってきた。アマゾンは「最新のITを駆使し、顧客満足自動化する」、ザッポスは「人とITの強みをフル活用し、最強の顧客感動体験を創造する」アプローチだ。「Web時代における究極の顧客エクスペリエンスの実現」という点でアマゾンに勝てるのはザッポスしかない、と私は常日頃からずっと主張してきた。

Business Media 誠:アマゾンが屈した史上最強の顧客主導型企業「ザッポス」 (1/2)

ザッポスの、なにが、そんなに凄いのか。

 顧客の心を揺り動かすためなら「ほとんど何をしてもよい」裁量権をオペレーターが持つコンタクトセンターは、顧客が忘れることのできない感動のサービスを日々創造している。かつて、コールセンター電話番号をひた隠しにしていたアマゾンとは、まったく対照的だ。


 私も本を書くに当たってザッポスを数日間密着取材したが、社内全体が会社という共同体への献心と愛に満ちていた。ただのモノ売りの会社ではない。「感動を創りだすことによって、何か大きなことを成し遂げようとしているのだ」という覇気が社員1人1人からひしひしと感じられた。

Business Media 誠:アマゾンが屈した史上最強の顧客主導型企業「ザッポス」 (1/2)

「ほとんど何をしてもよい」裁量権!

それが、どんなふうに発揮されてるのか・・・

私たちは、効率のためにお客さまとの会話をなるべく早く切り上げようなどとはまったく思っていません。お客さまが納得・満足するまでお話を聞き、相談に乗らせていただくようにしており、たとえば、たまたまお客さまがお探しの靴の在庫が自社になかった場合などは、それがどこにあるかを調べて、競合店をご紹介することもあります。

顧客サービスこそ最強のマーケティング | 中澤功の「マーケティング茶話会」 | 顧客づくりを語り合うコラム | cccafe</pp> <pp>

ま、このくらいなら、気の利いた店なら、日々繰り広げられてる光景。でも、

同社の靴を夫のために購入した女性が、翌朝その品を受け取る直前に交通事故で夫を失くし、2?3日後に返品手続きのため電話をかけてきたとき、その電話を受けた係員が彼女に花を贈った

顧客サービスこそ最強のマーケティング | 中澤功の「マーケティング茶話会」 | 顧客づくりを語り合うコラム | cccafe</pp> <pp>

・・・ここまでくると、まさに、TDLのお子様ランチ級。

通信販売で、ここまで来たか・・・。

ザッポスには特に、こういう場合の処置マニュアルといったものはありませんが、収入に直接帰結しないこの種の顧客サービス行動については、“顧客にとって良いと思うことは、多少の出費になっても、たとえ販売に繋がらなくても、進んで実行すべし”というのが不文律になっているそうです。


シャイ氏は、“私たちは最初、顧客サービスにかかる費用は経費と思って、他の諸経費と同様になるべく抑えようとしていましたが、それは誤りでした。”とも述懐しています。


同社は、このような経験を通じて、“顧客サービスは経費ではなくて投資である”と知り、自分たちの会社を、“私たちはたまたま靴その他のアパレルを販売してはいますが基本はサービス会社です”と言って憚りません。

顧客サービスこそ最強のマーケティング | 中澤功の「マーケティング茶話会」 | 顧客づくりを語り合うコラム | cccafe</pp> <pp>

事例2 ノードストロー

「ザッポスは、ノードストロームを超えた」と言われているらしい。

じゃぁ、そのノードストロームが、どんな会社なのかというと、

アメリカ5大百貨店のひとつだそうな。そして・・・

正直言って、「そこまでやるんかい!」と言いたくなるくらい、

一般常識を超えた対応を店員が自主的にやっているのです。

会社の方針でもなければ、上司の命令でもありません。

だからこそ、その対応ぶりが全世界で有名になったのです。

ノードストロームの伝説|幸せな成功のための魔法の杖

そして、3つの事例を紹介されてます。ぜひお読みください。

3つ目をご紹介。

3.ある日、ノードストロームにはあまりにも不似合いな、

見るからにホームレスの娘が店内に入ってきました。

彼女が歩いて行くと、お客は、誰もがその娘から離れていきます。

そして、彼女が辿り着いた先は、

ブライダル・コーナー」だったのです。


物珍しそうに、店内にいたお客は遠くから眺めていました。

やがて、彼女は「ウェディングドレス」の試着を要求しました。

ところが、店員は断るどころか親身になって、

何着もの試着に応じたのです。

どこまでも暖かく接したのです。


オドオドビクビクしながら店内に入ってきたホームレスの娘は、

イキイキとした表情で胸をはって帰っていったそうです。

このことを一部始終目撃したある神父によって、

ノードストロームにおける福音」という説教として、

教会で紹介されました。


 やがて、それを聞いた信者から話が広がり、

 「ニューヨーク・タイムズ」紙で紹介されて、

  全米に知れ渡ったのです。


ここまでくると、「顧客第一主義」なんてはるかに通り越しています。

既に「人道主義」になっているのです。

ノードストロームの伝説|幸せな成功のための魔法の杖

ひととして、やってあたりまえのことなんです。

見た目で客を差別しない高級店も、実はあります。

でも、うちの会社で、ここまで出来てるかなぁ・・・。



こういった「人道主義」級の顧客第一主義を、実現させているのは。

ひとつは、お客さんとスタッフとが、ひととひととして向かい合っている、その姿勢。

お客さんを、”葱をしょった鴨”だと観るのではなく!

かけがえのない無二のひととして、思いやる。

マーケティングの分野では、顧客の「ニーズ」を探れとか、

「ウォンツ」を見つけ出さないとダメだとかよく言います。


ノードストローム」の例は、

それを越えて確実に顧客の「ホープ」を各店員が、

積極的に見出し、その上自主的に判断して行動している

ノードストロームの伝説|幸せな成功のための魔法の杖

もうひとつは、エンパワーメント

エンパワーメントempowermentとは、

たとえルール違反の可能性があろうとも、

その瞬間において、

そうすることが客のためにベストだと直感したならば、

勇敢ににそれを実行する臨機応変

according to circumstancesな対応力のことです。

エンパワーメント|幸せな成功のための魔法の杖

そういう対応力を発揮させる権限を、社員ひとりひとりに与えている。

ノードストローム」の就業規則は、たったの1つ!


「どんな状況においても、自分自身の良識に従って判断しなさい。

それ以外のルールはありません」

エンパワーメント|幸せな成功のための魔法の杖

さて、こういった踏み込んだ対応の元祖、TDRでは、今。

今も、ひととひととして、踏み込んだ対応を、しばしば目にします。

私自身も、義母が危篤の際、思いがけず、たくさんの暖かいはげましをいただきました。義母が死の淵から生還できたのは、そのおかげだと想っています。


スタッフの、ゲストへの思いやりの深さ。これは、色あせていない。

開園から25年を経て、いまや、子供の頃にディズニーランドキャストさんに親切にしてもらった、その思い出を胸に働いているひとが、とても多い。

色あせるどころか、深まっている。


一方で、エンパワーメントどうでしょう

キャストさんひとりひとりの、意欲と能力は十二分。

しかし、それを十全に発揮させる環境は・・・

ルールを越えた対応をして、おこられてしまうことも、あるようです。

ゲストの問い合わせに対応してあげたいのに、配置人員がぎりぎりなため、安全確保のための監視業務に手一杯で、十全な対応が出来ていない姿も、しばしば見かけます。


TDRがふたたび、

世界リードする日は来るのでしょうか。ビジネスのあり方にインパクトを与える日は来るのでしょうか。

そのポテンシャルは、十二分にあると想うのですが・・・。

信頼

ノードストロームの3つの事例のような”そこまでやるの!”という対応を、徹底したならば、

果たしてビジネスが成り立つんだろうか。

顧客をつけあがらせることになりはしないか。

そもそも不公平なんじゃないか。

そんなに甘やかせて、顧客堕落させはしないか。

・・・そんな懸念が、頭をよぎります。


どうなんだろう?

正直わかりません。

ひとつわかったのは、これは”信頼”の問題なんだな・・・ということ。

信頼から生きるか、不信から生きるか、の問題。

そして、2つのちょっとした僕自身の体験を思い出しました。


ひとつは、15年くらい前だったでしょうか・・・

大阪なんばで、友人の結婚式に出席し。

新郎の同僚である若い女性たちと、二次会会場へむかう途中、彼女たちが荷物を預けているコインロッカーへと立ち寄りました。

すると・・・コインロッカー前だけ、なぜかひとが遠巻きにしている。

観ると、まっ白なスーツを着て、ステッキをついた老人がひとり、鋭い眼光で立っているんです。


只者ではない!わけがわからない!!危うきに近寄らず!!!だから、人ごみがそこだけ空白。ロッカーに近づきたくて、近づけないひとたちもたくさん。


でも僕はなぜか、その老人を”素敵だな”と想ったんです。

彼女たちのロッカーは、ご老人の真後ろ。

ごく普通に歩み寄って「こんばんは!」って言ったんだったかなぁ、すると普通挨拶を返してくださって。

ごく普通ロッカーの荷物を取り、

挨拶を交わして、二次会会場へとむかいました。

怖がられるから、怖い顔になる。

怖がるから、怖くなる。

素敵だなぁと感じて、敬意を表しながら、そのままに動けばいい。

・・・とてもダンディーなかたでした。なぜそこに立ってたのか、どんな歴史を持っていらっしゃるのか、わからないけれど、とにかく素敵。


もうひとつは、10年ほど前。

これは以前にも書いたことがあるような気がしますが・・・

ネイティブ・アメリカンのいくつかの部族では、成人になるにあたり、数日間、大自然の中をひとりきりで、最小限の装備で放浪するしきたりがあるそうです。

その真似事を、たった24時間だけですが、やったときのこと。

ちと、これを白状するのは恥ずかしいのですが・・・

広大な私有地で、だれもこのエリアに入ってこないことは保障されてる。

先達の”気持ちいいから是非”との薦めもあったことだし・・・と、

服を全部脱いで、すっぽんぽんになってみたんです。

よりによってその時、くまんばちが!


僕は、普通の蜂はまったく怖くありません。こちらが脅かさなければ攻撃してきません。それに、万が一刺されても、死んでしまうようなことは無い。

でも、くまんばちは怖い。刺されれば死ぬこともある。獰猛で攻撃的だと聞く。みかけるや否や、すぐ、逃げてました。

でも・・・逃げ隠れする場所が無い!しかもこちらは真っ裸。くまんばちはどんどん近づいてきます。


そのとき、ふとなんばでの出来事を思い出したんだったかなぁ・・・

そして、想いました。

くまんばちもはち。なにが違うというんだ。

毒が強くてこちらが怖がるから、むこうも攻撃的になるのかも。


ミツバチに出会ったときのように、ごく普通に、くまんばちと向き合いました。

1.5mくらいの距離でしょうか、しばしまっすぐ、互いに見つめあい。

なにかが通じ合ったような感触を残して、ゆっくりとわかれました。


まるで、サムライサムライとが、真剣にむかいあったかのような。

・・・いえ、そんな経験したこと無いし、わたし素っ裸だったんですけど(^^;



24時間を終え、バンガローに戻って、仲間にこの体験談を話したとき。

トレーナーが、スリランカのNGO・サルボダヤのリーダーで、ガンジー弟子でもある、アリさんの話をしてくれました。

長く続いた内戦政府側、反政府側、両方にまたがって活動しているため、時には兵士に銃を突きつけられることもあるそうです。

「怖くないんですか?」と訊ねたら

まったく怖くないよ。


僕がまったく怖がらなければ、彼は引き金を引けない。

撃たれないってわかっているから、まったく怖くないんだ。


たぶん信頼って・・・

結果の蓄積があったり、証拠があったりして、信頼が生まれるのではないんです。


信頼って、あり方。

信頼しているから、素晴らしい結果が蓄積され、証拠が生まれる。


不信も、同様。

不信で居るから、望まない結果が蓄積され、証拠が強化される。




おさな子って、容易に不信のバリアを飛び越えますよね。瞬時に、壁を消し去ってしまう。

あれが、”無条件の信頼”の原型なのではないでしょうか。

そういえば、マイケル・ジャクソンって、こどもが大好きだったなぁ・・・。

サイクルショップしんこいわに、MAVICリム車輪を持ち込み、「これを再生したいのですが」と相談して、下記買い物。

シャフトASSYも、ヂュラエース1本、グレード不明1本あり、少し心が動いたが、廃棄品ホイールの玉押し、なんとかなってるっぽいので、アクスルのみ購入。

  • エンド幅調整用黒ワッシャ1mm厚 4枚
  • MITSUBOSHI 仏バルブ-英ポンプアダプタ 一袋2個いり

計\1,400-


買い忘れは・・・

ロスト・ジェネレーション

失われた世代”というよりは、”迷える世代””道を見失った世代”と訳したほうが、的確だろう。

本来は、ヘミングウェイや、フィッツジェラルドなど、1920年代から1930年代に活躍したアメリカ合衆国小説家を指すそうな。

ロストジェネレーションの人々は、第一次世界大戦における大量の犠牲により、親世代が持つヴィクトリア期のモラルに対して冷笑的になったとされる。また、第一次大戦に遭遇したが故に、社会と既成の価値観絶望し、その中で生きる羅針盤を失い、社会の中で迷った世代である。どの世代の例に漏れず、この例に該当する者と該当しない者の双方が存在した。

ロストジェネレーションは、20代の青年期を第一次世界大戦に蹂躙され、戦争によって死んだり、生き残ったが社会生活に支障を来たす負傷をした者も多い。40代に当たる1930年代には世界恐慌に遭遇し、50代を第二次世界大戦に蹂躙されるという、「貧乏くじ世代」であったとも言える。

失われた世代 - Wikipedia

で・・・日本においてはたぶん、ちょっぴり生年が前にずれているのではないか、と僕は推測している。検証しなくてはいけないけれど。

第一次大戦よりもむしろもう少し前、日露戦争シベリア出兵のほうが悲惨だったようだ。

大恐慌も、遅めに来て、早く脱した。

もしかしたら更にもう1世代前、明治維新内戦と、南北戦争とのずれも、きっと影響がみられると想う。


さて。

日本には、”プリンシパルが無いひとが多数を占める世代”が、明確にある。それって・・・

子供世代は概ね1910年代?1920年代の生まれに当たり、「世界恐慌第二次世界大戦に遭遇した世代」である。孫世代は概ね1940年代から1950年代の生まれであり、第二次世界大戦最中か終結直後に生まれた世代である。曽孫世代は概ね1970年代から1980年代の生まれであり、1990年代の「アメリカナイゼーション」と呼ばれるグローバル資本主義世界的不況に遭遇し、日本で「ロストジェネレーション」と呼ばれているプレカリアート世界的にも多い世代である。

以下に挙げるように、この1880年代中期?1890年代に生まれた人々には、第二次世界大戦を惹き起こしたり、第二次世界大戦に関与した政治家が非常に多いが、彼らの経験第一次世界大戦に根ざしている事は言うまでもない。

失われた世代 - Wikipedia

これと概ね重なるように、僕は感じる。

日本においては、「世界恐慌第二次世界大戦に遭遇した世代」が、欧米におけるロスト・ジェネレーションと同様な喪失感・冷笑感を持ち、その子、孫へと強く影響を与えているのではないか。


戦争の影響って、実に大きい。


なるほど、貧乏くじ世代。

でも、彼らだけが貧乏くじを引いたわけではない。

1930年代生まれは、育ち盛りの時期に、栄養失調状態だった。

1960年代生まれは、公害問題やオイルショックと直面しながら育ち、1940-50年代生まれが目先の利益優先の経営をしがちな中で、職場をまっとうに機能させようと奮闘してきた。


どの世代に生まれようと、

プリンシパルが無いひと”は、時代のせいにする。結果、自身の子供・孫世代に、しわ寄せをしてしまう。

プリンシパルがある人”は、時代を創ろうとする。すこしでも、より良い世界を、と。だから、幸福感が大きい。


たぶん、それだけの違いなんじゃないだろうか、貧乏くじかどうかは。



プリンシパルのある、なしという書き方をしたけれど、

突き詰めると、もしかしたらこれまた先々項同様、

”信頼”からスタートしてるか、

”不信”からか、

の違いなのかもしれない。


なにを信頼?

神を?世界を?規範を?自然法則を?社会を?他人を?親を?自分を?

・・・たぶん根っこは、自分への信頼。

信頼をベースに生きてる親に育てられると、自分自身への信頼が育つ。

不信をベースに生きてる親は、子供にも、自身への不信を育ててしまうだろう。


不信や懐疑から生まれた素晴らしいものも、たくさんある。

芸術でも、哲学でも、社会システムでも。

ただ、ご当人はつらいよね。



1920年代・・・ローリング・トゥエンティって、面白い。

”現代”が生まれたとき。

いろんなヒントが、この時代にあるように想う。