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2016-11-29

Boaz2016-11-29

[]劇場版 艦これ

平日のレイトショーで観客は10人ぐらい。

熱心なオタクは初日に来ていたのだろうか。


ゲームはやっておらず、テレビアニメだけ見た私には、凡作だったと

言わざるを得ない。


この映画を作った人は、エヴァンゲリオンが好きだったんだなぁ、

ぐらいしか思うことはない。


そもそも論を言うなら、水上スキーではない方法で表現できなかった

のか、というところがある。

アルペジオ」みたいに、戦艦は戦艦できっちりモデリングして、

擬人化した少女はその甲板に立たせた方がよかったのでは、と思うのだ。


もっとも、それなら擬人化は必要ないわけで、艦娘の絵を使うのなら

水上スキーしかないのか、という気もする。


でも、戦艦の重量感とか、戦うときの迫力は水上スキーで削がれる

わけで、劇場版ではそこを頑張っていたと思うけれど、やはり物足りない。


今年はアニメ・特撮映画の当たり年だったので、この作品はひっそりと

消えてしまうだろう。

それよりも、松山では「この世界の片隅に」が上映されておらず、

どうなっているのかやきもきしている。

来年には見られるだろうか。

さとしさとし 2016/12/03 23:03 「この世界の片隅に」は良かった。戦争とか原爆はもちろん重要な要素だけど、あくまで背景。きちんと登場人物が描けてるかどうかなんだなあ。

BoazBoaz 2016/12/03 23:56 ぐぬぬ……なぜ松山では上映していないのだ(# ゜Д゜)

2016-11-28

千葉大学医学部の学生が女性を泥酔させてレイプしたという。

慶応大学の広告研究会でも同様の事件があった。

さかのぼると、早稲田大学のスーパーフリー事件があった。発覚したのは

2003年で、少なくとも1999年から集団レイプを行っていたという。


これら千葉大学医学部や慶応大学で強姦していた学生たちの共通点は

ないのだろうか。

私の妄想だが、もしかしたら同じ高校の出身ではなかろうか。

首都圏の私立中高一貫校でしかも男子校とか。

(なぜ男子校かといえば、女性とうまくコミュニケーションがとれて

いないからである)


そして、先輩から代々同じような手口を教わって、レイプすることで

集団の結束を固めていたのではないか、と想像する。


実際は出身高校はバラバラで、私が間違っているのだろうけど、

高学歴の学生の一部が鼻持ちならない考えを持っていたのは事実で、

そのような考えがいつどのように醸成されたのか、調べてみる価値は

あると思う。

2016-11-26

Boaz2016-11-26

テレビで京都のラーメン屋「新福菜館」が紹介されていて、一度食べてみたいと

思っていたのだが、なんと今治にも支店があるというので行ってみた。


行ってみた、と書いたが、食べログの22時まで営業という記載を信じて先週

訪れてみるとすでに終わっており、今日は二度目のチャレンジである。


松山からはクルマでほぼ1時間で行ける。

iPod のドライブ用プレイリストを流しながら快適に進んだ。


二度目の訪問でようやくラーメンと半チャーハンのセット(850円税込み)を

食べることができた。

濃い醤油味の、しっかりとしたスープに、太めのストレート麺がからんで

うまい。たっぷりのネギと4枚のチャーシューも華を添える。

黒いチャーハンはかなり胡椒が効いてスパイシーだ。


京都の新福菜館で食べたことはないのだが、たしかにこのラーメンなら行列が

できてもおかしくはない。


今治の店はオヤジが一人で切り盛りしていて、客も土曜日の夜だというのに

まばらだった。昼と、17時から20時半という営業時間も客入りの少なさを

物語っている。バイトを雇う余裕がないのかもしれない。


たまたま私が訪れたときは暇だっただけなのかもしれないが、今治の人は

この名店をもっと大事にすべきではないか、と思いながら松山までの帰路に

ついた。

2016-11-24

Boaz2016-11-24

[]げんきな日本論

英文のタイトルは Sociology of Japanese History だそうだ。

つまり日本史社会学ということか。


通読してみて、なるほどと思わないでもなかったけれど、歴史学者から

みるとツッコミどころ満載なのではなかろうか。

学問的にここは間違っている、というのを指摘しておかないと、そのまま

世間に広まってしまいそうな気がする。



学生のころ加藤秀俊の本をいくつか読んで、社会学はなんか格好いいな、

と思っていた。

なので、社会学者と名乗る人も、わりと好意的に見ていたのだが、どうも

このところ馬脚を現しているようで、果たしてまともな学問なのか、と

疑ってしまう。


特にここ最近の社会学者と名乗る人は、俺は頭がいいぞ、とマウントを

とるだけになってないだろうか。

そういうのはメディアに出ている人だけで、地道に研究している人も

いると信じたいのだが。

2016-11-13

Boaz2016-11-13

NHKスペシャル「終わらない人 宮崎駿」を見た。

若い人と組んでCGを使って12分の毛虫のアニメを作るのを2年間追った

ドキュメントである。


ああ、いつもの宮崎駿だなぁ、と思っていると、途中でドワンゴの川上

なんとかという人が出てきて、気持ちの悪い動きをする人型のCGを見せる

場面があった。


ネットでも少なからず話題になっていたようだが、宮崎駿はこのCGを作った

ことに対して、身障者を軽んじているようで腹が立つ、と一蹴した。

ドワンゴ川上にも言い分はあったようだが、叱られてシュンとしていた。



たしかドワンゴ川上はプロデューサー修行と称して、スタジオジブリ

通っていて、週刊文春に連載を持っていたはずである。


で、私が気になったのは、製作者はなぜこのエピソードをドキュメントの

中に入れたのか、ということだ。


2年間撮影した膨大な素材を50分に収めるのだから、どうしても入れたいもの

だけに絞るだろう。

しかし、ドワンゴ川上が叱られるエピソードは、別になくても成立する。

私はそこに一種の悪意を感じるのである。



私の妄想で何の根拠もないが、この番組を作った人は2年間に何度もドワンゴ

川上に遭遇していただろう。

そこで何があったのかは知る由もないが、ドワンゴ川上は取材している人を

ムカつかせるようなことをしたのではあるまいか。


その恨みが、この叱られるエピソードをわざわざ入れることにつながった

のではないか、と思うのだ。


もちろん製作者側は、そんな意図は一切なく、CGに対するスタンスの違いを

見せたかったからだ、とか言うだろうけど、それなら毛虫のCGを作っていた

人たちとのやり取りをもっと入れればいい。


NHKの取材班は、ドワンゴ川上にいったいどんなことをされたのか、それを

明らかにしてほしいものである。