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↓マズ コレ ミテ↓ 生きる技術、死ぬ作法 読者の方へ。 〜コメント・メール・リンク・引用してくださる前に 「日常へのシステム・アプローチ」とは? |
最近の、ビビッときた言葉。 「思うのは、私たち皆が生きているというのは、 そういう生存の踊りをしているということ。私はそれをしているわけ。 それは人を批判したり、戦争したり、怒ったり、喧嘩したりというのではなくて、 ただ踊ってるだけ。」 オノ・ヨーコ(坂本龍一との対談にて) アンテナ追加→ここをクリック! お友達にメールで紹介してくださる方はこちら→ここをクリック! メールはこちら→bonvoyage_blog@hotmail.com メールは、私の判断によりブログで公開することがあります。 公開されたくない場合は、その旨お書き添えください。 引用・リンク・Tバック無断でどうぞ(でも教えてくれたら見に行きます。) 「これからも続けて読みたいぞ!」って方は、 応援のコメント・メールをくださると励みになります。 |
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HIGHLIGHTS 「みんなって、あんたと、あと誰?」 子供の問いを。 再考 〜自分の中の「みんな」。 都市システム論 1 2 3 4 サッカーと政治・イデオロギー | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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id:hizzz:20040516にコメントしたところ、『圏外からのひとこと』のessaさんが取り上げてくださった(http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20040517)。<ありがとうございます! インターネット技術にも関連付けられる話なんですね。そういうふうに書けるものなのか、と感心しました。考えてみれば、倫理とはみんなが生きやすくなるための「技術」なのでしたね。>
私が書いたコメントを要約すると、
「お前にはみんな迷惑してんだよ!」って何回も言われたことあるんですけど、「みんなって、あんたと、あと誰?」って聞くと、たいていは答えがない。
「俺はお前に迷惑している」と言われるならば、「わかりました。じゃあお互いがよりハッピーな状態になれるように話し合いましょうか」と言えるんですけどね。
ということなのだが、この問題については小さい頃から悩まされ、今なお悩み続け、しかも理解してくれる人が少ないので、こういった形で紹介してもらえたことは、本当にうれしい。
もし、このことによって、「みんな」という主語を使って責められたときに「みんなって、あんたと、あと誰?」と聞き返す人や、自分が「みんな」という主語を使いそうになったときに「みんなって、俺と、あと誰だろう?」と踏みとどまれる人が一人でも増えてくれたらいいと思う。そうしたら、私はもっと生きやすくなる。おそらく「みんな」も生きやすくなるのではないかと想像する。
「私」の代わりに「みんな」という主語を使う、というのは「切断操作」という概念と深く関連しているだろう。私はこの概念を、先日のid:eireneさんの日記で知った(id:eirene:20040507)。
既存のコミュニティに属すると、私はいつも切断されてしまう。そのために、長期的な経済活動を行うことが難しくなっている*1。
さて、「みんな」という主語が使われる他のケースとして、こんなのもある。
「みんな我慢してやってんねんぞ!」
これも私が実際に何度も突きつけられた言葉だ。要するに、「お前も我慢しろ」ということだろう。
「みんな」が「俺」を意味している場合、「俺は我慢してやってんねんぞ!」ということになる。こんなことを言うのはアホだけだ。私には「ああそうですか、大変ですねえ、アホで」としか言いようがない。
「みんな」が本当に「みんな」(すなわち全員か、少なくとも大多数)を意味しているときはどうか。
こういう言葉を発する人は、「みんな我慢しているのだから、私も我慢するし、あなたも我慢すべきだ」という常識を持っている。そして、その常識が通用する範囲では、この言葉は有効である。
しかし私の常識は違う。
「もし本当にみんなが我慢しているんだったら、システム的な問題があるかもしれないね」というふうに私は発想する。そして、「みんなが我慢している問題を解決できたら効果は大きいね」(あるいは「ビッグビジネスになるね」)というふうに私は発想する。私はこれを極めて自然な思考の流れだと思っている。
「みんな我慢してやってんねんぞ!」と大学の教官が私に向かって口にしたとき、私はその研究室を去ることを決意した。なぜ、自分よりも思考レベルで劣るものに師事せねばならんのだ。
私は学問への興味を失って大学を去ったわけではない。むしろ、学問をしたいからこそ、そしてそこでは学問をできないからこそ去ったのである。
それにしてもブログってやっぱりおもしろい。自己組織化とはまさにこのようにして進行するのだ、というのが目に見える。
「みんなって、あんたと、あと誰?」と問う人や、「もし本当にみんなが我慢しているんだったら、システム的な問題があるかもしれないね」と思考する人が、一人、また一人と増えていくのが目に見えるようだ。この動きがある日相転移点を超え、突如としてマジョリティの常識が入れ替わってしまうということは起こりうる。
自己組織化の理論は、私に希望を持たせてくれる。
(終)
id:sujakuさんがバックミンスター・フラーをキーワードとした「類は友を呼ぶ」現象について述べられた(id:sujaku:20040517)。
にゃはは。おもしろいっすね。
フラーのことは、後日腰を据えて書きたいと思っています。連載というか。「バックミンスターを読む」みたいな。
フラーはそんなに難しいことは言ってないのですが、理解するには理科的素養が少々いりますし、フラーにしろカウフマンにしろ、システム理論方面は誤解するとトンデモ系に扱われてしまいがちですから、そのあたりを噛み砕いて書ければおもしろいなあと思っているのです。
彼らの言っていることは、科学でもあり芸術でもあり、そして個人や人類にとっての成功法則でもあるのですわ。
(今度こそ終わり)
kodaru4
2004/05/17 22:33
バックミンスター・フラー面白そうですね。浅田彰が、あの人の建築は大規模なインフラが破壊された状態で役に立つ、個々別々に機能するから、そして、ああいうのを実際に建てて使うとなると環境破壊著しい、といってました。彼の建築って、エネルギー効率悪いんでしょうかね。それでは後日の連載を楽しみにしています。
Bonvoyage
2004/05/18 01:13
浅田彰の話、初耳です。どうして「環境破壊著しい」のか、わからないのですが。フラーの試みは、確かに失敗も多かったんですけどね。
kodaru4
2004/05/18 01:49
私も、どうして「環境破壊著しい」のか、わからないんですよ。フラーって徹底的に効率を追及した人だと思ってたので環境に寧ろ負荷が少ないような気がするんですが。
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