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We are going to die, and that makes us the lucky ones.
Most people are never going to die because they are never going to be born.
- Richard Dawkins "Unweaving the Rainbow"

2009-02-20

坂の上の雲(八)

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新装版 坂の上の雲 (8) (文春文庫)

新装版 坂の上の雲 (8) (文春文庫)


戦術家というのは、「敵が予想通りに来る」というこの不思議な瞬間に賭けているようなものであり、戦術家としての仕事のほとんどはこの瞬間に完成する。

となれば、真之が勝利感を味わったのはこの「敵艦見ゆ」の瞬間であった。あとは東郷という用兵者の用兵能力と連合艦隊の構成員の練度や士気が勝利を具体的なものにしてゆくに違いない。

(p.28)

時間と空間が次第に圧縮されてゆく。刻々縮こまってゆくこの時空は、この日のこの瞬間だけに成立しているものではなく、歴史そのものが過熱し、石を溶かし鉄をさえ圧縮熱を高めていたといってよかった。

日本史をどのように解釈したり論じたりすることもできるが、ただ日本海を守ろうとするこの海戦において日本側がやぶれた場合の結果の想像ばかりは一種類しかなかったであろうということだけはたしかであった。日本のその後もこんにちもこのようには存在しなかったであろうということである。

(p.89)

要するにあらゆる意味で、この瞬間から行われようとしている海戦は癸丑甲寅*1以来のエネルギーの頂点であったといってよく、さらにひるがえって言えば、二つの国が、たがいに世界の最高水準の海軍の全力をあげて一定水域で決戦をするという例は、近代世界史上、唯一の事例で、以後もその例を見ない。

(p.91)

すでに戦闘の開始は、分秒をかぞえるまでにせまっている。

真之が許可を乞うと、東郷は頷いた。

真之が、すぐ信号長へ合図した。四色の旗はやがて飄風*2のなかに舞い上がった。


皇国の興廃、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ。

(p.104)

海戦に勝つ方法は」

と、のちに東郷は語っている。

「適切な時機をつかんで猛撃を加えることである。その時機を判断する能力は経験によって得られるもので、書物からは学ぶことができない」

(p.114)

三笠が敵に対する射距離をつかみ得たころ、天も海も晦冥した。各艦から猛烈な射撃がおこなわれたのである。もはや射撃というより砲弾の大集団が嵐を巻き起こしているようなものであった。

この火と煙の嵐は敵の旗艦スワロフにのみ殺到した。

(p.141)

真之がその癖のある両眼を裂くようにして東郷をどなったのはこのときであった。

「長官、武士の情であります。発砲をやめてください」(中略)

が、東郷は安保清種の観察によれば冷然としていた。真之の言葉に切り返すように、

「本当に降伏すッとなら」

と、薩音でいった。

「その艦を停止せにゃならん。げんに艦はまだ前進しちょるじゃないか。―」

(p.239)

いったいこれを勝利というような規定のあいまいな言葉で表現できるだろうか。

相手が、消滅してしまったのである。極東の海上権を制覇すべくロシア帝国の国力をあげて押し寄せてきた大艦隊が、二十七日の日本海の煙霧とともに蒸発したように消えた。

(p.259)

元来、戦争とはそういうものであろう。戦争が遂行されるために消費される膨大な人力と生命、さらにそれがために投下される巨大な資本のわりには、その結果が勝敗いずれであるにせよ、一種のむなしさがつきまとう。

(p.265)

これによって国民は何も知らされず、むしろ日本が神秘的な強国であるということを教えられるのみであり、小学校教育によってそのように信じさせられた世代が、やがては昭和陸軍の幹部になり、日露戦争当時の軍人とはまるでちがった質の人間群というか、ともかく狂暴としか言いようのない自己肥大の集団を作って昭和日本の運命をとほうもない方角へ引きずっていくのである。

(p.325: あとがき)

*1:きちゅうこういん: 癸丑はペリー来航の嘉永六年。甲寅はその翌年の安政元年

*2:ひょうふう