「死にたい」

昨日みた記事で考えさせられた。

海外に単身赴任して3年。日本に妻と子供2人が残っています。
最近、仕事に行き詰って、本当に死にたくなりました。そんな時、妻にメールで「死にたい」と送ったところ、返ってきた返事は、「なんて返事したらいいかわからない」とだけ。

その後、電話もメールもなし。もちろん、なんとか気持ちを支えていますが(だからここに投稿しているのですが)、今考えてもあんまりな言い草ではないでしょうか。私は完璧な人間ではないので、お互いの弱さつらさを支えて励ましあってこそ、家族ではないかと思っております。

もう家族を続ける意味がないように思いますが、どう思いますか。

もう終わりですか : 家族・友人・人間関係 : 発言小町 : 読売新聞

胸のなかがもぞもぞする。なので多くは語らない。いえることはただひとつ。いやみっつ。

  1. 病院へいきましょう。出来るだけ早く。
  2. 病院は日本人の精神科医を選びましょう。
  3. 配偶者の方にも病院へいっていただきましょう。

一瞥してうつ病かなと思った。少なくともこれが「釣り」とかいわれるたぐいの投稿でないなら、一度は病院へ行くべきだ。希死念慮といわれる、「死にたい」という感情は重篤な精神病の兆候であることが多い。

つぎに日本人がよいというのは、感情の細かい機微は母語でなければ伝えることが難しいからである。少なくともわたしはそう思うし、わたしのかつての主治医だった精神科医もそういっていた。わたしはドイツ滞在中感極まってオクトーバーフェストの最中にだだ泣きして同席の人々に慰められたことがあるが*1、それでもドイツ語で自分の感情が出し切れていたかというのはだいぶん難しい。

最後に。配偶者の方も病院へいくべきである。私はそう信じる。まず長期にわたる別居(海外赴任という事情があるにせよ)それ自体がストレスになっている可能性があり、そういう状況では精神科医に何度かかかってストレスコントロールをするというのはひとつの生活の知恵ではないかと思う。日本国内であれば保健が効くので、初診料は除き、500円1000円代で*2済むと思う。またそれ以上に、家族が精神科の治療をしているときには、できれば他の家族も受診していま患者がどういう状態にあるのか医師と密接なコミュニケーションを取るほうがよい。

わたしは夫の死に関してひとついまでも激しく悔やんでいることがある。夫の生前に主治医と面談しておかなかったことである。夫はわたしには打ち明けていた希死念慮を主治医には明かさなかった。もう死にたいとはいわないと誓った9月の約束をある意味愚直にも守って誰にもいわなかったのだ。そうして彼はふたたび死にたいと口にせぬまま死の顎にみずからを渡すことを選んだ。主治医が夫の希死念慮について私の口から聞いたときの蒼白な表情はいまも忘れられない。医者にはいえて家族にいえないことがあるように、家族にはいえて医者にいえないこともあるのだと、わたしはそのとき初めて知った。これを読んでる方が、精神科に通院しているご家族をお持ちなら、わたしの轍を踏まれないことを祈る。

具他的にどうすべきか、ということは千差万別であり、わたしは精神科医ではないので、そのようなことを語る立場にない。病院で専門家の意見を求めるのがいちばんよいと思う。

*1:もちろんそのときに酔った勢いでいろいろわめくのはドイツ語でするわけである。ほかに共通言語がないからね

*2:ここは訂正。自分の通院時には公費補助受けていたことを忘れてました。